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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策札幌市金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 高田 創
2026年9月2日

1.はじめに

日本銀行の高田でございます。本日は、当地の行政、財界、金融界を代表する皆様と懇談させて頂く貴重な機会を賜りましたこと、誠にありがとうございます。皆様には、日頃から日本銀行札幌支店の業務運営に対し、ご支援、ご協力を頂いておりますこと、この場をお借りして改めて厚く御礼申し上げます。

本日は、わが国の経済・物価情勢や金融政策運営などについてお話しします。その後、北海道経済の動向や日本銀行の業務・政策運営に対するご意見などをお聞かせ頂ければと存じます。

2.経済・物価情勢

経済・物価情勢です。海外経済は総じてみれば緩やかに成長しています。米国経済は、昨年4月のトランプ政権の広範な関税賦課の影響から、当初は内需落ち込みが懸念されていましたが、実際の影響は限られました。昨年は米国の雇用に減速がみられましたが、今年は改善に向かい、企業収益もIT関係を中心に改善しています。昨年は、雇用の減速を背景にFRBは9月、10月、12月と利下げを行いました(図表1)。FOMC参加者の金利見通しをみると、2026年初時点では、更なる利下げを見込んでいましたが、今年半ば以降、利上げの見込みに転じています。昨年初から関税中心に、成長にマイナスに働く「北風政策」が先行しましたが、今年は減税や規制緩和政策のメニューに伴う投資拡大等も加わり、プラスに働く、「太陽政策」の局面に移行したと認識しています。

2026年の世界経済の環境――回復に向けたモメンタム始動

私は、2026年のグローバルな経済環境を、回復に向けたモメンタムが始動する転換局面と展望しています。その背景に、世界の金融・財政政策が同時に拡張的に揃ったことがあります。マクロ面に加え、構造面で、世界的AIブームに伴う投資拡大で経済底上げがもたらされると展望しています。こうした状況は、6年前の2020年、コロナ禍に伴い世界同時に金融・財政政策両面で景気押し上げ政策がとられた時期と類似します。今日、世界の経済政策の波長が一致、すなわち、世界全体で経済サイクルが同期するのは、マクロ政策の一致に加え、AIブームが加わったことによるものです。次の図表2は、2020年以降、4局面にわたって世界各国の金融政策が同期した状況にあったことを示しています。2020・2021年の同時利下げの後、2022・2023年はグローバルな引き締め局面に転じ、その後、2024・2025年中は、各国が揃って利下げを行う金融緩和局面にありましたが、2026年は利上げに転じています。次の図表3にあるように、米欧中、各地域で財政政策の拡大も生じ、金融緩和も加わり拡張的な効果が生じました。

2026年の日本経済の環境――減速は生じていない

昨年、米国の関税政策の影響は、当初、わが国経済を下押しすると考えられました。また、今年の中東情勢を受けた原油価格高騰も、交易条件悪化から日本経済の減速要因と考えられました。昨年以降の日本経済の見通しは、喩えれば昨年4月のトランプ政権の「相互関税台風」予想、今年は、「中東情勢台風」予想を受けて生じた公共交通機関の「計画運休」のように、事前に、「台風」が来る前から見通しを引き下げていました(図表4)。但し、実際には、これまでのところ日本経済に目立った減速は生じていません。先行して上昇した物価を賃金が追いかけ、最近は、実質賃金もプラスに転じています(図表5左図)。中東情勢の混乱発生当初、「ナイトの不確実性」の如く、確率分布もわからない恐怖から、日本ではマインド指標の急落が生じました。一方、最近では現実に見込めるリスクに転化されることでこうした不安は後退しています。

中東情勢と1970年代の石油危機の教訓――二次的波及の不安も

今回、中東情勢を受けた石油価格高騰は、1970年代の石油危機以来とされることがあります。1978年に大学に入学した私が経済見通しを行ううえでの原体験は、1970年代の石油危機でした。振り返れば、1973年の第一次石油危機では、物価上昇の二次的波及が生じ狂乱物価となったのに対し、1979年からの第二次石油危機では二次的波及は抑制されました。第一次と第二次の違いをもたらした要因は、二次的波及、ホームメード化にあり、以下4点、第1に、金融・財政の総需要管理。第2に、賃金引き上げ抑制。第3に、価格転嫁抑制。第4に、省エネも含めた行動変容が違いをもたらしました。

