【挨拶】わが国の経済・金融情勢と金融政策
山梨県金融経済懇談会における挨拶要旨
日本銀行政策委員会審議委員 佐藤 健裕
2015年6月10日
目次
1.はじめに
本日は、山梨県の政治・経済・金融界を代表する皆様方にお集まり頂き感謝する。皆様には日頃より日本銀行甲府支店の様々な業務運営にご協力を頂いている。この場をお借りして、厚く御礼申し上げる。
本日の懇談会では、まず私から国内外の経済・金融情勢と最近の日本銀行の金融政策についてお話させて頂いたうえで、山梨県経済について若干触れさせて頂きたい。その後、皆様方から、当地実情に関するお話や、日本銀行の政策運営に対するご意見などをお伺いしたい。
2.内外経済・金融情勢
(1)世界経済の動向
エネルギー価格下落の割に世界経済の足取りは鈍い(図表1)。とりわけ1-3月期は寒波や港湾ストライキ等の影響から米国がマイナス成長となり、中国も7%成長にとどまったこと等から世界経済に減速感が生じ、日本経済にも幾分影響が及んだ。
昨年来のエネルギー価格下落は世界経済にプラスと当初みていたが、下落ペースが速く、資源国の所得減少や資源開発投資の減少といったマイナス影響が先行したとみられる。もっとも、先行きはエネルギー消費国の実質所得の増大等、エネルギー価格下落の好影響が次第に浸透するなかで、足許のソフトデータの改善がハードデータに反映され、世界経済は緩やかに成長率を高めていくとみている。
米国については、理由は年毎に異なるものの、1-3月期の大幅な減速が過去5年間で3回見られ、ある種の季節パターンがあるようにも見受けられる。寒波や港湾ストのほか、ドル高も製造業マインドに影を落とし、設備投資関連指標に影響がみられる。エネルギー価格下落の資源開発投資への影響も明確である(図表2)。もっとも、雇用情勢の改善やガソリン価格下落を映じ、消費者マインドは概ね高水準を維持している。その割に個人消費の足取りに緩慢さが残り、4-6月期の成長の足取りも今のところ鈍いことが気がかりだが、先行きは過去5年のパターンとほぼ同様、雇用情勢の改善が続くなか、賃金の緩やかな増加を背景に次第に個人消費主導の回復に復していくとみている。エネルギー価格の下落からインフレ率は落ち着いた動きとなっているが、長期失業者やパート労働者の増加等の問題をはらみつつも、失業率の低下から労働市場のスラックは相応に縮小しているとみられる。こうしたなか、FRBは利上げ実施に向けた情報発信を重ねつつも、具体的な時期については今後の経済指標次第という柔軟かつ慎重なスタンスである。
欧州については、エネルギー価格下落やユーロ安を映じて製造業マインドが持ち直しているほか、消費者マインドも回復しつつある(図表3)。ソフトデータの改善につれ、GDPが8四半期連続プラス成長となるなど、ハードデータの持ち直しも明確である。一時マイナスとなったインフレ率もゼロ%程度に回復している。もっとも、債務問題の影響が残るなか、低インフレが長期化し投資や消費の先送りに繋がるリスクは、一頃よりは後退したものの残存しているとみられ、引き続き情勢を注視している。こうしたなか、ECBが打ち出した非伝統的金融政策は、当初は為替および債券市場に顕著な影響を及ぼしたが、足許は振れの大きい展開となっている。大規模な資産買入れの持続可能性については様々な指摘があり、私としても帰趨を見守りたい。
中国については、1-3月期のGDP成長率は7.0%に減速した。このところの電力消費量や鉄道輸送量の動きをみると、中国政府が進める経済のサービス化や構造調整の進展などの影響もあり一概に言えないものの、景気の実勢はGDP以上に減速している印象がある(図表4)。製造業マインドも一段と低調である。日本で鉄鋼などの素材関連業種で在庫調整への動きがみられることも中国の減速が一部影響しているものとみられる。
中国経済は人口動態の急速な変化とそれに伴う潜在成長率の低下から先行きも成長率には下方バイアスがかかり続けるとみられる。一方、経済が成長目標から乖離する見通しとなれば、政府が小刻みな景気対策を発動することで持ち直すというパターンがここ数年定着しており、本年も概ねそうした展開を辿りつつあるように見受けられる。一方、1-3月期のGDPデフレータが2009年以来のマイナスに転じたことに示されるようにインフレ率の低下圧力が強まっている点には留意する必要があろう。
