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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策静岡県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 布野 幸利
2017年3月22日

目次

1.はじめに

日本銀行の布野でございます。本日は、ご多忙の中お集まり頂き、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から私どもの静岡支店がご支援を頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

まず私から、経済・物価情勢、金融政策などを説明させて頂き、最後に、静岡県経済について触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様から、当地経済に関するお話や忌憚のないご意見を承りたく存じます。どうぞよろしくお願い致します。

2.最近の経済・物価情勢

(1)海外情勢

まず、海外経済の動向ですが、グローバルな製造業の業況感は、情報関連需要の増加や新興国における素材の在庫調整の進捗などを背景に、改善が明確となってきています。こうしたもとで、海外経済は、緩やかな成長が続いています。先行きについては、先進国では着実な成長が続き、新興国経済の回復も次第にしっかりとしていくと見込まれることから、緩やかに成長率を高めていくと想定しています。1月に公表されたIMFによる成長率見通しでも、昨年10月時点の見通しと比べると米国で予想される拡張的な財政政策の効果などが織り込まれ、成長率を高めていく想定(2016年プラス3.1%→2017年プラス3.4%→2018年プラス3.6%)となっています(図表1)。

主要地域別にみますと、米国経済については、雇用・所得環境の着実な改善を背景として、家計支出を中心に、しっかりとした回復を続けています。先行きについては、国内民間需要を中心にしっかりとした成長が続くとみています。欧州経済についても、家計部門を中心に、緩やかな回復を続けています。先行き、政治情勢や金融セクターを含む債務問題を巡る不透明感が経済活動の重石となるものの、基調としては緩やかな回復経路をたどると考えられます。中国経済は、公共投資の増加などの政策効果にも支えられて、総じて安定した成長を続けています。先行きは、当局が景気下支えに積極的に取り組むもとで、概ね安定した成長経路をたどるとみています。その他の新興国・資源国経済は、一部の国においてなお減速した状態にありますが、資源価格の底入れや各国の景気刺激策の効果などから、全体として持ち直しの動きが続いています。先行きは、先進国の着実な成長の波及や景気刺激策の効果などから成長率は徐々に高まっていくと考えられます。

今後を見通すにあたって、米国経済の動向やそのもとでの金融政策運営が国際金融市場に及ぼす影響、中国をはじめとする新興国や資源国経済の動向、英国のEU離脱問題の帰趨やその影響、金融セクターを含む欧州債務問題の展開、地政学的リスクなど、先行きのリスク要素は多岐にわたっており、幅広い視点から注視していく必要があると考えています。

(2)日本経済・物価情勢

経済情勢

次に、こうした海外経済のもとでの日本経済についてですが、わが国の景気は、緩やかな回復基調を続けています。実質GDPの成長率は、昨年10~12月に4四半期連続の増加である前期比年率プラス1.2%となりました。これは、内需はやや伸び悩んだものの、外需を主因に増加を続ける形となっています(図表2)。

先行きのわが国経済を展望すると、緩やかな拡大に転じていくとみています。まず国内需要は、きわめて緩和的な金融環境や政府の大型経済対策による財政支出などを背景に、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、増加基調をたどると考えています。この間、海外経済が緩やかに成長率を高めていくにつれて、輸出も、基調として緩やかに増加するとみられます。具体的な数値で申し上げると、日本銀行が1月に発表した展望レポートにおける政策委員の成長率見通しの中央値は、2016年度プラス1.4%、2017年度プラス1.5%、2018年度プラス1.1%となっており、見通し期間を通じて潜在成長率を上回る成長が続くと予想しています1(図表3)。

  1. わが国の潜在成長率を、一定の手法で推計すると、GDP統計の改定に伴い、従来の「0%台前半」から上方修正され、「0%台半ば程度」と計算される。ただし、潜在成長率は、推計手法や今後蓄積されていくデータにも左右される性格のものであるため、相当の幅をもってみる必要がある。

