このページの本文へ移動

【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営

English

青森県金融経済懇談会における挨拶

日本銀行副総裁 山口 廣秀
2011年2月23日

目次

1.はじめに

日本銀行の山口でございます。本日は青森県の行政および金融・経済界を代表する皆様にお集まりいただき、懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また皆様には、日頃より、青森支店による様々な業務運営にご協力をいただいております。この場をお借りして、改めてお礼申しあげます。

今回私は、東北新幹線で当地に参りました。新幹線全線の開業は皆様が心待ちにされていたものであり、開業に際しての感慨はひとしおであったと推察いたします。地域経済の活性化に向けて、新幹線の効果を最大限引き出すべく、当地の豊かな観光資源の整備や広報活動などに取り組まれていると伺っています。

ところで、日本銀行の青森支店は、1965年から68年、「戦艦大和ノ最期」という著作で作家としても有名であった吉田満が支店長を務めました。吉田は、「青森讃歌」という作品も残し、その中の「青森県経済の診断書」という章で、当地経済の潜在力と課題について論じた後、最後にこう書いています。「『青森の持つ無限の可能性を自分たちの手で掘り起こす』ことは、ここに住む人の最もたのしい使命なのではないだろうか」と。この言葉は、「青森県」を「日本」と読み替えても、そして40年以上を経た現在でも、私たちの心に響きます。皆様方が青森県経済のもつ潜在力を引き出そうと努力されているのと同様に、日本経済全体でも、その潜在力を掘り起こし、持続的な成長への道筋をつけることが、大事な課題となっているからです。

本日は、このような問題意識を念頭において、内外の金融経済情勢と日本経済の中長期的な課題についてご説明し、そのうえで、日本銀行の政策対応についてお話させて頂くこととします。

2.世界経済の動向

世界経済の現状と先行き

まず、世界経済の動向から話を始めさせていただきます。

昨年の世界経済を振り返ってみますと、年前半は、リーマン・ショック後の大幅な落ち込みから回復する過程を辿りましたが、夏から秋にかけて、そのテンポは鈍化しました。景気回復の初期にみられる急速な立ち上がり局面が一段落したことや、自動車購入への補助金など、各国が危機対応として講じた需要刺激策の効果がほぼ出尽くしたことなどが背景です。

しかし、昨年秋以降、世界経済はこうした一時的な減速局面から脱出し、再び成長率を高めてきています。

地域別にみますと、新興国・資源国では、昨年秋以降、成長テンポが再び加速してきています。消費活動が、家計の所得水準の向上などを背景に活発であるほか、投資活動も道路・鉄道等の社会インフラ整備や工場の機械設備など幅広い分野で高い伸びを続けています。加えて、先進国の大規模な金融緩和策を背景に、先進国で有利な運用機会を見出せない資金が流入しており、これが資産取引や投資活動を通じて経済活動を刺激していることも、こうした国での景気拡大を促しています。

先進国に目を転じますと、米国経済は、緩やかな回復を続けています。輸出が新興国向けを中心に増加を続けているほか、個人消費をみても、昨年末のクリスマス商戦は2000年代半ば以来の高い伸びとなりました。昨年夏場には、米国景気に関して悲観的な見方が強まりましたが、米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度)が大規模な金融緩和政策を実施したことや、減税措置の延長という財政面の措置が講じられたこともあって、悲観論は急速に後退し、むしろ楽観論が台頭しています。そうした中で、株価も上昇しています。欧州をみますと、ギリシャ、アイルランドなど周縁国と呼ばれる国々では、後ほど触れるような深刻な財政問題に直面し厳しい経済運営を余儀なくされていますが、ドイツなど主要国は、新興国向けの輸出の増加を主因に好調な展開を辿っています。欧州全体としてみると、このように国々の間のばらつきを伴いながらも、緩やかな回復を続けています。

