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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

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岐阜県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 宮尾 龍蔵
2013年4月18日

目次

1.はじめに

日本銀行の宮尾でございます。本日はお忙しい中、岐阜県を代表する皆様にお集まり頂き、懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から本行名古屋支店の業務運営にご協力頂いておりまして、この場をお借りして、改めて厚くお礼申し上げます。

本日は、「わが国の経済・物価情勢と金融政策」と題しまして、景気が下げ止まりから持ち直しへと向かいつつある日本の経済・物価情勢を概観した後、金融政策についてご説明し、最後に岐阜県経済について若干触れさせていただきたいと思います。その後、皆様方から、当地経済の実情に関するお話や、忌憚のないご意見などお聞かせいただければと存じます。

2.わが国の経済・物価情勢

(1)企業が守りに徹した昨年末までの経済情勢

まず、少し時間を戻して、昨年末までの過去2〜3年の海外経済や日本経済の情勢について振り返ってみます。この間の特徴として、次の2点を指摘できます。

第1に、海外経済の減速が長期化し、強い先行き不透明感に覆われていたという点です。リーマン・ショックから数年が経ってなお、海外経済は危機後の調整局面、すなわち慢性的な低迷状態から抜け切れず、欧州債務危機の深刻化、ユーロ崩壊の懸念、米国の雇用回復の遅れや財政問題といった大きなショックが重層的に押し寄せました。その結果、国際金融市場ではリスク回避傾向、安全資産への選好が強まり、円高基調は持続しました。海外経済の低迷は、世界経済の成長率にも表れています(図表1)。

第2に、以上のような厳しい海外経済、国際金融情勢などを背景に、わが国では企業行動が慎重化し、とりわけ設備投資に対する慎重姿勢が際立ちました。先行きへの強い不透明感のもと、企業は守りを固めることに注力し、高めの企業収益や内部留保を維持する一方、設備投資を手控え、あるいは先送りしてきました(図表2)。株価や潜在成長率も低迷が続きました(図表3、4)。

しかし、この萎縮した状態を今後も続けることは、デフレ心理を固定化させ、成長ポテンシャルを損なう恐れがあります。日本が過度の萎縮から脱して本来の成長力を取り戻すには、規制・制度面でのさまざまな調整とともに、設備投資や人的投資を含む、将来へむけた幅広い投資が不可欠です。

この点、わが国企業の成長期待や設備投資の意欲自体は必ずしも崩れていないとみられます。内閣府の企業行動アンケート調査によれば、先行き3年間もしくは5年間の実質成長率見通しは1%を超える水準であり、足元の潜在成長率(0%台前半)を上回っています。また、設備投資計画も堅調さが維持されており、そうした下で、先送りされてきた投資案件は相当数積み上がっているとみられ、企業の成長期待の底堅さが窺われます。

昨年末以降、円高修正、株価上昇の動きが見られ、それを契機に、企業のマインドは好転し、収益見通しも改善しつつあります。世界経済をめぐる不確実性はむろん存在しますが、ユーロ崩壊といった深刻なテールリスクは後退し、海外経済の見通しは基調的には改善してきています。こうしたもとで、企業が本来のアニマル・スピリット(企業家精神)を発揮し、設備投資を実行に移す環境も次第に整ってきました。

(2)下げ止まりから持ち直しへ向かうわが国の景気動向

こうしたもとで、足もとのわが国の景気はようやく下げ止まり、持ち直しに向かう動きもみられているという状況です。すなわち、外需については、海外経済はなお減速した状況が続いていますが、米国や中国などで持ち直しに向かっており、そうしたもとで輸出は下げ止まっています。一方、内需について、設備投資は、非製造業が堅調で製造業が弱い状況が続いている結果、全体としてはなお弱めの動きとなっています。一方、公共投資は増加を続けており、住宅投資も持ち直し傾向にあるほか、個人消費も底堅さを増しつつあります。こうした内外需を反映して、鉱工業生産は下げ止まっており、持ち直しに向かう動きもみられています。

先行きについては、国内需要が各種経済対策の効果もあって底堅く推移し、海外経済の成長率が次第に高まっていくことなどを背景に、緩やかな回復経路に復していくと考えています。やや敷衍しますと、外需については、米国や中国の景気回復に牽引されて輸出が持ち直していくとみています。また、内需についても、公共投資が各種経済対策の効果から引き続き増加傾向をたどり、住宅投資も持ち直し傾向を続けるとみられるほか、個人消費も消費マインドの改善などから、次第に底堅さを増していくでしょう。肝心の設備投資も、当面製造業の弱さが残るものの、その後は、防災・エネルギー関連の投資も含めて、緩やかな増加基調をたどると予想しています。こうしたもとで、生産は持ち直していくとみています。

