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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策宮崎県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 布野 幸利
2017年11月8日

1.はじめに

日本銀行の布野でございます。本日は、ご多忙の中お集まり頂き、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から私どもの鹿児島支店および宮崎事務所がご支援を頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

まず私から、経済・物価情勢、金融政策などを説明させて頂き、最後に、宮崎県経済について触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様からの率直なお話を承りたく存じます。どうぞよろしくお願い致します。

2.最近の経済・物価情勢

(1)海外情勢

まず、海外経済ですが、グローバルな製造業の業況感は改善傾向にあるほか、世界貿易量も回復しています。こうしたもとで、海外経済は総じてみれば緩やかな成長が続いています。先行きも緩やかな成長を続けると想定しており、10月に公表されたIMFによる成長率見通しでも、2017年に、プラス3.6%、2018年にプラス3.7%となっています(図表1)。

主要地域別にみますと、米国経済は、雇用・所得環境の着実な改善を背景として、家計支出を中心に、しっかりとした回復を続けています。先行きも国内民間需要を中心にしっかりとした成長が続くとみています。欧州経済も着実な回復を続けています。先行き、英国のEU離脱交渉の展開をはじめとする政治情勢などの不透明感が重石となるものの、基調としては緩やかな回復経路をたどる可能性が高いと考えられます。中国経済は、当局による景気下支え策の効果もあって、総じて安定した成長を続けています。先行きも、当局が財政・金融政策を機動的に運営するもとで、概ね安定した成長経路をたどるとみています。その他の新興国・資源国経済は、全体として持ち直しています。先行きは、先進国の着実な成長の波及や景気刺激策の効果などから、成長率は徐々に高まっていくと考えられます。

今後を見通すにあたって、米国の経済政策運営やそれが国際金融市場に及ぼす影響、新興国・資源国経済の動向、英国のEU離脱交渉の展開やその影響、欧州債務問題の展開、地政学的リスクなど、先行きのリスク要素は多岐にわたっております。海外経済が緩やかに成長率を高めている今だからこそ、一方でリスクにも気を配ることが肝要であるとも言えましょう。

(2)日本経済・物価情勢

経済情勢

次に、日本経済についてですが、わが国の景気は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大しています。4~6月の実質GDPの成長率は、前期比プラス0.6%となり、約11年振りの6四半期連続のプラス成長となりました。「0%台後半」とみられる潜在成長率1を上回る成長となっています(図表2)。

先行きのわが国経済は、緩やかな拡大を続けるとみています。2018年度までの期間を展望すると、国内需要は、きわめて緩和的な金融環境や政府の大型経済対策による財政支出などを背景に、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、増加基調をたどると考えています。この間、海外経済の成長を背景として、輸出も、基調として緩やかな増加を続けるとみられます。2019年度については、国内需要の減速から成長ペースは鈍化するものの、外需に支えられて、景気拡大が続くと見込まれます2。具体的な数値で申し上げると、日本銀行が10月に発表した展望レポートにおける政策委員の成長率見通しの中央値は、2017年度プラス1.9%、2018年度プラス1.4%、2019年度プラス0.7%となっています(図表3)。

  1. わが国の潜在成長率を、一定の手法で推計すると、「0%台後半」と計算される。ただし、潜在成長率は、推計手法や今後蓄積されていくデータにも左右される性格のものであるため、相当の幅をもってみる必要がある。
  2. 消費税率については、2019年10月に10%に引き上げられる(軽減税率については、酒類と外食を除く飲食料品および新聞に適用される)ことを前提としている。

物価情勢

続いて、物価情勢です。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比はプラス幅を拡大し0%台後半となっているものの、生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価の前年比は小幅のプラスにとどまっています(図表4)。

先行き、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、マクロ的な需給ギャップの改善や中長期的な予想物価上昇率の高まりなどを背景に、プラス幅の拡大基調を続けていくと考えられ、2019年度頃にはプラス2%程度に達する可能性が高いとみています。具体的な数値で申し上げると、10月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値3は、2017年度プラス0.8%、2018年度プラス1.4%、2019年度は消費税率引き上げによる直接的な影響を除いたベースでプラス1.8%となっています(図表3)。