(2)国際金融資本市場の動向
以上の世界経済情勢のもとで当面の国際金融資本市場について、第一の注目点は、米国の利上げが国際金融資本市場に及ぼす影響である。このところの米経済指標を受け、利上げ時期についての市場の見方は前後に振れている。一方、FRBは利上げ時期について断定的な情報発信を慎重に避けつつも、遠からず利上げがあることを市場に織り込ませるよう腐心している。FF金利先物市場の価格形成をみる限り、FRBのこうした意図は概ね浸透し、一頃のようなFOMCメンバーと市場の見方の乖離は埋まりつつある(図表5)。もっとも、市場参加者の間で利上げ時期が具体的に意識されれば、国際金融資本市場はこれまでと違った反応を示すかもしれない。5月上旬にFRB議長が株・債券市場の価格形成に言及した際の市場の反応は、そうした懸念を先取りしているように思われる。各種金融規制の結果、主要なマーケット・メーカーのリスクテイクが制約され、米国債市場でさえ流動性低下が懸念されるなか、先行き利上げ時期が具体化すると、国際資金フローの変化から各種資産市場で大幅なリプライシングや予期せぬ連鎖が生じないかどうか注意深く見守りたい。
第二の注目点は、ECBによる大規模な資産買い入れの影響である(図表6)。買い入れ実施当初、その効果は概ね織り込み済と思われたが、実施後も欧州諸国の長期金利は顕著に低下し、ドイツ国債10年物は一時ゼロ%程度となった。また、ユーロ安も進行した。もっとも、4月下旬以降は急激な金利低下の反動からか、ドイツの長期金利は買い入れ実施前の水準を上回る振れの激しい展開となっている。このような長期金利のボラティリティ上昇は、ECBの買い入れ規模が国債市場の規模との比較で巨額なことによる市場の流動性低下と関連しているように思われる。日本においても、2013年4月の「量的・質的金融緩和」実施後や、昨年10月末の緩和拡大後は長期金利のボラティリティ上昇がみられた。日本国債10年物金利は、「量的・質的金融緩和」実施直後は当初の意図に反し、一時やや大きく振れた。また、「量的・質的金融緩和」拡大後は逆に一段の低下の後、足許は拡大前の水準に概ね戻っている。こうした長期金利の振れについては、金融政策のみならず海外要因も影響しているとみられ、その評価については慎重であるべきだが、金融政策の効果が名目ないし実質金利の低下によるとすれば、巨額の買い入れによる国債市場の流動性プレミアムがその効果を一部減殺している可能性には留意する必要があろう。一方、こうした長期金利の振れが経済・物価見通しの改善を織り込む動きである可能性もあろう。
第三の注目点は、これも欧州と関係するが、ギリシア情勢である。ギリシア政府の資金繰りが逼迫するなか、財政支援を巡り交渉が続いている。現時点で周縁国への影響は限定的だが、国際金融資本市場で予期せぬ連鎖が生じないかどうか、今後の展開を注意深く見守りたい。
(3)国内経済の動向
1-3月期の日本経済は、設備投資をはじめ輸出や生産の緩やかな改善基調が続いた。個人消費や輸入も底堅く、最終需要は堅調に推移した。4-6月期は、一部業種の在庫調整等から生産が横ばい圏内で推移の見通しながら、3月以降、個人消費が引き続き底堅く推移しているとみられること等から緩やかな回復を続けていくとみられる(図表7)。世界経済が先行き成長率を幾分高めると見込まれることも日本経済への追い風となろう。堅調な雇用情勢や好調な企業業績を背景に、所得から消費・投資へという回復メカニズムは次第に確からしさを増していくと考えられる。ただし、原油安に伴う家計の実質購買力の拡大や企業収益の改善が、期待したほど支出の拡大につながらず、結果として貯蓄超過(経常収支黒字の拡大)圧力がなかなか和らがないリスクも一応念頭に置いておく必要があろう。
こうしたメカニズムのベースとなる雇用・所得環境についてだが、雇用情勢が逼迫の度合いを強めるなか、賃金は毎勤統計で伸び率の下方改定後も緩やかな増勢を維持している(図表8)。今般の2年連続のベア実施の見通しを受け、先行きも賃金の緩やかな増加が続くと見込まれることから、個人消費は昨年の消費税率引き上げによる実質所得減少の影響を徐々にこなし、緩やかに水準を切り上げていくことが期待される。
