このページの本文へ移動

【挨拶】 最近の金融経済情勢と金融政策運営名古屋での経済界代表者との懇談における挨拶

English

日本銀行総裁 植田 和男
2024年11月18日

1.はじめに

日本銀行の植田でございます。本日は、東海地域の経済界を代表する皆様とお話しする機会を賜り、誠にありがとうございます。皆様には、日頃より、私どもの名古屋支店の様々な業務運営にご協力頂いております。この場をお借りして、厚くお礼申し上げます。

日本銀行では、四半期に1度、わが国の経済・物価動向について先行きの見通しを作成し、その結果を「展望レポート」として公表しています。本日は、先月の金融政策決定会合で決定した最新の展望レポートの内容にも触れながら、わが国の経済・物価情勢に対する日本銀行の見方と最近の金融政策運営の考え方について、ご説明したいと思います。

2.経済・物価の現状と先行き

経済の現状と先行き

はじめに、経済情勢についてです。わが国経済は、一部に弱めの動きもみられますが、緩やかに回復しています。

企業部門をみますと、企業収益の改善が設備投資の増加につながる前向きの動きが続いています。図表1をご覧ください。9月短観の業況感は、8月末の台風の影響で下押しされる業種もみられましたが、全体として大企業・中小企業ともに小幅に改善しました。企業収益も、中堅中小企業を含めて増加傾向にあります。今年度の設備投資計画をみると、積極的な投資スタンスが継続していることが確認できます。設備投資の内訳をみますと、内外需要の増加に誘発された投資に加えて、研究開発投資やデジタル・脱炭素関連の投資など、将来の成長を見据えた投資が増えているのが今次局面の特徴点です。長期的な案件は短期的な需要変動の影響を受けにくいとみられますし、先行きも設備投資が増加傾向を続ける確度は高いと考えています。

次に、家計部門です。図表2の個人消費をみますと、昨年以降、物価上昇の影響から食料品や日用品などの非耐久財消費が減少してきたほか、家計のマインド指標にも弱めの動きがみられてきました。もっとも、最近では、全体としてみた個人消費のトレンドは、緩やかな増加基調に復しています。力強いとまでは言えませんが、個人消費に前向きな動きがみられている背景には、春季労使交渉を受けた所定内給与の上昇や高水準の企業収益に支えられた夏季賞与の増加を反映して、名目賃金がはっきり増加していることがあると考えています。

このように企業・家計の両部門で、所得が増加し、それが支出に回る前向きの循環メカニズムが徐々に強まってきています。今回の展望レポートでは、こうした動きが引き続き強まっていくと考え、図表3のとおり、来年度以降、1%程度の成長が続くと想定しました。

物価の現状と先行き

続いて、物価情勢に話を進めます。図表4の生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、直近9月は+2.4%となりました。内訳を確認していきますと、昨年まで物価を大きく押し上げてきた「食料品」や「その他の財」の前年比は、既往の輸入物価上昇の影響が和らぐもとで、引き続き低下傾向にあります。一方、財に比べてコストに占める人件費の比率が高い「サービス」では、前年比のプラス幅は安定しています。このことは物価上昇を牽引する力が、輸入物価上昇を起点とするコストプッシュ要因から、国内での賃金上昇に変化してきていることを示しています。全国に先行して公表される東京都区部の10月の消費者物価指数の速報でも、サービスを含む様々な品目で、賃金上昇等を背景とした価格改定――年度下期のいわゆる「期初の値上げ」――を行う動きがみられました。

物価の先行きですが、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、2024年度に+2.5%となったあと、2025年度および2026年度は、概ね2%程度で推移すると見込んでいます。既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は、引き続き、和らいでいく一方、景気の改善が続き、しっかりとした賃上げが継続するもとで、賃金上昇を起点とする物価上昇圧力が強まっていくと考えています。輸入物価上昇などに伴う短期的な物価の変動を除いた物価のトレンド、基調的な物価上昇率は、現在は2%を下回っているとみていますが、今後緩やかな上昇を続け、2026年度までの見通し期間の後半には、2%の「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移する見込みです。

3.経済・物価のリスク

ここまで、経済・物価の現状と見通しについて申し上げてきましたが、こうした中心的な見通しを巡る不確実性は高いと考えています。先行きを見通していくうえで、特にカギとなるのは、「海外経済が緩やかな成長経路を辿っていくか」、「賃金の上昇が続き、物価との好循環が引き続き強まっていくか」という2点です。そこで、次に、この2つのポイントについて、ご説明させて頂きます。