このようにわが国の景気は次第に持ち直していくとは思いますが、海外情勢を巡る下振れリスクなど、先行きの経済には引続き不確実性があり、私自身は下振れリスクを強く意識しています。

この間、物価情勢については、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、前年の耐久消費財の動きの反動から、小幅のマイナスとなっています。もっとも、昨年の景気回復の弱さが物価の下押し圧力となる下で、先行き数か月は、前年のテレビ価格や原油価格上昇の裏が出るという物価下落要因と、円安傾向等の影響による物価上昇要因が拮抗するとみられ、その結果、消費者物価の前年比は短期的には小幅のマイナスを続けるとみています。その後、こうした前年の裏の要因が薄まるにつれて、再びゼロ%近傍となり、景気回復の動きと相まって需給ギャップの改善が進めば、消費者物価の前年比はプラスの領域へと浮上していくとみています。

(3)2%物価安定目標への道筋

次に、もう少し長い期間を見通してみたいと思います。去る1月、日本銀行は新しい「物価安定の目標」を導入し、その早期の実現を目指して、金融緩和を思いきって前へ進めました。そのような判断に至ったのは、物価に関する政策委員の見通し(中央値)として、2014年度には1%の達成が視野に入ってくる中で、2%目標へ到達する道筋を描くことができるようになったことが大きな理由の一つです。

そこで、以下では、2%の物価安定目標へ向けた道筋について、いくつかの点を具体的にしつつ、中心シナリオを示してみたいと思います。先行きのシナリオを描く上では、さまざまな状況を考慮する必要がありますが、特に次のような点が重要と考えています。

第1に、世界経済が安定化し、来年にかけて成長率が高まっていくとみられることです。最新のIMF(国際通貨基金)の見通しによれば、世界経済は、2014年にかけて4%程度へと成長率が徐々に高まっていきます。欧州経済は、2013年は小幅なマイナス成長と慎重な見方が維持されている一方で、米国やアジア新興国などでは堅調な回復が見込まれています。

第2に、米国などを中心に世界経済が着実に回復するもとで、基調としてはリスクに対して前向きな状態(リスクオン)が続き、米国長期金利は先行き緩やかに上昇していくとみられることです。それはリスク資産への需要をサポートするとともに、為替レートに対してもドル高・円安方向への力として作用することになります。

第3に、世界経済が正常化へ向けた歩みを進めるなかで、不確実性は低下し、手控えられてきたわが国の設備投資需要が顕在化するとみられることです。昨年末以降の企業マインドの好転ならびに企業収益の改善見通しは、後述する日本銀行の金融緩和策の効果とも相まって、企業の前向きな取り組みを後押しするでしょう。

第4に、わが国の潜在成長率が緩やかに上昇していくとみられることです。設備投資が実施され、老朽化した設備や工場が新技術を取り入れたものに更新されれば、生産性は向上します。加えて、農業、エネルギー、医療分野などにおける制度・規制改革、積極的な通商政策などを通じて、成長力と競争力強化の取り組みが進展することを展望すれば、現状0%台前半とみられる潜在成長率が緩やかに上昇しても不思議ではありません。

第5に、人々のインフレ予想が徐々に高まっていくとみられることです。人々のインフレ予想は、インフレ率の実績と中長期的なインフレ率のトレンド、そして将来の景気回復見通しから影響を受けます。2%の物価安定目標のもと、後述する新しい金融緩和措置の効果も相まって、デフレ心理から脱却し、実際の物価も上昇し、また景気回復も持続するという見通しも浸透していけば、人々のインフレ予想が高まるとの想定は決して非現実的なものではありません。

