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【講演】金融緩和政策の「総括的な検証」に向けて在日米国商工会議所主催講演会における講演の邦訳

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日本銀行副総裁 中曽 宏
2016年9月8日

目次

1.はじめに

本日は、在日米国商工会議所主催のビジネス・ランチョンにお招きいただき、皆様の前でお話しする機会を賜り、誠に光栄です。

皆様の関心は、日本銀行が9月の金融政策決定会合で行う「総括的な検証」でしょう。今日の私の話の中心は、もちろんこのテーマです。ただ、その前に、英国のEU離脱(BREXIT)に関する国民投票以降の中央銀行の対応と、日本銀行の7月の決定会合における決定に触れておきたいと思います。私の中では、これらはメインディッシュの前の「前菜」という位置づけではありません。それ自体として重要な政策であると思っています。

BREXITへの対応

6月23日、大方の予想を裏切る形で英国のEU離脱が決まり、これを受けて、英国の通貨であるポンドが急落するなど、国際金融市場は不安定化しました。

わが国は、国民投票の結果が明らかになって最初にその影響を受けた金融市場であったために、円高の急速な進行、株価の急落という激しい反応を示しました。これに対し、G7をはじめとする世界の関係当局は迅速かつ適切に対応しました。G7の中央銀行は、十分な流動性の供給を実施し、市場の安定を確保する用意がある旨を明らかにしました。わが国では、グローバルに活動する企業や金融機関の外貨資金、特に米ドルの調達環境の安定に万全を期す観点から、国際金融危機の際に整備されていた外貨資金繰りのバックストップ的な政策ツールをさらに強化する必要があると判断しました。

7月の「金融緩和の強化」について

7月の決定会合では、この英国のEU離脱問題をはじめとして海外経済の不透明感が高まっている状況を踏まえ、金融緩和の強化を決定しました。具体的には、3つの措置を講じました(図表1)。

第一に、ETFの買入れ額の増額です。買入れ額を、従来の年間約3.3兆円に相当するペースから約6兆円にほぼ倍増しました。企業や家計のコンフィデンスの悪化を防止し、前向きなリスクテイクを後押しすることを狙いとしたものです。この規模は、アベノミクス開始から最初の3年間で、外国の投資家が株を買い越した金額が約16兆円であったことを考えても、きわめて大きなものだと思います(図表2)。

第二に、成長支援資金供給・米ドル特則の総枠を倍増したことです。この制度は、金融機関が企業に対して、わが国の成長基盤強化に資するような外貨建て投融資を行った場合、そのバックファイナンスとして日本銀行が保有する米ドル資金を最長4年という期間で供給するものです。企業にとっては、長期にわたって安定的にドル資金を調達し易くなる重要な手段であり、地域金融機関を通じて、地方の企業の資金調達にも多く利用されています。この貸付総枠を現行の2倍の240億ドルまで引き上げました。

第三に、米ドル資金供給オペに関する担保の拡充です。米ドル資金供給オペは、中央銀行間の通貨スワップ網を活用して実施しており、金融機関は、金額無制限で利用できます。ただし、日本銀行との取引は有担保が原則ですので、「日本銀行に差し入れている担保の範囲内であれば」という条件が付きます。現行の金融政策のもとで、多くの金融機関は国債を日本銀行に売却する一方で、多額の日銀当座預金を保有しています。そこで、金融機関に対して、日銀当座預金を見合いとして、日本銀行が保有する国債を貸し付ける制度を新設することとしました。金融機関はその国債を担保に入れて米ドル資金供給を受けることができるようになります。「いざという時には、担保不足の心配なく、オペで米ドルを調達できる」という安心感が生まれることによって、バックストップとしての米ドル資金供給オペの有効性が一段と高まるものと考えています。

こうした措置は、一見地味で技術的にみえるかもしれませんが、外貨資金調達環境の安定を万全なものとし、経済の安定に貢献するものだと思っています。中央銀行の仕事は、どうしてもマイナス金利や巨額の国債買入れといった金融政策の大きな枠組みに関心が集まりがちですが、こうした実務的な工夫も劣らず重要な機能だということを繰り返し申し上げておきたいと思います。

