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【挨拶】デジタル社会における決済システムのあるべき姿を考える「中央銀行デジタル通貨に関する連絡協議会(第9回)」における開会挨拶

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日本銀行理事 神山 一成
2025年6月4日

本日は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する連絡協議会にご参加頂き、誠にありがとうございます。

私は、この春より再び決済機構局の仕事をすることになり、本協議会にも久しぶりに参加させて頂くことになりました。皆様どうぞよろしくお願い申し上げます。

少し振り返りますと、私が最後に参加した2023年春の連絡協議会は、それまで行っていた概念実証に続く、次なるステップとして、パイロット実験をスタートすることをご説明する場でした。その際ご説明したパイロット実験の目的は、第1に、実験用システムの構築と検証により、それまで行ってきた概念実証では検証しきれない技術的な実現可能性を検証すること、第2に、CBDCフォーラムの設置により、技術・運用の両面にわたって、民間事業者の技術や知見を活用させて頂きながら、社会的に実証することになった場合の設計に活かしていくこと、でした。

それから2年、皆様からの強力なサポートを得まして、実験用システムの構築と検証、CBDCフォーラムの取り組み、いずれも着実に進展しています。このあと事務局から詳しい説明がありますが、実験用システムの構築作業が終わり、現在は、性能試験などを通じて、社会実装することとなった場合の性能要件実現に向けた技術的な論点や解決策の洗い出し、評価を行っています。CBDCフォーラムについては、リテール決済などに関連した実務や技術に関する幅広い知見の共有を進めるべく、ワーキング・グループに分かれての議論を続けています。その中では、有志企業の方々にAPIサンドボックスにご参加頂き、プログラム開発を通じて、具体的なユースケースを含むCBDCの可能性について手触り感をもちながら議論するということも行っています。このように実務に関わっている方々にプログラム開発にご参加頂き、新たな技術の活用可能性を議論することにより、実験用システムの構築・検証とCBDCフォーラムにおける取り組み状況を相互にフィードバックさせ、それぞれの検討を効率的・効果的に進めることができる、という当初の期待が実現したことになります。

政府においても、CBDCの制度設計の大枠の整理に向けて、精力的な検討が進められています。昨年1月に立ち上がった関係府省庁・日本銀行連絡会議には、私どもも参加させて頂き、実験用システムにおけるプライバシー配慮の仕組みや処理性能を向上させる工夫、CBDCフォーラムにおける議論の紹介などパイロット実験の成果を共有してきています。先日、連絡会議の第2次中間整理が公表されたところですので、本日は、連絡会議の議長・事務局を務める財務省理財局から、制度設計上の主要論点に関する検討状況についてご説明頂きたいと思います。

この間の海外の動向ということでは、米国が、本年1月に出された大統領令により、CBDCの発行等に関する政府機関の取り組みを禁止し、金融におけるイノベーションの促進、サービス高度化の観点から、価格が法定通貨に連動する暗号資産であるステーブルコインを活用する、という方向性を明確にしています。米ドル建てのステーブルコインにどのように対抗していくのかという問題意識が全世界的に高まっており、欧州では、欧州中央銀行が、デジタルユーロの発行に向けたプロジェクトの一環として、実証実験の実施や各種ルールブックの策定を進めるとともに、小売業者、フィンテック企業、スタートアップ、銀行、その他のペイメントサービス事業者などと協力するためのイノベーションプラットフォームを設立するなど、取り組みを加速させています。

米国シンクタンク(アトランティック・カウンシル)の昨年の調査では、世界の134の国や地域がCBDCの導入を何らかのかたちで検討していることが明らかになっています。各国におけるCBDC検討の深度は様々であり、検討している全ての国や地域が最終的にCBDCの導入を決定するかどうかは定かではありませんが、それぞれの国において一般受容性のある決済手段を確保することの重要性に対する認識が高まっていることは共通しているように思います。先ほどステーブルコインなど暗号資産への対抗という点に言及しましたが、より差し迫ったこととして、例えば、現金流通の減少に伴う問題への対応の必要性も挙げられるかも知れません。キャッシュレス決済の浸透が進むこと自体は、利便性や効率性の観点からみて前進であるはずですが、現金での支払いを拒否されることが一般的となってしまった国では、ユニバーサルアクセスやユーザーニーズの観点などから、市中銀行に現金取り扱いを義務付けるにとどまらず、店舗に現金での支払いを拒否することを法的に禁止するといった動きまでみられています。

銀行券流通高が高水準であるわが国では、現金での支払いができないことはまだ多くはありませんが、将来的にはやはり、銀行券の決済手段としての利用が大きく減っていく可能性は小さくなく、リテール決済システムの利便性や効率性、ユニバーサルアクセス、さらには安全性や頑健性を確保していくために、今から何ができるかを考えていかなくてはならないと考えられます。デジタル社会に相応しいリテール決済のあり方を検討する際には、このように、わが国決済システム全体の将来像を思い描き、検討を進めていくことが大切だと考えています。

日本銀行として、「現時点でCBDCを発行する計画はない」というこれまでの基本的な考え方に変わりはありません。引き続き「CBDCを発行する」というのは大きな決断ではありますが、技術が一方向で進歩するものであり、経済・社会のデジタル化の進展が見込まれる以上、決済システムについても現状維持の判断はあり得ず、その安全性と効率性を向上させる取り組みを継続する必要があります。こうした認識のもと、日本銀行は、銀行券を含め、中央銀行負債を提供している主体として、今後とも、デジタル社会にふさわしい決済システムのあり方について、幅広い観点からの議論を深めていく所存です。この点、決済の主要な担い手である皆様との密接な対話は、我々にとって何よりも大切です。今後とも私どもの取り組みへのご協力をお願いして、私からのご挨拶とさせていただきます。

ご清聴ありがとうございました。