政策委員会 金融政策決定会合 議事要旨 (2025年6月16、17日開催分)
2025年8月5日
日本銀行
本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2025年7月30、31日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。
開催要領
- 1.開催日時:
- 2025年6月16日(14:00から15:36)
- 6月17日( 9:00から12:24)
- 2.場所:
- 日本銀行本店
- 3.出席委員:
- 議長 植田和男 (総裁)
- 氷見野良三(副総裁)
- 内田眞一 ( 副総裁 )
- 中村豊明 (審議委員)
- 野口 旭 ( 審議委員 )
- 中川順子 ( 審議委員 )
- 高田 創 ( 審議委員 )
- 田村直樹 ( 審議委員 )
- 小枝淳子 ( 審議委員 )
- 4.政府からの出席者:
-
- 財務省 寺岡光博 大臣官房総括審議官(16日)
- 斎藤洋明 財務副大臣(17日)
- 内閣府 林 幸宏 内閣府審議官(16日)
- 瀬戸隆一 内閣府副大臣(17日)
- (執行部からの報告者)
-
- 理事 清水誠一
- 理事 神山一成
- 理事 諏訪園健司
- 理事 中村康治
- 企画局長 奥野聡雄
- 企画局参事役 長野哲平
- 企画局政策企画課長 井出穣治
- 金融機構局長 鈴木公一郎
- 金融市場局長 峯岸 誠
- 調査統計局長 川本卓司
- 調査統計局経済調査課長 須合智広
- 国際局長 近田 健
- (事務局)
-
- 政策委員会室長 福田英司
- 政策委員会室企画役 木下尊生
- 政策委員会室企画役 三浦幸大
- 企画局企画役 八木智之
- 企画局企画役 北原 潤
1.金融経済情勢に関する執行部からの報告の概要
1.最近の金融市場調節の運営実績
金融市場調節については、前回会合(4月30日、5月1日)で決定された金融市場調節方針(注)に従って運営し、無担保コールレート(オーバーナイト物)は、0.476から0.481%のレンジで推移した。
この間、長期国債の買入れについては、2024年7月の会合で決定された減額計画に沿って、月間4.1兆円程度の買入れを行った。
2.金融・為替市場動向
短期金融市場では、翌日物金利のうち、無担保コールレートは0.5%程度で推移した。GCレポレートは、総じてみれば無担保コールレート並みの水準で推移した。ターム物金利をみると、短国レート(3か月物)は、小幅に上昇した。
わが国の株価(TOPIX)は、米国の株価に連れて上昇した。長期金利(10年物国債金利)は、米国の長期金利に連れて上昇した。為替相場をみると、円の対ドル相場は、米国の財政悪化懸念の高まり等を受けたドル売りを背景に円高方向に動く場面もみられたが、期間を通じてみれば、市場センチメントの改善に伴い円安方向の動きとなった。円の対ユーロ相場も、円安方向の動きとなった。
3.海外金融経済情勢
海外経済は、各国の通商政策等の影響を受けて一部に弱めの動きもみられるが、総じてみれば緩やかに成長している。米国経済は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに成長している。欧州経済は、一部で関税賦課に備えた駆け込み輸出がみられるものの、総じてみれば製造業を中心に弱めの動きが続いている。中国経済は、政策面の下支えはあるものの、関税引き上げや不動産市場の調整などによる下押しがみられるもとで、改善ペースは鈍化傾向にある。中国以外の新興国・資源国経済は、総じてみれば緩やかに改善している。
先行きの海外経済は、各国の通商政策等の影響を受けて減速するものの、その後は徐々に成長率を高め、緩やかに成長していくと考えられる。先行きの見通しを巡っては、各国の政策運営の帰趨のほか、中国経済の動向や地政学的緊張の展開などについて、不確実性が高い。
海外の金融市場をみると、世界経済の先行きを巡る不確実性が引き続き意識されつつも、通商政策に関する各国間の交渉の進展や米国の堅調な経済指標等を背景に、市場センチメントは改善している。この間、ごく足もとでは、中東における地政学的リスクの高まりから、市場センチメントが慎重化する場面がみられた。米国の長期金利は、FRBの利下げ織り込みが後退する中、先行きの国債需給悪化に対する警戒感が高まったこともあって、大幅に上昇した。欧州の長期金利は、米国の長期金利に連れて小幅に上昇した。米国の株価は、市場センチメントが改善するもと、堅調な企業決算もあって上昇したあと、ごく足もとでは、中東における地政学的リスクの高まりから小幅に下落した。欧州の株価は、米国の株価に連れて上下した。この間、新興国通貨は、米中間での関税率引き下げの合意を主因とするリスクセンチメントの改善を背景に、上昇した。原油価格は、中東における地政学的リスクの高まりから、大きく上昇する場面がみられた。
4.国内金融経済情勢
(1)実体経済
わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復している。米国の関税政策の影響は、これまでのところ、はっきりとは顕在化しておらず、企業・家計部門における所得から支出への前向きな循環は維持されている。先行きについては、各国の通商政策等の影響を受けて、海外経済が減速し、わが国企業の収益なども下押しされるもとで、緩和的な金融環境などが下支え要因として作用するものの、成長ペースは鈍化すると考えられる。
輸出や鉱工業生産は、一部に米国の関税引き上げに伴う駆け込みの動きがみられるが、基調としては横ばい圏内の動きを続けている。先行きは、米国の関税引き上げに伴う駆け込みとその反動が生じるとみられるが、基調としては、海外経済減速による下押し圧力が強まっていくと見込まれる。
企業収益は、改善傾向にある。こうしたもとで、設備投資は、緩やかな増加傾向にある。先行きの設備投資は、受注残高解消の動きや人手不足対応の省力化投資が一定の下支えとなるものの、収益環境の悪化や不確実性の高まりが下押し要因となり、増勢が鈍化していく可能性が高い。
