このページの本文へ移動

「日銀探訪」第18回:金融機構局金融システム調査課長 中村康治

マクロ重視で危機の芽を早期発見=金融機構局金融システム調査課(1)〔日銀探訪〕(2014年3月31日掲載)

金融機構局金融システム調査課長の写真

バブル経済崩壊後、1990年代後半から2000年代初頭にかけて金融危機を経験した日本は、金融システムの安定性を守るには、個々の金融機関の健全性をチェックしているだけでは不十分との教訓を得た。日本の金融当局はこれを踏まえ、金融システム全体のリスクの状況をチェックして制度設計・政策対応を図る「マクロプルーデンス」を重視するようになった。2008年のリーマン・ショック後の世界的な金融危機を経て、各国当局者も同様の認識を強めるようになったが、日本は他国に先んじてマクロプルーデンス重視の姿勢を示してきていた。

金融機構局金融システム調査課は、個々の金融機関の決算や健全性の分析といった「ミクロプルーデンス」調査に加え、実体経済や資産価格の動向などにも目を配りつつ金融システム全体をチェックする「マクロプルーデンス」調査も行っている。中村康治課長は「ミクロ、マクロの両面の分析ツールを多面的に使い、危機の芽を見逃さずに発見して早期に警告を発するのが、われわれに課された任務だ」と説明する。

同課には23人が所属し、半年に一度公表される「金融システムレポート」の作成のほか、金融機関の決算や収益性の分析、内外におけるマクロプルーデンス政策に関する調査・分析に従事している。相互に関連した業務であるため、課内にグループは設けていないという。中村課長のインタビューを3回にわたって配信する。

「リーマン・ショック後の世界的金融危機を経て、各国の政策担当者の共通認識となったのは、マクロプルーデンスの視点の重視だ。バブル経済のまっただ中で個々の金融機関の経営状況をみると、貸し出しが伸びて貸出債権の質も良くなり、地価上昇によって担保余力も拡大するため、収益の改善や自己資本の充実が進む。こうなると、個別金融機関の経営状態は良いということになるし、金融機関全体の健全性も高まっているようにみえる。しかし、景気改善も資産価格の上昇も、すべてが持続可能ではないバブルに支えられているとすると、話はまったく異なる。バブルがはじけて資産価格が暴落し、実体経済も大きく落ち込むと、ついこの間まで健全と評されていた金融機関が極めて厳しい状況に追い込まれる。金融機関の経営状況をスナップショットで評価するのは、非常に危険だ。金融システムを評価する上では、先行き生じ得る実体経済や金融資本市場との相乗作用も勘案しながら、リスクを評価する必要がある。日本は、リーマン・ショックに先駆けて、資産価格バブルの崩壊と金融システム不安を経験した。その教訓を踏まえ、リーマン・ショック前からマクロプルーデンス重視の姿勢を示してきていた」「日銀の強みは、金融機関の考査やモニタリング、市場動向の分析といった金融分析のノウハウの蓄積に加え、金融政策運営で培われてきたマクロ経済分析のノウハウを生かせる点だ。当課には、金融機関の考査やモニタリングを経験してきた人と、金融政策や景気予測などのマクロ分析の経験を持つ人がおり、それぞれの分野の知識や分析ノウハウを出し合って協力している。また、当課の分析では金融機関の決算データやマクロ統計を使う割合が高いが、統計と現実の動きには時間的なずれがあるほか、データに反映されない実務の変化もある。そこで、考査やモニタリングの部署がヒアリングした金融機関の生の声とマクロ統計などを組み合わせて、金融システムの現状やリスクの評価を行っている」

金融不安と景気悪化の負の連鎖分析=金融機構局金融システム調査課(2)〔日銀探訪〕(2014年4月1日掲載)

日銀が、金融システム全体の安定性を評価する上で重要な分析手段としているのが「マクロ・ストレステスト」だ。これは、経済や金融市場にバブル崩壊などの大きな負のショックが生じた場合に、金融機関の資本がどの程度減少するかなどをシミュレーションし、金融システムが安定性を維持できるかどうかを定量的に把握する仕組み。日銀のマクロ・ストレステストのユニークな点は、金融システム不安と実体経済の悪化が相互に影響し合うメカニズムを取り込んでいるところで、これは世界的にもあまり例がないという。

金融機構局金融システム調査課の中村康治課長は「以前は危機時の金融システムの状況を定量化することも難しかったし、(信用不安を懸念して)結果公表も考えられなかったが、リーマン・ショックを経てストレステスト実施と、その結果の公表は世界標準となった」と説明する。日銀は同課を中心に、ストレステストの結果も含めた金融システムに関する包括的分析・評価を「金融システムレポート」にまとめ、半年に1度公表している。

「当課の仕事の中で多くの部分を占めるのが、金融システムレポートの分析・執筆作業。同レポートは、不良債権問題のめどがつき、(預金の払い戻し保証額を1000万円とその利子に限定する)ペイオフが全面解禁となった2005年から公表を始めた。金融システム全体のリスクを分析・評価するマクロプルーデンスの視点による調査が重要という考え方は、開始当初から維持している」

「同レポートの役割は、大きく分けて二つある。一つは、金融機関や金融市場を通じた金融仲介活動がスムーズに行われているかどうかという『機能度』の分析・評価。例えば、13年4月に量的・質的金融緩和が導入されたが、その後はそうした政策の影響で金融仲介活動がどのように変化したかが大きなトピックの一つになった。二つ目の役割は、金融システムの抱えているリスクはどの程度か、経済や金融市場に大きなショックが起きた場合に金融システムの健全性は維持できるのか、といった『安定性』の評価だ」