以上4点について現在の環境は、第1の金融・財政政策は、金融は実質政策金利のマイナス、財政面も緩和的です。第2の賃上げは、今年も昨年並みの高水準のベアや、最低賃金引き上げの政府目標もあり底堅く推移しています。2026年の春季労使交渉でも高水準の賃上げ率となり(図表5右図)、その後も賃金上昇率が鈍化するような動きはみられません。2023年以降、24年・25年・26年と3年連続での高水準の賃上げが生じ、2027年に向けた賃上げの定着も期待されます。第3の価格転嫁は、政府による価格転嫁促進が掲げられ、今年は取引適正化法1が施行されています。今年5月発表の日本銀行さくらレポート別冊2では、人件費をはじめ各種コスト上昇分を販売価格に転嫁する価格改定の動きが着実に広がっていると指摘されています。第4の省エネに関し、電気・ガソリン価格上昇を補助金で抑制し、従来通りのエネルギー使用を可能とする施策が続いています。以上、4要因は二次的波及に働きうるものです。

既に、7月の企業物価の前年比は+7.2%にまで上昇、物価上振れリスク、川上から川下にかけ価格転嫁に広がりが生じています(図表6)。先述のさくらレポート別冊のように、価格転嫁が当たり前となるなど、価格転嫁への企業・家計の意識は2022年段階とは大きく異なり、価格転嫁が速い点に注目しています。今年度下期にかけて川上の生産者物価段階から川下の消費者物価への波及が生じ、物価の上振れのリスクが存在します。また、2022年以降のインフレ体験の蓄積から中長期の期待インフレが高まるなか、足元の円安や中東問題が加わり、更なる期待インフレの上昇につながることで物価の上振れ懸念が生じます。

  1. 2026年1月1日から、「下請法」は、「中小受託取引適正化法(通称:取適法)」として改正され、適用対象となる取引や事業者の範囲の拡大や、中小受託取引の公正化、受託側の中小企業の利益保護が強化されています。
  2. 詳しくは、日本銀行、2026年5月15日「さくらレポート別冊:地域の消費関連企業の価格設定行動の変化と2026年度の価格改定方針」を参照。
    https://www.boj.or.jp/research/brp/rer/rerb260515.htm
    同様の議論は、日本銀行「経済・物価情勢の展望(2026年7月)」BOX3にも示されます。

中東情勢を受けた景気下振れ不安5要因の評価――下押しにはなりにくい

昨年4月の相互関税公表後、日本での「物価安定の目標」に向けた動きをみるうえで、米国による関税政策が水を差さないかに注目してきました。今年も中東情勢を受けた原油価格高騰が経済の下押し要因にならないかに注目してきました。昨年の関税政策、今年の中東情勢のわが国経済への波及経路を考えるうえで、次の5点に注目しました。第1に、不確実性の高まりから設備投資の下振れがあるか。第2に、世界経済の減速を背景とする輸出下振れがないか。第3に、企業収益の低下から賃上げの動きが抑制されるとともに、販売価格も抑制する動きが生じないか。第4に、エネルギー関連商品の供給制約が生じないか。第5として、米国の各種政策に伴う思惑から為替円高が進行し、企業収益や輸入物価等を押し下げないか、再びデフレに戻るリスクがあるかに注目しました。

以上5点について、第1に、設備投資は、今年6月の日銀短観の設備投資計画でも目立った下振れはみられていません。なかでも、海外の影響を受けやすい大企業製造業が高水準を維持していることに注目しています。また、8月に公表された日本政策投資銀行の設備投資計画調査でも高水準の投資計画が示されています。製造業では幅広い業種においてAI・データセンター関係の投資が見込まれ、非製造業では電力需要増の影響が加わっています。

第2に、世界経済について、2026年は回復の流れに向かっています。AIを中心とした投資拡大、ディマンド・ショックから、世界レベルで企業業績改善が展望され、日本も含めてエネルギー関連商品価格上昇による交易条件悪化も緩和されます。以下の図表7、8は各国の交易条件の変化を2022年のロシアによるウクライナ侵攻後と比べたものです。原油純輸入国である日本や韓国は、当初、交易条件の悪化が予想されましたが、韓国についてはAI中心のディマンド・ショックから輸出価格が上昇し、交易条件は大幅に改善しています。日本は韓国ほどではありませんが、ウクライナ情勢を受けた2022年以降と比べて、世界的なAI需要拡大を受けたメモリ等の電気・電子機器の輸出価格上昇もあり、交易条件の悪化は今のところ限定的です(図表9)。世界経済に大きな影響を与える米国は、シェール革命以降、原油純輸出国に転じており、交易条件の改善がみられます。その結果、昨年まで懸念されていた雇用の悪化から、今年は改善に向かい、更に、減税も含めた財政要因のサポート、AI主導の資産効果も加わり、経済の回復が期待されます。日米に加え、カナダ、オランダ、スウェーデン、台湾、韓国等、世界各地で今年は株価が史上最高値を更新しています。以上、当初、経済の下押し懸念が生じましたが、その後退が生じています。

