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【概要説明】通貨及び金融の調節に関する報告書

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衆議院財務金融委員会における概要説明

日本銀行総裁 白川 方明
2011年7月13日

目次

はじめに

日本銀行は、毎年6月と12月に「通貨及び金融の調節に関する報告書」を国会に提出しております。最近では、本年6月10日に、平成22年度下期の報告書を提出いたしました。今回、日本経済の動向と日本銀行の金融政策運営について詳しくご説明申し上げる機会を頂き、厚く御礼申し上げます。

わが国の経済金融情勢

最初に、わが国の経済金融情勢について、ご説明申し上げます。

わが国の経済は、3月11日に発生した東日本大震災の影響により、生産面を中心に下押し圧力の強い状態に陥りました。震災の影響で、広範囲に亘る地域において生産設備が毀損されたほか、被災地の工場で生産されていた部品や素材の供給に制約が生じたことなどから、サプライチェーンにも障害が生じました。さらに、発電設備が大きく毀損されたことに伴って、電力供給面での制約も生じました。これらの供給面の制約などから、生産活動が大きく落ち込み、輸出も減少しました。また、企業や家計のマインド悪化もあって、民間需要にも相応の影響が及びました。

震災発生後4か月を経て、現在、わが国の経済は、震災の影響による供給面の制約が次第に和らぐ中で、持ち直しています。生産活動は、サプライチェーンが当初の見通しを上回るペースで着実に修復されてきていることなどから、このところ持ち直しの動きが明確になっています。電力問題も、この夏場については、電力会社の供給能力の増強に加え、企業および家計における節電や需要平準化の工夫などによって、当初懸念されていたほどには、経済活動の大きな制約とはなっていないとみられます。輸出は、生産活動の持ち直しを受けて、増加に転じています。国内民間需要についても、家計や企業のマインドが幾分改善するもとで、持ち直しつつあります。

日本銀行が今月初に公表しました6月短観の結果をみますと、企業の業況判断は、震災の影響がほとんど織り込まれていなかったとみられる3月調査対比では悪化しましたが、先行きについては、製造業を中心に、多くの企業が改善を見込んでいます。また、設備投資計画をみましても、製造業を中心に3月調査対比で上方修正されるなど、しっかりとしたものとなっており、民間企業の設備投資が、持ち直しつつあることが示されています。

先行きのわが国経済については、供給面での制約がさらに和らぎ、生産活動が回復していくにつれて、海外経済の改善を背景とする輸出の増加や、復興需要の顕現化などから、本年度後半以降、緩やかな回復経路に復していくと考えられます。

金融環境をみますと、コールレートがきわめて低い水準で推移する中で、企業の資金調達コストは、低水準で推移しています。企業からみた金融機関の貸出態度は、引き続き、改善傾向にあります。CP市場では、良好な発行環境が続いています。社債市場では、電力会社が発行する社債については、発行条件を巡り、発行体と投資家の目線が揃いにくい状況が続いていますが、全体としてみますと、良好な発行環境となっており、発行体の裾野にも拡がりがみられています。こうした中、企業の資金繰りについては、中小企業を中心に一部で資金繰りが厳しいとする先がみられていますが、総じてみれば、改善した状態にあります。

物価面では、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、4月に、2008年12月以来、2年4か月振りにプラスとなったあと、5月も、4月と同様、+0.6%となっています。先行きも、消費者物価の前年比は、小幅のプラスで推移するとみています。ただし、本年8月には消費者物価指数の基準改定が予定されており、前年比のプラス幅が下方に改定される可能性が高いことも認識しています。

以上を踏まえますと、日本経済は、やや長い目でみますと、物価安定のもとでの持続的な成長経路に復していくと考えられます。

続いて、以上の見通しを巡るリスク要因についてご説明します。

景気については、サプライチェーンに関する懸念は和らいでいますが、震災が家計マインド等を通じて及ぼす影響には、なお注意する必要があります。また、この夏を越えて、やや長い目でみた電力の供給制約については、不確実性が幾分増していると考えられます。海外経済を巡るリスクに関しては、バランスシート調整が米国経済に与える影響や、欧州のソブリン問題の帰趨について、引き続き注意が必要です。新興国・資源国については、金融引き締めが続けられているにも関わらず、高成長が続く中、インフレ圧力は沈静化していません。このため、物価安定と成長が両立する形で、経済がソフトランディングできるかどうか、不確実性が大きいと考えています。

