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【挨拶】わが国の経済・金融情勢と金融政策

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大分県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 佐藤 健裕
2014年6月5日

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.内外経済・金融情勢
  3. 3.当面の金融政策運営
  4. 4.おわりに〜大分県経済の現状と課題〜

1.はじめに

本日は、大分県の政治・経済・金融界を代表する皆様方にお集まり頂き感謝する。皆様には日頃より日本銀行大分支店の様々な業務運営にご協力を頂いている。この場をお借りして、厚く御礼申し上げる。

本日の懇談会では、まず私から国内外の経済・金融情勢と最近の日本銀行の金融政策についてお話させて頂いたうえで、大分県経済について若干触れさせて頂きたい。その後、皆様方から、当地実情に関するお話や、日本銀行の政策運営に対するご意見などをお伺いしたい。

2.内外経済・金融情勢

消費税率引き上げ後の国内経済・物価情勢

国内経済の現状について、4月の生産、販売統計等では国内民需に相応の消費税率引き上げの反動減がみられるが、基調としては、景気は底堅く推移しているとみられる。留意すべき点は、想定されていたとはいえ一部マインド統計に弱めの動きがみられること、供給制約により駆け込み需要の反動減がやや見えにくくなっていることであろう。後者を補足すると、例えば自動車業界では、反動減に伴う減産は7-9月期には全体として下げ止まるとみているが、一部には、供給制約からこの1-3月期の受注残が積み上がり、4-6月期に反動減の影響があまり出ない見込みの一方、7-9月期以降が逆に不安との声もある。このように、足許までは概ね想定通りとの声が多いなかでも反動減については引き続き警戒を要するが、やや長い目でみると、先行きは足許みられるベースアップ等、雇用・所得面のプラス影響により増税による実質可処分所得減のマイナス影響をどれだけ吸収できるかがポイントと思う。

その点、雇用者所得の足許の状況に着目すると、名目賃金は、所定外給与や特別給与が増加する中で就業時間の比較的短い非正規雇用がこのところ増加している影響から所定内給与が下押しされているため、前年比ゼロ近傍の低調な推移が続く一方、雇用者数はこうした非正規雇用増加により押し上げられ、結果的に名目賃金に雇用者数を乗じた名目雇用者所得は前年比+1%程度の緩やかな伸びが続いている(図表1)。足許みられるベースアップの動きはこの夏場以降の所定内給与に反映され、またベースアップが実施されれば所定外給与や特別給与にもその好影響が及ぶことを勘案すると、名目雇用者所得は幾分伸びを高めると考えるのが自然であろう。こうした雇用・所得環境が追い風となり、日本経済は消費税率引き上げに対し引き続き頑健とみている。

増税後の消費者物価統計が、消費税要因を除けば、総合除く生鮮食品(以下、コア)で概ね前月並みの前年比上昇率であったことも、先ほどの基調判断を裏付ける材料の一つである(図表2)。事前には税率上昇分以上の値上げや値引きセールといったアネク情報が錯綜したが、全体としてみれば概ね消費者への税率上昇分の転嫁がなされたとみられる。見方を変えれば、消費者が税率上昇分の転嫁を受け容れるほど需要の趨勢は底堅かったとも言える。夏場以降、駆け込みの反動減が一巡するにつれ、日本経済は緩やかな回復基調に復するとみている。

成長率の下振れと物価の上振れの併存をどう見るか

ところで、昨年後半の日本経済は前半の年率+4%前後の高成長から同+1%前後へ減速した(図表3)。円安でも輸出の足取りが鈍かったことがその一因だが、輸入の大幅な増加も特筆すべきである。輸入は、堅調な内需や消費税率引き上げ前の駆け込みの動きから急増し、GDP成長率を表面上押し下げた。もっとも、ネット外需を除く国内需要に着目すると、昨年は年間を通じて年率+3%程度の成長ペースを保ったことから、経済にさほど減速感は生じなかった。昨年後半のGDP成長率下振れで今年度のゲタが下がるというテクニカルな要因もあり、先の展望レポートにおける政策委員会の見通し中央値は2013年度とともに14年度も下方修正となったが、輸出の回復に加え、内需の基調としての堅調さが続くもと、景気回復のメカニズムは維持されるとみている(図表4)。足許4-6月期は輸入の反動減から外需寄与度はプラスに転じ、国内民需の反動減へのクッションとなろう。後述する海外経済、とりわけ米国経済が寒波の影響から脱し、従来の回復基調に復してきたことも追い風となろう。

