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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営秋田県金融経済懇談会における挨拶

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日本銀行副総裁 中曽 宏
2016年6月9日

目次

1.はじめに

日本銀行の中曽でございます。本日は、当地の行政および金融・経済界を代表する皆様との懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より日本銀行秋田支店の様々な業務運営にご協力を頂いております。この場をお借りして改めて厚くお礼申し上げます。本日は、皆様との意見交換に先立って、まず、私から、日本銀行が経済・物価情勢をどのようにみているか、また、金融政策運営についてどのように考えているか、についてお話したいと思います。

2.内外経済の現状と先行き

海外経済

日本銀行では、4月に公表した「展望レポート」において、経済成長率見通しを1月時点から幾分下振れさせました。これは、主に海外経済の減速に伴う輸出の下振れの影響によるものです。そこで、まず、海外経済についてお話したいと思います。海外経済は、緩やかな成長が続いていますが、新興国を中心に幾分減速しています。中国は、やや長い目でみて、製造業および設備投資中心の経済から、サービス業および個人消費中心の経済へ移行していく過程にあります。こうした移行自体は望ましい変化ですが、その過程では、製造業部門の過剰設備の調整が景気の下押し圧力となるため、中国経済は減速しています。中国以外の新興国・資源国経済についても、中国経済の減速の影響が波及し、資源価格の下落が長期化するもとで全体として減速した状態が続いています。こうしたなか、とりわけ年初以降は、国際金融市場が不安定な動きとなり、株価や原油価格が一時大幅に下落するもとで、資源国を中心に景気が下振れ、世界的に貿易の弱さがみられました。そうした状況を反映して、4月のIMFの世界経済見通しでも、成長率の見通しが1月時点から下方修正されました(図表1)。

一方で、先進国では堅調な成長が続いています。米国は、良好な雇用・所得環境に支えられた家計支出を背景に、回復傾向にあります。欧州経済も個人消費の増加に支えられて、緩やかな回復を続けています。先行きも、先進国の堅調な成長は続くと予想されます。新興国についても、中国経済は、当局が財政・金融の両面から景気下支えに積極的に取り組むもとで、成長ペースを幾分切り下げながらも、概ね安定した成長経路をたどると予想されます。中国以外の新興国・資源国経済についても、当面減速した状態が続いた後、先進国の景気回復の波及や景気刺激策の効果などから、徐々に成長率を高めていくと予想しています。

以上が海外経済についての中心的な見通しですが、下振れリスクが大きいことも確かです。中国をはじめとする新興国や資源国については、なお不透明感が強い状況です。また、国際金融資本市場の不安定な動きが払拭されていない点についても留意が必要です。FRBによる今後の利上げのタイミングを巡る不確実性も、国際金融資本市場、とりわけ新興国市場に影響を与えます。さらに、今月下旬に国民投票が行われる英国のEUからの離脱、いわゆる“Brexit”、などの政治的なリスクも存在します。今後の海外経済を取り巻くこうした不確実性が晴れるのか、あるいは濃くなるのか、引き続き、注意してみていく必要があると思います。

企業部門

次に、国内経済についてです。まず、企業部門では、収益が過去最高水準となっています(図表2)。この背景には、実体経済が改善していることに加えて、原油安やこれまでの円高修正といった要因が存在しています。企業収益は、海外経済の減速の影響などから、製造業を中心にこれまでの改善ペースが一旦鈍化すると考えられますが、原油安が引き続き下支えとして作用するもとで、内外需要の増加に伴い売上数量が伸びを高めることから、改善傾向を続けると予想しています。

高水準の企業収益を背景に、企業の前向きな設備投資スタンスは維持されています。3月短観の設備投資計画では、2015年度は、大企業で前年比+10%程度、中小企業で前年比+4%程度の着地が見込まれています。2016年度計画も、この時期としては、しっかりとした内容となっています。先行きも、企業収益が高水準で推移するもとで、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」に伴う実質金利の一段の低下効果などもあって、設備投資は、緩やかな増加基調を続けるとみています。

家計部門

次に、家計部門です。経済活動レベルの上昇と高水準の企業収益は、雇用・所得環境の着実な改善につながっています。雇用者数が高めの伸びとなるもとで、有効求人倍率は1.34倍と1991年以来の高水準となっており、失業率も3.2%と1997年以来の低水準となっています(図表3)。短観の雇用人員判断DIをみても、企業の人手不足感の強い状況になっています。労働市場は、「完全雇用」といってよい状況にあると思います。労働需給の引き締まりが続いていることから、賃金には上昇圧力が働いています。このことは、労働需給の状況が反映されやすいパートの時間当たり名目賃金の高めの伸びに顕著に現れています。また、一般労働者の賃金についても、今春の労使間の賃金交渉において、デフレのもとでは失われていたベースアップが、3年連続で実現しています。企業収益から雇用者所得への波及は維持されています。

