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【講演】内外経済の展望と金融政策

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日本証券経済倶楽部における講演

日本銀行政策委員会審議委員 木内 登英
2013年11月26日

目次

この度は、日本証券経済倶楽部でお話する機会を賜り、誠にありがとうございます。本日は、内外経済の展望と金融政策運営についてお話したいと思います。

1.内外経済の展望

日本銀行では、10月末に「経済・物価情勢の展望」(「展望レポート」)を公表しました(図表1)。今回の見通しを7月の中間評価と比較すると、海外経済の想定はやや下振れていますが、内需が政府の各種経済対策の効果もあって幾分強めに推移すると予想されることから、全体の成長率見通しは概ね不変となっています。物価見通しについても、中間評価時点から概ね不変です。

わが国の景気は、輸出は持ち直しつつもやや勢いに欠ける一方、個人消費をはじめ国内需要が堅調に推移し、海外経済も緩やかに持ち直しています。先行きについては、内需が堅調さを維持する中で、外需も緩やかながら増加していくと見込まれ、生産・所得・支出の好循環は持続すると見通しています。

こうしたもとで、物価については、消費者物価(除く生鮮食品、以下同じ)の前年比が6月に14か月ぶりにプラスに転じた後、プラス幅を拡大し、最近では0%台後半となっています。先行きについては、景気回復に伴う需給バランスの改善や中長期的な予想物価上昇率の高まりなどを反映して上昇傾向をたどり、消費税率引き上げの直接的な影響を除いた消費者物価の前年比は、政策委員見通しの中央値でみると2015年度に+1.9%に達するとみています。

なお、以上の見通しの背景にある前提のうち、海外経済については、前述のとおり幾分弱めに推移していますが、先進国を中心に、次第に持ち直していく姿を見込んでいます。主要国・地域別にみると、米国経済は堅調な民需を背景に緩やかに回復しています。先行きは、緩和的な金融環境が維持され、財政面の下押し圧力も次第に和らいでいく中で、回復テンポは徐々に増していくと予想されます。緩やかな後退が続いていた欧州経済も、漸く底入れし、先行き次第に持ち直していくとみられます。この間、中国経済は、現状程度の安定成長が続くとみられますが、その他の新興国・資源国経済については、当面成長に勢いを欠く状態が続く可能性が高いとみています。

2.先行きのリスク要因

「展望レポート」では、以上の中心的な経済・物価見通しに対する上振れ・下振れ要因を挙げていますが、私自身は下振れリスクをより意識しています。また、4月に続いて10月公表の「展望レポート」でも、物価見通しなどの記述を修正する議案を出しました。以下では、そうした私自身の考えに基づき、先行き見通しに関する留意点を幾つか述べたいと思います。

(1)海外経済の動向

私が一番注目しているのは、海外経済の動向に関する不確実性です。

IMFの世界経済見通しは、ここのところ下方修正が続いています(図表2)。直近でも、7月時点から10月時点までの僅か3か月間で、2013年の世界成長率見通しは0.3%ポイント、2014年は0.2%ポイント下方修正されました。中国など新興国・資源国経済の見通しが下方修正されたことが主因です。

この背景には、新興諸国における不均衡の調整があると思います。リーマン・ショック後の財政・金融面からの過剰な政策対応や、過大な成長期待に基づく海外資金の流入により、新興諸国でも民間債務の大幅増といった形で不均衡の蓄積が進み、現在はその調整過程にあるとみています(図表3)。そうだとすれば、成長に勢いを欠く状態が長引く可能性が高いと思います。

他方、米国経済を中心とした先進国経済の回復力についても、不確実性が残っています。私が特に注目しているのは、米国をはじめとして、先進国の労働生産性上昇率のトレンドが低下しているように窺われることです(図表4)。労働生産性上昇率のトレンドが低下すれば、安定した雇用増加が続いていても先行きの所得増加期待は容易に高まらず、米国経済の先行きを大きく左右する個人消費に容易に力強さが戻らないことも考えられるため、その動向を注視しています。

(2)内需動向

今回の景気回復は、これまで消費主導で非製造業部門が回復を牽引してきました。先行きも内需が堅調さを維持していくためには、雇用・所得環境の改善による消費の下支えと、企業の設備投資の増加が重要です。

