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【講演】わが国の経済・物価情勢と金融政策鹿児島経済同友会における講演

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日本銀行政策委員会審議委員 増 一行
2026年5月14日

1.はじめに

日本銀行の増と申します。本日は鹿児島経済同友会でお話しする機会を賜り、誠にありがとうございます。皆様には日頃より日本銀行の業務運営にご協力をいただいておりますこと、この場をお借りして御礼申し上げます。

さてここでは、私から最近の経済・物価情勢、金融政策について個人的な見解も交えてお話ししますので、日本銀行がどういうところに注意を払って金融政策を運営しているのかの全体像について、少しでもご理解を深めていただければありがたいと思います。

2.経済・物価情勢

米国の関税政策

まずこの1年間に起きたことからお話しします。私が就任したのが昨年の7月ですが、この10か月の間、2つの非常に大きな国際的事象が問題となってきました。どちらも米国絡みです。

まず、関税政策ですが、米国で日本製品のシェアが下がることと同時に、米国の景気そのものが悪化してこれが世界中に波及することを恐れていたものです。図表1左は米国の個人消費の動向でインフレ率を引いた実質の伸び、図表1中は雇用の状況です。この国は消費や雇用に景気がハッキリ現れます。景気が良いと日本人以上にどんどん買い物をしますし、悪いと解雇に踏み切ります。日本と違って別の会社に移って行くのもごく普通のことですからそう心配は要らないのですが、景気を測る数値としては分かり易いものが早くに出て来ます。ご覧のように消費・雇用ともにやや弱めですが、まずまず堅調な水準です。

日本や欧州などの自動車メーカーは、関税が上がった分を自ら負担し、現地での販売価格を据え置いていましたが、これはかなり例外的で、全体では図表1右にあるように、関税分だけ輸入物価が高くなっております。直近実線の「関税込み」の数字が下がっているのは、関税への違憲判決で税率が下がったことなどが要因です。

この関税の増加分は、米国内において消費者向けの販売価格への転嫁が進んでいるとの推計値もあります。いずれにしても、そもそも米国が目指した貿易赤字の圧縮は、殆ど統計上の結果には表れておらず、関税を米国内の企業と米国民が負担するだけの結果に終わる可能性が高そうです。

人件費が高い国ということもあって、米国内への生産移転にも限界があると思われ、この政策はいったい何の結果をもたらしたのかということは別として、副作用として懸念された米国のインフレ加速も、経済の減退も見られなかったものです。

では日本への影響はどうか。本来、経済成長はGDPで観るべきですが、四半期ごとのデータには大きなバラツキが出ます。年度単位のデータは直ぐには出ませんので、速報性という点から、日銀が実施している短観における企業の業況感調査を図表2左にお示ししました。短観は9千社前後の企業に回答いただいているもので、大企業から中小企業まで広くカバーし、回答率も99%以上と高いものです。業況が良いと答えた企業の比率から、悪いと答えた企業の比率を引いたDIという値が全産業でプラスの18と、35年前の1991年以来の高い水準となっております。

図表2右は同じく日銀が出している指標ですが、様々なデータを組み合わせた全体的な消費動向でして、こちらも緩やかに良い方に向かっていることを示しております。

このように、昨年の春から関税問題に世界中が翻弄されたものの、意外な結果ではありますが、景気を崩さないまま収束に向かっておりますし、多くの方々の関心も、既にイラン情勢に移っているかと思います。

イラン情勢

関税は米国向けの輸出が多い自動車や大型機械等に影響が偏ったものでしたが、イラン情勢は遥かに広い分野に影響を与えると思われます。関税と違って原油や天然ガスの供給がグローバルに逼迫するという物理的なものであり、各国の中央銀行は、滅多にない判断の難しい状況に立たされております。エネルギーの逼迫は景気の減速とともに、物価の上昇をもたらす可能性もあるからです。

ホルムズ海峡が封鎖された影響は、価格面と量の面の二つに分けて整理する必要があります。普通は量が不足して価格が上がるというものなのですが、今回特徴的なのが、量はあっても価格だけが上がるものがあることで、LNGの価格です。私は前職が総合商社の三菱商事でしたので、この辺りについて少し詳しくお話しさせていただきます。