やや長い目では、持続的な賃金増加の前提である企業の生産性上昇ペースのほか、高齢化の影響に着目している。消費が中期的に増加基調を維持するには、約4,000万人の年金受給者の実質所得の動向に対し、約6,000万人の就業者の実質賃金の持続的な回復が必要となる。先行き設備投資の増加による生産性上昇に応じ賃金増加率が徐々に高まり、また各種改革の実行により社会保障制度の持続可能性への信認が高まるとみても、やや長い目でみた個人消費の回復ペースはかなり緩やかなものにとどまろう。
民間設備投資については、資本財出荷・総供給といった月次指標の持ち直しや短観等にみる企業の設備投資計画の堅調さの割にGDPベースの設備投資の動きはこれまで鈍かった。もっとも、海外での設備投資はこのところ一貫して2桁増となっており、連結ベースでみた企業の設備投資意欲は以前から旺盛である(図表9)。問題は企業が設備投資をさらに増やすかどうかではなく、国内で設備投資をするかどうかである。この点、これまで非製造業中心であった設備投資だが、自動車産業では昨年頃から本格化した生産設備の海外移管の流れが一部に残っているものの、ここ2年間の円安方向への動きを映じ、製造業の一部で国内生産増強の動きがようやくみられるようになってきた。
やや長い目でみて、企業の立地戦略の変化に広がりが生じ、設備投資の国内増強の流れが強まるかどうかは、企業の中長期的な為替見通しにも依存しよう。すなわち、過去2年間の円安方向への流れが持続的と判断すれば企業は国内生産設備の増強を進める一方、円高再燃を警戒する企業は足許の為替情勢でも立地戦略を容易に見直さないであろう。その点、内閣府の「企業行動に関するアンケート調査」にみる企業の1年後の予想円レートが119.5円と3年連続で円安方向に振れている点は好材料といえる(図表10)。もっとも、企業にとり設備投資の決定には、先行き5〜10年といった長期の予想が重要であることからすると、先行き国内生産設備増強の流れが広がりを見せるかどうかは予断を許さない。
(4)物価面の動向
エネルギー価格下落を受け、消費者物価(生鮮食品を除く)の前年比上昇率はこのところゼロ%程度となっている。先行きもエネルギー価格下落の影響が残ることから当面ゼロ%程度で推移するとみられる(図表11)。このように消費者物価は現状勢いを欠くが、エネルギー価格下落による物価下落は実質所得の押し上げ要因であり、私としては日本経済にむしろ好材料と受け止めている。重要なのは月々の消費者物価の前年比上昇率の振れでなく、全般的な経済情勢を反映する物価の基調であり、基調自体はしっかりと維持されていると考える。
過去2年間の円安・エネルギー価格上昇等による物価上昇のもとでは、実質賃金の伸び悩みから、家計の物価上昇に対する否定的な反応が各種ソフトデータに見られ、消費増税の影響もあり実際に個人消費は伸び悩んだ(図表12)。このことは単に物価が上がるよりは、経済情勢が改善するなかで、賃金・所得とバランス良く物価が上昇する姿が望ましいと人々が考えていることの証左であろう。「物価安定の目標」の本来の意味もそうしたものと私は考える。
懸念材料は、このところの消費者物価の前年比上昇率の縮小ないし下落が人々の中長期的な予想物価上昇率にバックワード・ルッキングに影響しないかどうかである。この点、企業の価格設定行動や消費者の消費行動、あるいは最近の賃金交渉の動向を見る限り、エネルギー価格下落でも人々の物価観は着実に変化してきているとみている。また、名目金利から抽出した予想インフレ率1やレジームスイッチング・モデルを用いたトレンドインフレ率2の推計など各種の試算をみても、日本の中長期的な予想物価上昇率は「量的・質的金融緩和」導入以降は、やや長い目でみて上昇しているとみられる(図表13)。ただし、過去15年超にわたるデフレの下で中長期的な予想物価上昇率は依然として米国対比低位に張り付いているとみられ、これを米国並みの2%程度にリアンカリングすることが課題である。
私としては、人々の中長期的な予想物価上昇率の決定要因として、先に挙げた過去の物価上昇率の実績とともに、全般的な経済動向や資産価格動向、及び賃金改定の状況等を踏まえたフォワードルッキングな予想形成も重要と考える。また、これらを踏まえれば、エネルギー価格下落による物価上昇率低下により人々の中長期的な予想物価上昇率が悪影響を受ける可能性は低いのではないかと楽観的にみている。
