【講演】 最近の経済・物価情勢と金融政策運営 きさらぎ会における講演
日本銀行総裁 植田 和男
2026年6月3日
1.はじめに
日本銀行の植田でございます。本日は、きさらぎ会でお話しする機会をいただき、ありがとうございます。
本年春先以降、中東情勢の緊迫化により、内外の経済・物価を取り巻く環境は大きく変化しています。原油価格の高騰により、世界的にインフレ圧力の高まりが意識されるなか、各国の中央銀行は、自国の経済・物価情勢に応じて、それぞれ難しい舵取りを迫られています。私ども日本銀行も例外ではありません。金融政策を適切に運営していくうえで、経済・物価の現状を正確に把握し、先行きを見通すことの重要性が、これまで以上に高まっています。
本日は、私どもの経済・物価に対する見方をご説明したうえで、今回のような供給ショックに対する政策対応のあり方を含め、日本銀行の金融政策運営の考え方について、お話ししたいと思います。
2.中東情勢の影響と経済・物価情勢
中東情勢のわが国経済・物価への影響
それでは、中東情勢がわが国経済・物価に及ぼす影響から話を始めたいと思います。本年2月末以降、中東情勢の緊迫化を受けて、原油価格、とりわけ中東産のドバイ原油の価格は大きく上昇しています。図表1をご覧ください。わが国経済は、これまでも原油価格の大幅な上昇に何度か直面してきました。古くは1970年代の2回の石油危機、2000年代半ばの景気拡大期における原油価格の高騰、そして記憶に新しいのは、2022年のロシアによるウクライナ侵攻後の資源価格の高騰です。ショック直後の価格上昇率をみると、今回は、第1次石油危機ほどではありませんが、過去のその他のショックに匹敵する大きさとなっています。
わが国のような資源輸入国にとって、原油価格の上昇は交易条件の悪化、すなわち海外への所得流出をもたらし、景気の下押し要因となります。図表2をご覧ください。左グラフにあるように、わが国は、原油の9割以上を中東産に依存しているほか、その他の鉱物性燃料についても、中東依存度が高い品目が少なくありません。右グラフの鉱物性燃料の輸入額は、昨年1年間で名目GDPの3%程度に上りますが、そうした輸入価格が上昇すれば、その分、海外への所得流出が増加し、企業収益や家計の実質所得を圧迫することになります。
次に、物価に及ぼす影響についてです。原油は、様々な産業の上流から下流にかけて広く原材料として使われているため、原油価格の上昇は、エネルギー価格だけでなく、幅広い財を中心に価格を押し上げると考えられます。図表3は、原油価格上昇が、企業間取引を通じて、他の財・サービス価格にどのように波及していくかを示したものです。これによると、川上の石油製品から川中の合成樹脂や化学繊維などの中間財には、比較的速やかに価格転嫁が進んでいくとみられます。その後、数か月でプラスチック製品の価格や電気料金、物流コストに上昇圧力が波及し、1年程度のうちに、自動車、建設、宿泊・飲食といった最終財・サービスにも価格転嫁の波が拡がっていきます。なお、図表3は、2022年のウクライナ侵攻後の資源価格上昇の経験を含め、過去に観察された価格転嫁のタイムラグを踏まえて試算したものです。この点、現在のわが国では、デフレマインドが解消し、企業の賃金・価格設定行動が積極化してきているなど、4年前とは大きく環境が変化しました。事業者向け電力の価格設定フォーミュラの見直しや中小受託取引適正化法の施行など、取引実務や法制度の変更なども、こうした変化を後押ししています。これらを踏まえると、原油価格上昇を起点とする価格転嫁のスピードはこれまでよりも速く、かつ、幅広い品目の値上げに波及しやすくなっている可能性が高いと考えています。
経済・物価の中心的な見通しとリスク
続いて、こうした中東情勢の影響を踏まえたうえで、わが国の経済・物価の先行きの見通しについてお話しします。図表4をご覧ください。いま申し上げたように、原油価格の上昇は、交易条件の悪化などを通じて企業収益や家計の実質所得に対する下押し要因となることから、今年度のわが国経済の成長ペースは、いったん減速すると考えられます。もっとも、企業部門における高水準の収益や政府による各種の経済対策、緩和的な金融環境などが下支えとなり、わが国経済は、伸び率を縮小しつつも、緩やかな成長を続け、来年度以降は、原油高のマイナスの影響が減衰していくなかで、成長率は再び緩やかに高まっていくと考えています。
