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【挨拶】わが国の金融政策と経済・物価情勢

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奈良県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 中村 清次
2011年6月2日

目次

1. はじめに

私は日本銀行政策委員会審議委員の中村と申します。本日は、お忙しい中、奈良県の行政ならびに経済界を代表される皆様方にお集まり頂き、懇談の機会を賜り誠に光栄に存じます。日頃は、支店長の早川をはじめ日本銀行大阪支店が大変お世話になっており、この場を借りまして厚く御礼申し上げます。

東日本大震災の発生に伴い、約1万5千人の方が亡くなられ、8千5百人弱近い方々が行方不明であるほか、10万人を超える方々が今なお避難所生活を強いられておられます。震災の犠牲となられた方々に対し、謹んで哀悼の意を表しますとともに、被災された方々に、心よりお見舞いを申し上げます。

本日は、まず私の方から日本銀行の業務、海外・国内経済の現状、先行きの経済見通し、足許の金融政策運営、そして最後に奈良県経済についてお話ししたいと思います。皆様は、今回の東日本大震災の影響が、わが国経済にどのような影響を及ぼすのかという点にご関心が高いと思います。その点についての私なりの見方についても申し上げたいと思います。もとより、経済の実態は、地域、業種、企業規模等により大きく異なるほか、震災の影響についても同様に濃淡がありますので、概括的には中々語り尽くせるものでもありません。私の話は、日本経済をマクロ的に鳥瞰した話が中心となりますので、皆様が日々の経済活動を通じて実感しておられる経済の実態とは異なる点も多いかと思われます。私も4年前までは、42年間に亘り民間の外航海運並びにフェリーを中心とした内航海運に携わっておりましたので、こうした点については充分に認識しているつもりです。日本銀行では、国内44か所の支店や事務所を通じた調査や個別ヒアリングによる情報収集と共に、本日のように総裁を含む9名の政策委員会の構成メンバーが全国各地を訪問して、行政や企業のトップの方々から、地域の経済情勢や日本銀行に対するご意見などをお伺いすることで、多様な地域経済の実態の把握に努め、政策決定に反映させることと致しております。皆様のご理解とご協力を賜りたく、宜しくお願い申し上げます。

2. 日本銀行の業務

まず、日本銀行の業務や機能について、簡単に説明したいと思います。日本銀行は、日本銀行法に基づき、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」ことを理念とし、通貨及び金融の調節を通じて金融政策の運営を行っています。日本銀行に対する皆様の印象は、金融政策に関するものが強いと思われますが、物価の安定、あるいは日本銀行のもう一つの目的である金融システムの安定を実現するために、日本銀行は、多岐に亘る業務を行っています。

具体的には、(1) お札を発行し、いつでもクリーンなお札を円滑に全国に行き渡らせる「発券銀行」としての業務——日本銀行券は5月末で約78兆8400億円、枚数にして約131億枚が流通しています——、(2) 円滑な資金決済並びに金融機関の経営状況の把握等信用秩序の維持を行うための「銀行の銀行」としての業務、(3) 国庫金や国債に関する受払い等を行う「政府の銀行」としての業務があげられます。また、(4) 皆様方のご協力を得ながら行っています、「短観」を始めとした内外の経済や物価の動向に関する調査・研究業務や、(5) 海外の中央銀行などと連携して行う国際的な業務等の幅広い業務を、本店ほか全国44か所の支店・事務所および7か所の海外事務所において5千人弱のスタッフが、携わっています。

経済におけるお金の流れは、人間の体の血液にもたとえられます。血液同様、お金の流れが滞ると経済活動は機能不全に陥ってしまいます。このため、日本銀行では、非常事態——地震等の自然災害、テロ、コンピューターシステムの障害、インフルエンザ等の蔓延——の発生に備えて、業務遂行に必要な要員確保を含めた、緊急時対応のための業務継続体制の維持や整備に常日頃から努めています。

