【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策福岡県金融経済懇談会における挨拶要旨
日本銀行政策委員会審議委員 小枝 淳子
2026年5月21日
1.はじめに
日本銀行の小枝です。本日は、こうした懇談の機会をいただきまして、誠にありがとうございます。福岡県の行政および金融・経済界を代表される皆様と意見交換できるということで、楽しみにしておりました。また、日頃より、福岡支店の円滑な業務運営に多大なご協力を頂いておりますこと、この場をお借りして御礼申し上げます。
本日は、最初に私から、経済・物価の現状と先行き、日本銀行の金融政策運営などについてご説明し、その後、皆様から当地の実情に関するお話や、日本銀行の政策・業務運営に対するご意見をお伺いできればと存じます。
2.経済・物価の現状と見通し
経済・物価の現状と見通しを考えるうえで、今回については、やはりまず、今年春に顕在化した中東情勢をめぐる地政学リスクについて、言及する必要があると思います。図表1左の地政学リスク指数1をご覧ください。この指数は、新聞記事のテキスト分析によって作成されたものですが、足もとの中東情勢をめぐるリスクの中で、2022年のウクライナ情勢の時に相当する水準まで上昇しています。
中東情勢を受けて、中東原油を実際に取引するスポット価格であるドバイ原油の価格(図表1右)は、ウクライナ情勢の際よりも上昇しました。世界の食料品価格(図表1右)は、足もとでは比較的落ち着いてはいるものの、中東での生産量が多い肥料の価格高騰などから、今後は影響を受ける可能性があります。
わが国は、海に囲まれた島国であり、エネルギーと食料を海外に依存する中、輸入量のほとんどは海上輸送に頼っていることは周知の事実です。エネルギーの輸入依存度が高いわが国にとって、今回の中東情勢は、原油価格高騰を伴った負の供給ショックであり、経済を下押しする一方、物価には押上げ方向に働くと考えるのが自然だと思います。
2022年春頃のウクライナ情勢を振り返ると、コロナ後の欧米における経済活動の再開や、中国のゼロコロナ政策とも重なる中で、当時はグローバルに類を見ない供給制約も存在していました。このため、原油と食料品価格の高騰が生じ、輸入価格は市況要因から上昇して、交易条件は悪化しました(図表2左)。また、当時は円安も相まって、輸入価格は為替要因からも大きく押し上げられました(図表2右、図表10左)。輸出価格についても、為替円安の影響により円ベースでは上昇しましたが、既往の交易条件の悪化分を完全に相殺するまでには未だに至っておりません(図表2右)。
今回の中東情勢が先行きどの程度長引くのか、そして世界経済にどのような影響をもたらし、外需がどの程度弱含むのか、またその中で、現在の為替水準に照らして、わが国の純輸出がどう変化するのか等について、見極める必要があります。その際には、中東情勢だけでなく、世界経済をけん引するITの需要動向について、グローバルサプライチェーンの変容も含めてみていく必要があります。合わせて、原油価格の上昇が、わが国経済・物価にどのような影響を与えるのか、注視していく必要があります。なお、IT需要の高まりは、銅価格の高騰(図表1右)にも表れています。
本日は、このような状況を意識しつつ、経済・物価の現状と見通しについてお話していきたいと思います。
- Caldara, Dario and Matteo Iacoviello (2022), “Measuring Geopolitical Risk,” American Economic Review, April, 112(4), pp. 1194-1225.
