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【挨拶】信用金庫法制定60周年記念全国大会における挨拶

日本銀行総裁 白川 方明
2011年9月29日

目次

はじめに

本日は、「信用金庫法制定60周年記念全国大会」にお招き頂き、誠にありがとうございます。本日の大会がかくも盛大に行われることに、心よりお祝い申し上げます。信用金庫業界の皆様方におかれては、この60年の間、一貫して地域経済や中小企業とともに歩まれ、わが国経済の発展に大きく貢献されてきました。こうしたご努力に対し、日本銀行を代表して改めて深い敬意を表します。

信用金庫業界と日本銀行との関係を振り返りますと、日本銀行が現在の信金中央金庫の前身である全国信用金庫連合会と取引を開始したのは、信用金庫法制定の翌年である1952年に遡ります。また、個別の信用金庫と最初に取引を開始したのは1960年のことです。現在では、信金中金と全信用金庫を合わせた272先中263先が日本銀行の取引先となるなど、信用金庫業界と日本銀行との結びつきは、年々強まってきています。今後とも、わが国経済や金融の発展に貢献するよう、日本銀行も信用金庫業界とともに力を合わせていきたいと考えています。

以下では、折角の機会ですので、最近の金融システムの動向と今後の課題、および最近の金融経済情勢と日本銀行の金融政策運営について、お話しします。

金融システム面の動向

わが国の金融システムは、全体として安定性を維持しています。東日本大震災が被災地に及ぼした影響は甚大でしたが、被災者に対する柔軟な預金払い戻しや、企業や家計の資金需要に対する積極的な対応など、皆様方のご尽力により、被災地の金融機能は、しっかりと維持されました。私自身、津波の爪跡の残る地域の信用金庫を訪れ、皆様方の懸命な姿を拝見して、大変心強く感じました。

今後は、被災地の復興とともに、積年の課題であるわが国全体の成長力引き上げに取り組むことが一層重要になってきます。この点では、政府や日本銀行をはじめ、関係者それぞれが役割を果たしていく必要がありますが、信用金庫業界をはじめとする金融機関も大変重要な役割を担っています。以下では、この点に関連して、私どもが大事だと考えていることを2点申し上げます。

第1は、いつの時代でも変わるものではありませんが、金融機関としての適切なリスク管理です。金融機関が金融仲介機能を安定的に果たしていく上で、リスク管理は欠かせません。信用リスクの面で申し上げると、金融円滑化法のもとで貸出条件緩和を行った先をはじめ、業況が悪化した取引先の経営改善の状況をしっかりと見極めることが求められます。また、市場リスクの面では、欧州の財政問題を背景に国際的な金融資本市場が不安定な状況にあるもとで、外貨建債券や株式など有価証券にかかるリスク管理が一層重要になっています。さらに、震災の経験を踏まえた業務継続面での取り組みも重要な課題です。このように、リスク管理面での課題は多岐に亘っていますが、経営陣の皆様におかれては、是非先頭に立って、こうした課題に積極的に取り組んで頂きたいと考えています。

第2は、今申し上げた適切なリスク管理のもとで、前向きな企業の活動を積極的にサポートしていくことです。地域経済は厳しい状況にありますが、新たな分野に挑戦する地場企業は少なくありません。また、震災からの復興を含め、経済構造が変化する中、事業再生・再編に伴う多様な金融ニーズが生じてくる可能性もあります。今回の震災で「絆」の大切さが再評価されていますが、信用金庫業界では、全国各地でビジネス・フェアを開催するなど、まさに顧客との「絆」を活かしながら、取引先企業の開拓や育成に努めておられます。日本銀行でも、この面での金融機関の取り組みを後押ししたいとの思いから、成長基盤強化のための資金供給を実施しており、6月には、動産・債権担保融資いわゆるABLや出資等を対象とした新たな貸付枠を設けました。皆様方におかれては、こうした資金供給も活用しながら、成長力強化に繋がるような企業の取り組みを積極的に引き出して頂きたいと考えています。

最近の金融経済情勢と日本銀行の政策運営

次に、皆様方の業務運営の前提となる、マクロ経済の動向についてお話ししたいと思います。わが国の経済は、震災による供給面の制約がほぼ解消する中で、生産や輸出は概ね震災前の水準に復するなど、着実に持ち直してきています。懸念された夏場の電力供給不足は、企業や家計の様々な努力の結果、経済活動への大きな制約となることは避けられました。国内民間需要の面でも、設備投資や個人消費などが持ち直しています。先行きは、堅調な海外需要を背景とする輸出の増加や、復興需要の顕現化などから、2011年度後半以降、わが国経済は、緩やかな回復経路に復していくと考えられます。

日本経済は現在着実に持ち直してきていますが、なお震災後の落ち込みから立ち直る途上にあります。そうしたもとで、世界経済に目を転じますと、先行きを巡る不確実性や国際金融資本市場の緊張の高まりの中で、下振れリスクにより留意すべき情勢にあります。米国では、住宅市場の低迷が続くもとで、過剰な負債を抱えた家計のバランスシート調整圧力が、引き続き経済の重石となって作用しています。欧州では、財政健全化を巡る懸念が強い諸国の国債利回りが大幅に上昇しており、そうした国債を多く保有する銀行の株価が下落しています。今後とも、米欧の財政、金融の動向と、その実体経済への影響については、注意深くみていく必要があります。新興国・資源国についても、物価安定と成長が両立する形で、経済がソフトランディングできるかどうか、なお不透明感が高いと考えています。このように、海外情勢を巡る不確実性が高いことが、市場参加者のリスク回避姿勢を強めており、株式等のリスク性資産から、相対的な安全資産とみられている、米国、ドイツ、日本の国債、あるいはスイスフランや円に資金がシフトする状況となっています。その結果として生じる為替・金融資本市場の変動は、わが国の企業マインド、ひいては経済活動にもマイナスの影響を与えかねません。

こうした状況のもと、日本銀行は、経済・物価の現状と先行きについて十分に点検した上で、8月4日の金融政策決定会合において、資産買入等の基金を10兆円程度増額しました。これは、様々な不確定要因を相当程度前広に取り込み、思い切った金融緩和を行ったものです。また、日本銀行は、金融面での不均衡の蓄積といったリスク要因も点検し、問題が生じていないことを条件に、「中長期的な物価安定の理解」に基づき、物価の安定が展望できる情勢、言い換えれば、消費者物価指数の前年比でみて「2%以下のプラスの領域で、中心が1%程度」という状態が展望できる情勢になったと判断するまで、現在の実質ゼロ金利政策を継続していくことを約束しています。日本銀行としては、こうした包括的な金融緩和政策を通じた強力な金融緩和の推進、さらには、金融市場の安定確保や成長基盤強化の支援を通じて、日本経済が震災後の落ち込みから立ち直り、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰するよう、中央銀行としての貢献を粘り強く続けていく方針です。

おわりに

最後になりますが、信用金庫業界では、「つなぐ力」をキーワードに、中小企業の経営改善支援や、地域活性化に積極的に取り組んでおられます。経済が発展していく上では、様々な金融ニーズに見合った多様な金融機関の存在が欠かせません。今後とも、信用金庫業界が、地域の中小企業や家計の金融ニーズに適切に応え、地域経済の発展に貢献されることを祈念して、私からの挨拶とさせて頂きます。

ご清聴有り難うございました。