このページの本文へ移動

【挨拶】緊張の続く海外の金融経済情勢とわが国経済の現状と課題

English

京都府金融経済懇談会における挨拶

日本銀行副総裁 西村 清彦
2011年11月30日

目次

1.はじめに

日本銀行の西村でございます。本日は、京都府経済界を代表する方々との意見交換の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。皆様には、日頃より、京都支店によるヒアリングや各種のアンケート調査にご協力頂いております。皆様からお伺いした情報は、金融政策を運営していくに当たって、わが国の金融経済情勢を把握するための大変有益な判断材料として、大いに活用させて頂いています。この場をお借りして、厚くお礼申し上げます。

本日は、皆様方との意見交換に先立ち、私から、内外の金融経済情勢に対する見方と金融政策運営の考え方をご説明したいと思います。また、日本経済の中長期的な成長力強化に向けた金融機関の取り組みについても、若干お話しさせて頂ければと考えています。

2.緊張の続く海外の金融経済情勢

初めに、わが国経済を取り巻く海外の金融経済情勢からお話します。

本年夏場以降、国際金融資本市場では、欧州の政府債務問題の動向を巡って、楽観(リスクオン)と悲観(リスクオフ)の動きを、短期間のうちに目まぐるしく繰り返す、非常に神経質な展開が続いています。ギリシャを筆頭に、財政不安の強い欧州周縁国の国債利回りが大幅に上昇しており、最近では、これがスペイン、イタリアなど欧州主要国にも波及してきています。このため、これら国債を多く保有する欧州の金融機関は、信用力が低下し市場での資金調達が難しくなり、資金確保のために貸出を抑制せざるを得なくなっています。このように、欧州では、財政に対する信認の低下が金融システムの安定性に対する強い懸念をもたらし、それがさらにマインド面も含め実体経済に悪影響を及ぼすという形で、財政、金融システム、実体経済の三者の間で、相乗作用が望ましくない方向に働き始めています。

欧州の政府債務問題が深刻化している基本的な背景には、ユーロへの通貨統合から得られた大きな果実を各国が既に食べ尽くしてしまっており、手元に何も残っていない今になって、その対価の支払いを求められている、という状況があります。ギリシャ等の欧州周縁国にとって、ユーロ統合の果実は、国債利回りを始めとした借入れ費用の劇的な低下でした。これらの国々は、本来、この借入れ費用の低下に対する対価として、労働市場の改革や、徴税・行政システムの改革に正面から取り組み、これによって成長力と債務返済能力を高めていくことが期待されていました。言い方を変えれば、こうしたプロセスを経ることによって初めて、ユーロ通貨圏は持続可能なシステムとなるはずでした。しかし、これら周縁国は、低い借入れ費用に依存して、過度に財政支出を拡大したため、債務残高が返済能力を超えて大きく増加する結果となった訳です。他方、ドイツでは、これら周縁国に対し、輸出を増やし経常収支を安定的に黒字とする裏側で、融資を増やし続けてきました。このように、欧州の政府債務問題の本質は、ユーロ統合時点から膨らんできた域内諸国間の不均衡にあります。したがって、欧州の政府債務問題を一挙に解決する即効薬はないこと、かつ問題をいくら先送りしても、金融危機以前の状態に戻ることはないことを、しっかり認識する必要があります。要するに、欧州周縁国は、改めて、中長期的な成長力の強化といった息の長い政策対応を、真剣に考えていく必要がある訳です。

当面の欧州の政府債務問題は、どのような展開をたどるのでしょうか。先行きの不確実性はきわめて高く、予想は困難ですが、市場参加者の間では、直面している政治状況が異なるユーロ諸国間で何とか妥協点を探りながら、財政移転や財政統合への道筋を少しずつ示していくことにより、極端な悲観に走りがちな市場の過剰反応を抑えつつ時間を稼ぐ、という見方が多いように思います。こうした見方に従えば、欧州の政府債務問題を巡って、国際金融資本市場の緊張度が高い状況は、長期間にわたって続くことを覚悟しておく必要があるでしょう。何らかのショックをきっかけに、信用収縮の伝播が起こるリスクについても、意識しておく必要があると考えられます。