個人消費は、物価上昇の影響などから消費者マインドに弱さがみられるものの、雇用・所得環境の改善を背景に緩やかな増加基調を維持している。消費活動指数(実質・旅行収支調整済)をみると、サービス消費の堅調さを主因に、1から3月に前期比増加したあと、4月の1から3月対比も増加を続けている。企業からの聞き取り調査や業界統計、高頻度データに基づくと、5月以降の個人消費は、米価格の高騰もあって消費者の節約志向の強さを指摘する声は引き続き聞かれるものの、サービスを中心に緩やかな増加基調にあるとみられる。消費者マインドは、米などの食料品価格の上昇に加え、足もとでは通商政策を巡る不確実性の高まりも下押し要因となり、悪化傾向が続いている。先行きの個人消費は、当面、食料品価格上昇に伴う消費者マインド悪化の影響が残るものの、本年の春季労使交渉を反映した賃上げや雇用増加の動きが続くもとで、緩やかな増加基調を維持すると予想される。
雇用・所得環境は、緩やかに改善している。就業者数は、正規雇用を中心に着実な増加を続けている。一人当たり名目賃金は、はっきりと増加している。先行きの雇用者所得は、本年の春季労使交渉を反映した名目賃金の上昇に支えられて、当面、はっきりとした増加を続けると考えられる。その後は、企業収益の悪化による特別給与への下押し圧力が強まるのに伴い、雇用者所得の増加ペースは鈍化していくと見込まれる。
物価面について、商品市況をみると、原油価格は、OPEC等の増産による需給緩和観測から下落している一方、銅価格や小麦価格は、横ばい圏内で推移している。国内企業物価の前年比は、このところ4%台前半で推移してきたが、5月は、原油価格下落や円高進行の影響から、3%台前半へと低下している。企業向けサービス価格(除く国際運輸)の前年比は、人件費上昇等を背景に高めの伸びを続けており、このところ3%台前半から3%台半ばのプラスで推移している。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、賃金上昇の販売価格への転嫁の動きが続くもとで、既往の輸入物価上昇や米などの食料品価格上昇の影響もあって、足もとでは3%台半ばとなっている。予想物価上昇率は、緩やかに上昇している。先行きの消費者物価についてみると、目先、米などの食料品価格上昇や政府によるエネルギー代の負担緩和策の反動が押し上げ方向で作用することから、現状程度の上昇率で推移するとみられる。その後は、食料品価格上昇の影響が一巡するもとで、エネルギー価格による振れを伴いつつも、本年末頃にかけてプラス幅を縮小していくと予想される。
(2)金融環境
わが国の金融環境は、緩和した状態にある。
実質金利は、マイナスで推移している。企業の資金調達コストは、上昇している。資金需要面をみると、経済活動の回復や企業買収の動きなどを背景に、緩やかに増加している。資金供給面では、企業からみた金融機関の貸出態度は、緩和した状態にある。CP市場では、良好な発行環境となっている。社債市場では、米国の相互関税発表前の水準と比べて、発行スプレッドは幾分拡大しているものの、延期していた起債を再開する動きがみられるなど、総じてみれば良好な発行環境を維持している。こうした中、銀行貸出残高の前年比は、2%台半ばとなっている。CP・社債計の発行残高の前年比は、5%程度となっている。企業の資金繰りは、良好である。企業倒産は、増勢が鈍化している。
この間、マネーストックの前年比は、0%台半ばとなっている。
2.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要
1.経済・物価情勢
国際金融資本市場について、委員は、世界経済の先行きを巡る不確実性が引き続き意識されつつも、通商政策に関する各国間の交渉の進展や米国の堅調な経済指標等を背景に、市場センチメントは改善しているとの見方を共有した。一人の委員は、注意を要する最近の動きとして、主要国における超長期金利の大幅な上昇を挙げた。こうした動きの背景として、この委員は、コロナ禍後に、多くの国でほぼ完全雇用のもとでの高インフレが続いてきたことから、財政の拡張が民間部門の投資をクラウディングアウトし、金利上昇につながりやすくなっている可能性を指摘した。別の一人の委員は、国際会議等でも各国の国債市場の状況が議論の焦点となっており、海外市場における不測の動きが国内市場に波及する可能性にも注意を払わなければならない局面に入っているとの見方を示した。
海外経済について、委員は、各国の通商政策等の影響を受けて一部に弱めの動きもみられるが、総じてみれば緩やかに成長しているとの認識を共有した。先行きについて、委員は、各国の通商政策等の影響を受けて減速するものの、その後は徐々に成長率を高め、緩やかに成長していくとの見方で一致した。そのうえで、委員は、関税政策等の今後の展開やその影響を巡る不確実性はきわめて高い状況にあるとの認識を共有した。ある委員は、各国の企業・家計のコンフィデンス指標は悪化しているものの、ハードデータは、関税導入前の駆け込みの影響もあって実勢が掴みづらくなっているため、今後のデータを丁寧に確認していく必要があるとの見解を示した。この間、複数の委員は、不確実性の高さに対応するため、拡張的な財政政策や緩和的な金融政策によって内需の下支えを図ろうとする国が増えており、これが、世界経済の減速をある程度緩和させる可能性があるとの認識を示した。このうちの一人の委員は、欧米、中国、新興国が揃って財政・金融の両面で緩和策に傾く中、予想外の経済の上振れやインフレ圧力が生じる可能性もあると付け加えた。別の一人の委員は、こうした財政・金融政策は、世界的な対外収支の不均衡を根本的に是正することはできないほか、他国の経済にも影響を与える可能性があると指摘したうえで、引き続き、世界経済の減速リスクについて注意してみていく必要があると述べた。この間、ある委員は、最近の中東における地政学的リスクの高まりが、原油価格の上昇などを通じて世界経済を不安定化させる可能性があるとの懸念を示した。
