このページの本文へ移動

【挨拶】最近の金融経済情勢について

English

三重県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 亀崎 英敏
2011年7月27日

目次

1. はじめに

日本銀行の亀崎でございます。本日はお忙しい中、三重県の経済界を代表される方々にお集まり頂きありがとうございます。また、私どもの名古屋支店の業務運営に対し、日頃よりご理解とご協力を賜っていることについて、この場を借りてお礼申し上げます。

本題に先立ちまして、この度の東日本大震災で犠牲となられた方々にお悔やみを、そして被災者の皆様にお見舞いを申し上げます。震災の発生から4か月以上経った今なお、被災地では不自由な生活を余儀なくされており、また原発事故の影響などから、全国的な電力供給への不安も続いています。こうした苦境を乗り越えるべく各現場の方々が頑張っておられる姿には、頭の下がる思いがしますとともに、日本の底力をみる思いもいたします。過去の日本が被った戦争の災禍やエネルギー危機などへの対応をみても、日本人は一度目標を定めれば、経営者、従業員を問わず全員の創意工夫の下、極めて大きな力を発揮してそれを達成してきています。この度も、日本は必ずやこの国難を乗り越えるものと確信しています。

さて、日本銀行では、総裁・副総裁と審議委員からなる政策委員の9名が、各地の経済界の方々と金融経済情勢等についての意見交換の目的で懇談会を開催しています。本日はまず私から、内外の金融経済情勢や日本銀行の金融政策等についてお話しさせて頂きたいと思います。しかし、金融経済情勢は、地域ごと、あるいは業種ごとに異なる部分もあります。その点につきましては、後ほど皆様から、当地の実情や日本銀行に対するご意見を頂戴しながら勉強させて頂きたいと考えておりますので、宜しくお願いいたします。

2. 東日本大震災を受けた日本銀行の取り組み

それでは本題に入ります。最初に、未曾有の大震災を受けて、日本銀行がこれまで講じてきた取り組みについてお話しします(図表1)。まず、3月11日14時46分の地震発生直後の15時、日本銀行は白川総裁を本部長とする災害対策本部を設置し、以下の対策を実施しました。

第1に、日本銀行は震災直後から、金融機能の維持と円滑な資金決済を確保するよう努めました。すなわち、被災地での現金需要に最大限応えるため、平日、休日を問わず、必要な現金供給を行いました。また、地震発生の当日中に、金融担当大臣と日本銀行総裁との連名で「平成23年東北地方太平洋沖地震にかかる災害に対する金融上の措置について」を発出し、金融機関等に対して、預金通帳や印鑑等を紛失した場合における預金等の払い戻しなどについて、状況に応じて適切な措置を講ずるよう要請しました。さらに、震災の発生後も関係機関と連携を図りつつ、日銀ネットをはじめ、わが国の主要な決済システムの安定的な稼働を維持しました。このほか、盛岡市に損傷通貨の臨時引換窓口を設置するなど、被災した方々が傷んだおカネを円滑に引き換えられるように努めました。東北地方に所在する日本銀行支店および盛岡市内の臨時窓口での引き換え実績は、震災発生後7月22日までの間に30.6億円に達しています。この金額は、阪神・淡路大震災後6か月間における日本銀行神戸支店の引き換え実績(約8億円)を大きく上回るものとなっています。

第2に、金融市場をはじめ様々な金融・経済活動における極端なリスク回避を防止するよう努めました。まず、震災発生直後から、連日に亘って金融市場の需要を十分に満たす潤沢な資金供給を行って資金調達における安心感を維持し、市場の安定確保に努めました。日本銀行当座預金残高は、一時はリーマン・ショック後やかつての量的緩和時をはるかに超え、42.6兆円にも上る既往最高額となりました(図表2)。また、3月14〜15日の2日間の予定だった金融政策決定会合を14日だけに短縮した上で、企業マインドの悪化や金融市場におけるリスク回避姿勢の高まりが実体経済に悪影響を与えることを未然に防止する観点から、包括的な金融緩和政策の枠組み -- これにつきましては、後ほど詳しくお話しします -- の下で、リスク性資産を中心に資産買入等の基金を5兆円程度増額し、金融緩和を一段と強化することを決定しました。

