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少子・高齢化がわが国に与えるマクロ経済的インパクト:世代重複モデルによる分析

2012年11月5日
武藤一郎*1
小田剛正*2
須藤直*3

全文掲載は、英語のみとなっております。

要旨

わが国は、急速な出生率の低下と寿命の長期化によって、少子・高齢化が世界で最も進んだ国となっている。本稿は、少子・高齢化がわが国に与えるマクロ経済的インパクトについて、世代重複(Overlapping Generations、以下OG)モデルに基づき、定量的な評価を行ったものである。

OGモデルとは、世代ごとの経済主体の消費・貯蓄行動の違いを明示的に描写したモデルであり、少子・高齢化など人口動態の変化が、経済に与える影響を分析することができる。本稿のOGモデルでは、年齢ごとの生存確率や労働生産性などに関するわが国の世代間プロファイルなどを踏まえて各種パラメーターを設定しているほか、社会保障制度として年金制度だけでなく公的医療制度も明示的に取り扱い、社会保障支出に関する定量的精度を高めている。その結果、1980年代以降におけるわが国のマクロ経済変数の推移を良好に再現できている。

本稿では、少子・高齢化がマクロ経済に影響するメカニズムを明確にするため、少子・高齢化の発生原因を「出生率の低下」と「寿命の長期化」の2つに分けて分析した。具体的には、仮にこれら2つの要因が生じなかったならば、マクロ経済変数がどのように推移したかを、カウンターファクチュアル・シミュレーションによって明らかにした。さらに、少子・高齢化の影響が、開放経済の下では閉鎖経済の場合と比べてどのように異なるのかを確認するため、モデルを小国開放経済に拡張してシミュレーションを行った。

本稿の分析を通じて得られた主なインプリケーションは、次の2つである。

  1. (1)少子・高齢化の発生原因のうち、「出生率の低下」は、労働力人口と貯蓄主体の数を減少させることで、労働と資本の両面から、経済成長率を低下させる。一方、「寿命の長期化」は、老後への備えの必要性を高めることにより、勤労世代による貯蓄や労働投入を増大させ、経済成長率を高める効果を持つ。わが国の場合は出生率低下のマイナス効果が長寿化のプラス効果を凌駕するため、少子・高齢化は全体として、経済成長率に負のインパクトを与えている。また、少子・高齢化は、生産年齢人口比率を低下させることを主因に、わが国の一人当たりGNPに対しても、特に先行きについて、負の影響をもたらすことが示唆される。
  2. (2)OGモデルを小国開放経済に拡張した分析によれば、少子・高齢化が進展した場合、国内の資本収益率の低下に伴って、海外との収益率格差が拡大するため、海外への投資が促進され、資本収支の裏側にある経常収支が改善する。一方、少子・高齢化により、国内の生産力が需要との対比で低下するため、貿易収支はいずれ赤字化する。こうしたもとで、経常収支が改善するのは、海外での資本蓄積が進むにつれて、所得収支の黒字幅が拡大するためである。その結果、一人当たりGNPは、開放経済の下では、閉鎖経済の場合と比べて上振れる。

本稿の分析結果は、現時点における将来推計人口を前提とした場合、わが国では、少子・高齢化による経済への下押しインパクトが、今後数十年にわたって拡大を続ける可能性があることを示唆している。そうした負の影響をできる限り軽減する上では、女性や高齢者の労働参加率を高めるといった、労働投入量を増加させる取り組みに加えて、グローバル化を進展させ、海外の高い収益機会を活用するということが、一つの方策になると考えられる。

本稿の作成に当たっては、西村清彦、前田栄治、Selahattin Imrohoroglu、伊藤隆敏、福田慎一、渡辺努、青木浩介、細野薫、宮川大介、Robert Dekle、関根敏隆、鎌田康一郎、一上響、上田晃三、原尚子、池田大輔の各氏、およびセントルイス連邦準備銀行、釧路公立大学におけるSummer Workshop on Economic Theory、日本経済研究センター、および日本銀行におけるセミナー参加者から多くの助言・コメントを頂戴した。記して感謝の意を表したい。ただし、本稿で示した見解は筆者個人に帰属するものであり、日本銀行および調査統計局の公式見解を示すものではない。

  1. *1日本銀行調査統計局 E-mail : ichirou.mutou@boj.or.jp
  2. *2日本銀行調査統計局 E-mail : takemasa.oda@boj.or.jp
  3. *3日本銀行金融機構局 E-mail : nao.sudou@boj.or.jp

日本銀行から

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