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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策愛媛県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 政井 貴子
2017年8月31日

I.はじめに

本日は、愛媛県の行政および金融・経済界を代表される皆様との懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、日頃より日本銀行松山支店の業務運営に多大なご協力を頂いております。この場をお借りして御礼申し上げます。

金融経済懇談会は、日本銀行の政策委員が、金融経済情勢や金融政策についてご説明申し上げるとともに、各地の経済・金融の現状や日本銀行の政策に対するご意見などを拝聴させて頂く機会として開催しております。

本日は、経済・物価情勢や日本銀行の金融政策などについてお話させて頂き、その後、皆様から当地の実情に即したお話やご意見などを承りたく存じます。

II.経済・物価情勢

日本銀行は、先月の政策委員会・金融政策決定会合において、「経済・物価情勢の展望」、いわゆる「展望レポート」を取りまとめ、2019年度までの経済・物価見通しを公表しました。

経済・物価情勢については、「展望レポート」の内容に沿って、お話したいと思います。

1.海外経済の動向

はじめに、海外経済の動向ですが、現状については、「総じてみれば緩やかな成長が続いている」と判断しています。

先行きについては、先進国の着実な成長に加え、その好影響の波及や各国の政策効果によって、新興国経済の回復もしっかりとしたものになっていくと想定しています。先月公表されたIMFの世界経済見通しでも、概ね同様の見方が示されています(図表1)。

主要地域別にみると、米国では、雇用・所得環境の着実な改善を背景として、家計支出を中心に回復を続けており、先行きについても、国内民間需要を中心にしっかりとした成長が続くと見込まれます。

欧州では、英国のEU離脱交渉の展開をはじめとする政治情勢や金融セクターを含む債務問題を巡る不透明感が経済活動の重石となりますが、基調としては緩やかな回復経路をたどる可能性が高いとみられます。

中国については、当局が財政・金融政策を機動的に運営するもとで、今後も概ね安定した成長経路をたどると考えています。

中国以外の新興国・資源国では、輸出の持ち直しや資源価格の底入れ、各国の景気刺激策の効果などから全体として持ち直しているところですが、先行きについても、先進国の着実な成長の波及などから、成長率は徐々に高まっていくと予想しています。

2.わが国の経済・物価情勢

(1)現状

次に、国内の経済・物価情勢についてお話します。

わが国の景気については、「所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大している」と判断しています。日本銀行は、今年度入り後、2度にわたり、景気の総括判断を前進させました。これは、内外需要の増加を映じて、鉱工業生産が増加基調にあるほか、労働需給は着実な引き締まりを続けているなど、マクロ的な需給ギャップがプラス基調で定着してきていることを踏まえたものです(図表2、3、4)

国内需要の面では、設備投資は、企業収益や業況感が業種の拡がりを伴いつつ改善するなかで、緩やかな増加基調にあります(図表5)。6月短観における2017年度の事業計画をみると、GDPの概念に近いベースの設備投資計画は、前年比+5.9%と、6月調査結果の過去平均(2004~2016年度:+4.3%)をはっきりと上回るなど、大企業を中心に堅調なスタンスとなっています(図表6)。また、個人消費は、雇用・所得環境の着実な改善を背景に、底堅さを増しているほか、住宅投資は横ばい圏内の動きとなっています(図表7)。輸出は、先ほどお話した海外経済動向のもと、増加基調にあります(図表8)。

物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比が0%台前半となっています(図表9)。

(2)先行きの見通し

先行きについては、見通し期間中、景気面では「緩やかな拡大を続けるとみられる」と予想しています。国内需要は、きわめて緩和的な金融環境や政府の大型経済対策による財政支出などを背景に、増加基調をたどると考えられます。この間、海外経済の改善に伴い、輸出は基調として緩やかな増加を続けるとみられます。以上のもとで、2018年度までの期間を中心に、潜在成長率を上回る成長を維持するとみられます。2019年度は、設備投資の循環的な減速に加え、消費税率引き上げの影響もあって、成長ペースは鈍化するものの、景気拡大が続くと見込まれます。7月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値をみると、実質GDP成長率は17年度+1.8%、18年度+1.4%、19年度+0.7%となっています(図表10)。