先行きも、世界経済は、高成長を続ける新興国・資源国に牽引されるかたちで、高めの成長を続ける蓋然性が高いとみています。ちなみに、IMF(国際通貨基金)では、世界経済の成長率について、昨年5%成長を達成した後、本年、来年ともに4%を上回る高い伸びを予想しています。この数字は、2008年の金融危機の前まで数年間続いた歴史的な高成長に匹敵するものです。

世界経済の先行きを巡る不確実性

もっとも、こうした見通しには、様々な不確実性があります。

第1の不確実性は、新興国・資源国経済を巡る過熱リスクです。中国をはじめとするこれらの国では、高い成長や資本流入が続く中で、インフレや資産価格の上昇など経済の過熱現象が目立ってきています。このため、多くの国で、金融緩和策の修正が進められていますが、景気の過熱やインフレに対する懸念は十分払拭されていません。こうした引き締め方向での政策運営を通じて経済の過熱をうまく抑制できなければ、やや長い目でみると、行き過ぎの反動が大きくなり、急激かつ大幅な景気調整を余儀なくされるリスクがあります。

第2の不確実性は、先進国経済に関するものです。米国・欧州では、2000年代半ばにかけて、不動産価格などの資産価格が上昇する中で、家計が過剰な借入れや住宅購入を行うとともに、金融機関も、今から見れば過度に貸出を増加させました。いわゆる信用バブルの発生です。この信用バブルが弾けたことが、リーマン・ブラザーズ破綻以後の金融危機の発生と経済の落ち込みをもたらしました。家計は、住宅価格の下落によって傷んだバランスシートを修復するため、借入金の圧縮を続けざるを得ません。また、金融機関も、多額の不良債権処理に追われ、新規の貸出に対して慎重になっています。わが国が90年代以降に経験したように、経済がいったんバランスシート調整という重石を抱えると、景気は上に弾みにくく、下に振れやすい状況が続く可能性が大きいと考えられます。先ほど述べたように、米国では、最近、好調な経済指標などを受けて、先行きに対して楽観的な見方が強まっていますが、先行きこうした楽観論が修正される可能性も否定できません。また、ギリシャやアイルランドなどの欧州周縁国では、ソブリン・リスクと呼ばれる財政悪化問題に直面しています。信用バブルによる投資ブームの中で、政府が外国から過大な借入れを行ったことや、バブル崩壊後の危機対応の過程において、政府が民間金融機関のリスクや債務を肩代わりする形で財政支出を大幅に拡大したことなどが背景です。この問題も政府部門における一種のバランスシート調整とみることができます。財政悪化問題の解決には相応の時間がかかるため、その間、こうした問題に対する懸念の広がりが、国際金融資本市場に与える影響に注意が必要です。

第3の不確実性として、国際商品市況の動向と、これが世界経済・物価動向に与える影響が挙げられます。国際商品市況は2009年初以降、上昇基調を続けています。とくに昨年秋以降は、食料品等を中心に上昇テンポを速めており、一部の非鉄金属や穀物は、過去のピークである2008年夏頃の水準ないしはそれを上回る水準となっています。新興国・資源国の高成長による需要の増加に加え、天候不順による穀物供給の減少などがその背景ですが、先進国の大規模な金融緩和が続く中で、投資資金の一部が、商品先物市場に流入していることも、国際商品市況の上昇を後押ししているとみられます。いずれにしても、国際商品市況が今後どのような展開を辿るか、そして先進国あるいは新興国などの景気や物価面に具体的にどう影響を及ぼしていくかについては、中東情勢などの先行き不透明感もあり、目下のところ予断を許さないといってよいと思います。

3.日本経済の動向

景気の現状と当面の見通し

次に、以上のような世界経済の動向を踏まえて、日本経済の動向について、お話します。結論をやや先取りして申し上げると、当面の短期的な景気の見通しについては、やや楽観的にみていますが、中長期的には慎重にみざるを得ないというのが、私の現時点での認識です。最初に、景気の現状についてです。

