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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

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岩手県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 森本 宜久
2013年8月29日

目次

1.はじめに

日本銀行の森本宜久です。本日は、岩手県の行政および金融・経済界を代表する皆様方にご多忙の中お集まり頂き、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より仙台支店および盛岡事務所の業務運営に多大なご協力を頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

甚大な被害をもたらした東日本大震災から2年半余りが経過しました。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、震災直後より、事業の早期復旧、そしてその後の復興に向け、懸命に取り組んで来られた皆様に対し、心から敬意を表したいと思います。

また、今年は7月、8月の大雨による被害も甚大なものとなっております。被災された方々に対し、心よりお見舞い申し上げます。

本日は、各分野における最近の業況や復興の状況、また、日本銀行の政策・業務運営に関して、皆様方が日々感じておられることなどを直接お聞きしたいという思いで当地に参りました。まず私から、経済・物価情勢を概観した後、金融政策についてご説明させて頂き、最後に、岩手県経済についても触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様方から、当地経済の実情に関するお話や忌憚のないご意見を承りたく存じます。

どうぞよろしくお願い致します。

2.最近の金融経済・物価情勢

(1)海外情勢

海外経済の概況

まず、わが国の経済の先行きを見ていくうえで重要な海外経済の動向についてお話しさせて頂きます。海外経済は、一部に緩慢な動きもみられますが、米国経済の回復の足取りが確かなものになりつつあるなど、全体としては徐々に持ち直しに向かっています。先行きについては、緩やかながらも回復に転じていくとみていますが、新興国経済が伸び悩む中で、景気の回復テンポは総じて緩慢なものに止まると見込んでいます。

これらの点について、地域別にもう少し詳しくお話ししたいと思います。

米国経済

米国経済は、財政面からの下押し圧力を受けつつも、堅調な民需を背景に、緩やかな回復基調が続いています。雇用情勢をみると、雇用者数は月20万人弱の増加を続け、失業率も低下傾向が続いています。家計部門では、年初の増税措置の影響はありますが、このように雇用情勢が改善傾向を辿り、資産価格が上昇するもとで、個人消費や住宅投資などの家計支出が堅調に推移しています。企業部門については、歳出が大幅に削減された影響もあって生産の持ち直しの動きは緩やかですが、民需が堅調に推移するもと、マインド面には改善がみられています。当面は、債務上限の引き上げなど財政問題の帰趨や、金融資本市場の動向とその住宅投資等への影響に注意が必要です。しかし、家計支出が増加基調を辿れば、企業行動も徐々に前向きに転じていき、経済全体の回復基調を強めていくと考えています。また、「シェール革命」による恩恵が、原油輸入量の減少やエネルギー価格下落、そして関連産業の設備投資などを通じて、実体経済を底上げしていく面もあります。

ユーロ圏経済

次にユーロ圏経済については、欧州債務問題が長引く中で、周縁国を中心に財政と金融システム、実体経済の間の負の相乗作用が働き、緩やかな後退を続けてきました。失業率をみると、ドイツでは6%台の低水準で推移する一方、スペインでは26%にも達するなど、域内での景況感格差が拡大しています。ただし、このところは底入れを探る動きが徐々に広がりつつあります。金融市場がひと頃に比べて落ち着き、欧州当局が財政再建目標を一時的に緩和するなど厳しい財政再建路線の部分的な軌道修正を図る中で、周縁国も含めて企業や消費者のマインドが改善してきています。また、輸出も底入れしており、4〜6月期のGDP成長率も7四半期振りにプラスとなりました。先行きも、こうした流れが続く中で、ユーロ圏経済は、底入れから持ち直しを探っていくと思われます。

中国経済

新興国に関連して中国経済をみると、良好な雇用所得環境を背景に個人消費が堅調さを維持し、固定資産投資も前年比2割増のペースで推移するなど、底堅い内需を背景に安定した成長を続けています。もっとも、経済成長率は前年比7%台半ば程度と、ひと頃に比べて低めである点は否めません。この背景には、中国当局が、成長の質の確保や格差の是正を重視し、経済の構造改革に取り組んでいることがあります。とくに、世界的な金融危機後に実施した4兆元規模の景気対策に伴って生じた生産設備や信用の急激な拡大への対応が一つの焦点となっています。いわゆる「シャドーバンキング」(影の銀行)問題もその一つです。当局は、銀行を介さない形でのものも含め、信用の拡大が行き過ぎるリスクを抑制する政策対応を進めています。この結果、貸出や社債など経済全体の信用量を表す社会融資総量の増加幅は縮小しています。こうした構造改革は成長率を抑制する方向に働きますが、一方で、当局は、今年の経済成長率7.5%程度を達成するために適時適切な微調整を行うことを表明するなど、経済成長にも一定の目配りを行う姿勢も示しています。このように当局がバランスのとれた持続的な成長を志向するもとで、中国経済は、今後も現状程度の安定した成長が続くとみています。