第3の企業収益は、輸出企業も目立った下振れは確認されず、今年4―6月期決算は予想以上の改善となりました。日本企業は長年のリストラ経営に伴う企業財務の改善で、海外発のショックへの耐性があります。図表10左図の通り、企業収益は1990年代後半から直近までの25年間で10倍近くに拡大し、90兆円程度と過去最大の水準となりました。日本企業は30年以上にわたって通商摩擦に伴う円高でも耐え抜くべく損益分岐点を引き下げ、ショックへの耐久度を増してきました。更に、7月以降も、図表10右図のように、業績予想の修正度合いを示すリビジョン・インデックスがプラスで推移しており、2026年度の収益も上方修正が見込まれています。6月の日銀短観では、販売価格の引き上げ拡大が生じており、日本企業は将来も含め価格転嫁を行うことで収益性を実現することに自信を持ってきたと考えられます(図表11)。このことは、2027年に向けた賃金引き上げのサポートと考えられます。

第4の供給制約ですが、この間、政府によるエネルギー負担緩和策の効果や、原材料の代替調達の進展などから、経済が大きく下振れるリスクは一頃に比べ低下しています。私の見方として、石油危機以降、半世紀を振り返り、「油は高い所を流れる」、すなわち「価格を出せば買える」とあるように、日本では官民を挙げ先人の方々の努力の積み重ねによって購入価格を引き上げながらも必要な購入量を確保してきた歴史でした。

私は、特に、第5の米国の政策への期待次第で市場が変動する可能性を懸念していましたが、米国経済の腰折れは回避されました。昨年、米国は利下げを行いましたが、今年は景気底堅さの中、利上げを織り込むに至っています。

以上、5つの懸念を総括すると、国内企業の前向きな動きが続く中、その制約となりうる海外要因も大きな下押しにはなりにくい状況になってきたと展望しています。2026年の中東情勢を受けた影響は、「物価に上昇圧力が加わるが、経済には下押し圧力がかかる」が、当初のコンセンサス・シナリオでした。但し、私としては、実際には経済の下振れシナリオは後退、デフレに戻るとの不安も低下し、2026年は海外経済の転換から物価の上振れをより重視した議論が必要な新たな局面に入ったと考えています。以下でその背景を改めて示します。

3.最近の金融政策運営への私見:2026年を転換局面と考える背景

今年6月に日本銀行は政策金利の1.0%程度への引き上げを決定しました。私は7月の会合で1.25%への利上げを提案しています。あくまでも私見ではありますが、以下でその背景となった考えをバブル崩壊後の歴史の中で考えます。また、足元、2026年に大きな局面転換が生じていることを示したいと思います。

バブル崩壊後の長い「雪の時代」から、2026年、新たな局面を展望

私の現在の金融政策に対する認識は、2024年から2025年までの年2回の利上げの緩やかなペースから、2026年以降は一定のペースに囚われず機動的に利上げを行う新たな局面との問題意識を持っています。その背景を考える上で、1990年代バブル崩壊以降の以下3つの段階、(1)1990年代から長期にわたったバブル崩壊後のデフレ、「雪の時代」、(2)2013年から2019年までの「異次元緩和段階」、(3)2020年以降の「金利正常化段階」、を歴史的に振り返ったうえで、2020年以降の段階をより仔細にみていきたいと思います(図表12)。

バブル崩壊以降の3段階:雪の時代、異次元緩和段階、金利正常化段階

1990年代以降のバブル崩壊以降の3段階を振り返ると、第1段階が「雪の時代」です。バブル崩壊に伴う長期低迷の起点を1990年前後と捉え、長期低迷は2つの柱、(1)資産デフレと(2)通商摩擦を主因とした為替円高などの外需に依存しにくい環境の継続によって生じたと考えられます。

以下の図表13は、日経平均株価とドル円相場の推移です。日本では1989年をピークに海外から全く隔絶された停滞局面、資産デフレと超円高が20年以上も続き、「雪の魔法」がかけられたようなデフレ状態に陥りました。図表14に示されるように、企業は資産デフレの中、バランスシートを圧縮し、投資を抑制する、「持たない経営」を志向しました。同時に、通商摩擦を起因とした円高のなかで、損益計算書上は価格・賃金を圧縮する「リストラ経営」を続けました。以上、「持たない経営」と「リストラ経営」が10年以上も継続するなかで、賃金や価格が上がらないノルムが形成され、縮小均衡のデフレ状態に陥りました。

