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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

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高知県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 森本 宜久
2013年2月20日

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.最近の金融経済情勢
    1. (1)海外情勢
    2. (2)日本経済・物価情勢
    3. (3)先行きの見通しに対する不確実性
  3. 3.「物価安定の目標」のもとでの金融政策運営
    1. (1)2%の「物価安定の目標」の導入について
    2. (2)緩和的な金融環境の実現 ― ゼロ金利継続と資産買入の強化 ―
    3. (3)政府と日本銀行の政策連携の強化
    4. (4)緩和的な金融環境の活用 ― 貸出支援基金による後押し ―
    5. (5)金融緩和の量的な側面
  4. 4.おわりに ― 高知県経済について ―

1.はじめに

日本銀行の森本宜久です。本日は、高知県の行政および金融・経済界を代表する皆様方にご多忙の中お集まり頂き、お話しする機会を賜り、誠にありがたく、光栄に存じます。また、皆様には、日頃より高知支店による業務運営に多大なご協力を頂いております。この場をお借りして、厚くお礼申し上げますとともに、今後ともご指導を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

さて、日本銀行では、総裁、副総裁および政策委員会審議委員からなる「政策委員」が、できるだけ頻繁に各地を訪問し、私どもの政策についてご説明申し上げ、そして直接ご意見をお聞きして、政策判断に活かすこととさせて頂いております。本日の懇談会もそうした趣旨で開催させて頂きました。

本日は、まず私から、マクロ的な内外経済の現状、先行き見通しとリスク要因についてお話しさせて頂き、次に日本銀行の金融政策についてご説明させて頂きます。そして、最後に、高知県経済についても若干触れさせて頂きたいと思います。その後は、皆様方から当地の実情に即したお話や、忌憚のないご意見を承りたく存じます。よろしくお願いします。

2.最近の金融経済情勢

(1)海外情勢

国際金融資本市場

まず、わが国の経済を左右する国際金融資本市場や海外経済の動向についてお話しさせて頂きます。国際金融資本市場では、欧州債務問題を背景に、昨年夏場にかけて神経質な動きが続いていましたが、秋以降、ひと頃意識された「ユーロ崩壊」といったテール・リスクは後退しています。この背景には、欧州中央銀行による国債買入スキームが打ち出され、スペイン、イタリア等の周縁国を始めとした国債市場の安全弁として機能しているほか、金融システムの安定につながる単一の銀行監督メカニズムの構築についても合意に達するなど、ユーロ圏をより安定した経済・金融圏として強化・再構築していくうえでの議論や対応が進みつつあることが作用しています。最近では、欧州中央銀行が危機対応として昨年初にかけて実施した期間3年の無制限資金供給の繰り上げ返済が市場の想定を上回るペースで進むなど、金融システムにも安定化の動きがみられます。また米国においては、「財政の崖」が回避され、投資家のリスク回避姿勢が後退しています。もっとも、これらについては様々な不確実性が内在しており、今後の市場の動向を引き続き注意していく必要があります。

海外経済の概況

こうしたもとで、海外経済は、昨夏にかけては欧州債務問題で神経質な動きがみられたこともあって、多くの国で景気減速の度合いが強まりました。その後も海外経済の減速が続いてはいますが、足もとでは、ユーロエリアの停滞が続く一方で、米国や中国などでは明るい動きもみられています。先行きについても、国際金融資本市場が総じて落ち着いて推移するとすれば、海外経済は減速した状態から次第に脱し、緩やかな回復に転じていくとみています。

ユーロエリア経済

地域別にみると、ユーロエリア経済については緩やかに後退しています。周縁国を中心とした財政と金融システム、実体経済の間の負の相乗作用が続く中で、企業や家計のマインドは慎重化しました。今後も緊縮的な財政運営が続くことを踏まえると、当面は緩やかな後退が続くと考えられます。もっとも、金融資本市場の緊張感が和らぐもとで、ドイツなどコア国の企業マインドには改善の動きも窺われています。先行きは、域外経済の持ち直しに伴って、コア国を中心に輸出を起点として徐々に後退局面を脱していくものとみています。