物価面では、原油価格上昇が、エネルギー価格や財価格を中心に押し上げ方向に作用することなどから、消費者物価の前年比伸び率は、今年度を中心に大きく高まると予想しています。また、人手不足感が強い状況が続くなかで、賃金と物価が相互に参照しながら緩やかに上昇していくメカニズムは維持されると見込まれることなどから、一時的な変動要因を除いた基調的な物価上昇率も徐々に高まっていき、今年度後半から来年度にかけて「物価安定の目標」である2%と概ね整合的な水準になると考えています。
こうした経済・物価の中心的な見通しは、今後、中東情勢の影響が和らぐもとで、原油価格が、先物市場で想定されているような形で比較的スムーズに下落するとともに、サプライチェーンの大規模な混乱は生じないことを前提としています。逆に言えば、今後の中東情勢の帰趨やその他の要因により、こうした見通し自体が大きく変化し得る点には注意が必要です。例えば、中東情勢を巡る混乱が長期化し、原油価格が高止まりした場合には、中心的な見通しに比べて経済が下振れる一方、物価が上振れる可能性があります。これが第1のリスクシナリオです。さらに、より厳しい第2のシナリオとして、サプライチェーンの大規模な混乱が生じ、わが国企業の生産活動に大きな影響が及ぶ可能性も否定はできません。この場合には、経済の大幅な下振れにつながる恐れがある一方、物価の上振れリスクが一段と高まると考えられます。なお、こうしたシナリオとは逆に、関係国による停戦協議が早期に進展し、中東情勢を巡る緊張が速やかに解消する場合には、中心的な見通しと比べて、経済は上振れ、消費者物価は下振れる可能性もあると考えられます。
当面の点検ポイント
ここまで、経済・物価を巡る中心的な見通しと、いくつかのリスクシナリオについて説明してきました。以下では、そうした見通しが実現する確度やリスクを点検するうえで重要と考えられるポイントを2つお話しします。
第1の点検ポイントは、この先、わが国経済が大きく悪化することがないか、言い換えれば、中東情勢のマイナスの影響に対してどこまで耐える力があるかという点です。わが国の企業部門には、歴史的にみても高水準の収益が蓄積されていますが、これは、海外への所得流出に直面するなかにあって、賃上げや設備投資を進めるためのバッファーとして機能すると考えられます。グローバルなAI関連需要の拡大も、わが国経済を下支えしています。図表5をご覧ください。わが国の輸出や生産は、全体として横ばい圏内の動きとなっていますが、好調なAI関連需要を背景に、ウエイトが大きい米国やアジア向け輸出が底堅く推移しているほか、生産用機械や電子部品・デバイス等の生産は増加傾向が続いています。こうした生産の底堅い動きについては、政府による石油備蓄放出に加えて、中東依存度が高い原材料について代替調達の動きが進展していることも寄与しています。供給制約を緩和するこれらの取り組みは、先ほど述べた、より厳しいリスクシナリオを回避するうえで非常に重要と考えています。
続いて、家計部門です。図表6をご覧ください。左グラフの消費者マインドは、原油価格上昇の影響で、3月以降、急速に慎重化しています。もっとも、中央グラフの個人消費は、食料品価格の落ち着きから非耐久財が持ち直していることもあり、これまでのところ底堅い動きが続いています。右グラフのカード支出に基づく消費動向などをみても、マインドの慎重化が消費の落ち込みにつながっている様子は窺われません。先行きについても、賃金の増加や政府によるエネルギー負担緩和策などが、引き続き個人消費を下支えする方向に作用すると考えています。賃金の動向については、図表7をご覧ください。今年の春季労使交渉における連合の集計結果をみると、大企業だけでなく、相対的に規模が小さい企業でも、賃上げ率は5%程度となっており、3年連続でしっかりとした賃上げが実現しています。