次に米国経済についてですが、このところ市場予想を上回る経済指標が増えてきており、春先から夏頃までと比べると、景気の二番底や底割れの懸念は後退しているようにうかがわれます。しかし、雇用の改善は依然として緩慢で、景気の回復テンポはごく緩やかなものにとどまっています。このように平均的な成長率が低下するもとで、各種の経済指標は、振れ幅が大きくなっているうえ、産業間、企業規模間でばらつきも大きくなっており、基調的な動きが読みにくくなっています。このことが、米国経済を巡る市場の不確実性を高め、センチメントが短期間のうちに変動しやすい背景の一つとなっています。いずれにせよ、財政・金融政策の発動余地が限られ、家計と金融機関の過剰債務の調整圧力が根強く残る中、成長のペースは当面、緩やかなものにとどまる可能性が高いとみておくのが適当と考えられます。注意したいのは、米国経済に対する見方が一頃に比べ好転しているため、欧州の状況が悪化している割には、海外経済に対する市場の見方が極端に悲観的となる事態は、今のところ回避されているということです。だとすると、仮に、米国経済に対する見方が再び慎重化するようなことがあれば、国際金融資本市場の動揺が一気に拡がっていく可能性がある点には留意が必要です。

新興国経済に目を転じますと、金融引き締めの効果や、先進国経済の減速に伴う輸出の減少の影響などから、幾分減速しています。実際、牽引役である中国経済では、比較的データの信頼度が高いと言われる税収や発電量、輸入などが、過去の高い成長トレンドと比べると年央から若干弱めの動きを続けています。仮に、欧州の政府債務問題がより深刻化するもとで、欧州金融機関において資産を圧縮する動きが強まるようなことがあれば、新興国向け貸出が抑制され、貿易金融などに影響が及ぶ懸念もあります。一方、最近では、食料品価格を中心に消費者物価の上昇が一服していることもあって、中国を含め新興国における金融緩和の余地は一頃に比べ高まっており、この点は安心材料の一つと言えます。このように、好材料・悪材料両方ある中で、新興国経済の先行きを巡っては、引き続き、物価安定と成長を両立する形で、経済がソフトランディングできるかどうか、注視していく必要があると考えられます。

海外経済の話を終える前に、近年の世界経済では、ゆっくりではありますが、2つの大きな変化が進行中であることを、指摘しておきたいと思います。

1つ目の変化は、先進国で進んでいる人口の高齢化と労働力人口の減少、および労働市場における失業者と求人側のミスマッチの拡大です。労働のミスマッチの拡大には、経済のIT化により企業が必要とする労働者の技能が変質したことに加え、住宅バブル崩壊後の住宅価格急落により、住宅の買い替えを伴う地域間の労働力移動が、以前よりも困難となっていることが影響しています。これら労働市場の変化は、先進国の潜在成長力を引き下げる方向に働くため、米国の家計部門、欧州の政府部門で起きている過剰債務の調整を遅らせることにつながります。また、ミスマッチの拡大により構造的な失業率が高まると、失業率が高止まりしても、賃金や物価が今までと比べれば下がりにくくなります。実際、そうした傾向が、足もとの米国や欧州に現れてきているように思います。

2つ目の変化は、米ドルにペッグした新興国が台頭し、世界経済のダイナミックスが、いわゆる「米ドル・ペッグ圏」を主軸として展開するようになってきているという点です。こうした状況における米国の金融緩和は、固定的な為替相場を経由して、米ドル・ペッグ圏全体に効果を波及させることになります。その結果、米ドル建てで取引され、かつ新興国による基調的な需要も強い原油などの商品価格に対して、上昇圧力がかかりやすくなります。

