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総裁記者会見要旨 2022年7月21日(木)
午後3時半から約60分

2022年7月22日
日本銀行

(問) 本日の金融政策決定会合の決定内容について、展望レポートの内容を含めてご説明をお願いします。

(答) 本日の決定会合では、長短金利操作、いわゆるイールドカーブ・コントロールのもとでの金融市場調節方針について、指値オペの運用も含め、現状維持とすることを賛成多数で決定しました。長期国債以外の資産の買入れ方針に関しても、現状維持とすることを全員一致で決定しました。

本日は、展望レポートを決定・公表しましたので、これに沿って、経済・物価の現状と先行きについての見方を説明します。

わが国の景気の現状については、「資源価格上昇の影響などを受けつつも、新型コロナウイルス感染症の影響が和らぐもとで、持ち直している」と判断しました。やや詳しく申し上げますと、海外経済は、一部に弱めの動きがみられるものの、総じてみれば回復しています。輸出は、基調としては増加を続けていますが、供給制約の影響を受けており、鉱工業生産は、その影響から下押し圧力が強い状態にあります。企業収益は全体として高水準で推移しており、業況感は横ばいとなっています。こうしたもとで、設備投資は、一部業種に弱さがみられるものの、持ち直しています。雇用・所得環境は、一部で弱めの動きもみられますが、全体として緩やかに改善しています。個人消費は、感染症の影響が和らぐもとで、サービス消費を中心に緩やかに増加しています。金融環境は、企業の資金繰りの一部に厳しさが残っていますが、全体として緩和した状態にあります。わが国経済の先行きですが、見通し期間の中盤にかけては、ウクライナ情勢等を受けた資源価格上昇による下押し圧力を受けるものの、感染症や供給制約の影響が和らぐもとで、回復していくとみています。その後は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まるもとで、潜在成長率を上回る成長を続けると考えています。

次に、物価の現状ですが、生鮮食品を除いた消費者物価の前年比は、エネルギーや食料品の価格上昇を主因に、2%程度となっています。また、予想物価上昇率は上昇しています。物価の先行きについては、生鮮食品を除いた消費者物価の前年比は、本年末にかけて、エネルギーや食料品、耐久財などの価格上昇により上昇率を高めたあと、エネルギー価格の押し上げ寄与の減衰に伴い、プラス幅を縮小していくと予想しています。この間、変動の大きいエネルギーも除いた消費者物価の前年比は、マクロ的な需給ギャップが改善し、中長期的な予想物価上昇率や賃金上昇率も高まっていくもとで、プラス幅を緩やかに拡大していくとみています。

前回の見通しと比べますと、成長率については、2022年度が、海外経済の減速や供給制約の強まりの影響などから下振れていますが、その後は、反動もあっていくぶん上振れています。物価については、輸入物価の上昇やその価格転嫁の影響から、足元を中心に上振れています。リスク要因をみますと、引き続き、内外の感染症の動向やその影響、今後のウクライナ情勢の展開、資源価格や海外の経済・物価動向など、わが国経済を巡る不確実性はきわめて高いと考えています。そのもとで、金融・為替市場の動向やわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要があります。経済見通しのリスクバランスについては、当面は下振れリスクの方が大きくなっていますが、その後は概ね上下にバランスしているとみています。物価見通しについては、当面は上振れリスクの方が大きくなっていますが、その後は概ね上下にバランスしているとみています。

日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続します。マネタリーベースについては、生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続します。そのうえで、当面、感染症の影響を注視し、企業等の資金繰り支援と金融市場の安定維持に努めるとともに、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じます。政策金利については、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定しています。

(問) 先日のことですけれども、安倍元首相が銃撃されて亡くなられました。黒田総裁は2013年の春に就任されてから、異次元の金融緩和を導入して、アベノミクスを支えられてこられました。異次元緩和のいわば後ろ盾であった安倍元首相の逝去によって、異次元緩和に何らかの影響が生じる可能性があるのか、お考えをお聞かせください。

また、異次元緩和はまだ途上にありますけれども、日銀が目指す2%の「物価安定の目標」に達していないのは何がネックになっているとお考えでしょうか。日本経済の成長に向けて、日銀の金融緩和がどのように役割を発揮していくかと合わせてお答えを願います。