日本の電源構成は、1970年代のオイルショックの時には石油焚きが7割くらいを占めていました。それが、いまはLNGと石炭がそれぞれ3割、併せて6割程度で、石油焚きはピーク時対応用のごく少ないものとなっています。LNGも、ホルムズ海峡を通るのはカタールとアブダビからの輸入だけで、カタールとの契約が一時期よりも減っているため、合計で日本全体の6%くらいです。オーストラリアとマレーシアからの輸入が最も多く、ロシアのサハリンや米国からも入っています。また、日本のLNGの契約の多くは20年規模の長期契約となっています。これは、LNGを作るには何兆円もの規模の大型設備で天然ガスをマイナス162度にまで冷却して液化するため、あらかじめ長期の販売契約を結んでからでないと投資の実行ができないためです。従って、入って来る量に関しては、当面は停電まで心配するほどの事態にはならないものと思われます。

しかし価格の方は別で、LNGはもともと石油の代替品であった上、アジアには天然ガス価格の指標が無かったため、多くが中東の原油価格に連動する契約となっています。日本の貿易統計の金額から算定されますので、4か月前後遅れて価格に反映されることになりますが、いずれにせよ、今回大幅な値上げは避けられません。このため、原油を使っていなくても、電力とガスの価格は確実に上がります。これは、もっぱら価格の問題です。

一方、原油は、ロシアによるウクライナ侵攻以降、ロシア産原油の輸入が減ったことなどから中東依存が高まり、ホルムズ海峡を通る輸入が7割強という状況で今回の事態を迎えました。慌てて他を探しても、世界中で奪い合いとなります。備蓄放出と代替調達で需要を賄いきれなくなれば、原油から作られるガソリン、航空用ジェット燃料、ディーゼル、船舶用重油などの輸送用燃料が不足しますし、石油由来の化学品は燃料以上に不足する可能性があり、自動車部品やスーパーの食品トレーまで影響を受けることになります。電線に巻く塩化ビニールも減るので、建設ラッシュのデータセンターにも影響があるかもしれません。

1973年の第一次石油ショックのときと比べて、この50年間のプラスチック製品の普及により、今回の方が日常生活への影響が大きくなり得る可能性があることには注意を要します。

インフレ

次に日本のインフレの状況についてお話しします。図表3は消費者物価指数の推移です。2014年と2019年に消費税の増税があったこと等の影響も見られますが、リーマンショック以降マイナスという正真正銘のデフレになった時期も多くあったものの、最近はハッキリとインフレの状況に切り替わっております。ごく最近下がり気味なのは、コメの価格が落ち着いて来たことや、ガソリン暫定税率の廃止、高校の授業料無償化などの影響です。

インフレにも色々なものがありますが、需要の増加をきっかけとしたものとして分かり易いのがホテルの宿泊料でしょう。インバウンド観光の影響もあって、以前に比べると大幅に上昇しています。逆に、供給不足をきっかけとしたインフレとしては、人手不足のような生産能力によるものが典型です。

通常の需給バランスのほかに、一時的なショックによるインフレがあります。食品原料の高騰や今般の原油高騰などコストプッシュ型といわれる供給ショックがその典型ですし、コロナ禍のときには需要ショックと供給ショックが同時に起きました。

生産能力による供給サイドからのインフレについて少し詳しく観てみますが、現在の日本では人手不足と物流コストの上昇がこれに当たります。物流問題もイラン情勢で燃料費が上がるまで根底はドライバー不足にあったので、この二つは根が共通のものとも言えます。

図表4左はベアに近い賃金データです。実線で所定内給与として示したものが時間外手当と賞与を含まないもの、点線の方が時間外手当や賞与も含まれたもので、どちらも2%前後の上昇率となっていますが、ここ2から3か月は3%付近に上昇気味です。本来のベアの定義では実線の方が近いかも知れませんが、わが国では多くの企業で残業が一定であったり、賞与が月数で決まっていたりして、だいたい同じようにスライドしているようです。

尚、春闘で言われている5から6%の賃上げは定期昇給を含むもので、各個人ベースの生活実感はその方が合うでしょうが、会社全体では定年退職して行く人もいれば新卒の採用もあり入れ替わって行きますので、所定内給与のようなマクロのデータを観るべきです。

ただ少し話が逸れますが、安定したサラリーマンとして日本的な終身雇用に乗っている限り、定期昇給でインフレ実感が和らぎ、子供の学費などの負担増にも対応できておりました。デフレ低経済成長下で、国全体としては賃金が増えなくても、個人としては収入が増えて行く仕組みです。労使間が定昇込みで議論しているのは、このような背景があるのかもしれませんが、あくまでも雇用されている間の話ですし、終身雇用の世の中も少しずつ変わりつつあります。

