総裁記者会見要旨
2021年10月28日(木)
午後3時半から約55分
2021年10月29日
日本銀行
(問)まず、今回の決定会合の決定内容について、お話をお伺いできればと思います。
(答)本日の金融政策決定会合では、長短金利操作、いわゆるイールドカーブ・コントロールのもとでの金融市場調節方針について、現状維持とすることを賛成多数で決定しました。長期国債以外の資産の買入れ方針に関しても、現状維持とすることを全員一致で決定しました。
また、本日は、展望レポートを決定・公表しましたので、これに沿って、経済・物価の現状と先行きについての見方を説明致します。
わが国の景気の現状については、「内外における新型コロナウイルス感染症の影響から引き続き厳しい状態にあるが、基調としては持ち直している」と判断しました。やや詳しく申し上げますと、海外経済は、国・地域毎にばらつきを伴いつつ、総じてみれば回復しています。そうしたもとで、輸出や鉱工業生産は、足許では一部における供給制約の影響から弱い動きとなっていますが、基調としては増加を続けています。また、企業収益や業況感は全体として改善を続けています。設備投資は、一部業種に弱さがみられるものの、持ち直しています。雇用・所得環境をみると、感染症の影響から、弱い動きが続いています。個人消費は、感染症への警戒感などからサービス消費を中心に下押し圧力が依然として強いですが、足許では持ち直しの兆しが窺われます。金融環境については、企業の資金繰りの一部に厳しさが残っているものの、全体として緩和した状態にあります。先行きについては、当面は、感染症によるサービス消費への下押しの影響が残るほか、輸出・生産が供給制約により一時的に減速すると見込まれます。もっとも、その後は、ワクチンの普及などに伴い、感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、外需の増加や緩和的な金融環境、政府の経済対策の効果にも支えられて、回復していくとみられます。見通し期間の中盤以降は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが家計部門を含め経済全体で強まる中で、わが国経済は、ペースを鈍化させつつも潜在成長率を上回る成長を続けると予想されます。
次に、物価ですが、生鮮食品を除いた消費者物価の前年比は、新型コロナウイルス感染症や携帯電話通信料の引き下げの影響がみられる一方、エネルギー価格などは上昇しており、0%程度となっています。また、予想物価上昇率は、持ち直しています。先行きについては、消費者物価の前年比は、当面、エネルギー価格の上昇を反映してプラス幅を緩やかに拡大していくと予想されます。その後は、一時的な要因による振れを伴いつつも、マクロ的な需給ギャップの改善や中長期的な予想物価上昇率の高まりなどを背景に、基調としては徐々に上昇率を高めていくと考えられます。
前回の見通しと比べると、成長率については、2021年度は輸出や個人消費を中心に幾分下振れていますが、2022年度は幾分上振れています。物価については、基準改定の影響を主因に2021年度が下振れています。リスク要因としては、引き続き新型コロナウイルス感染症の動向や、それが内外経済に与える影響に注意が必要です。特に、感染抑制と経済活動の両立が円滑に進むかどうか不確実性が高いほか、一部でみられる供給制約の影響が拡大・長期化するリスクにも留意が必要です。そのうえで、リスクバランスは、経済の見通しについては、感染症の影響を中心に、当面は下振れリスクの方が大きいですが、見通し期間の中盤以降は、リスクは概ね上下にバランスしているとみています。物価の見通しについては、下振れリスクの方が大きいとみています。
日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続します。マネタリーベースについては、生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続します。また、引き続き、「新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラム」、国債買入れやドルオペなどによる円貨および外貨の上限を設けない潤沢な供給、それぞれ約12兆円および約1,800億円の年間増加ペースの上限のもとでのETFおよびJ-REITの買入れにより、企業等の資金繰り支援と金融市場の安定維持に努めてまいります。そのうえで、当面、新型コロナウイルス感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じます。政策金利については、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定しています。