景気下振れの可能性やその影響の大きさは、最終的には今後の中東情勢の帰趨に大きく依存します。それでも、いま申し上げたように、企業収益の蓄積や賃金の増加がプラスに作用するとともに、今後、代替調達や家計への所得移転といった様々な取り組みが進んでいけば、先行きの景気下振れリスクを最小限に抑えることができると考えています。
第2の点検ポイントは、原油高を起点とする価格押し上げ圧力が、実際にどのような形でエネルギー以外の財やサービスの価格上昇につながっていくか、また、そうした動きが、金融政策運営に当たって重視している基調的な物価上昇率にどのような影響を及ぼすかという点です。図表8をご覧ください。左グラフの生鮮食品を除いた消費者物価の前年比は、足もとで2%を下回る水準となっていますが、今後は、原油価格上昇の影響が波及し、再び伸び率を高めていくと見込んでいます。日本銀行では、今年度の消費者物価の前年比伸び率を、9名の政策委員の中央値でみて+2.8%と予想していますが、このことは、年度内の一定の時期において、物価上昇率が3%を超えて上昇する見込みであることを意味しています。過去に比べて価格転嫁のスピードが速くなっている可能性があることは、先ほどご説明したとおりですが、こうした見方を裏打ちするように、企業間取引の価格は、既にはっきりと上昇し始めています。右グラフの国内企業物価指数をみると、直近4月の前年比は+4.9%と、2年11か月ぶりの高い伸び率となりました。石油・石炭製品や化学製品といった川上で大幅な価格上昇がみられるほか、プラスチック製品などの川中でも価格転嫁の動きが拡がっています。この間、人々が予想する将来の物価上昇率も、緩やかな上昇が続いています。図表9をご覧ください。左のグラフでお示ししているとおり、3月短観では、原油価格上昇の影響から、仕入価格や販売価格の見通しを引き上げる動きが拡がりました。中央のグラフからは、企業の先行きの物価見通しが上昇していることも分かります。右グラフは、物価連動国債を用いて算出される市場参加者の中長期的な予想物価上昇率を示していますが、こちらも、足もと2%を超える水準まで上昇してきています。
中東情勢を巡っては、こうした物価上振れリスクだけでなく、景気減速に伴う需給ギャップの悪化などを通じて、基調的な物価上昇率が下押しされる可能性もあります。しかしながら、これまでに明らかとなっているデータやヒアリング情報等を踏まえると、全体として物価上振れリスクの方が大きく、より早く表れてくる可能性が高いと考えられます。日本銀行としては、現実の物価上昇が人々の予想物価上昇率を押し上げ、基調的な物価上昇率が、目標とする2%を超えて上振れていくことがないかどうか、とくに注意してみていく必要があると考えています。
3.金融政策運営
緩和的な金融環境
それでは、日本銀行の金融政策運営に話を移したいと思います。日本銀行は、一昨年3月に、10年以上に及んだ大規模な金融緩和の枠組みを見直し、その後は、図表10の左グラフにあるように、政策金利を0.75%まで段階的に引き上げ、金融緩和の度合いを調整してきました。これまでの利上げに伴い、市場金利は上昇していますが、右グラフにあるように、物価上昇率を差し引いた実質ベースの金利は、企業や家計の経済活動に及ぼす影響が大きい短中期ゾーンを中心に、引き続きマイナスで推移しています。
図表11をご覧ください。企業金融を取り巻く環境をみると、左グラフの資金調達コストは上昇しているものの、中央グラフでお示ししているとおり、企業の収益性、例えば総資産利益率(ROA)と比較すれば、金利コストはなお十分に低い状況が続いています。こうしたもとで、右グラフの銀行貸出はこのところ大きく増加し、CP・社債の発行残高も高めの伸びが続いています。大型の企業買収など個別案件が寄与している面もありますが、経済活動が回復しているなか、全体としてみれば、これまでの利上げが企業の資金需要を抑制している様子は窺われません。わが国経済にとって成長分野への積極的な資源投入は必要ですが、企業からのヒアリング情報などによれば、そうした前向きな成長投資の足かせとなり得るのは、現状、調達金利の上昇よりも、人手不足や資材価格等の高騰であるとの指摘が多いと認識しています。図表12をご覧ください。左グラフの企業からみた金融機関の貸出態度は、業種を問わず、引き続き積極的であり、中央グラフの資金繰りも良好な状態が維持されています。この間、企業の倒産件数は、足もと増加傾向を辿っていますが、右グラフにあるとおり、その理由の大半は物価高や人手不足関連であり、金利負担の増加を直接の要因とする先はかなり少ない状況が続いています。