次に、図表4右として企業向けの自動車貨物輸送の価格上昇率をお見せしています。時間外労働規制の入った2024年4月以降こちらも3%前後の上昇が続いています。

従って大雑把な捉え方ですが、人件費・物流費ともに3%程度の上昇が続いていることになります。これに円安要因を加えたものが、現在、日本のインフレのベースを作っているものです。もちろん人件費と物流費が生産コストの全てではありませんから、そのまま3%のインフレとなる訳ではありません。

食料品のインフレ

次に消費者から見たインフレを見ます。世間で注目されるのは、企業間ではなくこちらのインフレ率です。図表5左は消費者物価指数の最近の部分を、要因別に分解したものです。見難くて恐縮ですが、棒グラフの一番上には通信やホテルや教育などの「サービス」の価格、次が食料とエネルギーを除いた「財」の価格、その下の「コメ関連」というのがコメそのものとコメを原料とする弁当・お握り・レトルト・煎餅などの加工食品、その下の濃い青色がコメ関連と生鮮食品を除く「食料品」として、消費者物価指数の前年比伸び率に対する、それぞれが占める割合が示されています。

ゼロより下にあるのは生鮮食品とエネルギーの価格で、この二つは上下に大きく振れるので外して観察することも多いのですが、今年に入ってからは前年比マイナスという状況になっています。生鮮食品の値下がりとガソリンの暫定税率の廃止などの影響です。

ご覧の通り、このところのインフレに食べ物が与えていた影響の大きさがお分かりいただけるかと思います。もっと分かり易くするために、図表5右に価格上昇率を分けてグラフにしてみました。一昨年から昨年にかけてコメ価格が2倍になるという歴史的な事態が生じたため、「コメ関連」の高さは別格ですが、それ以外の3つを比べていただくと、サービスと財が1%台で落ち着いているのに比べて、コメを使わない食品の上昇率が、コメに釣られるように高止まったまま価格上昇を続けていることが見て取れます。日銀の物価上昇率の目標2%と比べても、この5%は明らかに目立ちます。

4年ほど前には、円安に加えてウクライナ戦争の影響で小麦などの食料品の輸入物価も高騰しました。しかし、食品原料の国際相場は一部を除いて結構元の価格へ戻っています。コメも元の価格まで下がらなくても横這いにさえなれば、前年同期比でみる消費者物価指数は上昇しないことになります。即ち、このあとコメ価格さえ落ち着けば、現在の食料を中心とした大きなインフレは収まるものと思っている向きも多いようです。

しかし、コメを使わない食品の5%という高い上昇率が続きますと、コメ価格さえ落ち着けばという見通しはやや甘いということになります。食べ物は買わない訳には行きませんし、コメ価格の高騰により、ほかの食品も値上げしやすい環境になっているのかもしれません。コメや原油に目を奪われがちですが、食品の価格は長い目で見てインフレのカギを握るものと思われます。

3.経済指標

実質金利

次に、われわれが観ている様々な指標について、代表的なものをご説明させていただきます。まず、昨今よく日銀の政策との関係で引き合いに出される二つの金利、実質金利と中立金利についてです。

まず実質金利で、名目の金利からインフレ率を引いたものですが、大きなマイナスという状況にあります。具体的な経済活動で考えると分かり易いのですが、借入で支払う利息よりも、たとえばその借入で買った不動産の値上がりの方が大きくなりますので、不動産価格の高騰を招くおそれがあります。また、預金しか持たない人にとっては、資産が目減りします。今やマイナス金利を要したデフレ期ではないので、実質金利がマイナスという状況は早く解消すべきものです。

実質金利には、名目金利と同様に、多様な年限があります。例として、翌日物、1年物、10年物の3つを図表6に示しました。

日銀の決める政策金利はオーバーナイト、翌日物でして、昨年12月に引き上げて現在0.75%です。これから消費者物価指数、3月の統計で1.5%を引きますと-0.75%となります。新聞によく書かれるのはこれですが、消費者物価指数は一時的なブレを含みますので、実質金利も変動が大きくなります。そこで、よく見られているのが、いくつかの統計データを合成して算出した1年間のインフレ予想を用いて、これを1年物国債の現在の利回りから引いたもの、即ち1年という期間で算定した実質金利です。この数字は凡そ-0.86%となり、現時点では翌日物とほぼ同じ水準にあります。