2013年からは、第2の段階「異次元緩和段階」に入ります。2013年からは異次元緩和として前例のない金融緩和を行ったことに加えて、財政政策や成長戦略の支援も加わり、資産デフレと極端な円高圧力の罠から脱する状況を迎えました。私としては、日本銀行が長年にわたって粘り強い緩和姿勢を続け、金融資本市場にも働きかけ資産価格の改善や極端な円高からの反転を支えたことが、バブル崩壊からの歴史的な変化となるノルム転換の変曲点を迎える「下地」となったと捉えています。但し、長年の縮小均衡のなかで生じた、企業や家計の行動変容は容易には実現できず、価格も上がらないノルムの残存が続きました。1990年代以降の「雪の時代」と2013年以降の異次元緩和段階を経て、2020年以降は、第3段階である金利正常化段階を迎えます。ここでは、2013年から2019年までの素地に、2020年以降、海外発の「ビッグ・プッシュ3」が日本のノルムを解いたと考えられます。

日本銀行は長年にわたって粘り強い緩和姿勢の継続により、縮小均衡に至った企業行動や家計行動からの正常化を支援してきました。前掲図表14に示されるように企業行動も漸く前向きな動きが確認されてきました。また、次の図表15に示されるように、企業行動の転換から銀行貸出も拡大するなど、企業買収も含めた投資が生じています。私が、既に、物価安定の目標を概ね達成と評価してきたのは、その背景として企業行動の前向きな動き、すなわち、「持たない経営」と「リストラ経営」を脱する状況への転換と定着度合いを反映したものです。

  1. 3「ビッグ・プッシュ」とは、開発経済でよく用いられ、大きなショックが生じることにより、ある均衡から別の均衡に移行することを指します。2022年からのグローバルな潮流が日本の歴史的な転換をもたらした可能性があると考えています。

2020年以降の「金利正常化段階」における4局面の評価

以下では、最後の段階である2020年以降の「金利正常化段階」に焦点を当て、それを更に4段階に分けて考察します。前半部分で、前掲図表2のように、2020年以降、世界の金融環境は同期した状況としました。その第1段階が2020年・21年の世界的な利下げ、第2段階が2022年・23年の世界的な利上げ、第3段階が2024年・25年の世界的な利下げ、そして2026年は第4段階として世界的な利上げ転換、転換局面にあると考えます。以上の4段階を踏まえ、2026年は日本でも機動的な利上げが必要な状況にあると考える理由を以下で説明したいと思います(図表16、17)。

2020年・21年:「正常化ゼロ次局面」――正常化の前史

第1段階、2020年・21年は、2013年以降の異次元緩和に伴うマクロ環境の改善はあったものの、バブル崩壊後の物価の上がらないノルムを抱えたままでした。コロナ禍を受けた世界的な危機に対応し、日本も金融・財政の緩和に踏み込む段階にありました。日本の金融政策正常化の前史、「正常化ゼロ次局面」と考えられます。

2022年・23年:「正常化第1局面」――YCC柔軟化

第2段階、2022年・23年は、世界的な物価上昇の「熱波」が日本を襲い日本の輸入物価も上昇しました。但し、日本ではノルムが残存する中、世界の利上げをルック・スルーし、マイナス金利政策の継続を中心に緩和を続け、それが円安も含め、先述のビッグ・プッシュとなりノルム解凍に寄与しました。但し、イールドカーブ・コントロール(YCC)の柔軟化が行われたことで「正常化第1局面」と位置付けられます。

2024年・25年:「正常化第2局面」――異次元緩和の転換

第3段階、2024年・25年は、「正常化第2局面」と位置付けられます。この局面は、世界的利下げ局面に対応します。日本は、2023年の春闘からはっきりとした賃上げも実現、ノルムの解凍に向かい、2024年3月には、それまでの異次元緩和の正常化として一連のメニュー、マイナス金利解除、YCCの終了を行い、2024年7月には政策金利の0.25%への利上げと国債買入れの減額も開始しました。2025年は年初1月と年末12月に利上げを行っています。但し、海外の利下げ局面のなかでの正常化は課題も抱えていました。