物価情勢

次は、物価情勢です。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、エネルギー価格の上昇により伸びを高め、0%程度となっています。生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価の前年比は、2015年11月のプラス1.3%をピークに、プラス幅の縮小傾向が続いたあと、足もとでは一進一退の動きとなっています(図表4)。各品目の前年比について、上昇品目の割合から下落品目の割合を差し引いた指標をみると、なおプラス圏にあるものの、緩やかな低下傾向を続けています(図表5)。

物価の先行きを展望すると、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、エネルギー価格が振れを伴いつつもプラス寄与を拡大することと、需給ギャップの改善や予想物価上昇率の上昇によって、下振れリスクにも注視が必要なものの、2018年度頃には、プラス2%程度に達する可能性が高いとみています。具体的な数値で申し上げると、1月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値2は、2016年度マイナス0.2%、2017年度プラス1.5%、2018年度プラス1.7%となっています(図表3)。

  1. 22015年1月の中間評価以降、原油価格が消費者物価に大きな影響を及ぼしていることを踏まえ、各政策委員は、見通し作成に当たって同じ原油価格の前提を用いるとしてきたが、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比に対するエネルギー価格の寄与度が縮小してきたことから、今回、各政策委員がそれぞれの前提を用いて見通しを作成する扱いとしている。なお、寄与度については、2016年度はマイナス0.6%ポイント程度であるが、2017年初に概ねゼロとなり、その後、若干のプラスに転じていくと試算される。

3.経済・物価見通しを巡る主な留意点

以下では、こうした経済・物価見通しが実現していくにあたって、私自身が留意している点をお話ししたいと思います。

(1)雇用・所得環境

まず、雇用・所得環境ですが、労働需給は着実な改善を続けており、雇用者所得も緩やかに増加しています。雇用面では、労働力調査の雇用者数はプラス1%台半ば程度の高い伸びを続けています。そのもとで有効求人倍率は着実な上昇傾向をたどっているほか、短観の雇用人員判断DIでみた人手不足感も一段と強まっており、これらの指標はいずれも1991~92年頃と同程度の引き締まりを示しています。失業率も、振れを伴いつつも緩やかな低下傾向を続けており、足もとでは3%程度となっています(図表6)。先行きも、労働需給は一段と引き締まっていくとみています。賃金面では、時間当たり名目賃金でみると、振れを伴いつつも、緩やかに伸びを高めています。このうち、労働需給の状況に感応的なパートの時間当たり名目賃金が、振れを均せば、プラス1%台後半からプラス2%程度の高めの伸びとなっています(図表7)。先行きは、企業収益の改善に加え、予想物価上昇率の高まりの明確化によって、一般労働者の賃金は伸びを高めていくと想定しています。また、パートの時間当たり名目賃金も、労働需給の引き締まりの明確化や最低賃金の引き上げに伴って、着実に上昇率を高めていくと見込まれます。

このような雇用面・賃金面の見通しのもとで、先行きの雇用者所得は名目GDP成長率並みのペースで増加を続けるとみています。もっとも、企業における賃金などの設定スタンスが慎重なものにとどまるリスクがあり、特に今春の賃金改定交渉に向けた動きに注目しています。

(2)個人消費動向

次に、個人消費についてお話しします。個人消費は、雇用・所得環境の着実な改善を背景に、底堅く推移しています。消費活動指数をみますと、昨年初以降、株価下落による負の資産効果や天候不順を背景に、一部で弱めの動きを続けてきましたが、このところ持ち直してきています(図表8)。こうした持ち直しの背景には、雇用・所得環境の改善が続くもとで、株価上昇による資産効果や天候不順の解消などが作用していると考えられます。先行きは、雇用者所得の着実な改善に加え、株価上昇による資産効果や経済対策の効果にも支えられて、緩やかに増加していくと見込まれます。

(3)設備投資動向

続いて、設備投資動向についてお話しします。企業収益が改善するなかで、設備投資は緩やかな増加基調にあります(図表9)。昨年12月短観における2016年度の設備投資計画をみると、非製造業中小企業の一部で、人手不足に起因する工事進捗の遅れや出店計画の延期などの動きがみられるものの、総じてしっかりとした計画が維持されています(図表10)。先行きは、(1)企業収益の改善、(2)低金利や緩和的な貸出スタンスといったきわめて投資刺激的な金融環境、(3)財政投融資や投資減税などの財政政策の効果、(4)期待成長率の緩やかな改善などを背景に、緩やかな増加基調を続けると見込まれます。

