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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営名古屋での経済界代表者との懇談における挨拶

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日本銀行総裁 黒田 東彦
2017年11月6日

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、中部経済界を代表する皆様とお話しする機会を頂き、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より、私どもの名古屋支店の様々な業務運営にご協力頂いています。この場をお借りして、厚くお礼申し上げます。

日本銀行は、先週開催された政策委員会・金融政策決定会合において、2019年度までの経済・物価見通しを「展望レポート」として取り纏め、公表いたしました。本日は、その内容をご紹介しながら、わが国の経済・物価に対する日本銀行の見方と金融政策運営の考え方についてお話しします。

2.日本経済の現状と先行き

最初に、経済情勢についてお話しします。わが国の景気は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大しています。実質GDPは着実な改善を続け、資本や労働の稼働率を示す需給ギャップも、昨年後半に長期的な平均であるゼロ%を超えた後、足もとにかけてプラス幅が拡大してきています(図表1)。先日、私どもが公表した短観では、企業の業況感を示す業況判断DIが、1991年以来の高水準となりました。

今回の景気回復は、その継続期間の長さに1つの特徴があります。政府の発表によれば、2012年12月に始まった今回の景気回復局面は、この9月で連続58か月に到達した可能性が高いとされています。これは、1960年代後半のいざなぎ景気を超える、戦後2番目の長さとなります。この過程では、例えば、2015年頃、新興国経済の減速を背景に、わが国の輸出が一時的に減少に転じるような局面もありましたが、ここ1年ほどは、景気回復の足取りが一段としっかりしてきています。さらに、次に述べる3つの理由から、景気回復の持続性が強まっていると考えています。

第1の理由は、世界経済がバランス良い改善を続けていることです。世界経済全体を見渡したとき、先進国と新興国のいずれの経済も改善を続けており、これが、わが国の景気拡大をサポートしています。世界全体の貿易量が回復する中、その好影響は、わが国を含めてグローバルに拡がっています。IMF(国際通貨基金)が先月公表した経済見通しをみても、多くの国・地域で実質GDP成長率の上方修正が続いており、世界全体では、2016年の3.2%から、2017年は3.6%、2018年は3.7%と、この先、しっかりとした成長を続ける姿が予測されています(図表2)。先月、私は、ワシントンで開かれたG20など、一連の国際会議に出席してきましたが、そこでしばしば使われていた「世界経済の同時成長」、「synchronous growth」という言葉が非常に印象的でした。

第2の理由は、わが国の経済も外需と内需がバランス良く景気を牽引していることです。海外経済の成長を背景に、わが国の輸出は、自動車関連や情報関連を中心に増加しています。こうした外需の強さに加え、国内需要も増加基調にあります。内需については、企業収益が過去最高水準を更新する中、設備投資が緩やかな増加基調にあります(図表3)。個人消費は、雇用・所得環境の着実な改善に加え、耐久財の買い替え需要による下支えもあって、底堅さを増しています。公共投資も、本年度入り後、はっきりと増加しています。特定の要素に依存せず、複数の柱に支えられた景気の拡大であるだけに、その持続性が高いものと評価しています。

第3の理由は、景気拡大の裾野が様々な経済主体に拡がっていることです。短観の業況判断DIをみると、このところ、中小企業や非製造業でもプラスの判断が続いています。これは、大企業・製造業中心の改善であった2000年代半ばの景気回復局面とは明確に異なります(図表4)。地域的にみても、2013年12月の調査以降、全ての地域で業況判断がプラスとなっています。また、日本銀行が先月公表した「地域経済報告」、いわゆる「さくらレポート」でも、全国9つの全ての地区で、「緩やかな回復、ないし拡大」という明るい景気判断が並びました。その中でも、東海地区は、景気拡大の先頭を走っています。今回の「さくらレポート」の中で、日本銀行名古屋支店は、当地の景気判断を、「緩やかに拡大している」から「拡大している」に引き上げました。「拡大している」という評価は、全国でも東海地区だけです。当地は、わが国最大の製造業の集積地の1つであることから、世界経済の回復や為替相場安定の恩恵をより受けている面はあると思いますが、それだけでは、最近の当地経済の力強さを説明することはできません。私は、先々を見越した戦略的な投資活動など、皆様の様々な経営努力が実を結んでいる結果が当地経済の力強さに表れていると感じています。