物価面では、国際商品市況の一段の上昇により、わが国の物価が上振れる可能性があります。一方、中長期的な予想物価上昇率の低下などにより、物価上昇率が下振れるリスクもあるとみています。

金融政策運営

最後に、日本銀行の金融政策運営について、ご説明申し上げます。

日本銀行は、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰するために、包括的な金融緩和政策を通じた強力な金融緩和の推進、金融市場の安定確保、成長基盤強化の支援という3つの措置を通じて、中央銀行としての貢献を粘り強く続けています。

強力な金融緩和の推進という点では、まず、オーバーナイト物の金利を、0〜0.1%程度という実質的にゼロの水準にしています。そのうえで、この実質的なゼロ金利政策を、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで継続することを約束しています。また、短期金利の低下余地が限界的となっている状況の中で、金融緩和を一段と強力に推進するために、長めの市場金利の低下や各種リスク・プレミアムの縮小を促す措置を講じています。具体的には、「資産買入等の基金」という新しい枠組みを作り、その基金を通じて、固定金利方式の共通担保資金供給オペレーションと多様な金融資産の買入れを行うというものです。この買入れの対象としては、長期国債、国庫短期証券のほか、CP、社債、指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)といったリスク性資産も含んでいます。震災直後には、不安心理の広がりやリスク回避姿勢の強まりが実体経済に悪影響を与えることを未然に防止するため、基金を通じた金融資産の買入れを、リスク性資産を中心に増額しました。この結果、当初35兆円程度の規模で開始した「資産買入等の基金」は、40兆円程度まで拡大しています。

こうした強力な金融緩和の推進に加え、日本銀行は、日本経済の成長基盤強化を支援するための資金供給を実施しています。

日本経済は、震災前から、成長力の趨勢的な低下という課題に直面していました。こうした成長力の低下は、長期に亘る経済の需要不足をもたらし、デフレの根源的な要因にもなっています。今回の震災を経て、この成長力の引き上げという問題は、一段と重要性を増しています。

以上のような認識に基づいて、日本銀行は、日本経済の成長基盤の強化に資する融資や投資を実施した金融機関に対し、国債等の担保を裏付けとして、最長4年間、きわめて低い金利で資金を供給しています。さらに、先月の金融政策決定会合では、本資金供給について、新たに貸付枠を設定することにしました。新たな貸付枠では、金融機関による出資等の資本性を有する投融資や、在庫や機械などの動産、あるいは売掛債権などの債権を担保に行う融資——いわゆるABL——など、従来型の不動産担保や人的保証に依存しない融資などの取り組みを対象としています。これにより、金融機関が、金融面の手法を一段と広げ、わが国経済の成長基盤の強化に向けて、さらに活発に取り組むことを期待しています。

以上に加え、震災発生後、日本銀行は、わが国の金融機能の維持と資金決済の円滑を確保するため、民間金融機関とも協力しながら、被災地への現金供給や日銀ネットを始めとする主要な決済システムの安定的な稼働の維持に努めました。また、金融市場の安定化を確保するため、連日、市場の需要を満たす大量の資金を供給しました。さらに、4月には、被災地の金融機関を対象として、復旧・復興に向けた資金需要への初期対応を支援するため、期間1年の資金を0.1%の低利で供給するオペレーションを、総額1兆円の規模で導入しました。同時に、被災地金融機関の資金調達余力を確保する観点から、被災地の金融機関が日本銀行から資金調達する際に差し入れる担保の要件を緩和する、という措置も実施しています。

日本銀行としましては、今後とも、震災の影響を始め、先行きの経済・物価動向を注意深く点検した上で、必要と判断される場合には、適切な措置を講じていく方針です。

ありがとうございました。