海外経済を巡る不確実性

海外経済を巡る不確実性として、米国の金融政策を巡る思惑が金融市場や新興国・資源国に与える影響や、中国経済、欧州債務問題の動向に十分な注意が必要だと考えています。

米国では、連邦準備理事会(FRB)の資産買入れの減額が議論されはじめています。この背景には、米国経済が緩やかながらも着実に回復していることがあり、そのこと自体は、世界経済にとってプラス材料です。また、FRBは雇用情勢の改善が継続することが実際に資産買入れペースを調整していく前提であると繰り返し指摘しています。市場にもそうしたFRBの考え方は徐々に浸透しつつありますが、市場参加者が資産買入れ縮小を意識する中で、これまで投資していた新興国・資源国市場などから資金を引き揚げる動きがみられ、今後もそうしたリスクがあります。世界経済の回復力はなお脆弱であり、急激な資金流出がみられた場合の金融資本市場や実体経済への影響にかかる不確実性は大きいと考えています。

中国経済については、安定成長を持続させていけるかが大きなポイントです。今後、製造業の過剰設備や格差問題など様々な課題を克服して安定成長を続けるうえで、「シャドーバンキング」などの経済成長を上回るペースでの急速な信用の拡大を抑えながら、構造改革を着実に進め、投資から消費へのリバランスを進めていくことができるか注視していく必要があります。

欧州債務問題を巡っては、ひと頃意識されていた「ユーロ崩壊」といった極端なテール・リスクは後退しているものの、不確実性はなお残されています。域内経済・金融の統合強化や財政改革への取り組みが後退するようなことがあれば、市場の緊張が再び高まる可能性も否定できません。当面は、9月のドイツ総選挙の帰趨など加盟国の政治情勢を注視していく必要があります。このほか中東情勢等を巡る地政学リスクにも目配りが必要です。

(2)日本経済・物価情勢

現状と見通し

次に、こうした海外経済のもとでの日本経済についてお話しさせて頂きます。日本経済は、昨年後半には、海外経済の減速等を背景として、輸出、生産が減少したほか、こうした動きが製造業の設備投資など内需にも波及し、弱めに推移する展開となりました。しかし、本年入り後は好転し、足もとでは、公共投資や個人消費などの内需が堅調に推移し、海外経済も徐々に持ち直しに向かうもとで、輸出が持ち直すとともに鉱工業生産が緩やかに増加しています。こうしたもと、6月短観では、円高修正効果が大きい製造業だけでなく、非製造業も含めて幅広い業種で業況感に大幅な改善がみられており、収益や設備投資等の事業計画も上方修正されました。経済活動の水準は緩やかに高まっており、このように所得から支出へという前向きの循環メカニズムが次第に働き始めていることから、日本銀行は、7月の金融政策決定会合で、国内景気の基調判断を「持ち直している」から「緩やかに回復しつつある」へと前進させました。

先行きについては、輸出は海外経済の持ち直しや円高修正効果などにより緩やかに増加していくとみられます。国内需要については、公共投資や住宅投資の増加傾向が続くほか、企業収益や雇用環境の改善を反映して、設備投資が緩やかに増加し、個人消費も引き続き底堅く推移していくと考えられます。そうしたもとで、鉱工業生産も、企業からの聞き取り調査なども踏まえると、緩やかに増加していくことが見込まれています。以上の内外需要や生産面の動きを背景に、わが国経済は緩やかに回復していくと考えられます。

こうした動きを若干敷衍しますと、昨年末以降の円高修正・株高の動きもあって、マインド面の改善がみられており、これが、当面、個人消費の下支えに寄与するとともに、企業の支出行動にも次第にプラスに作用していくと考えられます。個人消費の増加は、株式の保有率が高い中高年層で目立っています。団塊世代は他の世代に比べて消費性向が高いという特徴があり、企業サイドの需要掘り起こしの努力もあって、引き続き消費活動は堅調さを維持するとみられます。この間、設備投資については、先送りしてきた機械等の維持・更新投資の再開や防災・エネルギー関連の投資などから、緩やかに増加していくとみられます。公的需要の面からも、先行指標である公共工事請負額は既に大きく増加しており、今後、押し上げ効果が本格化していくと考えられます。

