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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策高知県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 布野 幸利
2018年11月7日

1.はじめに

日本銀行の布野でございます。本日は、ご多忙の中お集まり頂き、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から私どもの高知支店がご支援を頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

まず私から、経済・物価情勢、金融政策などを説明させて頂き、最後に、高知県経済について触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様からの率直なお話を承りたく存じます。どうぞよろしくお願い致します。

2.最近の経済・物価情勢

(1)海外情勢

まず、海外経済ですが、グローバルな製造業の業況感は足もと幾分低下しているものの改善傾向を維持しているほか、世界貿易量は回復を続けています。こうしたもとで、海外経済は総じてみれば着実な成長が続いています。先行きも総じてみれば着実な成長を続けると想定しており、10月に公表されたIMFによる見通しでも、2018年、2019年ともに前年比プラス3.7%の成長を見込んでいます(図表1)。

主要地域別にみますと、米国経済が拡大しているほか、欧州経済は幾分減速しつつも回復を続け、中国経済は総じて安定した成長を続けています。その他の新興国・資源国経済については、輸出の増加や各国の景気刺激策の効果などから、全体として緩やかに回復しています。先行き、米国経済は拡大を続け、欧州経済は回復を続けるとみられます。中国経済は、当局が財政・金融政策を機動的に運営するもとで、概ね安定した成長経路をたどると考えられます。その他の新興国・資源国経済については、全体として緩やかな回復を続けると予想しています。

今後を見通すにあたって、米国のマクロ政策運営やそれが国際金融市場に及ぼす影響、保護主義的な動きの帰趨とその影響、それらも含めた新興国・資源国経済の動向、英国のEU離脱交渉の展開やその影響、地政学的リスクなど、先行きのリスク要素は多岐にわたっています。特に、各国の通商政策の先行きについては不透明感が高く、注視が必要です。海外経済が総じてみれば着実な成長を続けている今だからこそ、リスクにも気を配ることが肝要であるとも言えましょう。

(2)日本経済・物価情勢

経済情勢

次に、日本経済についてですが、わが国の景気は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大しています。実質GDPの成長率は、今年1~3月に前期比年率マイナス0.9%となったあと、4~6月は潜在成長率1を上回るプラス3.0%となりました。純輸出が小幅のマイナス寄与となる中で、国内需要がプラス寄与となりました(図表2)。

先行きのわが国経済は、緩やかな拡大を続けるとみています。2018年度については、潜在成長率を上回る成長を続けると見込んでいます。すなわち、国内需要は、きわめて緩和的な金融環境や政府支出による下支えなどを背景に、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、増加基調をたどると考えています。当地においても、例えば、明治維新から150年が経ったことから、様々なイベントが開催されており、観光客の増加が期待されます。輸出は、海外経済が総じてみれば着実に成長していくことを背景に、基調として緩やかな増加を続けるとみられます。2019年度と2020年度については、消費税率の引き上げの影響、資本ストックの積み上がりやオリンピック関連需要の一巡などから、内需の減速を背景に成長ペースは鈍化するものの、景気の拡大基調は続くと見込まれます2。具体的な数値で申し上げると、日本銀行が10月に発表した展望レポートにおける政策委員の成長率見通しの中央値は、2018年度プラス1.4%、2019年度プラス0.8%、2020年度プラス0.8%となっています(図表3)。

  1. わが国の潜在成長率を、一定の手法で推計すると、「0%台後半」と計算される。ただし、潜在成長率は、推計手法や今後蓄積されていくデータにも左右される性格のものであるため、相当の幅をもってみる必要がある。
  2. 消費税率については、2019年10月に10%に引き上げられる(軽減税率については、酒類と外食を除く飲食料品および新聞に適用される)ことを前提としている。また、10月時点の情報をもとに、教育無償化政策についても織り込んでいる。

物価情勢

続いて、物価情勢です。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比はプラス1%程度となっているものの、エネルギー価格の影響を除くと0%台半ばにとどまっており、景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べると、なお弱めの動きが続いています(図表4)。