ところで、物価の計測方法に関する最近の学界の研究成果は、消費者物価をどう定義するかという古くて新しい問題に様々な示唆を与えてくれる。例えば、一橋大学の阿部修人教授が開発した「SRI一橋大学消費者購買単価指数」は企業が頻繁に投入する新商品の価格設定を物価指数の算定に取り入れる試みである3。阿部教授によれば、平均的な小売店では、46-47%の商品は前年の同じ週には販売されておらず、現実には商品入れ替え率が非常に高いという(図表14)。また、こうした新商品の中には以前の商品と実質的にほとんど変わらないものがあり、企業は実質的な価格調整手段として商品入れ替えを頻繁に行っている可能性があるという。一般的な消費者物価指数が、商品価格の変化を計算するにあたって、2時点間で価格情報がある商品に限定されるのに対し、「SRI一橋大学消費者購買単価指数」は上述の新商品投入の重要性を定量化するものである。結論的には、最近では、新商品の投入効果が物価に与える影響等から、例えばスーパーマーケットの「SRI一橋大学消費者購買単価指数」は総務省の消費者物価指数や継続商品に限定した価格指数より伸び率が高く、前年比+1〜1.5%程度で推移しているという(図表15)。こうした研究成果は、POSコードのある商品に計測対象が限定されるなどカバレッジの問題等から、総務省の消費者物価指数と単純比較できないが、新商品投入による企業の価格設定行動と物価への影響、ひいては家計の実感する物価と物価統計との乖離について、有益な示唆があるように思われる。
- 1 今久保圭、中島上智「潜在金利モデルを用いたインフレ・リスク・プレミアムの計測」(日本銀行ワーキングペーパーシリーズ No.15-E-1)参照。
- 2 開発壮平・中島上智「トレンドインフレ率は変化したか?— レジームスイッチング・モデルを用いた実証分析 —」(日本銀行ワーキングペーパーシリーズ No.15-J-3)参照。
- 3 詳細は、阿部修人「最近の価格指数の動向と新商品の影響について」(一橋大学経済研究所経済社会リスク研究機構ニューズレターNo.3)、Naohito Abe, Toshiki Enda, Noriko Inakura, Akiyuki Tonogi, "Effects of New Goods and Product Turnover on Price Indexes", RCESR Discussion Paper Series No. DP15-2”参照。
3.当面の金融政策運営
(1)「物価安定の目標」の考え方と政策運営のあり方
日本銀行は消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を「2年程度の期間を念頭に置いてできるだけ早期に実現する」ため、約2年前に「量的・質的金融緩和」を導入した。直近の消費者物価の前年比上昇率はエネルギー価格下落のため0%程度となり、また「展望レポート」の中心的な見通しにおいて「物価安定の目標」の達成時期は2016年度前半頃に後ずれしている(図表16)。もっとも、前述のように、経済の好循環メカニズムのもとで、物価の基調はしっかりと維持されているとの見方から、政策委員会として現時点で政策対応の必要性はないと判断している。
私としては、特定の物価目標水準を特定の期限を区切って達成するコミットメントはそもそも他の主要国が採用する金融政策運営のあり方とは馴染まないため、「2年程度の期間」はあくまで「念頭に置く」努力目標であり、「できるだけ早期に」の部分に実質的な意味があると考えている。すなわち、私の理解では、「物価安定の目標」は先行き2年程度の期間を念頭に置いたローリング・ターゲットであり、これは主要国が採用するインフレ目標の考え方に概ね沿うものである。こうした理解に立てば、達成時期の後ずれは本質的な問題でなかろう。企業や家計も輸入物価上昇によるコスト高への懸念や実質賃金への影響等から、単なる物価上昇には概して拒否反応があることは先ほども触れた。