このように、これまでの利上げによっても、わが国の金融・経済活動は抑制されておらず、むしろ、緩和的な金融環境が経済活動をしっかりとサポートしていると考えています。もちろん、中東情勢が企業金融に及ぼす影響などについては、しっかりみていく必要があります。これまでのところ、企業の資金調達環境に対する影響は限定的と考えていますが、その一方で、銀行からの融資枠(コミットメントライン)を拡大したり、政府系金融機関に対する相談件数が増加するなど、今後の展開に備える動きもみられています。日本銀行としても、本支店のネットワークを活用しながら、引き続き、きめ細かい情報収集に努めていきたいと考えています。
供給ショック下の金融政策運営
次に、今回の原油価格上昇のような、いわゆる「供給ショック」が生じた場合の金融政策のあり方についてお話しします。以下では、私どもの金融政策決定会合でも議論されることが多い2つの論点について、私なりの考えをご説明したいと思います。
1点目は、金融政策は供給ショックに伴う物価上昇に対応すべきどうか、対応するとすればどのような場合か、ということです。話のスタート台として、供給ショックによる物価上昇は、通常、一時的ないし特定の品目の範囲内にとどまり、私どもが重視している基調的な物価上昇率に大きな影響を及ぼさないと考えられるため、金融政策では対応しない、というのが基本的な考え方です。
しかしながら、現実の世界はそう単純ではありません。先ほど述べたように、供給ショックが発端であっても、状況次第では、物価上昇の動きが広範囲に広がり、それが人々の予想物価上昇率の上昇を通じて、基調的な物価上昇率の上振れにつながる可能性があります。このような「2次的波及効果」が生じる可能性がある場合、持続的な物価の安定を目指す中央銀行としては、金融政策によって必要な対応を講じることも検討しなければなりません。こうした考え方は、2022年から23年の欧米における高インフレの経験などを経て、現在、多くの国で共有されています。また、「2次的波及効果」はどのような状況のもとで生じやすいのか、といった点についても、政策当局者や専門家の間で活発な議論が行われています。例えば、供給ショックの規模が大きく、持続的なものであるほど、基調物価に影響を及ぼしやすくなると考えられます。また、企業の賃金・価格設定行動が積極的であればあるほど、物価上昇の波及効果は早く、大きくなるほか、金融環境が緩和的な状態にあれば、その分、波及効果を後押しすることになると思われます。
これらの点を、現在のわが国に当てはめて考えてみましょう。まず、冒頭ご説明したように、ショックの規模という点では、今回の原油価格上昇は、過去の石油危機に匹敵するインパクトがあります。中東情勢の混乱が長期化すれば、ショックの持続性という点でも基調物価に波及する可能性が高まります。企業の賃金・価格設定行動は、ウクライナ侵攻後の資源価格高騰時と比べて明らかに積極化しています。価格転嫁の動きが限定的で、賃金も殆ど上がらなかった4年前と異なり、現在は、賃金と物価が相互に参照しながら上昇していくメカニズムが復活しています。金融環境についてみると、政策金利が中立領域にあるとみられる米欧とは異なり、わが国の実質金利はなお低く、緩和的な状況にあります。このように、現在のわが国は、他の主要国や過去のわが国と比べても、原油高を起点とする物価上昇の「2次的波及効果」が基調的な物価の上振れに繋がりやすい状況にあり、日本銀行としても、このことを前提に、今後の政策を判断していく必要があると考えています。
