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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策新潟県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 布野 幸利
2016年8月31日

目次

1.はじめに

日本銀行の布野でございます。本日は、新潟県を代表する皆様方にご多忙の中お集まり頂き、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から私どもの新潟支店がご支援を頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

まず私から、経済・物価情勢、金融政策などを説明させて頂き、最後に、新潟県経済について触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様から、当地経済に関するお話や忌憚のないご意見を承りたく存じます。どうぞよろしくお願い致します。

2.最近の経済・物価情勢

(1)海外情勢

まず、海外経済の動向についてお話し致したいと思います。国際金融市場は、6月下旬に行われた英国の国民投票がEU離脱を支持する結果となったことを受けて、世界経済の先行き不透明感が高まり、投資家のリスク回避姿勢が急激に強まりました。その後は、落ち着きを取り戻しつつあります。こうしたもとで、海外経済は、新興国や資源国を中心に幾分減速がみられるものの、全体としては緩やかな成長が続いています。先行きについては、先進国の着実な成長とともに、新興国などにおいても政策対応などにより減速した状況から徐々に脱していくとみられ、海外経済の成長率は緩やかに高まっていくと想定しています。7月に公表されたIMFによる成長率見通しでも、今年4月時点の見通しから欧州を中心に幾分下方修正されましたが、緩やかに成長率を高めていくという想定(2015年プラス3.1%→2016年プラス3.1%→2017年プラス3.4%)に変わりはありません(図表1)。

主要地域別にみますと、米国経済については、堅調な家計支出に支えられて回復傾向にあります。先行きについては、当面、鉱工業部門や海外需要は強弱まちまちな動きを続けますが、緩和的な金融環境のもと、民間需要を中心にしっかりとした成長が続くとみています。欧州経済についても、個人消費が引き続き増加しているなかで、緩やかな回復を続けています。先行き、英国のEU離脱問題などを巡る不透明感から企業や家計のマインドが慎重化するもとで、欧州経済は回復ペースを一時的に鈍化させるものの、緩やかな成長経路に復するとみています。中国経済は、過剰設備を抱える製造業部門を中心に、幾分減速した状況となっています。先行きは、当局が財政・金融の両面から景気下支えに積極的に取り組んでいることから概ね安定した成長経路をたどると考えています。新興国経済は、一部において景気刺激策の効果がみられておりますが、中国経済などの影響から、減速した状態が続いています。また、ブラジルやロシアなど資源国の景気は、厳しい経済情勢が続いているものの、資源価格の底打ちなどから下げ止まりつつあります。先行きは、当面、国・地域によるばらつきは残るものの、先進国の景気回復の波及や、景気刺激策の効果などを背景に、徐々に成長率は高まっていくと考えられます。

今後を見通すにあたって、英国のEU離脱問題を巡る不透明感、中国をはじめとする新興国や資源国経済の動向、米国経済の動向やそのもとでの金融政策運営、欧州における銀行の債務問題、中近東などにおける地政学リスクなど、先行きのリスク要素は多岐にわたっており、幅広い視点から注視していく必要があると考えています。

(2)日本経済・物価情勢

経済情勢

次に、こうした海外経済のもとでの日本経済についてです。わが国の景気は、新興国経済の減速の影響などから輸出・生産面に鈍さがみられるものの、基調としては緩やかな回復を続けています。実質GDPの成長率は、昨年10~12月に暖冬などの影響もあり、前期比年率マイナス1.7%となったあと、1~3月は同プラス2.0%とプラス転化し、先日発表された4~6月もプラス0.2%で、振れを均せば概ね潜在成長率並みの成長となりました(図表2)。

先行きのわが国経済を展望すると、暫くの間、輸出・生産面に鈍さが残り、景気回復のペースが鈍化した状態が続くとみられます。その後は、家計・企業の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、大規模な経済対策にも支えられて国内需要が増加基調をたどるとともに、海外経済が減速した状態から脱していくにつれ、輸出も緩やかな増加に転じ、わが国経済は基調として緩やかに拡大すると考えています。具体的な数値で申し上げると、日本銀行が7月に発表した展望レポートにおける政策委員の成長率見通しの中央値は、2016年度プラス1.0%、2017年度プラス1.3%、2018年度プラス0.9%となっており、見通し期間を通じて潜在成長率を上回る成長が続くと予想しています(図表3)。

