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総裁記者会見 2023年3月10日(金)午後3時半から約60分

2023年3月13日
日本銀行

(問)
本日の金融政策決定会合の内容について、ご説明をお願いします。

(答)
本日の決定会合では、長短金利操作、いわゆるイールドカーブ・コントロールのもとでの金融市場調節方針について、長短金利操作の運用も含め、現状維持とすることを全員一致で決定しました。資産買入れ方針に関しても、現状維持とすることを全員一致で決定しました。

次に、経済・物価動向について、説明します。わが国の景気の現状については、「資源高の影響などを受けつつも、新型コロナウイルス感染症抑制と経済活動の両立が進むもとで、持ち直している」と判断しました。やや詳しく申し上げますと、海外経済は、回復ペースが鈍化しています。そうした影響を受けつつも、輸出や鉱工業生産は、供給制約の影響の緩和に支えられて、横ばい圏内の動きとなっています。企業収益が全体として高水準で推移するもとで、設備投資は緩やかに増加しています。雇用・所得環境は、全体として緩やかに改善しています。個人消費は、物価上昇の影響を受けつつも、感染症の影響が和らぐもとで、緩やかに増加しています。金融環境については、企業の資金繰りの一部に厳しさが残っているものの、全体として緩和した状態にあります。先行きのわが国経済を展望しますと、資源高や海外経済減速による下押し圧力を受けるものの、感染症や供給制約の影響が和らぐもとで、回復していくとみています。その後は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まるもとで、潜在成長率を上回る成長を続けると考えています。物価面では、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、エネルギーや食料品、耐久財などの価格上昇により、4%程度となっています。また、予想物価上昇率は上昇しています。先行きについては、政府の経済対策によるエネルギー価格の押し下げ効果に加え、輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響も減衰していくことから、来年度、2023年度半ばにかけて、プラス幅を縮小していくと予想しています。その後は、マクロ的な需給ギャップが改善し、中長期的な予想物価上昇率や賃金上昇率も高まっていくもとで、経済対策によるエネルギー価格の押し下げ効果の反動もあって、再びプラス幅を緩やかに拡大していくとみています。リスク要因をみますと、引き続き海外の経済・物価動向、今後のウクライナ情勢の展開や資源価格の動向、内外の感染症の動向やその影響など、わが国経済を巡る不確実性はきわめて高いと考えています。そのもとで、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要があります。

日本銀行は、2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、長短金利操作付き量的・質的金融緩和を継続します。マネタリーベースについては、生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続します。そのうえで、当面、感染症の影響を注視し、企業等の資金繰り支援と金融市場の安定維持に努めるとともに、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じます。政策金利については、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定しています。

(問)
それでは、幹事社からの質問二問ございます。まず一問目です。異次元の金融緩和を続けたこの10年間を振り返って、良かったことと反省点について、それぞれお聞かせください。特に2%の物価安定目標を今も達成できていない状況について、どのように受け止めているかお聞かせください。

二問目は、次期総裁に植田さん、副総裁に内田さんと氷見野さんが決まりました。先日の国会での所信聴取の内容も踏まえ、日銀の新体制への期待についてお聞かせください。

(答)
10年前のわが国経済を振り返りますと、1998年から2012年まで、15年という長きにわたって続くデフレに直面していました。こうした状況を踏まえ、日本銀行は、2013年に量的・質的金融緩和を導入しました。大規模な金融緩和は政府の様々な政策とも相まって、経済・物価の押し上げ効果をしっかりと発揮してきており、わが国は、物価が持続的に下落するという意味でのデフレではなくなっています。また、経済の改善は労働需給のタイト化をもたらし、女性や高齢者を中心に400万人を超える雇用の増加がみられましたほか、若年層の雇用環境も大幅に改善しました。ベアが復活し、雇用者報酬も増加しました。この間、経済は様々なショックに直面致しまして、特に2020年春以降は、感染症の影響への対応が大きな課題となっております。日本銀行は、機動的な政策運営により企業等の資金繰り支援と金融市場の安定維持に努めてまいりました。なお、政策には常に効果と副作用があり、この点は量的・質的金融緩和も例外ではありません。日本銀行は、2016年の総括的検証や2021年の点検などを踏まえて、様々な工夫を凝らし、その時々の経済・物価・金融情勢に応じて、副作用に対処しつつ、効果的かつ持続的な金融緩和を講じてきたというふうに思っております。長きにわたるデフレの経験から、賃金や物価が上がらないことを前提とした考え方や慣行、いわばノルムが根強く残っていることが影響して、2%の物価安定の目標の持続的・安定的な実現までは至らなかった点は残念であります。ただ、ここにきて、女性や高齢者の労働参加率が相応に高くなり、追加的な労働供給が徐々に難しくなる中で、労働需給の面では賃金が上がりやすい状況になりつつあります。また、こうした中で、賃金や物価が上がらないというノルムについても、この春季の労使交渉では、労使双方からこれまでとは違う声が聞かれ始めており、前向きな動きとなることを期待しております。今後も政府とも連携しながら、金融緩和を継続することで、時間がかかるとしても、賃金の上昇を伴うかたちで物価安定の目標を持続的・安定的に実現することは可能であるというふうに考えております。