わが国経済は、昨年秋頃までは比較的はっきりと持ち直していましたが、秋から年末にかけて、そうした景気改善の動きに一服感がみられ、踊り場ともいえる状況となりました。世界経済の成長率が幾分減速するもとで、パソコンなどの情報関連財の在庫調整の影響もあって、韓国や台湾向けの機械や電子部品などを中心に輸出が弱めの動きとなりました。また、エコカー補助金の終了に伴う自動車の駆け込み需要の反動減があったことも、大きく影響しました。先週初に公表された、2010年10〜12月期の実質成長率は、前期比−0.3%と5四半期ぶりのマイナスとなり、GDP統計でもこうした動きが確認されました。

もっとも、年明け後に公表された経済指標をみると、景気は、踊り場から徐々に脱しつつあるようにうかがわれます。輸出は、12月は、地域別にみても、財別にみても、ほぼすべてで高い伸びとなるなど、増加基調に戻りつつあります。生産は、こうした輸出の動きもあって、11月以降増加が続いています。個人消費については、薄型テレビ等の家電の販売額が、エコポイント制度の見直し直前の11月に前年の倍近くまで大幅に伸びた後、その反動で12月以降は減少しています。一方、自動車販売は、駆け込み需要の反動減から大幅減少となった10〜11月を底に少しずつ回復しています。企業の設備投資や家計の住宅投資は持ち直しつつあります。日本銀行は、四半期に1度、支店長会議を開いていますが、1月の支店長会議では、「スマートフォンやタブレット端末向けが好調であり、電子部品などの在庫調整には目途が立ちつつある」とか、「新興国から工作機械などの注文が増えている」といった企業経営者の明るい声が聞かれるようになっているとのことでした。

先行きについては、海外経済の高い成長を背景に、早晩踊り場から脱し、緩やかな回復経路に戻っていくと予想しています。

物価動向

続いて、物価動向についてご説明します。わが国の消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、2009年夏には−2.4%と大幅に下落しましたが、その後、景気回復に伴い需要と供給のバランスが徐々に改善してきているため、下落幅が着実に縮小してきています。最近公表された12月の数字は、一時的な要因である高校授業料無償化の影響を除くと、前年比+0.1%となっています。先行きについては、景気が緩やかな回復経路に復していくとみられる中、国際商品市況が上昇基調にあることも踏まえると、消費者物価の前年比は2012年度にかけて徐々にプラス幅を拡大させていく見込みです。ただ、本年8月には消費者物価指数統計の5年毎に行われる基準改定が予定されています。この5年間で、薄型テレビをはじめ価格の下落幅が大きい商品の消費ウェイトが高まっており、この要因が基準改定時に反映されることなどから、消費者物価の前年比は下方改定される可能性が高いとみています。この点も含め、デフレ克服が見えてくるまでには、なお紆余曲折がありそうです。

4.日本経済の中長期的な再生に向けて

成長率の趨勢的な低下とその背景

以上、わが国の景気が当面踊り場の局面から脱しつつあるとみられること、物価面でもデフレ状態がとにもかくにも改善しつつあることを申し述べました。しかしながら、こうした見方が実感と合わないとお感じになる方も少なくないかもしれません。ひとつには、景気回復が、輸出主導による大企業・製造業中心のものであり、国内の民間需要や地域経済に波及していくにはなお時間を要するという事情があるかと思います。ただ、おそらく皆様方の最大の懸念は、日本経済の将来の成長やそれを牽引する産業構造の展望がなかなか拓けない、その結果として地域経済の先行きの姿を描くことが難しい、ということではないでしょうか。先程、日本経済について、中長期的には慎重という私の認識を述べましたが、この点、皆様方の懸念と多少とも符合するのではないかと思います。そこで、次に、日本経済の中長期的な成長という問題に話を進めることとしたいと思います。

実際、日本の経済成長率をみますと、年平均でみて70年代の5%程度、80年代の4%台、90年代には1%台半ばへと大きく低下し、2000年代には1%に満たないものとなっています。