こうした景気回復に向けた動きを持続させ、消費者物価の前年比上昇率で2%の「物価安定の目標」を実現していくうえでは、企業業績の改善が雇用者所得に波及することが鍵となります。最近の雇用所得環境をみると、失業率や有効求人倍率などの労働需給が改善し、雇用者数が前年比プラスで推移するもと、1人当たり名目賃金は、パート比率の趨勢的な上昇による下押し圧力はありますが、夏季賞与が含まれる6月の特別給与は3年振りに増加に転じ、全体で前年比小幅のプラスにまで戻してきています。先行きの不確実性はあるものの、こうした動きが所定内賃金の引き上げにもつながっていくか確認していきたいと思います。

これらの点を踏まえて先行き3か年度の日本経済について総括的に申し上げると、予定されている二度の消費税率引き上げに伴う駆け込み需要とその反動の影響を受けつつも、生産・所得・支出の好循環が維持されるもとで、基調的には潜在成長率を上回る成長を続けると予想しています。日本銀行が7月に発表した展望レポート・中間評価における政策委員見通しの中央値では、2013年度の成長率は各種経済対策の効果や駆け込み需要によりやや高めの2.8%、2014年度は駆け込みの反動もあり1.3%、2015年度は1.5%とみています。

物価情勢

次は物価情勢です。消費者物価の前年比は、本年4月にかけてマイナスの領域で推移しましたが、このところは円高修正の影響もあって14か月振りにプラスに転じています。石油製品や電気代等のエネルギー価格上昇に加え、食料品等で原材料コスト上昇の販売価格への転嫁が進みつつあるほか、パソコンやバッグ等の輸入消費財でも販売価格の引き上げを図る動きがみられています。こうした動きに加えて、足もとでは、外食産業の一部で高価格商品を投入する動きもみられるなど、企業の価格設定行動にも変化の兆しが窺われるように思います。こうしたもと、6月短観では需給・価格見通しが明確に改善しています。先行きは、景気回復に伴うマクロ的な需給バランスの改善や、期待の転換による中長期的な予想物価上昇率の高まりなどを反映して上昇し、経済全体がバランスよく持続的に改善するもとで、見通し期間の後半にかけて、「物価安定の目標」である2%程度に達する可能性が高いとみています。具体的な数値で申し上げれば、日本銀行が7月に発表した展望レポート・中間評価における政策委員見通しの中央値では、2013年度の消費者物価(除く生鮮食品、2014・2015年度は消費税増税の影響を除くベース)の上昇率は0.6%、2014年度は1.3%、2015年度は1.9%とみています。

3.金融政策運営

(1)「量的・質的金融緩和」の導入

「量的・質的金融緩和」の枠組み

次に、金融政策運営についてお話しします。日本銀行は、デフレからの早期脱却と物価安定のもとでの持続的成長の実現に向けて、本年1月に、消費者物価の前年比上昇率で2%の「物価安定の目標」を導入しました。また、同時に、政府と日本銀行が、それぞれお互いの役割を明確に認識したうえで、デフレ脱却と持続的な経済成長の実現に向けて一体となって取り組むことを明らかにする「共同声明」を公表しました。そして、4月には、「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」を導入しました。この政策は、通貨供給量といった「量」の面と、そのために日本銀行が買い入れる資産の「質」の面の双方において、かつてなく踏み込んだものとなっています。

具体的には、第1に、量的な金融緩和を推進する観点から、金融市場調節の操作目標を、従来の無担保コールレート・オーバーナイト物から、マネタリーベース(=日本銀行券発行高+貨幣流通高+日銀当座預金)に変更しました。そのうえで、マネタリーベースを年間約60〜70兆円に相当するペースで増加させ、2年間で2倍に拡大します。第2に長期国債の保有残高が年間約50兆円に相当するペースで増加するよう買入れを行います。これにより日本銀行の長期国債保有残高は2年間で2倍以上となる見込みです。また、長期国債買入れの平均残存期間を従来の3年弱から、7年程度に延長しました。この点、実際には、金融機関の応札状況によって振れが生じるため、6〜8年程度の幅をもってみる必要があると考えています。第3に、ETFおよびJ-REITの保有残高が、それぞれ年間約1兆円、年間約300億円に相当するペースで増加するよう買入れを行います。これらの措置からなる「量的・質的金融緩和」は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで継続します。その際、経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し、必要な調整を行います。この「物価安定の目標」の実現に当たっては、企業収益や雇用・賃金の増加などを伴いながら実体経済がバランスよく持続的に改善するもとで、物価が緩やかに上昇していく、という好循環をつくり出していくことが大切だと考えています。