海外経済
まず、海外経済の動向についてです。IMFが4月に公表した「参考見通し(Reference Forecast)」では、中東情勢のリスクの高まりは、夏ぐらいまで続くことを前提に、中東情勢を受けてもなお、全体としては緩やかな成長を見込んでいます(図表3左)。もっとも、中東情勢の長期化に伴う供給制約の強まりは、見通しを大きく左右する要因となりえます。PMIサプライヤー納期指数(図表3右)をみると、現時点では、2022年頃のグローバルな供給制約時に比べれば影響は限定的であるように見えますが、納期の長期化の兆しが見られます。今後、サプライチェーンへの影響を介して、そうした数量面における制約が強まる可能性もあると考えており、引き続き注視していきたいと思います。
海外経済の先行きは、中東情勢から生じうる負の経済ショックを、世界的なIT需要の強さや、各国の財政政策等が、どの程度相殺するかに依存すると思います。ITについては、旺盛な需要に対して供給制約がどこでどれぐらい生じうるか、また財政政策については、その効果についても見通しに組み込んでいく必要があると思います。足もと、防衛費増額を伴った財政支出の拡大を行う国もある中で、既存研究では、防衛費の乗数効果は、そうした支出の輸入誘発度合いなどによっても異なるとの結果もあるため、経済の押上げ効果が必ずしも大きくない可能性には留意が必要かもしれません。
国内経済
次に国内経済についてです。
中東情勢の影響は、わが国では石油備蓄などもある中、足もとの設備投資(図表4)等のハードデータには、まだ大きな影響は表れていないと思います。企業収益はこのところ高い水準にあり(図表5左)、賃上げについては、春の賃金改定状況をみても、組合員数でみた規模が小さい先も含めて、全体感として今年もしっかりしていると思います(図表6)。もっとも、業況感をみると、3月短観の業況判断DIでも、先行きについては慎重なスタンスであることが確認されます(図表5右)。
輸出については、中東向けの輸出ウエイトは、財・サービスともに全体でみればそれほど大きくありませんが、輸送用機械の割合は高めです。また、中東向けだけでなく、近年わが国のIT関連輸出が増えているNIEs・ASEAN向けの動向なども併せて見ていく必要があります。NIEs・ASEANは、原油や液化天然ガス(LNG)等のエネルギー資源の中東依存度は高いです。これらの国・地域は、近年グローバルなIT投資をけん引している米国向けにIT関連輸出を大幅に拡大してきており、サプライチェーンで極めて重要な役割を果たしているといえます。輸出の1/4程度を占めるサービス輸出については、インバウンド消費の動向にも注意を払う必要があると思います。昨年の秋以降、訪日中国人客数は顕著に減少しているものの、他の地域からの入国者数が大きく増加する中で、現時点では全体への影響は限定的とみられます。
個人消費については、今回の中東情勢のもとで生じうる物価上昇がもたらす購買力の低下により、わが国の消費がどのぐらい下押しされうるのかを見極めることも重要です。食料品を含む非耐久財の消費が引き続き弱いトレンドにある中(図表7左)、消費マインド(図表7右)を見ると、足もと3月以降の数値は大きく悪化しています。もっとも、労働市場については、全体としてはタイトな状況が続いており(図表8右)、人手不足感が強い中で労働力を確保する観点からも賃金の引き上げが定着しており、所定内給与は安定的に上昇しています(図表9)。「賃金と物価の相互参照」、すなわち、物価も賃金も緩やかに上がっていくなか、労働生産性の上昇も反映されて、実質賃金も上がって消費も伸びていくという状態が続くかどうかについては、丁寧に確認する必要があります。
以上から、わが国の経済の状況を総合的に評価いたしますと、全体として、中東情勢の影響は、足もとのハードデータにはまだ十分に反映されていないのが現状であると思います。足もとの需給ギャップ(図表8左)もプラスです。4月の展望レポートの基本的見解でも、経済面では「中東情勢の影響もあって一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復している」と判断しております。経済の見通しやリスクバランスについては後ほど議論いたします。
国内物価
次に物価についてお話しします。
図表10をご覧ください。国内企業物価の動きは、輸入物価の動向に大きく影響を受けていることが示唆されます。足もとでは、4月の輸入物価は市況要因に加え、為替要因によっても前年比プラス幅が大きく拡大しており、国内企業物価も、エネルギー関連を主因に前年比5%程度まで伸び率が拡大しています。この点、企業間の価格転嫁などをとらえる最終需要・中間需要物価指数(FD-ID指数)をみると、エネルギーにおいては、2022年のウクライナ情勢の際に、川上での価格転嫁が素早く行われたことがわかります(図表11)。今後、エネルギー価格の上昇が川下まで伝わっていくことは予想されます。