以上をまとめると、2%の目標を達成する道筋として、まず、(1)海外経済の正常化は、わが国の輸出・生産の回復基調を後押しし、企業収益を高めます。(2)基調的なリスクオンの継続と米国長期金利の緩やかな上昇により、さらには日本銀行の強力な緩和策により、資産価格や為替レートを含む金融環境は緩和した状態がサポートされます。(3)それらは企業の設備投資や構造変革など前向きな動きを後押しし、潜在成長率の緩やかな上昇をもたらします。(4)持続的な景気回復期待のもと、家計の消費支出も堅調に推移し、需給ギャップの改善を伴いつつ物価は徐々に上昇します。(5)この間、人々のインフレ予想も徐々に高まり、こうしたもとで、2014年度中には消費者物価上昇率は1%程度を超えて高まっていきます(本年1月時点での、日本銀行政策委員による2014年度の見通しの中央値は0.9%)。(6)その後も、(1)から(5)の好循環メカニズムが維持される下で景気回復は持続し、人々のインフレ予想と中長期的なトレンド・インフレ率は2%へ向けてさらに高まります。以上の結果、実際の物価上昇率も上昇を続け、2%の物価安定目標に近づいていくとみられます。このように、2%の目標は、持続的な景気回復を伴いながらバランス良く物価が上昇していくという形で達成されると考えられるのです(図表6)。

ちなみにわが国は、いま述べた道筋と同様の好循環のメカニズムを、2003-2006年の時期に経験しました。この時期、銀行の不良債権問題に概ね目途がつく中、海外経済の回復を追い風に、企業の「3つの過剰(雇用、設備、債務)」の解消へ向けた調整、構造変革や新規の投資支出などの取り組みが進みました。その動きを、当時の思い切った金融緩和政策(量的緩和政策)が金融面から強力にサポートし、中長期的なトレンド・インフレ率も上昇しました(図1から図5、実線囲み部分)。すなわち、海外経済の回復、強力な金融緩和、構造改革の進展と潜在成長率の高まり、中長期的なインフレ見通しの上昇などの好循環を2003年-2006年の時期に経験したのです。

当時、物価面では、過剰雇用の調整(労働費用の削減)の影響に加え、安価な輸入品の流入などから物価に下押し圧力がかかり、十分な物価上昇には至りませんでした。今回は、当時のような強い負の価格ショックは追加的には生じないとみられるため、先ほど述べた好循環のメカニズムが作動すれば、物価の上昇に弾みがつきやすいと考えています。

3.金融政策

(1)金融政策運営

以下では、日本銀行の金融緩和強化の取り組みについてご紹介します。日本銀行は、去る4月4日、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」を導入することを決定しました(図表7)。

具体的には、第1に、量的な金融緩和を推進する観点から、金融市場調節の操作目標を、従来の無担保コールレート・オーバーナイト物から、マネタリーベースに変更することとしました。そのうえで、「マネタリーベースが、年間約60〜70兆円に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行う」ことを決定しました。

第2に、イールドカーブ全体に金利低下圧力をかける観点から、長期国債の買入れを拡大し、買入れ国債の年限も長期化しました。すなわち、長期国債の保有残高が年間約50兆円に相当するペースで増加するよう買入れを行うことを決定しました。また、長期国債の買入れ対象を40年債を含む全ゾーンの国債としたうえで、買入れの平均残存期間を、現状の3年弱から7年程度と、国債発行残高の平均並みの期間に延長することとしました。

第3に、資産価格のリスクプレミアムに働きかける観点から、ETFおよびJ-REITの保有残高が、それぞれ年間約1兆円、年間約300億円に相当するペースで増加するよう買入れを行うこととしました。

第4に、以上の措置で構成される「量的・質的金融緩和」は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで継続することとしました。また、その際、経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し、必要な調整を行うこととしました。

第5に、これらの実施に伴い、「資産買入れ等の基金」は廃止し、いわゆる「銀行券ルール」を一時停止することとしました。

以上の施策は、相当に踏み込んだ取り組みであり、その特徴を申し上げると、次の3点を指摘できます。

第1に、2%目標達成へむけた強い緩和姿勢を分かりやすく伝えることを意識し、枠組みを根本的に見直したということです。まず、2%の「物価安定の目標」を2年程度の期間を念頭において、できるだけ早期に実現することを明確にコミットし、そのための枠組みとして、操作目標を「マネタリーベース」とする新たな金融市場調節の方式を導入しました。