一方、昨年度の消費者物価コアは前年比+0.8%と1月の中間評価時の政策委員会の見通し中央値から上方修正となった。成長率の下方修正でも物価が上方修正となったより根本的な背景については後述するが、ここでは輸入の果たす役割について触れたい。

消費者物価上昇の要因として円安によるエネルギー価格上昇が挙げられる。ただし、消費者物価(総合除く食料・エネルギー)(以下、コアコア)の前年比上昇率は直近4月が消費税を除くベースで+0.8%と、エネルギー価格以外でも物価上昇がみられる。こうしたエネルギー要因以外での物価上昇について、私はデジタル家電類 1の価格変化に注目している(図表5)。

デジタル家電類の消費者物価は2012年2月の前年比−22%台から2014年2月は同+6%台へ約30%ポイントの変化となり、コアコアの上昇に無視できない影響を及ぼした。背景として、これらデジタル家電類の価格が極限まで下がり切るとともに家電業界の極端な安売り競争が終息に向かったことが挙げられる。デジタル家電類の価格低下一巡の背景としては、輸入浸透度上昇とともにこれらの製品が円安の影響を受けやすくなったことも見逃せない。背景として、国内家電業界の競争力及び価格支配力低下がしばしば指摘される。ただし、足許の円安一服のなかで、デジタル家電類の消費者物価はこの3-4月は消費税要因を除くベースで前年比ほぼ横ばいとなった。また、5月の東京都区部のコアコアは前月から前年比で0.2%ポイント伸び率が低下した。こうした為替円安傾向の一巡が今後物価に与える影響を注視する必要がある。

  1.   1 デジタル家電類は、消費者物価の品目のうち、テレビ、携帯型オーディオプレーヤー、電子辞書、ビデオレコーダー、パソコン(デスクトップ型)、パソコン(ノート型)、プリンタ、カメラおよびビデオカメラを指す。

海外経済・金融情勢

以上のように、国内経済は内需が底堅く推移するもとで消費税率引き上げの影響を受けつつも基調的には潜在成長率を上回る成長を続けるとみているが、先進国を中心とした海外経済の回復に伴う輸出の緩やかな増加がこうしたシナリオの蓋然性を高めるとみている。その点、米国が民間需要を中心に裾野を広げつつ緩やかな回復を続けている点やユーロ圏も緩やかに回復している点などが、輸出を通じた国内経済の支援材料といえる(図表6)。

米国については、住宅価格が全体として回復基調を辿るなかでの家計のバランスシート改善の進展やfiscal dragの影響が和らぐことを背景に個人消費を中心に回復のテンポは徐々に増していき、その好影響は引き続き企業の生産活動に及んでいくとみられ、設備投資の改善基調も先行き一段と明確化していくと考えられる(図表7)。リスクとしては、米国連邦準備制度理事会(FRB)の政策動向と、それに伴う金融資本市場への影響が挙げられる。この点、現時点では、市場は今年の秋頃の資産買入れ終了を概ね織り込み済であり、また、FRBは「現在のFF金利にかかるターゲット・レンジは、資産買入れプログラム終了後かなりの期間維持することが適切となる可能性が高い」との見方をFOMCの声明文で示している。FRBは市場の動揺をもたらさないよう慎重にコミュニケ—ションを行うとみている。

ユーロ圏については、官民双方の過剰債務問題から経済は様々な調整圧力を内包しているものの、様々な経済主体のマインド改善を背景とする内需の回復が続くなかで、緩やかな回復を続けるとみられる(図表8)。

以上のように、先進国は米国が牽引する形で緩やかに回復していくとみられる。一方、新興国・資源国は利上げなど総需要抑制策を講じている国を中心に当面、成長に勢いを欠く状態が続くとみられる。

中国では、構造調整を継続する過程で内需への下押し圧力がかかり続ける公算が大きいものの、政府が景気下支え策を具体化しているほか、外需の持ち直しも続くと見込まれるため、概ね現状程度の安定成長が続く公算が大きいとみられる。

ただし、やや長い目でみると、中国経済には人口動態の変化等による不安材料もある(図表9)。成長率がかつての2桁成長から7%台に切り下がった割に労働市場の需給は引き締まっているように見えるが、これは潜在成長率がかなりのピッチで低下している可能性を示唆する。当局は「7.5%前後」の成長目標を掲げているが、一部の当局者からは、7.5%からの多少の下振れは目標の範囲内との発言も聞かれる。中国経済については、政府の景気下支え策があっても、7.5%程度が成長率の上限と保守的にみておいた方がよかろう。