私としては、長年の歴史を振り返り、内外の金融政策のスタンスの違いで、為替を中心に、日本の金融市場に大きな変動が及ぶリスクへの注視も、重要と考えてきました。1970年代の変動相場制への移行後、日米欧の金融政策の連動が繰り返されました。今次局面を除いた日本銀行の1970年代、変動相場制以降、過去5回の利上げ局面を振り返ると、米国の利上げ局面で日本も利上げし、米国の利下げ後に日本は利下げに転じていました。その結果、FRBが利下げを再開する場合には日本銀行の金融政策の自由度が低下する可能性もありました。2000年頃のITバブル崩壊後や2000年代後半の世界金融危機後はその一例です。但し、2024年・25年の「正常化第2局面」は、米国の景気後退が想定され難いもと、ITバブル崩壊や世界金融危機時とは異なると考えました。2024年・25年後半にかけて米国は利下げを行いましたが、その理由はリスク管理的なものとされ、円高も回避されただけに、過去繰り返された事例と異なり、日本の利上げの制約にはならないと考えました。

一方、この局面での海外環境は、米国の雇用減速不安もあって海外では利下げが続く中、金融政策において日本は逆向きの対応を行うことの課題も生じました。2024年7月に日本銀行は利上げを行いましたが、その直後に米国の雇用増加ペース鈍化から大幅な円高を中心とした市場の調整が生じ、日本が正常化のペースを速めることは困難でした。2025年もトランプ関税や米国雇用減速も加わり、2025年初1月と年末12月の利上げと、海外との逆風の間隙を縫うような難しさを抱えました。以上、「正常化第2局面」は、異次元緩和からの大きな転換ではありましたが、海外の逆風下、結果として利上げペースは年2回、穏やかな対応になりました。また、ノルムの解凍を着実なものとする観点から、実質金利のマイナスを続け、インフレ率の緩やかな上昇を経て基調的物価を高め、インフレ目標達成の確度を高めることに注力する局面でもありました。

2026年:「正常化第3局面」――新たな利上げ局面、レジーム転換に

今年、2026年は「正常化第3局面」と考えています。そのトリガーは世界的な利上げへの転換です。前段階、2024年・25年の世界的な利下げと財政拡大のマクロ環境のサポート、更に、2025年からAIを中心としたディマンド・ショックが加わり、2026年は世界的な利上げに転じました。今年6月のECBの利上げ開始、FRBの今後の政策見通しの利上げへの転換はその号砲です。

2020年に世界が一致した利下げを行った局面では、人流・物流の停止もあり、前掲図表2にも示されたように、世界経済が回復し、利上げに転じるまでには1年以上の時間差が存在しました。一方、今回は、人流・物流の停止もなく、金融・財政政策の押し上げに加え、世界的なAI投資が重なることで、世界的な利上げへの転換が早くなる可能性があります。

今日、既に物価が上がらないノルムも解け、以下の図表18の期待インフレを反映する物価連動国債から算出したBEI(ブレークイーブン・インフレ率)に示されるように、中長期のインフレ期待も2%近くまで引き上がり、物価上昇の二次的な影響も生じやすくなっています。今後、海外中心に物価上昇要因が生じた場合、日本でも物価が予想以上に上振れするリスクも念頭に置く必要があると思います。

日本の金利は、マイナス金利政策下も含め、長年、世界で最も低い状況にありましたが、今日、次の図表19に示されるように、名目金利レベルはもはや世界最低水準ではありません。但し、次の図表20は、物価上昇率を差し引いた実質金利を比較したものですが、日本の実質政策金利は引き続き世界で最低水準にあります。次の図表21は、日米の名目金利差と実質金利差を示したものですが、最近の為替市場では名目金利差だけでなく実質金利差に着目する向きもあるだけに、為替を通じた物価動向には留意が必要です。次の図表22は、日米独の長期金利を、インフレ期待と実質金利で分解したものですが、日本の実質金利はこのところ上昇傾向にあるものの、海外と比べてなお低位に止まっていることが確認できます。今日、既に日本のノルムも解凍していること、中東情勢に伴う物価上昇やインフレ期待底上げ、更に世界的なAI中心のディマンド・ショックから大幅な実質政策金利マイナスの修正が足元も必要と判断しました。

2026年は機動的な利上げが必要な新たな局面へ

2024年・25年の「正常化第2局面」は、海外との金融政策の方向が基本的に逆となる状況下、さながら、雲間が開いたタイミングを見計らって針の穴を通す、結果的に時間をかけた利上げでした。一方、2026年の「正常化第3局面」は、海外の利上げ転換で内外のベクトルが揃ったなかでの対応となります。そこでは、海外を中心にした環境にも応じた機動的な対応が必要となります。私としては、日本では物価目標を概ね達成していると考えていますが、中東情勢を受けた物価上昇圧力が加わることで物価目標を上振れるリスクが生じます。2024年・25年の日本の利上げは結果として年2回でした。その結果もあり、図表23に示されるように、最近まで、利上げに関する市場の織り込みは2028年まで半年毎のペースとの受け止めにありました。一方、2026年はそうした一定のペースという状況ではなく、海外のトレンドを中心に国内の物価経済環境に応じた機動的な対応、“data dependent”となりやすい、レジームの転換と考えています。