海外経済の動向と金融資本市場

まず、第1のポイント、海外経済について申し上げます。図表5をご覧ください。最新のIMFの「世界経済見通し」では、前回7月の見通しがほぼ維持される形で、世界経済は2025年にかけて、3%台前半の成長を持続する見込みとされました。先行きの海外経済については、緩やかな成長の継続がメインシナリオですが、こうしたシナリオが実現していくか引き続き注意が必要と考えています。先月行われたG20の会合でも、世界経済の見通しを巡っては、このところ、不確実性が高まっているとの認識が共有されました。

米国経済については、夏場には、労働市場の減速を示唆する指標が相次ぎました。その後は良好な統計もみられており、米国において、景気の大幅な減速を避けつつインフレ率が2%に向けて低下していくソフトランディング・シナリオが実現する可能性は高まる方向にあります。ただし、引き続き情勢を丁寧に確認していく必要はあると考えています。米国経済は、コロナ禍以降、新産業での起業の増加やAIの積極的な活用などもあって、生産性を高めてきました。移民の増加などから労働供給も増えており、経済の基調はしっかりとしているとみられます。とはいえ、この間の堅調な個人消費を支えてきた一因であるコロナ禍で蓄積された超過貯蓄は減少していますし、今後、ここまでの急速な利上げの影響がラグを伴って経済活動を押し下げる可能性にも引き続き注意が必要です。一方で、今後の景気展開や政策運営などを受けて、インフレが再燃する逆方向のリスクも否定はできません。米国経済の動向については、こうした双方のリスクを念頭に置きつつ、丁寧に点検していきたいと思います。

中国経済についても、不動産市場を中心とした調整が続いており、その影響が個人消費にも及んでいます。政策面の下支えもあって、緩やかな成長が維持されるとはみていますが、先行きの成長ペースを巡る不確実性は高いと考えています。また、中国では、こうした内需動向を反映した一部の財での在庫調整圧力の高まりを背景に輸出が増加しており、各国への影響を含め注意を払う必要があります。

地政学的リスクについても、引き続き注意が必要です。ウクライナや中東情勢等の帰趨次第では、海外経済への下押し圧力が高まる可能性や資源・穀物価格が大幅に変動する可能性があります。やや長い目でみて、地政学的リスクの高まりを背景に、これまで世界経済の成長を支えてきたグローバル化の潮流に変化が生じる可能性も考えられます。

国際金融資本市場でも、夏場以降、神経質な動きがみられました。最近では、米国経済に対する懸念の後退などから市場センチメントは改善していますが、各国の経済指標や地政学的リスクに関する報道等を受けて、市場が変動しやすい状況は継続しています。国際金融資本市場の変動が、わが国の経済・物価に影響を及ぼすことがないかについても、引き続き、注意していきたいと考えています。

賃金と物価の好循環

続いて、第2のポイント、賃金の上昇が続き、物価との好循環が引き続き強まっていくか、という点について申し上げます。

図表6をご覧下さい。賃金を巡る環境を確認しますと、労働需給は、人口動態の変化という構造的な要因もあり、幅広い業種・企業規模でひっ迫しています。特に、正社員については、大企業を中心に採用意欲が高まっており、若手中心に人手不足感が強くなっています。企業収益は、先ほどもご説明したとおり、改善傾向を続けています。この間、今年度の最低賃金が前年比で+5%超の過去最大の伸びとなり、今後も上昇が見込まれることも、賃金上昇を促すことになるとみています。

10月には、連合が賃上げ率5%以上を全体の目安としつつ、中小労組などは格差是正分を積極的に要求するという来年の春季労使交渉の基本方針を示しました。経営者側からも、大企業を中心に、しっかりとした賃上げを継続していくといった、前向きな発言がみられています。これまでの労使双方の取り組みもあって、2022年以降、名目賃金は着実に上昇してきました。ただし、例えば毎月勤労統計で一般労働者の所定内給与をみますと、足もとまでの累積的な上昇幅は、なおこの間の物価上昇幅に追いついていません。