海外経済のリスク

以上の海外経済の見通しについては、上下双方向のリスクがあると考えられる。短期的には足許のウクライナ情勢等の地政学的リスクなどに着目しているが、個人的には、特に中長期的な米欧のディスインフレ傾向や潜在成長率低下の可能性を懸念している(図表10)。

とりわけ、ユーロ圏では、周縁国を中心にディスインフレ傾向が長引く恐れがある点には注意を要する。幾つかの周縁国を中心に、ユーロ高のもとで競争力を確保するために賃金抑制圧力がかかり続けると見込まれ、欧州委員会や欧州中央銀行(ECB)も今年と来年の物価見通しを下方修正している。

中長期の予想インフレ率はこれまで米欧ともに2%程度で安定しているとされ、ユーロ圏の政策当局にとってはそこが日本のような長期デフレに陥らないとの根拠の一つであった(図表11)。しかし、日本の経験では、低いインフレ率が長く続くことで人々の予想がバックワード・ルッキングに変化し、中長期の予想インフレ率も適応的に低下した可能性も示唆される。実際に、ユーロ圏でも、ディスインフレ傾向が続くもとで、経済主体や市場の短中期の予想インフレ率は、既に幾分低下してきている。

中長期の予想インフレ率の安定に揺らぎが生じれば、今後政策面で様々な対応がとられる可能性がある。既にECBはディスインフレ長期化のリスクに対し、非伝統的手段の活用を排除しない方針を明らかにしており、今後の政策運営に注目している。金融システムがなお脆弱性を抱えている点も引き続き念頭に置く必要がある。

米国では、今のところデフレ懸念は見受けられず、目先的にはむしろ民間の短期の予想インフレ率も上振れている。しかし、シェール革命によりエネルギー価格が落ち着いていることもあって、インフレ率はこのところFRBの見通しを下振れ続けているだけに、やや長い目でみたときに、インフレ率が望ましい水準との対比で低位にとどまり続けるリスクを念頭に置く必要性を感じている。

また、世界経済の長期停滞を懸念する議論がやや目立ってきていることも注目される。例えば、Summersは米国では金融危機の前後を通じて実体経済に超過需要がなく、実際のGDPが潜在GDPの水準を大きく下回ったままで物価も落ち着いていることから、2000年代後半から長期にわたり、完全雇用と整合的な均衡実質金利(自然利子率)の水準が−2〜−3%まで低下した可能性を論じている 2。1990年代後半の金融危機や2000年代以降の人口動態の変化等を背景に、需要が持ち上がりにくい状況が続いた日本の経験からすると危機後の長期停滞論は違和感が少ない。Krugmanはかつて日本の均衡実質金利が一時的に−4%程度まで低下したと主張していた 3。もっとも、Summersは、経常収支黒字国の過剰貯蓄や資本財価格低下から生じる名目投資額の減少などを背景に、グローバルに均衡実質金利が、一時的でなく長期にわたり低下したとしている点が目新しい。

実際に均衡実質金利が長期にわたりマイナスの領域まで低下しているかどうかはさておき、IMFによる最近の世界経済見通しがこのところほぼ一貫して下方修正続きであること、新興国もリーマン・ショック以前との対比で成長ペースが大きく見劣りすること等を踏まえると、需要の長期に亘る停滞や、労働投入や技術革新のテンポ鈍化を背景に、世界経済の成長力が単なる景気循環を超えて幾分低下した蓋然性は高いように思われる。潜在成長率の低下などにより均衡実質金利が低下し、そうしたもとで需要の伸び悩みが慢性化しつつあると考えれば、足許の先進国のディスインフレ傾向や新興国におけるインフレ率の趨勢的な低下も理解できよう。

もっとも、即断は禁物である。潜在成長率や経済のslackの把握は容易でない 4。インフレ率の低下の背景について、単に循環的なものか、あるいは上述のように構造要因に根差すものかは様々な議論があるほか、循環と構造の識別はしばしば困難である。仮に、潜在成長率がさほど低下していなければ、足許のディスインフレ傾向は単に資本ストックや労働市場のslackを反映したもので、先行きslackの解消とともに、ディスインフレ圧力が軽減することもあり得る。このように、潜在成長率の見方次第でインフレの先行き、ひいてはマクロ政策への含意は変わり得るため、引き続き関心をもってこの問題を見守ってまいりたい。