米国経済

次に米国経済は、緩和的な金融環境が下支えするもとで、家計部門を中心に緩やかな回復が続いています。年初に給与税減税が失効した影響などから家計のマインドには弱さがみられますが、雇用環境が緩やかながら改善しており、自動車販売が好調を維持する等、個人消費は底堅く推移しています。また、住宅関連も、低水準ながら持ち直しの動きが続いています。企業部門では、「財政の崖」回避により、財政面から急激な引き締め措置が講じられるリスクが後退したこともあってマインドが改善しており、設備投資の減速にも歯止めがかかりつつあります。先行きの米国経済は、緩和的な金融環境にも支えられ、回復が続くとみられます。ただし、外需が力強さを欠く上に、財政面からの下押しも働き続けることなどから、そのテンポは当面、緩やかなものに止まる可能性が高いと思われます。

中国、NIEs・ASEAN経済

新興国経済をみると、中国経済は、堅調な内需を背景に安定化しつつあります。インフラ投資や小売売上高が増加傾向にあるなど、内需が全体として底堅く推移しており、輸出入にも底入れの兆しが窺われています。こうした内外需要のもとで、工業生産も安定化しつつあります。先行きは、昨年半ば以降の金融緩和や公共投資の前倒しといった政策効果もあって、内需は引き続き堅調に推移するとみられます。こうした中、在庫調整が進捗し、輸出も次第に持ち直していくもとで、回復がより鮮明になっていくと考えられます。ただし、新体制では、成長の「質」を重視し、バランスのとれた成長を志向する方針を打ち出しており、中国経済の成長テンポは、2000年代半ばの高成長と比較すれば、抑制されたものになると見込まれます。NIEs・ASEAN経済については、企業部門を中心に持ち直しの動きが緩やかですが、底堅い個人消費が下支えするもとで、徐々に成長ペースを取り戻していくとみています。

(2)日本経済・物価情勢

経済情勢

次に、こうした海外経済のもとでの日本経済についてお話しさせて頂きます。日本経済は、リーマン・ショックからの回復途上において、東日本大震災により再び大きく落ち込みましたが、その後は急速に回復し、昨年前半には高めの成長となりました。しかし、昨年後半に入ると、海外経済減速の影響を受けて輸出・鉱工業生産が大きく減少し、景気全体としても弱めの推移となりました。もっとも、このところ、こうした動きに歯止めがかかりつつあります。すなわち、米国や中国など海外経済に持ち直しに向けた動きもみられる中、輸出の減少ペースは緩やかになってきています。また、個人消費は底堅く推移しており、エコカー補助金の終了に伴う反動減の影響も剥落しつつあります。この間、公共投資は増加を続け、住宅投資も持ち直し傾向にあります。

先行きのわが国経済は、各種経済対策が国内需要を下支えするほか、海外経済が減速した状態から脱していくにつれて、輸出や鉱工業生産が持ち直しに転じ、設備投資や個人消費にも波及していくと考えられます。さらに、足もとの為替相場の動きも、輸出や企業収益などの下支えに寄与すると考えられます。こうしたもとで、わが国経済は、当面横這い圏内になったあと、年央にかけて緩やかな回復経路に復していくとみられます。

経済成長率は、2013年度についてみると、各種経済対策の効果や為替相場の動きなどから高めの成長となるとみています。2014年度は、消費税増税に伴う駆け込み需要の反動などから伸び率を縮小させつつ、潜在成長率を上回ると考えています。日本銀行が1月に公表した経済見通しでは、実質GDPの成長率についての政策委員見通しの中央値は、2013年度+2.3%、2014年度+0.8%となっています。

物価情勢

次は物価情勢です。消費者物価(除く生鮮)の前年比は、概ねゼロ%となっています。当面、前年にエネルギー価格が上昇したことや耐久消費財の動きの反動からマイナスとなったあと、再びゼロ%近傍で推移するとみられます。もっとも、やや長めにみれば、景気回復に伴うマクロ的な需給バランスの改善によりプラスに転じ、2014年度には徐々に上昇率が高まっていくとみています。日本銀行が1月に公表した物価見通しでは、生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比(消費税引き上げの影響を除くベース)についての政策委員見通しの中央値は、2013年度+0.4%、2014年度+0.9%となっています。

