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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営

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石川県金融経済懇談会における挨拶

日本銀行副総裁 岩田 規久男
2014年9月10日

目次

1.はじめに

日本銀行の岩田でございます。本日はお忙しい中、石川県を代表する皆さまとの懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆さまには、日頃から日本銀行金沢支店の業務運営にご協力を頂いており、この場をお借りして、改めて厚くお礼申し上げます。

日本銀行は、2013年1月に消費者物価の前年比上昇率2%という「物価安定の目標」を設定し、この目標の実現に向けて、2013年4月以降、「量的・質的金融緩和」と呼ばれる強力な金融緩和を進めています。

「量的・質的金融緩和」を導入してから、1年5か月が経過しましたが、これまでのところ所期の効果を発揮しています。こうした金融政策の効果は、今後さらに強まっていくと思っており、そのためには、私たちの政策の趣旨について、国民の皆さまに理解を深めて頂くことがとても重要であると考えています。

そこで、本日は、皆さまとの意見交換に先立ち、日本経済の現状と先行きについての見方をご説明したうえで、「量的・質的金融緩和」という政策の背景にある考え方について、改めてご説明したいと思います。

2.日本経済の現状と先行き

(1)経済情勢

まずは、わが国経済の現状と先行きについてご説明します。わが国経済は、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動がみられていますが、基調的には緩やかな回復を続けています。今週公表されたGDP統計をみると、1〜3月に前期比+1.5%と大幅に増加したあと、4〜6月はその反動から前期比−1.8%と大幅に減少しました(図表1)。4〜6月の落ち込みが大きかったため、わが国の景気回復に懐疑的な見方もみられています。もっとも、1〜3月の駆け込みが大きかった分、その反動減が大きくなり、4〜6月に大きく落ち込むということは、事前に予想されていたことです。景気回復について重要なことは、一時的な要因を除いたメカニズムであり、日本銀行としては、家計・企業の両部門において、景気の前向きな循環メカニズムはしっかりと維持されているとみています。以下では、家計部門、企業部門でみられている前向きな循環メカニズムについて、順にご説明したいと思います。

家計部門

それでは最初に、家計部門でみられている前向きな循環メカニズムについて、お話します。

まず、雇用・所得動向をみると、労働需給は着実な改善を続けています。直近7月の失業率は3.8%、有効求人倍率は1.10倍と、リーマン・ショック前の水準まで回復しており、6月の短観における雇用人員判断をみても、非製造業を中心に雇用の不足感は強まっています(図表2)。また、常用労働者数は、前年比1%台半ばの伸び率で増加しています(図表3)。

このように労働市場のタイト化が進むもとで、パート労働者の時間当たり名目賃金は、前年比上昇を続けています。また、一般労働者の一人当たりの名目賃金の前年比も、この春の賃金改定交渉で実施されたベースアップの効果が所定内給与に徐々に現れ始めているほか、所定外給与や夏のボーナスの増加から、プラスとなっています。この結果、労働者一人当たり名目賃金は、徐々にプラス幅を拡大しています。名目賃金に雇用者数を掛けることによって求められる雇用者所得も、ここ数か月は前年比2%程度の伸びで増加しており、7月にはプラス幅がさらに拡大しています。

このように雇用・所得環境が着実に改善するもとで、個人消費は、基調的に底堅く推移しており、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の影響も徐々に和らぎつつあります。企業からのヒアリングによれば、自動車などの耐久消費財では駆け込みが大きかった分、その反動減も長引いているとの見方もありますが、百貨店や食品スーパーなどの企業からは、反動の減少幅は徐々に縮まっているとの声が多く聞かれています。

先行きについては、景気回復に伴う労働需給のタイト化が続くことに加えて、後ほどお話する企業収益の改善や予想インフレ率の高まりもあって、名目賃金は次第に上昇傾向がはっきりしてくると予想しています。こうした雇用・所得動向を背景に、家計部門の前向きな循環メカニズムが維持されるとみています。もっとも、消費税率の引き上げに伴う実質所得のマイナスの影響が家計の支出行動に与える影響については、引き続き注意深く点検していきたいと思います。