(答) 改めまして、安倍晋三元総理のご逝去を悼み、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。ご逝去の影響については、私の立場からコメントすることは差し控えたいと思いますが、日本銀行としては、自らの使命である「物価安定の目標」の持続的・安定的なかたちでの実現を目指して、金融政策を実施していく考えに変わりはありません。

この9年余り、政府の様々な施策と、日本銀行の強力な金融緩和のもとで、日本経済にはデフレ期にはみられなかった変化、例えば、9年連続のベースアップの実現、女性や高齢者を含めた雇用の大幅な増加などがみられました。「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではない状況が実現しました。ただし、2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現には、なお至っていないのは事実です。その主な理由としては、わが国では、長きにわたるデフレの経験によって定着した、物価や賃金が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が根強く、その転換に時間を要していることが挙げられると思います。とはいえ、この間の大規模な金融緩和は、経済・物価の押し上げ効果をしっかりと発揮しています。実際、昨年3月の点検でも確認した通り、大規模な金融緩和が行われなかった場合と比べると、実質GDPの水準は平均+0.9%から1.3%程度、消費者物価の前年比は同じく+0.6%から0.7%程度押し上げられていたとの試算結果を得ています。従って、引き続き金融緩和を実施していくことで、時間はかかるかもしれませんが、賃金の上昇を伴うかたちで、「物価安定の目標」を実現することは可能であると考えています。この点、今回の展望レポートでは、前回レポートと同様に、生鮮食品とエネルギーを除いたベースの消費者物価は、2024年度には+1.5%まで上昇率を高めていく見通しとなっています。人口減少社会において、成長率を高めていくために重要なこととしては、何といっても企業による人的資本に対する投資、あるいは生産性を高めるための投資を実施していくことなどが挙げられています。この点、緩和的な金融環境を維持することは、金融面からそうした投資を支える効果を発揮してきたと思っています。引き続き、日本経済の中長期的な成長について、金融面から支えていきたいと考えています。

(問) 米国の利上げ加速観測から、円安ドル高が進んでいます。最近では、一時1ドル140円に迫る場面もありました。黒田総裁は前回の会見で「急速な円安は日本経済にとってマイナス」と述べられていましたが、この急速な円安が日本経済にもたらす影響をどのようにみていらっしゃいますでしょうか。

(答) 従来申し上げている通り、為替相場は、経済・金融のファンダメンタルズを反映して安定的に推移するということが最も重要だと考えています。この点、最近のような急速な円安の進行は、先行きの不確実性を高め、企業による事業計画の策定を困難にするなど、経済にマイナスであり、望ましくないと考えています。わが国経済にとって大事なことは、円安によって収益が改善した企業が、設備投資を増加させたり、賃金を引き上げたりすることによって、経済全体として所得から支出への前向きの循環が強まっていくということです。現在のように為替相場の動きが急速な場合には、企業がそうした前向きの動きを取ることを躊躇する面があり、そうした面からも急速な円安は望ましくないと考えています。日本銀行としては、政府とも緊密に連携しつつ、引き続き為替市場の動向やその経済・物価への影響を十分注視してまいりたいと考えています。

(問) 物価の見通しについてお伺いします。今回の展望レポートでは、先ほど総裁がおっしゃられた生鮮食品とエネルギーを除くベースで、22年度と23年度の見通しが上昇、24年度は横ばいとなりました。総裁は、かねて2%の物価目標を安定的に実現するまでには時間を要するというふうにお考えを述べられていると思いますけれども、先般の短観をみても、企業の価格転嫁の動きというのは進んできているように思います。基調的な物価上昇の勢いについて、従来と比べて認識の変化などございますでしょうか。ご所見をお聞かせください。

