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最近のマネタリーベースの増加をどう理解するか?

2002年 8月 2日
日本銀行企画室

 以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (ron0208b.pdf 349KB) から入手できます。

要旨

マネタリーベース

  • マネタリーベースは、一般に「金融部門およびその他の部門に対する全ての中央銀行負債」と定義される。わが国では「日銀が供給する通貨」を総称する量的金融指標であり、内訳は、1〜2割が日銀当座預金、8〜9割が流通現金(日銀券および流通貨幣)で構成される。両者に共通の特徴として、最も高い流動性(支払手段としての利便性)を有する通貨であること、日銀または政府の負債であること、日銀を通じて供給されること、付利されていないこと、の4つが挙げられる。
  • 日銀はマネタリーベースを供給する際には、見合いとしてそれよりも相対的に流動性の低い金融資産を買入れている。言い換えれば、マネタリーベースの供給は、「所得の供給」ではなく、「流動性の供給」を意味する。
  • マネタリーベースは、最近では第一次石油ショック時以来の高い伸びとなっている。名目GDPに対する比率も高まっており、現在は過去100年の中で第二次世界大戦時に次ぐ高さとなっている。こうした現象を理解するためには、短期金利がゼロから有意に離れている時期と、現在のように短期金利がゼロ近くまで低下した時期に分けることが有用である。

日銀当座預金

  • 短期金利をゼロから乖離した水準に日銀が誘導している時期には、マネタリーベースの構成要素のうち、日銀当座預金は、準備預金制度によって保有が義務づけられている所要準備額と概ね一致する。これは、所要準備額が十分に大きいので、その額を超える流動性は、通常、よほど金利が低くない限り需要されないためである。
  • 他方、短期金利がほぼゼロとなる局面では、日銀は、所要準備額を超える日銀当座預金量を実現することができる。実際、日銀は、日銀当座預金残高を金融市場調節上の主たる操作目標とした2001年3月以降、その目標額を数次にわたり引き上げ、日銀当座預金残高は大幅に増加した。日銀による大量の資金供給の実現は、同時に、それだけの量の当座預金が結果的に需要されたことの表われでもある。当座預金需要の増加には、潤沢な資金供給を受けた短期金利の低下や、日銀による様々な資金供給手段の拡充策が寄与した。また、米国の同時多発テロやわが国の金融システムへの不安などから予備的動機に基づく流動性需要が高まった。さらに、金利水準が極めて低位にとどまる中、取引コストを勘案すると余剰資金を短期金融市場で運用しても十分な収益をあげられないため、運用を諦めて超過準備を抱える市場参加者が増えたことも指摘できる。資金余剰の状態が市場参加者の間で常態化し、資金取引が不活発化するにつれてこうした傾向が強まった。このことが、日銀当座預金がいったん増えると、その直接の原因が収まった後にも高止まりする要因として作用した。

流通現金

  • 一方、現金の需要量は、通常、金利と取引額の水準によって左右される。経済取引の中で決まる現金需要に対し、日銀は日々の業務として受動的に受払いを行っている。ただし、現金需要の決定要因である金利や取引水準には、金融政策が中長期的に影響を及ぼす。
  • 2002年入り後、流通現金は前年比2桁増の高い伸び率となった。その背景としては、預金金利がほぼゼロまで低下したことや、取引コストを嫌って余剰の手許現金を銀行に預け入れに行かない行動が拡がったことが寄与した。また、2002年4月に実施された定期性預金等のペイオフ解禁は、家計や企業等の経済主体が認識する預金のリスクプレミアムを僅かながら引き上げ、プレミアム分を除いてみた場合の預金金利を一層引き下げることによって、現金保有の相対的魅力を高めた。
  • 金利がゼロに近い領域では、現金需要曲線の傾きがフラット化している。したがって、預金金利の低下やリスク認識の変化は、それぞれが小さな変化であっても、資金の一部が預金からシフトし、現金の伸び率を大きく押し上げるのに寄与したとみられる。

貨幣乗数

  • マネーサプライのマネタリーベースに対する比率は貨幣乗数と呼ばれ、マネタリーベースのマネーサプライに及ぼす影響を議論するに際して用いられることがある。貨幣乗数は中央銀行当座預金・銀行預金比率および現金・銀行預金比率に依存する。これらの比率は、経済主体の資産選択の結果として決まる変数であり、特に金利水準はその重要な決定要因である。
  • 2001年3月以降の動きをみると、マネタリーベースの伸びは著しく高まったが、マネーサプライの伸びは小幅に止まり、貨幣乗数は大きく低下した。これは、日銀当座預金と流通現金に関する上記の説明から理解されるように、中央銀行当座預金・銀行預金比率および現金・銀行預金比率ともに、金利がゼロに近い局面においては、特に大幅に変動する傾向を持つようになるためである。こうした環境の下では、マネタリーベースとマネーサプライの関係は安定的ではなく、不確実性の高いものとなる。なお、マネタリーベースの増加と経済活動の関係を理解するためには、より多面的な検討が必要である。