米国経済について、委員は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに成長しているとの認識で一致した。複数の委員は、企業マインドなどのソフトデータに減速感がみられるが、現時点では、雇用を中心にハードデータは堅調なものが多いと指摘した。このうちの一人の委員は、米国の労働市場については、労働需要の緩やかな減速と労働供給の減速が概ね見合うかたちで、労働市場のタイト感はゆっくりと緩和されていくようにみえるとの見解を示した。別の一人の委員は、米国の家計・企業・金融機関のバランスシートは総じて健全であり、金融環境も安定していることから、過去の景気悪化局面でみられた信用収縮に伴う深刻な景気後退は考えにくいとの見方を示した。そのうえで、この委員は、これまでは経済成長にマイナスに働く関税等の政策が先行し、注目を集めてきたが、足もとでは減税等の成長率押し上げに働く政策も議論されていると指摘した。一方、ある委員は、製造業の国内回帰を目指す関税政策については、高い人件費や製造業従事者が少ない労働市場を踏まえると、その帰結に不確実性が高く、むしろ企業・家計のマインドが悪化し、物価の上昇ペースが速まる可能性があると指摘した。そのうえで、この委員は、原油価格の高騰も懸念される中、スタグフレーションのリスクもあるため、経済指標の今後の動向を注視していると付け加えた。
欧州経済について、委員は、一部で関税に備えた駆け込み輸出がみられるものの、総じてみれば製造業を中心に弱めの動きが続いているとの認識を共有した。ある委員は、ドイツにおける債務ブレーキ緩和の景気下支え効果が表れるのは2026年以降になるため、産業競争力の低下、米国の関税政策、地政学的リスクの拡大等を背景とした、ユーロ圏の景気減速局面は長引く可能性があるとの見解を示した。
中国経済について、委員は、政策面の下支えはあるものの、関税引き上げや不動産市場の調整などによる下押しがみられるもとで、改善ペースは鈍化傾向にあるとの見方を共有した。一人の委員は、3月以降、中国から米国以外の国・地域向けの輸出は大幅に増加しているが、今後は、それらの国・地域の経済成長鈍化や関税政策の影響拡大などから、更なる輸出の増加は難しいとの見方を示した。
中国以外の新興国・資源国経済について、委員は、総じてみれば緩やかに改善しているとの認識を共有した。
以上のような海外の金融経済情勢を踏まえて、わが国の経済情勢に関する議論が行われた。
わが国の景気について、委員は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復しているとの見方を共有した。多くの委員は、前回会合以降の経済動向は、4月の「展望レポート」の見通しに概ね沿ったものであるとの認識を示した。米国の関税政策の実体経済への影響について、何人かの委員は、マインド指標は弱めの動きとなっているが、関税引き上げ前の駆け込み輸出の影響などもあって、これまでのところハードデータは底堅い動きを示していると指摘した。このうちの一人の委員は、4から5月のハードデータは比較的しっかりしたものが多かったが、関税政策の影響はこれから顕在化すると考えられると付け加えた。ある委員は、米国の関税政策の直接的な影響はまだ表れていないものの、食料品価格の高止まりや関税政策によるマインド悪化などを背景に、わが国経済は、やや足踏み状態にあるとの認識を示した。
景気の先行きについて、委員は、各国の通商政策等の影響を受けて、海外経済が減速し、わが国企業の収益なども下押しされるもとで、緩和的な金融環境などが下支え要因として作用するものの、成長ペースは鈍化するとみられるが、その後は海外経済が緩やかな成長経路に復していくもとで、成長率を高めていくとみられるとの認識を共有した。ある委員は、米国の関税政策の影響について、中小企業を含む幅広い業種へのヒアリング結果をみると、先行きの方向性を見出す材料が乏しい中で、判断を留保する先が散見されると指摘した。そのうえで、この委員は、こうした状況がセンチメントの下押し圧力になることは間違いないが、実体経済への影響の大きさについては、今しばらく時間をかけてみていかざるを得ないとの見解を示した。複数の委員は、不確実性は依然として高いものの、米国の関税政策に伴う経済の減速圧力は、前回会合時点で想定していたほど強くない可能性があるとの見方を示した。このうちの一人の委員は、自動車・鉄鋼業界等への影響は注視する必要があるものの、米国向け輸出ウエイトの低下や高付加価値製品への転換の動き等を踏まえると、産業全般への波及度合いは、これまでの想定よりも限定的となる可能性があると指摘した。一方で、ある委員は、法人企業統計をみると、企業の稼ぐ力と賃上げ余力は改善しているが、中小企業に限ると賃上げと設備投資の両立が難しい様子が窺われると述べたうえで、日本経済は「賃上げと投資が牽引する成長型経済」へ移行できるか、スタグフレーションに陥るかの分岐点にあるとの見方を示した。
輸出・鉱工業生産について、委員は、一部に米国の関税引き上げに伴う駆け込みの動きがみられるが、基調としては横ばい圏内の動きを続けているとの認識を共有した。ある委員は、実質輸出は、駆け込みの要因もあって、これまでのところ顕著な落ち込みは確認されていないと指摘した。
設備投資について、委員は、企業収益が改善傾向にあるもとで、緩やかな増加傾向にあるとの認識で一致した。複数の委員は、人手不足を補う投資などは今後も堅調を維持するとみられるが、関税政策を巡る不確実性に伴う投資マインドの悪化は注視していく必要があるとの見解を示した。このうちの一人の委員は、この点に関連し、これまでのところ、とりあえず様子見という先はあるものの、設備投資の取り止めを決定したという話はあまり聞かれていないと述べたうえで、今後、状況が急変することもあり得るので、ミクロ情報を丁寧に捕捉することが重要であるとの認識を示した。別の一人の委員は、企業のヒアリング情報では、米国の関税政策を受けても、(1)DXや効率化投資など、高水準の設備投資は継続的に実施する、(2)株主の期待に応えるため、収益増強のためには投資をしっかりと行っていく、とする企業が多いと指摘した。
個人消費について、委員は、物価上昇の影響などから消費者マインドに弱さがみられるものの、雇用・所得環境の改善を背景に緩やかな増加基調を維持しているとの認識で一致した。ある委員は、消費者の節約志向がみられる中でも、マクロ統計からみた消費が腰折れしていない理由としては、政府の施策や賃上げへの期待、堅調なインバウンド消費などに支えられている面も大きいとの見解を示した。また、この委員は、今後、関税政策に伴う企業業績の下振れに関する報道が増えてくると思われるので、これが個人のセンチメントにどのような影響を及ぼすのか、みていきたいと述べた。