また、金融緩和の効果を十分に発揮していくうえで、財政の健全化に対する市場の信認を確保していくことも重要な課題です。わが国の財政状況は厳しい状況にあり、財政に対する信認が低下するような場合には、長期金利が景気・物価と整合的でない形で上昇する可能性があります。政府は、1月の「共同声明」で、持続可能な財政構造を確立するための取り組みを着実に推進することとし、先般示された「中期財政計画」の中でも2015年度のプライマリーバランスの赤字の対GDP比を半減する道筋を示すとともに、2020年度までの黒字化を目指しています。こうした方針のもとで、今後も財政健全化に向けた努力が続けられるものと認識しています。

政策の波及経路

「量的・質的金融緩和」の波及経路としては、第1に、資産買入れにより、長期金利や資産価格のプレミアムに働きかける効果があります。これは、企業や家計の資金調達コストを低下させるとともに、資産効果を通じて、企業・家計の投資・消費活動の活性化につながると考えています。第2には、より高い収益を求めて、金融機関や機関投資家の投資行動が変化し、貸出や株式等のリスク性の資産にシフトする、いわゆるポートフォリオ・リバランス効果があります。そうした過程で新興企業等へのリスクマネーの供給が拡大すれば、成長力の強化につながっていくことが期待できます。第3には、「物価安定の目標」の早期実現を明確に約束し、これを裏打ちする大規模な資産の買入れを継続することで、市場や経済主体の期待を抜本的に転換させる効果が期待できます。こうした波及経路が相乗的に作用することによって、民間需要を刺激することを通じたマクロ的な需給バランスの改善と予想物価上昇率の上昇により、物価の押し上げが実現すると考えています。

導入後の金融資本市場等の状況

「量的・質的金融緩和」導入後の実体経済や金融市場の動きをみると、「量的・質的金融緩和」を進める中、マネタリーベースは大規模な国債買入れの進捗により、目標とする年間60〜70兆円程度の増加ペースに見合った動きとなっています。導入当初は、国債市場で不安定な動きがみられましたが、実体経済や金融市場には前向きな動きが広がっており、全体として概ね意図した効果が現れつつあると認識しています。

金融環境をみると、引き続き緩和した状態となっています。企業の資金調達コストは、新規貸出約定平均金利が既往最低となるなど低水準で推移し、銀行貸出残高も前年比2%程度とプラス幅を幾分拡大して推移しています。CP、社債についても総じて良好な発行環境が続いており、社債では大型案件も出ています。また、マネーストック(M2)の前年比も4%弱と1999年以来の伸び率に高まっています。

次に金融資本市場をみると、短期金利はいずれのタームも0.1%を小幅に下回る水準で安定して推移しています。長期金利は、一時は1%に達するなど、ボラティリティが上昇しましたが、日本銀行が市場参加者と密接な意見交換を行いながら、弾力的な国債買入れの運営を行ったことから落ち着きを取り戻しています。米国の金融政策を巡る思惑などから海外の長期金利が上昇する中でも、わが国では概ね横ばいで推移しており、足もとは歴史的にみてなお低い0.7%台の水準に抑制されています。この間、予想物価上昇率については、6月短観の販売価格判断を始め企業や家計、エコノミストのインフレ予想が徐々に上昇しているほか、市場関連の指標も下げ止まったあと反転しており、全体として上昇基調にあると評価できると思います。そうしたもとで、名目金利から予想物価上昇率を差し引いた実質金利は低下方向にあります。予想物価上昇率が上昇すれば長期金利にも上昇圧力が働きますが、金融緩和の効果を強めていくためには、リスクプレミアム(タームプレミアムなど)の圧縮を通じて名目金利に押し下げ方向の圧力をかけることによって、実質金利を低めに維持していくことが重要だと考えています。先行きも、日本銀行による大規模な国債買入れが進むにつれて、金利に対する押し下げ圧力は累積的に強まっていくと考えられます。そうしたもとで、今後、長期国債で資金を運用していた投資家や金融機関が、貸出など他の資産に運用をシフトしていくポートフォリオ・リバランスの動きも着実に広がっていくと考えています。

