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新たな事業形態の登場と法制度の対応について:ライドシェア・サービスに関する労働法上の論点を中心に 杉浦志織(日本銀行)

Research LAB No. 18-J-3, 2018年6月14日

キーワード:
労働者、判断基準、使用従属性、指揮監督、シェアリング・エコノミー、ライドシェア、プラットフォーム

JEL分類番号:
K31

Contact:
shiori.sugiura@boj.or.jp

要旨

近年、シェアリング・エコノミーと呼ばれる新たな事業形態が急速に発展している。中でも、ライドシェアは、シェアリング・エコノミーの中核を占めており、市場規模が拡大している。これに伴い、欧州や米国では、ライドシェアに従事するドライバーが労働法の適用対象となる「労働者」と位置付けられるのか否かについて活発な議論がなされている。

杉浦(2017) [PDF 853KB]では、ライドシェア市場の発展が著しい米国における労働法上の問題に関する議論を紹介している。そのうえで、わが国でライドシェアが普及した場合には、一定範囲で米国における対応が参考になりうるものの、従来の労働者概念の再考の必要性や日米の労働法制全体の枠組みの相違に留意する必要があることを指摘している。

はじめに

わが国における労働者概念は、伝統的に、時間的・場所的に拘束され、直接的な指揮監督のもとに労務を提供する者を念頭においてきた。しかし、近年、ライドシェア・サービスのドライバーのように伝統的な雇用関係とは異なる柔軟な就業形態での労務提供者が増加している。こうした労務提供者の労働者性の判断においては、伝統的な基準が適さない可能性があるといえる。そこで、本稿では、日米の労働者性判断枠組みを比較することで、こうした新たな事業形態の登場に対し、法制度はどう対応すべきかを検討したい。

ライドシェア・サービスの概要

ライドシェア・サービスは、個人が保有する遊休資産(スキルのような無形のものも含む)の貸出しを仲介するサービスである「シェアリング・エコノミー」と総称される新たな経済活動の一形態である。ライドシェアの定義はさまざまであり、広義では自動車の所有者またはドライバーが、当該自動車を乗車希望者のために使うこと一般をいう。この中には、大別して、(1)同じ目的地に向かう者同士がガソリン代や高速代等の費用を折半して、一方が所有する自動車に同乗する、いわゆる「相乗り」と、(2)自らが保有する自動車によって有償で旅客(消費者)を運送するものとがある。このうち、本稿では(2)について検討する。

(2)のようなライドシェア・サービスでは、タクシー免許を保有しない個人がドライバーとして輸送サービスを提供することも可能であるため、こうした行為が法規制に違反しないかが問題となる。

米国においては、州により扱いが若干異なるが、例えば、カリフォルニア州では、ライドシェア・サービスの運営会社を交通ネットワーク企業 (Transportation Network Company:TNC)として一定の条件のもとで営業を認める扱いがなされている。また、他の自治体でも、TNCの制度化が進められている。

これに対し、日本では、タクシー免許を保有しない個人が輸送サービスを提供することは、道路運送法に抵触する可能性があるため、こうした形態のサービスは提供されていない。

ライドシェア・サービスを利用する際の流れは、運営会社により若干の違いはあるが、概ね図の通りである。一般的に、運営会社とドライバーとの間では、請負契約が締結され、これに基づき、ドライバーは消費者にサービスを提供するという構造が採られている。こうした契約形態を採用していることから、米国では以下のような紛争が生じている。

【図】ライドシェア・サービスの仕組み

  • ライドシェア・サービスのフロー図 (1)ドライバーがアプリを起動、(2)消費者が運営会社に配車を依頼、(3)ドライバーと消費者を運営会社がマッチング、(4)運営会社がドライバーに乗車リクエスト、(5)ドライバーが運営会社に承諾、(6)運営会社が消費者に依頼承諾を通知、(7)ドライバーが消費者を運送サービス(目的地までの送迎)、(8)消費者が運営会社に運賃支払、(9)運営会社がドライバーに報酬支払

米国では、ライドシェア・サービスの運営会社に対し、ドライバーが最低賃金の保障等の労働法上の権利救済を求めて提訴する事案がみられ始めている。そもそも、労働法上の権利救済を受けるためには、当該労働関連法規の適用対象となる「労働者」に該当する必要がある。しかし、ドライバーは運営会社と請負契約を締結しているため、運営会社側は、ドライバーは「独立の請負人」であり「労働者」には該当しないと主張している。そのため、ドライバーが「労働者」と「独立の請負人」のいずれに該当するのかが中心的な争点となっている。