第2に、これまでは政策効果を見極めながら徐々に緩和を強化してきましたが、今回は現時点で必要と考えられる施策をすべて講じたということです。

第3に、資産買入れの規模(量)と内容(質)の両面において、相当に踏み込んだということです。まず、量の面では、マネタリーベースを2年間で倍増するよう年間約60〜70兆円に相当するペースで金融市場調節を行います。最大のバランスシート拡大項目である長期国債の保有額も2倍以上になるよう、年間約50兆円の増加ペースで買入れを進めます。その結果、毎月のグロスの買入れ額は約7兆円となり、月間の国債新規発行額の7割程度に相当する額を日本銀行が買入れるという、極めて大規模な買入れとなります(図表8)。また、質の面では、長期国債買入れの平均残存期間を従来の2倍以上に伸ばし、長めの金利全般に一段と強力に働きかけるほか、ETFの保有ペースを従来の2倍程度にするなど、資産価格のプレミアムへの働きかけも強化します(図表9)。

なお、金融政策決定会合で決定・確認するのは、年間のフローでの増加・買入れペースであり、これをストック(残高)でみれば、マネタリーベースや長期国債・ETFの残高は、2年間で2倍になる見通しとなるということです。また、マネタリーベースの対名目GDP比は、2014年末には57%程度となる見込みです。これは、先進国では群を抜いて高くなるだけでなく、リーマン・ショック前との比較でも3倍以上に拡大することになります。

私どもも、この先の長期国債の買入れやマネタリーベースの供給が、市場参加者の常識を超える極めて巨額のものであることは十分認識しています。その意味で、取引先金融機関の積極的な応札など、市場参加者の協力が欠かせません。そこで、市場参加者との間で、金融市場調節や市場取引全般に関し、これまで以上に密接な意見交換の場を設けることとしましたが、こうした取り組みの一環として、先週には第1回の「市場参加者との意見交換会」を開催したところです。

(2)幾つかの論点

次に、上記の「量的・質的金融緩和」を巡る幾つかの論点について、私自身の見方を申し上げておきたいと思います。

なぜこのタイミングで金融政策の枠組みを変えたのか

私自身は、1月に2%の物価安定目標を新たに掲げて以降、その早期実現に向けて一段と強い意思を示す必要があると考え、「消費者物価の前年比上昇率2%の実現を目指し、それが見通せるようになるまで、実質的なゼロ金利政策を継続する。それにより、資産買入れ等の措置とあわせて、一段と強力な金融緩和を推進していく」という追加緩和を提案してきました。その一方で、(1)「資産買入れ等基金」の運営において、固定金利オペの札割れが頻発しており、基金の運営上の負担が重くなっていたこと、(2)基金の運営負担を軽減すべくより長期の国債を購入しようとすれば、いわゆる輪番オペとの整理・統合が必要となってくることなどの理由から、金融政策の枠組み自体を変更する必要性も感じていました。また、仮に金融政策の枠組み変更にまで踏み込むならば、本行が新体制となった機会を捉えて実施する方が効果的だろうと考えていました。そして、先日の金融政策決定会合における議論を通じて、長期国債の大規模な買入れと年限長期化といった施策は、イールドカーブ全体に一段と強力な下押し圧力を掛けるという点で、これまでの私の提案を上回る強力な緩和効果が期待できると判断し、後述するコストやリスクも勘案したうえ、「量的・質的金融緩和」の導入に賛成することとしました。

どのような波及ルートを想定しているのか

「量的・質的金融緩和」のもとでの金融緩和の波及経路については、次のようなものを想定しています。まず長期国債の大規模購入により、(1)イールドカーブ全体に働きかけるルート、(2)株価や不動産価格などの資産価格に働きかけるルート、(3)銀行や機関投資家などのポートフォリオ調整(貸出やリスク資産への需要の増加など)に働きかけるルート、そして(4)インフレ期待に働きかけるルートなどがあり、それらは密接に関わっています。(たとえば(1)を起点に(2)、(3)へ波及する、(2)と(3)は相互に強め合うなど。波及ルートを整理した概念図は、図表10を参照)。1

そして、上記の波及ルートを通じた主な動きとしては、(1)を通じて企業・家計の借入負担が低下する、(2)を通じて企業の資本調達や設備投資が増加するほか、家計の消費や純輸出が増える、(3)を通じて国債投資から銀行信用やリスク資産への投資にシフトする、(4)を通じて実質金利が低下し経済の支出活動が下支えされる、などが期待されます。それらの結果、最終的に景気・物価動向に対して好影響が及ぶと見ています。

  1. 1 さらに、(3)の派生形ですが、「国際的なスピルオーバー」を通じた波及ルートも考えられます。すなわち、国際的なポートフォリオ調整の結果、外債への投資など、外国に資金が流入し、海外経済が活性化すると、外需やグローバル企業の収益の増加を通じて、国内経済に恩恵がフィードバックするという効果が考えられます。