企業部門

次に、企業部門についてご説明します。

企業部門の動きをみると、輸出は弱めの動きとなっており回復が後ずれしていますが、後ほど詳しく申し上げるように、先行きは緩やかな増加に向かっていくとみています。

こうした輸出のもたつきにもかかわらず、企業の前向きな循環メカニズムは維持されています。すなわち、現在、企業収益は改善を続けています。上場企業の4〜6月期決算をみると、海外販売の好調などから連結ベースで増益を続け、企業業績は総じて良好な水準を維持しています。企業マインドも、非製造業を中心に駆け込み需要の反動の影響から一時的には悪化しましたが、全体としては良好な水準が維持されています。このうち製造業大企業については、輸出の弱めな動きにもかかわらず、マインドの改善傾向は維持されています。これには、今ご説明したように、企業業績が良好な水準を維持していることが背景として考えられます。

このように企業収益が改善を続け、マインドも総じて良好な水準にあるもとで、設備投資は非製造業を中心に緩やかに増加しています。これまでやや勢いを欠いていた製造業の設備投資についても、回復が明確になってきました(図表4)。先行きについては、企業収益が改善傾向を続ける中で、予想実質金利の低下などを通じた金融緩和の効果が強まっていくことから、設備投資は緩やかな増加基調を辿ると予想しています。6月の短観でも、全産業全規模ベースでみた2014年度の設備投資計画は、増加する見込みであることが確認されています。このように企業収益の改善や良好なマインドを背景に、企業部門の前向きな循環メカニズムは維持されるとみています。

先行きの景気と懸念材料

先行きのわが国経済は、今ご説明した家計・企業の両部門における景気の前向きな循環メカニズムが維持されることから、緩やかな回復基調を続けるとみています。日本銀行では、7月の金融政策決定会合において、2016年度までの経済・物価見通しの中間評価を行いました。政策委員の実質GDP成長率見通しの中央値を申し上げると、2014年度は+1.0%、2015年度は+1.5%、2016年度は+1.3%となる見通しです(図表5)。

こうした見通しに関する懸念材料としては、輸出の動向が挙げられます。先ほども申し上げたとおり、現状、わが国の輸出は弱めの動きとなっています。このところの輸出の弱さの背景としては、基本的には、新興国経済のもたつきなど循環的な要因の影響が大きいと考えています。また、1〜3月に寒波等の影響を受けた米国経済の減速が予想以上に大きかったことが、春先まではラグを伴って輸出を下押ししていた面もあるとみられます。加えて、製造業において海外生産を拡大する動きが相次いでいることが、海外経済の回復ペースと比べてわが国からの輸出が伸び悩んでいる構造的な要因として影響しているとも考えられます。

先行きについて、新興国の一部では、当面、財政赤字や経常収支赤字などの構造的な問題を抱えるもとで、内需を中心に成長テンポの抑制された状態が続くとみられます。もっとも、米欧など先進国の成長率が高まっていくほか、中国経済も安定した成長を維持するとみられ、そうした影響が新興国にも及んでいくことから、海外経済全体としては、次第に成長率が高まっていくとみています。7月に公表されたIMFの世界経済見通しでも、世界経済の成長率は、2013年に+3.2%まで減速した後、2014年は+3.4%、2015年は+4.0%と次第に回復のテンポが高まっていく姿となっています(図表6)。従って、これまで輸出の伸び悩みの背景となってきた循環的な要因は徐々に剥落していくとみられることから、先行きの輸出は緩やかな増加に向かっていくと考えています。また、やや長い目でみると、かつての過度な円高水準の修正は、海外生産比率の上昇ペースを鈍化させることなどを通じて、輸出を下押しする程度を和らげる方向に働くとみています。