(問)インフレの動向についてですが、先日のG20財務相・中央銀行総裁会議でも「必要に応じた中央銀行の行動」ということが確認されたと思います。現時点では「一時的」との見方が基本線にあるのだとは思いますが、原因となっている供給制約の動向も含めて、世界的なインフレの動向について、22年あるいは23年の物価の見通しを含めて、どのようにみていらっしゃるかお伺いします。
それに絡んだような質問ではありますが、日本国内の物価は欧米諸国などとは乖離した状況となっており、今日の展望レポートでも、足許で物価見通しを下げ、22年度、23年度は据え置きという形になっていると思います。所得の向上を伴った安定的な物価上昇が実現するか否かというのは、現在行われている選挙戦でもテーマとなっている「成長と分配」の議論といったこととも関連して注目されているところではあると思います。日本だけがなぜ、物価という面で特殊な動きとなっているのか、改めて総裁のご見解をお伺いできればと思います。
(答)まず、最初の点については、国際商品市況の上昇も含めて、最近の世界的な物価上昇率の高まりは、基本的には、経済活動の再開に伴う需要の急速な増加に、供給が十分に追い付いていないことによって生じていると考えられます。最近の国際会議でも、こうした物価上昇は、現時点では「一時的」である、すなわち、インフレ予想や賃金などへの二次的波及が回避されるもとで、供給力の回復とともに徐々に落ち着いていくという見方が共有されています。例えば、IMFも、最新の見通しにおいて、現在高まっている物価上昇圧力は、来年には減衰していくとの見方を示しています。もっとも、この供給制約が予想以上に長期化した場合には、人々の予想物価上昇率の高まりを通じて、インフレ率の高止まりが続くリスクがあります。先日のG20では、こうした物価の上振れリスクを念頭において、中央銀行は物価の安定という自らの使命を果たすため、政策スタンスについて明確なコミュニケーションを行いつつ、必要に応じて行動する用意があることを確認したということです。なお、わが国について言いますと、消費者物価は海外と比べて落ち着いて推移しており、海外で懸念されているようなインフレ高進のリスクはきわめて限定的であると考えています。
そこで後段のご質問に関連するわけですが、わが国の消費者物価が、米欧との対比で弱い動きとなっている背景としては、まず第一に、そもそも需要の回復が米欧よりも遅れていた、やや鈍かったということがあると思います。第二に、わが国の企業は、感染の拡大時にも、雇用の維持を重視して、労働力を保蔵してきたわけであり、その結果、需要が回復しても、価格や賃金を据え置いたまま速やかに供給を増やす余地が残されているということです。第三に、わが国の企業は、原材料コスト上昇分の多くを、マージンの圧縮によって吸収し、販売価格を可能な限り据え置こうとの傾向が強く、これは、過去のデフレ期に定着した考え方や慣行が、粘着的な適合的期待形成のメカニズムを通じて、現在まで根強く残っていることを意味するのではないかと思います。ただ、先行きについては、新型コロナウイルス感染症の影響が和らいで、需給ギャップの改善が続いていけば、企業収益や雇用・賃金の改善を伴いながら、消費者物価も、基調としては徐々に上昇率を高めていくと考えています。
(問)足許では、先ほど言及のあった国際商品市況の上昇に加えて円安が徐々に進んでいまして、こうした資源高の中で円安が進むということはコストプッシュということで企業の収益や家計にも影響が出ると思うのですが、総裁は現在の円安についてどのように日本経済へ影響するとの見解を持っておられるのかお伺いします。
また、関連して、イールドカーブ・コントロール政策なのですが、これは長期金利を低位に抑制することで内外金利差を拡大し、そもそも円安を促すという側面もあると思います。現在の円安がイールドカーブ・コントロールの政策による波及効果の一つとも言えると思いますが、総裁はこれによって現在緩和度合いが強まっている、緩和効果が強まっているという認識をお持ちなのかどうかお伺いします。