これら2つの変化がいつまで続くのかは分かりません。労働市場におけるミスマッチは、労働政策面での適切な対応が行われ、バブル後の過剰債務の調整が進めば、いずれ解消していくことが期待されます。また、一部新興国では、米ドルにペッグし、米国の金融緩和を輸入し続けると、インフレ圧力がどんどん高まることに留意して、ゆっくりではありますが、為替相場の水準を調整する動きも見られるようです。ただ、直ちに状況が大きく変わらないとすると、その間、潜在成長率が低下し、インフレ圧力が高まりやすくなっている先進国経済の回復スピードは、拡張的な総需要政策のもとでも、抑制され続ける可能性は高いと考えられます。

3.持ち直しのペースが緩やかになった国内経済と物価情勢

次に、わが国の経済・物価情勢について、お話しします。

日本経済は、3月の震災後、輸出や生産を中心に大きく落ち込みましたが、その後は、供給面の制約が解消していくにつれ、夏場にかけて予想以上のスピードで持ち直してきました。供給面の制約がほぼ解消された現在、日本経済は、主として需要の動向に沿って展開する姿に戻ってきています。こうした状況のもと、景気は、持ち直しの動きは続けているものの、海外経済の減速の影響などから、そのペースは緩やかになっています。

国内需要をみますと、設備投資は、復興需要が徐々に顕在化しつつあるもとで、緩やかに増加しています。とくに建設機械の受注は、被災した建造物の修復もあって、このところ大幅な伸びとなっています。個人消費も底堅く推移しています。震災以降、回復の鈍かったサービス消費についても、外食産業売上高や旅行取扱額が震災前を概ね上回る水準まで回復するなど、持ち直しています。一方、輸出や生産は、震災後に減少した海外在庫の復元もあって増加を続けていますが、海外経済の減速の影響などから、そのペースは緩やかになっています。とくに、海外経済の減速の影響は、半導体製造装置などIT関連財の輸出動向に顕在化しつつあります。

わが国経済の先行きを展望しますと、当面は、海外経済の減速や円高に加えて、タイの洪水の影響を受けるとみられます。その後は、内需の拡大メカニズムが基本的には維持されている新興国・資源国に牽引される形で、海外経済の成長率が再び高まることや、震災復興関連の需要が徐々に顕在化していくことなどから、日本経済は、緩やかな回復経路に復していくと考えられます。

物価面では、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、このところ概ねゼロ%となっています。先行きについては、当面、ゼロ%近傍で推移したあと、マクロ的な需給バランスの改善を反映して、2013年度にかけてゼロ%台半ばになっていくと予想しています。

このように日本経済は、中心的な見通しとしては、やや長い目でみて物価安定のもとでの持続的成長経路に復していくと考えていますが、こうした見通しを巡っては様々な不確実性が存在します。最大のリスク要因は、言うまでもなく、欧州の政府債務問題の今後の展開と、それが国際金融資本市場や世界経済に与える影響です。先ほど申し上げたとおり、この問題は、すでに世界経済に対し大きな影響を及ぼしてきているところですが、今後も、欧州経済のみならず国際金融資本市場への影響などを通じて、世界経済の下振れをもたらす可能性があります。

また、国際金融資本市場の緊張が続くもとで、グローバルな投資家がリスク回避姿勢を強めているため、相対的に安全な通貨と認識されている日本円が買われやすい地合いが続いていることにも注意が必要です。日本円は、「米ドル・ペッグ圏」が拡大する中で、ドルに対してフリー・フロート制を維持する、流動性の高い主要通貨の一つです。こうした特性に着目されるかたちで、ファンダメンタルズから説明できないような大幅な円高が進行すれば、企業の海外生産シフトが臨界点を超えて非連続的に加速するリスクがあります。単なる一工場の移転ではなく、サプライヤーを含めた「ものづくり体制」が根こそぎ海外に移転してしまうと、将来再び円安に戻ることがあっても、容易には元に戻ることはできません。ここで確認しておきたいのは、ものづくりの本質は、「与えられたものを効率的に作る」ということではなく、競争しつつも協力し合う関係者間の体制のもとで、様々な形で付加価値を生み出すイノベーションが常に行われていることにあります。それは生産の無駄を取り除くこともありますし、変化する顧客の好みに合うように製品を調整する努力であることもあります。そうしたことを可能とするためには、状況の変化に即応できる柔軟な「ものづくり体制」を維持していくことが不可欠です。今後とも、不可逆的な「ものづくり体制」の海外移転を引き起こさないかどうかという観点から、為替・国際金融資本市場の動向を注視していく必要があると考えています。