企業の価格転嫁は、そのペースが数年前より早い可能性は相応にあるとみています。直近3月短観をみると、今後仕入価格が上昇したらすぐに販売価格に転嫁しようと考えている姿勢がうかがわれます。実際、販売価格判断DIの変化を内訳で見ると、製造業・非製造業ともに、先行き販売価格が上昇すると回答した企業の割合の増加が目立っています(図表12左)。また、BtoCの価格転嫁についても、CPIの上昇・下落品目比率は高止まりしており、引き続き幅広い品目で価格が上昇していることが確認できます(図表12右)。ヒアリング情報2では、中東情勢を受けて、夏場以降に値上げを検討しているとの声も聞かれています。
図表13の消費者物価指数(CPI)をご覧ください。CPIは、3月にかけて、食料品価格の前年比が落ち着いてくる中、政府のエネルギー負担軽減策の効果もあって、伸び率が低下傾向となっていましたが、今後は中東情勢を受けた物価上昇のペースとマグニチュードについて確認していく必要があります。数年前まで低下していたサービス価格については、しっかりした賃金上昇が続く中、それを販売価格へ転嫁する動きが行われてきており、CPIを安定的に押し上げるようになってきています。
以上のような状況から、私どもの展望レポートの基本的見解では、物価の現状について、「消費者物価(除く生鮮食品)の前年比をみると、賃金上昇の販売価格への転嫁の動きが続くもとで、米などの食料品価格上昇の影響もあって2%を上回って推移してきたが、足もとでは、政府によるエネルギー負担緩和策の効果などから、1%台後半となっている」と判断しております。物価の見通しやリスクバランスについては次に議論いたします。
- 2「地域の消費関連企業の価格設定行動の変化と2026年度の価格改定方針」、地域経済報告(さくらレポート)別冊シリーズ、日本銀行(2026年5月15日)。
経済・物価の見通し
日本銀行では、9人の政策委員が、展望レポート公表月の金融政策決定会合で、経済・物価の見通しを、各自独立に示しています。図表14をご覧ください。各政策委員の実質GDPとコアCPI(消費者物価除く生鮮食品)について、年度の見通しを公表しています。直近4月の展望レポートでは、中東情勢を受けて、経済の成長ペースは減速、物価は押し上げ方向に作用するとみています。
リスクバランスについては、マーカーの形でお示ししています。直近4月時点の委員の見通しを総合してみると、経済については、2026年度については下振れリスクのほうが大きく、2027年度についてはバランスしていることがわかります。一方、物価については、2026年度、2027年度とも上振れリスクが大きくなっています。
図表14のボックスをご覧ください。中東情勢のリスクについては、混乱が長期化して原油価格が高止まりするシナリオに加え、サプライチェーンの大規模な混乱というシナリオも挙げています。この先、数量面における制約がどのように変化していくかは、今後の見通しを大きく左右することになるため、注視していきたいと考えています。逆に、停戦協議の進展などにより、経済・物価を巡るリスクが低下し、「中心的な見通しが実現する確度」が再び高まる可能性もあると考えられます。
3.金融政策運営
金融環境・金融緩和度合い
わが国の政策金利は、昨年12月の利上げに伴い、30年ぶりに0.75%の水準となりました(図表15左)。政策金利の変更に伴う金融環境の変化や、経済・物価への影響については、丁寧に確認していくことが重要と考えており、そうした観点から、はじめに、家計、企業、政府それぞれにおける足もとの状況を述べたいと思います。
まず家計については、そのバランスシートの負債側を見ると、大部分は住宅ローンとなっており、GDPの4割程度に相当します。わが国の住宅ローンは、変動金利型が大部分を占めているため、金利が上昇すると名目の利払い額は増加します3。また、わが国では、ノンリコースローン4の割合が極めて小さいなど、返済期間中の売却を必ずしも前提としないことが多いため、その返済負担の累積的な変化には留意が必要です。もっとも、家計所得が増加する中で、足もとでも住宅ローンの延滞率は低い水準となっています。また、マクロの住宅ローンの規模感にも、大きな変化はみられていません。家計に対する日本銀行の生活意識アンケート調査(調査実施期間2/4から3/9日)では、金利水準について「低すぎる」との回答が引き続き相応にみられています。また、暮らし向きに「ゆとりがなくなってきた」と回答した人にその理由を尋ねると、「物価が上がったから」を挙げる声が多くなっています。
次に、企業に関しては、政策金利の調整を反映させた調達コストの上昇(図表15右)はみられるものの、資金繰りは引き続き総じて良好(図表16)であり、金利上昇を要因とした倒産等も増えていないとみられます。もっとも、中東情勢が不透明な状況となっている中で、高水準の企業収益が、先行きの設備投資や賃上げなどに対するバッファーとして、どの程度機能しうるか見ていく必要があります。例えば、石油・化学産業では、中東情勢の影響を大きく受けて輸入価格が上昇していますが、一方でIT産業では、強いグローバルの需要を背景に円建ての輸出価格が伸びているなど、産業別の違いが生じています。マクロでは、わが国全体として交易条件がどの程度悪化するか、またミクロでは、昨年来の米国の通商政策や足もとの中東情勢が、各企業の投資行動にどのような影響をもたらすか、などもみていく必要があると思います。