第3に、内外に向けて正確な情報発信を行い、不安心理の鎮静化に努めました。震災直後より、日本銀行ホームページにおいて、業務運営状況を継続的に公表したほか、日本語、英語双方による震災関連の専用エリアを設けるなど、情報発信体制の一層の拡充を図りました。また、国際会議や内外の講演、記者会見など様々な場で、わが国の金融市場や決済・金融システムが高い頑健性を維持していることを説明しました。

第4に、被災地の金融機関を対象に、今後予想される復旧・復興に向けた資金需要への初期対応を支援するため、「被災地金融機関を支援するための資金供給オペ」を開始しました(図表3)。これは、被災地に貸出業務を行う営業所等を有する金融機関や、そうした金融機関を会員とする系統金融機関に対し、0.1%の低金利で1年間、資金を供給する措置です。1先当りの貸付限度額は1,500億円、総額は1兆円で、本年10月末まで貸付を受付けます。合わせて、今後の被災地金融機関の資金調達余力確保の観点から、日本銀行から資金を調達する際の担保の基準を引き下げ、BBB格の社債や、金融機関の自己査定において正常先と区分された企業の手形や証書貸付債権も認めることとしました。これまでに本オペは3回実施しており、貸付総額は合計3,320億円となっています。

3. 経済・物価情勢

(1)世界経済

次に、実体経済の現状についてお話しします。まずは世界経済です。世界経済は2000年代半ば、グローバル化の進展に伴う世界各地での生産性の向上や、エマージング諸国の世界市場への組み込みの進展などにより高い成長を遂げました(図表4(1))。もっとも、その背後では、米国の住宅バブル、欧州通貨統合に伴う為替安定・金利低下による欧州周縁国の投資バブルなど、様々な国で経済の不均衡も蓄積していきました。こうした問題は、米国住宅価格の下落に伴う欧米金融市場の動揺というかたちで次第に顕現化し始め、2008年秋のリーマン・ショックで全世界に影響が広がりました。金融市場の混乱と実体経済の悪化が相互に悪影響を与えながら、世界中の経済が大きく落ち込む危機の発生です。これに対し、各国が大規模な金融・財政政策を採るなどした結果、翌2009年の春頃より世界経済は持ち直しに転じました。その後は、回復の遅い先進国経済と、高成長を続ける新興国・資源国経済という2極化がみられるものの、全体として回復基調にあります。

足許では、回復ペースが鈍化しています。すなわち、米国は、家計を中心に住宅バブルの崩壊で毀損したバランスシートを抱えており、回復になかなか弾みがつきにくい中、日本の震災や既往の原油高の影響から減速しています。欧州は、ドイツは好調ですが、財政状況の悪いギリシャなどの周縁国は落ち込んでおり、全体として緩やかな回復に止まっています。一方、中国、ブラジルなどの新興国・資源国は、高成長が続いています。もっとも、インフレ圧力を抑えるための金融引き締めの影響から減速感が出始めた国や、日本の震災による部品不足から生産が鈍化している国もみられます。先行きも、世界経済の回復基調は続くものとみていますが、欧州周縁国の財政悪化、新興国・資源国の景気過熱、国際商品市況の高騰などリスク要因も多く、その不確実性は高いものと考えています。

(2)日本経済

日本経済も、2000年代半ばに戦後最長の景気拡大(図表4(2))を経験した後、リーマン・ショックを受けて大きく落ち込みました。その後は、海外経済の持ち直しと、エコカー補助金や家電エコポイント制などの施策を受け、2009年春頃をボトムに持ち直し、回復に向けた動きが続いてきました。しかし、そうした中で東日本大震災が発生し、再び大きく落ち込みました。

リーマン・ショックによる落ち込みは、急激な金融収縮に伴い内外の需要が一気に失われたことによるものでした。リーマン・ブラザーズの破綻を契機に、米欧中心に、CP・社債の発行困難化や銀行の貸出態度の慎重化などによって経済活動が停滞し、それが金融市場や金融機関の不安に繋がる、金融と実体経済のスパイラル的な悪化が発生しました。米欧の金融危機の影響は、世界中の金融市場に波及し、日本の金融市場にも波及しました。こうした中、世界的な規模での大幅な生産・在庫調整が発生した訳ですが、日本は、世界需要の落ち込みの影響が特に大きかった自動車、電気機械、一般機械などの先端的な製造業のウエイトが大きかったため、他国と比べても生産水準が大きく低下しました。一方、今回の震災による落ち込みは、被災による直接被害、部品不足等による間接被害、あるいは電力不足などにより生産・販売が困難となった供給制約に、先行き不安や自粛ムードによる家計や企業のマインド悪化が加わったことによるものです。リーマン・ショック時とは違って外需に大きな変化はなかったため、その後の設備復旧の進行や節電の取り組みなどにより供給制約が和らぐとともに、速やかに持ち直しに転じました。足許では、輸出が増加に転じているほか、家計や企業のマインドが幾分改善する下で、国内民間需要も持ち直しつつあります。