4.日本銀行の金融政策運営

それでは、以上でお話しした内外の金融経済情勢を踏まえながら、日本銀行の金融政策運営について、ご説明いたします。

日本銀行では、昨年10月に導入した新しい金融政策の枠組みである「包括的な金融緩和政策」のもとで、強力な金融緩和を推進しています。これは、次の3つの措置から成り立っています。

第1に、日本銀行は、政策金利を、実質的にはゼロ金利と言える0〜0.1%としています。第2に、こうした実質的なゼロ金利政策を、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで継続することを、対外的に約束しています。第3に、中央銀行としては異例の措置ですが、長期・短期の国債だけでなく、CP、社債、さらには、指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)といったリスク性の資産を市場から買入れています。その狙いは、長めの金利の低下やリスクプレミアムの縮小を促すことにあります。

この資産買入等の基金は、当初35兆円程度の規模からスタートしましたが、その後、累次にわたり大幅な増額を行っています。最近では、10月27日に、長期国債を対象として基金をさらに5兆円程度増額し、総額55兆円程度に拡大することを決定しました。これは、海外経済の減速や円高の動きなどを踏まえると、物価の安定が展望できる情勢になったと判断されるにはなお時間を要すると予想されるうえ、国際金融資本市場やそれを受けた海外経済の動向次第では、経済・物価見通しがさらに下振れるリスクにも、注意が必要であるとの認識に基づく措置です。足もとの基金の残高は40兆円強ですので、総額55兆円程度に向けて、今後、さらに15兆円程度の残高を積み上げていきます。

昨年10月に包括的な金融緩和政策を開始して1年強が経過しましたが、この間、東日本大震災や欧州の政府債務問題に端を発する世界経済の不透明感の強まりなど、わが国の経済や金融環境にとって、強い逆風が吹き続けてきました。こうした厳しい状況に対して、「包括的な金融緩和政策」は、企業の資金調達コストの低下を促し、市場参加者のリスク回避姿勢を和らげるなど、緩和的な金融環境を実現するうえで、一定の効果を挙げてきていると考えています。以下では、この点について、具体的な指標に即してお話します。

まず、銀行間資金市場の金利をみると、米国とユーロ圏では、欧州の政府債務問題の緊張度が増した夏場以降、はっきりと上昇していますが、日本では緩やかに低下しています。国債市場では、短期国債の利回りは1年物まで含めて0.1%に張り付いているほか、長めの国債をみても、2年物まで0.1%に近い、きわめて低い水準で推移しています。こうした市場金利の動向を背景に、企業の資金調達コストは緩やかながらも着実に低下しています。例えば、新規の貸出約定平均金利は、低下傾向を辿っています。各種のアンケート調査をみても、企業からみた金融機関の貸出態度や企業の資金繰りは、改善傾向が続いています。

リスク性資産に着目しますと、CP・社債の信用スプレッドは、震災直後に拡大する局面もみられましたが、日本銀行の買入れが安心材料として作用するかたちで、この後、比較的速やかに低下しました。社債市場の発行環境は、信用スプレッドが低位で安定し、発行体の裾野に拡がりがみられるなど、良好な状態が続いています。そのもとで、社債の発行量は、電力という特殊な事情がある業種以外では、このところ堅調に推移しています。夏場以降、信用スプレッドが明確に拡大し、発行量も急減している米欧の状況とはかなり違います。