2.「総括的な検証」の問題意識

金融政策の大きな枠組みの話に移ります。日本銀行は、物価見通しに関する不確実性が高まっている状況を踏まえ、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現する観点から、9月下旬に開催する次回決定会合において、「量的・質的金融緩和」導入以降3年間の経済・物価動向や政策効果について「総括的な検証」を行うこととしました。

問題意識は、2点です。第一に、「量的・質的金融緩和」導入以降、わが国の経済・物価情勢は大きく改善し、デフレではないという状況になりました。一方で、これだけ大規模な金融緩和を行っても2%の「物価安定の目標」は実現できていません。この間に金融政策がどのように機能し、何が2%の実現を阻害したのか、検証したいと思います。そして第二に、導入から半年が経過した「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」のもとで、国債や貸出・社債などの金利は大きく低下し、その面で顕著な効果を発揮しています。ただ同時に、この政策は金融市場の流動性や金融機関の収益などにも影響を及ぼしています。こうした政策の効果と影響についても検証します。

3.「量的・質的金融緩和」のメカニズム

自然利子率と実質金利

まず、第一の点について、「金融政策の波及メカニズム」という大上段の議論から話をはじめようと思います。実は、伝統的な金融政策も非伝統的な金融政策も、主たる効果波及のメカニズムは同じです。それは、実質金利効果、すなわち、景気や物価に中立的な金利水準(自然利子率)に対して、実質金利を上げ下げすることです。その差が大きいほど金融緩和や引締めの効果は大きくなります。

自然利子率は、プロキシーとしては潜在成長率や期待成長率で表すことができます。バブル崩壊以降、潜在成長率が趨勢的に低下する中で、日本銀行は金融緩和効果を得るため金利を低下させてきました(図表3)。99年には「ゼロ金利政策」を採用し、さらに2001年以降、「量的緩和」、「包括緩和」といった非伝統的な金融政策を実施してきました。しかし、デフレを脱却するのに十分な緩和効果を得られませんでした。

「量的・質的金融緩和」のメカニズム

そこで、2013年に、2%の「物価安定の目標」を定め、これをできるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」を導入しました。「量的・質的金融緩和」で想定していた効果波及のメカニズムも実質金利効果です。その出発点は、日本銀行が2%の「物価安定の目標」に対する強く明確なコミットメントのもとで大規模な金融緩和を実施することによって、人々の予想物価上昇率を引き上げることにあります。同時に、長期国債の買入れによって、イールドカーブ全体にわたって名目金利に下押し圧力を加え、これら2つによって実質金利を押し下げます。実質金利が低下すれば、企業や家計の経済活動が刺激され、予想物価上昇率の上昇とあいまって、実際の物価上昇率を押し上げます。そして、人々が実際に物価上昇を経験すれば、予想物価上昇率がさらに上昇する、というメカニズムを想定していました(図表4)。この最後の点は、「適合的な予想形成」と呼ばれるもので、この後お話しする論点において重要なカギとなるコンセプトです。

それまでの日本銀行の政策や他の中央銀行の政策と比べた「イノベーション」は、予想物価上昇率に注目したことです。「名目金利=予想物価上昇率+実質金利」というフィッシャー方程式に基づき、名目金利を抑えつつ、予想物価上昇率を引き上げることによって、実質金利の低下を実現しようとしたということです。

「量的・質的金融緩和」のもとでの経済・物価動向

このメカニズムはしっかり機能しました。「量的・質的金融緩和」は、予想物価上昇率の押し上げと名目金利の押し下げにより、実質金利を低下させました。先ほど述べたとおり自然利子率は趨勢的に低下していますが、実質金利はその水準を十分下回って推移し、金融環境は改善しました。すなわち、貸出の緩やかな増加と金利の低下、株価の上昇、為替の減価(円安方向の動き)がみられ、これらは経済を刺激しました。その結果、実体経済面では、企業収益は史上最高レベルに達し、先週発表された失業率はついに3%ちょうどまで低下しました。賃金をみても、一昨年の春闘において約20年振りにベースアップが復活し、今年に至るまで3年連続で実現しています。経済全体としてみても、需給ギャップは長期平均水準であるゼロ%近傍まで改善しています。物価面では、消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)は、「量的・質的金融緩和」導入前の−0.5%程度からプラスに転じ、2年10か月にわたってプラス圏で推移しています(図表5)。このような長い期間にわたって消費者物価の前年比がプラスで推移したのは、1990年代後半に日本経済がデフレに陥って以来、初めてのことです。日本経済は、もはや「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではなくなっています。