もちろん、個別にみますと、中小企業を中心に、収益環境は厳しく、賃上げの継続は難しいとの声も多く聞かれています。こうした先を含め、幅広い先に賃上げの動きが広がるには、賃金コストの上昇を適正に販売価格に反映できるようにしていくこと、より一般的に言えば、賃金や物価が緩やかな上昇を続けることを前提として、賃金や販売価格の設定が行われていくことが重要です。図表7をご覧下さい。予想物価上昇率の指標などをみますと、中長期的に物価が緩やかに上昇していくとの見方が少しずつ家計・企業に定着してきていることが窺われます。企業の中でも、人手不足への対応として賃上げが必要との認識が強まっています。今後の労使交渉がどのように展開していくのか、また、賃金上昇が物価へどのように波及していくのか――特に、コストに占める人件費の比率が高いサービスの価格がしっかり上がっていくか――に注目していきたいと考えています。

賃金と物価が共に緩やかに上昇していく環境が実現していくことは、企業の皆様方が前向きな行動を取りやすくなるなど、わが国経済にとってメリットが大きいと考えています。そのうえで、経済が力強さを増していくためには、こうした環境を活かした皆様方の取り組みなどを通じて一国全体でみた生産性を高めていく、そのことによって実質賃金も持続的に引き上げていくことが不可欠です。この点、先ほど申し上げたように、ここにきてデジタル関連などの将来の成長を見越した投資が一段と増加していることは、大変心強く感じているところです。日本銀行としては、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現していくことを通じて、企業の皆様方のこうした前向きな行動を支えていく所存です。

4.日本銀行の金融政策運営

次に、日本銀行の金融政策運営についてお話しします。

日本銀行は、本年3月に、先行き2%の「物価安定の目標」が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況となったとの判断から、マイナス金利政策やイールドカーブ・コントロールなどの大規模な金融緩和の枠組みを見直しました。その後、7月には、国債買入れの減額計画を決定するとともに、短期金利の誘導目標の水準を0.25%程度に引き上げました。

先行きの金融政策運営については、本日ご説明差し上げたような経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えています。

ただし、金融政策が経済活動をしっかりとサポートしていく点に変わりはありません。図表8をご覧ください。金融政策は、主として名目の金利から予想物価上昇率を差し引いた実質金利の変化を通じて、経済活動に影響を及ぼします。その実質金利の水準をみますと、物価情勢が好転するもとでも、極めて低い名目金利の水準を維持していることから、2010年代と比べてもマイナス幅が拡大しており、金融緩和の度合いはむしろ強まっていると評価できます。今後、経済や物価の改善に併せて、金融緩和の度合いを少しずつ調整していくことは、息の長い成長を支え、「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現していくことに資すると考えています。

金融緩和の度合いの調整を実際にどのようなタイミングで進めていくかは、あくまで、先行きの経済・物価・金融情勢次第です。米国をはじめとする海外経済の展開や金融資本市場の動向を含め展望レポートで指摘したような様々なリスク要因を十分注視する必要があります。そのうえで、これらの点が、わが国の経済・物価の見通しやリスク、見通しが実現する確度に及ぼす影響を見極めていく必要があると考えています。毎回の金融政策決定会合では、その時点で利用可能なデータや情報などから、経済・物価の現状評価や見通しをアップデートしながら、政策判断を行っていく方針です。

5.おわりに

最後に、当地経済における将来を見据えた取り組みについて触れたいと思います。

当地は、自動車関連を中心に強固なサプライチェーンを有するものづくり産業の集積地です。その強みを生かし、様々なイノベーションを通じて、わが国経済の成長をリードしてきました。

当地企業は、これまでも将来を見据えた研究開発投資を積極的に実施してきましたが、新たな動きとして、大学・スタートアップ等との連携によるオープンイノベーションが活発化しており、金融機関もこうした動きを支援しています。10月には、行政も関与し、産官学金の連携をさらに促進する場として、国内最大級のスタートアップ支援拠点が開設されました。また、来年には、新しい試みとしてグローバル・スタートアップイベントの開催が予定されています。

イノベーションの推進は、生産性向上を通じたわが国経済の成長にとどまらず、気候変動問題など中長期的な課題への対応にも重要と考えられます。カーボンニュートラルを実現するためには、幅広い領域でのイノベーションが求められます。当地では、自動車の電動化や脱炭素燃料としての水素・アンモニアの社会実装、CO2を資源として有効活用するカーボンリサイクルなど、様々な取り組みが着実に進められています。

当地の皆様による取り組みが実を結び、今後も、当地経済が益々発展し、わが国経済の持続的な成長をリードしていくことを祈念して、私からの挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。