しかし、消費関連指標をみると、消費者心理を反映するとみられる景気ウォッチャー調査の家計関連DIは、現状、先行きともに4月から5か月連続で下落しました。これは家計調査報告の実質消費支出の動きとも整合的といえ、個人消費は底堅さを維持しつつも、増勢鈍化の兆しがみられます。実際、今年7-9月期の実質GDP成長率は前期比+0.5%(年率+1.9%)と、年前半の年率4%程度から減速する中で、個人消費も+0.1%と年前半に比べて伸び率を低めています(図表5)。また、設備投資は、企業収益が改善する中、+0.2%と3四半期連続で増加したものの、製造業での回復の動きはなお緩慢です。他方、製造業の設備投資にも大きな影響を与える輸出は-0.6%と3四半期ぶりに減少し、なお力強さが感じられません。こうした中、内需の先行きを考えるうえで、今後、設備投資がどの程度伸びてくるかを注視していますが、その本格回復にはなお時間を要するとみています。

(3)物価見通し

政策委員会の中では少数意見ですが、10月の「展望レポート」の物価見通しについて、私は修正議案を提出しました。具体的には、(1)見通し期間後半にかけての物価見通しについて「『物価安定の目標』である2%程度に達する可能性が高いとみている」から、「上昇幅を緩やかに拡大させていくことが見込まれる」に変更する、(2)予想物価上昇率の見通しについて「『量的・質的金融緩和』のもとで、実際の物価上昇率の高まりもあって上昇傾向をたどり、『物価安定の目標』である2%程度に向けて次第に収斂していく」から「実際の物価上昇率の高まりもあって緩やかな上昇傾向をたどると考えられる」に変更するという内容です。

「物価安定の目標」の実現に当たっては、わが国経済が全体として持続的に成長し、国民生活がより豊かになるなかで、物価上昇率が徐々に高まっていく、という好循環を作り出すことが大切です。そうした観点からみたとき、私自身は、2年程度という短い期間で2%の「物価安定の目標」を達成することは容易でないだけでなく適当でもない、と考えています。

足もとの物価上昇は、一部に需要増加を背景とした要素も含まれるものの、これまでのところ、エネルギー価格上昇や為替相場の変動の影響といったそれ以外の要因を反映している面も大きいとみています(図表6)。しかし、経済の改善と一体で進む持続的な物価上昇を実現するためには、賃金の上昇、とりわけ所定内給与の上昇が鍵を握ると考えています。

注目される来年の春闘では、一部企業でベースアップも実施され、平均賃上げ率はある程度上昇する可能性が高いと思います(図表7)。ただ、企業が基本給を大幅に引き上げる動きが広がり、それが基調的な物価押し上げへとつながっていくには、先行きの成長期待の高まりを通じて、労働需給がさらに改善することが必要です。雇用・賃金は景気に遅行するため、賃金の上昇を伴いながら物価上昇率が高まっていくまでには、相応の期間がかかると私自身はみています。実質賃金上昇率が労働生産性上昇率と一致するという前提のもとで、労働生産性上昇率を仮に1%程度とした場合、2%の「物価安定の目標」と整合的な名目賃金上昇率は3%程度、労働生産性上昇率を0.5%程度としても2.5%程度となる計算ですが、賃金水準をそこまで引き上げるには、相当の時間を要するものと思われます。しかし、肝心なことは、賃金の上昇を伴いながら、徐々にであっても物価が上昇していくという好循環が作り出され、維持されていくことだと考えています。

なお、時間の経過とともに賃金と物価がバランス良く上昇していく局面に至っても、現在、海外先進国でディスインフレ傾向にある点を踏まえると、日本の物価上昇率に下向きの圧力がかかりやすい状況がなお続いている可能性もあると考えています1

  1. 1 わが国インフレ率の歴史的推移と他国との比較については、本年2月の神奈川県金融経済懇談会における挨拶要旨「わが国経済・物価動向と今後の金融政策」もご参照ください。

3.金融政策

日本銀行は、本年4月に、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」を導入しました。この政策では、金融市場調節の操作目標を、従来の無担保コールレート(オーバーナイト物)からマネタリーベースに変更したうえで、マネタリーベースを2年間で2倍に拡大することとしました(図表8)。また、そのために、残存期間の長いものを含めて、巨額の国債買入れを行うこととしました。さらに、日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続することを約束しています。

「量的・質的金融緩和」は、これまでのところ、金融市場や家計・企業などの期待形成への影響等を通じて、日本経済に好ましい効果を与えてきています。ただ、私自身は、「量的・質的金融緩和」の具体的な緩和策には賛成しつつも、政策委員会の中では少数意見ではありますが、2%の「物価安定の目標」の達成時期と、「量的・質的金融緩和」の継続期間について、4月の「量的・質的金融緩和」の導入時点から修正議案を出し続けています。以下では、そうした点も含めて、金融政策運営を巡る幾つかの論点について、私自身の考えを申し上げたいと思います。