このところは、円高修正で企業収益が改善し、株価も年初に比べて上昇しているもとで、資産効果等によって企業や家計のマインドも好転しており、民間部門の資金調達も緩やかに増加しています。今後は、「量的・質的金融緩和」の実体経済への波及効果が一段と明確になっていく中で、前向きな経済活動や期待の転換が、さらなる実体経済の改善や予想物価上昇率の高まりをもたらす好循環により、2%の「物価安定の目標」の実現につながっていくものと考えています。

(2)「貸出支援基金」への取り組み

こうした好循環を持続させていくためには、企業や家計が緩和的な金融環境を実際に活用して資金を調達し、これが投資や支出の増加を通じて、マクロ的な需給バランスの改善につながっていくことが大事だと考えています。資金需要面では、このところ前向きな動きがみられはじめていますが、なお多くの企業では設備投資を行う際に借入をせず、手許のキャッシュ・フローの範囲内で対応しています。このため、日本銀行では、強力な金融緩和に加えて、緩和的な金融環境を企業や家計に最大限に活かして頂ける状況を創出するために、「貸出支援基金」を設け、「貸出増加を支援するための資金供給」(貸出増加支援)と「成長基盤強化を支援するための資金供給」(成長基盤強化支援)の二つの措置を講じています。

貸出増加を支援するための資金供給

「貸出増加を支援するための資金供給」(貸出増加支援)は、金融機関の一段と積極的な行動と企業や家計の前向きな資金需要の増加を促すことを狙いとして導入した措置です。この枠組みでは、2012年10〜12月を基準時点とし、2013年1〜3月から2014年1〜3月末までの5四半期について、個別の金融機関が基準時点と比べて貸出を増やせば、そのネット増加額に対し、希望に応じて無制限に日本銀行が低利かつ長期の資金供給を行う枠組みとしています。ネット増加額を計算するうえで対象とする貸出には、円建てのほか、外貨建ても加えています。企業の国際的な業務展開とそれを支える金融機関の融資活動は、グローバルな需要を取り込んでいく観点から重要であり、外貨建ても含めて、海外に所在する企業への貸出や海外店貸出を支援することは、わが国の成長力を強化するうえで有効と考えています。6月に実施した初回の貸付では、約3.1兆円と大変積極的な利用がみられました。

成長基盤強化を支援するための資金供給

また、「成長基盤強化を支援するための資金供給」(成長基盤強化支援)では、成長分野への資金の流れを後押しすることを目的としています。日本銀行が、こうした資金供給の枠組みを導入したのは、デフレを克服し、物価安定の下での持続的な経済成長を実現するためには、世界に先駆けて少子高齢化が進むもとでわが国経済が直面している趨勢的な成長率低下というトレンドを逆転させ、中長期的な成長期待を高め、その軌道を引き上げていくことが重要と考えているためです。この措置では、医療・介護、環境・エネルギー、農林水産、観光など、成長力強化に資する分野への融資・投資を行う金融機関に対し、円貨と外貨のそれぞれで、長期かつ低利の資金を供給しています。これら全体で約5.5兆円の貸出枠があり、現在の残高は4兆円近くとなっています。この制度を利用した民間金融機関による投融資額は日本銀行による貸付額を大きく上回っており、日本銀行の制度が呼び水となっていると考えています。このような取り組みが、金融機関行動の積極化を引き続き促すとともに、設備投資のような企業の前向きな資金需要の増加にもつながっていくと考えています。

こうした成長力強化の流れを持続的なものとしていくうえでは、民間の経済主体の潜在能力を最大限引き出していくことが不可欠であり、金融面からの後押しに加えて、新たなビジネスモデルの展開を含む広い意味でのイノベーションが実現しやすい経済の仕組みを構築していくことが必要だと思います。最近では、社会構造の変化を捉えて、幅広いシニアビジネスや環境・エネルギー分野、情報・通信分野などでの新しい取り組みも広がりつつありますので、こうした動きを政策面からもサポートしていくことが大事です。また、労働市場の柔軟性を高めて労働力を確保していくことも重要な課題です。現在、女性の労働力率は、20歳台後半から40歳台前半にかけて7割程度へと低くなる、いわゆる「M字カーブ」となっていますが、仕事と育児の両立支援などを通じて、徐々に上昇していけば、労働力の減少ペースを緩やかにしていくことができます。さらに、60歳以上の高齢者の労働参加も進んでいくことも前提とすれば、少子高齢化が進展する中であっても、当面の間は就業者数を維持していくことが可能だと思います。