(2)物価動向

続いて、物価動向についてお話します。生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみて、7月は+1.3%となっており、「物価安定の目標」である2%の実現に向けての道筋を順調に辿っているとみています(図表7)。

物価動向をみるうえで重要なことは、毎月の消費者物価指数の数字は振れを伴うものであって、基調的な物価上昇圧力は、「需給ギャップの改善」と「予想インフレ率の高まり」という2つの要因で決まるということです。物価の基調を判断するためには、こうした2つの要因を丹念に点検していく必要があります。先ほど申し上げたとおり、労働需給が引き締まっているほか、設備についても過剰感はほぼ解消され、稼働率が高まっています。こうしたもとで、需給ギャップは緩やかに改善し、最近ではゼロ近傍になっています(図表8)。また、後ほどご説明するように、中長期的な予想物価上昇率は、全体として上昇しているとみられます。

先行きの消費者物価については、潜在成長率を上回る成長を続けるもとでマクロ的な需給バランスが改善していくことに加えて、予想インフレ率の高まりを背景に、賃金の上昇を伴った緩やかな物価の上昇が続くと見込んでいます。やや仔細に申し上げると、暫くの間は、石油製品を中心としたエネルギー関連のプラス寄与が縮小していくことから、1%台前半で推移するとみています。しかし、その後は需給バランスが需要超過方向で推移し、中長期の予想インフレ率が上昇していくもとで、再び上昇傾向を辿り、2014年度から16年度までの見通し期間の中盤頃、すなわち2015年度を中心とする期間に、「物価安定の目標」である2%程度に達する可能性が高いと考えています。7月の中間評価における消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、政策委員見通しの中央値で申し上げると、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみて、2014年度は+1.3%、2015年度は+1.9%、2016年度は+2.1%となる見通しです(前掲図表5)。

3.金融政策運営について

(1)「量的・質的金融緩和」とは

ここからは、日本銀行の金融政策運営に関して、いくつかのポイントに触れたいと思います。

日本銀行が昨年の4月から進めている「量的・質的金融緩和」には、大きく二つの柱が存在します(図表9)。

第一の柱は、2%の物価安定目標の早期達成についての「コミットメント」です。すなわち、「2%の物価安定目標を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現すること」について、日本銀行が「明確に約束している」ということです。

第二の柱は、第一の柱であるコミットメントを「具体的な行動で示す」ということです。具体的な行動は、「量的・質的」という言葉のとおり、日本銀行のバランスシートの「量」の拡大と「質」の変化の両面に表れています。

「量」の拡大とは、長期国債を中心とした各種資産の買入れにより、中央銀行から金融システムに供給されるマネー(マネタリーベース)を大幅に増加させることです。

「質」の変化とは、リスクのより大きな資産を購入することです。長期国債については、満期の長い銘柄を買入れの対象に含めました。また、資産価格のプレミアムに働きかけるため、ETFとJ-REITの買入れ規模も拡大しています。

(2)「量的・質的金融緩和」の波及経路

多くの方のご関心は、こうした二つの柱からなる「量的・質的金融緩和」が、どのような波及経路を通じて実体経済に影響を及ぼすのか、そして、現時点でその効果がどこまで及んでいるのか、という点にあると思います。

まず、金融緩和の波及経路についてご説明すると、最初の重要なポイントは、「予想実質金利の引き下げ」です(図表10)。予想実質金利とは、金融市場や銀行の店頭などで目にする名目金利から、皆さんの予想する将来のインフレ率を差し引いた数値にあたります。名目金利が「見た目の数字」であるのに対し、予想実質金利は、「個々の経済主体が予想する、物価の変化を考慮した実質的な金利」ということになります。

「量的・質的金融緩和」は、長期国債の大規模な買入れ等を通じて名目金利に下押し圧力をかける一方、予想インフレ率を押し上げることにより、その差分である予想実質金利を低下させることを意図しています。