3月11日の東日本大震災は、午後2時46分という通常の営業時間中に発生致しましたが、直ちに総裁を本部長とする対策本部を立ち上げ、震災への対応を開始することができました。金融機関同士の資金決済や証券決済のための重要なインフラである決済システム——通称「日銀ネット」と呼ばれるコンピューターネットワーク——は、震災後も正常に稼働を続けました。また、被災地での現金の不足を惹起しないため、震災直後の週末には、関係支店を通じて550億円の現金を被災地域に供給しました。一方、週明けの14日以降は、短期金融市場の不安心理を抑えるために、1週間だけで82.4兆円という大量の資金を市場にオファーし、市場の混乱を回避することができました。一部支店の停電には自家発電により、対応しました。また、震災で手持ちの現金が水浸しや泥だらけになる被害を受けた方々に対する引換業務には、被災地支店の増員を行うと共に、日本銀行の支店のない岩手県では、臨時の引換窓口を開設しています。仙台、福島、秋田、青森の各支店および岩手県の臨時窓口で引き換えられた金額は、5月末現在で18億8300万円となっています。金融政策とは一見距離がありそうに見える業務ですが、このような業務が安定的に提供できなければ、通貨や日本銀行に対する国民の信頼が低下し、金融政策の遂行にも支障をきたす事となりかねません。

3. 最近の内外経済情勢

(1)海外経済

では、国内外の経済情勢についてお話しします。海外経済については、先進国経済が緩やかな回復を続けている中、新興国・資源国経済の力強い成長に牽引されるかたちで、全体としても緩やかな回復基調が続いています。IMFは、世界経済の成長率について、2011年は+4.4%、2012年は+4.5%としており、先行きも堅調に推移するとの見通しを示しています。東日本大震災の海外経済への影響は、総じて限定的なようです。

新興国・資源国では、旺盛な内需を主因に高めの成長が続いており、世界経済の成長を牽引していますが、多くの国・地域で、既往の国際商品市況の上昇などを受けてインフレに対する懸念が強まっており、各国の中央銀行は、政策金利や預金準備率の引き上げなど、金融引き締め方向の動きを続けています。中国は、足許では+9%台の経済成長を維持していますが、インフレ率は+5%台であり、政府の目標水準である+4%を上回っています。こうした中、中国人民銀行は、先般、本年入り後5度目となる預金準備率の引き上げや、融資総量規制を始めとする流動性管理の強化を行うなど、インフレ抑制の姿勢を強めており、成長のテンポが幾分鈍化する可能性もありますが、輸出、生産、所得、支出の好循環の中で、全体としては、高めの成長が続くとみています。

米国経済は、回復を続けており、先行きについても引き続き回復基調を辿ると思われます。本年1〜3月期の実質GDP成長率(季節調整済み前期比年率換算)は、+1.8%と、前期の+3.1%から伸び率を縮小させつつも、輸出や個人消費を中心に、回復を続けていることが確認できました。もっとも、過剰債務による家計のバランスシート調整が引き続き大きな重石となっており、住宅市場は長期低迷が続いているほか、4月の失業率は9.0%と高水準であり、民間部門雇用者数が増加傾向にあるものの、リーマン・ショック以降失われた約8百万人の雇用を取り戻すにはまだ力不足の感は否めません。FRBは、6千億米ドルの米国債を追加購入するという金融緩和策を本年6月末、予定通り終了する旨発表しましたが、米国経済全体の力強さが欠ける状況下、緩和的な金融政策運営を当分の間続ける方針であることも、併せて発表しています。

欧州では、低成長のユーロ圏域内周縁国に対して、新興国向けを中心とした輸出の増加や個人消費に支えられて堅調なドイツ、フランス等の経済規模の大きなコア諸国というかたちで、ばらつきを伴いながらも、全体としてみれば緩やかに回復しています。先行きについても、ユーロ圏諸国の財政再建策に基づく緊縮財政が実施に移されていることや、ギリシャなどの債務問題の先行きに対する不透明感などから、全体として緩やかなペースの成長が続くと見ています。こうした中、国際商品市況が上昇していることなどを背景に、欧州中央銀行は、4月に、リーマン・ショック以降初めて政策金利を引き上げました。ただし、欧州の先行きを巡っては、かねてより懸念材料であったユーロ圏域内周縁国国債の信用リスクを巡る問題がリスク要因となっており、ギリシャを中心に予断を許さない状態が続いています。

