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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営大阪経済4団体共催懇談会における挨拶

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日本銀行総裁 植田 和男
2024年9月24日

1.はじめに

日本銀行の植田でございます。本日は、関西経済界を代表する皆様とお話しする機会を賜り、誠にありがとうございます。皆様には、日頃より、私どもの大阪、神戸、京都の各支店の業務運営にご協力頂き、厚くお礼申し上げます。この機会に皆様から忌憚のないご意見を頂き、今後の日本銀行の政策判断や業務運営に活かしてまいりたいと思います。

以下では、皆様方との意見交換に先立ちまして、私から、わが国の経済・物価情勢や金融政策運営の考え方についてお話しさせて頂きます。

2.経済・物価情勢

経済の現状と先行き

はじめに、経済の現状と先行きについてお話しします。図表1をご覧ください。4から6月の実質GDPは、はっきりと増加しました。わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられますが、緩やかに回復していると判断しており、先行きも、緩やかな回復を続けるとみています。

企業部門をみますと、業況感は良好な水準を維持しており、企業収益も増加を続けています。図表2をご覧ください。企業収益の改善は、為替円安の恩恵を受ける製造業・大企業でとくに目立ちますが、非製造業でも、中堅中小企業を含めて増加傾向にあります。こうしたもと、企業からは、しっかりとした設備投資を続ける計画が示されています。デジタル化や自動車の電動化関連、気候変動対応、都市再開発など中長期的な投資案件が聞かれるほか、インバウンドの増加等を受けた投資、人手不足の継続を念頭においた省人化投資の拡大等も指摘されています。このように、企業部門では、高水準の収益が設備投資の増加につながる前向きの循環が続くと見込んでいます。

一方、家計部門をみますと、図表3の個人消費は、物価上昇の影響が、特に値上がり幅が大きかった食料品や日用品などの非耐久財に表れていますが、サービスを中心に緩やかな増加基調となっています。こうした中、図表4で名目賃金をみますと、春季労使交渉の結果が反映される形で所定内給与が伸び率を高めているほか、昨年の好業績を受けて、夏季賞与もしっかりと増加しています。政府による定額減税や電気・ガス代の緊急支援等も、実質ベースでみた家計の可処分所得を押し上げる方向に作用しています。先行きの個人消費は、目先は夏場に相次いだ自然災害の影響も受けるとみられますが、所得が増加するもとで、緩やかに増加していくと見込んでいます。

もちろん、こうした中心的な見通しを巡っては、上下双方向で様々なリスクがあります。ここでは、2点、指摘しておきたいと思います。

1点目は、海外経済、特に米国経済の動向とその金融・為替市場への影響です。図表5をご覧ください。米国では、5%を越える高い政策金利が続いてきましたが、そのもとでも、個人消費が牽引する形で経済は総じて堅調に推移してきました。最近では、労働需給が緩和するもとで、インフレ率は低下してきており、先週、FRBは政策金利の引き下げを決定したところです。こうしたFRBの決定を受けて、米国が、景気の大幅な減速を避けつつインフレ率が2%に向けて低下していくソフトランディング・シナリオを辿るならば、そのことは、わが国経済にとってポジティブに働くと考えられます。もっとも、今後の米国経済の展開は依然不確実です。既往の利上げなどが労働市場に及ぼす影響については不確実であるほか、労働需給の緩和が個人消費に及ぼす影響についてもよくみていく必要があります。米国経済の先行きや内外の金融資本市場の動向がわが国の経済・物価に及ぼす影響については、引き続き、注視していきたいと考えています。

2点目は、個人消費の先行きです。先ほど申し上げたように、個人消費が緩やかに増加していくというシナリオの前提は、しっかりとした賃上げが継続し、家計の所得が増加していくことです。この点については、物価の先行きと併せて、後ほど、改めてお話しいたします。

物価の現状と先行き

そこで、物価情勢に話を移します。図表6の生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、直近8月は+2.8%となりました。

