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「日銀探訪」特別インタビュー:黒田総裁

見えてきた現場主義者の顔=特別編・黒田総裁(1)〔日銀探訪〕(2014年3月20日掲載)

黒田総裁の写真

黒田東彦総裁が就任して20日で1年を迎える。金融政策の一挙手一投足が注目される中で、キーマンの中のキーマンである黒田総裁の仕事ぶりについてはあまり知られていない。黒田氏は日銀職員をどうみているのか。生え抜きでない総裁が中央銀行業務にたけた専門家集団を率いていくために必要なリーダーシップとは。日銀各課の素顔を探ってきた「日銀探訪」は、今回特別編として、黒田総裁の素顔に迫る。

「金融政策だけではないことは以前から知っていたが、実際に総裁になってみてそれを痛感した」—。黒田総裁は、就任1年を前に、時事通信社「日銀探訪」取材班のインタビューに応じ、多岐にわたる日銀業務の印象をこう語った。

財務省出身の黒田氏は、2013年3月20日、第31代総裁に就任した。同省では主税局、国際金融局(現国際局)を中心に歩み、99~03年まで財務官。日銀総裁に就任する直前までアジア開発銀行(ADB)総裁を8年余り務めた。現在、69歳。

「総裁は、日本銀行を代表し、(政策)委員会の定めるところに従い、日本銀行の業務を総理する」—。日銀法は22条第1項で総裁の職務と権限について、こう定めているだけだ。だが「銀行の銀行」、「政府の銀行」、「発券銀行」という中央銀行の三つの中核機能の最高責任者である総裁の仕事は実に多岐にわたる。

注目を集める金融政策は「非常に重要な位置にあるが、多岐にわたる総裁の仕事の一部でしかない」(黒田総裁)。

実は、総裁の仕事の大半は、金融市場調節、金融システムの安定、国際金融業務や発券など、中央銀行の三つの中核機能を果たすために必要な日銀業務に関する報告やさまざまな決定に割かれている。日銀の予算や人事など組織運営にも責任を負う。

政策委員会は日銀の最高意思決定機関で、「金融政策決定会合」とそれ以外の「通常会合」の2種類がある。前者が月1~2回なのに対し、後者は毎週2回のペースで頻繁に開かれる。総裁は、政策委員会の議長として議事を運営しなければならない。

総裁は「執行部のヘッド」として、政策委の決定が適切に執行されることにも責任を負う。会社に例えれば、最高経営責任者(CEO)と最高執行責任者(COO)を兼務している状態だ。さらには、頻繁に国会審議に呼ばれ、20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議、国際決済銀行(BIS)総裁会議など海外出張もしばしばだ。

多忙を極める中、黒田総裁がこだわるのが現場主義だ。

黒田総裁は過去の日銀の金融政策ではデフレから脱却できなかったことを念頭に、昨年4月4日に「異次元緩和」と呼ばれる大胆な量的・質的金融緩和に踏み切った。就任直後、レジーム・チェンジを成し遂げた黒田総裁はリアリスト(現実主義者)に映った。

この1年で見えてきたのは、徹底した現場主義者としての顔だ。総裁就任後の半年で本店内の全ての部署にくまなく足を運んだほか、機会を捉えて支店を視察。最初に選んだのが東日本大震災の被災地である仙台支店と福島支店だった。被災地にかつて住んだことがあるという個人的な思い入れもあるが、まずは被災地の経済・金融の実情を自らの目で見て、復興に何が必要かを確かめたいという思いが強かった。

さらに、オペレーション(公開市場操作)や発券など、日銀業務の具体的な実務についても総裁の興味は尽きない。日銀ほどの大きな組織になると、トップに説明するのは主に局長クラスで、せいぜい課長級までだ。だが黒田総裁は、日銀業務を最前線で支える実務担当者の報告や意見にも耳を傾けてきた。 黒田総裁は「金融政策とか金融システム周りの話は、ある程度日銀の外にいても分かる。だが、具体的なオペのやり方とか新しい日銀券をどう流通させていくか、といったことは外にいると分からない。それぞれの業務が非常に興味深い」と語っている。

任せなければ組織は動かず=特別編・黒田総裁(2)〔日銀探訪〕(2014年3月20日掲載)

