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賃金上昇が抑制されるメカニズム

2019年7月12日
尾崎達哉*1
玄田有史*2

要旨

本論文は、人手不足が深刻さを増す一方、賃金の顕著な上昇が見られない背景について最新データを用いて考察した。労働供給の拡大が収束し非正規雇用の労働市場がルイスの転換点を迎えれば、賃金は今後急速に上昇する。その可能性は世帯所得と留保賃金の高い人々の参入が始まった女性について大きい。引退が抑制され非正規求人の受け皿となってきた高齢者も、団塊世代が70代となり労働市場からの退出が本格化すると、賃金上昇に早晩転じる可能性はある。正規雇用では月給削減を嫌う労働者の心理により、企業は将来の賃下げにつながりかねない現在の賃上げを回避しがちなことが指摘されてきた。そこで毎月の給与に代わって賞与が柔軟な配分をもたらす可能性も検証した。実証分析からは業績の悪化に対しボーナスは大きく下方調整される一方、業績の改善に応じたボーナスの上方調整は限定的だったことが明らかとなった。さらに人材流出防止策として特別給与は中高年より若年に手厚く配分される傾向があり、それは高齢化し流動性の低下した正規雇用の報酬停滞につながった。賃金、労働生産性、単位労働費用の関係についての考察では、製造業、建設業、飲食業等では賃金上昇を生産性向上が相殺することで単位費用の上昇を抑制してきた。半面、他の産業では賃金上昇が生産性の伸びを上回り、物価上昇の誘因となり得る状況も存在した。

JEL分類番号
E24、E31

キーワード
労働供給、ルイスの転換点、留保賃金、上方硬直性

本稿は、東京大学金融教育研究センター・日本銀行調査統計局による第8回共催コンファレンス「近年のインフレ動学を巡る論点:日本の経験」(2019年4月15日開催)での報告論文を改訂したものである。早川英男氏、岩田一政氏、植田和男氏、植田健一氏、木内登英氏、陣内了氏、原田泰氏、門間一夫氏をはじめ、コンファレンス参加者から貴重なコメントを頂いた。また、本稿の作成にあたっては、関根敏隆氏、一上響氏、宇野洋輔氏、加藤直也氏、奥田達志氏および日本銀行スタッフから有益な助言やコメントを頂いたほか、木村太郎氏、前橋昂平氏、加来和佳子氏からは、図表作成および計数作成においてご協力を頂いた。記して感謝の意を表したい。ただし、残された誤りは全て筆者に帰する。なお、本稿の内容と意見は筆者に属するものであり、日本銀行の公式見解を示すものではない。

  1. *1日本銀行調査統計局 E-mail : tatsuya.ozaki@boj.or.jp
  2. *2東京大学社会科学研究所 E-mail : genda@iss.u-tokyo.ac.jp

日本銀行から

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