「日銀探訪」第8回:調査統計局経済調査課長 鎌田康一郎
経済分析の背後には「人間ドラマ」=調査統計局経済調査課(1)〔日銀探訪〕(2012年12月18日掲載)
中央銀行は通常、金融政策の判断に必要な材料を集めるため、経済情勢を調査・分析する専門家集団を抱えている。日銀にも、民間に劣らない規模と質の調査部門があるが、どういう考え方に基づき、どのような形で情報収集や分析を行っているかは、あまり知られていない。「日銀探訪」は今回以降、調査統計局(調統局)の4課を順次取り上げ、日銀がどのように経済情勢の把握に努めているかを探っていく。
調統局は総勢180人程度。経済情勢の調査分析を行う経済調査課、地域経済調査課と、統計を作成する経済統計課、物価統計課の合計4課で構成される。このうち今回対象となる経済調査課の人員は70人弱。主に国内景気の調査・分析を担当しているほか、調統局全体の総務機能も務めている。
景気分析というと、中心作業はコンピューターによる統計数値の機械的な加工・計算とみられがちだが、同課の鎌田康一郎課長によると、設備投資や消費といった国内総生産(GDP)の構成要素を分析する担当者や企業調査の担当者などの見解をすり合わせて結論を導く形を取っており、「人間同士のコミュニケーションの中で分析が進む」という。
鎌田課長のインタビューは4回にわたって配信する。
「経済調査課では、4グループが経済分析に携わっている。まず、統計などさまざまなデータを使って経済を分析しているのが景気動向グループだ。しかし、データが公表されるまでには時間がかかるため、同グループが足元の経済情勢を分析するには限界がある。そこを補うのが企業調査グループで、企業に足元の状況などをヒアリングしている。さらに、マクロ計量モデルで過去の平均的な動きを数学的に分析するマクロモデルグループがある。以上の3グループは主に短期的な景気変動を分析しているが、中長期的な傾向や構造変化も踏まえないと、経済の本当の動きは分からない。そういった問題を扱うのが経済分析グループだ。種々雑多な情報があふれかえる中で、景気がどういうメカニズムで動いているかを正確に見通すためには、どれも欠かすことのできないグループである」
「日銀の経済分析は、(数式を用いて経済を分析・予測する)マクロ計量モデルにデータを入れ、コンピューターのボタンをポンと押して答えを出しているというイメージがあるのではないか。しかし実際は、マクロモデルを使った分析は全体のプロセスの一部分に過ぎず、むしろ人間による分析作業が中心になっている。日々刻々と動く複雑な経済情勢をきちんと分析するには、担当者一人一人がマクロモデルの中の方程式の代わりに動いて、解を求めていかなければならない」「例えば、景気の分析作業の流れは次のようなものだ。景気動向グループでは、設備投資や消費といった経済の構成要素を分析する担当者がいて、それぞれが予測結果を、全体を総合的に判断する『バランス担当』に報告する。バランス担当は、全体の整合性を考えてこれを修正し、各担当者に打ち返す。担当者は、その修正が構成要素の動きとして妥当かどうか考え、再度バランス担当に投げ返す。こうしたやりとりを繰り返して、最終的な答えに到達していく。その後、景気動向グループは、マクロモデルグループとの間で、過去の平均と比べてどうか、特殊要因があるとすれば何かを詰めていく。さらに、企業調査グループとの間で、企業へのヒアリング結果から分かった足元の状況と整合的かを確認する。過去の平均的な動きから継続的にずれているなら、経済分析グループとの間で何らかの構造問題が影響していないかについて話し合う。そういった人間同士のコミュニケーションの中で分析を進め、結論を出していく」
景気分析の要は経験豊富な「バランス担当」=調査統計局経済調査課(2)〔日銀探訪〕(2012年12月19日掲載)
日銀の景気分析の過程で、設備投資や消費といった国民総生産(GDP)の構成要素の担当者たちからそれぞれの予測結果の報告を受け、統一見解にまとめる役を担うのが「バランス担当」だ。構成要素の担当者と協力しながら、全体として整合性のとれた解を求めていくリーダーとも言うべきバランス担当には、経済理論を含めた広い分野にわたる知識や、経済分析の豊富な経験が求められる。
一方、各構成要素を誰が担当するかは、場数を踏んでいる中堅と、経験を積ませる必要がある若手とのバランスが重要になってくるという。景気の局面によって、どの構成要素が重要な役割を演じるかは変わってくる。鎌田康一郎課長は「どのコンポーネント(構成要素)を誰が担当するかは、経験年数なども踏まえて、その都度考える必要がある」と話す。