先行きについては、供給制約がさらに和らぎ、生産活動が回復していくに連れ、海外経済の回復による輸出の増加や、復興需要の顕現化などから、今年度後半以降、緩やかな回復経路へと復していくものとみています。もっとも、こうした見方に関しては、やや長い目でみた場合、下振れリスクを意識する必要があると思っています。短期的には、サプライチェーンは着実に復旧する方向にあるほか、夏場の電力供給に対する多少の不安はなお残るものの、当初の懸念ほどには経済活動の大きな障害とはならない可能性が強まっています。一方、海外経済については、不確実性が幾分増しており、日本経済にとっての当面のリスクも、供給面から需要面にシフトしつつあります。また、やや長い目でみれば、定期点検後の原発の再稼働問題などを背景に、電力供給に関する不確実性が幾分増しています。為替円高や高い法人税率、FTA/EPA交渉の遅延といった、製造業の立地に不利な条件が多い中、さらに電力供給懸念が加われば、企業の海外シフトが加速しかねないため、大いに懸念しています。

(3)物価情勢

次は、物価情勢です。国際商品市況は、新興国の経済成長などを背景に上昇してきました。国際金融情勢の不安定化に伴い、最近では弱含む動きもみられていますが、引き続き高値圏で推移しています(図表5(1))。これを反映し、日本の輸入物価や、国内における財の企業間取引価格の変動を示す国内企業物価指数も、高水準となっています(図表5(2)、(3)、6)。

こうした中、家計の財・サービスの購入価格の変動を示す、生鮮食品を除く消費者物価指数(CPI)は、今年の4月、2009年3月以降約2年間続いた前年比マイナスから脱し、プラスに転じました(図表6(2))。このように、日本経済はデフレから脱却する方向での動きを続けています。こうした背景には、既往の国際商品市況の上昇のほか、需給ギャップの縮小があります(図表7)。

先行きも、国際商品市況の上昇や需給ギャップの縮小を背景に、生鮮食品を除くCPIの前年比は、小幅のプラスで推移するものと考えています。ただ、こうした見方にも様々な不確実性があります。例えば、国際商品市況の大幅上昇や、日本経済の下振れによる需給ギャップ縮小の遅れ、経済への悲観的な見方による人々の中長期的な物価見通しの下振れ、などの可能性が考えられます。

ところで、来月にはCPIの基準改定が予定されています。この基準改定に伴って、CPIの前年比は下方修正される可能性が高いと思われます。とはいえ、統計の改定で経済実態が変わる訳ではなく、日本経済がデフレから脱却する方向にあることは確かだと思います。

(4)展望レポートについて

以上は私の見通しですが、日本銀行では毎年4月と10月に、全政策委員の見通しを統合した「経済・物価情勢の展望」を作成し、見通しの計数と合わせて公表しています。また、7月と1月にはその修正見通しも公表しています。

最新の見通しは、今月半ばに公表したものです(図表8)。実質GDPの前年比をみると、2011年度は震災の影響で+ゼロ%台前半の伸び率に止まりますが、2012年度は復興需要の増加なども見込まれることから+3%近い伸びとなっています。生鮮食品を除く消費者物価の前年比をみると、原材料価格の上昇や需給ギャップの縮小などから、2011年度、2012年度とも+ゼロ%台後半の上昇率となっています。なお、これには統計の基準改定の影響を織り込んでいません。

また、各政策委員は、先行き見通しについて幅をもってみており、各予想値の実現可能性を確率で示しています。それを全員分まとめてグラフで示したものが図表9です。棒グラフの山の高さ、裾野の広さはメインシナリオの実現性の高さを表しますが、より将来の見通しほど山は低く、裾野が広くなっており、先行きの不確実性が高いことがわかります。また、棒グラフの山の左右への偏りは上下方向へのリスクの高さを表しますが、実質GDPの前年比は下振れリスクが大きく、消費者物価の前年比は概ねバランスしていることがわかります。