(答) 今回の展望レポートで、除く生鮮食品ベースの消費者物価の中心的な見通しは、2022年度は年度平均で+2.3%と上がっています。これは本年末にかけて、エネルギーや食料品、耐久財などの価格上昇に加えて、携帯電話通信料のマイナス寄与の剥落もあって、上昇率を高めていくと予想されることを踏まえたものです。もっとも年明け以降は、エネルギー価格の押し上げ寄与が減衰し、更にコスト転嫁の動きも徐々に一巡していくと予想しており、この結果、来年度の消費者物価の上昇率は+1.4%まで減速するという見通しになっています。このように、今回の展望レポートでは、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現する見通しとはなっていませんので、先ほど申し上げた通り、金融緩和を継続する必要があると考えています。他方で、ご指摘のように、最近の色々なアンケート調査等をみましても、企業の今後の販売価格の見通しは上昇しており、様々な予想物価上昇率も、短期がかなり上昇するだけでなく、中長期も緩やかに上昇していますので、価格転嫁の動きが少し広がってきていることは事実だと思います。ただ、そのもとでも、今申し上げたように、年明け以降はエネルギー価格の押し上げ寄与が減衰し、その他の事情もあって、来年度の消費者物価の上昇率は+1.4%まで減速するという見通しになっており、2024年度でも+1.3%くらいです。生鮮食品とエネルギーを除くベース、いわゆるコアコアで言いますと、2022年度は+1.3%、2023年度が+1.4%、2024年度は+1.5%と、緩やかながら着実に上昇していくという見通しになっておりまして、その部分は、重ねて申し上げますと、やはり需給ギャップが改善し、潜在成長率を上回る成長が続くもとで、賃金も上昇していくということがあると思います。けれども、足元2022年度での除く生鮮食品ベースの+2.3%が、来年度以降も直ちに+2%程度の物価上昇率になるということには、まだなっていないということです。

(問) 今のご説明についての話になるのですけれども、物価の上昇につきましては、予想物価上昇率が中長期も上昇して、価格転嫁の動きが広がっていくとのご説明があったわけですけれども、今回の展望レポートをみますと、基調的な物価、コアコアの部分が、24年度について前回展望レポートから据え置きになっており、必ずしも基調の改善が先行き強くなっていくという見通しにはなっていないと思います。インフレ期待の上昇につれて、緩和効果、これも強まるはずなのですが、実際そのような説明と緩和効果の強まりとの整合的な筋合いがみえないのですけれども、この辺について総裁はどのようにお考えでしょうか。

また、もう一点ですが、緩和効果の強まりにつきましては、円安という為替レートだけに偏っているのではないかという指摘もありますが、この点について総裁はどのようにお考えでしょうか。

(答) まず、コアコアといいますか、趨勢的な物価上昇、アンダーライイングな物価を示す一つの指標と思われる生鮮食品・エネルギーを除いたベースでの物価が少しずつ上昇していくわけですが、ご指摘のように2024年度の+1.5%というのは4月の時の見通しと変わらないことは事実です。ただ、そうはいっても、そこに至るプロセスとして、4月の見通しより、ある程度価格の転嫁が進むであろうということは事実だと思います。そういった価格の転嫁、物価上昇がある程度進んでいるからこそ、22年度は生鮮食品を除いたベースで+2.3%という見通しになっているわけで、その内容をみると、やはり何といっても国際商品市況の上昇を反映した輸入物価の上昇が大きいわけです。一方で、交易条件の悪化を通じて国民の所得が海外に流出するということになりますので、景気の下押しになり、この輸入物価の上昇を反映した物価の上昇がそのまま続くということにはならないわけです。そういう意味では、一定程度の転嫁が進みつつある、あるいは予想物価上昇率が短期のものはかなり上がり、中長期のものも緩やかに上がりつつあるということは言えると思いますが、今のところ、それによってコアコアが2%にすぐになるというような状況には、まだなっていない――2024年度でも+1.5%程度――ほか、除く生鮮食品で+1.3%程度と見通しているわけです。

もう一点について、金融緩和の効果のチャネルとしては、従来点検でも申し上げているように、色々なチャネルがあるわけですが、一番大きいのは実質金利の低下でしょう。アベイラビリティという面もありますし、為替を通じたチャネルもあると思いますが、一番大きいのは実質金利の低下を通じた景気の刺激効果であると思っています。

(問) コアコアについての関連質問です。生鮮食品・エネルギーを除く消費者物価指数でみてみますと、2022年度、23年度については見通し上方修正ということになっています。これはつまり、日本経済の基礎体温が上がってきている、経済の好循環についてトンネルの先に光が見えてきたというご認識なのか、それとも、まだまだそこまではいっていないというご認識なのか、その辺りをまず教えてください。

そしてもう一点ですが、黒田総裁はかねて賃上げの重要性というのを強調してきていらっしゃいますけれども、賃上げの現状についてはどういうご認識なのか、更に、これから先もう一段の賃上げを促すためには、やはり日銀の金融緩和を続ける必要があると考えていらっしゃるかどうか、お願い致します。