予想実質金利が低下すると、様々な面から実体経済における需要が刺激されます(図表11)。例えば、予想実質金利が低下すると、相対的に不利になった現預金や債券から、株式や土地・住宅等の実物資産、あるいはより金利の高い外貨への資金シフトが起り、その結果、株高や外貨高による資産効果によって家計の消費が刺激されます。

また、予想実質金利の低下に加え、消費の増加、株高および円安など複数の要因に後押しされた企業は、設備投資に積極的になると考えられますし、円安による輸出の押し上げ効果も期待されます。

こうした各チャネルにおける需要の増加によって、経済全体における需要不足が解消されることで、物価が上昇し、デフレからの脱却が見通せるようになるのです。

需要の拡大を受けた生産の増加が進めば、労働需給の改善による雇用者所得の増加が家計部門の消費をさらに押し上げ、企業収益の増加は設備投資を押し上げるというように、経済の好循環につながっていくでしょう。

(3)「量的・質的金融緩和」の効果

実際の経済状況をみると、ご説明したような波及経路を通じて、これまでのところ、金融政策は所期の効果を発揮しています。

すなわち、長期国債金利をはじめとする名目金利が安定的に推移する一方、後ほどご説明するように、各経済主体の予想インフレ率は全体として上昇しているため、名目金利から予想インフレ率を差し引いた予想実質金利は低下しています。消費や投資といった民間需要が刺激された結果、経済全体の総需要が拡大し、13年度の実質経済成長率は、2年度続いたゼロ%台から、2.3%へと急上昇しました。こうしたもとで、消費者物価は「物価安定の目標」である2%程度に向けて趨勢的に上昇しています。

総需要の拡大に対応して、企業部門は生産活動を活発化させており、それに伴って、労働力に対する需要も高まっています。雇用者数が増加するとともに、名目賃金も上昇傾向にある結果、全体としての雇用者所得は増加しており、内需の下支えにつながっています。

このように、「量的・質的金融緩和」は、すでに実体経済に対して相応の効果を発揮しつつあり、今後は、生産・所得・支出の好循環が持続することで、金融緩和の効果はさらに強まっていくと考えています。

  こうしたお話しをすると、「名目賃金の上昇が物価の上昇に追いつかない結果、実質的な賃金水準は下がっているのではないか」とのご批判を受けることがあるのですが、私としては、「物事には順序があるので、もう少し辛抱強く政策効果を見守ってほしい」と申し上げています。

企業側の立場で考えると、一旦増やした正社員は簡単に減らせませんし、一旦上げた給与はなかなか下げられません。そのため、雇用の増加はまず非正規雇用という形で始まることが多く、賃金の上昇についても、まずは特別給与(ボーナス)や所定外給与の増加という形をとるのが一般的です。所定内給与は、これまでパート比率が上昇し続けてきたため、前年比で低下傾向が続きましたが、14年5月には下げ止まり、6月には上昇に転じました。

物価動向を勘案した実質的な賃金は、最近まで下落が続いていました。しかし、4月の消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみると、一般労働者については6月、パートタイム労働者についても7月には、それぞれ上昇に転じました(図表12)。

今後、生産・所得・支出の好循環が持続するもとで、先行きの景気動向や自社の業績についての見通しが確かなものになっていけば、物価上昇率に見合う安定的な賃金の上昇も実現しやすくなります。そのためにも、物価安定目標の安定的な実現に向けて、適切な金融政策運営を続けていくことが重要だと考えています。

(4)インフレ予想と物価

先ほども述べたように、予想実質金利に下押し圧力をかけるためには、人々のインフレ予想に働きかける必要があります。15年もの長きにわたって続いたデフレの下で、物価の上昇を経験したことのない若年層も増え、人々の意識には「物価は上昇しない」というイメージが定着してしまっています。こうしたデフレ・マインドを払拭し、緩やかなインフレへと人々の予想を転換していくことは、非常に難しい課題であり、だからこそ、これほどの大規模な金融緩和が必要となったわけです。