4. 金融政策運営

次に、日本銀行の金融政策運営についてお話しします。

(1)リーマン・ショックへの対応

2008年秋のリーマン・ショックは、日本を含む各国の金融市場に急激な金融収縮をもたらしました。これを受けて日本銀行は、危機発生直後から連日大量の即日資金供給オペを実施したほか、ドル資金供給オペを導入して対応しました。その後、次第に市場環境の悪化が深刻さを増し、企業金融の逼迫に伴って金融と実体経済の負の連鎖も顕現化したため、政策金利の引き下げに加え、補完当座預金制度、CPや社債の買い入れ、適格担保の格付け要件の緩和、企業金融支援特別オペ、外国債の適格担保化などの措置を次々と導入しました。また、金融システムの安定確保に向け、金融機関による株式保有リスク削減努力を支援するための株式買入れや、金融機関が十分な自己資本基盤を維持することを支援するための劣後特約付貸付の供与も行いました。これらの施策のうち、時限的に導入した措置については、金融市場が落ち着きを取り戻すにつれ、徐々に完了してきています。

(2)物価安定の下での持続的成長に向けた政策運営

こうして金融市場は落ち着いたものの、日本経済がデフレから脱却し、物価安定の下での持続的成長経路へと復帰するため、日本銀行は現在に至るまで、様々な施策を展開しています(図表10)。

イ.強力な金融緩和の推進

第一に、強力な金融緩和です。これは、昨年10月に決定した「包括的な金融緩和政策」の実施を通じて行っています。この政策では、まず(1)無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導目標水準を「0〜0.1%程度」として、現在の政策金利は実質的にゼロであると明確に打ち出しました。次に、(2)この実質ゼロ金利を、金融面での不均衡の蓄積といった問題が生じていないことを条件に、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで継続するとして、実質ゼロ金利政策の時間軸を明確化し、長めの金利の安定に努めています。ここで物価の安定とは、日本銀行の政策委員が考える「中長期的な物価安定の理解」、すなわち「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、中心は1%程度」のことを意味します。さらに、(3)国債、CP、社債、ETF、J-REITといった多様な金融資産の買入れと、3か月ないし6か月の資金を0.1%で供給するという固定金利オペを行うための基金を設けました。これは、長めの市場金利の低下と各種リスク・プレミアムの縮小を促すことで、通常の金融政策の操作対象である短期金利の低下余地が乏しい中でも、一段の金融緩和効果を得るための施策です。特に、相対的にリスクの高いETFやJ-REITを日本銀行が買い入れることが呼び水となって、市場参加者の投資姿勢が積極化すれば、リスク・マネーの仲介が円滑化し、企業の資金調達環境は改善するものと考えられます。なお、当基金は創設当初は35兆円でしたが、先程述べましたように震災直後に増額して、現在では40兆円としています。

ロ.金融市場の安定確保

また、日本銀行は、金融市場の安定に万全を期すため、多様な資金供給オペレーションを活用しています。先程述べたとおり、震災直後に金融市場に不安感が広がった際には、既往最大の資金供給を行うなどしています。また、金融機関が、いつでも資金を調達できるという安心感を醸成するための措置も採っています。例えば、金融危機に対応するために導入した時限措置のうち、補完当座預金制度や外国債の適格担保化、ドル資金供給オペは現在も続けており、市場が不安定化することを未然に防ぐべく機能しています。

ハ.成長基盤強化の支援

さらに日本銀行は、日本経済の成長基盤強化に向けた民間金融機関による融資や投資の取り組みに対し、長期かつ低利の資金を供給する施策を行っています(図表11)。現在、金融市場には資金が潤沢に行き渡っていますが、企業や家計といった経済主体は先行きの成長に懐疑的で、将来を見越した前向きの支出には消極的であるため、足許の成長は弱くデフレ圧力は強いままです。そこで日本銀行はこうした問題に対応するべく、先行きの成長が望める分野への金融機関の資金供給を促し、各経済主体の成長期待を高めるため支援を行っています。

本施策は、昨年6月の決定以降、全国の金融機関から高い関心を呼び、本年6月実施分の対象先は153先、実際の貸付先は126先に上ります。対象となった個別投融資は、分野別にみると、環境・エネルギー、医療・介護、社会インフラ整備、地域再生、アジア事業など多くの分野に広がっています。また、本施策の資金供給期間は最大4年にもかかわらず、実際に金融機関が行っている個別の投融資は4年を超えるものが7割以上となっているほか、本施策を機に金融機関が専用のファンドや投融資制度を創設し、中には借入限度額である15百億円を超える投融資枠を設定する例もみられるなど、狙いとした呼び水効果が発揮されていることが窺われます。そして、現在までの4回の資金供給実施により、貸付金額は受付期間の終了まで1年を残して上限の3兆円にほぼ達しました。