(答)為替レートの水準や短期的な動きについて具体的にコメントすることは差し控えたいと思いますが、一般論として、為替レートの経済への波及経路が若干変化してきていることは事実です。すなわち、円安によって輸出が増加する度合いは、わが国企業の海外生産の拡大等を通じて、従来よりも低下しているとみられます。反対に、円安が企業収益を押し上げる効果は、今申し上げたような海外生産の拡大と海外子会社の収益の増加等を通じてより大きくなっています。これは、グローバル展開する企業が円安局面では賃上げや設備投資を積極化しやすいことを意味していると思います。もちろん、他方で円安は、エネルギー等の輸入コストの上昇を通じて、原材料輸入比率の高い内需型企業の収益あるいは家計の実質所得に対する下押し圧力として作用し得る面はあると思います。円安がわが国経済全体に与える影響は、様々な要素の相互作用で決まり、その時々の内外の経済・物価情勢によって変化し得ると思いますが、現時点で、若干の円安ですけれども、これがなにか悪い円安ですとか、日本経済にとってマイナスということはないと思います。むしろ、先ほど申し上げたような輸出への影響や海外子会社の収益の増加等を通じてプラスの効果があるというようにみています。いずれにせよ、為替については、経済や金融のファンダメンタルズを反映して安定的に推移することが最も重要と考えており、現時点でもそれは変わっていないと思います。
それから、イールドカーブ・コントロールについては、仮に海外金利が上昇していくもとでも、わが国はイールドカーブ・コントロールで金利を低位に維持していくため、内外金利差が拡大することになり、他の事情が等しければ為替の円安をもたらす可能性があるとは言えると思います。しかし、現時点でそのようになるかどうかははっきりしませんし、重要なことは、先ほど申し上げたように、為替相場が経済や金融のファンダメンタルズを反映して安定的に推移することであると考えています。欧米の金利がどうなるかは、その経済動向や金融政策等によって変わってくると思いますし、わが国の経済につきましても、当然のことながら経済成長、物価、更には金融政策等によって影響され得るわけです。現時点では、イールドカーブ・コントロールが金利差を拡大することを通じて更なる円安をもたらすことは、可能性としてはあるとは思いますが、実際にそうなるかと問われると、あまりそうはなりそうもないと思います。
(問)先ほども企業の販売価格のお話が少し出てきましたが、その関連で具体的にお伺いしたいことがあります。今回、物価のリスク要因の一つ目として、企業の価格設定行動の不確実性というのを挙げています。これは原材料等のコストが上がっても企業はなかなか販売価格に転嫁できないのではないかとみているということなのでしょうか。またそうした企業の行動というのが、物価や日本経済にどのような影響を与えるとみていらっしゃるでしょうか。
そして、来週アメリカはテーパリングを開始するというふうにみられていますけれども、これが日本にどのような影響を与えるかをお伺いします。
(答)足許、国際商品市況が上昇しており、それがPPI、生産者物価に影響を与えています。他方で、先ほどご説明した通り、消費者物価の上昇率は現時点では0%程度、若干のプラスというところです。この背景は、色々な事情があるとは思いますが、一つには、エネルギー価格等の上昇が、例えば電力料金や最終消費財の価格上昇に反映されるまでには、一定のタイムラグがあります。他方で、先ほど申し上げたように、わが国の企業は原材料コストの上昇をマージンで吸収して販売価格を可能な限り据え置こうという傾向があることも事実であり、その両者のはざまで、今後、消費者物価への転嫁がどの程度進んでいくかが決まってくると思います。もっとも、足許かなりギャップがあることは事実ですし、今後ギャップがすんなりとなくなること、つまり完全に消費者物価へ転嫁されていくことは、日本の企業風土の中ではなかなかありそうもないのですが、ある程度は消費者物価へ転嫁されていくことにはなると思います。その背景としては、現在の商品市況の上昇の一番大きな理由は世界的な需要拡大であり、それは日本の企業にとっても輸出その他でプラスになりますし、企業収益にもプラスの影響を及ぼし、賃上げの余地も出てくるということもありますので、そうした形で消費者の価格引き上げに対する許容度もある程度高まっていく可能性もあります。色々含めると、転嫁されていく割合は少し増えていくと思いますが、先ほど申し上げたように、過去のデフレ期に定着した慣行がありますので、完全に転嫁されるのはなかなか難しいと思っています。
それから米国の金融政策については、テーパリングが始まるわけですが、これは米国の金融当局自体が金利引き上げではないと述べていますし、金利引き上げについてはそのずっと先のように言っていますので、これが直接的に、足許の金利や為替に影響を与えることはあまり想定されないと思います。