長期の実質金利も同じように10年国債金利から10年のインフレ予想値を引いて求められ、直近では小幅ですがプラスとなりました。マイナスよりは良いのですが、10年間も資金を寝かせてこの程度というのは、これはこれで緩やかな成長にとどまる今の日本経済を象徴するような状況とも思えます。

中立金利

次に中立金利ですが、金融政策運営にあたって、各国の中央銀行が常に念頭に置いている指標です。そうは言ってもズバリ何パーセントと明確な数字が示せるものではありません。

中立金利の算定は、まず景気を熱しも冷ましもしない実質金利である自然利子率を推計します。図表7左にあるような様々な理論モデルから算定するのですが、かなり広いレンジを持ったものとして推計されています。これはこの3月に公表した最新の数値です。前回の公表から2年半振りの算定時点のものですが、全体のレンジとしては大きくは変わっておらず、-0.9から0.5%と推定されました。以前は一番下が-1.0%だったものが-0.9%に僅かに高くなっただけです。

この自然利子率、これはインフレ率を引いた実質金利なので、日銀のインフレ目標である2%を加えて名目ベースにしたものが1.1から2.5%となり、これが中立金利として報道されているものとなります。それぞれが様々な推定を置いて算定されていて、広いレンジでしか示せないものですので、中立金利はあくまで一つの参考指標です。特に、この2年間の利上げで推定値のレンジに近づいて来ていることから、今後は物価、雇用、金融環境などをより細かく点検して行くことが必要になります。

図表7右にありますように、日本は欧米と異なって政策金利が中立金利を下回っています。最近、世界各国では、中立金利に向けて利下げが続き、日本とは逆の方向に進んでいました。なぜ日本だけレンジの下にいるのかは、コロナ禍の後、世界的に起きたインフレとその対応の違いでご理解いただけると思います。図表8にある様に、日本では欧米ほどの高いインフレ率にならなかったことから、マイナス金利が続けられていました。長いデフレの所為で、簡単に原料の値上がりを価格に転嫁できなかったことが影響したのだとも言われています。

米国の関税政策以降、世界中で同じ景気悪化への懸念を抱きながら、利上げと利下げという逆の方向での金融政策を取らなければならない状況でした。わが国の場合、今後急遽インフレ対応が必要となった場合でもまだ緩和的な位置にいるという、一層複雑な立場に置かれています。政策金利を中立金利の推計レンジにしっかりと入れることで、上下両睨みで機動的な施策が行える体制が整えられるよう、さらなる利上げを進めていくことが、金融正常化の完成には求められている一面だと思います。

為替

為替政策は政府の管轄で、日銀の金融政策の対象ではなく、円安に直接対応するため政策金利を決めるというものではありません。

しかし、円安に端を発した物価上昇が、世の中のインフレ予想を引き上げ、その結果、後ほど述べます「基調的な物価上昇率」に影響する可能性がないか、十分に留意する必要があります。

賃金

賃金の上昇率は、金融政策に於いて非常に重要な判断材料となります。賃金上昇を価格に転嫁する、その物価上昇を賃上げがカバーする、という緩やかな循環があってこそ、経済が安定して回って行くものです。デフレ期の様にどちらも上がらない状態も、第一次オイルショックの時の様に両方が過度に上昇するのも、景気には良くない状況となります。

図表9の賃上げ率からインフレ率を引いた実質賃金が、家計の点では重要な要素です。賃金が上がってもインフレに追いつけなければ、家計トータルではマイナスとなりますが、漸くプラス圏に入って来ました。3%前後の賃上げ水準が続く一方で、インフレ率が目標の2%程度に収まれば、実質賃金のプラスが続きます。

賃上げに利上げが重なって大変だ、という声をよくお聞きします。確かに、人手不足に加え最低賃金の引上げへの対応から、事業者のみなさまが賃上げで大変なご苦労をなさっていることは想像に難くありません。しかし、物価上昇率が適切な水準に抑制できなければ、さらに大きな賃上げを行わないことには雇用が維持できないという悪循環に陥ってしまいます。折角の賃上げを無駄にしないためにも、適切な金融政策によって物価上昇率をコントロールすることで、実質賃金がプラスとなる状況を維持して行くことが大切だと考えている点、ご理解を賜れれば幸いです。