雇用・所得環境について、委員は、緩やかに改善しているとの見方を共有した。複数の委員は、米国の関税政策の影響は、今年の春季労使交渉の妥結結果にはみられていないと指摘したうえで、今後影響が表れるとすれば冬季賞与からであろうとの見方を示した。この点に関連して、別の複数の委員は、企業のヒアリング情報では、人手不足に直面する中、米国の関税政策を受けても、引き続き賃上げに取り組むとする先が多いと指摘した。一方、ある委員は、2025年度の中小企業の賃上げ実施割合が前年から幾分低下したとの調査もあり、中小企業の賃上げ余力の低下が懸念されるとの見解を示した。この間、一人の委員は、一人当たり実質賃金の前年比は足もとマイナスとなっているが、働き方改革が進んで労働時間が減少する中、時間当たりの実質賃金が上昇していることも、併せて評価する必要があると指摘した。そのうえで、この委員は、(1)労働生産性の改善が実質賃金にどの程度反映されているか、(2)生産性の高い企業への労働移動がどの程度生じているのか、といった観点から、労働市場の動向を注視していくことが必要との見解を示した。
物価面について、委員は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、賃金上昇の販売価格への転嫁の動きが続くもとで、既往の輸入物価上昇や米などの食料品価格上昇の影響もあって、足もとでは3%台半ばとなっているとの認識で一致した。また、予想物価上昇率について、委員は、緩やかに上昇しているとの評価で一致した。何人かの委員は、通商政策を巡る不確実性は引き続ききわめて高いが、最近の物価は、米などの食料品価格の上昇を主因に、4月の「展望レポート」の見通し対比強めの動きとなっていると指摘した。このうちの一人の委員は、食料品や外食などの業種では、価格設定行動の変化が定着してきている可能性があり、今後、こうした動きが他の業種にも広がっていくかどうか、注視していく必要があるとの見方を示した。別の一人の委員は、生鮮食品を含む食料品等の価格上昇は、(1)供給力の低下、(2)各種コストや人件費の上昇、(3)気候変動に伴う天候不順によるもので、これらの要因は今後も継続する公算が大きいと述べた。一方、ある委員は、食料品等の値上げは続いているものの、生鮮食品や米の価格上昇は、国内における供給の拡大や政策対応によってピークアウトしつつあるとの見方を示した。この間、サービス価格の動向について、一人の委員は、家賃や公共サービスを除いたサービス価格は足もと高い伸びとなっていると指摘したうえで、サービス品目についても、品質調整による価格維持の余地が小さくなり、販売価格の引き上げにつながり始めた面があるとの見方を示した。これに対して、別の一人の委員は、外食などを除けば、名目賃金が高まっている割に、サービス価格への波及には頭打ち感がみられるとの見解を示した。
物価の先行きについて、委員は、物価上昇率を押し上げてきた既往の輸入物価上昇やこのところの米などの食料品価格上昇の影響は次第に減衰していくと考えられるとの認識を共有した。一人の委員は、為替相場の動きを映じて企業物価は既にピークアウトしていることから、消費者物価の食料品価格は次第に落ち着き、米価格についても、政策効果による低下が期待できるとの見方を示した。また、委員は、消費者物価の基調的な上昇率は、成長ペース鈍化などの影響を受けて伸び悩むものの、その後は、成長率が高まるもとで人手不足感が強まり、中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、「展望レポート」の見通し期間後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移するとの見方を共有した。ある委員は、労務費の価格転嫁が難しいので賃上げができないという、これまでの賃金・物価のゼロノルムは崩れつつあると指摘したうえで、関税政策による収益面での下押し圧力を受ける中にあっても、賃金上昇のモメンタムが維持されることが重要であるとの見解を示した。一人の委員は、人手不足に伴う賃上げ等の国内要因による物価上昇が生じている点に注目していると述べた。
経済・物価の見通しのリスク要因として、委員は、各国の通商政策等の今後の展開やその影響を受けた海外の経済・物価動向を巡る不確実性はきわめて高く、その金融・為替市場やわが国経済・物価への影響については、十分注視する必要があるとの認識で一致した。何人かの委員は、米国の関税政策の影響で企業収益が下押しされた場合に、近年の企業の積極的な賃金・価格設定行動が途切れないかどうかを注視する必要があると指摘した。このうちの一人の委員は、既往の為替円安により、マクロ的には高水準の企業収益がバッファーになると考えられるが、個々の企業において、サプライチェーンを通じたコスト削減圧力や自社の賃金抑制圧力が生じないか、丁寧にみていく必要があるとの見解を示した。この点に関連して、別の一人の委員は、契約通貨ベースの輸出物価指数は、4月、5月と連続して低下しており、関税引き上げ分の値引きの拡大や米国市場での価格競争の動向には注意が必要であるとの見方を示した。この間、複数の委員は、米価格は前年比約2倍に上昇し、関連品目の価格にも波及していることなどを指摘したうえで、主食である米をはじめ、身近で購入頻度の高い食料品の価格は、家計のインフレ実感やインフレ予想により影響を及ぼし得るため、その動向を注視していく必要があるとの見方を示した。
2.金融面の動向
わが国の金融環境について、委員は、緩和した状態にあるとの認識で一致した。ある委員は、わが国の金融システムは引き続き安定性を維持しているほか、市場センチメントも改善していると指摘した。
3.長期国債買入れの減額計画に関する執行部説明
執行部は、まず、国債市場の動向や機能度の評価について以下のとおり説明した。
- 昨年夏の長期国債買入れの減額開始以降、国債市場の機能度は総じて改善傾向を続けてきた。この点は、債券市場サーベイにおける機能度判断DIが、2023年初をボトムに本年入り後まで一貫して改善傾向を辿ってきたことなどに表れている。なお、4月入り後には、米国の関税政策を受けて国債市場のボラティリティが上昇し、市場の流動性がいったん低下したが、足もとでは、市場のセンチメントが改善に向かう中、ビッド・アスク・スプレッドが総じて改善方向の動きとなるなど、国債市場は落ち着きを取り戻している。
- この間、長期国債買入れの減額は、新発債を中心とする流動性の改善を通じて、市場機能度の向上につながったと考えられる。また、国債補完供給にかかる減額措置により、債券先物のチーペスト銘柄の需給が改善したことも、市場機能の改善につながったと評価できる。こうした対応のもとで国債市場の機能度の改善が進んでいるが、日本銀行の国債保有比率はなお高く、機能度の改善は道半ばである。