(3)先行きの見通しに対する不確実性

以上の経済の中心的見通しに対しては、上下双方向の不確実性があります。とりわけ海外経済の動向と企業や家計の中長期的な成長期待に関する不確実性への目配りが重要です。海外経済に関しては、欧州債務問題等の不確実性が残るほか、今後の日中関係の動向にも十分な注意が必要です。また、中国については、今後、安定成長に円滑に移行することができるかも大きなポイントです。製造業の過剰設備や農村部の余剰労働力が解消した後の労働需給、さらには資源需給など、様々な構造変化に直面し始めることから、これらが経済の制約要因となることに注意が必要です。一方、米国におけるシェール革命はエネルギーや原材料価格の下落を通じて経済を浮揚させていく可能性があります。また、わが国経済については、当面は各種経済対策が成長率を押し上げますが、この間に規制改革などを通じて、企業や家計の中長期的な成長期待を高め、前向きの循環につなげていくことができるか、その達成度合いによる影響が考えられます。物価情勢についても、これらの実体経済面のリスク要因が顕現化する場合には、需給バランスも含めて相応の影響が及ぶことに注意が必要だと考えています。

3.「物価安定の目標」のもとでの金融政策運営

次に、こうしたもとでの金融政策運営についてお話しします。日本銀行は、デフレからの早期脱却と物価安定のもとでの持続的成長の実現に向けて、強力な金融緩和を推進しています。先月の金融政策決定会合では、金融緩和を思い切って前進させることとし、これまでの「中長期的な物価安定の目途」に代えて、新たに「物価安定の目標」を導入するとともに、資産買入等の基金について「期限を定めない資産買入れ方式」を導入することを決定しました。また、政府とともに「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について」という共同声明を公表しました。さらに、日本銀行は、金融機関の貸出を強力に支援することを通じて、緩和的な金融環境を活用する動きが確実に拡がっていくよう取り組んでいます。ここでは、それぞれの施策の狙いや背景にある考えをお話ししたいと思います。

(1)2%の「物価安定の目標」の導入について

「物価の安定」とは

まず「物価安定の目標」についてお話しします。日本銀行は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」ことを基本理念として金融政策を運営しています。まず、私どもが「物価の安定」と考える状態がどのような姿であるのか、また、その目標を消費者物価の前年比上昇率でみて2%とした理由は何か、ということをお話しします。

「物価の安定」を概念的に定義すると、「様々な経済主体が、物価水準の変動に煩わされることなく、消費や投資などの経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況」で、これは持続可能なものでなければなりません。「物価の安定」とは、雇用の増加と賃金の上昇、企業収益の増加などを伴いながら経済がバランスよく持続的に改善し、その結果として物価の緩やかな上昇が実現する状態だと考えています。私どもが目指しているのは、単純化して言えば、「物価安定の目標」が実現するもとで、生産性の上昇などを反映するかたちで企業収益や賃金が持続的に上昇していくような姿です。例えば、輸入物価が上昇するような場合には、物価上昇率が先行して高まることもあり得ますが、この場合、交易条件が悪化して家計や企業の実質所得は減少するため、景気の改善を伴わない物価上昇となります。日本銀行が目指すのは、こうした姿での物価上昇ではありません。

わが国の場合、長期間にわたり前年比ゼロ%近傍の低い物価上昇率が続いてきましたので、現在は、これを前提に形成された低い予想物価上昇率を基に意思決定がなされる姿が定着しています。こうした現状を前提とすれば2%の「物価安定の目標」は少し高すぎるとの印象を持たれるかもしれません。しかし、先程お話しした2014年度の物価見通しでは、景気の持ち直しを背景として消費者物価の前年比上昇率1%が射程に入ってきています。こうして物価上昇率が高まり、さらに、今後、日本経済の競争力と成長力の強化に向けた幅広い主体の取り組みが進展し、企業や家計の成長期待を高めることができれば、その先も持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率は高まっていくと考えられます。日本銀行としては、景気回復が見えてきた現在のこの状況を活かせるよう、強力な金融緩和策や成長支援等の施策を通じて金融面から後押しをし、2%の「物価安定の目標」に着実に近づけ、早期に実現することを目指して参りたいと考えています。

物価変動のメカニズム

ここで、物価上昇率が高まるメカニズムについて若干触れたいと思います。消費者物価の上昇率とマクロ的な需給バランスの間には、やや長い目でみると緩やかな正の相関関係がみられます。すなわち、景気が改善するもとで経済全体の需要が供給能力との対比で増加し、マクロ的な需給バランスが改善すれば、数四半期程度のタイムラグを伴いながら、消費者物価の上昇につながっていきます。