2%の「物価安定の目標」を実現できていない理由

しかしながら、2%の「物価安定の目標」は実現できていないこともまた事実です。その点も、実質金利効果のカギである「予想物価上昇率」の動向によるものです。振り返りますと、「量的・質的金融緩和」を導入して1年程度は、想定通りに、あるいは想定以上に強く、メカニズムが働きました。しかし、2014年度に入ると、原油価格の下落や消費税率引き上げ後の需要の弱さ、さらに2015年夏場以降は、新興国経済の減速とそのもとでの国際金融市場の不安定な動きといった外的な要因が相次いで発生しました。この結果、実際の物価上昇率が低下し、これと適合的に形成される予想物価上昇率が横ばいから弱含みに転じたことが、2%の「物価安定の目標」を実現できていない主な要因と考えられます(図表6)。

一般的に、人々の予想物価上昇率は、「フォワード・ルッキングな予想形成」と「適合的な予想形成」の2つの要素によって形成されますが、日本の場合は、もともと「適合的な予想形成」の影響が大きいことが知られています。長期にわたるデフレのもとで目標となる物価上昇率が実現できていなかったことが影響していると考えられます。また、春闘などわが国の賃金交渉において、前年度の現実の物価動向を参照して賃金決定が行われることも、そうした「適合的な予想形成」の背後にあるメカニズムのひとつだと考えられます。日本銀行は、「量的・質的金融緩和」を推進することによって、「フォワード・ルッキングな予想形成」を強化し、人々の予想物価上昇率を引き上げ、2%の「物価安定の目標」にアンカーさせることを目指してきました。その結果、「ずっと物価が上がらない」というデフレ下の予想形成からはアンカーをはずすことができたと思いますが、2%に再びアンカーしようという「道半ば」にあります。

先行きについては、実際の消費者物価上昇率が次第に高まっていくにしたがって、「適合的な予想形成」の面では、予想物価上昇率を押し上げる方向に作用すると考えられます。ただ、この点は、消費者物価上昇率が当面小幅のマイナスかゼロ%程度で推移すると見込まれることを踏まえると、不確実性がある点にも留意しておく必要があります。また、そうであるからこそ、「フォワード・ルッキングな予想形成」の観点から、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するというコミットメントを堅持していくことが重要だと考えています。今回の「総括的な検証」は、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現する観点から行います。この点は、誤解があってもいけないので、7月の決定会合の公表文でも明記しました。2%の早期実現のために何をすべきか、という議論であり、緩和の縮小という方向の議論ではありません。

4.「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の効果と影響

検証のポイント

政策効果のメカニズムという面では、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」もこの延長線上にあります。すなわち、実質金利効果を主たるメカニズムとして想定しています。予想物価上昇率が弱含みに転じる中にあっては、名目金利を、ゼロ制約を超えて引き下げることで、実質金利の低下を実現するという手段を採ることにしました。日本銀行当座預金の一部へのマイナス金利の適用と長期国債買入れとの組み合わせによって、イールドカーブ全体にわたって国債金利の一段の低下をもたらし、それが貸出・社債・CPなどの各種の金利に波及することで、実質金利低下の効果を経済・物価面に及ぼしていくということです。一方で、導入の時から、この政策が金融機関の収益に過度の悪影響を及ぼし、それによって、かえって金融仲介機能が悪化するようなことになってはいけない、ということが最も重要な論点でした。その後の半年間の経験を踏まえ、これらの効果と影響を検証するというのが、検証の第2のポイントになります。

半年間の経験でわかったこと

「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入から半年間の経験でわかったことを、私なりに整理すると、以下の6点です。