次に、執行部は、5月20、21日に開催した債券市場参加者会合において聞かれた国債市場の動向や機能度および長期国債買入れの減額計画に関する市場参加者の意見を報告した。
- 国債市場の動向や機能度については、春先以降、米国の関税政策の影響を受けて市場の流動性が低下する局面がみられたが、全体としてみれば、国債市場の機能度は改善傾向にあるとの指摘が多く聞かれた。同時に、日本銀行の国債保有残高がなお多額に上るもとで、市場機能の改善は道半ばとの声も少なくなかった。
- 現行の長期国債買入れの減額計画については、これまでの減額が着実に市場機能度の改善につながっているもとで、予定通りの減額を続けるべきとの意見が大半であった。
- 2026年4月以降の長期国債の買入れについては、市場の機能度を一段と高める努力を続けていくことが重要との認識から、引き続き、国債の買入れ額を減らしていくことが適切との声が多く聞かれた。具体的には、現行ペース、または、やや減速したペースでの減額を1年程度続け、1から2兆円程度になるまで月間買入れ金額を減らすべきとの意見が多くみられた。また、再び中間評価を実施するなど、引き続き、柔軟性を確保する仕組みが必要との意見が多かった。
- このほか、市場機能や流動性の状況を踏まえて、臨時の買入れや残存期間別の買入れ金額の変更を行うことが可能な仕組みを維持することが適当との意見が多く聞かれた。また、市場機能を更に改善させていく観点から、日本銀行の保有比率の高い銘柄について、国債補完供給の減額措置における上限の引き上げや対象銘柄の拡大を検討すべきといった声が聞かれた。
そのうえで、執行部は、こうした国債市場の動向や機能度、および市場参加者の意見などを踏まえると、長期国債買入れの減額計画については、以下の通りとすることが考えられるとの説明を行った。
- 長期金利は金融市場において形成されることが基本であり、日本銀行による長期国債の買入れは、国債市場の安定に配慮するための柔軟性を確保しつつ、予見可能なかたちで減額していくことが適切である。
- 長期金利が金融市場においてより自由なかたちで形成されるよう、引き続き、減額を進めることが重要である。一方で、国債買入れの減額が進展する中、今後の減額ペースが速すぎると、市場の安定に不測の影響を及ぼす可能性がある。
- 両者のバランスを勘案し、国債市場の安定性に配慮したかたちで市場機能の改善を進めていけるよう、2026年4月以降、減額ペースを緩和することが適当である。
- こうした観点からは、以下のような制度設計が考えられる。
- 対象期間は、2027年3月までとする。
- 減額幅・減額ペースは、2026年1から3月までは従来の減額計画を維持し、原則として毎四半期4,000億円程度ずつ減額する。2026年4から6月以降は原則として毎四半期2,000億円程度ずつ減額し、2027年1から3月に2兆円程度とする。
- 残存期間別の買入れ額は、金融市場局が国債市場の動向を踏まえつつ適宜設定する。
- 長期金利が急激に上昇する場合には、毎月の買入れ予定額にかかわらず、機動的に、買入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペなどを実施する。
- 2026年6月の金融政策決定会合において、長期国債買入れの減額計画の中間評価を実施する。中間評価では、今回の減額計画を維持することを基本とするが、国債市場の動向や機能度を点検したうえで、必要と判断すれば、適宜、計画を修正する。同時に、2027年4月以降の長期国債の買入れ方針を検討し、その結果を示す。
- 必要な場合には、金融政策決定会合において、減額計画を見直す。
- 減額計画の決定のほか、国債市場の流動性を改善する観点から、国債補完供給にかかる減額措置の要件緩和の対象銘柄の拡充等を行う。
4.金融政策運営に関する委員会の検討の概要
以上のような金融経済情勢に関する認識と長期国債買入れの減額計画に関する執行部説明を踏まえ、委員は、金融政策運営に関する議論を行った。
まず、委員は、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について議論し、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.5%程度で推移するよう促す」という方針を維持することが適当であるとの見解で一致した。多くの委員は、物価がやや上振れているとはいえ、先行きの不確実性は高く、米国の関税政策や中東情勢に伴う景気下振れリスクがあることを踏まえると、経済情勢を見極めることが必要であり、現状の金融政策運営を維持することが適当であるとの見方を示した。ある委員は、(1)先行き、中心的な見通しに沿ったとしても、成長ペースが鈍化し、基調的な物価上昇率の改善がいったんは足踏みする姿を想定していること、(2)通商政策を巡る米国と各国の交渉は始まったばかりであり、大きな不透明性やダウンサイドリスクがあることから、今は、現在の金利水準で緩和的な金融環境を維持し、経済をしっかりと支えるべきであるとの見解を示した。別のある委員は、現在は、1月に決定した政策金利引き上げの経済・物価に対する影響を見守る局面であるとの認識を示した。
先行きの金融政策運営について、委員は、経済・物価の中心的な見通しが実現していくとすれば、経済・物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくという考え方を共有した。そのうえで、こうした見通しが実現していくかについては、各国の通商政策等の今後の展開やその影響を巡る不確実性がきわめて高い状況にあることを踏まえ、内外の経済・物価情勢や金融市場の動向等を丁寧に確認し、予断を持たずに判断していくことが重要であるとの認識で一致した。複数の委員は、堅調な賃金や若干上振れ気味の物価を念頭に置くと、通商問題が穏当なかたちで推移する見通しになってくれば、現在の様子見モードから脱却し、利上げプロセスの再開を考えることになるとの見方を示した。一人の委員は、不確実性の高さを踏まえると、利上げの動きは当面休止する局面と考えられるが、米国の政策動向によって再び利上げ局面へ回帰する柔軟かつ機動的な対応も求められるとの認識を示した。ある委員は、インフレが想定対比、上振れて推移する中、たとえ不確実性が高い状況にあっても、金融緩和度合いの調整を果断に進めるべき局面もあり得ると述べた。これに対して別のある委員は、わが国の経済については先行きの不確実性が非常に高く、下方リスクの厚い状況が続いていると指摘したうえで、企業業績や日米通商交渉の方向性がみえてくるのはまだ先であり、政策金利は当面、現状の水準を維持することが適当であるとの認識を示した。