先行き、マクロ的な需給ギャップのプラスの状態が続くもとで、企業の賃金・価格設定スタンスは次第に積極化し、中長期的な予想物価上昇率も徐々に高まっていくとみています。この結果、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、プラス2%に向けて徐々に上昇率を高めていくと考えています。具体的な数値で申し上げると、10月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値3は、2018年度プラス0.9%、消費税率引き上げによる直接的な影響を除いたベースで、2019年度プラス1.4%、2020年度プラス1.5%となっています(図表3)。

  1. 32019年10月に予定される消費税率の引き上げが物価に与える影響について、税率引き上げが軽減税率適用品目以外の課税品目にフル転嫁されると仮定して機械的に計算すると、2019年10月以降の消費者物価前年比(除く生鮮食品)は+1.0%ポイント押し上げられる(2019 年度と2020 年度の押し上げ効果は、それぞれ+0.5%ポイントとなる)。なお、教育無償化政策の影響については、統計上の取り扱いが未定ということもあり、消費者物価指数には反映されないと仮定している。

3.経済・物価見通しを巡る留意点

以下では、こうした経済・物価見通しが実現していくにあたって、私が留意している点をお話ししたいと思います。

(1)労働需給と所得環境

まず、労働需給と所得環境についてお話しします。わが国の景気が緩やかな拡大を続けるもとで、マクロ的な需給ギャップはプラス幅を拡大しており、直近(4~6月)は2%程度のプラスとなっています(図表5)。さらに労働需給について着目しますと、着実な引き締まりを続けています。労働力調査の雇用者数の前年比はプラス2%程度となるもとで、有効求人倍率はバブル期のピークを超えた水準にあります。また、短観の雇用人員判断DIでみた人手不足感も強まっており、失業率も足もとでは2%台半ばとなっています(図表6)。これらの労働需給指標は、1990年代前半もしくは1970年代前半以来の引き締まり度合いであります。先行きも、基調として潜在成長率を上回るペースでの経済成長が続くもとで、雇用者数は引き続き増加し、労働需給は着実な引き締まりが続く可能性が高いと考えています。

このような労働需給のなか、労働需給の状況に感応的なパートの時給は、均してみれば、前年比プラス2%程度と高めの伸びとなっています。一方で、一般労働者の所定内給与の前年比は、0%台半ばにとどまっています(図表7)。この結果、一人当たり名目賃金は、振れを伴いつつも緩やかに上昇していますが、近年の女性・高齢者を中心とした弾力的な労働供給などから、労働需給の引き締まりに比べると弱めの伸びにとどまっています。先行き、労働者全体の時間当たり賃金は、名目の労働生産性上昇率と概ね同程度のペースで緩やかに上昇したのち、伸び率を高めていくと考えています。もっとも、企業における賃金設定スタンスが慎重なものにとどまるリスクもあることから、今後の動きに注目しています。

(2)物価動向

続いて、労働需給と所得環境を踏まえたうえで、物価動向についてお話しします。消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)の前年比はプラス0%台半ばにとどまっています(図表4)。

こうした弱めの動きの背景には、主に2つの要因があると考えています。1点目は、長期にわたる低成長やデフレの経験などから、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が企業や家計に根強く残っていることです。2点目は、生産性向上の余地があり、技術進歩が進んでいることなどから、企業は、省力化投資の拡大やビジネス・プロセスの見直しにより、賃金コストの上昇を吸収し、値上げを抑える取組みが可能となっている点です。

一方で、物価の改善ペースが緩慢なものにとどまっているものの、経済・雇用情勢が改善するなかで、いくつかの変化も出てきています。例えば、サービス業を中心に幅広い企業において、販売価格を引き上げる動きがみられるようになってきています。短観では、販売価格が上昇していると答える企業数は、下落していると答える企業数を上回ってきています(図表8)。また、高齢化などに伴い、労働需給がさらにタイト化し、パートの時給の上昇率も高まっていくと予想しています。こうした動きに加え、一般労働者の賃金も生産性の向上とともに上昇していけば、家計の値上げ許容度も高まっていくとみています。

物価動向には様々な要因が影響を与えますが、その基調は需給バランスによって規定されると考えています。需給ギャップのプラスの状態が今後も維持されることによって、物価動向が弱めの動きとなっている様々な要因は徐々に解消されていくとみています。これにより、企業の賃金・価格設定スタンスや家計の値上げ許容度は改善し、予想物価上昇率も次第に加速していくと予想しています。

