格付格差の現状と背景:依頼格付と非依頼格付、レーティング・スプリット
2007年3月
下田尚人*1
河合祐子*2
要旨
格付は、クレジット市場における基本的な情報インフラとして欠くことのできない役割を担うようになっている。格付の対象は、中央政府から政府系機関、地方公共団体、事業会社、金融機関、さらには個々の証券化商品など極めて多岐に亘る。利用者にとっては、債券等(あるいはその発行体)の信用力、すなわち約定通りタイムリーに債務を履行する能力が簡潔な符号によりランク付けされていることから、分かり易く、また使い勝手の良いものであるが、投資判断等に利用するにあたっては、格付機関の基準や方針、特徴をよく理解しておく必要がある。
本稿では、わが国の企業格付(一般事業会社およびノンバンク。金融機関を除く)に焦点を絞って、格付利用上の留意点の一つとされている「格付格差」の問題、すなわち(1)依頼格付と非依頼格付間の格差と、(2)格付機関間の格差(レーティング・スプリット)について、現状と背景等を整理した。いずれも定性的な形では指摘されてきた問題であるが、本稿ではなるべく定量的、客観的に分析結果を提示することに重点を置いた。分析にあたっては個々の格付機関のデータを用いているが、あくまでも「格差」に着目したものであり、どちらが妥当かを示すものではない点に留意が必要である。
非依頼格付と依頼格付の格差については、両者の区別を開示しているS&PとR&Iの格付を用い、いくつかの前提を置いて試算したところ、一般的に言われているように非依頼格付が依頼格付に比べやや低めとなる傾向が窺われた。もっとも、その差は1ノッチ未満であるほか、時系列的にみても近年は格差が縮小してきている。格差の背景としては、格付機関が入手できる情報量の多寡や、債務者による格付の選別といった様々な要因が考えられるが、企業の情報開示が進んだことなどから、依頼格付と非依頼格付の差が縮小しているとの指摘もあり、今回の分析結果はそうした見方と整合的なものとなった。投資家による格付利用の実態等をみても、両者をあまり区別しないケースがどちらかと言えば多いように見受けられる。しかし、発行体を中心に、非依頼格付の妥当性に対する懸念も根強いことなどから、引き続き依頼格付との格差については、様々な角度から分析していくことが必要である。
格付機関間の格差については、同一企業に対する格付が最も高めとなる格付機関と、低めとなる格付機関との間で平均3ノッチ程度の格差が認められた。このことは、同じ格付符号の表す信用力(格付スケール)が格付機関によって異なることを意味している可能性があり、投資家も格付利用上、格差の存在を考慮するケースが多いように見受けられる。この点は、最終的には格付別の実績デフォルト率によって検証されると考えられるが、現状で入手可能なデータによれば、格付機関間での格付スケールの違いは一定範囲に収まっているように窺われた。もっとも、わが国においては、実績デフォルト率に関するデータ量やサンプル期間の制約が大きいことから、この点についても引き続き分析が必要である。
キーワード:格付、非依頼格付、レーティング・スプリット、信用リスク、実績デフォルト率、ディスクロージャー、バーゼルII
JEL 分類番号:G10, G11, G18, G20
本稿の作成に当たっては、多くの市場関係者や格付機関の方々から有益なコメントを頂戴した。特に、格付投資情報センター、日本格付研究所、Standard&Poor's、Moody's、FitchRatingsの方々からは、データの提供を含め多大なるご協力を頂いた。また、香月康伸氏(みずほ証券)、阿竹敬之氏(日興シティグループ証券)、鈴木茂央氏(同)から、暫定稿に対する建設的なコメントを頂戴した。この場を借りて深く感謝の意を表したい。本稿中にあり得る誤りは、すべて筆者の責任である。また、本稿の内容や意見は、筆者個人に帰属するものであり、日本銀行および金融市場局の公式見解を示すものではない。
- *1日本銀行金融市場局 e-mail: naoto.shimoda@boj.or.jp
- *2日本銀行金融市場局 e-mail: yuuko.kawai@boj.or.jp
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