米国における「労働者」該当性判断基準

米国における伝統的な労働者性判断基準(カリフォルニア州の基準)においては、労働者性判断の最も重要な考慮要素は、事業者による業務遂行の手段や方法等に関するコントロール権であるとされている。そのうえで、コントロール権以外にも、(1)他の職業への従事の有無、(2)当該地域における当該業務一般に対する監督者の指示の有無 、(3)特別な能力の要否、(4)業務に使用する道具・仕事場・人員等の提供の有無、(5)業務時間の長さ、(6)報酬の支払方法、(7)提供する業務と事業者の事業との関連性、(8)当事者双方の認識(雇用契約、請負契約等)といった要素が考慮されている。

ライドシェア・サービスに従事するドライバーの労働者該当性が問題となったいくつかの事案(最低賃金保障等に関する事案)においても同様の基準が用いられている。もっとも、裁判所等の判断は事案によって区々であり、ドライバーの労働者該当性について確立した見解はない。こうした状況に対しては、同様の事案を同一の判断機関が判断した場合であっても、事案によって事実の評価やウェイト付けが区々であり、当事者の予見可能性を損なうといった指摘がされている。また、伝統的な判断基準は、ライドシェア・サービスのような事業者による直接的な監督を必要としない新しい就業形態における判断には適さないといった見解もある。こうした問題があることから、学界では伝統的な判断基準の再考に関する議論が活発になっている。

わが国における「労働者」該当性判断基準

わが国においては、労働基準法(以下「労基法」という)上の「労働者」該当性について、「『労働者』とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と規定されている(労基法9条)。もっとも、この定義は抽象的であるため、労働者性の一般的判断基準として、(1)使用者の指揮監督下で労働し、(2)労務対償性のある報酬を受け取るものに該当するか否かという枠組みが示されている。さらに、(1)指揮監督下の労働といえるかどうかについては、仕事の依頼等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、勤務場所・時間に関する拘束性の有無、代替性の有無等に照らして判断される。そして、(1)、(2)のみでは判断できない場合には、労働者性の判断を補強する要素として、事業者性の有無にかかわる事項や専属性の程度等が考慮される。

日米における「労働者」該当性判断基準の違い

ここで、前述の米国における事案(最低賃金保障等に関する事案)で用いられた労働者性判断基準と、わが国における労基法上の労働者性判断基準を比較する。この点について、最低賃金保障等に関する連邦法である公正労働基準法上の「労働者」は、わが国の労基法上の「労働者」(最低賃金法上の「労働者」もこれと同一)よりも緩やかな基準で判断されている(すなわち、米国の公正労働基準法の方がわが国の労基法よりも「労働者」の範囲が広い)点に留意する必要がある。この背景には、わが国の労基法が「労働者」に手厚い権利保障をしているのに対して、米国の公正労働基準法は、最低賃金や時間外割増賃金、年少者の保護といった最低限の権利のみを規定する法であるため、比較的広い範囲の者を適用対象としやすいという事情が存在する。これに対し、わが国では、労働組合法(以下「労組法」という)上の労働者概念を広く捉え、労基法の「労働者」として保護されない者でも、労組法上の「労働者」として団体交渉等を通じた保護がなされるという枠組みを採っている1。日米の判断基準を比較する際には、こうした労働法制全体の枠組みの違いを念頭におく必要がある。

米国で労働者性判断の最も重要な要素とされているコントロール権は、わが国における「指揮監督下で労働しているといえるか」という基準と類似するものだが、わが国の判例では一般に、指揮監督下の労働に加え、報酬の労務対償性を主たる判断要素としている点で米国と異なる。もっとも、わが国でも、指揮監督下の労働といえるかが最も重視され、報酬の労務対償性はそれを補強する要素として位置付けられているとみられる判例もあるため、事案によっては米国とかなり近い判断方法を採っているとの評価もできる。