様々なアンケートや市場の指標をみると、人々の予想する物価上昇率は、総じて上昇傾向にあるといえます(図表13、14)。これは、「量的・質的金融緩和」による予想への直接的な働きかけが、広範囲にわたって浸透してきていることに加え、需給ギャップの改善によって現実の物価上昇率が高まったことで、「実際の物価上昇をこの目で見るまでは信じられない」という人々の中にも、予想を転換する向きが増えてきたということであり、今後もこの傾向は強まっていくものとみています。

インフレ予想の高まりは、先ほどご説明したような、「予想実質金利の低下による総需要の拡大」というルートとは別に、現実の物価上昇率を直接的に押し上げる効果も発揮します。人々が将来の物価上昇を予想すると、その予想を前提として価格や賃金の設定をするようになるからです。

景気と物価上昇率の関係を示す概念としてフィリップス曲線というものがありますが、最近の物価上昇率は、デフレ期のフィリップス曲線から予想される水準よりも、明らかに高くなっています(図表15)。これは、足許の物価上昇率が、実体経済の改善による効果に加えて、予想インフレ率の上昇がもたらすフィリップス曲線自体への上方圧力によって、さらに押し上げられていることを示唆するものと考えられます。

(5)物価上昇の要因―円安と物価―

このような状況から、日本銀行としては、先ほど申し上げたとおり、2%の物価安定目標は達成できるものと考えていますが、当然ながら、そのことに否定的なご意見も聞かれます。代表的なものは、「現在の物価上昇は円安による輸入物価(特にエネルギー価格)の上昇によるものであり、その効果が剥落すれば物価上昇のペースは下がるに違いない」という議論でしょう。

しかし、実際のデータを確認すると、「量的・質的金融緩和」以前は、為替レートの変化と物価上昇率の間に、有意な相関は見出せません(図表16)。つまり、円安が物価上昇をもたらすという関係は、必ずしも成立していないのです。

この理由を簡単にご説明すると、「他の条件を一定とした場合、円安などによって輸入品の価格が上昇すると、それ自体は物価の上昇要因である一方、そのことによる実質的な所得の減少は、輸入品やそれ以外の財・サービスに対する需要を減少させ、それらの価格を引き下げる効果をもたらす」ということです。例えば、ガソリンの価格が上がったら、車の走行距離を抑えたり、他の買い物を控えたりするようになることをイメージして頂くと、理解しやすいのではないでしょうか。

ドル・円レートと消費者物価の前年比の間に明確な相関がみられるようになったのは、「量的・質的金融緩和」開始以降の短期間のことです(図表17)。このことは、現在の物価の上昇が、単に円安化によってもたらされたものではなく、「量的・質的金融緩和」に、それ以前の金融緩和政策にはなかった物価を押し上げる力があるためであるということを示唆しています。

このように、円安などを原因とした特定の財・サービスの価格上昇が、全体としての需要や物価に対して最終的に及ぼす影響は、様々な波及効果の集積として決まってくることであり、一対一の関係として語れるものではありません。言い換えると、ミクロの変化を単純に積み上げても、マクロの変化を予想することはできないということです。

マクロ的な物価の動向を予想する際には、やはりマクロの視点で分析することが必要です。具体的には、経済全体の供給力に対して、どのくらいの総需要が存在しているのかという、需給ギャップ分析が重要になります。

足許の物価上昇の最大の要因は、金融政策の効果などによって経済全体の需要が拡大していることであり、そうした需要圧力があるからこそ、輸入品のコスト増や消費税率引き上げの価格転嫁も、円滑に行われているのだと考えています。

(6)「量的・質的金融緩和」と成長戦略

このように、金融政策が所期の効果を発揮し、需給ギャップが改善する中で、デフレ局面では表面化してこなかった人手不足や設備不足などの供給面での制約が、次第に意識されるようになってきました。