話は少々それますが、欧米諸国の財政再建問題に注目が集まる中、GDPに対する政府債務の比率が主要国で最も高いわが国の財政についても、関心が高まっています。わが国の長期国債金利は、世界的に見ても低位で安定的に推移していますが、これは、深刻な財政状況の中にあっても、わが国の国債が市場からの信認を維持できているためです。財政再建は、短期間で解決できる課題ではありません。市場の信認が維持されている間に、財政再建に向けた取り組みをしっかりと進めていくことが重要だと考えます。

(2)国内経済

わが国経済は、リーマン・ショック以降のV字型回復の局面を経て、緩やかな回復基調を辿っていましたが、東日本大震災の影響により、状況が一変し、生産面を中心に下押し圧力が強い状態にあります。

生産では、4月(速報)の鉱工業生産指数が前月比+1.0%と、サプライチェーンの復旧の進捗などから、3月対比小幅に増加しましたが、水準的には震災直前の2月対比85%程度と落ち込んでいます。特に、自動車生産は、4月の乗用車生産台数が前年比-60.2%となるなど、引き続き大きく押し下げられた状態が続いています。こうした中、4月の実質輸出は、生産制約による自動車輸出の大幅減少を主因に、前月比-6.9%と縮小を続けています。5月入り後の動きについて、生産予測指数をみると、前月比で、5月は+8.0%、6月は+7.7%と、改善方向の予想が示されています。また、自動車部品メーカーの中でも、自動車の基幹部品の生産を6月から再開し、10月末までには震災前の水準に復するとか、大手自動車メーカーも、今後生産水準を引き上げ、秋口以降、漸次、平常時に近い水準に戻していくとの見通しなどを発表しています。足許では、大幅な減産が続いていますが、生産現場の復旧見通しについては、以前の「全く見通しが立たない」状態から、「見え始めた」部分が次第に増えてきており、幾分前向きな動きとして評価できるのではないかと思います。

個人消費については、供給制約による販売減少やマインドの悪化による消費抑制傾向がみられています。とはいえ、4月の小売関連の指標をみますと、コンビニエンスストア売上高はプラス幅を縮小させつつも+3.0%と前年を上回ったほか、全国百貨店売上高も前年比-1.8%と3月の同-15.0%との比較でマイナス幅を大幅に縮小しており、同様の傾向は外食産業でもみられます。こうした中、4月25〜30日を調査期間とした景気ウォッチャー調査では、景気の現状判断は大きく落ち込んだ水準にあるものの、先行きについては+11.8%ポイントの改善となっており、マインド面の持ち直しを示唆しています。連休を含めた5月入り後の消費動向については、報道やヒアリング等から得られた情報では、地域間、業態間のばらつきは大きいものの、自粛ムードの後退、財や電力の供給制約の緩和などを背景に、不要不急の消費は控えながらも、徐々に前向きな動きも見られるようです。

この間、4月の訪日外国人数は、前年比-62.5%と、3月(-50.3%)に引き続き大幅な減少となりました。こうしたこともあり、4月の東京(19先)・大阪(15先)の主要ホテルの稼働率(日本経済新聞調べ)が、大きく落ち込んでいます。

(3)先行きの中心的な見通し

次に先行きの見通しについてご説明します。今回の経済の落ち込みの主因は、供給ショックによるものであり、わが国経済の先行きについては、4月末に発表しました「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)に示した通り、生産・輸出の回復が鍵と云えます。

すなわち、2011年度のわが国経済は、サプライチェーン再構築にそれなりの時間を要すると思われることや、夏場のピーク時における電力供給制約もあることなどから、当面は、生産面を中心に、下押しされた状態が続くとみています。しかしながら、自動車産業を中心に大きく毀損したサプライチェーンの再構築が進捗していくほか、秋口以降は、電力供給制約も緩和され、堅調な海外経済を背景に、生産・輸出が再び増加していくと考えられます。また、これに伴い個人消費も緩やかに持ち直し、復興需要の増加とも相俟って、わが国経済は、本年度後半にかけては、景気回復テンポが高まる可能性が高いとみています。2012年度は、海外経済が、新興国・資源国を中心に堅調な成長を続ける中、復興需要も高めの水準で推移すると思われ、輸出・生産から所得・支出への波及メカニズムが働くとともに、大きく減速する本年度の反動もあって、潜在成長率を上回る成長となるものとみられます。展望レポートで参考値としてお示しした成長率見通しは、2011年度が+0.6%、2012年度が+2.9%となっています。