一方、政策の継続にあたっては、「量的・質的金融緩和」が大規模な資産買入れによる実質金利やリスクプレミアムの押し下げ、及び強いコミットメントにより人々の予想形成に訴えかける一種のショック療法であることを念頭に置く必要があると考える。無論、日本銀行は「物価安定の目標」を安定的に実現するのに必要な時点まで「量的・質的金融緩和」を継続するとのフォワード・ガイダンスを示しており、政策の継続はこのガイダンスに沿って判断される。したがって、2年が経過したから現状の政策の枠組みを機械的に見直すべきとは思わない。もっとも、私の理解では「物価安定の目標」はフォーキャスト・ターゲティングの枠組みで、上下に幅のある柔軟な概念である。また「物価安定の目標」の安定的な実現とは、消費者物価指数の前年比上昇率が単純に実績として2%をつけることではなく、人々の中長期的な予想物価上昇率が2%程度にリアンカリングされる、すなわち家計や企業が2%程度の物価上昇を前提とした消費や投資行動に移行する見通しとなることである。
こうした「物価安定の目標」の達成状況と政策継続の是非については、毎回の金融政策決定会合で政策委員会が「判断」していくが、私としては、以下に述べる「量的・質的金融緩和」拡大後の政策効果や巨額の国債買い入れの持続可能性、及びさまざまな副作用も念頭に置きたい。
(2)「量的・質的金融緩和」拡大後の政策効果
「量的・質的金融緩和」の継続にあたり点検すべき第一のポイントはその政策効果である(図表17)。昨年10月末の「量的・質的金融緩和」の拡大後、10年国債金利は一旦低下して0.2%を割り込んだ後、足許は「量的・質的金融緩和」拡大前の水準に概ね戻っている。この間、市場の経済・物価見通しはむしろ下方修正されており、予想物価上昇率の一段の上昇を説得的に示す材料は乏しい。
「量的・質的金融緩和」が想定する効果の波及メカニズムの一つは巨額の国債買い入れによりイールドカーブ全体に下押し圧力を加えることであり、昨年10月末の「量的・質的金融緩和」拡大はそうしたメカニズムを強めるものと理解していた。現実には買い入れ規模増大の割に流動性プレミアムの上昇等から名目金利の下押し効果は逓減し、政策の難度が高まっているように私には見受けられる。
長期金利が低下しにくくなった背景として、第一に、そもそも金利水準が低く、国債買い入れの量と金利の間にリニアな関係が成立しにくくなっているとみられること、第二に、極端な低金利下では最終投資家の需要がみられなくなる傾向があること、第三に、流動性低下や海外金利の影響によるボラティリティ拡大でディーラーのリスク許容度が低下していること、が考えられる。このうち、第一の点は、名目金利が低下しにくくなる中、先行き実質金利が一段と低下するかどうか、すなわち、日本銀行の「強く明確なコミットメント」のみにより人々の中長期的な予想物価上昇率が更に高まるかどうかがポイントとなる。無論、日本銀行がたとえマイナス金利でも買い入れを進めることで名目金利を一段と押し下げることは理論的に可能かもしれない。しかし、その場合、国債の買い手は日本銀行のみとなることが想起され、財政ファイナンスの懸念や市場機能の一段の低下といった問題を惹起しよう。
また第二の点は、最終投資家の先行きの買い入れ目線次第という面がある。例えば、この7月からの生命保険会社の一部保険商品の予定利率引き下げは先行きの投資家行動に影響する可能性がある(図表18)。第三の点は、市況次第でディーラーのリスク許容度は変化しよう。
以上を念頭に、日本銀行の買い入れ進捗が金利形成に及ぼす影響はもとより、投資家・ディーラーの動向を注視し、今後の政策効果の出方をしっかりとモニタリングしていきたい。
(3)巨額の資産買い入れの持続可能性
「量的・質的金融緩和」の継続にあたり点検すべき第二のポイントは、巨額の国債買い入れの持続可能性である(図表19)。現状、日本銀行は年間約80兆円のペースで中長期国債の保有を増加することにコミットしている。グロスでは政府の市中発行額の約9割に相当する年間約110〜120兆円のペースである。仮に、最終投資家が満期償還を迎えるごとに国債保有を減少させる、すなわち再投資を行わなければ、日本銀行による巨額の国債買い入れは持続可能にみえる。しかし、現実には担保需要等から一定の国債保有への需要は存在する。例えば、「量的・質的金融緩和」実施当初、国債保有額を削減してきた大手行の国債保有額はこのところ安定し、地域金融機関の保有額も安定的に推移している。このように最終投資家による満期償還分の再投資への一定の需要がみられるなかで日本銀行が現状の巨額の買い入れを継続し、最終投資家が国債保有をこれ以上減らせない限界まで保有残高を削減すると、買い入れの持続可能性が問題となろう。そうした限界点がどこにあるかはその時点の金利水準等にもよるため、現時点で見通すことは難しいが、政策の継続にあたっては、オペレーションのフィージビリティへの配慮も重要である。