  1.   2  2013年11月に開催されたIMF主催 "Fourteenth Jacques Polak Annual Research Conference"(外部サイトへのリンク)でのSummersの発言を参照。
  2.   3  Paul Krugman, "It's Baaack: Japan's Slump and the Return of the Liquidity Trap", Brookings Papers on Economic Activity 2, pp.137-205, 1998 を参照。
  3.   4  潜在成長率やスラックの計測を巡る不確実性については、Orphanides, A., "Monetary Policy Rules Based on Real-Time Data, "American Economic Review 91(4), 964-98, 2001のほか、多くの先行研究がある。日米の計測例については、それぞれ一上響・代田豊一郎・関根敏隆・笛木琢治・福永一郎「潜在成長率の各種推計法と留意点」(日銀レビュー、2009-J-13)、長田充弘、柴田雄行、長野哲平「米国の労働市場のスラックについて」、(日銀レビュー、2014-J-2)を参照。

3.当面の金融政策運営

量的・質的金融緩和の中間評価

昨年4月の「量的・質的金融緩和」実施から14か月が経過した。この間の経済・物価情勢は前述のように、経済は輸出入の動きから想定をやや下振れる一方、物価は想定を上振れ、全体としてほぼ見通しに沿った推移となっている。このため、4月の展望レポートで、日本銀行は「量的・質的金融緩和」は所期の効果を発揮している、と総括した。政策委員会としては、現在の方針のもとで「量的・質的金融緩和」をしっかりと推進していくことが適当と判断している。

ただし、物価見通しの上振れといっても、いわゆるポートフォリオ・リバランスの進展や中長期的な予想物価上昇率の上昇といった「量的・質的金融緩和」の波及メカニズムが実施当初に期待されたほどには今のところ明瞭に観察されているわけではない。無論、それらを否定するわけではなく、金融機関のリスクテイク姿勢が徐々に積極化するといった限界的な変化はみられる。しかし、足許の物価上昇は、円安・エネルギー価格上昇とともに、相対的に生産性の低い非製造業中心の回復で経済が主に雇用面から意外に早く供給力の天井にぶつかりつつあることも影響しているように思われる。以下でこの点に触れる。

物価上昇のメカニズム

先行きの物価上昇メカニズムについて、4月展望レポートでは、労働や設備の稼働状況を表すマクロ的な需給バランスが、雇用誘発効果の大きい国内需要が堅調に推移していることを反映して労働面を中心に改善を続けており、最近は過去の長期平均並みであるゼロ近傍に達しているとみられることから、需給面からみた賃金と物価の上昇圧力は先行き着実に強まっていく、としている。実際、人手不足によるボトルネックは各方面で生じており、その影響はアルバイト、パートなど非正規雇用の時給に現れている。とりわけサービス産業は相対的に労働集約的で賃金上昇の影響が価格に出やすく、外食などサービス価格にはそうした影響が既に出ているように見受けられる(前掲図表5)。

ところで、需給ギャップについては様々な推計方法があり、その水準は幅をもってみる必要があるが、足許の雇用情勢のタイト感や先の短観における生産設備過剰感の縮小等のマクロ情報を総合すると、需給ギャップはゼロ近傍かどうかはともかく、既に相応に縮小していると考えてよかろう。こうした需給ギャップの縮小が足許の物価に幾分影響を及ぼしているとみられる。ただし、これには需要面の持ち直しに加え、供給面の制約も影響しているとみられ、経済・物価の回復メカニズムとして日本銀行が本来目指している姿とは異なり得る点には注意を要する。

すなわち、リーマン・ショック以降、製造業の国内での設備投資が低迷したことから設備ストック蓄積のペースが鈍り、生産性も低下した結果、日本経済の潜在成長率が低下した可能性がある。非製造業中心の回復で雇用情勢が逼迫しているのも、非製造業の生産性が製造業対比劣ることが影響しているとみられる(図表12)。