雇用・所得環境の着実な改善を背景に、個人消費は、底堅く推移しています。しかし、本年入り後、金融市場が不安定な動きとなったことなどを背景に消費者マインドが慎重化したことの影響もあって、一部に弱めの動きもみられています。先行き、雇用・所得環境の改善が続くと考えられることから、このところの個人消費の弱さは一時的なものであると考えていますが、雇用・所得環境の改善の好影響を受けにくい年金世代の消費動向を含め、今後の個人消費の動きについては、よくみていく必要があると思います。

わが国経済の見通し

このように、わが国経済は、当面、輸出・生産面に鈍さが残るとみられますが、家計・企業の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、国内需要が増加基調をたどるとともに、輸出も、新興国経済が減速した状態から脱していくことなどを背景に、緩やかに増加するとみています。わが国経済は、基調としては、潜在成長率を上回る成長を続け、緩やかに拡大していくと考えられます。

3.わが国の物価情勢と見通し

続いて、わが国の物価情勢と見通しについてお話します。

2013年4月の「量的・質的金融緩和」の導入以降、わが国の物価情勢は大きく変化しました。生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、「量的・質的金融緩和」の導入直前の-0.5%から、2014年4月には、消費税率引き上げの直接的な影響を除くベースで+1.5%まで高まりました(図表4)。その後、消費者物価の前年比は低下し、このところ0%程度となっています。これは、2014年4月の消費税率引き上げ後、個人消費の弱めの動きが続いたなかで、一昨年の夏以降、原油価格の大幅な下落が生じたことによるものです。

しかし、エネルギー価格の影響を除いてみると、物価の基調は着実な改善を続けているといえます。生鮮食品とエネルギーを除いたベースでみた消費者物価の前年比は、「量的・質的金融緩和」の導入前はマイナスで推移していましたが、2013年10月以降、31か月連続でプラスを続けており、このところ+1%程度となっています。このように物価上昇が持続するのは、1990年代後半に日本経済がデフレに陥って以来、初めてのことです。

先行き、生鮮食品を除く消費者物価の前年比がどのように推移するかは、短期的には、エネルギー価格の動向や為替レートの影響を受ける輸入物価の動向などにも左右されますが、最も重要な要素は、物価の基調的な動きです。その物価の基調は、経済全体としての需給ギャップと中長期的な予想物価上昇率、すなわち、物価の先行きに対する見方によって決まると考えられます。需給ギャップは、輸出・生産面での鈍さを背景にこのところ横ばい圏内の動きとなっていますが、先行き、基調としては、潜在成長率を上回る成長が続くと予想されることから、本年度後半以降、緩やかにプラス幅を拡大していくと見込まれます。そのもとで、需給面からみた賃金と物価の上昇圧力は、今後、着実に強まっていくと考えています。

中長期的な予想物価上昇率については、やや長い目でみれば全体として上昇しているとみられますが、このところ弱含んでいます。予想物価上昇率についての各種アンケート調査の結果や、物価連動国債の利回りから計算されるブレーク・イーブン・インフレ率などの動きをみると、昨年末以降、予想物価上昇率が低下していることが示唆されています。しかし、予想物価上昇率の動きを判断するに当たっては、企業の価格・賃金設定スタンスや家計の支出行動などもあわせてみていく必要があります。そのなかでも、賃金の動向には特に注目しています。過去の経験からみても、賃金と物価は概ね同じように動くものであり、賃金の上昇を伴うことなく物価が持続的に上昇することは考えられないからです。この点、先程ご説明したように、今年の春闘では3年連続でベースアップが実現しており、また、中小企業にも賃上げの動きが拡がっていることから、賃金の上昇を伴いつつ、物価上昇率が緩やかに高まっていくというメカニズムは作用していると考えています。こうしたことを踏まえると、中長期的な予想物価上昇率については、先行き、実際の物価上昇率が高まっていくもとで上昇傾向をたどり、「物価安定の目標」である2%程度に向けて次第に収斂していくとみています。そのもとで、企業の賃金や価格設定スタンスは積極化していくと考えています。