次に、委員は、長期国債買入れの減額計画について議論した。
委員は、長期金利は金融市場において形成されることが基本であり、日本銀行による長期国債の買入れは、国債市場の安定に配慮するための柔軟性を確保しつつ、予見可能なかたちで減額していくことが適切であるとの認識で一致した。そのうえで、委員は、先行きの予見可能性に配慮する観点から、減額方針を示す期間を2026年度末まで1年延長することが適当であるとの認識を共有した。また、柔軟性を確保する観点から、(1)来年6月の決定会合において、国債市場の動向や機能度を点検し、新たな減額計画の中間評価を行うこと、(2)従来同様、長期金利が急激に上昇する場合には、毎月の買入れ予定額にかかわらず、機動的に買入れ額の増額や指値オペ等を実施し得るとすること、(3)必要な場合には、決定会合において減額計画を見直すこともあり得ること、を明らかにすることが適切であるとの認識で一致した。
続いて、委員は、具体的な買入れ額について検討した。まず、多くの委員は、昨年夏の減額開始以降、国債市場の機能度は回復してきているが、なお回復途上であるとの認識を共有した。そのうえで、委員は、長期金利が金融市場においてより自由なかたちで形成されるよう、引き続き、減額を進めていくことが重要であるとの見解で一致した。この点に関し、多くの委員は、国債買入れの減額が進展する中、今後の減額ペースが速すぎると、市場の安定に不測の影響を及ぼす可能性があるため、減額計画の策定においては、市場機能の改善と国債市場の安定のバランスを勘案する必要があるとの認識を共有した。
具体的な長期国債買入れの減額幅・減額ペースについて、委員は、2026年3月までは原則として毎四半期4,000億円程度ずつ減額し、従来の減額計画を維持することが適切であるとの見解で一致した。ある委員は、この1年間、現在の減額ペースを変更するほどの問題は生じていないと指摘したうえで、多くの市場参加者も同様の見方であることを踏まえると、従来の計画を維持することが適当であるとの見方を示した。
2026年4月以降の取扱いについて、大方の委員は、市場参加者の意見も参考にしつつ、国債市場の安定に配慮したかたちで市場機能の改善を進めていけるよう、減額ペースを緩和し、原則として毎四半期2,000億円程度ずつ減額していくことが適当との認識を示した。ある委員は、日本銀行の国債保有比率はできるだけ速やかに引き下げることが望ましいが、2019年に米国が量的引き締め(QT)を停止せざるを得なくなったように、急ぎすぎても却って調整に時間を要することになりかねないと指摘した。そのうえで、この委員は、日本銀行が国債買入れ額をいったん大きく減らし、その後また増やすことになれば、市場の混乱を招く可能性を不必要に高めかねないと付け加えた。一人の委員は、わが国経済の弱い回復力や市中の国債保有余力などを踏まえると、リスクマネジメントの観点から減額ペースを緩和することが適切であるとの見解を示した。また、別の一人の委員は、これまで多額の国債を買入れてきた日本銀行が買入れを減額することで、市中への国債供給が増加する点を踏まえれば、今次局面は過去と比べて有数の市中への大量国債供給局面とも考えられるとの見方を示した。そのうえで、この委員は、市場の不安定化を回避するため、過去の国債供給量も念頭に減額幅を調整し、市場の受容状況を見極めていく必要があると指摘した。ある委員は、金融機関の金利リスクテイク余力などを踏まえると、買入れの減額が進むほど、フローとストックの両面で市場への影響は大きくなると指摘し、こうした点について市場参加者自身の意見が分かれている中にあっては、日本銀行としては、安全のために減額ペースを多少緩和した方が良いのではないか、との見解を示した。また、何人かの委員は、これまでの大規模緩和からの出口を円滑に進めるという視点を持ちながら、市場との丁寧な対話を通じて、無理のないスピードで減額を進めていくことが適当ではないかとの見方を示した。
また、一人の委員は、来年4月以降の減額幅を縮小することが望ましいが、それは金融政策運営スタンスの変化を意味するわけではないと述べたうえで、この点に誤解がないよう適切な情報発信が必要であると指摘した。このほか、別の一人の委員は、減額ペースの緩和は、金利形成を基本的に市場に委ねつつ、急激な金利変動によって経済・物価に悪影響を及ぼすことを避けるための措置であり、財政への配慮ということでは全くない、という点はしっかり説明していく必要があるとの見解を示した。
これらの議論に対し、ある委員は、2026年4月以降も、原則として毎四半期4,000億円程度ずつ減額していくことが適切であるとの意見を述べた。その理由として、この委員は、長期金利の形成は市場と市場参加者に委ねるべきであり、可能な限り早く、日本銀行の国債保有残高の水準を正常化することが必要としたうえで、この点は、金融市場のショック吸収力を一刻も早く高める観点からも重要であるとの見解を示した。また、この委員は、金融機関の金利リスクテイク余力の観点からは、国債の発行年限や変動利付債の発行規模が、将来的にどうなるかという点が大事であると指摘したうえで、日本銀行の国債買入れに対する市場の期待を高めるべきではないと述べた。これに加え、この委員は、国債保有残高を早めに減らしておくことにより、市場機能に悪影響を与えない範囲で、相応のインパクトがある規模の量的緩和(QE)を実施し得る余地を確保しておくことも重要であると付け加えた。この委員の意見に関して、一人の委員は、市場の機能度はなお回復途上であるため、買入れ額を可能な限り早めに減らしておくという考えのもと、4,000億円の減額ペースを維持することにも妥当性はあるとの見解を示したうえで、市場への配慮やタイミングを考えれば、来年3月までは4,000億円の減額ペースを維持し、その後に2,000億円に緩める案を支持したいと述べた。
