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「日銀探訪」第20回:金融機構局金融高度化センター長 米谷達哉

金融機能強化担う第3のチャンネル=金融機構局金融高度化センター(1)〔日銀探訪〕(2014年5月28日掲載)

金融機構局金融高度化センター長の写真

日本の金融システムがバブル崩壊後の危機から明確に立ち直ってきた2005年、預金の払い戻し保証額を元本1000万円とその利子までとする「ペイオフ」が全面解禁された。日銀はこの年、金融危機対応に当たってきた信用機構局と考査局を統合して金融機構局を発足させたが、その際に同局に新設されたのが、今回取り上げる金融高度化センターだ。センター長の米谷達哉審議役(4月24日のインタビュー当時)は「それまでの危機管理重視から、公正な競争を通じて金融高度化を支援していくという方向にモードが変わった」ことが発足の背景にあったと説明する。

センターは、日銀のプルーデンス(信用秩序維持)部門の中で、金融機関への立ち入り調査を行う考査、資金繰りなどをチェックするオフサイト・モニタリングに次ぐ「(金融機関に対する)第3のチャンネル」と位置付けられ、論文発表やセミナー活動などを通じて、金融機能強化支援に携わっている。同時に、金融機構局の職員や支店の金融担当に対する研修も受け持ち、日銀のプルーデンス部門自体の機能強化を進める役割も担っている。米谷審議役のインタビューを3回にわたって配信する。

「金融機構局が発足した当時は、それまでの危機管理重視から、公正な競争を通じて金融高度化を支援するという方向にモードが変わってきた時期だった。そこで、考査とモニタリングの二つのチャンネルに次いで、金融機関のリスク管理や経営管理の高度化を支援し、金融サービスの向上を図る第3のチャンネルとして、当センターが設立された」

「センターには二つのグループがあり、このうち企画グループは金融機関の機能強化支援に従事している。具体的には、先端的な金融技術などに関する調査・研究を行い、論文として発表しているほか、金融機関を対象にセミナーを実施したり、金融機関からの個別相談に対応したりしている。もう一方の研修グループは、金融機構局に異動してきた職員に基礎的な知識を身に付けさせるための研修や、考査、モニタリングの担当者や支店の金融機関担当者に、業務に必要なノウハウを伝える研修を実施している。これもセンター発足当初からの業務で、十分なノウハウが蓄積されている。センターの11人の専担者のうち、6人が企画グループ、5人が研修グループに属しており、ほぼ半々の割合となっている」 「セミナーの種類は三つ。まず、全ての取引金融機関を対象に、手法がある程度確立してきた金融実務の周知を図るために開く大規模セミナー。次に、専門家や先行して取り組んでいる金融の実務家を集め、議論がまだ収れんしていない先端分野での課題について議論を深めるワークショップ。最後は、リスク管理などの基本的な知識を地域金融機関に広めるために、各地に出向いて開催する地域セミナーだ。日銀がなぜセミナーを開くのかと疑問に思われるかもしれないが、金融機関のニーズに沿ったセミナーを心掛けつつも、日銀として伝えたいことが伝わるような工夫をするのがポイントだ。そういう意味で、セミナーは日銀と金融機関との間の重要なコミュニケーションツールともなっている」

金融機関の悩みの解決策探る=金融機構局金融高度化センター(2)〔日銀探訪〕(2014年5月29日掲載)

金融高度化センターが発足した2005年以降の数年間、同センターが開催するセミナーのテーマは、リスク管理の高度化に関するものが中心だった。しかし最近は、中小企業の事業再生や海外進出支援など「金融仲介機能の向上」に関わるテーマが増えている。同センター長を務める米谷達哉審議役(4月24日のインタビュー当時)は「利ざやの縮小という、日本の金融機関が現在直面している悩みの解決策を探るには、融資先である企業の経営支援という課題に取り組む必要があった」と説明。「その時々で金融機関が最も関心のあるテーマを取り上げていく柔軟性がセンターの強み」と話す。

「センターが創設された05年当時は、信用リスクや金利リスク、情報セキュリティー、災害時などの業務継続体制も含め、リスク管理の高度化をどう図っていくかがセミナーのテーマの中心だった。しかし、金融機関の現在の大きな悩みは、利ざやの縮小により収益が上がらなくなってきていることだ。金融機関が収益を上げるには、まず融資先である企業の収益を上げる必要がある。そこで今は、全取引金融機関を対象とする大規模セミナーで、中小企業の事業再生など企業の経営支援に関わる問題をしばしば取り上げている」