物価情勢

次は、物価情勢です。生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価の前年比は、個人消費の一部の弱めの動きを背景に、企業の価格設定スタンスがやや慎重化するなかで、このところプラス幅が幾分縮小しています。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、小幅のマイナスとなっています(図表4)。消費者物価(除く生鮮食品)を構成する各品目の前年比について、上昇品目の割合から下落品目の割合を差し引いた指標をみると、歴史的にみれば高水準を維持しているものの、足もとではやや低下しています(図表5)。

物価の先行きについては、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、エネルギー価格下落の影響から、当面小幅のマイナスないし0%程度で推移するとみられますが、物価の基調は着実に高まり、プラス2%に向けて上昇率を高めていくと考えています。この間、原油価格が現状程度の水準から緩やかに上昇していくとの前提にたてば、消費者物価の前年比が、プラス2%程度に達する時期は、中心的な見通しとしては2017年度中になるとみていますが、先行きの海外経済に関する不透明感などから不確実性が大きいと見ています。具体的な数値で申し上げると、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比に関する7月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値1は、2016年度プラス0.1%、2017年度プラス1.7%、2018年度プラス1.9%となっています(図表3)。

  1. 各政策委員は見通し作成にあたって、原油価格(ドバイ)は、1バレル45ドルを出発点に、見通し期間の終盤である2018年度にかけて50ドル程度に緩やかに上昇していくと想定しています。その場合の消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比に対するエネルギー価格の寄与度は、2016年度でマイナス0.6~マイナス0.7%ポイント程度と試算されます。また、寄与度は、2016年度後半にマイナス幅縮小に転じ、2017年度初に概ねゼロになると試算されます。

3.経済・物価見通しを巡る主な留意点

以下では、こうした経済・物価見通しが実現していくにあたって、私自身が留意している点をお話ししたいと思います。

(1)雇用・所得環境

まず、雇用・所得環境ですが、労働需給は着実な改善を続けており、雇用者所得も緩やかに増加しています(図表6、7)。雇用面では、労働力調査の雇用者数は伸びを高めており、女性や高齢者層を中心として労働参加の高まりが続いています。そのもとで有効求人倍率は着実な上昇を続けているほか、短観の雇用人員判断DIにおける人手不足感も基調的に強まっており、これらの指標はいずれも1991~92年頃と同程度となっています。失業率も、振れを伴いつつも緩やかな改善傾向を続けており、3%台前半で推移しています。先行きも、労働需給は一段と引き締まっていくとみています。賃金面では、特に、労働需給の影響を受けやすいパートの時間当たり名目賃金が、1%台後半の高めの伸びを続けています。先行きは、予想物価上昇率の高まりや労働需給の引き締まりの明確化を背景に、賃金は緩やかに上昇していくと想定しています。

このような雇用面・賃金面の見通しのもとで、先行きの雇用者所得は緩やかな増加を続けるとみています。もっとも、ベースアップは3年連続のプラス改定となったものの、その伸びは昨年よりも小幅に低下しております。企業部門における収益からの資金の循環が今後どのように推移していくかは留意が必要です。

(2)個人消費

次に、個人消費についてお話しします。個人消費は、一部に弱めの動きがみられておりますが、雇用・所得環境の着実な改善を背景に、基調的な底堅さを維持しています。消費活動指数をみますと、振れを伴いつつも、足もとでは耐久財や非耐久財を中心に持ち直しに向かっています(図表8)。消費関連のマインド指標では、消費者態度指数は横這い圏内の動きを続ける一方、景気ウォッチャーや短観の個人消費関連業種の業況感は、富裕層の高額消費意欲の減退や訪日外国人需要の伸び悩みなどの影響もあって、このところ慎重化しています。先行きは、実質雇用者所得の改善や各種の政策効果に支えられて次第に底堅さを増していくと予想しています。但し、足もとにおいて緩慢な動きとなっている所得から消費への循環が今後どのように進展していくかについて、注意が必要であると考えています。