しかしながら、本年入り後、海外経済の不透明感が強まり、国際金融資本市場が不安定な動きとなったことが、労使双方のマインドに影響したこともあって、今年の春闘のベースアップの幅は大企業を中心に昨年を幾分下回りました。こうした春闘の結果を受けて、本年度の企業の価格改定の動きがどのように進んでいくか、予断を持つことなく点検していく必要があると考えています。

以上をまとめますと、需給ギャップが緩やかにプラス幅を拡大し、中長期的な予想物価上昇率も上昇傾向をたどると予想されることから、物価の基調は着実に改善を続けていくとみています。従って、生鮮食品を除く消費者物価の前年比の見通しについては、当面0%程度で推移するとみられますが、エネルギー価格下落の影響が剥落するのに伴い、2%に向けて上昇率を高めていくと考えられます。4月の「展望レポート」では、原油価格について、市場参加者の予想である先物価格を参考に、ドバイ価格が1バレル35ドルを出発点に、2018年度までの見通し期間の終盤にかけて40ドル台後半に緩やかに上昇していくとの前提を置いています。それを前提とすると、生鮮食品を除く消費者物価の前年比が、「物価安定の目標」である2%程度に達する時期は、2017年度中になると予想しています。1月時点の見通しと比べると、成長率の下振れや賃金上昇率の下振れなどにより、2016年度が下振れています。

4.日本銀行の金融政策運営

「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の効果

ここからは、日本銀行の金融政策運営についてお話したいと思います。

日本銀行では、本年1月末の金融政策決定会合において、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入を決定しました。本年入り後、金融市場が世界的に不安定な動きとなるもとで、企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換が遅延し、物価の基調に悪影響が及ぶリスクが増大していました。「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入は、こうしたリスクの顕在化を未然に防ぎ、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するために行ったものです。

「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」は、従来の「量的・質的金融緩和」の枠組みを維持しつつ、マイナス金利という要素を付け加えることで金融緩和をさらに強化するものであり、基本的な考え方は変わっていません。すなわち、「量的・質的金融緩和」は、第1に、2%の「物価安定の目標」に対する強く明確なコミットメントと、それを裏打ちする大規模な金融緩和により、人々の予想物価上昇率を引き上げます。また、第2に、大規模な長期国債買入れにより名目金利全般に強い下押し圧力を加えます。この2つの結果、実質金利が低下します。実質金利の低下は、企業向け貸出や住宅ローン金利の低下などを通じて、設備投資や住宅投資を活発にします。経済が活発になれば、需給ギャップが改善し、予想物価上昇率の上昇と相まって、物価を引き上げます。「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」は、大規模な長期国債買入れの継続により長期金利を引き下げることに加え、金融機関が日本銀行に保有する当座預金の一部にマイナス金利を適用することによって短期金利を引き下げることで、金利全般に一段と強い下押し圧力を加えます。そうすることで、実質金利を一層低下させ、今申し上げた政策効果の波及ルートをさらに強力に追求していく枠組みです。

この政策は、金利面では既に効果を発揮しています。マイナス金利政策導入後の動きをみると、国債利回りは幅広いゾーンで大幅に低下しており、10年を超える期間までマイナスになっています。住宅ローンをはじめとする貸出の金利もはっきりと低下しています。CPや社債の発行レートも大きく低下しています。3月短観をみても、マイナス金利政策導入後、企業からみた金融機関の貸出態度は一段と緩和しており、全産業全規模でみると1980年代末の水準となっています。借入金利水準の判断は大幅な低下となっています(図表5)。

こうした金利面での政策効果は、今後、実体経済や物価面にも着実に波及していくものと考えられます。しかし、金融政策の効果の波及にはある程度時間が必要です。また、国際金融市場においては、新興国や資源国の経済の先行きに関する不透明感などから、不安定な動きが続いていますので、それが、いわば逆風となって、緩和的な金融環境が実体経済や物価面に与える前向きな変化が現れにくい状況にあります。先程申し上げたように、4月の「展望レポート」では、主に成長率の下振れや賃金上昇率の下振れから、消費者物価の見通しが下振れています。それにもかかわらず、追加的な金融緩和措置を講じなかったのは、今述べた理由から、4月の金融政策決定会合では、政策効果の浸透度合いを見極めていくことが適当と判断したからです。