総裁および副総裁の同意人事案件につきましては、昨日の衆議院に続きまして本日、参議院において採決が行われ、両議院の承認を得たものと承知しております。植田教授は昔から個人的にもよく存じ上げておりますけれども、最近では金融研究所特別顧問として、コンファレンスなど様々な場で議論をさせて頂いてきました。わが国を代表する経済学者であり、また以前の審議委員としてのご経験も含め、中央銀行の実務にも精通しておられると思います。組織をまとめ、日本銀行の使命である物価の安定と金融システムの安定に向けて、手腕を発揮して頂けるものと期待をしております。氷見野、内田両氏も、これまで財務省や日本銀行で一緒に働いてきた縁がありまして、よく知っておりまして、新総裁を補佐して組織をまとめ、日本銀行の使命達成のために頑張ってほしいというふうに思います。

(問)
先ほど、15年続いたデフレがデフレではなくなったということで、ただ2%目標の持続的な実現には至らず残念だったというご発言がございました。今日国会で承認された植田次期総裁ですね、所信表明の方で、25年間課題だった物価安定達成というミッションの総仕上げを行う5年間にしたいと、こういう抱負を話されました。その植田さんがおっしゃった25年間、これは先ほどおっしゃったデフレの15年間、それから黒田総裁の10年間が含まれるわけですけれども、この総仕上げに更にどういったことが必要だというふうに黒田総裁お考えでしょうか、お聞かせください。

(答)
もちろん新総裁がどういったことをされるかというのは、私が今申し上げるのは大変僭越だと思います。そのうえで、先ほど申し上げたように、この10年間で経済は大きく発展しましたし、デフレでない状況にもなりました。それから雇用も400万人以上拡大するという状況がありました。ただ、残念ながら2%の物価安定の目標が持続的・安定的に達成されるまでには至っていないということであります。ただ、そのもとで、現在、先ほど申し上げたように、一方で女性・高齢者の就業率が相当高くなっておりまして、例えば女性の[年齢階層別の]就業率は、既にアメリカの水準を上回っております。そういったことがありまして、今後更に大幅な労働供給が出てくるという可能性は少なくなってきていると。つまり、労働市場は更にタイトになっていくということで、賃金が上がりやすい状況になってきていると。他方で、賃金・物価が上がらないというノルムというものも変化しつつありまして、既に予想物価上昇率は上昇してきております。そういったことを踏まえますと、われわれが10年間期待しつつ、努力してきた2%の物価安定目標が賃金の上昇を伴うかたちで達成されるというものが、少し近づいてきたというふうには思います。ただ、依然として先ほど申し上げたような様々な不確実性もありますし、当面、現在の大幅な金融緩和を続けて、企業が賃上げをしやすい環境を、引き続き整えていくということが非常に重要ではないかというふうに私は思っております。

(問)
二問お尋ねします。一点目は、先ほどの質問に関連して、この10年の金融緩和の評価についてお尋ねします。総裁述べられている通り、緩和によりGDPを押し上げ、デフレではない状況を作り出したとは思いますが、潜在成長率は低迷したままです。この10年で日本経済は力強さを取り戻した、緩和は成功だったと言えるのでしょうか。総裁のご見解をお聞かせください。

もう一問は、金融政策運営についてです。総裁は2%の実現のために緩和を続ける強い姿勢を示されてこられたと思います。一方で、緩和は様々な副作用を生み、緩和にこだわる総裁の姿勢は、やや柔軟さを欠いていたのではないかという指摘もあります。総裁自身で10年を振り返られて、金融政策運営でこうすればよかったと思われる点などありましたらお聞かせください。