2つ目の論点は、供給ショックにより、経済の下振れリスクと物価の上振れリスクがともに高まった場合に、どちらを重視して金融政策を運営すべきかということです。中央銀行にとって非常に悩ましい問題であり、一概に答えが出るものではありませんが、最終的には、私どもが目指している2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現という観点から、最も適切な対応を選択するということに尽きると考えています。そうした目でわが国の現状をみてみると、先ほどご説明したとおり、物価上昇は一時的なものにとどまらず、基調的な物価上昇率が上振れていくリスクも意識せざるを得ない状況です。物価の上振れは、家計の実質購買力の低下などを通じて、景気を下押す方向で作用します。また、金融環境が緩和的であるなか、物価の上昇に対して適切な対応が行われない可能性があると市場が認識した場合には、それを反映して長期金利が上振れる可能性があります。図表13でお示ししているとおり、最近の長期金利の上昇の背景には、市場のインフレ予想の上振れが寄与しているとみられるため、適切な金融政策運営によって、インフレが適切にコントロールされていくという市場の信認を確保することが重要です。必要な対応が遅れ、あとで却って大幅な利上げを余儀なくされるような状況になれば、景気のみならず、金融市場や金融システムに大きな負荷をかける恐れもあります。こうした点を踏まえると、日本銀行としては、経済の下振れリスクを意識しつつも、物価上昇率が大きく上振れていくリスクが顕在化し、それがその後の経済に悪影響を及ぼすことを、より警戒する必要があると考えています。
先行きの政策運営
ここまで、経済・物価の先行きの見通しやこれまでの利上げの影響、供給ショック下における政策対応の考え方などについてご説明してきました。続いて、こうした点を踏まえた先行きの金融政策運営についてお話しします。
まず、4月末に公表した展望レポートで示しているとおり、基調的な物価上昇率が2%に近づいているなか、現在の実質金利がきわめて低い水準にあることを踏まえると、経済・物価・金融情勢に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくというのが、日本銀行の基本的な考え方です。
そのうえで、先ほどお話しした2つの点検ポイント、すなわち、今回の供給ショックが景気に及ぼす影響や、原油価格上昇が他の財・サービス、ひいては基調的な物価上昇率に及ぼす影響などを踏まえ、経済・物価の中心的な見通しが実現する確度やリスクを点検していくことになります。
その結果、例えば、今後、中東情勢を巡る緊張が次第に和らぎ、緩やかな経済成長のもとで、基調的な物価上昇率が2%に向けて徐々に上昇していくという中心的な見通しが実現する確度が高まっていくと判断できれば、これまでと同様、適切なペースで政策金利を引き上げていくことになると考えています。また、仮に不透明な状況が続くとしても、先行き、経済の下振れリスクに比べて、物価の上振れリスクが高まると判断される場合には、それが経済や金融市場に悪影響を及ぼすことを防ぎ、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現していく観点から、利上げの是非についてしっかりと議論する必要があると考えています。
国債買入れの減額計画の中間評価
最後に、日本銀行が実施している長期国債の買入れについてお話しします。日本銀行は、かつての大規模な金融緩和政策のもとで、市場から多額の長期国債を買い入れていましたが、そうした政策の見直しに伴い、一昨年の夏以降、国債の買入れ額を段階的に減額しています。そこでは、「長期金利は金融市場において形成されることが基本」であるとしたうえで、国債の買入れについては、「国債市場の安定に配慮するための柔軟性を確保しつつ、予見可能な形で減額を進めていく」としています。
