このページの本文へ移動

日本銀行調査統計局 経済調査課経済分析グループの仕事 マクロ経済分析で脚光を浴びるビッグデータの可能性(2021年6月25日掲載)

日本の経済情勢は時代や状況とともに常に変わり続けてきましたが、とりわけ新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の影響が拡大した2020年以降、これまで経験したことのないような速さで変化が生じています。そのめまぐるしい変化をタイムリーに捉えるため、世界的に注目を浴びているのが、大量かつ即時性が高いビッグデータです。調査統計局経済調査課経済分析グループでは、ビッグデータの有益性を探りながら膨大な情報を収集し、マクロの経済分析を行っています。ビッグデータが切り開く新たな可能性を見据えつつ、進化する技術を取り込み挑戦を続ける経済分析グループの業務をご紹介します。


コロナ禍でより注目度が高まったビッグデータの重要性

日本の金融政策運営を行うため、調査統計局経済調査課では、日々、経済や物価情勢の分析が行われています。

「日本経済に今何が起きているのかを中長期的な視点に立って分析するのが経済分析グループの仕事です」と話すのは、グループ長で企画役の須合智広さん。約10名の職員が複数の経済分析に関するプロジェクトを進めており、最新の取り組みの一つにビッグデータを用いた分析があります。

最近ニュースなどでもよく聞くようになったビッグデータ。オルタナティブデータとも非伝統的データとも呼ばれます。ビッグデータは大別すると、日々の人出の変化のように高い頻度で更新される「高頻度データ」、個別企業間の取引など細かな情報による「高粒度データ」、そして文書中の言葉や文章などの「テキストデータ」が挙げられます。データの出所は、スマートフォンのアプリやソーシャルメディア上の情報、クレジットカードや電子マネーなどから得られる情報、レジで購入された商品データ(POSデータ)などさまざまな形態に及び、全て匿名加工されています。

 須合さんによれば、ビッグデータが注目されるようになったのは2010年代以降のこと。日本銀行の経済情勢分析でも、インターネットの検索情報などを使うナウキャスティング(足元予測)やPOSデータによる物価動向の分析といった活用が進められてきました。

「近年、スマートフォンの普及、情報技術の進展に伴うデータの蓄積、情報処理コストの低下に伴い、ビッグデータを取り巻く環境が急速に変化する中、マーケティングの分野などでは、人出や消費の動きをリアルタイムに把握する手段として、ビッグデータが注目されるようになりました。そうした中で、新型コロナが拡大し、政策当局による迅速な景気判断の重要性は飛躍的に高まりました。もっとも、官庁などが公表している既存の公的統計だけでは、足元で生じている急激な変化を、リアルタイムに捉えられないという課題に直面します。そうした状況下、これまで使っていた統計データに加えて、ビッグデータを用いて、より早く、よりきめ細かく経済情勢を確認し、政策判断の材料を提供していくことの必要性が一気に高まってきました」

位置情報データから見えてくるタイムリーな消費・生産活動

数あるビッグデータの中で、経済分析グループが注目しているのが、タイムリーにマクロ経済情勢を分析できる位置情報データです。分析に従事する企画役の高橋耕史さんは、現状をこう説明します。

「位置情報データを用いると、人の流れを通じてマクロ経済活動をリアルタイムに捉えることができます。コロナ禍のように変化が急な状況下では、こうしたビッグデータがマクロ経済分析で活躍します。百貨店に人がいれば買い物をしている、また夜間の工場に人がいれば残業して生産活動を行っている、といったことが推測できます。このように、どこにどれだけ人がいるかという情報を、他の情報と組み合わせながら経済的な意味付けを考え、足元で起こっているマクロ的な経済活動を的確に捉えていくのがわれわれの仕事です」

高橋さんによれば、このビッグデータの活用に関するプロジェクトは若手からの提案により始まったとのこと。

「ビッグデータという新しいツールをいかに使っていくかを考えた時、多様な分野でのリサーチ経験を持つシニアのエコノミストが、最新の経済学的な知識を取り入れている若い世代とコミュニケーションを取りながら、学び合い、高め合う必要性を痛感しています」

ビッグデータのプロジェクトを担当した、主査の王悠介さんは、ビッグデータの可能性と、未知のものを扱う難しさをこう話します。

「ビッグデータは大きな可能性を秘めていますが、どうマクロ経済分析に取り込むかはまだ知見が不足している段階です。データの可能性を十分に発揮できるよう、試行錯誤を粘り強く繰り返しています。

ビッグデータには、必要な情報とそうでない情報が混在しており、分析ニーズに合った情報を的確に抽出する力が求められます。難しいことですが、こうしたことに挑戦できる喜びも感じます」

  • 東京の繁華街における夜間人口 (2020/1月平均=100、中心7日移動平均)

    位置情報データの事例として、2019年から2021年における東京の繁華街の夜間滞在人口を示した折れ線グラフ
  • (注)銀座、新宿、六本木各駅を中心とした半径500mの領域における20~24時までの滞在人口。2019年については、各駅を中心とした900m四方の領域のデータを用いて推計した値。
  • (出所)Agoop