物価動向(消費者物価、除く生鮮食品)については、2010年度の高校授業料無償化の影響の剥落や、国際商品市況の上昇もあって、2011年度は前年度を小幅上回って推移すると思われます。こうした中、年度平均でみますと、2011年度と2012年度は何れも+0.7%程度の伸び率になると想定しています。この間、消費者物価指数を作成している総務省は、本年8月、従来の2005年基準指数から2010年基準指数に変更することを公表しています。その際、前年比上昇率が下方改定される可能性がある点には注意が必要です。

(4)中心的な見通しに対する上振れ、下振れ要因

以上が中心的な見通しですが、そうした見通しについては、以下に申し上げるような上振れ、下振れ要因に留意が必要です。

まず、震災がわが国経済に与える影響については、上振れ、下振れ双方において不確実性が大きいということです。また、企業や家計が、わが国の先行きを過度に悲観する状態が続くと、設備投資や個人消費などの内需が中長期的に手控えられ、わが国経済の期待成長率が下振れるリスクとなります。さらに、サプライチェーン修復の想定以上の遅れなどにより、わが国企業の生産拠点や部材調達先の海外シフトの加速や、わが国製品の海外市場シェアの低下が生じたり、あるいは原発事故や電力供給制約などの帰趨次第では、わが国経済が展望レポートでの見通しに比べ下振れる可能性もあります。一方では、今般の震災による被害を踏まえ、リスク分散のための新たな国内製造拠点の設置やサプライチェーンの再構築、またはエネルギーの効率的な利用促進のための新規の設備投資や新たなライフスタイルに適合した新製品開発などを通じた新規需要の創造などが積極化した場合には、見通しと比べ上振れる可能性もあります。さらに、今回の震災が、これまでわが国が長年に亘って先送りしてきた多岐にわたる課題を浮き彫りにした面もあり、これを機会に、抜本的な改革に果敢に取り組むことができれば、長期低迷からの脱出の契機となる可能性にも期待したいと思います。

次に、海外経済の帰趨です。米国経済は家計のバランスシート調整という重石を抱えており、また、欧州経済もギリシャ等の周縁国のソブリン問題が燻っている中、金融市場の動揺を通じて実体経済を下押しするリスクがあるなど、欧米経済は下振れリスクが懸念されます。一方、新興国・資源国については、旺盛な内需等を主因に当面高めの成長が続くものと思われますが、景気の過熱感やインフレに対する懸念も強まっている中、これに対応した金融引き締めなどによって景気が想定以上に下振れる場合には、わが国経済にとって下振れ要因となる可能性もあります。

最後に、北アフリカ・中東情勢の緊迫化等の地政学リスクなどから、国際商品市況が一段と上昇し、原材料価格の上昇に伴う企業収益の悪化等を背景に国内民間需要が下押しされるリスクにも注意が必要です。

(5)わが国経済と自動車産業について

先ほど申しましたように、4月の乗用車生産台数は前年比-60.2%、また、同月の自動車関連の実質輸出は前年比-46.0%と、大きく押し下げられた状態が続いています。こうした自動車産業の生産・輸出の大幅な落ち込みが、今回のわが国経済の落ち込みに大きく作用しています。

実際、3月の鉱工業生産指数は、前月比-15.5%と急激な減少となりました。これには、全体の15.7%(2005年基準)を占める輸送機械工業(除く船舶・鉄道車両:主に4輪・2輪車両とその部品の製造を指します)の前月比が、-49.7%と、大幅に下落したことが最大の要因となっています。自動車生産は、裾野の広がりが大きいことから、他産業への波及も大きいことが特徴です。たとえば、総務省の「産業連関表」(2005年)によると、自動車産業に代表される「輸送機械」産業(ただし、統計上の制約から船舶や鉄道車両は除外していません)の生産波及の大きさは約2.82倍となっています。これは、「輸送機械」産業に対する1単位の需要の発生に対して、直接、間接に2.82倍の国内需要を誘発する力があるということを示しています。波及効果は、全産業平均が1.93倍であり、「輸送機械」産業の裾野の広さと大きさが分かります。また、わが国の通関輸出額(2010年度)に占めるシェアでも、自動車関連は、21.6%であり、わが国経済のまさにメインエンジンを担っているのです。