(答)
まず第一点につきましては、先ほど申し上げたように、その前の15年のデフレ期とはまさに様変わりの経済の活性化、そしてデフレでない状況になり、雇用も400万人以上増加し、ベアも復活し、15年のデフレ期にはよく言われた、いわゆる就職氷河期と言われる、若者が大学・高校などを卒業した後、なかなか良い就職先が見つからないといった就職氷河期といったものが完全になくなり、解消し、雇用は大きく増加したわけですし、そういった意味で、私は日本経済の潜在的な力が十分発揮されたと。そういう意味では、金融緩和というのは成功だったというふうに思います。他方では、もちろん長期的な潜在成長率を決定するものは、経済学の教える通り、生産年齢人口の増加と、いわゆる技術進歩率というものでありまして、そういうものは、直接的に金融政策で影響されるというよりも、もっと構造的な問題であるとは思います。ただ、その中でも、デフレを解消して経済が活性化したもとで、設備投資はかなり増進しましたし、そういった意味で技術進歩にプラスになったという面もあったと思います。ですから、長期的な潜在成長率を押し上げるということができたかと言われると、それは難しかったと思いますけれども、そのもとでも、さっき申し上げたように、デフレを解消して経済を活性化させて、雇用を400万人以上つくり出して、就職氷河期と言われたようなものを完全に解消したということは、やはり金融政策の効果であったというふうに思っております。

二番目の2%の物価安定の目標というのは、前から申し上げている通り、消費者物価指数の実態よりも過大に出てくるという面とか、それから金融政策の余地を残していくという面もあって2%、これがまたグローバルスタンダードになっており、今や先進国のほとんど全てが、2%の物価安定目標というものを掲げて、金融政策を運営しているということで、これ自体は適切であると思いますし、問題だと思っておりません。それから、いわゆる副作用と言われるものについても、先ほど来申し上げたように、様々な対応を取ってきておりますし、その副作用の面よりも、金融緩和の経済に対するプラスの効果がはるかに大きかったというふうに思っております。

(問)
総裁10年間、大変お疲れ様でございました。また、その間、会見などでの様々な質問に答えてくださいましてありがとうございました。今日も二問お伺いしたいと思います。先ほどからこの10年を振り返って持続的な2%インフレに至らなかった理由としては、様々な慣行ですとかノルムがあったというお話ありましたけれども、この10年の間に想定外の出来事というのもたくさんあったと思います。2%の持続的な達成を阻んだ想定外の出来事として、どういうことを今思い浮かべられますでしょうか。それは消費増税含めてそういう影響があったのかどうかというのを教えて頂きたいです。

また、もう一つは、アベノミクスの最初の3本の矢としましては、大胆な金融政策ですとか、機動的な財政出動そして成長戦略というのがあったと思いますが、中でも1本目の矢である金融政策への荷重が大き過ぎるといいますか、金融政策に求められる役割が大き過ぎると感じる場面はあったのかどうか、その辺りも教えて頂けますでしょうか。

(答)
もちろん10年の間に様々なことが起こったことは事実です。例えば、石油価格が100ドルを相当超えた、120、130ドルだったと思うのですけれど、バレル当たり、それがどんどん下がって2015年、16年とどんどん下がって、確か16年の初め頃には30ドルぐらいになったと思うのですが、それはかなり消費者物価の押し下げの影響があったというふうには思います。それから2020年からのパンデミックというか、コロナ感染症の拡大。これは消費需要も減らしましたし、また生産や供給も減らしたということがあったわけですけれども、これも物価の上昇に対しては非常に大きな下押し圧力になったというふうに思います。2回の消費税増税も確かに増税前の駆け込み需要と、増税後の落ち込みとか、あるいは消費増税によるいわば実質所得の下押しということが消費や消費者物価に影響したことは事実だと思いますけれども、これはご承知のように、長期的にみれば、そういうことによって財政の信認が高まり、消費者の不安も減少するという面もありますので、あまり短期的なことで一概に言うことはできないと思います。そういう意味では、様々なことが起こったということは事実ですけれども、そうしたもとでも、やはり一貫して2%の物価安定目標の実現を目指して大幅な金融緩和を続けてきたということは間違ってなかったというふうに思います。

それから二番目のいわゆるアベノミクスの3本の矢ということで、金融緩和と機動的な財政運営そして成長戦略ということは、それぞれに行われてきたと思いますし、金融政策に過度の負担がかかったとかそういうことは思いませんが、もちろん、特に成長戦略の面は、構造政策ということですので、金融政策とか財政政策のようなマクロ政策と異なりますので、それはなかなかそう容易でもないし。それから様々なことが行われまして、それがプラスの影響を持ったと思うのですけれども、かなりタイムラグがあるというか、すぐに効果が出るようなものでもありませんので、その点は考慮する必要があると思いますけれども、3本の矢ということでアベノミクスを進めたということ自体は正しかったのではないかと思います。