この間、複数の委員は、最近の超長期金利の上昇は、基本的には需給のミスマッチによるものであるとの認識を示した。ある委員は、超長期ゾーンのボラティリティ上昇がイールドカーブ全体に波及し、意図せざる引き締め効果が市場全体に及ぶ可能性もあると指摘したうえで、安定した市場のもとで形成されたイールドカーブは重要な金融インフラであるため、当局間で十分に意見交換し、市場の安定に努めていく必要があるとの認識を示した。
このほか、委員は、先行きの目指すべき国債買入れ額などについても議論した。何人かの委員は、市場参加者の中には、国債買入れの着地点は月間1から2兆円とする声が多いと指摘したうえで、最終的な買入れ額を検討するにあたっては、様々な論点があるため、来年6月の中間評価に向けてしっかり考えていきたいと述べた。この点に関連して、一人の委員は、市場の安定性を確保する観点から、ある程度の額の国債買入れは続けていくべきであり、そうした安定性を犠牲にしてまで買入れ額を急いで減らす必要はないとの見方を示した。これに対して、別の一人の委員は、1年後に改めて議論すべきであるが、国債買入れ額はゼロまで段階的に減額していくことが望ましいとの考えを示した。一方、ある委員は、今後、例えば月間の国債買入れ額が1兆円程度にまで減少すれば、日本銀行の国債買入れが市場で話題になることもなくなると思われるため、買入れ額をゼロにすることに強く拘る必要はないのではないか、との見解を示した。このほか、別のある委員は、この1年間を振り返ると、超長期債市場における需給バランス等、市場構造が変化した面もあり、1年後に改めて中間評価を行い、先行きの買入れについて検討する必要があるとの認識を示した。
この間、一人の委員は、今後、国債買入れ額の着地点をどう設定するのかについては、日本銀行のバランスシート縮小の行方と併せて、長期的な視点で検討する必要があると述べた。別の一人の委員は、現状、超過準備はきわめて潤沢な状況にあるため、国債買入れの減額を粛々と進めて日本銀行のバランスシートを正常化させていくことが必要であると指摘した。ある委員は、将来的に超過準備はある程度減少するにせよ、発行銀行券の残高と合わせると、長期国債を含め、それらに見合う相応の規模の資産が必要になるとの見解を示した。これに対し、別のある委員は、国債の買入れだけではなく、中長期の資金を市場に供給することも検討すべきであると述べた。そのうえで、この委員を含む何人かの委員は、中央銀行のバランスシートは、資産・負債の両面からわが国の金融経済に影響を及ぼし得るため、最適なバランスシートの規模や構成については、今後、多面的に検討していく必要があるとの認識を示した。
5.政府からの出席者の発言
以上の議論を踏まえ、政府からの出席者から、会議の一時中断の申し出があった。議長はこれを承諾した(11時58分中断、12時07分再開)。
財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。
- 政府は「骨太方針2025」に基づき、経済再生と財政健全化の両立を前進させる。
- 国債買入れの減額は、債券市場の安定等に十分に配慮し、必要があれば状況に応じた柔軟な対応をすることを含め、適切に行われることを期待する。
- 日本銀行には、政府との緊密な連携のもと、内外の経済情勢等を十分に注視し、市場とのコミュニケーションを図りつつ、2%の物価安定目標の持続的・安定的な実現に向けた適切な金融政策運営を期待する。
また、内閣府の出席者から、以下の趣旨の発言があった。
- 日本経済は、緩やかに回復しているが、米国の通商政策等による不透明感がみられる。米国の通商政策の影響や物価上昇の継続を通じた景気の下振れリスクには十分注意が必要である。
- 政府は、米国の関税措置や物価高への対応等、当面のリスクに万全を期す。1%程度の実質賃金上昇の定着を目指す。投資促進、地方創生等に取り組むとともに、持続可能な経済社会への改革を進める。
- 日本銀行には、政府と緊密に連携し、2%の物価安定目標の持続的・安定的な実現に向けて、適切な金融政策運営を期待する。国債買入れの減額は、市場との適切なコミュニケーションの下、状況に応じて、必要があれば柔軟な対応をお願いする。
6.採決
1.金融市場調節方針
以上の議論を踏まえ、議長から、委員の意見を取りまとめるかたちで、金融市場調節方針について、以下の議案が提出され、採決に付された。
採決の結果、全員一致で決定された。
金融市場調節方針に関する議案(議長案)
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。
記
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.5%程度で推移するよう促す。
採決の結果
- 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、中村委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員、小枝委員
- 反対:なし
2.長期国債買入れの減額計画
議長から、委員の多数意見を取りまとめるかたちで、長期国債買入れの減額計画を別紙の(別紙)のとおりの内容とする旨の議案が提出された。
これに対して、田村委員からは、長期金利の形成は市場と市場参加者に委ねるべきであるとして、月間の長期国債の買入れ予定額については、2026年4月以降も原則として毎四半期4,000億円程度ずつ減額し、2027年1から3月に1.3兆円程度とすることを内容とする議案が提出された。
議長から提出された議案および田村委員から提出された議案が、田村委員案、議長案の順に採決に付された。
長期国債買入れの減額計画に関する田村委員案は、採決の結果、反対多数で否決された。
採決の結果
- 賛成:田村委員
- 反対:植田委員、氷見野委員、内田委員、中村委員、野口委員、中川委員、高田委員、小枝委員
長期国債買入れの減額計画に関する議長案は、採決の結果、賛成多数で決定された。
採決の結果
- 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、中村委員、野口委員、中川委員、高田委員、小枝委員
- 反対:田村委員
3.対外公表文(「当面の金融政策運営について」)