日本経済は、1990年代半ば頃からマクロ的な需要不足基調で推移しています。そうしたもとで、消費者物価(除く生鮮食品)上昇率は、1990年代後半以降、2007〜2008年頃の一時期を除いて、緩やかな下落基調を続けています。マクロ的な需給バランスは、リーマン・ショック後に一時−8%近くに拡大した後、最近では−2〜−3%程度に縮小していますが、物価を押し上げていく力が十分強まるには至っていません。こうした需要不足の背景には、循環的な要因だけではなく、構造的な要因も作用しています。すなわち、世界に先駆けての急速な少子高齢化やグローバル化など日本経済を取り巻く環境は大きく変化しましたが、これに対する経済構造の適応が遅れた結果、経済成長率が趨勢的に縮小し、人々が成長期待を持てなくなってきていることが、慢性的な需要不足の一因となっています。こうした慢性的な需要不足が生じるもとで、多くの企業では、賃金の抑制等のコスト削減の取り組みが行われました。しかし、自社の製商品に強気の価格設定を行うことができない熾烈な価格競争の中で、こうしたコストの削減が採算の改善につながりにくい状況が続きました。そして、企業収益がはっきりと改善していく展望が描きにくいために、企業は、設備投資や雇用、賃金を増やしていくことに慎重にならざるを得なかったと考えられるのです。

成長力強化の重要性

こうした状況を打破するためには、成長力を強化し、企業や家計の中長期的な成長期待を高め、慢性的な需要不足を解消することが必要となります。少子高齢化の進展を短期間で食い止めることは困難ですので、成長力を強化していくうえでは、その前提となる就業者数の確保と就業者一人一人が生み出す付加価値(付加価値生産性)の向上が必要です。

就業者数の確保という点では、労働市場の柔軟性を高め、異なる産業間での労働力の移動や、女性および高齢者の労働参加を容易にするための取り組みを進めることが重要です。先行き、このまま労働力人口が減少していけば、2010年代の経済成長は年率−0.6%程度下押しされる見通しにあります。労働力人口の減少は、中国でも2012年から初めて減少に転じるなど、危機意識が生じていますが、これから先進国や新興国の多くの国でも直面する問題です。しかし、わが国において、仮に2030年までに、女性の労働力率がスウェーデン並みに上昇するとともに、60歳以上の高齢者の労働力率も上昇すれば、2010年代の労働力人口は年率+0.2%の増加となるという試算があります。高齢者に関しては、この4月から、年金の支給開始年齢の65歳への引き上げに合わせた雇用延長措置が義務化されます。日本社会が、1980年代にかけて、55歳定年制から60歳定年制に移行することができた実績を踏まえれば、今後、制度改革や働き方の見直し・工夫を通じて、65歳まで、あるいはそれ以降も働くことが一般的になるという社会は決して実現できないものではありません。

次に、付加価値生産性を高める観点では、新たなビジネスモデルの展開を含む広い意味でのイノベーションが実現しやすい経済の仕組みを構築していくことが必要だと思います。最近では、社会構造の変化を捉えて、幅広いシニアビジネスや環境・エネルギー分野、情報・通信分野などでの新しい取り組みも拡がりつつあります。これらの取り組みを加速することにより、労働力人口や付加価値生産性の底上げを伴いながら、価格競争から新たな財・サービスを生み出す競争へと企業の中心戦略が変化していけば、実際に経済活動も活発化する中で、企業や家計の中長期的な成長期待が高まっていくと考えられます。

(2)緩和的な金融環境の実現 ― ゼロ金利継続と資産買入の強化 ―

次に、2%の「物価安定の目標」の実現に向けた、強力な金融緩和措置についてご説明します。日本銀行では、実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入等の措置を、それぞれ必要と判断される時点まで継続するというコミットメントを通じて強力な金融緩和を推進していきます。金融資産の買入等の措置とは、「資産買入等の基金」を通じて、国債、CP、社債、指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)など多様な金融資産の買入れと固定金利方式による資金供給を行うプログラムです。資産買入等により、長めの市場金利の低下と各種リスク・プレミアムの縮小を促し、企業や家計が十分な低利で調達できる金融環境を実現することを狙いとしています。

この基金は、買入額等の上限を35兆円として2010年にスタートした後、累次にわたり規模を拡大し、昨年末の残高は65兆円となりました。その後、本年末までに大幅に積み増しし、101兆円程度まで資産買入等を進めることとしています。また、先月の金融政策決定会合では、現行方式での資産買入れを完了した後、新たに期限を定めず毎月一定額買入れる方式を導入しました。2014年初から当分の間、毎月、13兆円程度の金融資産の買入れを行っていきます。この継続的な買入れ措置により、基金の残高は2014年中にさらに10兆円程度増加して111兆円程度となり、それ以降も残高が維持される見込みです。