(問)
総裁、10年間どうもお疲れ様でした。これまで10年間、様々な局面がおありになったかと思うんですが、これまで市場の対話という側面でですね、メディアの伝え方、世の中でのとらえ方を含めて、ご苦労されたこと、印象に残っている局面などはございますでしょうか。反省点などもあれば教えて頂けませんでしょうか。

また、そういったときにですね、日本の経済や金融市場に大きな影響力を持つ日銀の総裁という重責を伴うお立場で、どういった指針、先ほども緩和に縛られ過ぎたのだっていうような質問もありましたけども、どういった精神状態だったのか、どういうことを心がけていたのかということを教えて頂けますでしょうか。

(答)
このコミュニケーションにつきましては、よくBISの総裁会議でも各総裁たちがいろいろな悩みとか考え方を吐露して頂きまして、大変参考になったのですけれども。コミュニケーションは簡単ではないと思いますけれども、一番重要なことは、実際にその政策運営をする際に、何を目標にして、どのようにしようとしているかということを、やっぱり明確にはっきりと伝えるということに尽きると思うのですね。ですからその点、私としては、個人的には努力してきたつもりですけれども、必ずしも完全に市場とコミュニケートできたというつもりはありません。

総裁として云々というのはこれは個人的な話ですので何とも申し上げかねますが、私としては、政策委員会での議論、それからスタッフの方々のサポート、そういうことを通じて大変やりがいがあったというか勉強にもなったというふうに思っております。

(問)
いわゆる出口戦略について、二問お伺いしたいんですけれども、まず今日お示し頂いた経済・物価の見通しをみる限りは、少なくとも一度下がった物価上昇率が緩やかにプラス幅を拡大すると予測される23年度後半までは、出口戦略に向けた議論をするのは時期尚早というお感じでしょうか。過去の日銀は、非伝統的な緩和策を打ち出した後に修正が早過ぎたと批判を受けることもありましたけれども、新体制になっても、やっぱり正常化は、相当な目標達成に関して確信が持てるまで急ぐべきではないというお考えでしょうか。

あともう一問は、本来であれば総裁も任期中に物価安定目標を達成して正常化への模索を進めたかったと思うんですけれども、大量保有する国債とかETFの処理については手法も含めて後任に託すことになったと思うんですけれども、それについて所感をお願いします。

(答)
出口について云々するのは、時期尚早であると今でも考えております。もちろん出口という際には、他の中央銀行も同様ですけれども、政策金利をどのように調整していくかということと、拡大したバランスシートをどのように調整していくかというこの二つが重要なポイントになるわけです。それをどのようなテンポで、どのような組み合わせでやっていくかというのは、やはり実際に2%の物価安定目標が持続的・安定的に達成されるときになって、そのときの経済金融情勢に合わせて決めていくべきものだと思っております。先ほど来申し上げている通り、2023年度半ばにかけて物価上昇率はむしろ低下していって2%を割る可能性が高いわけですし、その後徐々に上昇していくのではないかというふうに考えております。従って、まだ今の時点で2023年とか24年の段階で出口になるとかならないとかいうのは適切でないというふうに思います。そこはもちろん、新しい総裁・副総裁のもとで、そういう状況になったときに適切な出口をされるということになると思います。

それから、その際に、先ほど来申し上げた通り、政策金利の調整と拡大したバランスシートの調整が課題になるわけですけれども、それは他の中央銀行をみても分かりますように、それぞれのやり方で、そのときの経済・金融情勢に合わせて適切に行っていかれるということだと思います。

(問)
黒田総裁、10年間お疲れ様でした。私からは、総裁の過去の発言に関連して二点お尋ねさせてください。黒田総裁は、総裁に就任する以前は根底的にデフレ・インフレは日本銀行の責任だという持論をお持ちでした。実際に総裁を10年間お務めになられた今でもこの思いは変わりませんか。

二点目は、総裁、以前、2%目標達成のためにやれることは全部やると発言していらっしゃいました。ご自身として10年の任期中にやり残したと思われること、あるいはやり過ぎてしまったなという反省などはございますか。

