【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営
大阪経済4団体共催懇談会における挨拶
日本銀行総裁 黒田 東彦
2014年9月16日
目次
1.はじめに
日本銀行の黒田でございます。本日は、関西経済界を代表する皆様とお話しする機会を頂き、誠にありがとうございます。また、皆様には、平素より、私どもの大阪、神戸、京都の各支店が大変お世話になっており、厚くお礼申し上げます。
昨年4月、日本銀行は、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に2%の「物価安定の目標」を実現するため、「量的・質的金融緩和」を導入しました。昨年11月の本席では、この政策を進めるもと、実体経済や金融市場、人々のマインドや期待などが好転していると申し上げましたが、その後も「量的・質的金融緩和」は所期の効果を着実に発揮しています。政策を導入した昨年4月に−0.4%だった消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみて、最近では+1.3%まで改善しています。このように、日本経済は、なお途半ばではありますが、2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調にたどっています。
本日は、皆様との意見交換に先立ちまして、日本銀行の経済・物価に対する見方や金融政策運営についてお話しさせて頂きたいと思います。
2.内外経済の動向
日本経済の現状と先行き
まず、日本経済の現状と先行きについてご説明します。
わが国の景気は、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動はみられていますが、基調的には緩やかな回復を続けていると判断しています。先週公表されたGDP統計(二次速報値)をみると、本年4〜6月の実質GDPは、前期比年率−7.1%と大幅なマイナス成長となりました(図表1)。もっとも、これは1〜3月が駆け込み需要から同+6.0%と大きくプラスとなった反動であり、こうした振れを取り除くため、1〜3月と4〜6月を合わせてその前の半年間、すなわち昨年7〜12月と比較すると、年率+1.0%の成長となります。このように、均してみれば、潜在成長率を上回る成長が続いています。やや詳しめにみても、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動が依然としてみられているほか、輸出や生産は弱めの動きとなっていますが、雇用・所得環境の着実な改善が続き、家計のコンフィデンスは改善しています。また、企業も、業績が良好なこともあり、積極的な投資スタンスを維持しています。このように、家計・企業の両部門において所得から支出へという前向きな循環メカニズムはしっかりと作用しております。先行きについても、こうしたメカニズムが働くもとで、わが国経済は緩やかな回復基調を続け、駆け込み需要の反動の影響も次第に和らいでいくとみています。そこで、続いて、家計部門、企業部門それぞれについてお話しします。
家計部門:底堅い個人消費
まず、家計部門についてですが、雇用・所得環境が着実に改善するもとで、個人消費は基調的に底堅く推移しています。消費税率引き上げの影響については、駆け込み需要の規模が大きかった自動車や家電といった耐久財では、その分だけ反動減の縮小テンポが鈍くなっています。一方、百貨店やスーパーの売上高は、月々の振れを均してみれば、持ち直し傾向をたどっています。また、外食や旅行などのサービスについては、そもそも消費税率引き上げの影響は限定的であり、底堅い動きを続けています。このように、品目による程度の差はありますし、地域によって天候要因が影響した面はありますが、全体としてみれば、反動の影響は徐々に和らぎつつあります。先行きについても、雇用・所得環境の改善が着実に進むもとで、個人消費は底堅く推移していくとみています。