4.金融政策運営

次に、金融政策についてお話しします。

日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率プラス2%を「物価安定の目標」として、これをできるだけ早期に実現することを目指して金融政策の運営をしています。その実現に向けて、日本銀行は、2016年9月に導入した「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みのもと、経済・物価・金融情勢を踏まえて、強力な金融緩和を進めています。現状では、イールドカーブ・コントロールとも呼ばれる長短金利操作として、金融市場調節方針において、短期政策金利をマイナス0.1%に設定するとともに、10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう長期国債を買い入れることとしています(図表9)。これにより、長短金利は低水準で安定的に推移し、きわめて緩和的な金融環境は企業や家計の経済活動を刺激し、需給ギャップの改善に貢献していると考えています。

一方で、景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べると、物価動向はなお弱めの動きを続けています。そこで、日本銀行は、本年7月の金融政策決定会合において、2%の「物価安定の目標」の実現に時間がかかるとの見通しを示すとともに、2%に向けたモメンタムは維持されているものの、強力な金融緩和を粘り強く続け、需給ギャップをプラスにできるだけ長く維持することが必要であると判断しました。そして、「物価安定の目標」の実現に対するコミットメントを強めるとともに、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の持続性を強化する措置を決定しました。

この措置の内容は主に2点あります(図表10)。第1点目は、政策金利の「フォワードガイダンス」の導入です。「フォワードガイダンス」とは、金融政策に対する信認や期待を高めるために、将来の政策運営方針をあらかじめ示すものです。日本銀行は、「2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」ことを表明しました。物価動向と合わせて考えると、当分の間、強力な金融緩和を緩めることはないということです。

第2点目は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の持続性を強化するための各種施策の実施です。例えば、10年物国債金利の操作目標について、引き続きゼロ%程度としつつも、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうることとしました。長期金利がある程度変動することを許容することにより、市場機能を維持することに広くつながっていくと考えています。ただし、金利水準を引き上げていくことを想定しているわけではない点には留意が必要で、金利が急速に上昇する場合には迅速かつ適切に国債買入れを実施する方針です。加えて、ETFの買入れについても、政策の持続性を強化する観点から、年間「約6兆円」という買入れ目標を維持しつつも、市場の状況に応じて買入れ額は上下に変動しうることを明らかにしました。

強力な金融緩和を続けていけば、利鞘の縮小などを通じて、金融機関の経営体力に累積的に影響を及ぼし、金融仲介機能が停滞するリスクもあると考えています。今後も、金融政策運営の観点から重視すべきリスクについて、しっかりと見ていく考えであり、プラス2%の「物価安定の目標」の実現に向けて、経済・物価・金融情勢を踏まえて、適切な金融政策運営を行っていく方針です。

5.日本経済の課題

次に、私なりに、より長期的な視点から、日本経済が置かれている状況を考えてみたいと思います。

日本銀行の推計によると、わが国の潜在成長率は2010年前後に比べれば上昇しているとはいえ、足もとにおいて0%台後半で推移しています(図表11)。成長力は伸び悩んでいると言えるかもしれません。しかし、私は、幅広い主体による構造改革や成長戦略の取組みが進み、生産性の向上を通じて、成長力の底上げが進むものと考えています。

企業活動に着目すると、需給ギャップがプラスに転じてから相応の時間が経過して、業種や企業規模等によって差はあるものの、全体としては供給側の制約が成長への隘路となってきています。そのため、企業は、収益が改善していることもあって、製品やサービスの供給力拡充に向けた設備投資を始めています。個別企業における業務見直しは設備投資を契機として展開されることが多く、生産性向上も期待できます。同時に、企業は研究開発投資の増加を通じて付加価値の高い新製品やサービスの開発を進めてもいます。