「期待」とは何を意味するのか

上記波及効果とも関連するのですが、今回の措置は「期待」への働きかけを重視しています。ここで、何の「期待」を意味しているのかについて、以下大きく3つに分けて整理できます。

第1は、「将来の金融政策に対する期待」です。今回の措置では、先行きのマネタリーベースや長期国債の拡大ペースの見通し、さらに継続期間についても示すことにより、将来の政策の予測可能性を高め、上記の波及ルートの効果全体を高めることができます。

第2は、上記の波及ルートで指摘した「インフレ予想(期待)」を指す見方です。

第3は、上記の波及ルートを通じた動きが顕在化することにより、先行きの持続的な景気回復と物価上昇の好循環が実現するという期待です(「好循環の期待」)。この講演の前半部分で示したように、2%の消費者物価上昇率を目指すシナリオが道筋に沿って徐々に実現していくと、それを人々が実感して先行きの見通しに対する信頼を強めます。その結果、所得増加期待が高まることで支出が増え、インフレ率、インフレ予想ともに上昇し、経済全体の好循環を支えて強めていく効果がありうるでしょう。以上の3点いずれの意味からも、「期待」への働きかけが重要と考えています。

なぜ金融市場調節の操作目標をマネタリーベースとしたのか

「量的・質的金融緩和」のもとで、全体の量の方向性を表す指標には、マネタリーベース、当座預金残高、バランスシート規模などが考えられます。なかでもマネタリーベースは、日本銀行が直接供給する通貨の量(すなわち銀行券と当座預金等の合計)であり、経済学の概念としても明確です。これを操作目標とすることが、日本銀行の政策姿勢を市場や国民に分かりやすく伝えるうえで、そして政策効果を高める上でも、適当と判断しました。

なお、従来から、マネタリーベースなど「量」を政策変数とする場合には、量をコントロールする結果として、金利が相応に変動する可能性があります。今回の枠組みでは、通貨量の伸びをコントロールするだけでなく、長期国債やリスク性資産などの資産買入れに関する決定も伴っている点が大きな特徴です。つまり、大規模な国債買入がもたらす金利を起点とした全般的な波及ルートと、通貨量のコントロールを新しく導入して、インフレ予想へ働きかけるルートを同時に追求することで、デフレ脱却に向けた強いメッセージを示し、政策効果をより高めようとする枠組みと理解できます。2

この枠組みの下では、長期国債やリスク性資産以外の短期資産のオペレーションについては、今までよりもフレキシブルに対応することが出来るようになります。イールドカーブ全体に低下圧力がかかるため、短期ゾーンの金利は引き続き極めて低い水準で推移するものとみられます。

  1. 2 米国では、1979年-1982年の時期、当時の高インフレを抑制すべく、「非借入準備(non-borrowed reserves)」という通貨供給量のコントロール方式が採用されました。この措置には、目標達成のために運営手法まで変更することで、高インフレを退治しようとする強いメッセージを伝える役割もあったとみられており、その結果、インフレも抑制されました。

今回の枠組みはいつまで継続するのか

日本銀行は、新しい物価安定目標のもと、「できるだけ早期に2%の物価上昇率を実現する」ことにコミットしています。「物価安定の目標」とは、単にある時点において目標値を達成すれば良いということではなく、それを安定的に持続する必要があるものです。従って、その趣旨を明確にするため、今回の枠組みは、「2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで継続する」というコミットメントを示しています。その意味は、ある時点で2%になっていても、それを安定的に持続するために必要であると判断すれば「量的・質的金融緩和」を続けることもあるし、その逆もあり得るということです。そう申し上げたうえで、日本銀行としては、2年程度の期間を念頭において、2%の「物価安定の目標」の早期実現を目指す決意であり、今回はそのために必要な施策をすべて決定したと考えています。

リスクやコストは大きいのではないか

「量的・質的金融緩和」にはリスクが伴うことは事実です。一部投資家のリスクテイク姿勢が過度に積極化して市場が一時的に不安定になることがあるかもしれません。また、日本銀行のバランスシートが抱えるリスクは高まりますし、出口にも相応の時間がかかるかもしれません。ただ、私としては、今回の措置は、「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するために不可欠な対応であり、長らくデフレが続いている日本の現状を踏まえれば、さまざまなリスクがあったとしても、効果がコストを上回ると見込まれる限り、推進すべきものだと考えています。