成長率がこのように趨勢的に低下しますと、企業や家計の成長期待や所得の増加期待が低下し、その分投資や消費などの支出活動が慎重になります。これが長期にわたる経済の需要不足の問題を生じさせており、デフレの根源的な要因にもなっています。財政面でも、成長率の低下が、税収の減少などを通じて、財政赤字の拡大につながっています。成長率の低下が、一過性ではなく、長期にわたっていることは、日本経済の成長する力そのものが弱まっていることを示しています。

日本経済の成長力が弱まった理由については、規制改革の遅れなどの制度的要因を挙げる声や、日本的経営や労働慣行を問題視する声、さらには教育のあり方論に至るまで、実に様々な要因が指摘されています。そうした要因が複雑に絡み合っていることは確かですが、大きく整理すれば、次のようなことが言えるのではないかと考えています。すなわち、高度成長期に適合するように形成されたわが国の様々な制度・慣行・企業の行動原理が、90年代以降進んだ2つの大きな環境変化に十分適応することができなかったのではないか、ということです。その2つの環境変化とは、第1に、グローバルな競争の激化、第2に少子高齢化の進展という人口動態の変化です。

第1のグローバル競争の激化は、80年代末頃から進みました。高度成長期は、わが国には米国・欧州以外に強力なライバル工業国が存在しませんでした。このため、わが国の企業は、米欧の先進技術を導入したうえで、相対的に安い資本・労働コストのもとで、低価格・高品質の大量規格工業製品の輸出を伸ばすという競争戦略をとり、それが当時は最適なものでした。しかし、中国などの新興国が市場経済の仲間に加わるなど市場経済のグローバル化が急速に進むとともに、情報・通信技術が飛躍的な発展を遂げる中で、世界経済は、いわゆる大競争時代に入りました。資本・労働コストの削減競争が激しくなると同時に、情報・通信技術を活用して、世界中の企業が収益機会を求めてしのぎを削るようになりました。世界の他の企業よりも一歩でも早く新しい分野を切り開き、そこに人材や資本などの経営資源を迅速かつ重点的に投じることができなければ、高い利潤を享受することは難しくなりました。まさに選択と集中が強く求められる時代に入ったということです。

第2の環境変化は、人口の減少と少子高齢化の進展です。わが国の生産年齢人口、つまり15歳から64歳の働き手の人口は90年代半ばから減少に転じ、総人口も2007年にはピークをつけました。このことは、高齢化が急速に進んでいるということにほかなりません。人口に占める65歳以上の高齢者の比率は、1980年には9%でしたが、2009年には倍以上の23%にまで上昇しました。このままでいくと、高齢者比率は、2050年にはほぼ40%にまで上昇することが見込まれています。高齢化の進展は、働き手の不足という点で経済の供給面から成長の制約要因となります。こうした制約への対応としては、女性の労働参加率の引き上げや外国人労働者の受け入れなどに一層取り組んでいく必要があります。またそれと同時に、高齢化は、消費需要の中身を大きく変化させるなど、経済の需要面にも大きな影響を及ぼします。例えば、住宅、自動車、外食に対する需要が減少する可能性がある一方、医療や介護、さらには、高齢者向けの旅行などは需要が増加することが見込まれます。このような商品やサービスに対する需要のシフトという大きな変化に、企業がどう対応していけるかが、勝ち残りの鍵になるといえます。

結局のところ、今程述べた2つの環境変化は、経済成長の源泉となる分野が大きく広がることを意味しています。日本や米欧などの先進国から新興国を含むより広い世界へ、また、国内に目を向ければ、若年層や中年層中心のマーケットから高齢者層を含むより広範なマーケットへと成長の源泉となる分野が拡大していくことになります。日本経済の成長力が90年代以降低下したということは、わが国の企業が、こうした環境変化に対し十分適応することができなかったということです。