わが国自動車産業のサプライチェーンは、3万点を超えるとも云われている部品の製造・供給と、製品の組み立てを、企業の組織を越えて同期化することにより、リードタイムの短縮を図り在庫を極力絞り込むという、効率性を突き詰めたシステムになっていることはよく知られています。また、わが国自動車産業の企業群は、大手セットメーカーと下請け部品メーカーとで多層的な階層構造と裾野の広いピラミット構造を形成しています。しかしながら、こうしたサプライチェーンの枠組の中でも、製造コスト削減や生産効率改善のために、製造拠点やラインの統合・集中が行われ、大手セットメーカーの関知しない中で、重要な基幹部品の製造が、限られた部品メーカーの製造ラインに集中していた部分があったようです。そうした部分が、今般の震災により、グローバルな自動車生産全体に対するボトルネックとして顕現化しました。

先程申し上げた通り、わが国の経済活動に占める自動車産業の位置付けが大きいだけに、震災後のわが国経済の持ち直しのスピードと拡がりは、裾野の広いわが国の自動車産業やその関連部品メーカーの生産現場の復旧と輸出の回復に大きく左右されると云えるのかも知れません。

なお、今回の震災により図らずも明らかになったように、わが国の経済は特定の産業に大きく依存しており、当該産業が大きく落ち込むと日本経済全体が落ち込むというリスクと隣り合わせとなっています。こうした産業構造は、当該産業での新興国の急速な追い上げによる競争激化や、強力な代替製品が現れた場合のリスクも抱えています。政府の「産業構造ビジョン2010」では、「一本足打法」から「戦略五分野の八ヶ岳構造」へのシフトを提唱していますが、こうした点は、環境変化に強い国作りに重要な視点だと思います。

4. 金融政策運営

次に、金融政策運営についての話に移ります。日本銀行では、グローバルな競争環境の変化の中で、日本経済がデフレから脱却し、物価安定の下での持続的成長経路に復するために、震災以前から、「包括的な金融緩和政策」の下で積極的な金融緩和策を実施するとともに、「成長基盤強化を支援するための資金供給」といった施策も導入してきました。こうした中、今回の震災を受けて、「包括的な金融緩和政策」を通じた金融緩和を一段と強化するとともに、被災地金融機関を支援するための措置も導入しました。以下では、これらを順にご説明します。

(1)「包括的な金融緩和政策」の下での金融緩和の一段の強化

日本銀行は、昨年10月5日、海外経済の減速や為替円高による企業マインド面への影響などを背景に、わが国経済が物価安定のもとでの持続的成長経路に復する時期が後ずれする可能性が高いとの認識に基づいて、「包括的な金融緩和政策」の導入に踏み切りました。

当該政策は、実質ゼロ金利政策により、短期金利の低下余地が極めて限定的となっている状況下、金融緩和をより強力に推進する為に、(1) 実質ゼロ金利政策であることをより明確にするために、政策金利を0.1%から0〜0.1%に変更するほか、(2) 物価の安定が展望できると判断するまでは、実質ゼロ金利政策を継続することを明確化するとともに、(3) 総枠35兆円の「資産買入等の基金」を創設するという3つの施策から構成されています。

今般の東日本大震災の発生後は、震災に伴って未曽有の規模の被害発生が見込まれる中、マインドの悪化や金融市場でのリスク回避姿勢の強まりが実体経済に悪影響を及ぼすことが懸念されました。このため、日本銀行は、震災直後の3月14日の金融政策決定会合において、資産買入等の基金を通じた資産の買い入れ枠について、リスク性資産を中心に5兆円から10兆円に増額し、基金の総枠を40兆円まで拡大しました。当該増額措置に加え、震災後に市場が強いストレスに晒される中、日本銀行は、機動的かつ柔軟に流動性供給を行いました。これらの措置により、市場が早期に落ち着きを取り戻すことに、貢献できたのではないかと考えています。