第一に、イールドカーブ全体に低下圧力を加えるという意味で、マイナス金利と長期国債買入れとの組み合わせは、きわめて強力だということです。そのメカニズムとしては、(1)当座預金へのマイナス金利適用は、短期金利の低下をもたらしたほか、(2)金融機関が国債を売却して当座預金を持つインセンティブを減じ、長期国債買入れによるリスクプレミアムの低下とともに、長期金利を押し下げたと考えられます。またいわゆるsearch for positive yieldという投資行動により、プラスの金利のついている資産への需要を高め、超長期の国債金利を大幅に引き下げました。こうしたメカニズムを通じて、イールドカーブは低下し、かつフラット化したと考えられます。この点は金融政策ツールとしての有効性が確認できました(図表7)。

第二に、リスクフリー金利である国債金利が低下しても、金融機関における主たる調達手段である預金金利の低下余地が乏しいため、貸出金利や社債・CP金利の低下につながらないのではないかという懸念については、私自身も重要な論点だと思って注視していましたが、これまでのところ、貸出、社債・CPの金利は大幅に低下しており、いずれも過去最低水準にあります(図表8)。

第三に、期間が10年を超える超長期社債の発行や劣後ローンによる借入れが増加するなど、企業金融を巡る新たな動きも生じていることです。従来、超長期の資金調達を行うのは電力や交通などインフラ関連の企業が中心でしたが、それ以外の幅広い業種の起債がみられます(図表9)。

第四に、短観、主要銀行貸出動向アンケート調査(ローン・サーベイ)などの調査によると、金融機関の貸出態度は引き続き積極的であり、マイナス金利による収益圧迫によって金融仲介機能がかえって悪化するというような事態にはなっていません(図表10)。

一方で、第五に、以上のようなポジティブな動きは、金融機関の収益を圧縮する形で実現しているということです。預金金利がそれほど低下していない中にあって、貸出金利が大きく低下したということが、この点を表しています。わが国の金融機関の場合、預金残高が貸出残高を大幅に上回っていること、長期間にわたって金融機関間の競争が続いたため、預貸金利鞘が既にきわめて低水準となっていることなどから、マイナス金利が金融機関の収益に与える影響は相対的に大きいと考えられます。また、収益の金融機関体力への影響は累積的なものであることを踏まえると、このことは政策が継続する期間によっても変わりうるということもしっかりと意識しておかなければいけないと思っています。「日本銀行は金融セクターの金融仲介機能を軽視しているのではないか」という見方には全く根拠がありません。実際、1990年代のわが国金融危機以降、日本銀行は、日銀法に定められた使命であるわが国金融システムの安定に全力を尽くしてきました。しかも、金融システムは、金融政策にとってキーとなる効果波及経路です。

第六に、長期金利や超長期金利の大幅な低下が、保険や年金の運用利回りの低下や貯蓄性の商品の一部販売停止、割引現在価値でみた退職給付債務の増加などにつながっていることです。こうした現象が直接的にマクロ経済に及ぼす影響はそれほど大きなものではないかもしれませんが、マインドという面で、人々の間に広い意味での金融機能の持続性に対する不安をもたらし、経済活動に悪影響を及ぼす可能性には留意する必要があります。

政策運営の考え方

「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を推進していくに当たっては、第一から第四の点のような強力な政策効果が期待できる一方で、第五、第六のような金融仲介機能に与える影響にも配慮しながら、マクロ経済政策として、最も適切なものとしていかなければならないと思います。この2つの考慮は、通常トレードオフの関係になると思いますが、そのバランスの取り方は動態的であるべきです。例えば、「金融機関収益への影響を考えれば、マイナス金利の深掘りはできない」という静態的、一律の考えは採りえないと思います。経済・物価や金融市場の状況によっては、金融仲介の面へのコストを考えたうえでもなおそうした手段を必要とすることは十分ありうるからです。私は、民間金融機関幹部の方々と重ねてきた対話を通じ、大規模な金融緩和が金融機関や金融市場に与えている影響や今後与えうる影響について十分認識しているつもりです。そのことを認識したうえで、日本経済全体のために必要と判断する政策を、実行していきます。