  1. 3消費税率については、2019年10月に10%に引き上げられること(軽減税率については酒類と外食を除く飲食料品および新聞に適用されること)を前提としているが、各政策委員は、消費税率引き上げの直接的な影響を除いた消費者物価の見通し計数を作成している。消費税率引き上げの直接的な影響を含む2019年度の消費者物価の見通しは、税率引き上げが課税品目にフル転嫁されることを前提に、物価の押し上げ寄与を機械的に計算したうえで(プラス0.5%ポイント)、これを政策委員の見通し計数に足し上げたものである。

3.わが国経済の特徴と経済・物価見通しを巡る留意点

以下では、こうした経済・物価見通しが実現していくにあたって、足もとにおけるわが国経済の特徴を私なりに整理し、そのうえで、私が留意している点をお話ししたいと思います。

(1)足もとにおけるわが国経済の特徴

足もとにおけるわが国経済の特徴として、様々な項目がバランスよく景気を牽引していることを指摘できます(図表5)。外需の面では、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、輸出は増加基調にあります。また、国内の民間需要においても、企業収益や業況感が改善するなかで設備投資は緩やかな増加基調にあり、雇用・所得環境の着実な改善を背景に個人消費は底堅さを増しています。加えて、公的需要においては、2016年度の経済対策の効果が顕在化したことにより、公共投資も増加しています。

このように複数の項目がバランスよく景気拡大に貢献している最近の環境は、わが国経済が今後も緩やかな拡大を続けるために必要なものでもあります。特に、所得から支出への好循環や、賃金の上昇を伴いながら物価上昇率が緩やかに高まるという好循環が作用するうえでは、重要な要素だと考えています。

(2)雇用・所得環境

続いて、留意点として雇用・所得環境についてお話しします。労働需給は着実な引き締まりを続けています。雇用者数が1%台半ばの伸びを続けているもとで、着実な上昇傾向をたどっている有効求人倍率は1970年代前半以来の高い水準にあります。また、失業率も足もとでは2%台後半となっており、人手不足感も強まっています(図表6)。先行きも、雇用者数は引き続き増加し、労働需給は一段と引き締まっていくとみています。賃金面をみると、一人当たり名目賃金は、振れを伴いつつも、緩やかに上昇しています。労働需給の状況に感応的なパートの時給は、足もとではプラス2%台半ばと高めの伸びとなっています(図表7)。先行きは、インフレ予想の高まりが明確になるにつれてベースアップが伸びを高めるもとで、一般労働者の給与も緩やかに伸び率を高めていくと想定しています。

このような雇用・賃金情勢を反映して、雇用者所得は、振れを伴いつつも、緩やかに増加しています(図表8)。先行きも雇用者所得は緩やかに増加していくとみていますが、一般労働者とパート労働者では賃金決定メカニズムが異なり、企業における賃金設定スタンスが慎重なものにとどまるリスクもあることから、今後の企業の動きに注目しています。

(3)物価動向

次に、物価上昇率を規定する主な要因である需給ギャップと予想物価上昇率についてお話しします。第1に、マクロ的な需給ギャップは、着実に改善しており、4~6月に1%台前半のプラスとなっています。7~9月の需給ギャップは、各種指標の改善を踏まえると、プラス幅を幾分拡大した可能性が高いとみています(図表9)。先行きは、2017年度はプラス幅を一段と拡大し、その後も、内外需要の増加を反映して、資本・労働の両面でプラス幅の緩やかな拡大が続くと見込んでいます。2019年度下期には、消費増税の影響から、プラス幅の拡大は一服するものの、比較的大幅なプラスを維持すると予想しています。

