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情報化関連投資を背景とした米国での生産性上昇

2000年 2月28日
齋藤克仁※1

日本銀行から

 本論文中における意見等は、全て筆者の個人的な見解によるものであり、日本銀行および国際局の公式見解ではない。

  • ※1日本銀行国際局国際調査課(E-mail: yoshihito.saitou@boj.or.jp)

 以下には、冒頭部分(要旨)を掲載しています。全文(本文、図表)は、こちら (ron0002b.pdf 272KB) から入手できます。なお、本稿は日本銀行調査月報 2月号にも掲載しています。

要旨

  1.  米国経済は、91年3月をボトムとして既に9年近くにわたり景気拡大を続けている。景気拡大が長期化している背景として、企業がコンピューターやインターネットを積極的に活用し、省力化や在庫節減、さらには営業網の拡張を実現し、米国経済全体の付加価値生産力を高めているとの議論が相次いでいる。しかし、実質GDPを労働投入量で割ることによって求められる労働生産性は、90年代央までは、年平均+1.5%程度の伸びにとどまっていた。このため、情報化関連投資(Information Technologyの頭文字を取りIT投資と呼ばれる)が、供給サイドを活性化して経済成長に貢献していることを具体的に確認することは容易でないと考えられてきた(専門家の間では「情報化パラドックス」として論議されてきた)。
  2.  ところが、96年以降の最新計数をみると、米国における非農業部門の労働生産性の伸びが年平均+2.5%にまで高まっていることが判明した。これには、99年10月に公表されたGDP統計の遡及改訂による面もある。すなわち、企業のソフトウェア関連支出がそれまでの費用処理から付加価値として計上される扱いに変更され、情報化関連投資の増加がそのままGDPを押し上げる方向に作用するようになった。もっとも、こうした統計上の変更を考慮に入れても、労働生産性の上昇は90年代後半になって顕著に窺われる。
  3.  本稿では、最近の生産性上昇率の高まりが情報化関連投資の活発化によるものかどうか、種々の角度から検討した。まず、米国経済全体で労働生産性に影響する要因を点検し、技術革新が経済成長に寄与していることを検証した。具体的には、実質GDP成長率を左右する供給要因のうち資本設備ストック、労働力人口、稼働率だけでは十分説明されず、これら以外の要因、すなわち、生産関数を用いたアプローチで定量化される「全要素生産性<Total Factor Productivity>」の寄与率が5割弱に及ぶと試算された。一方で、労働を節約して資本設備に代替する動きは労働生産性の伸びの主因とはなっていない(労働力に対する資本設備の割合すなわち資本装備率は急激に上昇していない)。
     これらの定量データから、1単位当たりの資本設備や労働力が生み出す付加価値をより増大させる「技術進歩」が米国では90年代後半に広く顕現化し、実質GDP成長率の押し上げに大きく貢献していることが読み取れる。
  4.  続いて、最近の「技術進歩」に牽引された労働生産性上昇率の高まりが、主として情報化関連投資によってもたらされていることも確認された。95年以降の労働生産性上昇のうち約8割は、資本ストックに占める情報化比率の上昇によって説明できる。
  5.  情報化関連投資の活発化が生産性上昇に繋がったということは、設置されるコンピューターやネットワーク自体の作業効率が高まっていることにとどまらない。情報化関連投資が拡大して資本ストックとして蓄積される過程で、他の資本設備や労働力の生産効率を向上させる方向にシナジー効果を発揮し、技術進歩を広範に促してきたと考えられる。
     この点を検証することは容易ではないが、業種別データを用いて、情報化の進展度合いと労働生産性との関連性や、情報化と米国経済全体の雇用創出との関係などについて、一段の分析を展開した。その結果、次の点が明確になった。
    •  小売業、耐久財製造業(とりわけコンピューターを含む一般機械や電気機械)、金融・保険・不動産業などでは、資本ストックに占める情報化比率と労働生産性上昇率が90年代後半にともに高まっている。これらの業種では、情報技術革新の成果を享受し易い、海外との競争がひときわ激しく賃金コストの押し下げ圧力が強いといった事情が背景にあると考えられる。
    •  サービス業では、労働集約的であるため労働生産性が総じて低いが、ビジネスサービス(ソフトウェア開発等)などの分野では情報化投資の積極化とともに生産性の上昇を実現している。
    •  情報化関連投資のそもそもの誘因としては労働節約があったが、実際に生産性上昇が高まると、新たなビジネス機会が生み出され、起業の容易な社会・金融環境と流動的な労働市場の下で、90年代央以降、米国経済全体の雇用は小売業やサービス業をはじめとして大きく増加した。情報化の進展に伴い、高付加価値の専門職への移行が急速に進んでいることも大きな変化である。
  6.  多くの米国企業では、海外との競争が激化する下で、雇用コストと比べた情報化関連ストックの割安化が誘因となって、情報化投資を引き続き展開する傾向にある。建設業などでは低付加価値労働の割合が高く情報化に馴染みにくいことや、経済全体として技能の高い労働力の供給が今後不足する可能性は否定できないが、情報化関連投資が業種の裾野を広げつつ拡大し、米国経済の生産性上昇を牽引し続けることが期待される。
  7.  米国では、90年代初の景気後退期から立ち直って、その後労働生産性を高めていく過程では、(1)事業ごとのリスクとリターンの的確な評価を絶えず求める企業統治の徹底、(2)効率的な資金供給を可能にする金融資本市場の競争的環境の整備・向上、(3)限られた資本と労働を有効に活用する大胆な事業再構築(リストラクチャリング)、業務プロセスの再設計(リエンジニアリング)の進展などの諸要因が、情報技術革新の成果をうまく引き出してきた。わが国や欧州においても、こうした米国の過去の経験から、情報化関連投資の拡大とともに、企業活動の高揚を妨げる構造的要素を除去し、経済全体の生産性上昇を高めていくプロセスを学ぶことができよう。