(答)
まず第一点については、私が申し上げていたのは、物価上昇、インフレなりデフレというものの原因について、金融政策だとか金融で全て決まると言ったわけではなくてですね、原因は様々なもとで起こりますし、現に98年から2012年までのデフレ、この背後には、例えば金融危機が収束される過程とか、それから異常な円高になったこととか、更には中国を中心とした新興国から非常に安い物資が日本のみならず世界中に供給されたとか、様々な理由があってデフレになっていたと思うんですけれど。ただ、物価の安定をする責任はやはりどこの国でも中央銀行にあるわけでして、原因が何であれ、物価の安定に向けて最善の努力をするという責任はやはり中央銀行にあるという点は、私は今でも変わらないというふうに思っております。

そして、過去10年の間にやれることはみんなやったというふうに言うかどうかというのは、やれること・やれないことというのは具体的には政策委員会で議論して決めるわけです。ただ、その際、議長の提案に基本的にサポートして頂いたという意味では、私としてやるべきことはやったというふうに思っております。

(問)
二点お願いします。一点目は、先ほどやはり春闘でこれまでにない動き、労使から声が出ているということで、これは相当前向きな動きだと思うんですけれども、そうすると日銀がみるところの物価の基調も少し動きが出てきて、変化が、やがては緩和の修正ができるような環境に向かいつつあるのか、そこら辺についてのご見解を伺います。

二点目は、市場機能といった副作用に対して、日銀は様々な工夫をしてきたとは思うんですが、今日の市場の動きをみても、やはり一部の10年債の利回りがマイナスになると、やはりちょっとイレギュラーな動きが大きいと思います。市場の歪みっていうものが解消されない中、12月の変動幅の拡大を受けて、日銀の早期緩和修正の観測が消えないということだと思うんですが、こういった歪みを考えると、低金利とか緩和は続けつつも、YCCの仕組みである必要があるのか、その辺りについてどうお考えでしょうか。

(答)
今春の労使交渉では、労働組合の賃上げの要求率も高まっておりますし、経済団体からも賃上げに前向きな発言が聞かれております。また、労働需給の引き締まり、あるいは物価動向を受けて、どの程度の賃上げが実現するか、これまでよりも高い賃上げが実現する可能性が大きいと思いますけれども、具体的にどういうふうになるかというのについて私から今申し上げるのは、ちょうど労使交渉が本格化しているときですので、差し控えたいと思います。いずれにしても、日本銀行としては、企業収益や雇用・賃金が増加する中で、物価も緩やかに上昇するという好循環を目指しているわけでして、その意味で、ベアを含めた賃金の動向はきわめて重要であるわけですけれども、物価安定の目標が持続的・安定的に実現できるかは、こうした単一の指標だけではなくて、やはり経済・物価情勢、その背後にあるメカニズム、先行きの見通しも含めて点検したうえで、判断していくことになるのではないかというふうに思います。

市場の機能につきましては、従来から申し上げている通り、そういったものについても十分配慮しつつ様々な対応をしてきたわけですけれども、12月の10年物国債の変動幅を±0.25%程度から±0.5%程度に拡大したわけです。そのもとで、特に1月の決定会合以降、イールドカーブの形状は、ひと頃に比べると総じてスムーズになってますけれども、歪みが解消するまでには至ってないということです。依然としてそうした機能度の問題が残っていることは事実なんですけれども、これは一部には、長らく±0.25%程度でイールドカーブ・コントロールの運営を行ってきたことも踏まえますと、新たな運営方針のもとで市場の金利形成が定着していくには、ある程度時間を要するのではないかというふうに思っておりますし、様々な手段を有効に組み合わせて機動的な市場調節運営を続けることで、市場機能は順次回復していく、あるいは改善していくというふうに考えております。

(問)
総裁、先ほど来2%目標が達成できなかった理由として、デフレマインドが強かった、物価・賃金が上がらないノルムというのが強かったというお話があったと思います。この点に関連して、当初は2年で達成できるというふうにお話もされていたわけですけども、想定と比べてどの辺りが誤算だったのか、その誤算が今どれだけ解消されたのか、あるいは残っているのか、少しできるだけ詳しくお話伺えたらと思います。