誤解のないように申し上げると、日本銀行が2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するというコミットメントにはいささかの変化もありません。日本銀行が2%の早期実現にコミットすることで、人々のデフレマインドを転換し、予想物価上昇率を引き上げることは、デフレ脱却という目的そのものであると同時に、「量的・質的金融緩和」および「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の政策効果の起点であるからです。そのもとで、企業や家計の物価観は大きく変化してきました。4月の金融政策決定会合の時点では、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の政策効果の浸透度合いを見極めることが適当と考えましたが、このことは、必要な場合に、追加的な金融緩和措置を決定することを排除するものではありません。わが国の経済・物価見通しについては、世界経済の不透明感や不安定な金融市場など、下振れリスクが引き続き大きいと考えています。従って、今後、毎回の金融政策決定会合においてこうしたリスクを点検し、「物価安定の目標」の実現のために必要と判断した場合には、「量」・「質」・「金利」の3つの次元で、追加的な緩和措置を講じていく方針です。

「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」が目指すもの

以上が日本銀行としての基本的な考え方ですが、マイナス金利政策については、批判的な意見も少なくありません。色々な意見がありますが、ここでは2点お話したいと思います。

1つめは、「マイナス金利政策のメリットを感じにくい」という声が多く聞かれることについてです。確かに、住宅ローンがなく、金融資産の大半を預貯金として保有する年金生活者や高齢者の方にとっては、借入金利低下のメリットを受けない一方、利息収入の低下だけがデメリットとして意識されることになります。低金利はもう20年間も続いており、そうした方々には申し訳ないことだと思っております。

そのうえで、ご理解頂きたいのは、金融政策の効果は、金融取引に伴って直接的に生じる損益だけではないということです。金融緩和とは、景気に中立的な金利の水準と比べて実際の金利を低くし、企業や家計の経済活動を刺激することで、需要を増加させ、ひいては物価を上昇させる政策です。具体的にいうと、例えば、企業の資金調達コストが低下すれば、従来では採算に合わなかった事業やプロジェクトも行われるようになります。そうすれば、企業の設備投資が拡大し、また、雇用の増加や賃金の上昇にもつながります。この点、「量的・質的金融緩和」および「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」のもとで、企業の資金調達コストは、事業やプロジェクトからの予想収益率を大きく下回っています。法人企業統計でみた企業の収益率(ROA)は4%程度であるのに対し、企業の資金調達コストである平均支払金利は1%程度となっており、その差は、過去に例のないレベルまで拡大しています(図表6)。これは、単純にいえば、今お金を借りて事業を行えば、企業は、借入金利を大きく上回る利益を得ることができるということです。こうしたきわめて緩和した金融環境は、企業の新たな事業やプロジェクトに対する投資を促します。企業が投資を拡大すれば、雇用の増加や賃金の上昇という形で、そのメリットは家計にも波及していくことになります。このように、金融政策の効果は、経済全体に影響を与えるものですので、そのメリットも経済全体という視点で考える必要があります。

なお、2%の「物価安定の目標」については、「なぜ、毎年物価を上げる必要があるのか」という質問を頂くことも少なくありません。この点については、15年以上続いてきたデフレが、まるで慢性病のように経済の活力を蝕んできたことを振り返って頂くと、理解しやすいように思います。デフレのもとでは、物価の下落が、企業の売上げや収益の減少につながり、賃金が抑制される結果、消費が低迷し、物価が下落するという悪循環に陥っていました。デフレマインドの転換が実現し、経済主体が「緩やかに物価が上昇する」ことを前提に行動するようになれば、これとはちょうど反対のことが起きます。すなわち、企業の売上げや収益が増加し、賃金も増加するという好循環が生まれます。日本銀行が目指しているのは、こうした好循環を実現することです。そのことは、幅広い経済主体に恩恵をもたらすものであると考えています。

そう申し上げると、「無理に物価を上げようとすると、物価だけが上昇して、賃金が上がらず、景気が悪くなるのではないか」という質問を頂くことがあります。しかし、先程も申し上げたように、賃金が上昇せずに、物価だけが上昇するということは、普通には起こらないことです。商品やサービスの価格の上昇により、企業の売上げが伸びて、収益が増加すれば、それに見合って、労働者に支払われる賃金は増加します。実際、過去のデータをみると、時間当たり賃金の上昇率と消費者物価上昇率は、概ね同じように動いています(図表7)。日本銀行が目指しているのは、賃金の上昇を伴いつつ、物価も緩やかに上昇するもとで、経済が拡大していくという世界です。長期にわたるデフレを経た今の日本では、こうした世界は実感しにくいかもしれません。しかし、1990年代の半ばまでの日本経済では、人々が緩やかな物価上昇を前提に経済活動を営み、賃金も物価も上昇することが当たり前のこととして受け止められていたことを思い起こして頂ければと思います。