家計部門に関しては、このところ、物価上昇に賃金の上昇が追い付いておらず、物価上昇率を勘案した実質賃金が減少し、それが個人消費を下押ししているという意見も聞かれます。この点については、消費税率引き上げに伴う影響と本来の物価上昇とを区別して考えることが重要です。4月以降の消費者物価の上昇率は、消費税率引き上げ分によって一時的に嵩上げされているため、賃金の上昇率はこれを下回っています。もっとも、消費税率の引き上げは以前から予定されていたものであり、ここにきて新たな下振れ要因が生じているわけではありません。私どもも、消費税率引き上げ以前から、これを前提としたうえで経済・物価の見通しを作成しています。また、消費税率の引き上げが実質所得にマイナスの影響を与えるのは事実ですが、財政や社会保障制度の持続性に対する信認を高めることにより、家計の支出行動に対するマイナスの影響をある程度減殺する力も働くと考えられます。
そのうえで、最近の家計の所得環境についてみると、雇用者所得はこのところ前年比2%程度の伸びで増加しており、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみて1%台前半で推移している消費者物価の上昇率を上回る伸びとなっています(図表2)。具体的には、ベースアップが久方ぶりに多くの企業で実施されたことから、所定内給与が前年比プラスに転じました。また、夏季賞与の増加などから特別給与がしっかりと増加しています。さらに、この間には雇用者数も増加しています。今後も、景気が緩やかに回復するもとで、雇用環境の改善傾向は続き、賃金にはさらに上昇圧力がかかっていくと予想されるため、雇用者所得は緩やかな増加を続けるとみています。こうした雇用・所得環境の改善に支えられて、今後も個人消費は底堅く推移し、駆け込み需要の反動の影響もさらに和らいでいくとみています。
企業部門:緩やかに増加する設備投資
次に企業部門をみると、生産は、駆け込み需要の反動減の影響が大きい自動車などの耐久財や建設財を中心に、このところ弱めの動きとなっています。また、後ほど詳しく説明しますが、海外経済の回復の遅れなどを背景に、輸出も勢いを欠いています。もっとも、そうした中でも、企業収益やマインドは良好であり、設備投資に対する前向きなスタンスが維持されています。実際、4〜6月期の上場企業決算における収益の実績は、事前予想を上回っているとの見方が多いようです。また、各種アンケート調査では良好な企業マインドが示されており、設備投資も国内を中心に増加する計画となっています。
設備投資については、海外生産シフトの進展などから伸びは期待できないとの指摘もありますが、私はむしろ、現在は増加しやすい環境にあると考えています(図表3)。すなわち、第1に、長年にわたる投資抑制の結果、設備の老朽化が進み、円滑な生産に支障をきたす事例が出てきていることから、「更新投資」のニーズが高まってきています。第2に、人手不足で賃金が上昇する一方、設備投資資金を調達する際の借入金利は低水準であるため、追加で人を雇うよりも「省力化投資」を行う方が有利な環境になってきています。第3に、過度な円高水準の修正が始まってから2年近くが経過し、再び日本国内において研究開発などの「拠点整備のための投資」が実行に移され始めているようです。
こうした環境のもと、先行きも企業収益の改善傾向は続くと見込まれますので、所得から支出への前向きの循環メカニズムがしっかりと働き、設備投資は増加基調を続けるとみています。
輸出と海外経済
以上申し上げたように、今後も内需の堅調さは維持されると予想しています。一方で、外需についてみると、勢いを欠く状況が続いています(図表4)。この背景としては、新興国経済など世界経済のもたつきという循環的な要因のほか、製造業における海外生産の拡大など構造的な要因も働いているとみています。もっとも、先行きについては、先進国を中心に海外経済の成長率が高まるなど、循環的な要因が好転していくもとで、付加価値の高い製品を中心に、輸出は緩やかな増加に向かっていくと考えています。実際、資本財・部品の輸出の先行指標となる機械受注の外需が増加基調にあるほか、短観における先行きの海外での製商品需給判断DIも改善傾向にあるなど、好転の兆しがみられ始めています。
もちろん、こうした輸出の見通しは、海外経済の回復が続くことが前提となります。この点、各地の地政学的リスクなど心配な点はいくつかありますが、米国の景気回復が明確になってきていることから、先進国を中心に世界経済は回復を続ける可能性が高いと考えています。7月に公表されたIMFの最新の世界経済見通しをみても、2013年に前年比+3.2%まで減速した後、2014年は+3.4%、2015年は+4.0%と次第に回復テンポが高まっていく姿となっています(図表5)。地域別に若干付言しますと、米国では、ここにきて家計部門の堅調さが企業部門に波及してきており、最近では設備投資の持ち直しが明確になってきています。