(答)
様々な検証の過程で、特に2021年の3月に実施した点検において、物価上昇率が高まりにくい背景として、予想物価上昇率に関するいわゆる適合的期待形成の状況とか、それから先ほど来申し上げた400万人を超える雇用が供給されたわけですけれども、そういった弾力的な労働供給が、ある意味で賃金の上昇を抑えた面もあったと。更には、企業の労働生産性向上によるコストの上昇圧力の吸収などの要因もあったということを点検で分析しているわけですが、ご案内の通り、足元では予想物価上昇率は上昇しております。更に、弾力的な労働供給による賃金上昇の抑制というのは、先ほど来申し上げているように、女性の就業率も米国を超えるような水準まで来ていますので、今後更に大幅な労働供給の増加が見込めるという状況にありません。そういったことも踏まえますと、賃金の上昇を伴ったかたちで、物価上昇が安定的・持続的に2%を達成されるような状況に近づきつつあるとは思っているのですけれども、まだそこまで至ってないということも事実であります。2年程度ということで始めたわけですけれども、その際にどうしてそういうことを申し上げたかというと、そもそも2013年1月の共同声明で、2%の物価安定の目標をできるだけ早期に実現するということに日本銀行はコミットしていたわけですので、2年程度の期間を念頭にというふうに期間にも言及しましたのは、やはりそれまでと比べて量・質の両面で思い切った金融緩和を行うというふうにしたことを踏まえたものであります。また、諸外国の例を見ましても、金融政策の効果が浸透する期間としては、2年程度のタイムスパンを考えながら物価安定の実現を目指すということは一般的であったわけです。そういう意味では、当時そういうことを標榜して明確なメッセージを打ち出して、大規模な金融緩和の実施を行ったということは、それなりの効果を発揮したというふうには思います。そういう意味で、そうしたことは誤っていたとは思わないのですけども、やはり先ほど来申し上げている通り、15年の長きにわたるデフレのもとで定着した物価・賃金が上がりにくいことを前提とした考え方・慣行がかなり根強くあったということは、予想した以上であったというふうに言えると思います。

(問)
黒田総裁、10年間大変お疲れ様でした。質問は二点あります。国会が、今日、次期総裁に承認した植田和男さんについてです。冒頭のお話で個人的なお付き合いをされていたというお話もありましたけれども、お人柄についてどのような印象を抱いているのか、伺えますでしょうか。

二点目については、植田さんは国会で金融政策について継続されていくというお考えを示されています。過去には、この国会答弁だけではなくて、様々な金融政策についての情報発信を行っているわけなんですけども、植田さんの金融政策を巡るお考えに、どのような印象を持っていらっしゃいますでしょうか。

(答)
まず第一点につきましては、確かに私、相当昔から植田教授をよく知っております。80年代の半ばに、確か大蔵省の財政金融研究所の主任研究官に出向しておられましたし、その後も、様々なコンファレンスでご一緒したこともあります。そして、もちろん1990年代の終わり頃から2005年までですか、日本銀行の審議委員をされましたし、最初に申し上げた通り、この10年ぐらいは金融研究所の特別顧問として様々なお付き合いもありまして、よく存じておりますし、素晴らしいエコノミストであると同時に、金融政策について精通しておられるというふうに信頼を申し上げております。

その意味で、二点目の金融政策あるいは金融緩和に関して様々なことを植田先生がおっしゃっておられました。それぞれの時期のそれぞれの課題について言われたと思うんですけれども、個々の植田教授の発言について、どうこうコメントすることは差し控えたいと思いますけれども、常に経済・金融の実態を踏まえて、いろいろな発言をしておられたということだと思いますので、総裁になられた後は、まさに足元の経済・金融・物価の実態を踏まえて、適切な政策運営がなされるのではないかというふうに期待しています。

(問)
総裁、10年間お疲れ様でした。少し前の話で恐縮なんですけれども、2015年に総裁は、飛べるかどうか疑った瞬間に永遠に飛べなくなると、ピーターパンの発言を引用されてスピーチをなさいましたけれども、信じ続けた結果ノルムが変化してデフレではない状況になったとお考えかというところが一点と、あとはやはり良かった点も含め、悪かった、副作用みたいなものも次の体制に引き継がれることになるわけですけれども、その辺りをどうお考えでしょうか。

(答)
今申し上げるのもちょっとどうかと思うのですけれども、ピーターパンの話は私が思いついたのではなくて、スタッフの方が思いついて入れて頂いたことで、私あまりそういうことに詳しいわけではないんです。ただ、先ほど来申し上げている通り、金融政策については、やはり何を目的にし、どういうふうにしようとしているかということを明確にしていくということは必要でありまして、そういう意味では、思ってないこととか信じてないことを言うというのは全く間違っていますし、ばかげていますので、あくまでも2%の物価安定の目標の実現を目指して、やれることは何でもやるということで強いコミットメント、決意を示すということは必要なことであると思っております。