「金融仲介機能の向上に関しては、経営支援などのほかに、融資手法の多様化という手段もある。大規模セミナーで取り上げたテーマの一つにABL(動産・債権担保融資)がある。これは、企業の商流に着目し、融資先の在庫や機械、売掛債権などを担保に融資する仕組みだ。ABLを活用すれば、利用できる担保が増える上、担保のモニタリングを通じて、金融機関による融資先企業の実態把握力も向上する。この延長線上で、『商流ファイナンスに関するワークショップ』では、事業者の資金調達の円滑化を図る目的で創設された電子記録債権制度を活用して、融資拡大を図る方策などについて話し合った。IT技術を使って、商流をウオッチしていく考え方だ」

「リスク管理の高度化の分野では、リーマン・ショック以降、アプローチを変えた面もある。それまでは、リスク計量化手法の活用に焦点が当てられていた。しかしリーマン・ショックを経て、リスク計量化手法だけに頼るのではなく、多面的なアプローチでリスク管理を行っていくことに重点を置くようになった。もっとも、これは、リスク計量化の有用性自体を否定するものではない。専門家を対象に開催するワークショップでは、引き続きリスク計量化手法の高度化についても議論している」 「また近年、銀行勘定における金利リスク管理などを取り上げている。普通預金がどのくらいの期間預けられるかというのは、単純だが難しい問題だ。すぐに引き出されると考えれば、長い国債での運用はミスマッチとなる。しかし、長く預けられるコア預金とみなせるならば、長期国債で運用して構わないということになる。将来的に高齢化が進んで預金が減少していくことまで考えると、問題は一層複雑になる。こういった、実務担当者にとっては悩みの深いテーマを取り上げているのも、最近の特徴だ」

金融機関と共に悩み、考える=金融機構局金融高度化センター(3)〔日銀探訪〕(2014年5月30日掲載)

先端的な金融技術やリスク管理手法の普及を図る目的で設立された金融高度化センターだけに、金融機関側からは「教師」のようなイメージで見られがちだ。しかし、センター長を務める米谷達哉審議役(4月24日のインタビュー当時)は「金融機関と一緒に悩みながら、問題解決の方策を探っていくことを心掛けている」と話す。セミナーの開催などを通じて民間企業や省庁などとも広く交流しており、情報がさまざまな方面から入ってくることも、調査・研究を行っていく上での強みとなっている。金融機関の担当者が、実務上の悩みについて相談してくることも多いという。

「セミナーに当たっては、金融機関が悩んでいる問題について一緒に考えるという姿勢での運営を心掛けている。『金融仲介機能の向上』というテーマについて言うと、日銀は企業に直接融資をしているわけでもないし、企業の合併・買収(M&A)、事業承継、ビジネスマッチングといったことについても、専門家ではない。そこで、全取引金融機関を対象とする大規模セミナーでは、テーマに関わりのあるさまざまな分野の専門家や、実際にその問題に取り組んでいる金融機関の実務担当者などに講師をお願いして、成功事例や失敗事例をいろいろ話してもらうようにしている。日銀は、できるだけ黒子に徹するように努めている」

「日本の各地からセミナーに来ていただくのだから、内容が充実しているというだけではなく、エピソードに共感してもらったり、セミナー自体を楽しんでもらえたりするように配慮している。そのために、会場の設営から、スタッフの振る舞い、休憩時間をどのタイミングで入れるかといったことにまで気を使っている。セミナーを10年近く開いているので、日銀の他の部署にはないノウハウが積み上がってきた」

「民間企業のほか、経済産業省や内閣府といった省庁、ABL(動産・債権担保融資)協会や事業再生研究機構などの外部の機関と接触する機会も多い。例えば、今われわれが関心を持っているのは、民間の資金を活用して公共的な事業を進めていこうというPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアチブ)だ。民間の資金やノウハウをインフラプロジェクトに活用する取り組みは、安倍政権の『アベノミクス』においても、成長戦略の重要な施策の一つに位置付けられている。そこで、関係省庁やPFI推進機構とも連携しつつ、地域金融機関などがPFIにどのように関わっていけるか、調査・研究を進めている」「当センターは、金融機関の担当者からの実務的な内容に関する相談にも対応している。セミナーでリスク管理などについて情報提供していることもあり、金融機関が新たなリスク管理手法を導入するときなどに相談に来られるケースが多い。例えば、昨年の春に国債の金利が大きく変動した際には、金融機関のリスク管理手法の一つであるVaR(バリュー・アット・リスク)の計測手法について、複数の地域金融機関から相談を受けた。こういった相談に対しても、金融機関と共に悩むという姿勢での対応を心掛けている」

(出所)時事通信社「MAIN」および「金融財政ビジネス」
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