(1)コミットメントの柔軟化

私の議案では、先行きの政策運営方針について、「日本銀行は、中長期的に2%の『物価安定の目標』の実現を目指す。そのうえで、『量的・質的金融緩和』を2年間程度の集中対応措置と位置付け、その後柔軟に見直すこととする」と修正することを提案しています。この修正議案のポイントは、コミットメントの柔軟化を目指していることです。すなわち、第1に、2%の「物価安定の目標」の達成時期を2年程度と限定していないこと、第2に、「量的・質的金融緩和」の継続期間については2年程度を目途とし、その時点で必要に応じて柔軟に見直すとの考えを明確にしていることです。

4月3、4日会合の議事要旨に記述されているように、このような修正を提案したのは、(1)2%の「物価安定の目標」を2年程度の期間を念頭に置いて達成するには、大きな不確実性がある、(2)そうした中、「量的・質的金融緩和」が長期間にわたって継続するという期待が高まれば、同措置が前例のない規模の資産買入れであるだけに、金融面での不均衡形成などにつながる懸念がある、と考えたためです。同会合の議事要旨では、このほかの潜在的なリスクとして、財政ファイナンスの観測を高める可能性のほか、金融機関の収益を圧迫して金融システムの脆弱性を高める可能性、市場機能を大きく損なう可能性なども指摘されています。

これらの潜在的リスクを十分に認識した上でなお、私自身が「量的・質的金融緩和」の具体的な施策に賛成しているのは、政策で生じる経済的なプラス効果の大きさが、それに伴う潜在的なリスクないしは副作用の大きさを僅かでも上回っていると判断しているためです。

しかし、仮に現在の大規模な緩和が長期化あるいは強化されれば、逆に副作用がプラス効果を上回ってしまう可能性があります。この点、現在のコミットメントのもとでは、「物価安定の目標」を2年程度で達成するのが難しいとの見方が広がれば、プラス効果よりも副作用のほうが大きいと判断される場合でも、金融市場の期待等の外部要因に影響されて、日本銀行の政策がそうした対応を余議なくされる可能性も否定できません。私が修正議案において、「物価安定の目標」の達成時期を特定せず、「量的・質的金融緩和」を2年間程度の集中対応措置と位置付けているのも、効果と副作用の比較考量を一定期間経過した後にしっかりと点検し、経済・金融情勢次第で柔軟に見直す環境を予め確保しておくことが適当との判断に基づいています。

(2)「物価安定の目標」と中長期の予想物価上昇率

私の修正議案で2%の「物価安定の目標」の達成時期を中長期としているのは、2%の「物価安定の目標」は中長期でみた場合にのみ、日本経済のファンダメンタルズと整合的になりうると考えているためです。

日本銀行が実現を目指している2%の「物価安定の目標」は、物価上昇率が一時的にでも2%に到達するということではなくて、2%を安定的に持続することです。そのためには、現実の物価上昇率だけでなく、中長期的な予想物価上昇率も2%程度になることが必要です。実際の物価上昇率が平均的に2%程度で変動し、物価が概ね2%程度上がることを前提に企業や家計が行動するようになれば、中長期的にも物価の安定につながると考えられます。

しかし、実際の物価動向は足もと上昇していますが、それにも関らず、各種関連指標に照らすと向こう5年、10年といった中長期の予想物価上昇率の上昇は緩やかです(図表9)。このことは、日本銀行が2%の「物価安定の目標」を決定しても、それだけでは中長期の予想物価上昇率はその水準に容易に誘導されるものではないことを示唆しています。

私自身は、中長期の予想物価上昇率は、財や労働市場の需給関係よりも、潜在成長率や労働生産性上昇率などの供給側の要因で決まる部分が大きいと思っています(図表10)。「量的・質的金融緩和」をきっかけに民間の経済主体の前向きな動きが引き出され、日本経済の成長力を強化するような経済政策が併せて講じられていけば、成長力の高まりとともに中長期の予想物価上昇率も上がってくると思われます。しかし、「展望レポート」の予想物価上昇率の見通しについて修正議案を出したことに示されているように、私自身はその実現には相応の期間を要すると考えているため、「物価安定の目標」の達成時期も特定しないのが望ましいと考えています。さらに、今後の成長力の変化や中長期の予想物価上昇率の変化を踏まえて、将来的には2%という「物価安定の目標」の水準を再検討する余地もあると考えています。