(4)物価動向

次に、物価上昇率を規定する主な要因である予想物価上昇率と需給ギャップについてお話しします。第1に、中長期的な予想物価上昇率については、現実の物価上昇率が小幅のマイナスで推移してきたことから、「適合的な期待形成」の要素が強く作用し、2015年夏場以降、弱含みの局面が続いています。先行きについては、個人消費が緩やかな増加を続けることを背景に、企業の価格設定スタンスが再び積極化していくほか、労働需給のタイト化が賃金設定スタンスを強める方向に影響し、中長期的な予想物価上昇率は継続的に上昇傾向をたどるとみています。

第2に、マクロ的な需給ギャップについては、ゼロ%程度で横ばい圏内の動きを続けてきましたが、足もとでは改善の動きがみられます(図表11)。先行きについては、2016年度末にかけて小幅のプラスに転じ、2017年度以降は、内外需要がバランスよく増加するもとで、需給ギャップは資本・労働両面でプラス幅の緩やかな拡大を続けると考えられます。

4.金融政策運営

次に、金融政策についてお話しします。

日本銀行は、2013年1月に、できるだけ早期に消費者物価の前年比上昇率プラス2%を実現するという「物価安定の目標」を約束しており、同4月に、そのために必要な施策として「量的・質的金融緩和」を導入しました。また、昨年1月には、「量」・「質」・「金利」の3つの次元により金融緩和を進めるため、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入を決定しました。そして、昨年9月に、「総括的な検証」を行い、上記2つの政策枠組みを強化する形で、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入することとしました。

この枠組みの主な内容は2点あります(図表12)。1点目は、経済・物価・金融情勢を踏まえ、「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するために最も適切と考えられる長短金利の形成を促す「イールドカーブ・コントロール」です。現状では、具体的に、金融市場調節方針において、短期政策金利をマイナス0.1%、10年物国債金利をゼロ%程度で推移するよう定め、これを実現するように長期国債の買入れを行っています。2点目は、「物価安定の目標」を実現し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、緩和の枠組みを継続する「オーバーシュート型コミットメント」です。この点では、具体的に、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続することとしています。

「総括的な検証」でも示していますが、2%の「物価安定の目標」を実現できていない点については、(1)予想物価上昇率を2%に向けて引き上げる過程で、原油価格の大幅な下落などの外的要因によって実際の物価上昇率が低下し、(2)これがわが国ではもともと「適合的な期待形成」の要素が強い予想物価上昇率の下押しに作用したことが主な要因と考えています。この点を踏まえ、予想物価上昇率における「フォワード・ルッキングな期待形成」を強めるため、「オーバーシュート型コミットメント」を採用し、「物価安定の目標」の実現に対する人々の信認を高め、予想物価上昇率をより強力な方法で高めていくこととしました。

先行きの金融政策については、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続することとなります。足もとにおいて、「物価安定の目標」に向けたモメンタムは維持されており、消費者物価の前年比は、今後、2%に向けて上昇率を高めていくと考えられます。しかし、モメンタムはなお力強さに欠け、「物価安定の目標」の実現への道筋は未だ道半ばにあります。市場の一部には、海外金利が上昇していることを受けて、日本銀行が、近い将来、長期金利操作目標の引き上げを検討するとの見方もあるようですが、現在の経済・物価・金融情勢を踏まえると、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで、強力な金融緩和をしっかりと推進していくことが重要であると考えています。

5.日本経済の課題

次に、私なりに、より長期的な視点から、日本経済が置かれている状況を考えてみたいと思います。

日本銀行の目指す「物価安定の目標」を安定的に実現するためには、経済の基礎代謝とも言うべき潜在成長率の引き上げも求められます。これまでのわが国経済は、資源を上手に調達・活用する一方で、高品質な製品やサービスを開発・提供するというプロセスを通じて自らの成長を実現するとともに、世界経済の成長にも貢献してきました。今後も、このような成長や貢献は様々な方向に拡張が可能であります。人口減少などの構造変化に過度に悲観的になるのではなく、成長力を高めるための前向きな取組みを続けるべきです。