膨大なデータを的確に捉えるため多彩な分野との連携を図る

ビッグデータを分析中のパソコンの写真

分析中の様子

高橋さんや王さんが検討し、活用を決めたビッグデータを、日々収集し、可視化しているのが、企画役補佐の飯田智之さんです。ビッグデータは速報性があり情報量が多いという長所はありますが、前述の通り、不必要な情報(これをノイズと言います)が潜んでいる、と飯田さんは話します。

「王が選定したビッグデータは膨大です。そのデータを収集したうえで、われわれ中央銀行のマクロ経済分析にとって必要な情報を見極めて、それを分かりやすく幹部に伝えることが求められます。ノイズの除去は最も頭を悩ませているところですが、腕の見せどころでもあります。また状況によってノイズ自体が変わってくる可能性もあります。その時々の状況に応じながら、瞬発力と柔軟性をもって対応していく必要があると思っています」

加来和佳子さんも同様に、最前線でのビッグデータ収集を行っています。

「公的統計とは異なり、ビッグデータは、提供される項目やその定義が突如変わることがあります。私どもが日々、データを更新していく中で、これまでと違った動きをすることもありますので、そうした変化を注意深く見ながら、動きに違和感があれば、直ちに上司に報告するよう心掛けています」

分析結果を適切に解釈するため、毎日意見を交わしながら飯田さん、加来さんを支えるのが企画役の土屋宰貴さんです。

「公的な統計は日本全国を一つの集合体のように見なし、データとして表現しますが、ビッグデータは、匿名性を確保しつつも地域や個人の属性などを分解して、情報をつぶさに見られるので有益です。同じコロナ禍でも、緊急事態宣言が出ている地域とそうでない地域など置かれた背景を分かっていないと、そのデータの評価ができません。また、データの変化が、新型コロナの影響か、新型コロナとは関係ない要因が影響しているのかを見極める必要があります。皆で情報を共有し、真摯にデータに向き合うことが大切だと思っています」

経済分析グループは東京大学金融教育研究センターと共催するコンファレンス・フォーラムの事務局も担当していますが、2020年11月のフォーラムのテーマは「ビッグデータ」でした。土屋さん、飯田さん、加来さんは裏方としてその準備を進めましたが、これまでの対面での開催から、初の「対面とオンラインのハイブリッド形式」となり苦労も多かったとか。一方で、オンラインにより参加者の幅が広がるなど、実り多きフォーラムになったと土屋さんは語ります。

イメージ

ビッグデータ関連の公表物

「ビッグデータの分析という新たな分野に関する研究は緒についたばかりで、関係する方々と連携して知見を深めていくことが求められます。今回のフォーラムでは、エコノミストや経済学者のほか、情報工学の専門家やデータ提供者といった幅広い分野の方々に加わっていただいたのも初の試みでした」

活発な論議が交わされたというフォーラムの結果もまた、貴重な情報として、中央銀行のビッグデータの分析に生かされます。

公的統計とビッグデータの双方を並べて得られる新たな知見

コロナ禍においては、消費行動もまた大きく変化しています。経済分析グループでは個人属性が分かりサンプル数も多いクレジットカードの支出データを利用して消費行動を分析。Eコマース(注)を利用した消費の増加や、消費者層の特徴が分かってきた、と前出の高橋さんは話します。

「コロナ禍の経済活動で真っ先に影響が出たのは個人消費でした。Eコマースの消費動向は位置情報データとは逆に、人が動かなくても消費が生じる。こうした動きも押さえておく必要があります」

実際に消費行動のデータの変化を分析している大久保友博さんはこう話します。

「既存の公的統計とビッグデータを比較すると、同じような動きをする場合もあれば違う場合もあります。どういう動きにしろ、両者を並べて見ることで、これまでより厚みのある分析ができるようになります。今のわれわれの取り組みが、今後の経済分析の土台になってくれたらうれしいですね」

  • (注)インターネット上でモノやサービスを売買すること。

数字を扱う人の努力がイノベーションを生む

ビッグデータの扱いは数字と向き合う業務。その際大切なのは、携わる人、ひいては組織として学び続ける力だとグループ長の須合さんは語ります。

「適切な金融政策運営を行うためには、適切な経済情勢判断を行う必要があります。中央銀行エコノミストとしてのわれわれの役割はまさにこの判断に資する適切な経済分析を行うことにあります。

適切な経済分析のためには、その時々に応じた新しい道具立てを積極的に取り入れ、活用していかねばなりません。ビッグデータはその一つです。この新しい道具を自らのものとするために、各国の中央銀行や民間の有識者の方々と議論し、知見を深めていく必要があります。そうした取り組みは、経済分析のイノベーション(革新)を生み出す契機になる可能性を秘めています。これまでも日本銀行は、経済分析のイノベーションを続けてきました。そのDNAは今も脈々と生き続け、そして進化していると感じています」


経済分析グループのビッグデータ業務に携わる皆さんから伝わってきたのは、新たな分野の開拓を担う自負、そして常に問題意識を持ち、技術やデータの変化、進化に適応できるよう学び続けていきたいという真摯な姿勢。前進し続ける毎日の業務は、未来の日本経済分析の確かな礎となることでしょう。

(肩書などは2021年3月時点の情報をもとに記載)