これまでの局面における日本経済の立ち位置は、30年近くにわたるデフレマインドが残存するなか、2022年以降に生じたインフレ圧力が混じる「汽水域」のような状況であったと考えられます。こうした状況は、図表24に示されるように、家計や中小や地方への波及の遅れにも表れていました。また、過去「偽りの夜明け」とされたような、いくつかの局面を経験してきただけに、私も長年にわたり緩和環境の維持が重要と考えてきました。但し、2026年以降の転換は日本のノルムの改善に加えて海外環境の転換が底流にあり、物価の上振れリスクも含む新たな局面、レジームの転換にあるとの認識に至っています。

なお、一部回復が遅れている分野を支援するために拡張的政策への希求も根強い状況です。また、長年、脱デフレに向けてマクロ的金融・財政政策が総動員されるもとで、賃金引き上げを促進したほか、企業側での価格転嫁の制度化4も広がっています。但し、そうした政策・慣習のイナーシアも加わる環境にあるがために、今日のようなエネルギー価格上昇が生じる中、物価が上振れてしまうリスクを内包します。

  1. 4事業者向け電力の燃料費調整制度のフォーミュラ見直しや、化学産業におけるサーチャージ制導入等がそれにあたります。詳しくは、日本銀行「経済・物価情勢の展望(2026年4月)」BOX2を参照。

海外環境の転換のなか、中立金利は市場が見込む水準から上振れも

今日、市場では中立金利への関心が高まっています。中立金利やその前提となる自然利子率の存在は理論的には重要で、日銀も図表25左図のように自然利子率の試算値を示してきました。図表25右図の通り、欧州やFRBでは、現状、既に政策金利が中立ゾーンにある(well positioned)とみなされているなかで、欧州では政策金利の引き上げがなされている一方、日本は政策金利が、中立金利とされるゾーンにも達しないだけに、私としては物価の見通しを概ね達成すると考えるなか、物価の二次的波及に備えて事前に中立金利に近づける必要があると捉えています。

但し、中立金利は実務的には特定が困難であり、私は「虹のようなもの」、すなわち、遠くに見えるが、近づくと見えなくなってしまうものとして説明をしてきました。私自身、実務家として利上げに立ち会った1980年代から90年代、更に2000年代以降も中立金利の概念を意識したことはありませんでした。その理由は、米欧では1990年代以降、いくつかの景気循環を踏まえたなか、中立金利の概念も一般化してきましたが、日本は長年、別世界のデフレにあり、その間のデータから分析された試算値の有効性には議論があります。米国のように、「大国」の仮定が成り立ち、独自の経済環境下での中立金利を独自に示せる国と、日本のように「大国」の前提が成立しにくい国とは同列で議論しにくいと考えられます。すなわち、日本については、海外環境の影響を大きく受けやすい点も考慮する必要があると考えられます。特に、今日のように海外が利上げ局面に入った中、しかも日本も利上げとベクトルが揃った局面では、海外金利の上昇によっては、中立金利は市場が見込んでいた水準から上振れる可能性もあるだけに、留意が必要になります。

「普通の国」に戻ったなかでの日本の金融政策は機動的対応に

現在の金融政策の立ち位置は、長年の大規模緩和からの出口にあり、その円滑な実現がこれまでの大規模緩和の評価を定めると認識しています。私としては、金融政策運営については、今年は2024年・25年までの環境とは異なる局面に入ったとの基本的認識を持ったうえで、機動的対応が必要と考えています。その背景には取り巻く海外環境がAI投資中心のディマンド・ショックによる新たな利上げ局面に入ったことがあり、長年、日本が別世界で世界から隔絶されていた2022年・23年のような環境とは異なり、日本も海外との連動を取り戻す、「普通の国」に戻ったことを前提にした発想の転換が求められると考えています。また、今年度下期に向けて生じうるインフレ圧力の顕在化や物価目標を上振れるリスクがあるだけに、私としては、従来の基調的物価上昇を促してきたスタンスから一転して、物価の上振れを防ぐ日銀の意思を市場に示し、為替市場を通じた影響にも配慮する必要が生じると考えています。今後も利上げにあたっては、事前に想定した中立金利を目指すのではなく、また、市場で考えられている一定の利上げの間隔や幅に囚われることなく、海外環境に加え国内での金融環境に関する緩和度合いを確認したうえで機動的に対応していく必要があると認識しています。以上、今年は新たな局面に入った、レジーム転換との認識の中、7月の会合で利上げ提案を行っています。