資源の調達・活用に関しては、例えば、既に政府レベルで、子育て支援や女性と高齢者の就労支援など人口問題への取組みが進んでいます。民間レベルでは、人材の有効活用はもちろん、管理者教育の充実や間接業務の効率化などを進めるべきです。グローバルな視点では、原材料などの調達ネットワークの拡充が望まれます。また、様々な分野で外国人労働者を受け入れるのも選択肢の1つでしょう。

製品やサービスの開発・提供については、付加価値の高いブランド力のある商品の開発や、金融高度化などの取組みによる内需の掘り起こしが求められます。国外に向けても、特に成長の期待できるアジアを始めとする近隣の海外需要へのアクセス拡充が重要です。これには、インバウンド需要の取込みも含まれます。

この際、わが国経済は必要な需要の確保を国内外の双方にバランスよく求めるべきだと思います。海外経済などに不透明感があるなかでは、海外からのリスクに注目しつつ、一方でわが国経済の自立性を強化することも重要です。例えば、昨年の円高局面において輸出が底堅く推移しました。これは、為替が輸出量の増減に直結しない非価格競争力が強まり、わが国経済の自立性が高まっている証左だとみています。今後とも、内外の景気や為替動向に左右されにくい差別化された商品を開発・提供する体制の構築と、これを促すイノベーションの一層の加速が求められます。

この様な潜在成長率の引き上げに向けた取組みには、金融と財政に構造改革を加えた総合的アプローチが必要です。日本経済の構造改革は相応に進みつつあるとみておりますが、一層の加速が求められます。緩和的な金融環境のもとで、資金調達が進み、省力化投資や研究開発投資、国内外のM&Aなど、成長戦略が進展することを期待しています。

6.おわりに —— 静岡県経済について ——

以上、経済・物価情勢や金融政策運営などについてお話ししました。最後に、静岡県経済について触れたいと思います。

静岡県経済は緩やかに回復しつつあります。個人消費は雇用・所得環境の緩やかな改善を背景に持ち直しつつあるほか、設備投資は、大企業、中堅企業の製造業を中心に、生産性向上や研究開発関連の投資がみられることから、増加しています。また、海外経済の緩やかな成長の下で、このところ、輸出は下げ止まっています。

ただ、2008年のグローバル金融危機以降、主力製造業の海外生産シフトなどにより、製造品出荷額等が減少し、全国順位も金融危機以前の第3位から、最近では第4位に順位を落としています。こうした経済構造の変化が、賃金の伸び悩みや労働人口の流出につながった面があるほか、全国比で極めて優位にあった労働生産性も、近年、その優位性がやや低下していると聞いています。

こうした課題に対しては、雇用機会の創出などにもつながる新たな産業創生のほか、労働生産性のさらなる向上などが期待されるところですが、この点、当地では、航空・宇宙産業など新規事業への参入のほか、省力化や研究開発を目的とした様々な投資、先進情報技術を活用した農業の生産性向上など幅広い分野で積極的な取組みが行われていると伺っています。また、行政サイドでも、県東部の医療・健康、県中部の食品、県西部の光・電子技術産業を核とした「新産業集積クラスター」が成果を上げてきているほか、地域の金融機関も地方創生や様々なコンサルティング活動などを通じて、地域経済の活性化に積極的に取り組まれるなど、関係者が緊密に連携し、各種の取組みが進んでいると伺っており、心強く感じています。

静岡県には、全国有数の「ものづくり県」として培われた優れた技術力やノウハウ、世界文化遺産の構成資産である「富士山・三保松原」や「韮山反射炉」をはじめ、豊かな地域資源が多く存在しています。今後、国内外での販路拡大やブランド力向上、設備・研究開発・人材等戦略的投資、新分野への挑戦や技術革新などの取組みが一層拡大し、静岡県経済が新たな発展を遂げていくことを祈念しています。ご清聴ありがとうございました。