主要な項目別にみると、設備投資は、緩やかな増加を続けると予想しています。これは、きわめて投資刺激的な金融環境が維持されるもと、高水準の企業収益や、財政投融資や投資減税などの財政政策の効果、そして期待成長率の緩やかな改善などが効いてくるためです。具体的な案件としては、(1)オリンピック・都市再開発に関連した投資、(2)人手不足等に対応した効率化・省力化投資、(3)成長分野への研究・開発(R&D)投資などの増加が見込まれます。個人消費は、雇用・所得環境の改善が続くもとで、緩やかな増加を続けると見込まれるほか、住宅投資は、横ばい圏内の動きを続けると予想されます。輸出は、基調としては、当面、わが国が比較優位を持つ資本財や情報関連が下支えとなって堅調に推移した後、情報関連の反動などは想定されますが、海外経済の改善等から緩やかな増加を続けると予想しています。鉱工業生産は、ITサイクルの影響などを受けつつも、基調としては、新興国経済の回復がしっかりとしたものになっていき、経済対策の効果も顕在化するもとで、緩やかな増加を続けると見込んでいます。

また、物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、エネルギー価格の押し上げ圧力は次第に減衰するものの、需給ギャップが改善するもとで、企業の賃金・価格設定スタンスも次第に積極化するとともに、予想物価上昇率も次第に伸びを高めていくことから、2%程度に向けて上昇率を高めていくと考えています。7月の展望レポートにおける消費者物価(除く生鮮食品)の前年比について、政策委員見通しの中央値は、17年度+1.1%、18年度+1.5%、19年度は、消費税率引き上げの影響を除き、+1.8%となっています(前掲図表10)。

III.日本銀行の金融政策

次に、日本銀行の金融政策についてお話します。

1.長短金利操作付き量的・質的金融緩和

日本銀行は、昨年9月の金融政策決定会合において、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するため、これまでの金融緩和の枠組みを強化する形で、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入を決定しました。この枠組みは2つの要素から成り立っています。

1つは、消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまでマネタリーベースの拡大方針を維持する「オーバーシュート型コミットメント」です。わが国では、1990年代の後半から15年以上にわたり消費者物価の前年比がゼロないし僅かなマイナスが続くデフレの状態が続いてきました。わが国において、所謂デフレ・マインドがなかなか払拭されない背景の1つには、わが国の家計および企業が、デフレ期の環境に順応してきたことがあると思います。これを踏まえると、「物価は毎年2%くらい上がってくるものだ」という物価観が人々の間にしっかりと根付いていくには、このようなコミットメントを通じて日本銀行の強い決意を示すことが重要だと考えています。

もう1つは日本銀行が長短金利の操作を行う「イールドカーブ・コントロール」です。新しい枠組みでは、短期政策金利と10年金利の操作目標を示すこととしています。現在の「金融市場調節方針」では、短期政策金利を-0.1%に設定するとともに、10年物国債金利の操作目標を「ゼロ%程度」とし、これを実現するように国債買入れを行っています。日本銀行が「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入してから1年近くが経過しましたが、これまでのところ、イールドカーブは「金融市場調節方針」に沿った形で円滑に形成されています。

2013年の「量的・質的金融緩和」の導入以降、金融緩和の基本的なメカニズムは、実質金利の低下を通じた効果ですが、現行の枠組みでは、経済・物価に対する見方が好転した場合、金融緩和の効果を増幅する機能があります。通常、そうした場合には、経済・物価の好転に見合った形で金利に上昇圧力がかかることになりますが、それを抑えて同じイールドカーブを保つときには、緩和の度合いが高まることになります。

2.「物価安定の目標」の実現に向けて

日本銀行は、消費者物価の前年比が2%程度に達する時期は、2019年度頃になる可能性が高いとみています。日本銀行の展望レポートでは、これまで幾度もこの達成見込みの時期を後ずれさせてきていることから、一部にはそのことを批判する向きがあることは承知しています。もちろん、日本銀行はできるだけ早期に2%の「物価安定の目標」を実現することを目指しており、達成時期の後ずれは望ましいことではありません。ただ、重要なことは、その時々の情勢により2%の「物価安定の目標」が達成できていない場合、その背景をしっかり説明し、2%に向けたパスをたどるように政策を遂行していくことだと思います。そもそも、インフレ・ターゲティングという政策枠組みには、そのコミュニケーション・ツールとしての役割が期待されていることはよく知られているとおりです。

先ほどお話したとおり、消費者物価の前年比は、0%台前半で推移しており、2%の「物価安定の目標」の実現にはなお距離がありますが、それに向けたモメンタムは着実に強まりつつあると私自身はみています。特に、次の2点が重要だと思っています。