(問)ニュージーランド、カナダ等、徐々に世界の中銀で利上げを模索したり、緩和の縮小をしていく中銀が増えています。足許のインフレの高まりが予想インフレに影響を及ぼすことを懸念した動きだと思うのですが、日本ではご指摘のように物価がなかなか2%の目標から遠いために、粘り強く緩和を続けるということだと思うのですけれども、こうした世界で起こっている危機時の超緩和的な政策を徐々に縮小する動きが、将来的に日銀の政策および政策に関わるコミュニケーションにどういう影響を及ぼし得るのかについて、ご見解をお願いします。
(答)金融政策は、現在のような変動為替相場制のもとでは、基本的にそれぞれの国の経済・物価動向に合わせて適切に運営されるということであり、今指摘されたニュージーランドやカナダの例は、それぞれの国の経済・物価動向に合わせて適切な政策を採られたということだと思います。そのことがわが国の金融政策に何か直接的に影響を与えることはないと思います。わが国の金融政策は、あくまでもわが国の経済・物価動向に合わせて決められ、実行されているものであり、そうした点は従来からしっかりコミュニケーションをとっています。先日のワシントンにおけるG7・G20・IMFC等の会議でも、わが国の経済・物価動向、そのもとでの金融政策について十分お話をし、理解を得たと思っています。
(問)先ほどの円安の質問にも少し関わるのですが、実質実効為替レートでみたときには、トレンドとして随分円安が進んでいて、これをもって、やはり日本の経済力が落ちている証左であると解説する人もいるのですが、実質実効為替レートでみた場合の円の弱さ、この背景をどうお感じになられていて、こちらについてもこれ以上下がる可能性はあまり高くないというふうにお考えでしょうか。
(答)先ほど来申し上げているように、為替レートは経済のファンダメンタルズを反映して安定的に推移することが望ましく、現在の為替レートはその範囲内で動いていると思いますし、若干円安になったといっても、別にこれが経済のファンダメンタルズに反した動きであるとも思いません。ですから、特別な問題があるとは思いません。実質実効為替レートは、名目為替レートの変動や内外の物価上昇率の格差によって変化するわけですが、この水準について、絶対的なノルムのようなものがあるわけではありませんので、実質実効為替レートについて具体的にコメントするということは差し控えたいと思います。あくまでも、為替相場は経済や金融のファンダメンタルズを反映して安定的に推移することが望ましいということに尽きますし、現在、そういう状況にあると思っています。
(問)先日金融システムレポートが発表され、その中でも、中小企業の収益のバランス等が指摘されていて、本日の展望レポートの中でも、中小企業の資金繰りというか流動性に関して、厳しさが残っているということを指摘されています。今後、中小企業の資金繰り、流動性がすぐに改善するということは、なかなか考えづらいと思いますが、これはやはり、日銀がより中小企業の流動性、資金繰りを注視しなければならないという表れなのかということをお伺いします。
また、来年3月に期限が来るコロナオペですが、延長する、延長しないということの判断材料のポイントをお伺いします。
(答)現在の企業の資金繰りについては、全般的には改善してきていることは確かです。対面型サービス関係の、特に中小企業などの資金繰りの厳しさは、まだ続いているということだと思いますが、これも普通に考えると、ワクチンの接種も進み、新型コロナウイルス感染症の影響が小さくなり、経済活動と感染症対応との両立が図られるということになってくれば、当然そうした企業の売り上げや収益も増加して、資金繰りも改善していくと思います。ただ、現状では、まだそうなっていませんので、当然のことながら、来年3月末まで新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペを継続するということにしているわけです。
来年3月末までの期限を更に延長するかどうかということについては、現時点ではまだ何も決めていません。これはあくまでも、今後の感染動向、あるいはそれが企業金融に及ぼす影響を丹念に点検したうえで、適切に判断する必要があると思っています。
(問)特別付利制度についてお聞きします。先月から適用が始まりましたが、地域金融機関の昨年度の決算からしますと、初年度は相応の先が適用を、付利を受けていると思われます。制度の適用開始を受けて、改めて受け止めとか、感想を伺えればと思います。また、この制度はプルーデンス政策の一環だと思いますが、地域銀行の行動によっては、制度の建て付け上で、マイナス金利政策というか超低金利政策のもとでも、コール市場にプラス圏での取引も含めて、レートの上昇要因になり得ると思われます。改めて、日銀の政策の中での特別付利の位置付けについても、伺えればと思います。