(3)政府と日本銀行の政策連携の強化

さらに、日本銀行は、「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について」という政府との共同声明を決定し、公表しました。その中で日本銀行は、「物価安定の目標」を前年比+2%とし、この目標のもとで、金融緩和を推進し、これをできるだけ早期に実現することを目指すと明記しています。その際、金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検し、経済の持続的な成長を確保する観点から、問題が生じていないかどうかを確認していくこととしています。同時に、政府は、日本経済の競争力と成長力の強化に向けた取り組みを具体化し、これを強力に推進すること、さらに財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取り組みを着実に推進することを表明しています。

成長力強化は、新たなビジネスの創造や拡大に向けた企業や金融機関のチャレンジが積み重なって実現されていくものです。そうした際に、民間部門がチャレンジ精神を発揮しやすい環境を規制・制度改革などを通じて整備することが、政府の重要な役割だと思います。また、日本銀行はこれからも大規模な国債買入れを含め、強力な金融緩和を進めていきます。こうした中、わが国の財政状況は世界の中でも極めて厳しい実態にあり、財政に対する信認が揺らぐことにもなれば、金利が上昇し、財政運営がさらに厳しくなるほか、金融緩和の効果が損なわれる惧れもあります。金融緩和の効果を十分に発揮していくうえでも、財政の健全化に対する市場の信認を確保していくことは重要な課題です。この点、今回の共同声明は、政府と日本銀行が、それぞれお互いの役割を明確に認識したうえで、デフレ脱却と持続的な経済成長の実現に向けて一体となって取り組むことを明らかにしたものであり、その意義は極めて大きいと考えています。

(4)緩和的な金融環境の活用 ― 貸出支援基金による後押し ―

以上申し上げてきたような日本銀行の強力な金融緩和のもとで、わが国の金融環境は、歴史的にみても、そして国際的にみても、極めて緩和した状態にあります。例えば、企業の資金調達コストは、銀行の新規貸出約定平均金利が短期・長期とも1%程度と低水準になっています。家計の資金調達コストをみても、住宅ローン金利は変動金利で1%を下回っていますし、35年固定金利でも2%前後となっています。また、金融機関は貸出姿勢を積極化する動きを続けているほか、CPや社債の発行環境も総じて良好な状態が続いており、資金調達に関する安心感が確保されています。この間、東日本大震災や欧州債務問題といった強い逆風の時期を含めて、極めて緩和的な金融環境は維持されています。

日本経済が物価安定のもとでの持続的な成長を実現していくためには、企業や家計が緩和的な金融環境を実際に活用して資金を調達し、これが投資や支出の増加を通じて、マクロ的な需給バランスの改善につながっていくことが大事だと考えています。最近の資金需要をみると、運転資金や企業買収関連を中心に増加の動きはみられてはいますが、企業の設備投資は、手許のキャッシュ・フローの範囲内で推移しており、緩和的な金融環境がまだ十分に活用されていると言える状況にはありません。日本銀行では、こうした金融環境を最大限に活かして頂ける状況を創出するために、「貸出支援基金」を設け、「成長基盤強化を支援するための資金供給」(成長基盤強化支援)と「貸出増加を支援するための資金供給」(貸出増加支援)の2つの措置を講じていますので、是非、ご利用頂きたいと考えています。

成長基盤強化を支援するための資金供給

「成長基盤強化を支援するための資金供給」(成長基盤強化支援)は、成長分野への資金の流れを後押しすることを目的として導入した措置です。この措置では、医療・介護、環境・エネルギー、農林水産、観光など、成長力強化に資する分野への融資・投資を行う金融機関に対して、長期かつ低利の資金を供給しています。従来型の貸出枠に加えて、資本性の資金である出資や、ABL(Asset Based Lending)という売掛金や在庫等を担保とした融資などを対象に特別枠を設定しています。さらに、小口の投融資を対象とした特別枠や、日本銀行が保有する米ドル資金を活用した120億米ドル(1兆円相当)の特別枠も設けています。これら全体で約5.5兆円の貸出枠があり、このうち4兆円近くが現に利用されています。この制度を利用した民間金融機関による投融資額は日本銀行による貸付額を大きく上回っており、日本銀行の制度が呼び水としての機能を発揮していると考えています。