「リスク分析は、時系列的、横断的な観点を踏まえて実施している。まず時系列的には、金融機関の貸し出し態度や株価、地価といった複数項目の過熱度を調べた『金融活動指標』などで過去と現在の状況を比較しながら、バブルの懸念がないかチェックしている。一方、横断的な分析としては、マクロ・ストレステストの活用のほか、銀行、証券、保険、ノンバンクなどさまざまな業態の状況などもチェックしている。日本は、銀行が金融システムの中で大きなシェアを占めているため、われわれの調査・分析も銀行を中心に行っている。しかし、公的規制がかかっていない業態、例えばヘッジファンドなどでリスクが発生する可能性もあるから、いろいろな手段で実態の把握に努めている」「金融システムの安定性は、マクロ・ストレステストの結果を中心に評価している。具体的には、例えば景気がリーマン・ショック並みに落ち込み、株価も大幅に下落した場合を想定し、金融機関の収益がどの程度下がり、不良債権がどの程度増えるかを計算する。その上で、金融機関の自己資本がどのくらい減少するかを把握する、といった手順だ。日銀のマクロ・ストレステストがユニークなのは、実体経済と金融システムの間の相乗作用を取り込んでいるところ。バブル崩壊などで金融システムが動揺すると、金融仲介機能が低下して、消費や投資などの実体経済活動もマイナスの影響を受ける。それによって不良債権が増加し、さらに金融仲介機能が悪化する。こうした負の連鎖が続くことで、影響が当初想定以上に大きくなるケースは少なくない。こうしたメカニズムをテストに取り込むことは重要と考えている」

多様な危機防止策、意欲的に分析=金融機構局金融システム調査課(3)〔日銀探訪〕(2014年4月2日掲載)

金融システム全体のリスク分析が重要性を増してきたのと並行して、金融機関を個別に規制するにとどまらず、システム全体の安定性を意図した信用秩序維持政策(マクロプルーデンス政策)を整備しようという動きが、世界中で出始めている。国際的な銀行自己資本の新規制である「バーゼル3」にもマクロプルーデンス政策の視点が取り入れられており、今後の金融機関の行動に影響を与えることが予想される。金融機構局金融システム調査課は、マクロプルーデンス政策の研究にも取り組んでいる。中村康治課長は「ミクロの金融機関分析とマクロ経済分析の融合する領域で、まだ発展途上の分野だが、日銀がさまざまな部署で培ってきた分析ノウハウを統合し、新分野を切り開く意欲を持って研究に臨んでいる」と説明。海外の中央銀行や学界などとも情報交換を密に行っていきたいという。

「マクロプルーデンス政策とはどういうものか、国際的にも議論が続けられているところだが、共通認識が徐々に生まれてきている。それは、健全な信用の流れが滞らないようにする政策ということだ。多くの銀行が破綻し、企業が必要な融資を受けられなくなるという最悪の事態を防ぐため、事前に打てる対策を講じていくのが、基本的なマクロプルーデンス政策の考え方だと言える」

「ただ、具体的な方法は多種多様だ。各国で行われている政策の例を挙げると、ある分野で金融面のリスクが高まったときに、当局が警告を発するという方法がある。さらに踏み込んだ方法としては、金融機関に特定業種への融資を抑制するよう命じることも考えられる。各国の実情に応じて、多様な手段を使い分けていくべきものだと思う」

「バーゼル3には、個別金融機関の健全性維持という視点に加え、金融システム全体の安定性を図るマクロプルーデンス政策の視点も取り込まれている。かつては、国際的に活動する銀行は8%の自己資本比率を達成できていれば良かったが、バーゼル3ではかなり複雑化した。達成が必要な最低限の自己資本比率に加えて、経営危機に陥れば世界の金融システムに大きな影響を与える巨大金融機関に資本の上乗せを求めた。また、カウンターシクリカル資本バッファーといって、金融活動が過熱化すると、その度合いに応じて資本を積ませる仕組みもできた。さらに、こうした自己資本比率規制に加え、レバレッジ規制、流動性規制なども導入することになった。こうした一連の規制の変化を受けて、金融機関行動がどのように変化するかも大きな関心事項だ」

「金融機関の決算や収益性についての分析は、考査局以来の伝統的な仕事だ。個別金融機関の状況に加え、業態ごとの傾向や地域ごとの特性などさまざまな角度から分析し、その成果を年に一度公表しているほか、『金融システムレポート』でも活用している。日本の金融機関は健全化し、金融システムの安定性は確保されているが、持続的な利ざやの縮小という問題は解決しておらず、長い目で見た金融機関経営の問題点は存在している。今後、デフレから脱却し、経済環境や金利環境も大きく変わっていくとみられる中では、金融機関行動も徐々に変化せざるを得ない。実際、国債保有を減らす一方、貸し出しの増加へ力を入れるという動きがみられている。金融機関には、マクロ経済を支えるための資金供給主体としての役割を一層担ってほしいし、新たな環境の下でのリスク管理にも細心の注意を払ってほしいと思う」「課の運営では、次のようなことを考えている。経済調査は、現場を見て仮説を立て、証拠を集めて分析し、犯人を特定するという犯罪捜査の手順に似ているところがある。当課の担当者には、課題を発見する能力と分析する能力の両方を磨いてほしいと思っている。事務を堅実・確実に行うことも心掛けている。日銀の数字の取り扱いの正確さは世界的にもトップクラスと思うが、チェック体制を構築し、担当者には折に触れて注意を促している。また、金融に関する分析は専門性が高かったり、難解だったりする場合が少なくないが、分かりやすい説明を常に心がけている」

(出所)時事通信社「MAIN」および「金融財政ビジネス」
Copyright (C) Jiji Press, Ltd. All rights reserved.
本情報の知的財産権その他一切の権利は、時事通信社に帰属します。
本情報の無断複製、転載等を禁止します。