政府に関しては、わが国における最大の借り手であり、その借入れ額も非常に大きくなっています。人口動態やマクロの貯蓄バランスが変化していく中で、今後の資金調達の動向は、1つのポイントかと思います。わが国の国債金利をみますと、最近の長期・超長期ゾーンの金利形成について、市場参加者の間では、財政政策に対する見方が影響しているとの指摘もみられています。足もと、中東情勢を受けたリスクオフ局面であるにもかかわらず、質への逃避、いわゆるflight to qualityの動きが限定的であるように見えるのは、原油価格上昇によるグローバルなインフレリスクの高まりや財政政策などに対する市場参加者の見方が、わが国の国債金利に反映されている面も背景にあるかもしれません。逆に、インフレ等の影響を受けるリスクプレミアムが抑えられるのであれば、短期金利が上昇しても、長期金利は必ずしも上昇するとは限らないと言えます。
家計・企業・政府の主体別にみてきましたが、全体としてみれば、わが国の金融環境は、利上げ以降も含め、なお緩和的な状況が続いているとみています。図表17をご覧ください。短期の実質金利はマイナスで、その水準は他国よりも低い状況にあります。この間、長期ゾーンの実質金利は、名目の国債金利の上昇から、足もとプラスになっています。ただ、そもそも長期ゾーンの実質金利が長期にわたってマイナスであることは、その国の経済が、期待リターンの観点からも、投資家にとって必ずしも魅力的な投資先と映らなくなる可能性もありますので、長期的には、実質長期金利がプラスの領域で推移することは、市場の健全性の観点からも望ましいのではないかと思います。
このような緩和的な金融環境の中で、基調的なインフレ率については、以前から申し上げているように、既に2%ぐらいになってきているとみています。そうした状況を踏まえると(図表18、19)、「経済・物価・金融情勢に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」ことが必要だと思います。
- 3住宅ローンの利払い負担動向については、例えば、金融システムレポート2025年10月号のBOX1、同2026年4月号のBOX2を参照。
- 4債務返済が厳しくなった際に、担保物件の売却代金のみで返済が終了し、その他の資産には影響しないローン契約。このため、自家を手放せば債務が免除となる。
今後の利上げについてのポイント
その上で、今後の利上げを考えるにあたって、今回私からは2点ポイントを挙げたいと思います。1つ目のポイントは、今後生じうる物価上昇に対して、金融政策でどの程度対処すべきかという点です。供給面では、中東情勢に起因するエネルギー価格の上昇をどの程度一時的とみて、ルックスルーするかという議論があると思いますが、足もと1から2か月の状況の変化を見ると、原油高が長期化してしまうリスクシナリオの可能性にも十分注意する必要があります。また、需要面では、AI需要の強さなどが、エネルギー価格の上昇の一因となっている側面もあるように思います。こうした需給両面の状況を踏まえると、先行きも価格の上昇が幅広い品目で、持続的に生じることも考えられます。
基調的なインフレ率については、中東情勢を受けて、今後2%を超えてくる可能性もあるとみています。実際、長期の予想物価上昇率は、サーベイ指標、マーケットに基づく指標とも、足もと若干上昇しており(図表19)、注視しています。基調的なインフレ率については、引き続きその定着度を見ていく必要があると思います。
以上の点を踏まえると、今後は政策金利を適切なペースで引き上げて、経済へのトレードオフにも配慮しつつ、物価高への対応を進めていくことが適切であると思います。
今後の利上げについての2つ目のポイントは、実質金利を均衡状態に戻していくという金利の正常化です。以前言及したように5、実質金利がその均衡値である自然利子率から、マイナス方向に明らかに乖離した状態が続くと、将来において意図せざる資源配分の歪みが生じるリスクがあります。さらに、この先、インフレ率が再び伸びを高め、予想物価上昇率も上昇した際に、政策金利を変更しないと、短期の実質金利は一段と低下することとなります。そうした場合に、金利の正常化の観点からどう対応すべきかは一つの論点ですが、その際の判断は、需給ギャップの大きさや自然利子率の安定性等にも依存すると私は考えています。この点について、少し説明します。
需給ギャップ(図表8左)については、見通し期間において、大幅なマイナスにならない、すなわち景気が大きく落ち込まないことを前提とする場合には、実質金利のさらなる低下がもたらす副作用を、より意識する必要があると思います。この点、需給ギャップが足もとプラスの領域にある中、グローバルなIT需要の強さや政府の各種施策の効果を考えると、現時点において、世界金融危機やコロナ禍のような景気の大幅な落ち込みが、見通し期間で生じる蓋然性は低いと考えています。