(3)設備投資動向

続いて、設備投資動向についてお話しします。企業収益が高水準で推移するなかで、設備投資はやや長い目でみれば緩やかな増加基調にあります(図表9)。6月短観における2016年度の事業計画をみると、想定為替レートの円高化により収益計画がひと頃に比べ悪化した製造業大企業も含めて、設備投資計画は総じてしっかりとしたものとなっています(図表10)。先行きは、(1)高水準の企業収益、(2)低金利や緩和的な貸出スタンスといったきわめて投資刺激的な金融環境、(3)財政面からの各種政策効果、(4)期待成長率の緩やかな改善などを背景に、緩やかな増加基調を続けると見込まれます。なお、近年活発な維持・更新投資や効率化・省力化投資、成長分野への投資は、短期的な収益動向に左右されにくいことなどから、為替円高や原油価格上昇といった収益環境の変化の影響は比較的少ないだろうとみています。もっとも、海外向け比率の高い製品の生産を国内に回帰させるかどうかの企業行動については注視していく必要があると考えています。

(4)物価動向

次に、物価上昇率を規定する主な要因であるマクロ的な需給ギャップと予想物価上昇率についてお話しします。第1に、マクロ的な需給ギャップについては、このところゼロ%近傍で横這い圏内の動きとなっています。先行きも、暫くの間、横這い圏内の動きを続けますが、海外経済の減速の影響が和らぎ、経済対策の効果が顕在化し始めると予想される2016年度末にかけて、プラスに転じていくとみられます(図表11)。2017年度以降は、国内外の需要がともに増加するもとで、需給ギャップは資本・労働両面でプラス幅の着実な拡大を続けると見込まれます。

第2に、中長期的な予想物価上昇率については、やや長い目でみれば全体として上昇しているとみられますが、このところ弱含んでいます。個人消費の弱めの動きを背景に、新年度入り後の価格改定においては、食料工業製品や耐久消費財など「財」を中心に改定を見送る動きがみられています。先行きについては、個人消費の持ち直しに伴って、企業の価格設定スタンスは再び積極化していくとみています。賃金設定スタンスについても、企業収益から雇用者所得への波及は維持されており、賃金の上昇を伴いながら、物価上昇率が緩やかに高まっていくというメカニズムは引き続き作用していると考えています。このようなもとで、中長期的な予想物価上昇率も上昇傾向をたどり、「物価安定の目標」である2%程度に向けて次第に収斂していくとみています。

4.金融政策運営

次に、金融政策についてお話しします。

日本銀行は、2013年1月に、できるだけ早期に消費者物価の前年比上昇率プラス2%を実現するという「物価安定の目標」を約束しており、同4月に、そのために必要な施策として「量的・質的金融緩和」を導入しました。この「量的・質的金融緩和」は、大規模な国債買入れによって金利低下を促すとともに、明確なコミットメントとこれを裏付ける大規模な金融緩和によって人々のデフレマインドを転換し、企業・家計の投資・消費活動を活性化させていくことを主な波及経路としています。また、一昨年の10月末の金融政策決定会合では、この「量的・質的金融緩和」の拡大を決定しました。さらに、今年1月には「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入し、金利面での緩和オプションを追加し、「量」・「質」・「金利」の3方面での緩和手段を駆使することを可能としました(図表12)。

そして、先月の会合では、ETF買入れ額の増額と外貨資金調達環境の安定のための措置を決定しました。これは、英国のEU離脱問題や新興国経済の減速を背景に高まってきた不確実性が企業や家計のコンフィデンスの悪化につながることを防止するとともに、わが国企業および金融機関の外貨資金調達環境の安定に万全を期し、前向きな経済活動を支援するためのものです。また、海外経済・国際金融市場を巡る不透明感などを背景に、物価見通しに関する不確実性が高まっていることを踏まえ、「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現する観点から、次回の金融政策決定会合において、「量的・質的金融緩和」・「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」のもとでの経済・物価動向や政策効果について総括的な検証を行うこととしました(図表13)。

日本経済の将来のためには、長きにわたりデフレが続いてきたなかで定着してしまったデフレマインドの転換を進める必要があり、「物価安定の目標」の実現への道筋はなお道半ばにあります。日本銀行は、今後ともプラス2%の「物価安定の目標」の早期実現を目指し、「量」・「質」・「金利」の3つの次元の緩和手段をすべて動員して、しっかりと金融緩和を推進していきたいと思います。

5.日本経済の課題

次に、私なりに、より長期的な視点から、日本経済が置かれている状況を考えてみたいと思います。

わが国の潜在成長率は日本銀行の推計によると、「0%台前半」程度にまで落ち込んでおり、長きにわたりデフレが続いてきた影響が出ています(図表14)。

最近は特に、人口減少などの理由から日本経済の将来は暗いという話をよく聞きます。こうした不安心理を掻き立てる意見が毎日の様に多くの場で流れていますので、社会全体に「漠とした不安」が漂っています。