企業業績

次に、企業業績として図表10に日銀の短観のデータを載せております。中小企業は原材料価格の高騰などにより業績が厳しいとの話を多く耳にしますが、ご覧の通り、当期純利益は、企業規模に拠らず同じような伸び率で右肩上がりとなっております。

グラフは2025年度までの見通しを記載しておりますが、実績ベースで比較するためその前の2024年度までの5年毎の状況を見ると、中小企業の税引後利益は15年前の5倍近く、10年前や5年前と比べても2倍近くとなっています。

業界によっては苦しいところもあるのではと、短観で取れる最小単位である30余りの業種に分けて見ましたが、ほぼ全ての業種と期間で増益となっております。短観には零細企業が含まれていませんので、この点には留意が必要ですが、少なくとも短観のデータからは、よく言われる二極化の傾向は確認できませんでした。好業績が企業全般に拡がり、それなりの蓄えをもたらしているというのがマクロ的な見え方です。仕入価格と人件費などが上昇するなか、価格転嫁ができなければ利益は減るはずですから、中小企業も全体としては、ある程度の価格転嫁を進められているのではないでしょうか。もちろん増益は効率化等の自助努力に拠るものだ、というご主張もあるのかとは思います。

資金調達状況

利上げによって企業の資金調達に悪い影響が出ていないのかも、重要なチェック項目です。

図表11は企業側から見た「直接金融」即ちコマーシャルペーパー・社債と、「間接金融」即ち銀行貸出の残高を示したものですが、いずれも最近の利上げによって調達意欲が弱まっている傾向はみられず、むしろ伸びが見られます。これは景気の上昇期にはインフレ率や金利も上昇するという、一般的な状況を示しているものとも言えます。前職の総合商社では、粗利と金利はハッキリと正の相関関係を示しておりました。

基調的な物価上昇率

われわれは「基調的な物価上昇率」という概念を使っておりますので、この点についてもご説明します。これは、上下の変動が大きい生鮮食料品や、コメ価格の急騰、今回の原油ショック、増税や補助金のような政府の施策など、一時的な要因を取り除いたものであり、持続的な物価上昇率が2%となることを目標とする金融政策にとって重要な概念です。

これも自然利子率と同じで、ズバリひとつの数値で示すことができないものですが、こちらもこの3月、2年振りに基調的な物価上昇率に関する指標を、統計手法を駆使したものや、経済モデルを用いて物価上昇率のトレンドを算定したものなども含めて、日銀が定期的に観測している数多くのデータを公表しましたので、図表12と図表13にお載せしました。

ご覧のように沢山種類があってバラツキも多いですが、全体の印象として、基調的な物価上昇率はまだ2%の下にいるものの、かなり2%に近付きつつあると考えています。

4.最近の金融政策運営

政策金利

最後に金融政策についてお話しします。金利と日銀のバランスシートの話です。

図表14にお示ししたように、長く続いた異次元緩和から抜け出し、一昨年の3月以降4回の利上げを行っております。年8回の金融政策決定会合では、ここまでご説明したようなデータのほか、設備投資や金融市場情勢など、もっと沢山のデータを吟味して臨んでおります。

実質金利や中立金利でお話ししたように、いまだに緩和的な金融環境であることは確かですので、金融政策の正常化を完成させるプロセスとして、経済・物価・金融情勢に応じて引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整して行くことになると思います。もはやデフレ的な慣行は解消されつつあり、インフレに入ってきていることは確かですから、ここから大切なことは、適時・適切な利上げによって基調的な物価上昇率が2%を超えないように抑えることです。

イラン情勢による燃料・化学品の値上がりは、一時的なショックとして収まる可能性もあります。しかし心配なこととして、燃料費の値上がりを機に、人手不足を主因としていた物流費の上昇に一層の勢いがつくことが挙げられます。物流は、物販やサービス業も含め国内消費の多くに係るものですから、その影響は広範に及びます。また、食品にとっても、国内物流費に加えて、輸入原料の海上運賃や肥料などが値上げの材料となります。これらは、一時的なショックと言うよりも、より基調的なものとして物価を押し上げるのではないかということが懸念されます。

先月の決定会合では、政策金利を直ちに引き上げるのかどうかという点では意見が割れ、私としては、先月慌てて利上げしなければいけないほどの状況ではないと判断しましたが、景気下振れの兆しがはっきりとした数字で表れないのであれば、できる限り早い段階での利上げが望ましいと考えております。