貸出増加を支援するための資金供給

また、昨年10月には、金融機関の一段と積極的な行動と企業や家計の前向きな資金需要の増加を促すことを狙いとして、「貸出増加を支援するための資金供給」(貸出増加支援)を導入しました。この枠組みでは、2014年3月末までの15か月間、個別の金融機関が貸出を増やせば、そのネット増加額について、希望に応じて日本銀行が低利かつ長期の資金供給を行う枠組みとしています。ネット増加額を計算するうえで対象とする貸出には、円建てのほか、外貨建ても加えています。外貨建ても含めて、海外に所在する企業への貸出や海外店貸出を支援することは中央銀行として異例ですが、企業の国際的な業務展開とそれを支える金融機関の融資活動は、グローバルな需要を取り込んでいく観点から重要であり、これを支援していくことがわが国の成長力を強化するうえで有効と考えています。具体的な資金供給の規模は、最近の貸出実績を前提とすると、概ね1年間で15兆円を上回る規模となることが見込まれます。

(5)金融緩和の量的な側面

これら「資産買入等の基金」と「貸出支援基金」を合わせると、今後1年余りの間に50兆円超という巨額の資金供給を新たに行うことになり、2つの基金を合計した残高は120兆円を超える規模になります。日本銀行の資金供給額をマネタリーベースでみると、現状でも、名目GDP対比で約27%と、先進国で最大となっていますが、50兆円超という今後の追加的な資金供給額を加味すると、マネタリーベースの名目GDP比はさらに10%以上上昇し、40%に近づく計算になります。このように、今年はかつてなく極めて大規模な金融緩和が進行していきます。そのうえで、私どもとしては、先行きも金融経済環境をきめ細かく点検し、適時適切な政策判断をしていく考えです。

こうして緩和的な金融環境のもとで供給された低コストかつ大量の資金が有効に活用されて企業活動が活発化していけば、収益見通しの改善や、投資に関する期待収益率の上昇にもつながっていくと考えられます。いったんこうした前向きの循環が始まれば、緩和した状態にある金融環境が一層力を発揮し、その持続性が高まっていくことになります。

先ほども申し上げましたように、「物価の安定」は、雇用の増加と賃金の上昇、企業収益の増加などを伴いながら経済がバランスよく持続的に改善し、その結果として物価の緩やかな上昇につながっていくことで実現されます。日本銀行は、「物価安定の目標」の実現に向けて、全力でその責務を果たして参る所存です。

4.おわりに ― 高知県経済について ―

以上、景気動向や金融政策運営についてお話ししました。最後に、高知県経済についてお話ししたいと思います。

高知県は、独創的な発想で日本の歴史を大きく動かした人物を数多く輩出したように、時代の変化を先取りする創造性豊かな気風が息づいている地域だと思います。また、南国特有の温暖な気候に恵まれた豊かな自然環境は、競争力の高い農林水産業を育むとともに、県外から多くの観光客を迎える有力な資源ともなっています。

高知県経済は、全国平均を上回る急速な少子高齢化など構造的な課題に直面していますが、これに正面から向き合い、持続的な成長につなげていくための様々な取り組みが行われています。2009年から取り組まれている「高知県産業振興計画」では、当地の強みを見極めたうえで明確な成長戦略を描き、高知ブランドを大都市圏や海外に売り込んでいく「地産外商」などで具体的な成果が着実に出ています。例えば、農林水産業では、ユズやショウガなどの地域資源を活用した高付加価値品の開発の動きが加速しています。また防災関連産業では、これまでに数多くの自然災害を乗り越えてきたノウハウを結集し、ユニークな製品づくりに取り組む動きが拡がっています。このように県内企業では、技術力を活かした新製品開発や事業多角化などの意欲的な取り組みが行われています。当地で取り組まれているように、明確かつ意欲的な目標を掲げたチャレンジを続けていくことこそが、持続的な成長を実現していくうえで極めて大切なことだと思います。

桜の開花予想によると、あと1か月もすれば、今年も、この高知をスタートに桜前線が全国を染め上げていきます。この桜前線のように、当地を発信拠点としたブランドが全国や海外に拡がり、今後も、高知県経済がますます順調に発展を遂げられることを祈念いたします。

ご清聴ありがとうございました。