4.国債市場の展望について

長期国債買入れ減額と国債市場について――事実上、国債供給量は歴史的水準に

私は、1980年代から40年以上にわたり国債市場に従事してきましたが、歴史的に国債市場を振り返りつつ、現在の国債市場の立ち位置を考えてみたいと思います。図表26で過去40年の長期金利を振り返ると、長期金利は1990年をピークに上昇しましたが、その後、バブル崩壊とともに低下トレンドが続きました。2013年以降の大規模緩和で大量の国債買入れが生じ、2016年以降は、YCC下で低位な水準が続きました。

物価安定の目標に近づき、物価・賃金が上がらないノルムも解けた2024年以降、長年続いたYCCは時代の役目を終えました。そのため、大量の国債購入で市場機能が低下した状況から国債の購入を減らして正常化が必要と考えていました。また、日銀の保有するバランスシートのあり方を踏まえ、バランスシートの縮小も検討する段階にあると考えていました。

この点、日本銀行では、国債買入れに関して、2024年7月から減額を開始し、2025年6月会合では長期国債買入れの減額計画の中間評価を行い、毎四半期4,000億円程度の減額を2026年1から3月まで続け、その後は、2027年3月まで毎四半期2,000億円程度ずつ減額することとしました。今年6月の中間評価では、2027年4月以降の買入れ額は月間2兆円程度と、減額の停止を決定しました(図表27)。日本銀行の買入れ減額は、「長期金利は金融市場において形成されることが基本」としたうえで、国債買入れは「国債市場の安定に配慮するための柔軟性を確保しつつ、予見可能な形で減額していく」としています。

私としては、市場機能を円滑に保つ観点からも、減額プロセスは慎重、かつ時間をかけた対応も必要と認識しています。日本銀行の国債買入れは、国債保有を増やすことで金利を引き下げる効果を持っていました。一方、買入れ減額は、これまで日本銀行が買入れていた額の一部が市場に供給されることで、事実上、市場への国債供給量が増加することになります。この点を踏まえれば、今日、過去の歴史的な局面と比べても有数の市中への大量国債供給局面が生じているとも考えられます。図表28は、「ネット発行額」として、これまで発行された国債の残高前年差の推移を示します。これから、日本銀行が行ってきた国債買入れを勘案して、「市中残高」として、事実上、市場に供給される国債の前年差が示されます。1980年代からの歴史的な比較上、今回の国債買入れ減額の影響もここに表れます。2026年に向けて市場に供給される国債の「市中残高」の前年差は2000年代初の歴史的な水準を上回る水準にまで達しているだけに、国債市場の動向をしっかりとみていく必要があります。

国債市場とリスクプレミアム、超長期ゾーンの実質金利は海外並みに

なお、先ほどの図表26で示された1980年代からの長期金利のトレンドと長短金利差、ここでは、10年国債金利-政策金利を振り返ると、大規模緩和までは、2%を超えるような長短金利差がリスクプレミアムとして存在していました。一方、大規模緩和以降は、国債購入のストック効果にYCCによる期待も加わって、長短金利差が圧縮された状況が続きました。長短金利差が、短期金利の上昇期待に加え、国債投資に関するリスクプレミアムも反映したものであるとすれば、今日、既に出口に向かい市場機能が働くようになってきたなかで、金利リスクとして一定のリスクプレミアムを投資家が求めると考えられます。また、先述の日銀の国債買入れ減額に加え、これまでの国債需要を支えてきた、預金取扱金融機関の預貸ギャップが図表29に示されるように、貸出の増加により縮小に向かい、銀行への国際的な金融規制も存在するもとで、国債への投資余力縮小につながる可能性があることも、今後の国債市場を展望するうえで重要になります。前掲図表28に示されるように、市場への供給量が増加することは、市場で新たな保有者、例えば家計なども含めた投資家層を確保する必要を意味します。こうした投資家のポートフォリオリバランスには一定の時間を要することからも、今回のように、2027年4月以降は2兆円程度の購入を続けるとして時間をかけた調整の必要があると考えます5