第1に、賃金が中々上がらないと言われますが、それでも所定内給与が2年以上にわたって上昇を続けていることです。また、就業者の過半の就業先である中小企業の所定内給与の着実な増加により、賃金上昇を実感できる世帯が確実に拡がっていることは、今後、人々のインフレ期待が高まっていくうえでも、きわめて重要であると考えています(図表11)。

第2に、人手不足もあって、生産性向上に向けた機運が明確に高まっていることです。先ほど触れましたとおり、効率化・省力化投資や、成長分野への研究・開発(R&D)投資などの前向きな投資は、今後、一層盛り上がることが期待され、生産性向上に寄与するとみられます。また、人工知能(AI)やIoTなどの新しい技術を活用する環境も整ってきました。こうしたもと、本年6月に閣議決定された「未来投資戦略2017」では、経済社会の生産性を上げることを目指し、包括的な政策の推進が謳われております。こうした施策を政府が着実に進めていかれることに加えて、本行がきわめて緩和的な金融環境を維持し、デフレからの脱却を確実に進めることが、企業の前向きな動きを引き続き後押しし、生産性の向上、ひいては潜在成長力の引き上げにも繋がっていくものであると考えています。

官民のそうした取組みは、非常に多岐に亘る分野で行われておりますが、次にお話しする「女性の活躍推進」もその一つになると思います。

IV.女性の活躍と成長力の強化

昨年4月、女性活躍推進法が完全施行され、女性の活躍推進に向けた数値目標を盛り込んだ行動計画の策定・公表や、女性の職業選択に資する情報の公表が事業主に義務付けられました。この法律は、10年間の時限立法ですが、女性に対して採用・昇進等の積極的な機会の提供を行うという意味で、従来の性差別の禁止を眼目とした法律とは一線を画するものです。なお、同法に基づき情報の公表が義務付けられる事業主は、国、地方公共団体、大企業等です。日本銀行も、同法に基づく情報の公表を行っており、本年5月には、女性の活躍推進に関する取組みの実施状況等が優良な事業主として、厚生労働大臣の認定「えるぼし」の第3段階を取得しました。

女性活躍推進法の完全施行に伴い、わが国における女性活躍は新たなステージに入ったと言えます。女性の活躍は、政府の「日本再興戦略」の中核に位置付けられているとおり、日本経済の成長力強化の観点からも非常に重要です。

1.労働供給力としての期待

わが国における女性の年齢別の労働力率は、かねてより出産・育児期に当たる年代に一旦低下する、所謂「M字カーブ」を描くことが知られていますが、近年では、出産・育児期にある層の労働参加の高まりがみられており、凹みがはっきりと浅くなっています。足もと5年間の就業者の男女内訳をみると、女性は生産年齢人口の減少にもかかわらず、就業者が増加しており、女性の労働参加は順調に進んでいると評価できます(図表12、13)。さらに、こうした動きは地域的な拡がりをもっています。もっとも、女性の就業希望者は274万人と推計されており、非常に大きい潜在的な労働力であることに変わりありません(図表14)。現在の日本経済は、大変な人手不足に直面していますが、今後、生産年齢人口の減少が進む中、人手不足のさらなる深刻化は不可避とみられます。OECDは、日本の女性の労働参加率が今後20年変わらない場合には、労働供給が-17%減少する一方、女性の労働参加率が今後20年かけて男性の労働参加率と同水準となる場合、労働供給の減少を-5%に留めることができると推計しています。その結果、20年後のGDPの水準は2割近く高まるとしています1

  1. OECDは、2011年から2030年にかけて、(1)男女の労働参加率が2010年から不変の場合、及び(2)男性の労働参加率が2010年から不変で、女性の労働参加率が2030年にかけて徐々に2010年の男性の労働参加率に近付いていく場合、の2つのシナリオにおける労働供給への影響を試算しています(OECD (2014), Japan: Advancing the Third Arrow for a Resilient Economy and Inclusive Growth, OECD Publishing, Paris. http://dx.doi.org/10.1787/9789264215955-en)。

2.企業の競争力を高めることへの期待

こうした労働供給への影響に加え、女性の活躍推進を通じた企業の競争力向上の観点は、今後一層重要になってくると思われます。日本銀行が本年6月に公表した地域経済報告(通称:さくらレポート)別冊では、次の2つのイノベーションを通じた生産性の向上について最近の企業の取組みを紹介しています(図表15)。