政府は、1月の「共同声明」の中で、わが国経済の再生のため、競争力と成長力の強化に向けた取り組みを具体化し、これを強力に推進することとしており、6月に策定した「日本再興戦略」では、成長戦略を実行・実現するうえで優先的に取り組むべき施策として、日本産業再興プラン、戦略市場創造プラン、国際展開戦略という3つのアクションプランが具体的な施策とともに示されています。これらの施策が着実に実行され、企業の成長期待が高まっていけば、実質金利が低下するもとで金融緩和の刺激効果は一段と強まっていくと考えられます。日本銀行としてもできる限りの貢献を果たしていきたいと考えています。

(3)東日本大震災を受けた金融面での取り組み

次に東日本大震災発生後の金融面での取り組みについてお話ししたいと思います。被災地の金融機関では、震災直後から被災店舗の復旧や仮店舗の設置を通じて金融・決済機能の維持に懸命に取り組んでこられました。預金通帳等を紛失した顧客への支払いや、損傷通貨の引き換え、被災企業に対する資金繰り支援など多方面で被災地の人々や企業のニーズに応えておられます。さらに、足もとにかけても、ビジネスマッチングや企業再生支援などを通じて、地域の復興を強力に支援されていると伺っております。

日本銀行では、震災発生直後から、主に、金融・決済機能の維持、金融市場の安定確保、経済の下支えの3つの観点から、潤沢な資金供給や金融緩和の一段の強化をはじめ、様々な措置を迅速に講じました。そうした中で、2011年4月には、被災地の金融機関を対象に、復旧・復興に向けた資金需要への初期対応を支援するため、低利かつ長めの資金供給オペを実施するとともに、担保適格要件の緩和を図ることを決定しました。この措置による資金供給の受付期間は、当初、2011年10月末までの半年としていましたが、その後累次延長し、現在では2014年4月末までとしています。

この被災地金融機関を支援するための資金供給オペの利用状況をみると、残高1兆円の枠に対して、震災1年後に約5千億円に達した後、足もとでは約4千億円前後で推移しています。復興関連の様々な資金が流入する中で、被災地の金融機関の資金繰りに総じてゆとりがあるため、枠に対して比較的少額の利用に止まっていますが、予期せぬ資金需要に対する安全弁としての効果を発揮しており、復旧・復興に向けた資金需要への対応を陰で支えているものと考えています。被災地ではこれから復興が進み、資金需要が増加していくと考えられますので、日本銀行としても、復興支援に取り組んでおられる金融機関が積極的に貸し出しできるよう、しっかりとバックアップして参りたいと考えています。

4.おわりに ― 岩手県経済について ―

以上、景気動向や金融政策運営についてお話ししました。最後に、岩手県経済についてお話ししたいと思います。

岩手県では震災の影響が未だ色濃く残っています。現在も4万人近くの方々が仮設住宅で生活を送っておられ、沿岸部では引き続き経済活動が大きく損なわれている地域も多くみられます。この間、関係者の皆様は、地域の復興に向けて、大変なご苦労、ご努力を続けておられると聞いております。

そうしたもとでの県内の経済情勢をみますと、製造業では輸出関連業種を中心に持ち直しに向けた動きがみられるほか、非製造業でも、生活再建需要や復興関連需要の増加等を背景に、建設関連や個人消費関連の業況が底堅く推移しています。観光面では、世界文化遺産の平泉を中核とした国内外からの集客効果がみられるほか、被害の大きかった沿岸地域でも、NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」の放映で当地の魅力が全国に広まり、明るさを取り戻しつつあると聞いております。

こうした中、被災企業におかれては、事業再建に向けた必死の取り組みを続けるとともに、急速な少子高齢化の進展やグローバル化といった産業構造の変化も踏まえて未来像を描き、新たな事業展開にチャレンジする動きも広がりつつあると伺っています。また県でも、復興計画の中に「三陸創造プロジェクト」を策定し、研究施設の誘致や再生エネルギーの推進などを通じた産官学の連携強化や新産業の創出、豊かな自然や文化を活かした交流人口の拡大に積極的に取り組んでおられます。今後は、被災者の方々の生活再建の動きも本格化してくるとみられます。こうした取り組みを通じて、県経済の復興が確かなものとなり、新たな成長産業や企業の育成、雇用の創出や地域の活性化につながっていくことを心から祈念しております。日本銀行としても引き続き最大限の貢献を続けて参りたいと考えています。

ご清聴ありがとうございました。