具体的に内訳を確認していきますと、まず、昨年まで物価を大きく押し上げてきた「食料品」や「その他の財」の前年比は、低下しました。これは、コロナ禍後の輸入物価上昇に伴うコストプッシュ圧力が和らいでいるためです。一方、コストに占める人件費の比率が高い「サービス」は、価格の緩やかな上昇傾向が続いています。図表7で、サービス価格の動向を品目別に子細にみますと、賃金上昇の影響が強まっていることが、より明確に分かります。すなわち、昨年は輸入物価上昇の影響を受ける外食などで大幅な価格上昇が目立つ一方、人件費の比率が高い品目の価格は、あまり上がっていませんでした。これに対して、最近では、幅広い品目で2%程度の上昇が確認できます。こうした財・サービス別の物価動向からは、物価上昇の背景が、輸入物価上昇から、景気の改善が続くもとでの賃金上昇へと変化してきていることが示唆されます。

こうしたもとで、短期的な変動を除いた物価のトレンドは――日本銀行では、基調的な物価上昇率と呼んでいますが――、2%に向けて徐々に高まっています。このことは、図表8の基調的な物価上昇率に関する幾つかの試算値の動きからも、見てとれます。

先行き、基調的な物価上昇率は上昇を続け、2026年度までとなる見通し期間の後半には、2%の「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移すると考えています。この見通しでは、この数年進んできた企業の賃金・価格設定行動の変化が社会に定着し、来年度以降も賃金の上昇が継続していくことを想定しています。

この点、これまでの賃上げを支えてきた人手不足や良好な企業収益といったマクロ経済環境に変わりはありません。図表9をご覧ください。労働市場の動向をみますと、人口動態も反映して追加的な労働供給の余地は限られてきており、構造的に人手不足感は高まりやすくなっています。また、先ほど申し上げたように、企業収益は好調であり、人件費が増加するもとでも、労働分配率はむしろ1990年代前半以来の水準まで低下しました。

ただし、今後、海外経済の動向などが、企業収益や企業行動に影響を及ぼすことがないか、丁寧にみていく必要はあります。また、企業部門が全体として好調であるとしても、経済・物価情勢が大きく変化するもとで、個別にみれば企業の直面する経営環境は区々となっている点にも注意が必要です。先行き、持続的な賃上げとその販売価格への転嫁が幅広い先で実現し、賃金と物価の連関がしっかりと高まっていくか、引き続き注視していきたいと思います。

3.日本銀行の金融政策運営

7月の金融政策決定会合

続いて、金融政策運営についてお話しします。日本銀行は、7月の決定会合で、国債買入れの減額計画と政策金利の変更を決定しました。最初にその背景について簡単に説明します。

図表10をご覧ください。まず、国債買入れの減額計画についてです。国債の買入れについては、長期金利は金融市場において形成されることが基本との考え方に基づき、6月の会合で、既に減額方針を決定していました。その後、市場参加者のご意見を丁寧に確認したうえで、7月の会合では、具体的な計画を策定したところです。今後の国債買入れは、国債市場の安定に配慮するための柔軟性を確保しつつ、予見可能な形で減額していきます。

次に、図表11をご覧ください。政策金利については、0.15%程度引き上げ、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.25%程度で推移するよう促す」こととしました。この背景には、本日、お話ししてきたように、経済・物価が従来から示してきた見通しに概ね沿って推移しており、基調的な物価上昇率が緩やかに上昇しているとの認識があります。加えて、年初からの為替円安を受けて輸入物価が再び上昇しており、これが物価の上振れリスクとなっていたことも意識しました。こうした状況下、2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現という観点から、政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整することが適当と判断したところです。

8月以降の市場動向と先行きの政策運営の考え方

その後、8月に入り、米国の景気減速懸念の強まりを契機に、世界的にドル安と株価の下落が進みました。ドル/円相場については、日本銀行の政策変更もあって、円安方向に積み上がっていたポジションが巻き戻される局面にあったことから、変動幅が大きくなりました。わが国の株価は、一時、他国に比べても大幅に下落しました。

こうした8月にみられた市場の乱高下の背景の一つとして、日本銀行の政策運営の考え方が十分に伝わっていなかったとの批判があることは承知しています。日本銀行は、これまでも「展望レポート」のほか、講演や記者会見等も活用しながら、金融政策運営に関する基本的な考え方をご説明してきましたが、引き続き、丁寧な説明と情報発信に努めてまいる所存です。この場では、8月以降の状況変化を踏まえつつ、先行きの金融政策運営について、改めて、2点、お話ししたいと思います。