(答) 最初のご質問については、確かに価格転嫁の動きがエネルギーや食料品を中心に広がってきていることは事実で、そういう意味では将来的な好循環のきっかけになり得るかもしれません。ただ、私どもがみている感じでは、先ほど来申し上げているように、国際商品市況が来年も再来年も上がり続けていくとは誰も考えていないわけです。そうしますと、その影響は12か月経つと、12か月前と比較しますので、当然下がってくる、それは転嫁が十分できたとしても下がってくるわけです。その意味では、要するに企業収益が伸び、賃金が上昇するという中で、物価もそれに倣って上昇していくという好循環に今なっているかというと、まだなっていないと思います。

賃上げの現状について、先ほど申し上げたように、確かにベアが連続して実現し、今年度の賃上げ率も2%を少し上回る程度になり、夏のボーナスは大企業のデータですが2桁増と言われており、中小企業もほぼそれに倣ったようなかたちになっているということで、確かに賃金の上昇が進んでいることは事実です。他方で今起こっている、この2%程度の消費者物価の上昇に追い付いているかと言われると、まだ追い付いていないということですので、やはりもう一段の賃金の上昇というものが必要です。それは冬のボーナスなのか、来年の春闘その他の賃上げの状況なのか、色々あり得ると思いますが、いずれにせよ、経済の持続的な成長のもとで、物価が2%程度、持続的・安定的に上昇するというかたちになるためには、賃金のもう一段の上昇が必要であると思います。そのためにも、やはり日本銀行として、引き続きしっかりと経済を支えるために金融緩和を続けていく必要があると思います。それによって経済が拡大し、企業収益が増え、そして労働需給がよりタイトになっていくという中で、もう一段の賃金上昇が実現していくということを期待しているわけです。

(問) 一点目は先ほどお話があったように、賃金の上昇が必要であり、その背景として消費も重要ですが、消費については今回判断を前進させて、景気についても少し前向きに判断し、加えて予想インフレについても中長期で上がっています。一方で、海外の経済については、市場では米国がリセッションに陥るのではないかとか、中国では厳しいゼロコロナ政策で経済の減速懸念が高まっています。こうしたバランスを全体で考えた場合に、今はまだ見通せない持続的・安定的な2%の「物価安定の目標」の達成に、4月対比で近づいているという判断ができるのか、そこはまだ変わらないのか、経済や物価の上振れ・下振れリスクを考慮においたうえで、どう考えていらっしゃるのか、伺えればというのが一点目です。

そのうえで二点目ですが、展望レポートの物価のリスク要因のところで、世界的なインフレの高まりや為替の急激な変動というのが、物価に影響を及ぼし得るという言及があるのですが、これはどちらも、どちらかというと日本の物価の上振れに働くようにも思えるのですけれども、そういう理解でいいのか、その背景、どういう物価へのリスクというふうに考えればよいのかを教えてください。

(答) まず第一点について、これは色々あると思いますが、総括して申し上げますと、今回の展望レポートの文章にもあるように、そしてその背景となった政策委員の大勢見通しにもあるように、消費者物価の見通しは少し上振れ、それから実質成長率については2022年度を中心に下振れているというような状況です。この中で、消費が感染症の影響が和らぐもとで回復しており、特にサービス消費も回復しているということは事実です。今の時点では、累積した貯蓄といったものに支えられてペントアップ・ディマンドが次第に出てくるということだと思いますが、やはり賃金の上昇、賃金が物価の上昇を上回って伸びていかないと、消費の回復がなかなか続かないと思いますので、そこは十分よくみていく必要があると思っています。海外経済については、展望レポートにも書いてあるように、特に欧米の高インフレで、金利の引き上げが始まっているわけですが、それが続いた場合に欧米の成長率がある程度減速するのではないかということは言われていますし、そういうことはあり得るとは思いますが、何かリセッションになるとか、スタグフレーションになるとか、そういうことまで考える必要は今のところはないと思います。それは国際機関等の見通しをみても、また当方の見通しなどをみても、世界経済全体として過去の平均の3%程度の成長は見込めるわけですので、リスクはあるとは思いますが、今の時点で何か世界的な不況といったことを前提にする必要はないと思っています。