次回決定会合では、私は、以上のような問題意識を持って「総括的な検証」の議論に臨みたいと思います。虚心坦懐に行った検証に基づき、現在の政策の枠組みに修正が必要か否か、必要な場合どのような修正が適当か、といった点について判断していきたいと考えています。

5.おわりに

最後に、金融政策と政府の財政運営・成長戦略の関係について申し述べたいと思います。

第一に、政府の財政運営との関係です。通常、政府が国債発行を通じて財政支出を拡大すると、市場金利が上昇し、民間投資を抑制する「クラウディング・アウト」が生じます。この点、同時に中央銀行が金融緩和を推進する「ポリシー・ミックス」を行えば、金利上昇が抑制されるため、「クラウディング・アウト」を防ぐことができます。現状に即していえば、日本銀行の「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」により金利は幅広くマイナス圏にあり、そのもとで政府が財政政策を行えば、それらの相乗効果によって、景気刺激効果は非常に強力なものになると考えられます。わが国では、3年前から、機動的な財政運営と「量的・質的金融緩和」という形で、非常に強力な「ポリシー・ミックス」を実施してきました。そして、今般の大規模な「経済対策」と「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の組み合わせによって、それをさらに強力に推進しようとしているという事実を指摘しておきたいと思います。

第二に、成長戦略との関係です。先ほど述べたとおり、日本銀行が強力に「実質金利を押し下げる」と同時に、政府の成長戦略により強力に「自然利子率を押し上げる」ことが重要です。この点、「同時に」という点を強調したいと思います。構造改革を通じて潜在成長率が高まり、将来の不確実性が低下すると認識されるならば、企業の期待収益や家計の恒常所得が高まりますので、投資や消費といった需要が刺激されます。一方、金融緩和政策は、景気を刺激し資本ストックや労働投入の増加を通じて潜在成長率を引き上げる効果を持つと考えられます。デフレ克服に向けた金融政策と潜在成長率の引上げに向けた構造改革は、日本経済が持続的成長軌道に復するために車の両輪として「同時に」進めなければなりません。ようやく「デフレではない」状態を作り出した金融緩和を引き続き推進し、デフレからの完全な脱却、2%の目標の実現を目指すことが、日本銀行の役割だと思っています。また、政府の対応については、先般の「経済対策」で「未来への投資」という考え方が中心に据えられていることは強調して良いと思います。

私が日本銀行に入ってから38年になります。この間、わが国をとりまく経済金融環境は激変しました。これに伴い、中央銀行の政策課題も大きく変わってきました。伝統的にインフレ・ファイターとして認識していた中央銀行で、デフレ克服にこれほど苦闘することになるとは新人時代には想像していませんでした。そうした変化は止まるところを知りません。より近年、リーマン破綻後の世界においても、成長力の趨勢的な低下に対する政策対応を巡る議論や、そうした状況下での金融政策のあり方を巡る議論は、サマーズの長期停滞論などに触発されて、近年盛んに論じられてきました。私の考え方は、以前ニューヨークでまとめてお話ししましたので、本日は繰り返しません。ただ、感想として思うことは、この文脈の中で、かつては学術的な興味で語られてきたことが、中長期の課題とはいえ実践的な政策選択肢として論じられるようになってきたということです。国際的な会議やコンファレンスに出ていてもそれを実感します。もちろん各国の出す答えは、それぞれの事情によって様々ですし、教科書に書いているような直截なものではありませんが、今日、そうした議論や実践の中で各国の政策担当者にとって共通の課題となっていると感じます。中央銀行や政府の政策担当者がおかれている環境変化の速さとダイナミックさに的確に対処していくためには、ある時点の常識に止まっていてはいけないということを自省させられるものです。自分達は、「理論と調査に基づいた政策実践」という中央銀行のDNAを大切にしつつ、同時に、時代や環境とともに自らも「進化」を遂げていくことに勇気を持たなくてはならない、と最近よく思います。最後の点は、やや蛇足になりました。さすがに今回の検証のスコープを大きくはみ出すもので、単なる私の感想にすぎないということをお断りして講演を終えたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。