そのうえで、コントロール(指揮監督)の内容をみると、米国ではコントロール権は、業務の詳細に及んでいる必要はないとしたうえで、雇用主が実際に及ぼしているコントロールの程度ではなく、雇用主が及ぼし得るコントロールの程度を重視することとされている。これに対し、わが国では、トラック運転手の労働者該当性が問題となった事案において、運転経路や出発時間等の指示がないことを重視して、指揮監督下の労働とはいえないと判断しており、業務遂行について詳細な指示が実際になされていたことを要求している。そのため、同判決では指揮監督の概念を米国におけるコントロール権よりも狭く判断しているものと思われる。こうした判断の違いをみると、コントロール(指揮監督)権という観点では、わが国よりも米国の方が、ライドシェア・サービスに従事するドライバーの労働者該当性を肯定する側に働きやすいように思われる。

また、報酬については、わが国では報酬が一定時間労務を提供していることに対する対価と評価できる場合に労働者該当性を肯定する方向に働く事情として考慮するのに対し 、米国では時間単位で算定されるか否かに加えて、報酬の額を一方的に決定されていることや決定された報酬額について交渉の余地がないこと等を労働者該当性を肯定する方向へ働く補足的事情として考慮する点が特徴的である。こうした特徴から、報酬の観点でも、わが国よりも米国の方が、ライドシェア・サービスに従事するドライバーの労働者該当性を肯定する側に働きやすいように思われる。

【表】労働者性判断基準の比較
日本 米国(カリフォルニア州)
コントロール(指揮監督)権 運転経路や出発時間、始業時刻、就業時刻等に関する指示があること等、業務遂行について詳細な指示が実際になされていたことを要求。 業務の詳細に及んでいる必要はなく、事業者の目的達成のために必要なコントロールを保持しているかどうかに着目し、雇用主が実際に及ぼしているコントロールの程度ではなく、雇用主が及ぼし得るコントロールの程度を重視。
報酬
  • 指揮監督に並ぶ重要な判断要素と位置付け。
  • 一定時間労務を提供していることに対する対価と評価できるか否かで判断。
  • 補足的な考慮要素の一つとして位置付け。
  • 報酬が時間単位で算定されているか否かという点だけでなく、報酬の額を一方的に決定されていることや決定された報酬額について交渉の余地がないこと等も考慮。
その他の考慮要素 日米で共通
  • 機械、器具の負担関係
  • 業務に使用する道具・仕事場・人員等の提供の有無
  • 就業者による設備や材料への投資、他者の雇用の有無
  • 専属制の程度
  • 他の職業への従事の有無
  • 業務時間の長さ
  • 就業関係の永続性の程度
日米で相違
  • 就業者が行う業務と事業者の事業との関係は考慮していない
  • 提供する業務の事業者の事業における定期性
  • 提供する業務の事業者の事業における重要性
  1. 米国では、団結権や団体交渉権について定めた法である全国労働関係法の「労働者」概念を公正労働基準法上の「労働者」概念よりも狭く捉えている。

わが国への示唆

わが国の労働法は工場労働者を適用対象とした工場法をはじめとする戦前の労働保護法規を発展させた側面を有する。そのため、適用対象となる「使用される」者としては、工場労働者のように時間的・場所的に拘束され、使用者の指揮命令のもとに労務を提供する者が想定されていた。しかし、近年のITの発達により、労働者の主要な要素とされてきた時間的・場所的拘束性や直接的な指揮命令関係は希薄化されてきており、労働者の従属状況に変化を及ぼしているとの指摘がなされている。この点、米国では、コントロールや報酬について柔軟に捉えており、わが国でもこれらの概念を柔軟化するという対応も検討に値するものと思われる。もっとも、柔軟とされる米国の判断基準についても、当事者の予見可能性を損なうといった指摘や、そもそも従来の判断基準は新しい就業形態における判断には適さないといった指摘がある。このため、わが国において検討を進める際には、既存の概念の柔軟化にとどまらず、従来の判断基準の抜本的な見直しも視野に入れる必要があると思われる。また、こうした検討の際には、わが国では、米国と異なり、労基法上の「労働者」として保護されない労務提供者についても、労組法上の「労働者」として団体交渉を通した保護を及ぼすという対応を採っている点にも留意する必要がある。

おわりに

わが国では、ライドシェア・サービスは、現時点では本格的に導入されていないものの、今後サービスが普及した場合には、労働者性にかかわる従来の判断基準を再検討する必要が生じよう。その際には、当該判断基準が、新たな就業形態の登場により多様化した就業実態に適合的かに留意しつつ、実質的には従属しており、労働法による保護を必要としている者が適用対象から外されることのないよう設計する必要があると考えられる。

参考文献

日本銀行から

本稿の内容と意見は筆者ら個人に属するものであり、日本銀行の公式見解を示すものではありません。