自然利子率(図表20右)については、理論的には、長い目でみて潜在成長率と概ね整合的に動くと考えられますので、その安定性は、潜在成長率の動向(図表20左)によって決まってくるとも考えられます。仮に潜在成長率が安定的に推移していくのであれば、今後インフレ率や予想物価上昇率が上昇する時には、実質金利は自然利子率対比マイナス方向に一段と乖離しうるため、利上げを通じて金利の正常化を進めることが、より重要になると考えています。
潜在成長率について少し付言しますと、近年は底堅いTFPの上昇に支えられて安定的に推移していると思います(図表20左)。一方で、労働投入、特に労働時間の減少は、潜在成長率の押し下げに寄与しています。高齢者や女性、そして外国人の労働者数が増加する中で、今後労働時間の上昇余地がどの程度あるかは、先行きの潜在成長率を考える上での論点となります。また、情勢が目まぐるしく変化する中で、将来の価値基準からみて、現在の投資が適切に行われるかも、先行きの潜在成長率に影響を与えると考えられます。なお、最近では、AIが経済のトレンドを変えるといった話も聞きますが、この点に関しては、IT産業がわが国経済に与える影響について、データセンターといったハード面の投資動向やインフラ環境に加え、AIの労働補完性あるいは代替性が各業種に与える影響など、様々な面をみていく必要があると思います。また、過去の原油価格高騰を振り返ると、1970年代のオイルショックでは、省エネ化が進み、経済活動の構造変化につながりました。わが国経済が、能動的にかつ持続可能な形で、変化するモメンタムがあるかということも、潜在成長率と関係してくると思います。
- 5小枝淳子、「わが国の経済・物価情勢と金融政策――新潟県金融経済懇談会における挨拶要旨――」2025年11月20日。
バランスシートの正常化
最後に、金融政策の主役はあくまでも政策金利でありますが、日本銀行では、長年続いた非伝統的金融政策のもとで、極めて大きくなったバランスシートについても、正常化を進めています。柔軟性を確保しつつも、予見可能な形で粛々と正常化を進めることが必要であると考えています。日本銀行の国債保有額は、特に大きい項目ですので、バランスシートの正常化を考える上では欠かせません。これについては償還分が買入れ分を上回っていることから、緩やかに低下していきます。償還と買入れの長期的なバランスをどう考えるかについては、国債市場の状況や準備預金を含めた流動性の観点などからも、総合的に評価する必要があります。買入れの減額については、次回6月の金融政策決定会合において中間評価を実施することになっているため、このテーマについては、別の機会で改めてお話ししたいと思います。
4.福岡県の経済
最後に、福岡県経済について、お話しいたします。
福岡県は全国有数のポテンシャルの高さを有する地域であり、中長期的にも成長していくことが期待されます。福岡の強みのひとつは、九州の経済や行政、学術や文化などに関する様々な機能が集積している点です。福岡市は2015年から2020年にかけての人口増加数が全国の市町村でトップとなり、足もとでも人口増加が続いています。最近でも「天神ビッグバン」や「博多コネクティッド」といった再開発により、都市としての魅力をさらに高めていることを、今回の福岡訪問であらためて実感しました。
また、新しい分野への挑戦が積極的に行われていることも、大きな強みです。「半導体」が九州経済全体の大きなテーマとなる中にあって、福岡県においても、「福岡半導体リスキリングセンター」を設立して人材育成を進めるなど、中長期的な産業の発展に向けた取り組みが強化されています。また、一昨年には「金融・資産運用特区」の対象地域に選定され、複数の外資系金融機関やフィンテック企業が進出しています。それだけでなく、開業率が全国トップクラスであるなど、福岡はスタートアップの活動が注目を集める地域でもあります。
加えて、国内客はもとより、アジアをはじめとする世界各地からのインバウンド客も増加しています。福岡は、屋台やもつ鍋などの食文化はもちろんのこと、全国的にも知名度が高い「博多祇園山笠」や「博多どんたく」、また、プロ野球をはじめとするスポーツイベントなど、幅広い来訪者を引き付ける魅力を持っています。これに加え、交通利便性の向上に向けた取り組みも、来訪者の増加の追い風になっています。例えば、福岡空港では、昨年3月に第2滑走路の供用が開始され、現在もコンコースの拡充や複合施設の整備など大規模な工事が行われています。福岡は、今後さらに、国内外から注目を集める、魅力的な地域となっていくものと思います。
これまで申し上げてきたような福岡の強みの背景に、福岡の皆様の長年のご尽力があることは、改めて申し上げるまでもありません。今後もこうした皆様の取組みが実を結び、福岡県経済が一層の発展を遂げられることを祈念しております。日本銀行としましても、福岡県経済の発展に貢献できるよう、今後も福岡支店を通じてその役割をしっかりと果たしてまいりたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。