必要な対応の方向性

日本経済に生じている大きな環境変化とその影響を、このように整理してみると、需要構造の変化への対応が日本経済の成長力を底上げしていくうえで、重要な鍵を握っていることがわかります。この点、企業ができるだけ自由な発想で新しい分野にチャレンジし、人材や資本などの経営資源を円滑に移動できる環境を整備することが大事です。

いくつか重要と考えられる課題を挙げますと、まず、規制緩和の推進は、引き続き重要な課題です。これまでも、携帯電話や宅配便など、規制緩和を受けて市場が拡大した分野もありました。今後、有望な分野としては、医療・介護や教育などがよく指摘されています。もちろん、これらの分野では、安全性や公平性などに配慮して制度を設計することが求められますが、幼稚園と保育園の一体化が難しいといった事例からもわかるように、規制が民間企業の創意工夫の余地を狭めてきた面があることも事実です。また、高齢化の進展は、旅行と医療・介護といった異なる分野での連携の拡大を通じて、新たな需要を掘り起こす面もあると思います。業種横断的なビジネス・モデルの創造を阻害しないよう、規制を不断に見直す努力が不可欠です。

また、創造的な企業活動を進めるうえでは、人材と資本・資金の双方について、資源が円滑に移動できる環境を整備することが重要です。人材については、雇用が過剰となっている業種がある一方で、介護のように人手不足に悩む業界も存在しています。そうしたミスマッチ解消のためには、転職をより容易にするなど、労働市場の柔軟性を一段と高めていく必要があります。わが国経済の弱点は、こうした市場の柔軟性の乏しさが、随所にみられることです。また、失業対策などのセーフティーネットの拡充は、新たな事業分野に挑戦する人材を生み出すうえで重要です。リスクを取って挑戦する人々を社会全体で支えていく仕組みがなければ、新たな分野への人的資源の移動も進みません。

資本・資金についても、成長分野にそれらが円滑に流れる環境が大事です。将来性のある事業や投資分野を発見し、そこに資本・資金を配分していくのは、金融市場の基本的な機能です。資金調達などを行う企業にとっては、金融機関や市場から資金を得ることで、新しい事業に取り組むためのハードルが低くなります。一方で、収益性の低い事業などに対しては、それに応じた厳しい条件を付すことで、企業に対し収益性向上へ向けた取り組みを促すことも可能となります。この点、とくに金融機関に対しては、しっかりとした目利きを行ったうえで、将来性のある事業などに、柔軟に資金を提供していくことが求められています。また、新たな成長分野を育て上げていくためには、いわゆるリスク・マネーの存在が不可欠です。株式や社債、あるいは企業が保有する売掛債権や不動産などの資産を担保に発行する資産担保証券といった多様な金融市場を整備していくことが重要だということです。

以上のような対応を図っていくことは、容易ではありませんが、日本経済の低迷がここまで続き、先行き一段の高齢化の進展という重たい課題を負っていることを考えれば、一刻の猶予もなりません。本日は詳しく触れませんでしたが、財政再建も忘れてはならない大きなテーマです。財政状況の悪化は、現役世代を中心に将来の所得増加期待を低下させ、支出を抑制する要因になります。財政再建を通じて、企業や家計の先行きへの安心感を醸成していくことができれば、支出活動も活発化し、成長力を高めることにも資すると考えられます。わが国の成長力向上に向けて、私ども日本銀行も含め、幅広く危機感を共有し、問題解決に取り組んでいくことが重要であると認識しています。

5.日本銀行の政策対応

次に、日本銀行の政策対応について、ご説明します。

日本銀行は、景気の回復とデフレ克服という課題だけでなく、成長力の底上げという中長期的かつ構造的な課題の克服に向けても、様々な政策を講じてきています。これは、先ほども申し述べたとおり、デフレの根源には、成長力の低下という問題があると考えているためです。