過去3代の総裁と違って外部から乗り込んだ黒田総裁は、中央銀行業務に精通した4700人の日銀役職員を率いていくためにどんなことを心掛けているのか。「物価の安定」と「金融システムの安定」という2大使命の遂行に向け日銀役職員を一枚岩として束ねていくことは総裁の重要な役目であり、最も難しい仕事の一つだ。黒田総裁はインタビューで、権限委譲をキーワードに挙げ、現場に任さなければ大組織を動かすことはできないとの考えを示した。

黒田総裁は、「まだ1年もたっていないので、日銀総裁に必要な資質について断定的には言えない」と断りつつ、日銀のような大組織を動かすカギは権限委譲だと説明した。日銀職員について「非常にプロフェッショナル。それぞれの人がそれぞれの部局で高い専門性を発揮している」と評価。「そういう人達の努力を評価し、リスペクトしないといけない」と語っている。

総裁は「トップのリーダーシップは必要だが、大きな組織の運営は1人でできる話ではない。いろいろな段階に分けて権限を委譲し、任せないと組織全体は動かない。全体として組織の使命を果たし、組織としての機能を最大限に発揮することが重要だ」と指摘。「これほど大きな組織、多様な人材を機能的に動かそうとするなら、一人一人の職員に対するリスペクトの気持ちを欠かさず、一人一人が真に力を発揮できるよう権限を委譲することが重要だ。ADBもそうだったが、日銀は非常にプロフェッショナリズムというか、それぞれの人がそれぞれの部局で高い専門性を持って働いている。そうした人たちには思う存分力を発揮してもらいたい」と話している。現場主義へのこだわりは、中央銀行業務を支えるプロフェッショナルへの敬意の表れでもある。昨年3月21日、役職員の前であいさつした総裁はこう言った。「日銀は重大な岐路に立たされている」—。あれから1年。消費者物価の2%上昇を目指す物価安定目標の実現は道半ばだが、黒田総裁は「政策委員会のみならず日銀全体のスタッフを含めて、(一丸となって)目標に向かって進んでいる」と、役職員との一体感に手応えを感じ始めている。

市場との対話はチャレンジング=特別編・黒田総裁(3)〔日銀探訪〕(2014年3月20日掲載)

最後にリーマン・ショック後の中央銀行の重要課題であるコミュニケーション戦略について、黒田総裁に聞いた。相次ぐ金融緩和で政策金利が0%近くになり、金利を上げ下げする伝統的な金融政策の余地がなくなった中銀は相次ぎ、量的緩和のような非伝統的政策に踏み切り、中央銀行が言葉で市場の期待や予想に働きかけるコミュニケーション戦略を重視し始めた。

総裁は「なかなか答えの出ない難しい話だ」としつつ、一般国民への説明責任と同様に重要なのは市場との対話だと語っている。

総裁は「政策当局者は政策の内容について理解を得ないといけない。それはADBであれ、財務省であれどこでも同じ。国民の皆さんに広く理解してもらえるよう、説明責任を果たすことは重要だ。それがなければ民主主義の下での政策運営は成り立たない」と述べた。

さらに「中央銀行が他の国際機関や政府機関とちょっと違うのは、極めてマーケットにセンシティブな金融政策を扱っていることだ。市場参加者に適切に働き掛け、コミュニケーションをとることも一般国民への説明責任と同じくらい重要だと思う」と説明した。

ただ、どの国の中央銀行も、市場との対話には苦労している。昨年5月、バーナンキ前米連邦準備制度理事会(FRB)議長の量的緩和第3弾(QE3)縮小発言が市場を驚かせ、円安・株高の流れに水を差したのはその典型例だ。

黒田総裁も「金融市場や金融システムの変化に応じて適切なコミュニケーションは変わってくるから、非常にチャレンジング(能力が試される)」と話し、簡単な課題ではないと認めている。さらに総裁は「適切なコミュニケーションのあり方は、各国・地域にかかわらず一律で皆同じというわけにはなかなかいかない。その国やその時々の金融や経済の状況を踏まえて、適切なコミュニケーションを考え、実践するということだと思う」と指摘。「金融はグローバル化しており、世界に向けた発信も重要だ」と話している。

(出所)時事通信社「MAIN」および「金融財政ビジネス」
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