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通貨危機に関する最近の理論および実証研究のサーベイ

通貨危機への対応策としての流動性供給の意義

2001年 7月10日
服部正純

日本銀行から

日本銀行国際局ワーキングペーパーシリーズは、国際局スタッフによる調査・研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは国際局の公式見解を示すものではありません。

なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに対するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せください。

以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (iwp01j02.pdf 169KB) から入手できます。

本論分を大幅に加筆修正した論文が日本銀行金融研究所発行『金融研究』2002年6月/第21巻第2号(179~211頁)に掲載されています。

要旨

  1. 1999年に新設されたIMF緊急融資枠(CCL)や2000年にASEAN+3諸国で締結に向けたプロセスが合意された域内スワップ協定は、一国が国際金融市場において流動性危機に陥った場合に、一定の条件の下で、その国に対して外部からの流動性供給を行う制度と考えられる。こうした取組みは、今後も制度参加メンバー(既存の国際機関、地域別メンバー、発展段階別メンバー等)とスキーム(資金貸付、通貨スワップ、スワップ対象通貨別等)の異なる組み合わせを模索しつつ進展していく可能性があり、その中での「中央銀行」の役割についても議論が展開されて行くものと予想される。従って、こうした事態に備え、通貨危機に際しての流動性供給の意義や、その中で中央銀行が果すべき役割について、予め十分な検討を行っておくことが不可欠と考えられる。本稿では、そうした検討の基礎材料として、過去の通貨危機の発生原因、危機を深化させた要因、通貨危機が当該国の総生産の減少に繋がるメカニズムに関しての理論と実証研究のサーベイを行う。サーベイ対象は、最も直近に発生した危機であり、かつわが国経済との関係が深いアジア通貨危機(1997年)以降の研究を中心に取り纏めた。
  2. アジア通貨危機の発生を説明する理論としては、「ファンダメンタルズに起因する通貨危機」と「投資家の期待変化から生じる自己実現的な通貨危機」という対立する見方が存在するが、最近は、「投資家の期待形成とファンダメンタルズの関係を解明する理論」が提示され、「ファンダメンタルズが弱い国に通貨危機が発生しやすい。また、ファンダメンタルズの僅かな変化に対して投資家行動がドラスティックな変化を見せることがある」といった直感が、理論的に裏付けられつつある。また、通貨危機(通貨価値の下落)が総生産の大幅低下に繋がるメカニズムに関しても、通貨危機と銀行危機の併存仮説(Twin Crisis Hypothesis)、agency理論に基づく銀行融資額決定理論、debt-overhang理論等による説明がなされて来ている。
  3. 通貨危機に関するアジア通貨危機以降の実証分析は、通貨危機の発生確率とその深度に対する、i)ファンダメンタルズ関連計数、ii)コンテージョン(危機の伝播)・チャンネル、iii)投資家の期待変化、の持つ影響力を計測することで、上述のような様々な理論的な見方の妥当性の検証を試みている。主要な結果は、以下のようなものである。
    1. (1)幾つかのファンダメンタルズ関連計数は説明力を持ち、特に対外短期債務の影響力は大きいが、これらの計数のみでは通貨危機の発生確率と深度を十分に説明することができない。
    2. (2)各種コンテージョン・チャンネルと投資家の期待変化の効果を計量分析に加えると、推定式の説明力が大きく向上する。
    3. (3)コンテージョン・チャンネルの中では、近隣効果の説明力が高い。

 こうした結果は、投資家の期待形成とファンダメンタルズの間には何等かの関係が存在するという理論を裏付けているように窺われる。

  1. これら先行研究の結果からみると、過去の通貨危機において、長期的に見れば対外債務の返済能力に問題が無い国が、一時的に流動性危機に陥ったケース(いわゆる"solvent but illiquid")や、通貨危機の深度が当該国のファンダメンタルズにより説明できる程度を超えたものになったケースが存在していたことは、理論的可能性としても実証分析の結果からも支持されると考えてよいであろう。こうした結果は、「通貨危機発生時における緊急の流動性供給の必要性」に一定のサポートを与えるものと考えられる。
  2. 今後、望ましい流動性供給の在り方を考えていくにあたっては、(1)モラル・ハザードの防止や危機がinsolvencyに起因するものでないことを確認するためのサーベイランスの在り方、(2)国際機関等のグローバルな枠組みによる流動性供給と地域金融協力の「棲み分け」ないし役割分担の問題、(3)流動性供給における中央銀行の役割、といった諸点についての、一層詳しい検討が求められる。

以上