それから物価の固有のリスクとして挙げている為替相場の変動、あるいは国際商品市況の動向、それらの輸入物価や国内価格への波及というのは、上振れ・下振れ両方の要因があると思います。もちろん短期的には、国際商品市況が上がったり、為替が円安になったりすると、輸入物価とか国内価格への上振れの影響があり得るわけですが、為替相場がどう動くかというのは、いつもそうですが全く今のところ分かりません。ですから、IMFやOECDが経済見通しを作るときには、為替については現状を伸ばすしかないということが前提で見通しを作っています。もし円高になったり円安になったりすれば、色々な影響が出てくると思いますが、為替がそもそもどちらに行くか分かりませんから、今から物価の引き上げの方に一方的に影響するとは言えないと思います。なお、国際商品市況については、IMFやOECDでもそうですが、先物価格をみて見通しを作るわけです。そうするとご承知のように石油であれば、先物価格が緩やかに下がっていく見通しになっています。それ以外に前提にするものがありませんので、国際機関であれ、各国の中央銀行であれ、普通はそれをベースにして見通しを作るわけです。ただ、実際に国際商品市況がそうなるかどうかは、ウクライナの状況などにもよるので分かりませんが、一応ベースラインとしては、下がっていくということを皆、前提にしていると思います。もし、例えばウクライナ戦争が更に激化したり、色々な要因で国際商品市況が上がれば、輸入物価の上昇につながるということになると思いますが、今のところ、国際機関も含めてそのようにはみていませんし、先物市場の動向を前提にして見通しを作っていると思います。

(問) 金融緩和と日本経済の関係について、二問お尋ねします。6月の国債買入れ額が過去最高額となりました。金融緩和はむしろ強化されているとみることもできます。ただ、日本経済の状況や為替は、黒田総裁が緩和を始められた2013年春と比べて大きく変わっていると思います。緩和の継続は必要だとしても、日本経済はいまだ今のような大規模なレベルの緩和が必要な状況といえる認識でしょうか。お考えをお聞かせください。

もう一つ同じような質問になりますが、黒田総裁は前回の会見で、金利を上げる、あるいは金融を引き締めると、更に景気に下押し圧力を加えることになってしまうとおっしゃっています。それは基本的にその通りだと思いますが、その影響は引締めの程度にもよると思いますし、緩和による様々な副作用も指摘されています。緩和をどの程度緩めると、今の日本経済にどれほどマイナスの影響を与えるのかといった具体的なシミュレーションをされているのか、教えて頂けますでしょうか。

(答) まず、先月の国債買入れが大きく伸びたのは、ご承知のように、日本銀行の金融政策が転換するのではないかという思惑から、投機的に国債を直物や先物で売る動きがありました。それがイールドカーブ・コントロールの趣旨に合わない、例えば10年物国債の金利が0.25%を上回って上昇するというかたちで起こったので、これを連続指値オペ等で回避したということで、一時的に国債の買入れが大幅に増加したということであって、それによって更に金融の緩和を大幅にしたとかというものではありません。もともとイールドカーブ・コントロールのもとでは、必要なだけいくらでも買い入れますと言っているわけですので、国債買入れ額は従属変数であり、政策変数として金融に大きな影響を与え得るのは、あくまでも金利です。そういう意味で、確かに予想物価上昇率が上昇していくと、実質金利が更に低下しているという可能性はあるわけです。もっとも、予想物価上昇率も色々な数字があり、必ずしも一義的に決まるものでもありません。それぞれ短期、中期、長期の様々な予想があり、家計、市場あるいは企業の予想、専門家の予想など色々あって、必ずしも一概に言えませんが、予想物価上昇率が上昇し、イールドカーブ・コントロールで名目金利を安定させていますので、実質金利がやや低下して、金融緩和の効果が少し大きくなっていることは事実だと思います。それはイールドカーブ・コントロールというものの持つ、もともとの性質であり、ある意味で当然であるし、必要であり望ましいことだと思っています。