ここまで申し上げてきたように、わが国の経済は、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、外需と内需がバランス良く増加し、景気拡大の裾野も拡大しています。こうしたもとで、労働需給は一段と引き締まっています。有効求人倍率は上昇を続けており、9月は1.52倍と、1974年以来の水準に達しています(図表5)。失業率も、2%台後半まで低下し、ほぼ完全雇用と言える状況が実現しています。労働需給の引き締まりを背景に、賃金は、パート労働者を中心に緩やかに上昇しています。

次に、経済の先行きについて、お話しします。日本銀行では、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、きわめて緩和的な金融環境や政府の大型経済対策の効果を背景に、先行きについても、わが国の景気は緩やかな拡大を続けるとみています。「展望レポート」における政策委員の見通しの中央値で申し上げると、2017年度、2018年度の実質GDP成長率は、それぞれ+1.9%、+1.4%と予想しています(図表6)。これは、「0%台後半」とみられるわが国の潜在成長率を上回る伸び率です。2019年度についても、成長ペースは鈍化するものの、海外経済の成長を背景とした輸出の増加に支えられ、実質GDPの成長率は+0.7%と、景気の拡大はなお続くとみています。

以上がわが国経済に関する中心的な見通しですが、こうした見通しは、当然、上下に変動する可能性があります。最大のリスク要因は、海外経済の動向です。先ほど申し上げたように、海外経済は、緩やかな成長を続けるとみていますが、一方で、米国の経済政策運営やそれが国際金融市場に及ぼす影響については留意が必要です。また、新興国・資源国経済の動向や地政学的リスクなども、わが国経済の下押し要因となる可能性があります。一方、市場や経済主体がそうしたリスクをある程度意識していることを踏まえると、今後の展開によっては、上振れにつながる可能性もあります。全体として、経済に関するリスクバランスは概ね上下にバランスしているとみていますが、引き続き上下双方向のリスクをしっかりと点検していきたいと考えています。

3.物価の現状と先行き

続いて、わが国の物価情勢に話を移したいと思います。生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、エネルギー価格が押し上げに寄与する形で上昇率が幾分高まり、0%台後半で推移しています(図表7)。もっとも、エネルギー価格上昇の影響を除いてみると、景気拡大や労働需給の引き締まりにもかかわらず、消費者物価の前年比は、小幅のプラスにとどまっています。この背景としては、携帯電話関連の値下げといった一時的要因もありますが、幅広い企業において、省力化投資の拡大やビジネス・プロセスの見直しにより、賃金コストの上昇を吸収しようとする動きがみられていることが影響しています。このように、現状、物価はなお弱めの動きとなっていますが、日本銀行では、先行き、消費者物価の前年比はプラス幅の拡大基調を続け、「物価安定の目標」である2%に向けて、上昇率を高めていくと考えています。

具体的には、次のようなメカニズムを想定しています。第1に、個人消費が緩やかに増加していくもとで、加工食品や生活用品といった景気の動きに敏感なモノの価格が次第に上昇していくとみられます。また、これまでの為替円安や原油価格の持ち直しが、輸入物価の押し上げに寄与すると考えています。第2に、景気が緩やかな拡大を続け、マクロ的な需給ギャップが一段と改善していく中、企業の賃金・価格設定スタンスが次第に積極化し、賃金の上昇を伴いながら物価上昇率が高まってくるとみています。第3に、これらの要因によって実際の物価上昇率が高まれば、それに伴って人々の予想物価上昇率が上昇し、それがまた実際の物価の上昇につながるという好循環が作動すると考えています。こうしたメカニズムを念頭に置きつつ、「展望レポート」では、政策委員見通しの中央値として、2017年度の消費者物価の上昇率を前年度比+0.8%、2018年度を+1.4%、2019年度については、消費税率引き上げの影響を除き、+1.8%に上昇するとの見通しを示しました(前掲図表6)。