まず、日本銀行は、昨年10月に、「包括的金融緩和」という強力な金融政策のパッケージを採用しました。具体的には、まず、政策金利である無担保コールレート・翌日物の金利水準を0〜0.1%という実質的にゼロの水準としています。また、日本銀行は、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質的にゼロ%の金利水準を継続することを約束しています。これにより長めの金利の低位安定を促すことができると考えています。さらに、国債のような安全資産に加え、CP、社債、株価指数に連動する投資信託や不動産の投資信託などのリスク資産を購入するための基金を設け、本年末までに、低利の固定金利による資金供給と併せ、全体として35兆円の規模にすることとしています。この措置は、長めの金利に働きかけるとともに、先ほど申し述べたような成長力底上げの観点も踏まえ、リスク・マネーの流れを活性化する効果も期待したものです。この措置のうち、とくにリスク資産の購入は、中央銀行としては異例のものであり、早期のデフレ脱却のために敢えて踏み切ることとしたものです。

また、昨年、「成長基盤強化支援のための資金供給」という新しい日銀貸出の枠組みを導入しました。これは、成長基盤の強化に資する投融資に取り組む民間金融機関に対し、日本銀行が、長期かつ低利の資金を供給するという措置です。これまでの2回の資金供給によって、貸出残高は約1.5兆円となっており、来月初には、第3回目の資金供給を実施する予定です。金融機関では、この資金供給への参加を機に成長分野の投融資を扱う専担部署を立ち上げるとか、新たな投融資枠を設けるなど、積極的な推進体制を整備する動きがみられています。また、企業サイドでは、成長分野に向けて設備投資を積極化する動きもみられるようになっているとのことです。このような新しい動きが現われる中で、わが国経済にとっては成長力の底上げが喫緊の課題である、との認識が拡がりつつあるようにうかがわれます。こうした認識の変化も含めて、この資金供給の枠組みは、所期の「呼び水」的な効果を発揮し始めているように思われます。日本銀行としては、今後とも成長基盤強化のためにどのような工夫があり得るか、検討を続けていく方針です。

6.おわりに

以上、内外の金融経済情勢や日本経済の中長期的な課題、日本銀行の金融政策運営についてご説明してきました。最後になりますが、支店からの報告などを通じて、私なりに感じている青森県経済の潜在力についてお話させていただきます。

青森県は、2030年における姿を掲げた、「未来への挑戦」という基本計画において、食、エネルギー、観光の3つを主要産業と位置付けています。

食産業では、加工から流通まで一貫した生産販売体制を整備し、農漁業の収益性向上を目指しておられると伺っています。また、新興国向けを中心に、輸出拡大に向けた取り組みも進められているようです。例えば、りんごについては、高級果物としての青森ブランドの浸透に成功されており、今後一層の輸出拡大が期待されています。

エネルギー産業については、原子力発電が既に地域の基幹産業として確立され、現在も複数の原子炉が建設中であるほか、日本で唯一、世界でも4つ目の核燃料サイクル関連施設の稼働に向けて準備が進んでいます。風力発電についても、全国一の発電量を誇っており、当地は再生可能エネルギー分野のまさに最先端を走っています。

観光産業をみると、十和田湖や恐山など魅力ある観光地がいくつも存在します。また、ねぶた祭りなどの文化や豊かな海の幸にも恵まれており、東北新幹線が全線開業となったことを契機に、観光客の一段の増加が展望されています。観光は、国内の需要ばかりでなく、アジアなどの新興国需要を取り込むためにも、有力な手段と考えられます。

この間、青森県の金融機関は、日本銀行の成長基盤強化支援のための資金供給も活用して、介護を中心とした医療・福祉関連や、農業も含めた食関連などにおいて、積極的に企業を支援していると聞いています。

当地は、このように多様な取り組みを進める中で、成長著しいアジア各国の活力も取り込みながら、その潜在力を発揮させてきています。今後とも、皆様のより一層のご活躍と発展を強く期待しています。

日本銀行としては、引き続き、様々な経済活動を金融面からしっかりサポートし、わが国経済が物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰できるよう、中央銀行としての貢献を粘り強く続けていきます。

本日は、ご清聴ありがとうございました。