(答)ご指摘のような仕組みで始まっているわけですが、その具体的な適用状況やその内容は、日本銀行の決算が発表される時に具体的に示されるものであり、今の時点で、具体的にどのような状況になっているかというのを申し上げることは時期尚早だと思います。
(問)先ほど実質実効為替レートについてはコメントを控えるとおっしゃいましたが、2015年に国会で実質実効為替レートを参照されて、これ以上円安は起こりそうにないとご発言されました。相対的に日本の物価の上昇は緩やかであり、現在の実質実効為替レートは2015年当時の水準にやや近づいているのではないかと、客観的にこういう状態になっています。改めて、これ以上の円安が起こりそうなのかそうでないのか、見解をお伺いできればと思います。
(答)2015年の時も、具体的に実質実効為替レートを示して、過去の例からいって、これ以上実質実効為替レートが円安に振れていくということがあるのかないのかという話になり、それに対して当時そうしたお答えをしました。もっとも、これはあくまでも実質実効為替レートの話であり、名目為替レートがどう動くかという話と、実際はかなりかけ離れた話です。理論的な話としては、経済学者の方々は実質実効為替レートについて色々議論をされますが、先ほど申し上げたように、絶対的なノルムのようなものがあり、それに実質実効為替レートが近づくか、近づかないかといった議論ではありません。あくまでも、そういうものとして示されること自体は分かりますが、その将来がどうなるのかと言われても、それは物価や名目為替レート、それから実質実効ですから貿易比重によっても変わってきます。従って、事後的な経済分析に何か意味があるとしても、事前の政策的な議論にとって何か意味があるとは私は思っていません。先ほど申し上げたように、経済・金融のファンダメンタルズに即して、名目為替レートが安定しているかどうかということに尽きると思います。
(問)円安の日本経済への波及について確認させて頂きたいのですが、その波及経路が変化していると総裁はおっしゃっていましたけれども、かつては円安は日本経済全体としてはプラスの面が大きいとおっしゃっていたかと存じます。トータルで現在でもプラスと言えるのかどうか、仮に言えるとした場合でも、プラスの程度は弱まってきているのかどうか、そのバランスについて確認させてください。
また、アメリカに比べてインフレが鈍い理由について、先ほど需要が弱い、それから労働供給に余裕がある、あとデフレマインド、この三つを指摘されていたかと思います。ただ、この三つは、総裁が就任された当初に2%へ引き上げていくうえでの重要な要素といいますか、需給ギャップと期待インフレそのものであるとも言えるかと思います。総裁に就任されてから、8年半ほど強力な金融緩和を続けていらっしゃいますけれども、需給ギャップも期待インフレも大きく動いていないということからすると、2%の物価目標の達成は実現が難しいのではないか、あるいは実現に向けての手段を日銀は持ち合わせていないのではないかというふうに思えてしまう面もあるのですけれども、就任当初のご説明も踏まえて、この点に関しての今の総裁のお考えの整理をお聞かせください。
(答)円安のプラス、マイナス云々というのは、先ほど申し上げたように、その時々の内外の経済・物価情勢によって変化し得るわけですが、今進んだ若干の円安は総合的にみてプラスであることは確実だと思います。それは輸出に対する影響にせよ、海外子会社の収益の増加等の影響にせよ、いずれにせよプラスであって、輸入コストの上昇によるマイナスの影響をかなり上回っていると思いますが、円安はいつでもそうだというわけではなく、今の経済・物価情勢の中で、今程度の円安についてどうかと言えば、間違いなくプラスであるということだと思います。円安が常にプラスだとか円高が常にマイナスということは言えないので、その時々の経済・物価情勢とその時の名目為替レートがどのように合致しているかということによるのだと思います。