「バランス担当は、各コンポーネントの担当者たちと予測結果をめぐってやりとりするが、経済情勢が分かりやすい局面では、このやりとりは比較的スムーズに終わる。しかし、難しい局面になると、調整は簡単には終わらないこともある。例えば、過去のデータを基にすると、労働分配率や労働生産性といった指標はこれぐらいになるはずだという仮定が導かれる。各担当がそこから大きく外れる予測結果を出してくると、バランス担当はどこかがおかしいと考える。その場合、特殊要因があるかどうかを含め、納得がいくまでそれぞれの担当と詰めていくことになる」
「バランス担当とコンポーネント担当の関係は『国取り合戦』に似ている。コンポーネント担当は、なんとかバランス担当を説得しようとする。説得に失敗すると、バランス担当の意見でストーリーがつくられてしまうからだ。コンポーネント担当は、歴代の担当者が残してくれた分析ツールを駆使し、それでも足りない場合は、自ら新たなツールを開発したり新しいデータを探したりして、予測をより説得力のあるものにしていく。バランス担当とコンポーネント担当の関係はけっしてなれ合いではないし、そうであってはならない。なれ合いになった瞬間に全体としての予測がしっかりとした論拠を失ってしまう」
「経済調査課の人員数は70人弱だが、総務や庶務、リサーチアシスタントの仕事をしている職員もいるため、経済分析に従事しているのは40人程度だ」「中央銀行はたいていどこでも、同じような方法で経済分析を行っているようだ。例えば、私は米連邦準備制度理事会(FRB)に研修員として派遣され、日本との違いを調べていたことがあるが、そこにもGDPの要素である消費、設備投資、物価などをそれぞれ分析する人がいて、バランス担当の立場にある人が分析結果を集め、全体を踏まえて修正したものをそれぞれの担当者に打ち返していた。日本とまったく同じことをしていると分かって驚いた」
企業を足しげく訪問、情報収集に汗かく=調査統計局経済調査課(3)〔日銀探訪〕(2012年12月20日掲載)
日銀の経済調査の手法で、他国の中央銀行と最も大きく異なるのは、景気分析において、統計などから得られるマクロ情報と、個別企業に対するヒアリングから得られるミクロ情報を組み合わせて判断を行っている点だ。統計はどうしても経済の実態を後追いする形となり、足元の動きを正確には反映しづらい。現状がどうなっているかを知るには、企業に聞いた方が正確というわけだ。経済調査課の鎌田康一郎課長は「足元の情報については、企業経営者に直接生の話を聞いた方が経済の実態をすばやくつかめるという確信が、日銀の伝統となっている」と説明する。コンピューターによるデータ分析を重視する傾向が強い中銀の中では、異例の手法という。
「米国では、景気が良くなるときはまず消費が盛り上がって、その後で設備投資が活発化してくるという流れだ。日本は、まず設備投資から盛り上がり、消費につながっていく。設備投資に刺激を与えるのは輸出なので、日本経済の景気上昇局面は輸出が起点になっている場合が多い。このため、輸出の中身が非常に重要になってくる。どの企業が輸出品を生産しており、そこはどういう設備投資計画を立てているかを知らないと、経済全体の動きが分からない。その意味で、輸出計画は企業調査をする際の重要なヒアリング項目だ」
「日銀と海外中銀の一番大きな違いは、支店などを通じた企業調査に加え、本部で景気分析を行う部署においても企業調査機能を持っていることだろう。米国でも、地区連銀で地域経済分析のための企業調査を行っているが、本部であるFRBの担当者は、生産動向などについて企業とあまり綿密にコンタクトは取っていないようだ。それに比べて日銀は、本部の経済調査課の中に独立した調査グループを持っている。アシスタントを除くと8人の担当がいて、毎月ヒアリングを行っている。対象は約100社で、このうちだいたい半分に訪問か電話で毎月接触している。これは先進国の中央銀行としてはなかなかないやり方で、綿密さという点で誇れる体制と考えている。支店などでは、中小・零細企業も対象とした詳細な企業調査を行っており、地域経済調査課でその情報も入手しているが、経済調査課の企業調査グループは、経済の大きな流れを把握することが目的であるため、ヒアリングは業界で一定のシェアを握っていて情報が比較的豊富な大手を中心に行っている」