バランスシート

昨年9月の決定会合で、ETFの売却方針を決定いたしました。

ETFは2010年から買い入れを始めたものですが、その大半は2013年からの量的質的緩和、いわゆる異次元緩和で購入したものです。図表15左にその推移を載せております。前職で株式の発行体側にいて、CFOとして投資家に株を買ってもらう立場におりましたので、その経験から来る考えを含めて少し詳しくお話しさせていただきます。

ETFはいつまでも日銀が投資家と一緒に保有しているのもおかしな話であり、市場機能を歪めているとの批判も多かったものです。ただ、コーポレートガバナンスに関しては、いわゆる政策保有株とは違って、株主総会の議決は信託会社による公正な投票が行われております。議決を信託会社に任せることの是非についてのご指摘もありますが、逆に日銀が株主として企業経営への積極的な関与を行うことの方が問題ではないでしょうか。日銀の保有するETFはプライム市場の時価総額の8%程度ですが、そもそもこの程度の比率で、企業のガバナンスが緩むとも思えません。

一方、当初日銀が買い入れたETFの多くが、そのときマーケットに出ていた日経平均に連動するものであったため、銘柄ごとには歪みが生じました。日経平均はプライム上場約1,600社のうち225社だけの、しかも株価の単純平均ですから、ETFも日経平均に採用されていない会社は買わないですし、発行済み株式数が少ない株や値がさ株は、逆に多めに買われることになります。実際には8%以上に保有している銘柄があったり、買われない銘柄があったりした訳で、この点を改めるべく、後にTOPIX連動型にシフトすることで適正化を図ってきた経緯があります。

ETFの購入を企業側がどう受け止めていたのかというと、TOPIX連動のETFですと、すべての株価が同じ比率で上がるので、相対的にはプラマイゼロとなります。機関投資家のファンドマネージャーの成績も、企業の役員に最近多く適用されている株価連動報酬も、自社の株価とTOPIXとの伸び率の対比で評価されますので、その意味では有難味はないという感じでした。金融市場全般に働きかける面が強いと捉えられておりました。

また、ETFの処分に100年以上掛かるということには、いろいろご意見もあろうかと思います。どうやって金額を決めたかと言いますと、ETFに先立って2000年代に、銀行を株価下落による経営リスクから解き放つために、銀行が保有していた企業の株式約2兆円を日銀が買い取り、マーケットで売却されないようにしました。こちらは各銀行がバラバラに保有していた株ですので、先ほどのTOPIX連動型ETFと違い、日銀が引き受けてくれたことは発行体からすればたいへん有難いことでしたが、この個別株についてはここ9年ほどかけて継続的に売却され、昨年7月にすべて売却が終わりました。この売却は殆どマーケットに意識されずに終わったと思うのですが、今回のETFの売却方針も、この個別株の売却と同じ規模であれば、マーケットに大きな混乱を及ぼすことがないとの判断で決められたものです。この規模では単純計算すると100年以上掛かるということになります。保有額が簿価で37兆円と個別株とは大きく異なるため、売却のスピードによってはマーケットに甚大な影響を与えますので、かなり慎重な対応を取っているものです。

国債

次に国債ですが、国債の発行残高に占める日銀の保有割合は5割程度と、他の先進国の中銀と比べても高いことから、国債マーケットの安定に配慮する形で、購入額を段階的に減額しています。ピーク時には年間130兆円以上購入していたものが、来年度には年間30兆円弱となり、わが国の国債発行は割引短期国債を含めて年間180兆円の規模ですので、その比率は大分下がっております。

国債には満期がありますから、ETFと違って購入額を減らすだけで残高は減って行きますので、ETFと比べれば相応のスピードで残高が減っていくことになります。図表15右に示しましたが、来年3月までの買い入れ減額のペースは決まっていますので、その時点でピーク時590兆円近くあった国債保有残高は2割弱ほど減っていることになります。この先の買い入れのペースについては、マーケットの状況も見極めながら、しっかりと検討していく必要があると考えています。

では異次元緩和の前の水準までバランスシートを縮めるべきかというと、必ずしもそうとは限りません。リーマンショック以降、世界各国で金融機関への流動性規制が強まり、中央銀行の準備預金に対するニーズが変化してきている状況なども踏まえつつ、適正なバランスシートの水準を目指して行くことになると思います。