この間、株価やREIT相場は、外部環境の悪化が大きかったこともあって、昨秋の包括緩和導入以降、結果的に上昇していません。ただ、震災直後の局面やこの夏場以降の不透明感の強い局面などにおいて、日本銀行によるETFやJ-REITの買入れが、一定の安心感をもたらしてきたとの声は、市場参加者から聞かれています。このように、包括緩和は、長めの金利の低下を促し、市場が過度な悲観に陥ることを防いできたという点で、ポジティブな効果を発揮してきました。このことが、わが国の金融環境が米欧と比較しても落ち着いている一つの重要な背景になっていると考えられます。

5.中長期的な成長力強化に向けた金融機関の取り組み

それでは、残りの時間を使いまして、中長期的な成長力強化に向けた金融機関の取り組みとして、地域金融機関が、研究機関などとも連携しつつ、企業の新たな成長に向けた動きを後押ししている事例を、幾つかご紹介したいと思います。

ここで、こうした話を持ち出すのは、日本経済の中長期的な成長力を高めるためには、成長性の高い事業分野での企業の前向きな取り組みが欠かせないと考えているからです。きわめて緩和的な金融環境が実現しているにもかかわらず、これまで、長期にわたる需要の低迷と、その結果としてのデフレが続いてきている背景にも、日本経済の中長期的な成長力の低下が影響していると考えています。こうした問題意識から、日本銀行は、昨年夏以降、成長基盤強化を支援するための資金供給という新たな枠組みのもとで、金融機関に対する長期・低利の資金供給を通じて、日本経済の成長力強化に向けた民間部門の動きを支援してきています。金融機関には、既存の成熟企業からの資金需要に応ずるだけではなく、こうした日本銀行の資金供給の枠組みを活用しつつ、成長志向の強い企業の活動を積極的に「掘り起こす」ような取り組みをお願いしています。

そうした取り組みの一つとして、アセット・ベースト・レンディング(Asset Based Lending、以下ABL)という融資手法を活用して、木材産業で新規事業を立ち上げた事例があります。木材産業が抱える構造的な問題の一つとして、資金不足の問題が長年、指摘されてきました。在庫である木材は豊富でも、キャッシュフローにかかる制約から、加工可能な木材の量や、出荷量に限りが生じてしまう企業も相応に存在するようです。そこで、地域金融機関、家具製作会社、大学の研究所が連携したプロジェクト・チームは、ABLという融資手法に着目しました。これは、売掛債権や在庫商品といった、企業の事業キャッシュフローと直接に関連する債権や動産を、担保にとって融資を行う方法です。企業活動そのものから担保価値を見出すこの融資手法は、不動産や個人財産の乏しい企業が、事業に必要な資金を調達することを可能にします。

このABLを用いた資金調達を進めていく上では、乗り越えなくてはならないハードルが存在しています。具体的には、銀行サイドでは、貸出実行時の担保評価のみならず、その後も信用リスクを管理していくうえで売掛債権や在庫の増減を継続的に把握する必要があります。また、企業サイドでは、そうした情報を定期的に銀行に提供することが求められます。このように、ABLでは銀行、企業の双方で情報収集と提供にコストがかかることが難点ですが、この事例では、家具制作に用いる桜材に電子タグを添付してトレイサビリティを与え、これを動産担保として取り扱うことにより、そうしたコストの低減を図っています。

この試みは緒に就いたばかりですが、産業が抱える構造的な問題を、金融面から解決した事例として注目に値します。また、これまでのABLは、どちらかと言えば、不動産などの財産が乏しく、財務内容も芳しくない中小企業が依存する融資の形態として、ネガティブに捉えられる嫌いもありました。しかし、ここでご紹介したように、ABLは前向きな起業やプロジェクト・ファイナンスにも利用可能な融資手法です。そうした認識が拡がれば、従前のネガティブなイメージが払拭され、一段と拡大するポテンシャルは大きいと思います。わが国におけるABLの市場残高は、中小企業の抱える売掛債権や在庫商品の規模、あるいは米国など他の主要国と比較しても、まだまだ限定的です。今後、金融機関と企業双方の積極的な取り組みにより、幅広く活用されることを期待したいと思います。