もっとも、企業にとり、人手不足による賃金上昇は利益圧迫要因であり望ましくない。企業収益が人件費で制約されれば、設備投資が圧迫され、株価に影響が及び、結果的に賃金の伸びも持続的でなくなろう。望ましいのは、生産性の上昇に見合った賃金上昇である。その意味で持続的な賃金の上昇には、例えば省力化投資等による非製造業の生産性底上げ等が必要なのであろう。そうした非製造業の生産性改善努力が製造業にフィードバックされ、全体として好循環が形成されれば、先行き潜在成長率が底上げされ、ひいては中長期的に2%の「物価安定の目標」達成の蓋然性も高まると思われる。足許は各所で人手不足が叫ばれ、雇用逼迫感が統計に示されている以上に強まっている印象があるが、供給面の制約から先行き経済が伸び悩むか、あるいは制約を梃子に一段の生産性向上を成し遂げ、新たな成長ステージに向かうか、その岐路にあるように思われる。

柔軟な金融政策運営の重要性

ところで、昨年1月「物価安定の目標」決定に際し、日本銀行は、金融政策が、物価安定のもとでの持続的成長を実現する観点から、経済・物価の現状と見通しに加え、金融面での不均衡を含めた様々なリスクも点検しながら、柔軟に運営していく必要があることを明示している。

柔軟な金融政策の重要性については、これまでも述べてきたとおりで、金融政策の効果は、経済活動に波及し、それがさらに物価に波及するまでに、長期かつ可変のタイムラグが存在するので、金融政策は、物価安定のもとでの持続的成長を実現する観点から、経済・物価の現状と見通しに加え、金融面での不均衡を含めた様々なリスクも点検しながら、先行きの見通しを踏まえつつ、柔軟に運営していく必要がある。

また、「日本銀行は2%の『物価安定の目標』の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、『量的・質的金融緩和』を継続する」とのコミットメントを明示しているが、「安定的に持続するために必要な時点」の部分は私の理解では、見通しベースで判断するということである。

その点、「物価安定の目標」は単に物価を実績として2%に引き上げさえすればよいといった硬直的かつ表面的な枠組みではなく、柔軟性のある、経済実勢に即した実践的なものである。

私は、4月末の金融政策決定会合議事要旨に示されているように、政策委員会の中心的な見通し対比で物価の先行きを幾分慎重に見ているが、これは私が「量的・質的金融緩和」の効果に懐疑的であったり、そのメカニズムを否定しているからではない。「物価安定の目標」は、もとより2%をピンポイントで目指す硬直的な枠組みではなく、上下双方向にアローワンスを持つ柔軟な枠組みであると私は理解しており、そうした理解のもと、その達成のハードルを柔軟に考えているのである。

その点、「物価安定の目標」が目指すのは、物価だけが上昇するのではなく、全般的な経済情勢の改善とともに賃金が上昇し、それとバランスよく物価が上昇する世界である。日本銀行が単に物価上昇だけを追求していくといった誤解は避けなければならない。

また、こうした判断の基準となる物価指標についてだが、展望レポートにおける政策委員会の物価見通しが消費者物価のコアで示されていることから、「物価安定の目標」の達成度合いがあたかもコアのみで判定されるかのような誤解も見受けられる。しかし、「物価安定の目標」の定義は消費者物価(総合)であってコアではない。だからと言って、私は「物価安定の目標」の達成度合いを総合指数のみで判定すると言っているわけでもない。

その時々の物価情勢を評価するに当たっては、一時的なかく乱要因の影響を取り除き、物価の基調的な変動を的確に見極めていく必要がある。その際、どの指標が適当かは国毎の経済構造に依存するが、日本銀行は、天候要因等で大きく変動する生鮮食品を除くコアを重視し、展望レポートにおける見通し計数もコアを採用している。ただし、物価の基調を判断するに当たっては、それぞれの指標の持つ特性を十分踏まえつつ、総合やコア、あるいはコアコアのみならず、総合除く帰属家賃といった生計費に近い概念を示す指標、ひいては賃金を含む幅広い指標を丹念にみていく必要があり、特定の指数に政策が紐付きになっているわけではない(図表13)。

長期金利の動向

次に長期金利の動向について触れたい。市場参加者の物価見通しはこれまでの本行の中心的な見通しより低く、結果的に長期金利は本行の買入れの効果もあり低位安定している。先行きの長期金利は市場参加者の経済・物価見通し次第だが、消費税要因を除くベースのコアの上昇率が+1%台前半という状況が6か月続いているなかで、今後、物価情勢と名目長期金利が整合的に形成されていくかどうかという点に注目している。

