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最近の地価形成の特徴について

2000年10月
植村修一※1 佐藤嘉子※2

日本銀行から

 本稿の作成にあたっては、宮崎真悟氏(加・カールトン大学院修士)、仲村敏隆氏(東京理科大学大学院修士)、平口良司氏(東京大学大学院経済学研究科)、才田友美氏(調査統計局経済調査課)、佐竹秀典氏(調査統計局経済調査課)の多大な協力を得た。なお、本稿の文責は全て筆者にあり、意見等にわたる部分は、日本銀行および調査統計局の見解ではない。

  • ※1日本銀行調査統計局経済調査課(E-mail: shuuichi.uemura@boj.or.jp)
  • ※2日本銀行調査統計局経済調査課(E-mail: yoshiko.satou@boj.or.jp)

 以下には、冒頭部分(はじめにおよび要旨)を掲載しています。全文は、こちら (ron0010b.pdf 220KB) から入手できます。

はじめに

わが国の景気は、このところ緩やかに回復する一方で、地価は、バブルが崩壊して以降、ほぼ一貫して下落を続けている。地価の動向は、金融システムや企業のバランスシート問題などを考える上でも注目されるところである。この点、現在の地価下落が、循環要因によるものなのか、構造調整あるいは構造変化といった要因を伴うものなのかによって、見方も変わり得る。こうした問題意識から、本稿は、最近の地価形成について考察するものである。内容は、(1)長い目でみた地価の推移と地価形成の特徴を確認した上で、(2)首都圏を中心に最近の地価の動きと、その背景および特徴をみる。さらに、(3)土地を巡る経済・社会環境が大きく変わりつつあることを指摘した上で、(4)今後の地価形成や経済主体の土地利用のあり方などに関する若干のインプリケーションを述べる。

本稿の要旨をあらかじめまとめると、以下のとおりである。

1. わが国の地価は、バブルが崩壊して以降、下落を続けているが、長い目でみれば右肩上がりに上昇してきており、そのテンポは、バブル期までは名目GDPを上回っていた。

 都道府県別のデータを用いたパネル分析によっても、これまで土地生産性以上に地価が上昇してきたことが確認されたが、この背景として、80年代までは、将来的な収益増加に対する「期待」が強く影響していた可能性が挙げられる。

2.最近のオフィス・スペースの需給をみると、東京23区の空室率は、このところ低下している。とくに、「近・新・大」と呼ばれる好条件の物件は、最近の情報化進展や外資系企業進出の動きの中で人気が高い。また、東京と他の都市との間でも、需給を巡る環境に開きがみられ、いわゆる「二極化」現象が生じている。

 オフィス・スペース需給を巡る動きは、地価にも反映されている。都心5区商業地のポイント毎の地価変化率と地価水準の関係をみると、バブル崩壊直後は、地価水準に関係なく、どのポイントも大幅かつ一様に下落していたが、最近は、かなりのばらつきがみられている。土地の属性を含むデータを用いて、商業地地価に影響を与えている要因を分析すると、最近では、「ゾーン」によって決まる容積率の効き方が低下する一方、個々の土地によって異なる地積(土地面積)と、地価との関係が強まっている。

 首都圏の住宅地地価は、97年以降の景気後退の中で下落傾向を強めたが、昨年から、横ばいに転じる地点が増え始めた。とくに利便性の高い場所にある社宅跡地等に対する引き合いは強い。一方で、都心から距離のある地点では下落傾向が続くなど、住宅地については、ゾーンによる二極化がみられている。

3.バブル期までの、一様に地価の上昇期待が強かった時期と比べると、土地を巡る環境に様々な変化が生じている。

 まず、土地を生産要素としてみた場合、経済のグローバリゼーションの進展により、要素価格に均等化圧力が加わる中で、企業の立地ニーズに適した土地とそうでない土地との選別が強まっている。また、国内における少子・高齢化の進展により、少なくとも量的な観点からは、住宅ならびに宅地に対する需要が、いずれ頭打ちとなる可能性がある。

 次に、購買力を保存するための手段として土地資産をみた場合、バブル崩壊以降、多大なキャピタルロスが発生する中で、金融資産に比べた有利性が失われてきている。借入担保としての役割も、相対的に低下していくことが考えられる。

4.また、90年代以降、土地を巡る税制、法規制、会計制度等がかなり変わった。中でも、定期借地・借家権の創設や時価評価会計の流れは、経済主体の土地所有インセンティブに影響を与えると考えられる。

 このところ、土地を含めた不動産証券化の動きも進みつつある。不動産を証券化し、投資家の資金を集めるということは、不動産の価格と収益(リターン)の関係を明確にするという意味合いがあり、証券化の進展は、収益還元的な価格形成を促すと思われる。

 こうした中、経済主体の土地所有に対する考え方は着実に変化しており、「土地は預貯金や株式などに比べて有利な資産とは思わない」家計が増えている。また、企業が保有不動産を売却する事例も目立っている。

5.地価の先行きについては、このまま景気の回復が続けば、地価の下落に歯止めをかける方向で作用すると思われる。もっとも、場所や地点による価格の二極化が進行しつつある下で、「平均」でみた地価変化率が、必ずしもマクロ景気の動きと整合的であるとは限らない。

 かつての土地神話を支えた経済・社会環境は、着実に変化しつつある。全体として土地需要が大きく拡大することは見込みがたい中で、企業や家計による土地の選別が強まる一方、各種のシステムは、用途が曖昧なまま土地を所有するインセンティブを弱める方向に切り替わりつつある。こうしたもとで、現在都心の商業地にみられる地価の二極化・多極化は、一時的、局地的な現象というより、持続的かつ広がりを持った流れとして捉えるべきであろう。

6.土地の価値は保有しているだけでは高まらないとの認識が浸透することによって、経済主体の間で、土地の有効利用や生産性向上を図る前向きな動きが広がることが期待される(いわゆる「所有」から「利用」へ)。公的セクターにとっても、地価下落に伴って、都市の再開発や生活環境関連型の社会資本整備を行う機会が増していると考えられる。

 こうした土地の有効利用を促すとともに、各経済主体にとっての不確実性を減らすためにも、土地取引や土地の価格に関する情報ならびに情報提供体制の整備を図っていくことが必要である。