それから物価の問題については、理論的には、どこの国でも需給ギャップと中長期的なインフレ期待の二つが決定的な影響を及ぼすということは知られているわけですし、それは変わらないと思います。もっとも、具体的にどのように作用しているかとみたときに、今の時点でいうと、先ほど申し上げたように、一つは需要の回復が欧米よりもやや遅れているということで、需給ギャップは縮んできてはいますが、まだプラスになっていません。それから、今回の新型コロナウイルス感染症の状況が、普通の不況と大きく違う、あるいは自然災害と全く違うのは、設備も労働力もそのまま残っていることです。人々が感染症対策で外出や外食を抑制せざるを得ないということで、消費、特に対面的な消費が大きく落ち込んだことが経済全体にマイナスになったわけです。その場合に、ご承知のように、欧米と異なり、日本企業は雇用を殆ど維持し、失業率が2~3%程度で変わっていないわけですが、欧米の場合は、昨年GDPが大きく落ち込んだ時に失業率が大きく上がっているわけです。そこは今回非常に特殊な例ではありますが、需給ギャップとの関係でこうした現象が日本では起こっているということだと思います。三つ目の動向は、前から申し上げている粘着的な適合的期待形成のメカニズムが依然として効いているということです。ただ、これは今の現状を説明できるということだけであって、需給ギャップはもう一切プラスにできないとか、インフレ期待を引き上げられないということを意味しているわけではないと思います。欧米でもリーマンショック後、殆ど2%に達していないわけですが、だからといって2%の物価安定の目標を放棄するかというと、誰もそうしていないわけです。それは、やはり中長期的にみて、2%の物価安定の目標というものを堅持して、それに向けて金融政策を運営していくということが、経済の安定、物価の安定、更にはそれを通じて雇用も安定していくということを理解しているからだと思います。私どもも全く同様の考え方に基づいて、2%の「物価安定の目標」を維持していくということだと思います。
(問)海外についてお伺いしたいのですが、米欧では成長率に比べて物価上昇がかなり大きくなっています。市場関係者の間では、「スローフレーション」というような言葉を使う方もいますが、スタグフレーションの入り口にあるのではないかという指摘をする方たちもいます。これについて総裁はどうお考えになられますか。また、物価上昇の背景に供給制約があり、今回の展望レポートでも供給制約が長引くことへの懸念を示していますが、供給制約が起きている中で大規模な緩和を続けると、賃金の上昇が伴わない悪い物価上昇のようなものが進むのではないかという指摘もありますが、この辺りに対してどのようにお考えでしょうか。
(答)まず、スタグフレーションについては、ご案内の通り持続的なインフレ率の上昇と景気の悪化、つまり成長率が低下あるいはマイナスになるということが同時進行する現象です。わが国経済は、例えば1970年代前半の第一次オイルショックのときに、消費者物価が前年比2割を超えて上昇するとともに、戦後初めてのマイナス成長になったということで、典型的なスタグフレーションとなったわけです。わが国も、それから欧米諸国も、いずれも新型コロナウイルス感染症の影響で一旦大きく経済が落ち込んだわけですが、その後回復してきており、成長率も基本的に回復してプラスになってきています。物価上昇は、日本は殆どない一方、欧米で物価上昇は起こっていますが、成長もしていますので、これはスタグフレーションではないわけです。しかも、インフレが一時的なものであり、需要が急速に伸びているので、特に欧米の場合は労働力のミスマッチで、供給がすぐに追い付かず、賃金・物価が上がっているわけで、これはあくまでも一時的な現象だと思います。いずれにせよ、スタグフレーションではないわけです。わが国では、国内的な供給制約というのはあまりなく、先ほど申し上げたように、設備はそのままありますし、雇用も維持されていますので、需要が増えれば供給も増えます。あくまでも日本にとっての供給制約は、海外からの供給制約で、東南アジアで感染症が急速に拡大し自動車部品等の供給がストップした影響があったほか、世界的に需要が拡大している半導体も供給がなかなか追い付かないという問題があるわけです。こうしたもとで、わが国が金融緩和を続けることが、賃金が上がらなくて物価だけ上がるといった何か特別に悪い状況になるという要因にはならないと思います。供給制約はあくまで海外からのものであり、国内的には供給制約はあまりないということです。海外の供給制約が次第に剥落していくにつれて、わが国の経済も需要が増える限り供給も追い付いていくということになると思います。そういう意味では、賃金や物価に異常な影響を与えるということはないと思います。むしろ長期的には、成長が加速していけば、需給ギャップがマイナスからプラスに転じ、そうしたもとで価格も徐々にではあれ上昇すれば、インフレ期待も高まっていくと思います。今の状況で金融緩和を続けることが特にマイナスというより、むしろプラスが大きいと思います。