(3)「量的・質的金融緩和」と財政健全化

「量的・質的金融緩和」は、それ自体、強力なものですが、財政の信認確保という政府の取り組みもあって最大限の効果を発揮します。

日本銀行による国債買い入れなどの政策は、あくまでも「物価安定の目標」の実現のために行っているものですが、万が一これが財政ファイナンスであると受け取られた場合、リスクプレミアムの拡大から長期金利が上昇し、「量的・質的金融緩和」の効果が失われる可能性があります。1月の政府と日本銀行の「共同声明」では、政府は、財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取組みを着実に推進するとされていますが、先般決定された消費税率の引き上げも、そうした取り組みの一環をなすものです。

ただ、財政リスクを推し量る際には、財政健全化への取り組みのみならず、国内民間主体の意識も重要だと思います。政府債務残高が拡大を続ける中でも、市場が安定している背景の一つには、国債の大半が国内民間部門の資産として保有されており、国内民間主体は、財政リスクの顕現化による保有資産の目減りを回避するために、増税や歳出削減を受け入れるなど、最終的には経済合理的な行動をとると市場で認識されているのだと思います。しかし、将来の成長に対する人々の期待が過度に楽観的になり、財政健全化に取り組まなくても財政再建が可能だとの認識が強まれば、こうした市場の見方が変化し、金融政策の効果を大きく損なう可能性もあります。こうした点を踏まえると、財政健全化の重要性とともに、成長力を高めていくことには相応の期間を要するとの認識が広く共有されることも重要だと思っています。

4.結びにかえて

日本銀行は「量的・質的金融緩和」を推進していますが、2008年秋のリーマン・ショック以降、グローバルな信用バブル崩壊後の経済・金融危機に対処するため、主要各国の中央銀行も相次いで非伝統的金融政策を採用しています。最後に、こうした最近の海外の動向や議論のうち、先行きの日本の金融政策運営を考える上で私自身が注目している点を、2つだけ挙げておきたいと思います。

第1に、先ほど海外経済の動向のところで述べましたが、先進国の労働生産性上昇率のトレンドの低下傾向が示唆しているように、主要先進国では潜在成長率が低下している可能性があります。こうした構造変化に対して、金融政策は必要な構造調整を行うための時間を買うことはできますが、生産性上昇率の引き上げや労働市場のミスマッチ解消といった構造改革そのものを行うことはできません。従って、政策当局は、こうした構造変化を正しく認識して、金融政策が果たすことのできる役割とその限界を識別しながら、適切に対応していくことが必要です。構造変化を認識せずに金融緩和が行き過ぎれば、経済・金融面での不均衡が蓄積されてしまいます。

第2に、非伝統的金融政策と伝統的金融政策という2つの政策ツールの役割分担についてです。この2つの政策ツールの運用についてFRB(米連邦準備制度理事会)の例をみますと、資産買入れ策は名目金利の非負制約があるもとで経済・物価に上向きのモメンタムを生じさせ、その方向性に影響を与える手段と位置付ける一方、金利政策は経済・物価を望ましい水準へと誘導していく手段と位置付けている、と私は理解しています。米国でのこうした政策ツールの役割分担は、日本の先行きの金融政策を考える上でも、いずれ参考になるのではないかと考えています。日本について、試みにテーラー・ルール2に基づく政策金利水準を計算してみると、これまでマイナスであった水準が、足もとではマイナス幅が縮小し概ねゼロ%となっています。もちろん、こうした試算値は、前提条件の置き方によって変わってくるので、幅をもってみる必要がありますが、これは、「量的・質的金融緩和」導入以降の物価上昇や需給ギャップの改善を映じて、金融環境の緩和度合いが強まっており、ゼロ金利を維持すれば景気浮揚効果が先行き累積的に高まっていく可能性を示しています。将来、「量的・質的金融緩和」の奏功により、わが国の経済・物価の拡大モメンタムが十分に高まってきた際には、こうしたゼロ金利政策の経済効果の高まりにも注意を払いながら、2つの政策ツールについてそれぞれ異なる効果と副作用を十分に比較考量し、その最適な組み合わせを模索していくことが重要になるのではないかと考えています。

ご清聴ありがとうございました。

  1. 2 現実の物価上昇率の目標値からの乖離幅と需給ギャップなどに応じて、一定の計算式に基づきベンチマークとなる政策金利の水準を算出するルールのこと。