二番目の金利の引き上げ云々については、点検でもかなり詳しく数字的なものを示しています。どのくらいの金利の引き上げが、どのくらい景気を下押しするかというのは、もちろん計算はできますが、あくまでも経済モデルで行う計算であり、今の時点で金利を引き上げたとき、どういったインパクトがあるかというのは、おそらくそのモデルで計算したものよりも、かなり大きなものになり得ると思います。私どもとしては、イールドカーブ・コントロールのもとで金利を引き上げるつもりは全くありませんし、±0.25%というレンジも変更するつもりは全くありません。今の時点では、やはり粘り強く金融緩和を続けて、先ほどより申し上げているように、コロナ感染症からの回復途上にある経済を支え、更に交易条件の悪化で国民所得が海外へ流失し、景気の下押し効果があり得るので、そういった二重の意味で、経済をしっかり支えて、企業収益、賃金・物価が緩やかに上昇していくという好循環を実現するためにも、金融緩和を持続していく必要があります。このことは、今回の決定会合でも委員皆が同意した点です。

(問) 金融システムに関して、今回も総じて安定しているという評価だと思うのですけれども、4月以降、やはり米国金利が上がって、日本の金融機関が海外投融資を増やしている中で含み損が増加しているとか、国内においては債券売買益がなかなか上がらないというような状況が考えられると思うのですけれども、今回、金融機構局から今後の注意点というか、リスクに関してどのような報告があったか、できればお伺いしたいのが一点です。

もう一点、先ほどから言われている賃金上昇ですけれども、行内でも中堅とか若い人にお伺いすると、日銀もやはり給料を上げてくれないとデフレマインドが払拭できないというような声を聞くのですけれども、その辺の総裁の気持ちというか、どのようにお考えかお伺いできればと思います。

(答) 第一点につきましては、展望レポートでも示されている通り、現時点で、金融システムの安定性というのは十分あると思います。それは、資本を十分に持っているということもありますし、ご指摘の米国の金利上昇による米国債の含み損が出る、あるいは含み益が減少するといったことは起こっていますが、私どもがみるところ、その範囲は限定的ですし、少なくとも2021年度、そして2022年度を展望しても、金融システムの安定性に不安が生ずるということはないと思います。もちろん、海外の債券や投資信託の保有を地域金融機関も少し増やしていますので、そういったものに対するリスク管理は今後とも引き続きしっかりして頂く必要があると思っています。ただ、今の時点で、金融システムの安定に何か不安が生じているということはないと思います。

第二点は、お答えしかねますが、かつてある米国の経済学者が日本に来られて、なかなか賃金が上がらないことを打開するために公務員賃金を先行して上げたらどうかということを言われた際、政府は、それはちょっといかがかということで、やはり公務員賃金というのは民間賃金に準拠して決めていくことになっているということです。日本銀行の給与も民間に準拠してということですので、民間の賃金が十分上がらないから先行して日本銀行の賃金を上げるというのは、こういった賃金の決定のメカニズムからいって難しいと思います。

(問) 先ほど、イールドカーブ・コントロールにつきまして、金利を引き上げるつもりもレンジを変更するつもりも全くないと、経済をしっかり支えるとおっしゃいました。一方で、オーストラリアの中銀が、先月、いわゆるイールド・ターゲット政策、YCCを総括するレビューを公表しています。この中で、YCCの出口において、無秩序に市場の混乱を伴い中央銀行の評判を失墜させた、このように振り返っています。このレビューをお読みになった所感と日銀の政策にどのような示唆があるとお考えになるかお聞かせください。

(答) 私はそのレビューを直接全部読んだわけではないのですが、その話はよく聞いています。そのレビューについては、全体としてバランスのとれたレビューをしておられるようです。短期金利の引き下げの余地が限られている状況で、長めの金利を低下させて経済をサポートするという面で効果を発揮して、きわめて有効だったという評価もしており、そのうえで、昨年のイールド・ターゲット政策を廃止した前後に混乱が生じたということを認めているということです。ご承知のように、オーストラリアの場合は、3年金利ということで、経済あるいは物価の改善があって、市場参加者の短期の予想政策金利のパスが変化すると、ターゲットとする3年金利の変動に直結してしまうということがあって、そこで色々な混乱も生じたのではないかと思います。当方は10年金利を対象としていますので、そういった直結するようなものはありませんので、そういった意味では変えるときに混乱が生ずるということはないと思います。いずれにせよ、どんなかたちであれ金融緩和政策を正常化していく過程では、欧米の中央銀行も市場に対する大きな影響が出ないように、慎重に進めていますので、私どもとしてもそういった欧米の経験は十分教訓として、将来、2%の「物価安定の目標」が達成できる、安定的・持続的に達成できるということで、YCCを修正していく、あるいは変えていくときに、当然参考にしたいと思っています。