また、人口動態やタイトな労働需給を映じて、企業は様々な対策を講じています。第1に働き方改革などによる従業員の有効活用です。わが国においては重複作業や長時間労働が多いこともあり、業務の効率性向上の余地は大きいと思われます。第2は女性の活躍で、現役世代の女性の就業率は世界的にも高水準の70%に達しました。今後はより付加価値の高い業務への就労や管理職への登用が一層促進されることを期待しています。第3は高齢者の雇用です。高齢者の就労は進んでいるものの、個々人の能力や勤労意欲と担当業務との間にギャップがあり、改善ののりしろは大きいと思います。第4は外国人の雇用で、徐々に増えてきてはいるものの、受け入れ体制という点では一層の整備が必要です。第5はロボットなどのITの活用による省力化です。わが国はロボット技術大国ですので、これをいかして生産分野だけでなく事務分野など応用範囲を拡大すべきだと思います。

以上のような構造改革や成長戦略の取組みは、業務の効率化などをもたらし、賃上げに対して短期的に下押し圧力となる可能性があるものの、長期的には生産性を向上させ、わが国の成長力を高めていくとみています。また、生産性の向上は、賃上げと個人消費の増加を通じて、物価上昇を促していくと考えています。しかし、市場縮小や事業承継などに悩んだり、今後の個人消費に確信が持てないことなどを背景に、未だ慎重な姿勢を崩していない企業も存在します。生産性を向上させ、わが国の成長力を高めていくのは、時間のかかる取組みでもあります。したがって、金融政策が総需要を喚起して、適度にタイトな需給環境が維持されるなかで、活発な需要が様々な取組みの進展を促す環境が長期にわたり持続されなければなりません。「物価安定の目標」の実現や、それと整合的な「持続的な経済成長」の実現に向けて、日本銀行としては今後も金融緩和政策を続け、幅広い主体による様々な取組みを確りと後押しすべきだと考えています。

6.おわりに ―― 高知県経済について ――

最後に、高知県経済についてお話ししたいと思います。

足もとの高知県経済は、緩やかに回復しています。需要面では、高水準の企業収益を背景に、2018年度の設備投資計画は、前年を上回り、幅広い業種で省力化投資のほか、能力増強投資の動きがみられています。また、個人消費も、7月の西日本豪雨や台風の到来により、観光・宿泊関連を中心に一時的な押し下げはみられていますが、小売店の販売や天候要因の影響を受けにくい海外旅行などのサービス消費の動きは底堅いとの声が聞かれています。また、生産については、災害対策関連、設備投資、国内外のインフラ需要向けを中心に基調としては緩やかに増加しています。

しかし、全国に先駆けて進んでいる人口動態の変化により、高知県経済は大きな課題に直面しています。人口減少による需要の下押しや少子高齢化による財・サービスに対するニーズの変化に加えて、最近では人手不足から生産能力を拡張できないなど、供給制約に直面する企業も見受けられており、需要供給の両面で大きな変化が進行しています。

こうした課題に対して県内の企業では、省力化投資の動きが活発化しているほか、国内外への販路拡大を進める動きが広がっています。特に、自らの強みを生かした製品でシェアを拡大させている企業が存在感を高めていることは当地経済にとって非常にポジティブだと言えます。大企業や他社との競合が起きにくいマーケットを見極める経営戦略にも、当地の企業経営者の英知や強みが表れているように思われます。

高知県としても、こうした前向きな動きを後押しするため、2009年度から「高知県産業振興計画」のもと、当地の強みである農林水産業を活かした食品産業や観光産業の強化と、県外・海外への販路拡大に積極的で、県内各地で、特産の柚子や栗、鰹などを活用した六次産業化が進んでいます。

観光面では、今年が明治維新から150年目にあたることから、全国への魅力の発信が行われています。当県は、室戸ジオパークや四万十川に代表される豊かな自然による観光資源を有する県でもあり、県内各地で、歴史・文化、自然など有形無形の観光資源を活かした観光地づくりが進んでおり、外国人観光客を含め、高知を訪れる観光客がさらに増加していくことが期待されます。

南海トラフ地震につきましても、触れておきたいと思います。昭和南海地震の発生からすでに70年以上が経過しているため、大規模な地震・津波の発生を想定して、高台への移転など各種の対策が進められています。日本銀行としても、高知支店を中心に、災害時の決済機能や現金供給機能の維持に向け、高知県に貢献できるよう努めて参りたいと考えています。高知県経済のますますの発展を心より祈念しまして、挨拶の言葉とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。