ここで、改めて「量的・質的金融緩和」が名目長期金利に働きかけるメカニズムを確認すると、名目長期金利は、将来にわたる名目短期金利の予想値の平均にプレミアムを加えた値というのが一般的な理解である(図表14)。日本銀行は、「物価安定の目標」を安定的に達成するまで、粘り強く金融緩和を続けていくことをフォワード・ガイダンスとして述べており、これは「将来にわたる名目短期金利の予想値の平均」を押し下げる方向に作用する。一方、日本銀行は満期の長い国債を大量に購入することによって「プレミアム」の押し下げにも貢献している。ただし、こうした非伝統的金融政策では、政策効果が実際に発現すれば経済・物価情勢の改善を先取りする形で名目金利に上昇圧力がかかるのが自然である。先ほどの整理でいえば、市場は出口が近付いてきたと判断すれば、名目短期金利の予測値を引き上げるからである。

また、そうした名目長期金利の上昇に際して、政府の調達コスト抑制のために、仮に中央銀行が国債市場での買入れを増やす、あるいは増やす圧力に晒されるとしても、そのことが財政規律を弱めると市場が判断すれば、却って「プレミアム」部分が上昇する可能性もある。長期金利水準の形成において重要なのは中央銀行が何を意図するかではなく、結局は市場がどう判断するかに依存するからである。

この辺りは仮定の話であり、現時点では頭の体操程度に考えておけばよいかもしれないが、経済がデフレ脱却に向かいその影響が長期金利に及び始める時、日本銀行の金融政策は、将来における出口のプロセスを含め、あくまでも2%の「物価安定の目標」を実現する観点からのみ実施していくのであって、財政の持続性への配慮が金融政策を左右することはあってはならない。その点、「量的・質的金融緩和」を最終的に成功に導くうえで、政府の中長期的な財政健全化へのコミットメントが重要な役割を果たすことを改めて強調したい。

4.おわりに〜大分県経済の現状と課題〜

大分県の景気は、明確な回復の続く全国と比べると、やや足取りが重い。当地では、全国対比で製造業の占めるシェアが高く、その製造業において海外メーカーとの競合激化や最終製品の販売不振により受注の減少に直面している電子部品・デバイスが大きなシェアを占めている。このため、鉱工業生産の水準をみると、消費税増税前の駆け込み需要に伴う振れを伴いつつも、基調としては全国を下回って推移している(図表15)。今般の日本の景気回復の特徴点として非製造業主導であることを指摘できるが、当地の産業構造において製造業の比重が大きいことが全国と比較した場合の景気回復の足取りの重さに繋がっている可能性がある。

もっとも、前向きの動きも広がってきている。個人消費は、衣料品や高額品、家具・家電を中心に消費税率引き上げ前の駆け込み需要の反動の影響を受けつつも、駆け込み需要が当初の想定を上回ったほどには反動減は大きくないとの見方が聞かれており、今後も、労働需給面での改善が続くもとで底堅く推移するとみている。設備投資については、非製造業では、大型物流拠点の新設やJR駅ビル開業に向けた店舗の大型改装など大幅な拡大が見込まれているほか、製造業でも、昨年度の反動に加えて、一部新製品向けラインの新設といった前向きな動きから増加に転じる計画である。

より中長期的には、当地の特性を生かして、官民一体となった前向きな取り組みが行われているのは心強い。ここでは二つほど例を挙げたい。第一に、再生可能エネルギーに関する取り組みである。大分県は、再生エネルギー供給量で全国2位、自給率で全国1位となっており、再生可能エネルギーの分野において日本の最先端を行く存在である。震災以降、固定価格買い取り制度の導入等もあって、大分県内で再生可能エネルギー発電事業への参入も活発化している。特に全国トップの源泉数、湧出量を誇る温泉を利用した地熱発電は活発で、県と民間が共同で温泉熱発電の事業化等を支援するファンドを設立するなど支援体制も充実している。第二に、観光面での取り組みである。大分県は別府、湯布院など全国有数の温泉地をはじめ、豊富な観光資源を有している。こうした中、県では、一昨年「ツーリズム戦略」を策定し、「日本一のおんせん県おおいた」をキャッチフレーズに、国内外への観光PRを積極的に行っている。加えて、昨年10月の超高級寝台列車「ななつ星」の運行開始や、本年度中の東九州自動車道の延伸なども宿泊・観光客数増加の後押しとなると見込まれる。こうした官民一体となった様々な取り組みにより、県経済が一層活性化することを期待したい。