図表14をご覧ください。予見可能性という点では、昨年6月に策定した現在の減額計画において、来年1から3月にかけて、月間の買入れ額を四半期ごとに2,000億円程度ずつ減額していくことを予めお示ししています。この結果、来年3月の月間買入れ額は2.1兆円と減額開始前の3分の1程度となり、日本銀行の国債保有残高は、減額開始前と比べて16から17%程度減少することになります。柔軟性の確保という点では、国債の残存期間別の買入れ額といった具体的な事項は、その時々の市場環境を踏まえて実務的に決定する扱いとしているほか、長期金利が急激に上昇するといった例外的な状況が生じた場合には、機動的に、国債買入れの増額等を実施し得るとしています。
日本銀行は、今月の金融政策決定会合において、現在の減額計画の中間評価を行うとともに、来年4月以降の買入れ方針について検討することも、既に公表しています。現在、この中間評価に向けて、国債市場の動向や機能度の点検を進めており、その一環として、先月下旬には、債券市場の参加者との意見交換を行うための会合を開催しました。昨日、同会合の議事要旨を公表しましたが、そこでの議論も踏まえたうえで、今後の国債買入れの方針を検討する際のポイントを2点、お話ししたいと思います。
第1に、国債買入れの減額が進捗するもとで、国債市場の機能度は着実に改善してきているという点です。図表15をご覧ください。新発債を中心に日本銀行の国債保有比率が低下するなか、中央グラフの現物国債の取引高は増加傾向を辿っています。右グラフのイールドカーブについても、以前は、日本銀行の国債保有比率が特に高かった7から10年ゾーンの金利が下方に凹んでいましたが、最近は、こうした歪みは概ね解消しています。長期金利が市場で自由に形成されるようになるなか、先行きの経済・物価情勢に対する市場の見方が日々の金利に反映されやすくなってきているという点で、国債市場は、本来期待される機能を取り戻しつつあると評価しています。
第2のポイントは、国債市場の安定について、どのように目配りしていくかという点です。日本銀行による国債買入れの減額が進捗することは、その分、市場参加者が保有する国債が増加することを意味します。最近では、国債利回りの上昇もあって、銀行や個人といった本邦投資家が国債保有を少しずつ増やしています。もっとも、こうしたポートフォリオ調整にはある程度の時間を要すると考えられ、国債市場の安定を確保するうえでは、この点も意識する必要があります。債券市場参加者との会合では、来年3月までの現行計画の修正を求める声は殆ど聞かれませんでしたが、来年4月以降の国債買入れについては、様々な意見がありました。
日本銀行としては、これまでの経験を踏まえつつ、市場機能の改善と国債市場の安定という2つの要素を考慮し、次回決定会合において、今後の国債買入れの減額のあり方について議論していきたいと考えています。
4.おわりに
以上、本日は、中東情勢がわが国経済・物価に及ぼす影響や、それを踏まえた金融政策運営の考え方について、お話しさせて頂きました。
中東情勢の混乱は、当初期待していたほど短期間では収束せず、いまなお不透明な状況が続いています。わが国にとって、今回のような原油価格上昇は初めての経験ではありませんが、長らくデフレの状態にあっただけに、物価上昇局面でこうした供給ショックに直面するのは数十年ぶりとなります。当然のことながら、デフレ時代における景気・物価対策とは処方箋は異なります。
日本銀行としては、本日お話ししたとおり、適切な金融政策を通じて、その使命である物価の安定の実現に努めます。これは、物価上昇に伴う景気の下押しを防ぐとともに、金融資本市場の安定確保という点でも重要です。この間、政府は既に、中東依存度の高い製品の代替調達に積極的に取り組んでいるほか、家計に対するエネルギー負担軽減策など、物価高の悪影響が大きい分野へのサポートも行っています。こうした政府と日本銀行の整合的な取り組みに、民間企業のたゆまぬ努力と金融機関による積極的なサポートが加わることにより、わが国経済は、今回のショックを乗り越え、持続的な成長を実現することができると信じています。
ご清聴ありがとうございました。
