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水害被害の実体経済・金融仲介部門への波及:DSGEモデルを用いたシミュレーション分析

2022年3月14日
橋本龍一郎*1
須藤直*2

要旨

本稿は、水害発生が民間資本ストックなどを毀損するメカニズムを組み込んだ動学的確率的一般均衡モデル(DSGEモデル)を構築し、水害統計から得られる水害の直接的な被害額等(直接効果)を用いてモデルを推計することで、水害発生が、わが国の実体経済や金融仲介活動に与える二次的な効果(間接効果)を定量評価している。分析結果は以下の通りである。第一に、水害発生に係るショックは、物理現象の結果として資本ストック投入量を減少させることで、まず、供給サイドからGDPを押し下げる。加えて、こうしたGDPの下落が、企業部門・金融仲介部門のバランス・シートの経済的価値を毀損させることを通じて、円滑な金融仲介活動を妨げ、企業の経済活動を需要サイドからも押し下げる。仮に、水害の直接的な被害額が保険によって全てカバーされる場合であっても、直接的被害による経済活動への下押し圧力は、企業部門・金融仲介部門のバランス・シートを内生的に毀損し、同じメカニズムを顕在化させる。第二に、2019年時点までのデータを踏まえる限り、水害発生に係るショックがGDPに与える間接効果の規模は、マクロ経済学における既存研究で重要とされているTFPショックや主観的割引率ショックといった標準的な構造ショックの影響と比べて限定的である。ただし、外部機関から公表されている先行きの気候変動シナリオのもとで、分析で得られた水害発生と実体経済や金融仲介活動との定量的な関係を前提として、仮想的に先行きの水害ショックの実体経済への影響を試算すると、将来における影響は足もとよりは相応に大きくなる可能性が示唆される。

JEL 分類番号
E32, E37, E44, Q54

キーワード
気候変動、自然災害、物理的リスク、金融システム、DSGEモデル

本稿の作成に当たっては、国土交通省、気象庁、澤田康幸氏、清水千弘氏、武藤祥郎氏、吉田二郎氏のほか、鈴木公一郎氏、中村康治氏、西崎健司氏、武藤一郎氏をはじめとする多くの日本銀行スタッフから有益なコメントを頂いた。ここに記して感謝したい。ただし、本稿に示されている意見は、筆者達個人に属し、日本銀行の公式見解を示すものではない。また、ありうべき誤りはすべて筆者達個人に属する。

  1. *1日本銀行金融機構局 E-mail : ryuuichirou.hashimoto@boj.or.jp
  2. *2日本銀行金融機構局 E-mail : nao.sudou@boj.or.jp

日本銀行から

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