(2)被災地金融機関を支援するための措置の導入

また、日本銀行は、復旧・復興に向けた企業や個人の資金ニーズに対する、被災地の金融機関による初期対応を後押しするため、適用金利0.1%、期間1年の資金供給オペレーションを、総額1兆円規模で導入しました。5月23日には、総額741億円の第1回目貸し付けを実施したほか、昨日、第2回目の貸付を6月28日に行う旨公表しました。今後も概ね月1回を目処に行っていきます。また、こうしたオペレーションの導入に加え、日本銀行は、被災地の金融機関が日本銀行から資金調達をする際に差し入れる担保について、要件の緩和を実施しました。これらの日本銀行の取り組みが、被災地の復興に貢献できることを願ってやみません。

5. おわりに

以上、日本経済の現状と先行きの見通し、震災の影響、最近の日本銀行の金融政策運営などについてお話しして参りました。最後になりましたが、奈良県経済についてお話ししたいと思います。

当地の景気は、大阪など近隣の大都市部に比べ、ペースは緩やかながらも回復基調にありましたが、東日本大震災の影響により、生産、消費、観光等で弱い動きがみられています。

企業部門をみると、生産は、昨年秋頃をボトムとして、一般機械、電気機械を中心に持ち直しの動きがみられていたところ、震災に伴うサプライチェーンの寸断などの影響を受け、本年3月の鉱工業生産指数は、前月比-10.8%と大きく低下しました。この間、企業マインド(南都経済センター「第147回地元企業動向調査結果」)は、本年1〜3月期は-37.7%ポイントと、昨年10〜12月期対比小幅に悪化しました。先行きについては、売上高に対する慎重な見方や、エネルギー価格の上昇に伴う収益への懸念もあり、さらなる悪化が見込まれています。こうした中、設備投資の実施企業の割合は、1〜3月期は昨年10〜12月期対比ほぼ横ばいとなりましたが、先行きについては、既存設備の更新・改修を中心に強めの見通しとなっています。

家計部門では、雇用・所得環境が総じて厳しい状況が続く中、個人消費は、震災の影響から乗用車販売等に弱めの動きがみられています。住宅投資につきましても、振れを均してみれば、総じて弱い動きが続いています。

この間、観光では、3月の市内主要ホテルの客室稼働率および宿泊客数は、原発事故の影響を受けて外国人来客数が急減したほか、関東圏からの旅行客が自粛ムード等から減少したこともあって、大きく低下しています。足許、一頃に比べれば自粛ムードは後退しているものの、原発事故による風評被害などから海外からのツアー客の戻りは、鈍い状態が続いているようです。

もっとも、今後の景気の動向については、先ほども申し上げた通り、サプライチェーンの再構築による生産・輸出の回復が、重要な鍵を握っています。日本銀行としても、今後の事態の推移を注視していく所存です。

さて、奈良県経済は、林業、木工・木製品、繊維産業等の地場産業に加え、電機、一般機械などの製造業も立地しており、そうした中には、グローバルな市場で競争力のある企業や生産拠点も多いと認識しております。

また、今更私が皆様に申し上げるまでもなく、奈良県は、「古事記」、「日本書紀」が編纂された場所です。2012年は「古事記」完成後1300年、2020年は「日本書紀」完成後1300年というタイミングになることから、「記紀・万葉プロジェクト」が立ち上げられたと聞いています。また、昨年2010年は、平城遷都1300年の記念の年であり、平城遷都1300年祭への来場者数は、外国人旅行客も含め、いずれの会場も事前予想を大幅に上回る方々が訪れたと伺っています。

奈良県は、全国で最も多い、県内に3つの世界遺産登録を有するほか、2007年にはさらにひとつ世界遺産暫定一覧表への追加が内定したという、豊かな観光資源を持つ歴史観光地域としても有名です。さらに、歴史や文化に育まれた伝統産業が数多く存在することも一つの特徴になっています。また、茶筅や墨、皮革製品が全国トップシェアを誇るほか、そうめん、金魚の養殖等も全国的に知られており、こうした地域の魅力を一層活かしていくため、近年、官民を挙げて取り組みを強められていると伺っています。

こうした歴史と伝統、そして新たな技術の基盤の上に、企業経営者の皆様方が大いに企業家精神を発揮され、今後、奈良県経済に新しい活力が生み出されていくことを心から期待しております。

ご清聴頂きまして、誠にありがとうございました。