第2に、中長期的な予想物価上昇率については、弱含みの局面が続いています。先行きについては、先ず(1)「適合的な期待形成」の面において、マクロ的な需給ギャップが改善していくなかで、企業の賃金・価格設定スタンスも次第に積極化していくと予想されること、また(2)「フォワードルッキングな期待形成」の面において、日本銀行が「物価安定の目標」の実現に強くコミットし金融緩和を推進していくことから、中長期的な予想物価上昇率は上昇傾向をたどるとみています。

もっとも、企業における価格設定スタンスの動向によっては、需給ギャップに対する価格の動きが鈍い商品が存在したり、予想物価上昇率の高まりが遅れたりする可能性については留意が必要だと考えています。

4.金融政策運営

次に、金融政策についてお話しします。

日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率2%を「物価安定の目標」として、これをできるだけ早期に実現することを目指して金融政策の運営をしています。この2%の物価上昇を目指す理由は3つあります。第1が「統計上のバイアス」です。消費者物価指数には物価上昇を実態よりも高めに表すという統計上の「くせ」があることから、物価の安定を確保するためには、ある程度高めの物価上昇が必要となります。第2が「将来の政策対応力の確保」です。通常、物価上昇率に応じて名目金利の水準が決まってきます。名目金利が高い水準にあれば、景気後退局面において、景気を刺激するために政策金利を引き下げることができ、金融政策による対応余地が高まります。第3が「グローバル・スタンダード」です。現在、主要国の中央銀行は、2%程度の物価上昇を目指して金融政策を運営しています。このため、日本銀行が2%の物価上昇を目指すことは、長い目でみた為替相場の安定につながり、企業活動などの安定にも資すると考えられます。

ここで重要なことは、日本銀行は「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」を理念として金融政策を運営している点です。単純に物価の上昇を目指しているわけではなく、物価上昇率2%という物価の安定が実現するもとで、所得もしっかりと増加し好循環が働く経済を目指しているということです。物価が安定的に上昇して企業や家計がこれを前提に行動するようになれば、商品やサービス価格の上昇により、企業の売上げや収益の増加を通じて賃金も上昇して、消費も活発化していきます。日本銀行は、このような経済の好循環が働く、持続可能な物価安定の実現を目指しています。

「物価安定の目標」を実現するために、昨年9月に日本銀行は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入し、強力な金融緩和政策を実施しています。この枠組みの主な内容は2点あります(図表10)。1点目は、経済・物価・金融情勢を踏まえ、「物価安定の目標」の実現に向けたモメンタムを維持するために最も適切と考えられる長短金利の形成を促す「イールドカーブ・コントロール」です。現状では、具体的に、金融市場調節方針において、短期政策金利をマイナス0.1%に設定するとともに、10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、長期国債の買入れを行っています。2点目は、「物価安定の目標」を実現し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、緩和の枠組みを継続する「オーバーシュート型コミットメント」です。この点では、具体的に、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続することとしています。

足もとにおいて、2%の「物価安定の目標」の実現に向けたモメンタムはしっかりと維持されており、消費者物価の前年比は、今後、2%に向けて上昇率を高めていくと考えられますが、目標の実現までにはなお距離があります。こうした現在の経済・物価・金融情勢を踏まえると、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで、強力な金融緩和を粘り強く推進していくことが重要であると考えています。

5.日本経済の課題

次に、私なりに、より長期的な視点から、日本経済が置かれている状況を考えてみたいと思います。

日本銀行の推計によると、わが国の潜在成長率は1980年代後半に4%程度であったものが、最近は0%台後半となっています(図表11)。近年は上昇傾向にあるものの、人口減少や生産性の低下などを背景として、趨勢的に下降してきたと言えます。このため、わが国における成長期待は低下し、将来の経済に対して悲観的な見方も聞かれています。

しかし、人口減少による影響が大きく、生産性の向上には時間がかかるとはいえ、私はわが国経済を必要以上に過小評価する必要はなく、潜在成長率の底上げは可能だと考えています。また、日本銀行が目指している持続的な物価安定に向けても、潜在成長率の引き上げは重要で、幅広い主体の取組みが求められます。