副作用の云々につきましては、実はいかなる金融政策のあり方で、かつてのような公定歩合の操作とかそういうものであっても、それによって中長期の金利に影響を与えようとしているわけです。ですから、常に金融政策というのは、金融市場で決まってくる金利とか金融状況を変えようとしているのですね。そういう意味で、それを副作用といえば金融政策というのは必ずそうだということになってしまうのですね。われわれが考えている副作用というのは、そういう金融政策を通じることによって経済にプラスの影響を、金融の緩和であれ引き締めであれ、与えようとしているときに、いわば仲介される金融システム、金融市場が適切に機能しないと金融政策の効果を発揮できませんので、そういう意味で金融市場が十分機能するように心がけるということが一番重要だと思うのです。その意味で、わが国の金融システムは、銀行というか金融機関が中心のシステム、欧州大陸と同じですけれども、そこで金融機関の信用仲介機能というのはこの10年間も十分発揮されてきましたし、問題はなかったと思います。昨年来のいわゆる債券市場の機能度が低下したことについては、昨年12月のときにも申し上げたように、いろんな事情でそうなっているので、それに対してあのような対応を取ったということであり、何か副作用が非常に累積しているとか大きくなっているとか、そういうものはあまりあるとは私は思っておりません。

(問)
総裁、大変お疲れ様でした。総裁、デフレマインドというのは思ったよりも根強かったっていうお話だと思うんですけれども、10年前に始められたときの政策と今やってらっしゃる政策というのは、大きく違うと思います。総裁の中でこの10年でその政策に対して、政策観っていうのは総裁の中で、どう変わったのか、何かターニングポイントなどあればお願いします。もう一点、今日総裁にとっても最後の決定会合だったわけですけども、この間のG20のようなそのフェアウェル的な、何か、副総裁お二人も今日は最後ということで何かフェアウェル的な、そのセレモニー的なことは何かあったのか、差し支えない範囲で教えて頂ければと思います。

(答)
金融政策についてはですね、まさに一貫して量的・質的金融緩和というものをこの10年間続けてきたという面では変わってないと思いますが、テクニックとしては、例えば買入れの額を増やしたり、あるいは買入れ対象も多様化したり、あるいはイールドカーブ・コントロールというかたちにしたりいろんなことはありましたけれども、大規模な金融緩和を実現するための量的・質的金融緩和という面では変わってないと思います。その中で何かちょっと金融政策にとっての変化があったとすれば、最初の7年間とこの3年間、コロナ感染症による非常に大きな影響で、このもとではいわゆるコロナオペというものをきわめて大規模に行って企業の資金繰りをサポートしたと、これは大変成功したと思うのですけれども。この点だけは過去10年間全く同じようなというのではなくて、この3年間はコロナオペというものが量的・質的金融緩和に追加されて、コロナによる経済の低迷、企業の金融の困難さというものに対応したという点では違ったと思います。

(問)
総裁、10年お疲れ様でした。先ほどピーターパンのお話がありましたけれども、この10年、期待へ働きかけるというのは、一つ、総裁ポイントにおかれて、度々講演などでも強調してきた点だと思います。この期待への働きかけというところで、物価安定目標達成はできていないわけですけれども、誤算がどこかあったのか、どの程度効果を発揮したのか、お願いします。あともう一点、ちょっと話も出てなかったんですけれども、この10年財政規律が緩んだという、大量の国債の買いで財政規律が緩んだという指摘もありますけれども、この辺りへのご見解もお願いします。

(答)
期待の役割が非常に大きいというのは、これ別に私が独自で言ったというよりも、全ての金融論の先生が言っておられることです。私が50年前にオックスフォード大学に留学しているときに、ジョン・ヒックス名誉教授がゼミで、この期待がいかに重要かということを言っておられました。そのもとで先ほど来申し上げたように、賃金・物価が上がらないという一種の慣行というかノルムは、これが15年続いたデフレのもとで、かなり企業や家計に醸成されたということは、予想よりも強かったと思います。

(問)
今月中に任期を迎える二名の副総裁、あと副総裁職について、10年間中銀トップを務められている黒田総裁のお立場で、その役割にどのような期待を持たれていたのか、そして実際に果たされたと感じているのか、伺えればと思います。

