【挨拶】持続的な金融エコシステムの発展に向けて第4回・Meetup with BOJにおける挨拶
日本銀行理事 神山 一成
2026年6月8日
はじめに
皆さま、こんにちは。日本銀行の神山です。本日は、「Meetup with BOJ」にご参加いただき、誠にありがとうございます。本イベントは、フィンテック業界と日本銀行の間で建設的な対話を深めることを目的としています。この場を通じて、参加者である私たちは、新しい考えや視点を共有し、ともに未来を築いていくきっかけを得ることができます。イベント主催者であるFintech協会の皆さまに、心より御礼申し上げます。
FinTechセンター設立10周年
おかげさまで、本年、日本銀行FinTechセンターは設立10周年を迎えることができました。当センターが設立された2016年当時、フィンテックは初期の隆盛期を迎えており、世界的に技術革新が金融の仕組みやサービスを大きく変えはじめている時期でした。社会の期待に応じて中核的な役割を果たすべく、日本銀行は、FinTechセンターを創設し、金融業界とテクノロジーの交差点に立って、技術進化を支えるとともに社会のニーズに即した研究や実証を続けてまいりました。
これまでの10年間、FinTechセンターは、3つの主要な柱に基づき活動を行ってきました。それは、(1)技術革新が金融サービスに与える影響の把握、(2)新しい技術の中央銀行サービスへの応用に関する調査研究、そして(3)業界の幅広い関係者をつなぎ、議論や連携を促進する触媒としての役割です。
分散型台帳技術(DLT)への取り組みを例に挙げますと、当センターでは早くから新しい技術革新の可能性を認識し、海外中銀とも連携して実証実験を行ってきました。国内では、DLTを活用した決済システムの可能性に関する調査研究を進めてきており、そこで得られた知見を形にしていくべく、「DLT連携サンドボックス」という新しい取り組みも最近スタートしました。このサンドボックスでは、中央銀行マネーのトークン化をテーマに技術的な課題へ挑むとともに、あらゆるステークホルダーを巻き込みながら、現場のビジネスニーズを把握し、実用化に向けた具体的な対応策を模索していくことを展望しています。
こうしたFinTechセンターの活動につきましては、フィンテック業界の皆さまとの連携がなければ成し得ないことです。この場をお借りして、改めて御礼申し上げます。
新しい技術革新の可能性
さて、現在、AIやDLTは、従来の金融サービスの枠を越えた広がりを見せています。AIは、取引のパターン認識や経済分析、カスタマイズされた金融サービス提供などにおいて卓越した能力を発揮し、DLTは、取引の透明性やデータの改ざん耐性などを高める機能を有しています。AIやDLTに関する最近の動きは、両者が相互に作用し合うことにより、新たな金融エコシステムを形成しつつあることを示しているように見受けられます。
分散型金融(DeFi)は、資産のトークン化やスマートコントラクトなどのプログラマビリティを活用し、これまでにない形態での資金移動や金融サービスを実現しています。こうした動きを受けて、伝統的な金融のプレイヤーにおいても、AIやDLTへの取り組みが拡大してきています。例えば、トークナイゼーションの検討とともに、資金や株式、債券などのトークン化が国内外で推進され、DLTを用いた新しいシステムの構築に向けた様々なプロジェクトが進められています。
また、金融機関の経済分析業務にAIを適用し、経済動向のリアルタイム予測を精緻化していく研究も進んでいます。さらに、ブロックチェーン上の不正取引検知をはじめ、AIを活用してコンプライアンス業務を高度化する仕組みも実現しつつあります。サービスを提供するレイヤーでは、AIエージェントが、利用者に代わって金融サービスを横断的に利用・選択し、決済や資産管理を自律的に行う、エージェンティック型の金融サービスの実現が展望されています。もはや、金融サービスや金融インフラのあり方に大きな変化がもたらされつつあると言っても過言ではないでしょう。
日本銀行の取り組み
こうした変化に対応するため、日本銀行も、金融エコシステムの将来を見据えた取り組みを加速させています。今年の「FIN/SUM 2026」において、日本銀行は、「新金融エコシステムにおける中央銀行の役割」というテーマの総裁講演を通じて、AIやブロックチェーンといった技術革新がもたらす変化、ならびにそうした変化のなかでも果たすべき中央銀行の役割である「信頼のアンカー」としての責務を強調しました。
そうした責務を果たすべく、私たちは、先ほどお話しした「DLT連携サンドボックス」以外にも、様々なプロジェクトを進めています。例えば、「プロジェクト・アゴラ」では、トークン化やプログラマビリティを利用することで、既存のコルレス銀行網を用いて、クロスボーダー決済を効率的かつ安全に行う方法を模索しています。日本を含む7つの法域の中央銀行と民間金融機関は、それぞれが発行したトークンを運用できる共通のDLTプラットフォームのプロトタイプを構築し、先月末には、これまでの成果をまとめた報告書を公表しました。今後は、プロトタイプを活用した実際の資金移動を伴うテストのほか、将来の実装や機能向上に向けた検討を深めていく予定です。このプロジェクトの成果は、経済社会のダイナミックな変化に対応した決済インフラの構築に大きく寄与すると期待しています。
金融エコシステムの持続的な発展を展望しますと、民間事業者のイノベーション創出や、多層的かつシームレスに構成されるエコシステム構築を目指して、相互運用性を確保する枠組みづくりを進めていくことも重要です。また、新技術導入に伴うリスクを軽減し、安全性や信認を高めるための業界標準なども策定する必要もあります。こうした問題意識をもって、日本銀行では、金融業界における生成AIの利用時のリスク管理上の論点の分析や、経済分析を含む生成AIの活用に関する作業部会を行内に立ち上げ、日本銀行業務への具体的な応用にも取り組んでいます。金融エコシステムにおける各主体がこうした検討を予めしっかり行っておくことにより、柔軟で持続可能な金融エコシステムの構築が現実のものとなります。大きな挑戦ではありますが、その実現に向けて、皆さまとともに努力を重ねていきたいと考えています。
おわりに
設立以来、FinTechセンターは、技術革新や金融の未来を見据えた議論の触媒であることを目指してまいりました。ここで重要なのは、単なる技術革新の追随ではなく、民間事業者や学術機関、そして政策当局と連携しながら、それぞれの知見を結集して新しい価値を創出することです。実際、10年を経て現在の活動は、従来からの役割にとどまらず、わが国の新しい金融エコシステムを支える基盤に向けた協働へと広がってきています。今後も皆さまとともに、日本経済の持続可能な未来に向けた価値を共創していきたいと考えております。交流セッションでは、ぜひ日本銀行職員とも積極的にお話しいただき、本イベントを有意義な機会としていただければ幸いです。以上をもちまして、私の挨拶とさせていただきます。本日はどうぞよろしくお願いします。ありがとうございました。