(4)副作用の点検
「量的・質的金融緩和」の継続にあたり点検すべき第三のポイントは、巨額の買い入れの副作用である。もとより政策効果と副作用は表裏一体で、副作用のない政策に効果は期待できない。もっとも、異例の政策を続けていくなかでは、効果と副作用を比較し、副作用が政策継続の限界的な効果を上回らないかどうかのチェックは欠かせない。その点、本行の国債保有割合が高まることによる市場機能への影響については、やや長い目でみて出口を円滑に出るにあたっては市場機能の回復が重要なポイントと思われるだけに、2月に調査が実施された「債券市場サーベイ」の結果については幾分憂慮している(図表20)。また、超低金利の継続による金融機関経営への影響のほか、広義の決済システムの安定性についても引き続き問題意識を持ってみている。
(5)財政健全化努力の重要性
日本銀行の巨額の国債買い入れは金融政策目的で行っており、財政ファイナンス目的ではない。もっとも、こうした説明が説得力を持つには、政府の財政健全化努力が重要である。また、巨額の国債買い入れの継続は、我々はこれを金融政策目的としているとはいえ、長く続けると極端な低金利状態が財政計画等にビルトインされ、財政規律に影響する可能性がある。市場が一旦財政規律の疑念を持てば、長期金利のコントロールは日本銀行といえども困難となろう。また、「量的・質的金融緩和」はこれまでのところ概ね所期の効果を発揮しているとみているが、やや長い目でみた出口のプロセスも含め、「量的・質的金融緩和」を成功に導くためにも、政府の財政健全化に向けた取り組みは重要である。政府は、2020年度のプライマリーバランス黒字化目標を維持すべく、夏場までに新たな財政健全化計画を策定する計画である。日本銀行としては、国全体として財政運営を確保する観点から、政府による持続可能な財政構造を確立するための取り組みが着実に進んでいくことを強く期待している。
4.おわりに〜山梨県経済の現状と課題〜
最後に、山梨県経済について話したい。
山梨県の産業構造は、機械関連業種を中心とする製造業のウェイトが全国と比べて高いことが特徴である。足もとでは、こうした製造業のうち、直接的ないし間接的に外需を取り込んでいる企業がけん引役となり、山梨県の景気は緩やかに回復している(図表21)。
もっとも、やや長い目でみると、県内の製造業では、リーマンショック以降の円高やアジア企業の成長による競争激化などから、コスト競争力を高めることを目的に、これまで、国内で生産拠点を集約する動きや海外へ生産の一部を移管する動きがみられてきた。それが、県内人口の減少や少子高齢化の進展といった構造的な課題に繋がっている。
こうした課題への対応に際してポイントとなるのは、山梨県の強みを最大限に活用していくことと思われる。当県の第一の強みは、東京に近接していること、にもかかわらず、富士山や温泉などの豊かな自然に恵まれていることである。特に、最近では、円安もあって、当県を訪れる外国人観光客が大きく増加している。また、首都圏在住者からみても、移住先として当県の魅力は高い。こうした環境を活かすべく、観光インフラの整備や移住希望者の誘致体制の拡充、といった取り組みが拡がっていると伺っている。さらに、近い将来に控える東京オリンピック開催やリニア中央新幹線の開通といったイベントも当県にとって追い風になると思う。
第二に、山梨県内の企業がこれまで培ってきた高い技術力も当県にとっての強みである。そうした技術力を一層ブラッシュアップするほか、新分野への応用や、他社の技術との融合を図ることで、イノベーションが進み、産・官・学・金などの連携と相俟って、今後の成果に繋がっていくことが期待される。
これらの取組みを通じて、山梨県経済がその潜在能力を活かしながら、一層の発展を遂げていくことを強く祈念して、挨拶を終えたい。