そもそも、生産年齢人口、すなわち働き手が1996年から減少し始めたにもかかわらず、失業率が当時の3%台前半から2000年代に5%台へと上昇したこと自体が異常であり、働き手の減少により人手不足となった現在の経済こそが正常な姿です。日本経済は、今ようやく正常な姿に戻りつつあるのです。

趨勢的な生産年齢人口の減少や生産性の伸びの鈍化、設備投資の停滞などにより、現在のわが国の潜在成長率は0%台半ばまで低下しているものと推計されています。需給ギャップの改善によって供給面の課題が浮き彫りになってきた今こそ、資本ストックの蓄積、労働人口問題への対応や規制・制度改革を通じたイノベーションの活性化などの成長戦略を着実に進め、潜在成長率の引き上げにつなげていくことが強く期待されます。

もっとも、ここで成長力強化の重要性について触れるのは、それが物価安定目標達成の必要条件だと申し上げる趣旨ではありません。潜在成長率の水準に関わらず、2%の物価安定目標自体は、金融政策の適切な運営によって達成することが可能です。また、金融緩和によって総需要が拡大すれば、労働者がより効率的に働けるようになったり、マインドの改善した企業がリスクを取って資本設備を増やしたり、技術革新を進めたりする結果として、ある程度潜在成長率を押し上げる効果も期待できます。

しかしながら、政府が掲げる「10年間の平均で実質GDP成長率2%程度」という目標を達成し、かつ維持するためには、そうした金融緩和による補助的な成長力の押し上げ効果だけでは十分ではなく、やはり成長戦略によって抜本的な構造改革を推し進め、潜在成長力を高めていく必要があるということです。

もっとも、デフレ不況下では、規制緩和を通じた競争促進政策などによる痛みに対して、強い抵抗が生じるため、構造改革も進めることができません。だからこそ、デフレから脱却して、中長期的に2%程度のインフレを維持する金融政策が、構造改革を進めて潜在成長率を高めるための必要条件であるというのが、副総裁就任以前からの私の一貫した考えです。

いずれにしても、日本銀行としては、自らの責任において、できるだけ早期に2%の物価安定目標を実現するよう、適切な金融政策運営に努めてまいります。

4.おわりに

最後に、石川県の経済についてお話しさせていただきます。

石川県は、モノづくりが盛んな地域として、世界に通用するオンリーワン技術を有する企業が多数立地しています。また、当地には元気な中小企業が多く存在しており、経済産業省が発表した「元気なモノ作り中小企業300社」において、選定企業の割合が全国よりも高い状況となっています。さらに、人材という点では、女性就業率が全国1位であり、就業率全体でみても全国上位となっています。

石川県経済の現状については、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動の影響を受けつつも、緩やかに回復していると認識しています。雇用・所得環境の改善を背景に、個人消費が基調として緩やかに持ち直しているほか、設備投資は企業収益が着実に改善する中、増加しています。この間、公共投資は高水準で推移しているほか、住宅投資は駆け込み需要の反動がみられるものの、下げ止まりつつあります。こうした需要動向のもとで、生産は高水準で推移しているほか、雇用・所得も改善しており、前向きの景気循環メカニズムが働いています。

こうした中、来年3月の北陸新幹線金沢開業が観光とビジネスの両面で当地経済を一層活性化させるものと期待しています。観光面では、当地を訪れる観光客の増加が期待されており、こうした需要の増加に対応するため、ホテルや商業施設等の新設やリニューアルが相次いでいます。ビジネス面でも、新たな販路や取引先の開拓、企業誘致などに向けた取り組みがみられています。

また、当地では、繊維産業の集積地という特徴を活かし、産官学が連携して炭素繊維の新素材開発プロジェクトが進められているほか、航空機関連や医療・福祉といった新たな産業育成に向けた取り組みが進んでいると伺っています。北陸新幹線金沢開業を期に、幅広い分野で官民一体となった地域活性化の取り組みを一段と強化し、当地経済がますます発展していくことを期待しまして、私からの話を終わらせていただきます。

ご清聴ありがとうございました。