【挨拶】将来を見据えたわが国決済システムの進化「中央銀行デジタル通貨に関する連絡協議会(第11回)」における開会挨拶
日本銀行理事 神山 一成
2026年5月29日
本日は、「中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する連絡協議会」にご参加いただき、誠にありがとうございます。このような場で、業界の最前線でご活躍されている皆さまと直接意見を交わし、今後の方向性をともに検討できることを非常に意義深く感じております。貴重なお時間を割いてお集まりいただきましたこと、改めて感謝申し上げます。
本日はまず、前回2月の会合以降の展開についてお話しさせていただきます。特に、本年3月における日本銀行、全銀ネット、そして海外の中央銀行における主な進展を取り上げ、それらが持つ意味や今後の展望について考えてみたいと思います。
本年3月、日本銀行は、「中央銀行マネー」としてトークン化された日銀当座預金、いわゆるホールセールCBDCの可能性を検討する方針を発表しました。ホールセールCBDCは、主として金融機関間の大口決済を目的とするデジタル通貨です。この仕組みは、分散型台帳技術(DLT)を基盤とし、銀行間での決済に加え、異なるデジタル資産間の安全かつ効率的な同時決済、すなわちDvP(Delivery versus Payment)を実現することを目指しています。
今後、ホールセールCBDCの実用性や技術課題を具体的に検討するため、「DLT連携サンドボックスプロジェクト」について、CBDCフォーラムの中でも議論を進めていく予定です。その知見をもとに、日銀ネットの持つ機能をさらに高度化させ、日本国内の資金決済システムを一段と強固なものとすることを目指していきます。
もちろん、国内でのCBDCの検討は、決済インフラ全体との連携を前提としなければなりません。この観点から、3月に全銀ネットが公表した「資金決済システムの将来像に関するスタディグループ」の報告書は注目に値します。この報告書では、既存の全銀システムとは別に新たなリアルタイムペイメントシステムを構築するとともに、トークン化預金などの新技術にも柔軟に対応するという方向性を打ち出しており、トークン化された日銀当座預金との連携も視野に入れています。これらの取り組みを通じ、国内の資金決済インフラは更なる進化を遂げ、次世代の決済ニーズにも応えることが期待されます。
なお、日本銀行では、ホールセールCBDCのみならず、リテールCBDCについても、社会的要請に迅速に対応できるよう、実験で得た知見を基に検討を続けています。今年度も、実社会での導入初期段階を想定したパイロット実験を進める中で、台帳技術の安定的運用に関する課題を抽出するとともに、取引のスムーズな処理やセキュリティリスクの最小化などに向けて解決策を模索していきます。将来的な社会実装に備えるとともに、関係機関との連携を一層深めていきたいと考えています。
海外の動向に目を転じますと、国や地域ごとにCBDCを巡る取り組みが異なっています。例えば、米国では、引き続きCBDC導入に慎重な姿勢を示しながら、ステーブルコインの活用を軸として金融システムを進化させています。資金にとどまらず、株式や債券、さらにはオルタナティブ資産についてもトークン化を推進しており、トークナイゼーションの拡大が加速しつつあります。
一方、欧州では、リテール型とホールセール型の両面からCBDCの可能性を探求しており、欧州中央銀行(ECB)は、3月、「ユーロシステムの包括的な決済戦略」を公表しました。ここでは、デジタルユーロを含むリテール決済に加えて、ホールセール決済、企業間決済、クロスボーダー決済の各分野にわたる決済戦略の全体像が示されています。そのもとで、ECBは、「Pontes」や「Appia」といったプロジェクトを通じて、DLTに基づく取引決済における中央銀行マネーの開発を進めています。これらの取り組みは、日本銀行のホールセールCBDCに関する検討と同じアプローチで、中央銀行マネーを用いたデジタル資産とのDvP決済など、効率的で安定的な決済システムの構築を目指しています。
この間、グローバルな課題であるクロスボーダー決済に関しては、日本銀行も参画している「Project Agorá」の取り組みが進展しています。同プロジェクトでは、7つの中央銀行と40を超える民間金融機関が協働して、トークン化された銀行預金や中央銀行マネーを活用する新たな銀行間決済の可能性を探っており、プロトタイプの構築と初期テストの完了を受けて、これまでの成果を取り纏めた報告書が今週公表されたところです。今後は、プロトタイプを活用した実際の資金移動を伴うテストの実施のほか、将来の実装や機能向上に向け、ガバナンスやオペレーショナル・レジリエンス等、さらに検討を重ねることが適切な論点について、議論が深められていく予定です。
このように、わずか3か月あまりの間に、国内外で数多くの明確な進展が見られました。現時点でそれぞれの取り組みのアプローチに違いはありますが、これら将来に向けての対応を貫く大きなテーマの一つが「プログラマビリティ」であることは明らかです。資金や証券の流通や管理をコンピュータプログラムで自動化することを意味する「プログラマビリティ」は、AIエージェントの登場によりいよいよ現実に近づいており、わが国もこの変化に積極的に取り組んでいかねばなりません。
こうした取り組みを支えるため、金融庁は、「決済高度化プロジェクト(PIP)」を立ち上げ、関連技術の検討支援を加速しています。日本銀行としても、先ほど触れた「DLT連携サンドボックスプロジェクト」などの枠組みを活用し、あらゆるステークホルダーを巻き込みながら実証段階での議論と改良を進め、新しい決済技術を実際の運用環境にシームレスに統合しつつ、運用上の課題やリスクを可能な限り軽減することを目指していきたいと考えています。
もう一点、内外で共通する認識を付け加えるとすれば、既存のインフラの改善と新規インフラの構築を同時に進めていくということです。新たな決済技術は、利便性向上のみならず、次世代の経済成長の原動力となる可能性を秘めていますが、既に整備された決済インフラを有している先進国においては、新興国のようなリープフロッグ(蛙飛び)を意識することは適当ではありません。過去からの延長線上では既存のインフラの改善を進めながら、将来に向けては、経済と技術の進化の行く先を見据えて、新規インフラの構築により安全で効率的な決済システムを再構築していくという構えが重要です。そして、そうした構えのもとで取り組みを進めていくには、関係者が将来に向けてのビジョンを共有することも欠かせません。この点、最近の国内外における急速な進展により、踊り場を抜けて階段を上るタイミングがいよいよ近づいてきたということについては、皆さまもお感じになっていることでしょう。
最後に改めまして、急速な変化の波をともに乗り越えながら、未来の決済インフラを築き、わが国経済の発展と社会的利便性向上に寄与していくということについて、引き続き皆さまのご協力を賜りますようお願い申し上げます。本日も有意義な議論が展開されることを楽しみにしています。
ご清聴ありがとうございました。
