【挨拶】平成29年全国証券大会における挨拶
日本銀行総裁 黒田 東彦
2017年9月28日
1.はじめに
本日は、平成29年全国証券大会にお招き頂き、誠にありがとうございます。日本証券業協会、全国証券取引所協議会、投資信託協会に加盟の皆様におかれましては、常日頃より証券市場の発展に尽力され、これを通じて日本経済の安定的な成長に貢献されています。皆様のご努力に対し、日本銀行を代表して、心より敬意を表します。
本日は、最初に、最近の金融経済情勢と日本銀行の金融政策運営についてご説明し、次に、金融システムの現状と証券業界への期待についてお話しします。
2.最近の金融経済情勢と日本銀行の金融政策運営
まず、わが国の経済情勢についてお話しします。わが国の景気は、緩やかに拡大しており、4~6月期の実質GDP成長率は、年率2.5%というしっかりとした伸びとなりました。6四半期連続でプラス成長が続いていますが、これは2006年以来、11年振りのことです。先行きについても、わが国経済は、緩やかな拡大を続けるとみています。以下では、最近の景気拡大の特徴を3点申し上げます。
第一に、外需と内需がバランスよく景気を牽引していることが挙げられます。海外経済が製造業を中心に改善している中、わが国の輸出は、増加基調にあります。内需についても、企業収益が過去最高水準で推移するもとで、設備投資は緩やかな増加基調にあります。個人消費は底堅さを増しており、公共投資も増加しています。このように、現在の景気拡大は、外需と内需がバランスよく貢献する形となっており、持続性は高いとみています。
第二に、景気拡大の動きが地方にもはっきりと拡がっていることが指摘できます。日本銀行が公表した短観の業況判断DIは、2013年12月調査以降、すべての地域でプラスになっています。これは、リーマン・ショック以前の景気回復局面ではみられなかったものです。
第三に、こうした景気拡大にもかかわらず、物価面では、依然として弱めの動きが続いています。この背景には、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が企業や家計に根強く残っていることが相応に影響していると考えています。企業においては、省力化投資の拡大や営業時間の短縮などにより、賃金コストの上昇を吸収しようとする動きがみられています。
もっとも、物価の動きは、この先、変わってくると考えています。パート労働者を中心に賃金の上昇圧力が着実に高まる中、省力化投資などでこれに対応することは次第に難しくなり、吸収しきれないコストの上昇分を価格に反映させていくことも必要になってきます。雇用・所得環境の改善を背景に、消費者の値上げに対する受け止め方も、徐々に変化してくると期待されます。このように、企業の賃金・価格設定スタンスが次第に積極化し、実際に価格引き上げの動きが拡がれば、中長期的な予想物価上昇率も着実に上昇すると考えられます。日本銀行では、先行きの消費者物価の前年比は、2%の「物価安定の目標」に向けて、上昇率を高めていくと考えています。
続いて、金融政策運営についてお話しします。現在、日本銀行は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みのもとで、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するために最も適切と考えられるイールドカーブの形成を促しています。新たな枠組みを導入してから1年が経過しましたが、これまでのところ、わが国のイールドカーブは、短期政策金利を「-0.1%」、10年物国債金利の操作目標を「ゼロ%程度」とする「金融市場調節方針」と整合的な形で、円滑に形成されています。こうしたもとで、わが国の金融環境は極めて緩和した状態にあります。
先ほど申し上げましたように、わが国の経済は、この先も緩やかな拡大を続けるとみられます。一方、物価面では、2%の「物価安定の目標」の実現までには、なお距離があります。日本銀行としては、これをできるだけ早期に実現するため、引き続き、強力な金融緩和を粘り強く進めていく方針です。
3. 金融システムの現状と証券業界への期待
次に、金融システムの現状と、証券業界に期待する役割について、お話ししたいと思います。
わが国の金融システムの現状をみると、金融機関は貸出や有価証券投資において積極的なリスクテイク姿勢を維持しており、機関投資家も外債を中心にリスク性資産を引き続き積み増しています。金融資本市場を通じた金融仲介についてみても、CP・社債市場では発行レートが極めて低い水準で推移する中、企業の資金調達額が増加しています。このように企業や家計の資金調達環境はきわめて緩和した状態が続いていますが、全体として金融経済活動に行き過ぎた動きはみられていません。この間、金融機関の自己資本は充実しており、相応に強いストレス耐性を維持しています。
今後も、日本経済の持続的成長を実現していくうえで、証券業界の果たす役割は大きいものがあります。こうした認識を踏まえつつ、皆様に期待する役割を3点申し上げます。
第一に、金融資本市場を通じたリスクマネーの円滑な供給を通じて、企業の成長を後押ししていくことです。特に近年では、低金利環境のもとで設備資金やM&A関連資金の調達を目的とした社債発行が増加しており、発行企業の裾野も広がっています。今後とも、証券業界においては、成長・発展の過程にある企業の掘り起こしを含め、成長に向けた投資や財務基盤強化にかかる企業のニーズを積極的に汲み取り、その資金調達をサポートしていくことが期待されます。
第二に、家計の中長期的な資産形成を支援していくことです。このところ、家計はリスク性資産の積み増しに慎重な状況が続いていますが、ポートフォリオの多様化を通じて資産形成を促していくことは引き続き重要です。この点、証券業界では、家計の中長期的な資産形成に適した投資信託等の商品を充実させたり、ラップ口座等のサービスを拡充することを通じて、顧客預り資産を拡大させる取り組みを続けておられます。また、今年1月から加入対象範囲が拡大された「個人型確定拠出年金(iDeCo)」では、新規加入者数が大きく増加しています。加えて、「NISA」や「ジュニアNISA」の口座数も着実に増加しているほか、来年1月からは「つみたてNISA」の導入が予定されています。こうした様々な取り組みが、家計の金融リテラシー向上に向けた皆様方の努力と相まって、家計の多様な資産形成に寄与していくことを期待しています。
第三に、市場インフラの整備に取り組んでいくことです。2009年以降、証券業界が中心となって進めてきた国債決済期間のT+1化は、来年5月から実施予定です。また、株式の決済期間の短縮化についても、再来年の実施を目指して準備作業が進められています。国債や株式の決済期間短縮化は、決済リスク削減や利便性向上を通じてわが国金融市場の安定性や競争力向上にも繋がる意義深いものです。
日本銀行としては、今後も皆様方と協力しながら、決済サービスの高度化や市場慣行の整備などを通じ、わが国金融資本市場の安定性と機能度の向上に貢献していくとともに、金融広報中央委員会の活動を通じ、家計の金融リテラシー向上にも証券業界の皆様とともに貢献していきたいと考えています。
4. おわりに
最後になりましたが、今後とも、皆様方のビジネスの発展、そしてわが国金融資本市場のさらなる発展を祈念いたしまして、私からのご挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。