(問)まず、財務省の次官が月刊誌への寄稿で、このままでは財政は破綻すると与野党のバラマキ合戦を批判しました。各政党が今、衆議院議員選挙の政策論議の中でバラマキの財源と期待しているのが国債だという点で言うと、国債発行の下支えをしている日銀にも責任の一端ということはあると思うのですが、これについてどうお考えかということをお伺いしたいと思います。
また、2002年に財務省が黒田財務官のもとで外国格付け会社に対して、先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられないという意見書を出されています。これをMMT論者たちがいくらでも国債を発行しても構わないという論拠の一つにしているわけですが、現在でも黒田総裁は先進国のデフォルトというのは考えられないというお考えなのかどうかをお聞かせください。
(答)財務事務次官の寄稿についてコメントすることは差し控えたいと思いますが、日本銀行の金融政策は、あくまでも2%の「物価安定の目標」を実現するために行っています。もちろん、そのもとで財政政策が行われたときに、金利が上がらないことでいわばポリシーミックスで財政政策の効果がより大きくなることは事実ですが、これは悪いことではありませんし、日本銀行の金融政策自体は、財政資金の調達を助けるために行っているわけでは全くありません。あくまでも2%の「物価安定の目標」の実現を目指して必要な金融政策、金融緩和を行っているということです。
後段のご質問については、MMTとの関係があるとも思えませんし、ご指摘のような問題があるとは全く考えていません。
(問)今回の展望レポートで、経済のリスク要因の項目がだいぶ入れ替わっており、供給制約の影響や海外経済の動向が加わった一方で、金融システムの状況が落ちています。金融システムの状況が落ちた点が、先ほど質問があったコロナオペの扱い等とも関連して若干気になりましたが、この経済の先行きのリスク要因についてどのような認識に変化があったのかご説明ください。
(答)これは、まさに展望レポートで書いてある通り、足許では、特に海外における供給制約が、もちろん海外経済に影響を与えていますが、わが国の経済にも影響を与えているということです。欧米を中心に需要が急拡大していることに供給が追い付かない、ですとか、船が港で混雑している、ですとか、色々なことが言われていますが、これらはいずれにせよ一時的な要因であり、いずれ解決されると皆思っていると思います。しかしながら、その時期がいつ頃なのかというのは、やはり不確実性が残っているので、より長引くということは一つのリスクとしてはあり得ると思っています。そういう意味で、海外の状況も、この供給制約の観点もありますし、それが欧米の物価上昇率を引き上げていることは事実ですが、一時的なものにとどまるかどうかについてもリスクはあると思います。他方で、海外の様々なリスクの中には、中国を含む新興国の新型コロナウイルス感染症や不動産市場といったリスクもまだ残っていると思います。これはあくまでも現時点でみた今後の日本の経済成長、物価動向に対するリスク要因ということです。
他方、金融システムについては、金融システムレポートにも出ていますが、現状、新型コロナウイルス感染症が引き続き国内外の経済・金融に影響を及ぼすもとでも、全体として安定性を維持しています。先行き、仮に感染症の再拡大や、長期金利が海外で上昇して国際金融市場と新興国経済の調整などがあり得るとしても、それでも相応の頑健性を備えているというストレステストの結果を踏まえつつ、そう言っています。かつて感染症の拡大、そして企業の資金繰りの問題等から、金融システムへの影響もリスク要因としてあり得ると思っていたのですが、現時点では、ご案内の通り、企業の資金繰りは政府および日本銀行の思い切った支援策が功を奏して、倒産や失業も増えず、今、金融全体は非常にうまく回っています。そうしたもとで、金融システム自体も全体として安定性を維持しています。しかも、先ほど申し上げたような感染症の再拡大や海外の長期金利の上昇、国際金融市場と新興国経済の調整などの状況を想定しても、相応の頑健性を備えているということです。ですので、確率といいますか可能性の高いリスクとしては、特に言及する必要はないと思います。もちろん、金融システムレポートでも述べているように、国際金融市場が大幅かつ急激に調整する場合には、金融機関の経営体力が低下して金融仲介機能の円滑な発揮が阻害されて、実体経済にも下押し圧力として作用するリスクは抽象的にはあると思います。しかしながら、足許の重大なリスクとしては、先ほど申し上げたような海外における供給制約などの様々な要因、特に新興国における動向といったものが大きいということだと思います。
以上