こうした動きは、一部の資本財・部品など日本の得意分野における需要の増加につながる可能性があるため、わが国の輸出の先行きにとって一つのポイントとなります。欧州については、消費者物価の前年比上昇率が+0.3%まで低下するなど、ディスインフレ傾向が続いていることが懸念材料です。ただ、ひと頃話題となった欧州債務問題に関する国際金融市場の見方は落ち着いていますし、欧州中央銀行は6月、9月と相次いで金融緩和措置を講じています。こうしたもとで、基本的には、先行きも緩やかながらも回復を続けるとみておいてよいと思います。中国では、不動産市場の調整が続いていますが、金融・財政両面からの景気刺激策を講じるなど、政府が景気への配慮を続ける方針であるため、概ね現状程度の安定した成長を続けると考えています。その他の新興国・資源国については、全体として勢いを欠く状態が続いていますが、次第に先進国の景気回復の影響が及んでいくとみています。一方で、ウクライナやイラクなどいくつかの地政学的リスクには、引き続き注意が必要だと思っています。
このように、メインシナリオとしては先進国を中心に海外経済は回復を続けると判断しており、そのもとで、わが国の輸出は緩やかな増加に向かっていくと考えています。
3.わが国の物価情勢
続いて、わが国の物価情勢についてお話しします。
冒頭に申し上げたように、「量的・質的金融緩和」を導入した昨年4月にマイナスだった消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、その後プラスに転じ、最近では1%台前半まで改善しています(図表6)。こうした動きの背景には、需給ギャップと予想物価上昇率の改善があります。まず、需給ギャップについては、消費税率の引き上げに伴う駆け込みと反動の影響はありますが、基調的には潜在成長率を上回る成長を続けていることから、過去の長期平均並みであるゼロ%近傍まで改善してきています。また、予想物価上昇率についても、月々の振れはありますが、均してみれば全体として上昇してきています。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比が1%を超える上昇を続ける中で、企業の価格戦略については、これまでの低価格戦略から、付加価値を高めながら販売価格を引き上げる動きがみられてきています。賃金についても、今年の春闘でもみられたとおり、労使間の交渉において物価上昇率の高まりが意識されるようになってきています。
こうした需給ギャップと予想物価上昇率の改善は、今後も続くと見込まれます。そのため、消費者物価の先行きについては、暫くの間、1%台前半で推移した後、本年度後半から再び上昇傾向をたどり、2014年度から16年度までの見通し期間の中盤頃に、「物価安定の目標」である2%程度に達する可能性が高いとみています。
4.2%の「物価安定の目標」実現に向けた金融政策運営
最後に、金融政策運営についてお話しします。
現在、日本銀行は、2%の物価上昇率が安定的に持続する状態を目指して「量的・質的金融緩和」を推進しています。ここでいう、2%の物価上昇率が安定的に持続する状態とは、景気が普通の時でも「物価がだいたい2%くらい上がる」ような経済・社会の姿が実現した状態だと言えます。企業は価格設定を検討する際や労使間の賃金交渉を行う際に、2%の物価上昇率を前提として意思決定ができるようになるということです。こうした経済・社会が実現すれば、景気悪化などによって物価や賃金に一時的な下落圧力がかかっても、いずれは2%に戻るという予想のもとで経済活動が行われますので、継続的に物価や賃金が下落するというデフレに陥るリスクが小さくなります。
本日ご説明しましたように、日本経済は2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調にたどっています。ただし、なお途半ばであり、日本銀行としては、今後も、2%の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続していきます。また、仮に何らかのリスク要因によってこうした見通しが下振れ、「物価安定の目標」の実現のために必要になれば、躊躇なく調整を行っていく方針です。こうした金融政策運営によって、長きにわたるデフレから脱し、2%の緩やかな物価上昇を前提にできる経済を実現することをお約束して、私からのご挨拶とさせて頂きます。
ご清聴ありがとうございました。