(問) 一点伺います。先ほど、ノルム的な話もありましたけれども、日本のこのデフレ、長引いたデフレの中で培われたこの物価観みたいなものは、変化し始めていると思われているのか、それとも、やはりなかなか、こう、まだ脱却できていないようなところがあると受け止めていらっしゃるのか、その辺ご見解頂けますでしょうか。

(答) これはなかなか難しい問題なのですが、価格転嫁が少し進んでいることは事実ですけれども、それはあくまでも輸入物価の上昇を一部、消費者物価に転嫁しているだけです。やはり安定的・持続的に2%が達成されるためには、全体の物価についてそういった考えが浸透し、特に、賃金の上昇が起こってこないと、完全に物価観が変わったとまでは言えないと思います。企業に価格転嫁を進めようという動きが出ているということは事実ですけれども、従来の非常に慎重な賃金・物価に対する考え方、ノルムというのが、完全に変わったとはみておりません。まだ、不十分だと思っています。

(問) 黒田総裁は、先ほど急速な円安が日本経済に望ましくないということをおっしゃいました。一方で、今回、金融政策の変更はなかったということで、改めてお伺いしますが、急速な円安、阻止するのは日銀の役割ではないという認識でよろしいでしょうか。お考えをお聞かせください。

(答) これは制度的に言えば全くその通りで、為替政策、為替介入その他は、日本も米国も英国も完全に財務省の権限と責任のもとにあるということです。もちろん、金融政策が様々なかたちで為替に影響することは当然ですし、そういった為替の影響を十分注視しつつ、経済・物価の見通しを立て、それに応じた金融政策を運営するということは、どこの中央銀行でもそうですが、為替をターゲットにして政策を運営しているところはないと思います。あくまでも物価の安定を目標にしているということです。

(問) イールドカーブ・コントロールに関してお尋ねします。金融市場では、YCCの継続が為替相場の急変を誘発したり、債券市場の機能度を低下させたりする副作用が強まっているという指摘があります。こうした副作用について、総裁の認識を改めて教えてください。

(答) YCCが云々というよりも、むしろ日本と米国の金融政策の差が、典型的に金利差に表れて、それが為替に影響しているということは、今の市場の人たちはそう言っていますし、それは事実だと思います。ご承知のように、為替に影響する要素としては、それぞれの成長率とかインフレとか、その他金融市場の様々な動きがありますので、今の時点で市場がその名目金利差に着目しているということは事実だと思いますが、それが何か絶対的なものでもありませんし、続くものでもありません。そういった状況を注視はしていますが、このYCCが必然的に円安とか為替の動きを招来するということはないと思います。それから、債券市場の機能度に関しては、十分な検討をしたうえで、10年債金利のゼロ%程度というものを、±0.25%の範囲内であれば、機能度をある程度確保しつつ金融緩和効果を発揮させることができるということでやっています。それを超えて機能度のためにどんどん金利を上げてしまうと金融緩和になりませんので、そういうことは考えていません。

(問) 輸入物価上昇について、総裁が先ほどおっしゃったように、国際商品市況による影響もありますけれども、直近の輸入物価統計でみた場合、円安による影響の占める割合も、どんどん大きくなっていて、そうなると今後、一部のエコノミストの間では、強いインフレが長引くのではないかという見方も出ています。そうなると、今後、消費者や企業の間で、負担と不満が強まることが想定されるのですが、もしそういった状況の中で、仮に日銀の金融政策の修正や変更によって、引締め方向に動いたら、消費者や企業にとって、具体的にどのようなリスクが想定されるのか、ご説明をお願いできますでしょうか。

(答) それは非常に簡単で、金融緩和の効果は、金利、アベイラビリティ、為替という三つのチャネル、特に金利が大きいわけです。金利を上げれば企業の設備投資、その他に大きな影響が出てきます。従って、金融政策として為替をターゲットにしてやることはないということです。なお、輸入物価の上昇については、確かに円安の影響も出ていますが、国際商品市況の上昇の影響の方が大きいわけです。国際商品市況の場合は、交易条件の悪化を通じて、必ず日本経済にマイナスになるわけです。一方、円安の場合は、輸入物価の上昇に影響するだけでなく、輸出物価にも影響しますので、交易条件は必ずしも悪化しないという違いがあることはご理解頂きたいと思います。