その際、経済の持続的成長を確保する観点から、市場動向や景気物価情勢などのリスク要因は入念に点検していきます。

この点、公表文においても、「経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し、必要な調整を行う」ことと明記しています。これは、従来の公表文や政府との共同声明で唱っていた「金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検し、経済の持続的な成長を確保する観点から、問題が生じていないかどうか確認をしていく」という内容も含んだものであり、リスク認識の必要性が低くなった訳ではありません。

「銀行券ルール」に代わるものが必要ではないか

今回、銀行券ルールについては、「物価安定の目標」を達成するまで一時的に適用を停止することにしました。「長期の負債である銀行券に対応して、長期の資産である長期国債を買い増す」という当該ルールの考え方は破棄する必要はなく、将来はその考え方に沿った買入れに戻るべきと理解しています。

なお、「銀行券ルール」の一時停止に伴い、財政ファイナンスに対する懸念を生じさせないという意味では、財政健全化に向けた取り組み姿勢について、政府が市場からの信認をしっかり確保していくことが重要です。この点、1月の政府・日銀による「共同声明」には、「日本銀行との連携強化にあたり、財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取組を着実に推進する」と明記されており、その取り組みが着実に進むことを強く期待しています。

まとめ

去る4月4日の決定は、大変重たい決断であったと考えています。過去2年半の「包括緩和」の枠組みのもとで、非伝統的な緩和手段のメニューを揃え、政策効果を見極めながら緩和を強化してきました。これにより、景気の下支えに寄与してきたと考えますが、デフレ脱却には至りませんでした。

ただ、そのような「包括緩和」での経験を経たからこそ、今回、新しい「量的・質的金融緩和」に踏み出すことができたと考えています。異例の規模での国債買入れなど、今回の政策決定には相応のリスクを伴うことは事実ですが、それを上回る効果があると確信しています。2年程度の期間を念頭に置き、2%物価安定目標のできるだけ早期の実現を目指し、新しい「量的・質的金融緩和」を強力に推進してまいります。

同時に、政府による規制・制度改革や成長政策が進展し、民間部門の成長力が高まれば、「量的・質的金融緩和」の効果はさらに高まります。現在、その取り組みが着実に進められており、今後の進展を強く期待しています。

4.終わりに〜岐阜県経済について〜

結びにあたり、岐阜県の経済についてお話したいと思います。

当県は、古くからモノづくりが盛んで、就業者に占める製造業の割合が24.1%と全国5位の高さとなるなど、製造業が中心的な産業となっています。現在は、自動車部品や航空機といった輸送用機械やICパッケージ等の電子部品のほか、工作機械、金型などの一般機械が中心ですが、関の刃物や美濃和紙、美濃焼、一位一刀彫など、各地に伝統のある地場産業があり、こうした伝統工業が、ローヤルゼリーなどの健康食品やファインセラミックスといった現在のモノづくりに受け継がれているのも岐阜県の特色であると思います。

こうした伝統あるモノづくりの集積に加えて、当地は地理的条件にも恵まれています。交通・流通の面でも、全国のほぼ中央に位置し、東海地域だけでなく首都圏、関西圏へのアクセスが容易です。近年、東海環状自動車道をはじめとする高速道路網の整備によりアクセスが更に改善されているほか、地盤が強固で津波リスクが低く、水資源が豊富なことなども強みであると思います。このような当地の優位性を背景に、岐阜県の工場立地件数は11年が4位、12年は8位と全国でもトップレベルとなったほか、物流センターへの投資も目立つなど、将来の飛躍に向けた動きがみられています。

今後もこうした特徴や強みを活かしつつ、成長が期待できる新しい分野の育成を進めることで、当地のモノづくりが更なる発展を遂げていくことを期待しています。

また、高山市を中心とした飛騨地方は、海外での誘客宣伝事業のほか、案内所やパンフレット、外国語標識の整備といった街ぐるみでの地道な取り組みが実を結んだ結果、国内のみならず、外国からも数多くの観光客が訪れる国際的な観光地として知られるようになっています。一昨年から昨年にかけては、原発事故や日中関係の影響で外国人観光客数は落ち込みましたが、足もとにかけては回復傾向にあるとみています。今後も、内外からの観光客を惹き付ける取り組みが、当地の観光業の発展を一段と促していくことを期待しています。

日本銀行としても、県内各部門の皆様のご尽力が成果に繋がっていくよう、中央銀行としてできる限りの応援をして参りたいと思っております。