こうした点を踏まえると、マイナス金利を含めた低金利政策がもたらす様々な影響に目配りしつつも、やはり、思い切った金融緩和によって、一日も早くデフレからの脱却を図ることが、日本経済を持続的な成長軌道に復帰させるためには、どうしても必要であると考えています。

国債市場への影響

2つめは、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」が、金融機関や金融市場に及ぼす影響についてです。金融機関に対しては、収益面だけでなく、取引面やシステム面などで様々な影響が生じていることは明確に認識しております。また、金融市場に対しては、日本銀行が大量の国債買入れを継続するもとで、国債市場の需給はきわめてタイトになっており、そうした状況でマイナス金利政策を行うことは、国債市場に攪乱的な影響を与え、市場の流動性や機能度に大きなダメージを与えるのではないかという意見があることも承知しています。本日は、この2つめの点について申し上げたいと思います。

まず、日本銀行では、市場参加者と密接な意見交換を行いながら、できるだけ柔軟に金融市場調節を運営していくなどの工夫を行うことによって、積極的に市場の安定に努めています。そのうえで、日本銀行としても、国債市場の流動性や機能度について、様々な角度から丹念に点検しています。昨年からは、市場参加者に対する国債市場の流動性や機能度についての調査結果をまとめた「債券市場サーベイ」の作成を開始しています。また、国債市場の流動性指標についても、先物市場、現物市場、レポ市場の各市場について、幅広い指標を定期的に取りまとめて公表しています。こうした指標をみると、確かに、本年入り後、流動性の低下を示すものもみられます(図表8)。もっとも、これらの指標は振れが大きく、過去にも大幅な変動を示した局面がみられています。また、ビッド・アスク・スプレッドのように一旦は拡大したものの、その後は改善している指標も存在しています。国債市場は、本来、市場参加者の経済成長率見通しや物価観を映し出す鏡です。過去に例のない大規模な金融緩和によって国債市場が大きな影響を受けることは間違いありませんので、そうした鏡が曇ることのないよう、国債市場の流動性や機能度がどのように変化するかという点については、引き続き、注意深く点検していきたいと考えています。

5.おわりに

最後に、秋田県経済についてお話させて頂きます。

秋田県経済は、基調としては緩やかな回復を続けています。雇用・所得面では、有効求人倍率が過去最長となる17か月連続で1倍を上回って推移しており、労働需給は引き締まっています。また、高まる人手不足感を背景に、賃上げの動きも進んでいます。こうしたもとで、個人消費は堅調に推移しています。企業の生産活動は、新興国経済の減速を背景に一部に弱さがみられますが、秋田支店の短観調査結果をみると、今年度の企業収益や設備投資の計画は、製造業を中心にいずれも4年連続の増加となるなど、底堅い動きとなっています。

もっとも、企業の景況感については、業種や企業規模によってバラツキがあり、中小・零細の非製造業などでは、域外需要の取り込みが遅れていることもあって、景況感の改善は捗々しくありません。加えて、秋田県は全国に先行して人口減少や高齢化といった構造変化に直面しており、若年層が活躍し定着できる社会基盤の整備が喫緊の課題となっています。昨年10月に策定された秋田県の「あきた未来総合戦略」では、産業振興策に加え、移住・定住対策、少子化対策などが掲げられています。

様々な課題はありますが、当地は、電子部品・デバイス産業や機械産業などの産業集積や、豊かな農林資源、さらにはポテンシャルの高い観光資源といった、地域活性化のカギとなり得る資源を豊富に有しています。航空機産業の分野では、県と当地企業が連携し、大手航空機メーカーとの取引獲得に取り組んできており、出荷額もここ数年増加しています。また、新エネルギー産業の分野では、風力発電の導入量が全国有数の規模に拡大しているほか、バイオマス発電や地熱発電についても事業化の動きが進んでいます。農業分野では、コメ依存農業からの脱却を目指し、競争力のある農産品の育成が進められています。観光分野では、ユニークなお祭りやイベントが県内各地に存在しています。全国的に知名度の高い男鹿半島の「なまはげ」や大曲の花火大会のほか、歴史的価値の高い角館の武家屋敷、乳頭温泉や玉川温泉など、多種多様な観光資源を有しています。当地の経済が今後一層発展していくためには、引き続き、これらの資源を有効に活用していくことが大変重要であると考えられます。

日本銀行としても、秋田支店を中心に、地域活性化に向けた取り組みに少しでも貢献できるよう努めてまいりたいと考えています。最後になりましたが、秋田県経済のますますの発展を心より祈念し、挨拶の言葉とさせて頂きます。

ご清聴ありがとうございました。