「企業調査グループは、足元の生産状況の分析を行う上で、重要な役割を担う。今どういう商品がはやっているか、どういうものが廃れてきているか、将来どういうものが売れそうだと考えてどういう開発をしているか、海外に進出したいと思っているか、海外進出する場合は研究所をどこに置くのか、どういった企業と合併あるいは合弁しようと思っているかなど、鉱工業生産指数の数字の裏にある具体的な情報をきちんと集めてきてくれる」「海外の中銀にとっては、日銀のしていることは変わっているように見えるのではないか。海外の中銀エコノミストは、机の上でコンピューターにデータを入力し、分析するのが普通のスタイルだと思う。そういう技能にたけた人たちを、大学や大学院から雇い入れている。しかし、今起きていることをわざわざ数字で予想するより、企業の方々に聞いてきた方が正確だと判断している。アカデミックな経済分析も重要だが、特に震災や日中関係のような異例のショックが発生した場合などは、経営者がこれまでに培ってきた見方が、経済の先行きを見通す上でほとんど唯一の頼れる情報となる」
最新の経済分析モデル開発に大きく貢献=調査統計局経済調査課(4)〔日銀探訪〕(2012年12月21日掲載)
調査統計局経済調査課の最終回は、経済の中長期的な構造問題への対応と、数式を用いて経済を分析・予測するマクロ計量モデルの開発状況について話を聞いた。
日銀は今年、少子・高齢化などによる人口構成の変化という構造問題が経済にどういう影響を与えるかを調べた個人名のリポートを2本公表。外部からも大きな反響があったという。鎌田康一郎課長は「構造問題は景気を短期的に動かすものではないが、年単位で考えるときには非常に重要になってくる」と強調する。
一方、マクロ計量モデルについては、1990年代から2000年代初頭にかけて起きた金融危機の経験を踏まえ、銀行や企業のバランスシート(貸借対照表)の悪化が景気に与える影響を、より的確に反映できるかどうかが今後の課題という。
「中長期的な構造問題を分析した例としては、人口問題が挙げられる。人口問題は、具体的には消費や労働市場に影響してくるわけだが、短期的に日本経済が変わる要因として出てくるわけではない。ただ、年単位でものを考えなければいけない局面では、人口問題を含めた中長期的な構造の動きは非常に重要。構造問題の分析は、月々の景気判断とは時間軸が違うため、経済分析グループという専任のグループを設けている。彼らは、学界の研究動向を積極的に取り入れながら、構造変化の芽を見逃すことなくきちんととらえようとしている」
「現在使っているマクロ計量モデルについて説明すると、経済は長期的には経済学が想定している通りになると考え、現状が経済学の理論から外れていれば、どのくらいの速度で理論に沿った状態に戻っていくかを考えるものだ。先進国の中央銀行が使っている実践モデルとしては、標準的なものだと思う。四半期ごとに結果をまとめるので『クオータリー・ジャパニーズ・エコノミック・モデル』、略してQ-JEM(ジェム)と呼んでいる」
「一方、学界では、動学的確率的一般均衡モデル(DSGE)と呼ばれる理論モデルが主流になっている。このDSGEモデルは、学界のみならず、実際に運用をしている中銀のエコノミストが開発に非常に大きな役割を果たしてきた。日銀の中でも開発に貢献する人たちが何人も育っており、彼らがつくったモデルを使って、分析したいテーマに応じてモデルを使い分けながら、経済分析を行っている。これらは中規模なモデルなので、略してM-JEMと呼んでいる」
「今後のマクロモデル開発における課題は、バランスシートの調整が景気に及ぼす影響を勘案できるよう、銀行と企業のバランスシートをモデルの中に組み込むことだ。欧米で金融危機が起こり、金融が景気に与える影響は非常に大きいという認識が共有されつつあるが、マクロモデルへの取り込みは進んでいない。世界のマクロ計量モデル研究者は、実体経済と金融の相乗作用を分析できる新たな理論モデルの構築にしのぎを削っている。ただ、現在欧米で開発が進められているモデルは、そのまま日本の経済に当てはめることはできない。日本の金融システムを適切に組み込んだモデルは、日本の金融を熟知した研究者が開発する必要がある」
「課の運営に当たって全課員に求めているのは、一人一人が自立し、それぞれ仮説を立て、経済を語れるようになってほしいということだ。重要なのは、どんな問題がどこに生じているのかを見つけることだが、一人一人の経済観がしっかりしていないとキャッチできない。従って、専門性を日々磨いていってほしいとお願いしている」次回は、来年1月中旬をめどに、地域経済調査課を取り上げる。
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