日本銀行による国債買入れの減額が財政に対する配慮ではないことは言うまでもありませんが、事実上、市場に国債を供給する効果が生じるだけに、市場全体としての機能度の観点から、過度なボラティリティを回避すべく市場の安定に努める必要もあると考えています。過度なボラティリティが生じる場合には、むしろ市場機能が低下し、市場機能が不全に陥るリスクもあるだけに、市場機能を保つためにも、長期金利が急激に上昇するといった例外的な状況においては、機動的に、国債買入れの増額等を実施することとしています。

なお、保険業界が長期の負債にマッチングすべく大量に超長期ゾーンの買い越しを続けていた状況が毎年、縮小することで(図表30)、この1年を振り返ると、超長期を中心とした需給不安からボラティリティが拡大し、図表31に示されますように、超長期ゾーンの実質金利は海外と比べても相応の水準にあります。

以上を踏まえると、私としては、今後も長期金利の動きを注視し、金融機関の動向も踏まえたうえで、市場とのコミュニケーションを行う必要があると考えています。同時に、国債市場については、市場機能を保つためにも発行当局と緊密に連携しつつそれぞれの役割を踏まえたうえで、しっかりとモニタリングする必要があります。

  1. 5日本銀行による国債買入れ減額の国債市場への影響については、日本銀行企画局・金融市場局「日本銀行による国債買入れ減額の国債市場への影響」、日銀レビュー・シリーズ、No.2026-J-11を参照。

5.北海道経済について

最後に、北海道経済についてお話しさせて頂きます。一部に弱めの動きがみられますが、緩やかに持ち直しています。個人消費は、中東情勢の影響などを受けて物価が上昇するもとでも、観光関連のサービス消費などが堅調さを維持するなかで、全体として底堅く推移しています。また、公共投資も、北海道新幹線の延伸工事などを中心に緩やかに増加しています。企業活動面をみると、生産は、中東向け輸出分など一部で弱めの動きがみられていますが、ウエイトの高い食料品などが堅調に推移しているもと、横ばい圏内の動きとなっています。設備投資は、都市再開発案件をはじめとする大型の建設投資や省力化・省人化投資などを中心に、足元緩やかに増加しています。この間、雇用・所得環境は、2026年度の春季労使交渉において、2025年度に続き堅調な賃上げが実現するなど、緩やかな改善が続いています。

さて、北海道経済をもう少し長い時間軸で俯瞰しますと、当地を代表する産業である農林水産業や観光業においては、豊富な自然環境を遺憾なく活用しながら、モノやサービスのブランド価値や競争力を高めてきた経緯があります。更に、足元では、農林水産業や観光業以外の分野でもこうした環境を活用すべく、産学官金が連携しながら様々な取り組みが進められていると認識しています。

具体例を挙げますと、1つ目は、半導体関連産業の振興に向けた取り組みです。当地では、世界最先端の半導体の量産化に向けた体制構築が進みつつある中、サプライチェーンの構築に向けた企業誘致や、関連企業で働く人材の育成に向けた取り組みなどが進められています。例えば2025年には、半導体産業を支える強固なエコシステムの構築などを目指すために、産学官金が連携して「北海道バレービジョン協議会」を発足させました。同協議会には、製造業・非製造業の垣根を越えた幅広い企業のみならず、地方自治体や高等教育機関、地域金融機関なども加盟しており、都市計画や企業誘致、人材育成などの推進に向けて様々な議論が進められています。半導体関連産業の振興に向けた取り組みが奏功し、北海道経済全体が一段と成長することに期待したいと思います。

2つ目は、GXをキーワードとする各種投資の推進に向けた取り組みです。当地では、2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロとすることを目指し、行政主導で「ゼロカーボン北海道推進計画」が策定されています。同時に本計画では、地域と共生したGX政策の推進として、再生可能エネルギー供給において国内随一と言われている北海道のポテンシャルを活かし、良質な投資を呼び込むことが掲げられています。そうしたもと、当地では、陸上・洋上風力をはじめとする再エネ発電施設や、再エネ電源を活用したデータセンターの設置が進んでいるほか、こうした案件に対して投資を行う官民連携GXファンドの立ち上げなど、様々な取り組みが進められています。こうした取り組みを通じて、北海道がわが国のGX関連産業のフロントランナーとなることにも期待したいと思います。

全国と比べて速いペースで人口減少が進む北海道においては、産業の高次化や高付加価値化を進めることを通じて、域外需要の増加と生産性の向上を図っていくことが重要と考えられます。本日ご紹介した内容を含め、産学官金が連携しながら各種施策を進めることにより、北海道経済が益々発展していくことを祈念しております。ご清聴ありがとうございました。