今後については、金融機関が金融面の手法を一段と広げ、わが国経済の成長基盤の強化に向けて、さらに活発に取り組むことを後押しする方向で、本施策を強化することとしました(図表12)。具体的には、新興企業や中小企業が直面しているリスク・マネーや不動産担保の不足といった問題の解決を側面支援すべく、金融機関が成長企業に対して投資や動産・債権担保融資を行った場合に、日本銀行が資金供給を行うというものです。これを機に、現時点ではあまり一般的でないこうした手法が広がり、成長企業の育成に繋がっていくことを期待しています。そうすれば、日本経済の成長力向上に繋がるとともに、金融機関が成長企業を見分ける能力の向上にも繋がるものと思います。

5. 日本経済の復興に向けて

ここからは、やや長い目でみた日本経済についてお話しします。バブル崩壊以降の日本経済は、幾度かの景気循環はありましたが、均してみれば低成長を余儀なくされ、デフレにも陥った「失われた20年」となりました。そこに襲った今回の震災は、さらなる大きな痛手となっています。日本経済が低成長から脱して再び輝きを取り戻すためには、東日本のみならず、日本経済全体の復興に向けた抜本的な対策が必要です。

(1)日本経済が低成長に陥った理由

日本経済の復興について考える前に、戦後日本の高度成長と、その後の低成長の理由について述べたいと思います(図表13)。まず、日本の高度成長の背景には、(1)欧米先進国の成長過程を参考にすることができた -- 後発者利益が得られた -- こと、(2)生産年齢人口が増加したこと、特に生産年齢人口が全人口に占める割合が高まる人口ボーナスが進行したこと(図表14)、(3)工業製品が高い競争力を持ち、欧米先進国以外にライバルが不在だったこと、といった好環境があったものと考えられます。右肩上がりの成長の中で、政府の産業政策やメインバンク制、年功序列や終身雇用制など、いわゆる日本型経済システムもうまく機能しました。

しかし1970年前後には、日本経済は欧米先進国にほぼ追い付き、人口ボーナスの進行も止まります。また、石油ショックや急速な円高もあって高度成長は終了しました。その後も生産年齢人口の増加や、工業製品のライバル不在の状態も続いたため安定成長は続きますが、日本の国際的プレゼンス向上を背景とする貿易摩擦の深刻化や、プラザ合意による円高などから景気下押し圧力が強まります。これを回避するため内需拡大策が採られる中、1980年代後半にバブルが発生しました。

1990年代に入るとバブルは崩壊します。その後は現在に至るまで、度重なる経済対策や金融緩和でも流れを変えることはできず、長い低成長とデフレの時代が続いています。バブル崩壊後は、企業の「債務、設備、雇用」の3つの過剰、家計の重い住宅ローン、金融機関の不良債権といったバランスシート上の重石が景気回復を妨げていると言われましたが、それがかなり解消された2000年代以降も状況はあまり変わっていません。そのため、低成長が継続している理由は別に求める必要があります。私は、この間に起こった重要な変化、すなわち1995年をピークとした生産年齢人口の減少への転換(前掲図表14)と、新興工業国が日本の工業製品のライバルとして台頭してきたことがその理由と考えています。

(2)低成長とデフレからの脱却に向けて

このように、高度成長終了から現在に至るまで、日本経済の成長力が低下していった理由は、これまで申し上げた通り、(1)後発者利益の得やすさ、(2)生産年齢人口の増加、(3)工業製品のライバル不在、といった好環境が徐々に失われていったことにあると思います。そうであれば、元の高成長に戻るにはその環境を取り戻せばよいのでしょうが、世界が大きく変化した現在、容易ではありません。そこで、時代の変化に合わせて観点をやや変えた、新たな成長モデルの構築が求められます。

まず、後発者利益の面では、モノづくり・輸出立国という観点だけではなく、いかに豊かになるかという観点を加えればどうでしょう。例えば、様々な改革で長期低迷から脱した英国やドイツ、豪州など、高負担・高福祉で国民の満足度が高い北欧諸国、競争原理を活かして高成長を遂げ豊かさを実現しているアジアNIEsなど、観点を変えれば日本が学ぶべき先達はいくらでもあります。