(答)
二人の副総裁というのは、金融政策の執行につきましては、まさに総裁が政策委員会で決まったところを踏まえて行うということで、その面では総裁と二人の副総裁というのは完全に一体となって執行を行うということであります。他方で、金融政策そのものにつきましては、これ総裁も二人の副総裁もそれぞれ独立、インディペンデントで、政策委員会で様々な議論を行って、金融政策の決定に関与するということになっておりまして、いずれの面でも、かつての両副総裁、それから現在の両副総裁、大変立派な仕事をして頂いたというふうに思っております。

(問)
先ほど保有国債と保有ETFについて質問出ましたけれども、総裁のお答えが非常にあっさりされていたので改めてお尋ねするんですが、この10年間で国債500兆円、株ETFですね35兆円を買い上げており、日銀が買い上げたわけですけれども、これは明らかに大きな負の遺産としてですね、植田日銀に引き継がれると思うんですが、これについて何か反省のようなものはないんでしょうか。

(答)
何の反省もありませんし、負の遺産だとも思っておりません。

(問)
10年間ご苦労様でした。一点お伺いしたいんですが、10年間、物価目標2%に向けて大規模な金融緩和を行ってきたわけですが、この10年間達成できない中で、物価目標を掲げて、そこに向けて金融緩和を行っていく金融政策は万能ではないということなのか、それとも金融政策のみをもって解決できるものなんだとお考えでしょうか。

(答)
先ほど来申し上げている通り、物価に対する、物価を決定するファクターとしては様々なものがあって、金融政策だけでなくて様々なことの影響があるということは当然のことであります。ただ、物価を安定させるという責務が中央銀行にあるというのは、これはどこの国でも同じでして、日本でも、日本銀行法にですね、明確に、日本銀行は物価の安定を通じて健全な経済発展に資するということを政策の基本・目的としているわけであります。

(問)
次の総裁が経済学者ということであえてお聞きするんですが、総裁は経済学についてもいろいろ詳しいものと理解しておりますが、この10年の中央銀行のトップのご経験を踏まえて、経済学、特にいわゆる主流派経済学が金融政策についていろいろいっている理論とかそういうものを現実に適用したとき、ちょっと疑問だなと思うような点が、もしありましたら教えて頂けますでしょうか。

(答)
そういうことを申し上げるのはちょっと僭越だと思いますので、具体的なことは申し上げませんが、一方で、現時点でいわば全ての中央銀行総裁が経済学者というわけではなくて、パウエル議長はロイヤーですし、ラガルド総裁もアメリカの有名な法律事務所の会長をしておられたわけですし、実は私も法学部出身であります。ただ、そのことと金融政策を運営するうえでの技術というか、そういうものは必ずしも一定ではないと思います。ただ、経済学の知識というか、経済学の内容をよく知っているということは、やはり不可欠だと思います。金融政策の運営に当たってですね。そういう意味では、植田先生はまさに著名な経済学者であり、しかも日銀の審議委員も務められた方で、最適の方だというふうに思っております。

(問)
今日のお話の中で、ノルムの変化の兆しがあるというふうにおっしゃったと思うんですけども、このノルムが変化したと日銀が確認できるという時点になるには何が必要なのかと。つまり期待インフレ率とか、空気だとかっていうふうに言い換えられると思うんですけども、日銀は何をもってノルムが変化したんだというふうに言えるんでしょうか。例えば、来年の春闘でも同じような賃上げ幅があれば、そこで確認できるのか、何かめどがあれば教えてください。

(答)
先ほど来申し上げた通り、賃金上昇率というのは非常に重要なファクターであることは事実なので、まさに賃金上昇を伴うかたちで2%の物価安定目標が持続的・安定的に達成されるということが、われわれの目標であることはその通りでありますので、当然、賃金上昇率というのはきわめて重要なファクターだと思いますが、ただ、金融政策を決定する際には、先ほど来申し上げている通り、そういったことの背後にある経済のメカニズムであるとか、それから賃金・物価の足元の状況だけでなくて、今後の見通しとか、様々な状況を総合的に判断して金融政策を決定していくということになると思いますので、賃金上昇率だけが金融政策の決定要因になるということではないと思います。先ほど来申し上げている通り、予想物価上昇率も上がってきていますし、それから賃金上昇率も実は昨年かなり上がっているわけですね。そうしたもとで、春闘に向けてかなり今前向きな動きも出ているということも事実なんですね。ただ、その一方で、それがまさにデフレ期に醸成されたノルムが完全に消滅したと言えるかどうかというのは、まだもう少しよくみてみないといけないと思いますし、何よりも重要なことは、そういった賃金・物価の上昇のメカニズムというか、その先行きというか、そういうものを十分分析して、総合的に判断する必要があるということだと思います。

以上