第1に、女性の視点や感性を活かすことで、新たな商品・サービスの提供(プロダクト・イノベーション)による潜在的な需要の創出です。さくらレポートでは、需要の掘り起こしに成功し、業績向上に繋がった事例として、ビジネスホテルの客室改装やアメニティの見直しにあたり、女性職員による提案を取り込んだことで女性観光客の獲得に繋がった例などが紹介されています。企業にとってみると、このような成功体験を1つでも経験することで、ビジネスモデルの変革に向けた試行錯誤に従来以上に前向きな姿勢になれるのではないかと思います。

第2に、長時間労働の是正のほか、作業負担軽減のための省力化投資など、女性の活躍を推進する過程で取り組んだ施策が、結果として、業務プロセスの効率化(プロセス・イノベーション)に繋がるという効果です。一見、長時間労働の是正は人手不足に拍車をかけるようにも思われますが、同レポートでは、「強制的に労働時間が短縮され、否応なしに仕事を減らさざるを得なくなった結果、必要性の薄れた仕事を廃止」した取組みなどが紹介されています。

3.成長力の強化に向けた好機

繰り返しになりますが、現在、企業にとっては、人手不足という困難に直面しているのみならず、人工知能(AI)やIoTなどの技術を活用する余地が高まっている状況となっており、ビジネスモデルの変革が起きやすい環境なのではないかと思っています。こうしたタイミングで、先に申し上げたような政府の後押しもあり気運が高まる中で、女性の活躍推進を梃子に経営の変革を図ることも、企業にとって一つの選択肢ではないかと思っております。

V.おわりに ―― 愛媛県経済について ――

最後に、愛媛県経済についてお話させて頂きます。

愛媛県の景気の現状については、企業の生産活動が振れを伴いつつも緩やかに持ち直しており、企業収益も、2016年度に増収増益となった後、今年度もその水準感が大きく変わる計画にはなっていません。設備投資も、大型投資がみられた前年度と比べるとまだ下回ってはいるものの、足もとは大幅に上方修正されるなど、今後の動きに期待が持てるところです。個人消費も持ち直しており、全体としてみると、愛媛県の景気は緩やかに回復していると判断しています。

また、愛媛県でも、有効求人倍率が統計開始以来の過去最高水準を続けているなど労働需給は引き締まっており、人手不足への対応が課題となっていますが、ICTの利活用や女性の活躍推進が重要になると考えています。この点、愛媛県は超高速ブロードバンドの利用可能世帯率が100%となっており、ICT利活用の下地はできていると思います。他方、女性の労働力率は、2015年時点で47.98%と47都道府県中41位に止まっており、伸びしろがまだ大きい状況です。

こうした中、当地の主力産業では、製造品出荷額等が全国2位を誇る紙・パルプで、東予地区の製紙メーカーが古紙等の原材料価格上昇を受けて家庭紙等の値上げを打ち出しています。日用品の価格転嫁が全国的にどの程度の広がりをみせるのか、その帰趨に注目していきたいと思います。

このほか、当地では、繊維業において、吸水性や肌触りの良さについて独自の品質基準を設定した「今治タオル」のブランド化に成功し、地場産業の復活に繋がりましたが、漁業産出額が全国3位である水産業においても、官学で共同研究し、南予地区で養殖する高級魚「伊予の媛貴海(ひめたかみ)」(魚名:スマ)が、今年5月に初めて出荷されました。出荷量はまだ限られていますが、来年には大幅に増える予定とのことですので、知名度の向上に期待しています。

さらに、今年は国体(愛顔(えがお)つなぐえひめ国体)が64年振りに、全国障害者スポーツ大会(愛顔(えがお)つなぐえひめ大会)が初めて愛媛県で開催される予定です。行政と民間が連携を深めながら、選手、コーチをはじめとする2万人を超える来県関係者への対応を進めておられるとお聞きしています。こうした中、全国的な知名度を誇り、近年は女性が一人旅に行きたい温泉地として1位にランキングされる「道後温泉」では、国体が前回開催された1953年に、「道後温泉本館」に次ぐ第二の外湯として「道後温泉 椿の湯」が建設されました。そして、今年9月には、第三の外湯として飛鳥時代の建築様式を取り入れた湯屋「道後温泉別館 飛鳥乃湯泉」がオープンする予定です。愛媛県では、「えひめいやしの南予博2016」や「サイクリングしまなみ2016」などイベント開催を通じて地域の魅力をアピールしてきており、2016年には県人口の10倍弱に相当する1,150万人の県外観光客が愛媛県を訪れました。大会が成功するとともに、国体関係者が愛媛県にまた来られるというかたちで、この先も、県外観光客がさらに増えることを期待しています。

ご清聴ありがとうございました。