しかし、私はもっと前向きに考えてよいと思います。人口減少による地域や国への影響が大変なことは当然とはいえ、それでも今の時代は前向きに未来を考える余地が十分にあると思っています。

現在は物流も販売も地域や国を越えて広域的に考えることが出来る時代です。例えば、インバウンドのお客様は海外からです。新潟県で県内だけでなく県外も相手に商売をしている会社は多いと思います。ネットを使えば県外はもちろん海外のお客様ともビジネスが出来るかもしれません。実は、日本にはアジアという世界で最も急成長をしている市場が背後に控えています。この成長を取り込むことが出来れば、需要サイドでの人口減少による需要不足の問題を薄めることが十分可能です。

目を転じて、供給サイドはどうでしょうか。確かに若者の人口が減っていきます。しかし、一方で女性や高齢者の活用が増えていくでしょう。また人の活用という面では、欧米に比べて日本はまだまだ余裕のある人の使い方をしているのも事実ですので、生産性の「伸びしろ」が十分残っているとも言えます。さらに、様々な分野で徐々に外国人労働者を受け入れるのも選択肢の一つだと思われます。工場などではロボットの活用などの省力化が今後急速に進むと思います。日本は世界トップレベルのロボット大国であることは忘れるべきではありません。

この様に、人口動態の問題も因数分解して詳しく見ていきますと、悲観的にばかりなってしまうことは不要ではないでしょうか。

そこで、将来のために、どう取り組むべきかですが、現在の政府、日本銀行による大胆な経済対策と緩和的な金融環境の下にあって、民間部門としてはこのチャンスを活用して積極的に構造改革を推し進めるべきではないでしょうか。

構造改革では、製造業、非製造業を問わず、生産や販売など様々な部門でのプロセスの変革、すなわちスクラップアンドビルドを推進することになります。従って、新規投資や従業員再教育、退職のための費用等が多額に上りますので、財務面の手当ても併せて必要でしょう。そこで、事業会社と金融機関との連携も大変重要になってくると思われます。

以上のような課題への取り組みには企業の努力がまず重要です。一方、日本銀行としても、緩和的な金融環境を最大限に活かして貰えるように、「貸出支援基金」を設けて、低利かつ長めの資金供給を行っています。さらに、日本銀行では、昨年12月の会合において「設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業に対するサポート」に関する措置も決定しました。既に設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業も増えていますが、本措置によりそうした動きがさらに拡がっていくことを期待しています。

6.おわりに —— 新潟県経済について ——

以上、経済・物価情勢や金融政策運営などについてお話ししました。最後に、新潟県経済について触れたいと思います。

当地の景気は、海外経済減速の影響などから企業のマインドに陰りがみられていますが、回復基調は途切れていません。より長い目でみれば、人口減少や高齢化進行に伴う成長力低下を防ぐための取り組みが必要であることは確かですが、その点でも前向きの動きが始まっていると聞いています。

例えば、県の主要産業の一つである農業や食料品では、ここ数年、県産のコシヒカリや日本酒の輸出が活発となっており、4月に県内で開催されたG7農業大臣会合でも、当地の「農」や「食」に注目が集まり、その魅力が再認識されたと伺っています。また、2年前に国家戦略特区の農業特区に指定された新潟市では、農業用地の規制緩和を利用した新たな試みもスタートしています。そうした動きがさらに拡がれば、地域経済への幅広い波及効果も期待できます。このほか、金属製品やニット製品などの工業製品でも、デザイン・品質に磨きをかけた製品の展開や、新たなビジネスモデルの創出を通じて、国内外での需要獲得につなげている事例があります。

また、豊かな自然の景観に加え、花火大会に代表されるイベントを数多く有していることも強みです。こうした強みを、国内外からの交流人口の増加につなげていくためには、上越新幹線や昨年開通した北陸新幹線、大型クルーズ船の寄港が可能になった新潟港、さらには国際空港である新潟空港などのインフラの有効利用を一段と進めていくことが、重要になるでしょう。

こうした幅広い領域での強みに一層磨きをかけることによって、新潟県経済が新たな成長軌道に乗り、持続的な発展を遂げていくことを期待しています。ご清聴ありがとうございました。