もう一つご紹介したい事例は、地域金融機関が中心となって、ものづくりにかかわるインストラクターを、中小企業に派遣する試みです。震災からの立ち直り過程でも発揮された日本のものづくりの現場力を、成長力の底上げに活かしていくためには、業界の先頭を走るフロントランナー企業の現場で活躍した人材の持つノウハウを、他の現場に伝えていくことが必要です。また、こうした現場力の強みを次世代に受け継いでいくことも大切でしょう。こうした問題意識のもと、幾つかの自治体や大学では、製造現場からいったん引退した50〜60代の人材を、「ものづくりインストラクター」として養成し、彼らを中小企業に派遣することにより、高度な技能の普及・継承を図っていく、という取り組みを始めています。ここで、地域の金融機関は、大きな役割を果たしています。中小企業の側からみれば、長年にわたって異なる企業でキャリアを積んできたインストラクターの受入れには、抵抗を感じるようなケースもあるとは思いますが、地域金融機関が、日頃から培っている中小企業との信頼関係を活かしつつ、適材適所の人材を紹介することによって、驚くほど円滑に人材の受入れが進むようです。こうした事例は、京都のお隣の滋賀県でも報告されています。

本日は時間に限りがありますので、2つの事例をご紹介するのにとどめることに致します。ここで強調しておきたいのは、ご紹介したいずれの事例でも、産・学・公だけでなく金融機関も含めた各方面が、それぞれの役割に即した取り組みを続けることで、当該地域の生産性や競争力の底上げを図っていることです。こうした地道な取り組みが、緩和的な金融環境も活用しつつ、地域、産業の裾野を拡げ、ひいては日本経済全体に浸透していくことを期待しています。

6.おわりに

京都は、私にとって特別な土地です。私自身は東京生まれですが、幼少年時代に当時京都府立図書館長でした上賀茂の伯父の家に何度も足を運び、その際に接した歴史と文化の片鱗が、私のものの見方の根底を形作っています。また大学院の時に、京都の篤志の経営者の方が新たに設立された奨学金をいただくことで、米国東海岸に留学することができました。今私がここにあるのは、京都という文化と京都で発展した産業の二つに支えられてきたからだと言って過言ではないと思っております。

文化、もっと身近な言葉で言えば「知恵」、そして産業、もっと手触り感のある言葉で言えば「なりわい」、この二つは実はわが国経済の直面する問題の解決に最も重要なものです。先ほどから申し上げている喫緊の課題である成長力強化のためには、民間企業、研究機関、自治体、そして、金融機関が連携して、毎日のなりわいの中で知恵を出して、一歩一歩進んでいく前向きな活動を行っていくことが重要であることは、今申し上げた通りです。この点、京都は、高い技術力を持つ企業や有力大学が集積していることもあって、企業、大学、自治体の距離感が近く、「産」「学」「公」連携の取り組みが活発に行われております。また、金融機関の側でも、企業活動をサポートするために、様々な努力がなされております。

その中で、京都商工会議所では、京都ならではの地域の特性や強みを活かし、内需拡大を図るための「知恵産業」の創出を提唱されています。また、京都府は「知恵産業首都構想」を打ち出しているほか、京都市は「知恵産業融合センター」を創設するなど、京都全体で「知恵産業のまち・京都」を推進されています。

円高や人口高齢化の進展など、京都経済を取り巻く環境は、決してやさしくありません。ただ、当地は、多くのベンチャー企業を輩出した先進的な気質、豊かな伝統・観光資源、レベルの高い研究機関の存在などが相俟って、世界でも有数の潜在力を持つ魅力的な地域です。今後とも皆様が成長に向けてご尽力され、「知恵産業」の中心地として、当地経済の底力が一層発揮されることを期待しております。

本日は、ご清聴ありがとうございました。