(問) 関連した質問になるのですけれども、ベースとして粘り強く金融緩和を続けるという考え方は分かったのですけれども、商品市況とか為替とかそういう、特にお互い影響も与え合うものですから、そういうときに国民の生活とか経済を守るために、緊急避難的にとか一時的にでもちょっと政策の修正を考えるとか、そういう考えは一切お持ちではないということでしょうか。

(答) 今の円安というのは、実はドルの独歩高です。ユーロやポンドも大きくドルに対して下落しています。ご承知のように英国は5回金利を既に上げています。それからユーロも今月から金利を上げるということで、そういった通貨も同じぐらい下落しています。確かに円の対ドル下落のきっかけというか、マーケットの考え方には、日米金利格差があったと思いますが、実際のところ、世界的にドルの独歩高で、皆、為替が安くなっています。例えば、隣の韓国は相当金利を引き上げていますが、ものすごい勢いでウォン安になっていますので、金利をちょっと上げたらそれだけで円安が止まるとか、そういったことは到底考えられません。本当に金利だけで円安を止めようという話であれば、大幅な金利引き上げになって、経済に大きなダメージになると思います。そもそも今の為替の動きは――マーケットの人はそのように思い込んでいるのですけれども――、金利格差と言っていますが、金利格差が拡大していない英国とか韓国ですら大きく下落しており、おっしゃったような政策が合理的にあり得るとは考えていません。

(問) 新型コロナウイルスの感染再拡大が進んでいますけれども、これがもたらす影響についてお伺いしたいです。今回、コロナオペについての表現は変わっていませんけれども、コロナオペをどうしていくのか、このお考えについても教えてください。

(答) コロナ感染症の影響は、我々も非常に心配しています。ただ、今の状況は、ご承知のように非常に感染が拡大しているわけですが、重症率が低いということもあり、医療の体制が追い付かないという状況にはなっておらず、公衆衛生上の措置を取るということになっていませんので、経済活動と両立するかたちに次第になってきていると思っています。ただ、これは非常に不確実なことですので、今後とも十分注意していかなければならないと思っています。コロナオペについては、先ほど申し上げた通り、コロナ感染症の状況をみつつ、一方で確かにコロナオペの残高はずっと減少してきているわけですが、コロナ感染症がかなり急拡大していることもあり、それで中小企業の資金繰りに影響が出てくると困りますし、その辺をもう少し様子をみて、9月に決定するということにしました。

(問) 日銀の創業や成長産業支援に対する考え方について伺いたいのですけれども、今後、日本経済や日銀の金融政策を展望するうえで、ベンチャービジネスの育成やユニコーン企業の輩出に対するサポートというのは結構重要度が増してくると思います。決定会合の中でも関連した意見があるようですが、政府もスタートアップ企業向けの支援でギアを一段上げようとする動きがみられる中で、日銀も歩調を合わせてオペなど支援スキームを検討、創設する予定があるのか、もしくは今ある制度で十分対応できるのか、その点について教えて頂ければと思います。

(答) これは基本的には政府の政策の問題だと思います。できることがあれば日本銀行としても様々な工夫をしていく余地はあると思いますが、今の時点で何か具体的なことを考えているわけではありません。

(問) 今日の展望レポートでは、物価のリスクについて、上振れ・下振れ、双方の可能性について言及されていますけれども、もしそうであれば、総裁がおっしゃるように、必要があれば躊躇なく追加的な金融緩和を講じる、というのだけではなく、必要があれば追加的な緩和も追加的な引締めもする、というのが素直な説明になると思うのですが、なぜ緩和しか言わないのでしょうか。もし、その理由が、悪いインフレに対して引締めはできないということであれば、悪いインフレに対して日銀は無力なのでしょうか。

(答) 私は、悪いインフレとか良いインフレとかいう言葉を使ったことはありません。ここで言っているリスクは、あくまでも、特に国際商品市況の動向などが大きく変わった場合、輸入物価の更なる上昇ということがあり得るわけですので、そこは十分考慮しなくてはいけないとは思いますけれども、そういう場合に金融を引き締めるということではないと思います。いずれにせよ、展望レポートのフレーズにあるように、あくまでも「当面、新型コロナウイルス感染症の影響を注視し、企業等の資金繰り支援と金融市場の安定維持に努めるとともに、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる。政策金利については、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」ということに尽きると思います。

以上