以上の議論を踏まえ、対外公表文が検討された。議長から、対外公表文(「当面の金融政策運営について」<別紙>)が提案され、採決に付された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。
7.議事要旨の承認
議事要旨(2025年4月30日、5月1日開催分)が全員一致で承認され、6月20日に公表することとされた。
以上
- (注)「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.5%程度で推移するよう促す。」本文に戻る
別紙
2025年6月17日
日本銀行
当面の金融政策運営について
- 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(全員一致)。
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.5%程度で推移するよう促す。
- 長期国債買入れの減額について、月間の長期国債の買入れ予定額を、2026年1から3月までは原則として毎四半期4,000億円程度ずつ、2026年4から6月以降は原則として毎四半期2,000億円程度ずつ減額し、2027年1から3月に2兆円程度とする計画を決定した1(別紙参照)(賛成8反対1)(注)。
- わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復している。海外経済は、各国の通商政策等の影響を受けて一部に弱めの動きもみられるが、総じてみれば緩やかに成長している。輸出や鉱工業生産は、一部に米国の関税引き上げに伴う駆け込みの動きがみられるが、基調としては横ばい圏内の動きを続けている。企業収益が改善傾向にあるもとで、設備投資は緩やかな増加傾向にある。個人消費は、物価上昇の影響などから消費者マインドに弱さがみられるものの、雇用・所得環境の改善を背景に緩やかな増加基調を維持している。住宅投資は弱めの動きとなっている。公共投資は横ばい圏内の動きとなっている。わが国の金融環境は、緩和した状態にある。物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比をみると、賃金上昇の販売価格への転嫁の動きが続くもとで、既往の輸入物価上昇や米などの食料品価格上昇の影響もあって、足もとでは3%台半ばとなっている。予想物価上昇率は、緩やかに上昇している。
先行きのわが国経済を展望すると、各国の通商政策等の影響を受けて、海外経済が減速し、わが国企業の収益なども下押しされるもとで、緩和的な金融環境などが下支え要因として作用するものの、成長ペースは鈍化すると考えられる。その後については、海外経済が緩やかな成長経路に復していくもとで、成長率を高めていくと見込まれる。消費者物価(除く生鮮食品)については、これまで物価上昇率を押し上げてきた既往の輸入物価上昇やこのところの米などの食料品価格上昇の影響は減衰していくと考えられる。この間、消費者物価の基調的な上昇率は、成長ペース鈍化などの影響を受けて伸び悩むものの、その後は、成長率が高まるもとで人手不足感が強まり、中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、「展望レポート」の見通し期間後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移すると考えられる。
リスク要因としては様々なものがあるが、とくに、各国の通商政策等の今後の展開やその影響を受けた海外の経済・物価動向を巡る不確実性はきわめて高く、その金融・為替市場やわが国経済・物価への影響については、十分注視する必要がある。
以上
- (注)賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、中村委員、野口委員、中川委員、高田委員、小枝委員。反対:田村委員。田村委員は、長期金利の形成は市場と市場参加者に委ねるべきであるとして、2027年1から3月まで月間の買入れ予定額を原則として毎四半期4,000億円程度ずつ減額する議案を提出し、反対多数で否決された。本文に戻る
- この決定のほか、国債市場の流動性を改善する観点から、国債補完供給にかかる減額措置の要件緩和の対象銘柄の拡充等を行う。本文に戻る
(別紙)
長期国債買入れの減額計画について
長期金利は金融市場において形成されることが基本であり、日本銀行による長期国債の買入れは、国債市場の安定に配慮するための柔軟性を確保しつつ、予見可能な形で減額していくことが適切である。こうした観点から、2027年3月までの長期国債の買入れは、以下のとおり運営する。
- 月間の長期国債の買入れ予定額を、2026年1から3月までは原則として毎四半期4,000億円程度ずつ、2026年4から6月以降は原則として毎四半期2,000億円程度ずつ減額し、2027年1から3月に2兆円程度とする(詳細は、別添)。
- 2026年6月の金融政策決定会合では、長期国債買入れの減額計画の中間評価を行う。中間評価では、今回の減額計画を維持することが基本となるが、国債市場の動向や機能度を点検したうえで、必要と判断すれば、適宜、計画に修正を加える。また、同時に、2027年4月以降の長期国債の買入れ方針について検討し、その結果を示すこととする。
- 長期金利が急激に上昇する場合には、毎月の買入れ予定額にかかわらず、機動的に、買入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペなどを実施する。
- なお、必要な場合には、金融政策決定会合において、減額計画を見直すこともありうる。
以上
(別添)
月間の長期国債の買入れ予定額
| 月間の長期国債の買入れ予定額 | |
|---|---|
| 2025年4から6月 | 4.1兆円程度 |
| 2025年7から9月 | 3.7兆円程度 |
| 2025年10から12月 | 3.3兆円程度 |
| 2026年1から3月 | 2.9兆円程度 |
| 2026年4から6月 | 2.7兆円程度 |
| 2026年7から9月 | 2.5兆円程度 |
| 2026年10から12月 | 2.3兆円程度 |
| 2027年1から3月 | 2.1兆円程度 |
- (注)残存期間別等の1回当たりのオファー金額や日程等の予定については、従来同様、「長期国債買入れ(利回り・価格入札方式)の四半期予定」で公表する。