生産年齢人口の面では、出生率を高めて人口減少に歯止めをかけるための様々な制度見直しが必須であり、正攻法ではありますが、如何せん時間がかかります。短期間で就業者を増やして成長力を高めるには、女性や高齢者の労働参加を促すための職業教育やインセンティブの強化、あるいは秩序だった外国人労働者の導入などを進めるしかないでしょう。なお、当面は高齢化の進行が止められない中、医療、介護分野の規制緩和ならびに改革を進め、大きな内需型産業として育成していくべきです。

世界市場でのライバルとの戦いに勝利するには、得意分野の高付加価値化を一段と進めることが重要ですが、既存の技術を活かしながら新分野へ挑戦することも欠かせません。必要は発明の母と言いますが、例えば、電力不足を受けてエネルギーの需要と供給の一段の効率化が求められる中、日本が優位性を持つ省エネ技術をさらに伸ばすチャンスと言えます。また、原発事故処理の教訓を受けて、得意なロボット技術等を実用的なものへと進化させる良い機会かもしれません。こうした企業の取り組みを促すには、時代に合わなくなった規制の緩和も必要です。また、世界のライバルと渡り合っていくための前提として、FTA/EPAの締結国を増やすなど競争条件の改善も求められます。そのためには、第一次産業の生産性を高め競争力を強化して、経済成長と第一次産業が両立する道筋をつけることも必要ですが、今回の大震災は、地域の実情に応じて、経営の大規模化や効率化を進める機会ともなるのではないでしょうか。

これらとは別に、社会保障制度の改革や財政健全化に向けた取り組みも重要です。なぜなら、年金や財政に対する将来不安は、支出よりも貯蓄を選好する強いインセンティブとなっており、日本の成長力を殺ぐ一因だからです。低成長下では、企業も個人も政府も、リスクを伴う新たな挑戦や痛みを伴う改革には及び腰で、経済の下支え役を財政支出に頼る状態を長らく続けてきました。その結果、政府債務は膨れ上がり、欧州周縁国のことを他人事だとは言い切れない状況となっています(図表15、16)。政府財政への信認は、これまで何も起こらなかったとしても、突然非連続的に不安定化することも考えられます。従って、そのような事態に陥らないよう、財政再建に向けた道筋を示し、それを実行に移していくことにより、内外からの信認維持に努めることが喫緊の課題と言えます。

(3)日本銀行の取り組み

日本銀行は、日本経済がデフレから脱却し、物価安定の下での持続的成長経路へと復帰するため、中央銀行としての貢献を粘り強く続けています。こうした金融政策面からの取り組みも、日本経済の復興を支援するはずです。今後も日本銀行は、その目的の達成のために必要な施策を、プロアクティブに -- すなわち主体的に、能動的に -- 実施していくべきだと考えています。

6. 終わりに -- 三重県について

結びに当たって、当地三重県について述べたいと思います。三重県は、自然や地形、歴史や文化が非常に多様であり、それが産業の多様性にも結びついているものと思います。例えば、農林水産業は、豊富な山海の資源、温暖な気候、大消費地に近い立地条件を活かして、多彩に展開しています。製造業は、輸送用機械や電気機械、一般機械、化学といった幅広い業種の大工場が数多く立地し、それを中心とした企業群が構成されています。また、観光資源も、古来の伝統を体験できるもの、最新のテクノロジーを見聞できるもの、家族で楽しく過ごせるものなど、バラエティに富んでいます。一方、個別の産業をみても、大変魅力のある素材がたくさんあります。例えば、伊勢神宮や松阪牛、電子部品、自動車などは、世界的にも超一流のブランド力を持つ素材です。他にも、お茶やカツオ、伊勢エビや真珠などといった全国トップクラスの素材がたくさん揃っています。

三重県では、こうした多様性、および個々の素材の強さを活かすべく、県民を挙げて様々な努力をしておられ、実際に企業や観光客の誘致に成功し、県の発展に結びついています。さらに、各素材間で横の繋がりを強めることで、各素材の販売力向上が期待できるだけでなく、コラボレーションから新しい付加価値が生まれるかもしれません。今後とも、三重ブランドの向上が期待されるところです。こうした取り組みを含め、県民の皆さまの様々な努力が実を結び、三重県経済が今後一段と飛躍していくことを願っています。

ご清聴頂き、誠にありがとうございました。