企業経営の観点からみると、潜在成長率の引き上げに向けて、供給体制の合理化や高度化だけではなく、消費者の需要が多様化し変化を続けるような現代においては、新たな需要を掘り起こして、これに合わせた供給体制を整えることが重要となります。すなわち、まだ姿を現していない潜在的な需要を見つけ、付加価値の高い差別化された新しい商品を開発・提供していくプロダクト・イノベーションに、長期的かつ持続的に取組むことが求められます。

それに際しては、新しい商品を生み出す人材とその商品を求めるような環境の二つが特に重要であると考えています。時代を変革するような開発から、既存製品の改良に至るまで、大小を問わずイノベーションを起こすためには、これを発想し開発する人材の確保が必要なのは言うまでもありません。これに加えて重要なことは、新しい商品を求めるような環境です。わが国において多くのイノベーションを起こすには、需要が適度に刺激されることによって、需要とイノベーションとの間の好循環を継続することが重要です。「必要は発明の母」とも言われます。消費者の多くが従来の商品以上のものを求めない心理状態は、イノベーションが起きにくい状態です。一方で、日本銀行の緩和的な金融政策が適度に需要を刺激している現在の環境は、イノベーションを誘発するという観点からも良い影響を与えていると言えます。潜在的な需要を見つけ、これを実際の需要につなげていくには時間がかかります。したがって、イノベーションを推進していくうえでも、緩和的な金融環境を息長く継続していくことが重要だと考えています。

6.おわりに —— 宮崎県経済について ——

最後に、宮崎県経済について、お話ししたいと思います。

宮崎県は、農畜産業などで全国的にも高い生産量を誇っているほか、雄大な自然に囲まれ、神話の舞台でもある豊かな観光資源を有しています。

宮崎県経済の現状については、緩やかに回復していると認識しています。個人消費は底堅く推移しており、観光は昨年の熊本地震の影響から脱し基調として堅調な動きとなっています。企業の生産活動も食料品や化学製品等を中心に緩やかに持ち直しています。

一方で、人口減少と高齢化が進んでおり、そうした中で地域経済の活性化が求められていますが、当地の強みである「食」や観光の分野をはじめ、域外需要の取り込みなどに向けた積極的な動きが数多くみられており、頼もしく感じています。

「食」の分野では、ブランド力を高めてきた宮崎牛は、9月に開催された「全国和牛能力共進会」において、3大会連続となる内閣総理大臣賞を受賞したところですが、台湾向けの輸出など更なる販路拡大も進められています。また、本格焼酎は県外への販売が好調を続け、出荷量は3年連続で日本一となっているほか、高度な養殖・加工技術を用いた宮崎県産キャビアの製造・出荷も増加しています。

観光面では、東九州自動車道の整備やLCCの就航を含む空路の拡充、クルーズ船の寄港増加なども活かしつつ、官民挙げて国内外の観光客の誘致に取り組まれています。また、宮崎県は「スポーツランドみやざき」を掲げ、プロ野球やJリーグ、各スポーツ団体のキャンプ・合宿地、プロゴルフトーナメントの開催地としても有名です。最近では、東京オリンピック・パラリンピックやラグビーワールドカップなどを展望した事前合宿地としての誘致活動にも力を入れており、既にドイツ陸上連盟の合宿が決定するなど成果が出てきています。

製造業に関しては、先端技術を持つ企業の工場建設等の動きがみられるほか、IT企業の誘致・進出も盛んであり、民間でインキュベーション施設も立ち上げるなど「起業」マインドの醸成も進んでいると伺っています。

宮崎県経済は、これまで口蹄疫や鳥インフルエンザの発生などの事態に直面しながらも、それらを乗り越えてきました。当地の皆様に敬意を表しますとともに、多くの前向きな取り組みの推進により、当地経済が一層発展することを大いに期待しています。なお、新燃岳の火山活動の影響については、私どもの鹿児島支店・宮崎事務所を通じて今後とも注視していきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。