1点目は、金融政策運営の基本的な考え方です。日本銀行としては、先行き、基調的な物価上昇率が見通しに沿って高まっていくならば、そうした動きに応じて、政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことが適当と考えています。7月の政策金利の引き上げ後も名目金利から予想インフレ率を引いた実質金利は大幅なマイナスであり、経済活動を刺激し、物価上昇率も押し上げる方向に作用しているとみています。一方、将来、基調的な物価上昇率が2%前後となる局面では――物価上昇率を更に押し上げていく必要性は低下しますので――、政策金利を、経済・物価に対して中立的な水準に近づけることが望ましいと考えています。そのため、今後、「展望レポート」でお示ししている経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて、政策金利を引き上げていくことになります。

2点目は、こうした基本的な考え方のもとでの実際の政策運営についてです。経済・物価を巡る不確実性は大きく、予期せぬ事態もしばしば生じます。実際の政策運営は、あらかじめスケジュールを定めるのではなく、様々な不確実性を踏まえたうえで、適時・適切に行う必要があります。

この点、現在の状況下では、米国経済を中心とした海外経済の動向や、引き続き不安定な状況にある金融資本市場の動向について、きわめて高い緊張感をもって注視し、これらの動向が、わが国の経済・物価見通しやリスク、見通しが実現する確度に及ぼす影響について、しっかりと見極めていくことが求められます。また、わが国では、長期にわたり低金利環境が続いてきたことから、経済・物価が金利の上昇にどのように反応するのか、確認していくことも重要です。この間、8月に入り、これまでの一方的な為替円安は修正されてきており、直近では、輸入物価の上昇率も鈍化しました。輸入物価上昇を受けた物価上振れリスクは相応に減少しています。政策判断に当たっては、内外の金融資本市場の動向やその背後にある海外経済の状況などについて、丁寧に確認していく必要がありますし、そうした時間的な余裕はあると考えています。

適切な金融政策を通じて、物価の安定を実現していくことは、経済の持続的な成長の基礎となるものです。昨年のこの場では、「賃金と物価の好循環を実現していくことは、個々の企業にとっても経済にとっても大きなプラスになる可能性がある」と申し上げました。その後、企業の皆様方に実施した大規模アンケートでは、多くの先から、賃金と物価が「どちらも上がらない」デフレ期の状態と比べて、「ともに緩やかに上がる」状態が望ましいとの回答を頂いており、その思いを強くしたところです。デフレへの逆戻りは、避けなければなりません。一方、内外の歴史を振り返ると、高い物価上昇率が社会に定着したり、物価上昇率がどんどん上昇していったりすることが、経済活動にマイナスの影響を及ぼすことも明らかです。経済・物価を巡る上下双方向のリスクを勘案しつつ、日本銀行が、2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現を目指して適切に金融政策を行っていくことは、国民経済全体にメリットをもたらすと考えています。

4.おわりに

本日は、経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営についてお話ししてきました。最後に、昨年来実施している金融政策の「多角的レビュー」について一言申し上げます。

「多角的レビュー」は、1990年代後半以降、日本銀行が採用してきた様々な非伝統的金融政策について理解を深め、将来の政策運営にとって有益な知見を得ることを目的としています。このプロジェクトを進めるにあたっては、多様な知見を取り入れつつ、客観性や透明性を高めることを重視し、昨年のこの場を含め、各界の方々から貴重なご意見を頂いてきました。

現在は、こうした取り組みから得られた知見や内部での分析をもとに、取りまとめに向けた作業を行っているところです。今後、金融政策決定会合で議論したうえで、年内をめどに結果を公表する予定です。まとまった時間をかけて客観的に過去を振り返る作業に取り組んだことは、物価安定の実現に時間を要してきた背景や非伝統的な金融政策運営の効果や副作用について理解を深める一助になったと考えています。「多角的レビュー」の結果は、当面の金融政策運営に直ちに影響を与えるものではありませんが、やや長い目でみて、金融政策の在り方を考えるうえで、貴重な材料を提供するものになると考えています。

ご清聴ありがとうございました。