日本銀行の物価見通しについては、今後の企業の価格設定スタンスが重要な鍵を握っています。労働需給の引き締まりにより、人件費の上昇に直面した企業は、賃金コストの上昇分を自社の製品やサービスの価格に転嫁することを検討します。同時に、ITなどを利用した省力化・効率化投資などにより、賃金コストの上昇を吸収し、価格を維持しようとすることも少なくありません。実際、中小企業における本年度のソフトウェア投資計画は、前年比2割強の大幅な増加となりました(図表8)。このほか、最近では、既存のビジネス・プロセスを見直すことで、賃金コストの上昇を吸収しようとする企業も少なくありません。これまで提供していたサービスのうち、人件費との兼ね合いで採算の合わないものを削減していくといった取り組みです。いずれも、労働者の時給は上がっても、総労働コストを節約することができ、製品価格への転嫁は抑制されます。こうした取り組みは、個々の企業の生産性を高める合理的な経営判断によるものですが、物価の面からみれば、少なくとも短期的には、物価上昇圧力を弱める方向で作用します。

もっとも、日本銀行では、こうした状況がいつまでも続くことは想定していません。むしろ、物価を押し上げる力は徐々に強まってきているとみています。最近の変化として、以下の3点を指摘したいと思います。

第1に、労働需給がきわめて引き締まっており、パートの時給が前年比2%台半ばまで伸びを高めるなど、企業のコスト面からみた価格上昇圧力は着実に高まっています。こうした中にあって、先ほど述べた各種の合理化努力と並行して、吸収しきれなくなってきた賃金コストの上昇分を価格に転嫁していく動きが拡がっています(図表9)。この春、人手不足が大きな課題となっている運輸業界において、業界大手が宅配サービス料金の引き上げを打ち出し、競合他社もこれに続いたことは、賃金コストの上昇を起点とする価格上昇圧力が相当高まってきていることの表れだと考えています。

第2に、消費者や顧客の受け止め方も変化してきています。家計の雇用・所得環境が改善してきたことで、消費者サイドの値上げに対する許容度も少しずつ増してきていると思われます。最近、飲食業などで、久方ぶりの値上げに踏み切ったとの報道が増えてきていますが、消費者側の購買意欲の高まりが、長年、値上げを躊躇してきた企業の背中を押している面もあると考えています。

第3に、投資家も、最近の値上げの動きを前向きに評価し始めているように見受けられます。上場企業である外食チェーン店の中には、値上げの発表が好感され、株価が大きく上昇したケースがみられています。以前であれば、値上げの決定は客足の鈍化を招き、売上減少リスクが懸念されることが少なくなかったように思いますが、最近は、むしろ採算改善効果が期待されているようです。企業の価格設定スタンスや消費者の受け止め方が変化してくる中、こうした動きを、投資家がポジティブに評価する流れが生まれつつあるように思います。

もちろん、個々の企業の価格設定スタンスが積極化してくる具体的なタイミングは、それぞれの企業や業種が直面する需要動向や賃金コスト上昇の程度によって差があるとみられます。この点、企業の価格設定スタンスが積極化してくるまでに時間がかかり、物価が弱めの推移を続けた場合には、予想物価上昇率の高まりが遅れるリスクがあります。なお、こうした文脈でも、景気拡大のフロントランナーである東海地区は、有効求人倍率が1.8倍まで上昇するなど、労働需給のひっ迫度合いは全国平均を大きく上回っています。その意味では、賃金の上昇が、消費者の購買意欲を刺激し、企業の価格設定スタンスを積極化させるという好環境が整っているように思います。

4.日本銀行の金融政策運営

次に、日本銀行による金融政策運営についてお話しします。現在、日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指して、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を実施しています。この枠組みは、2つの要素から成り立っています(図表10)。

第1に、「オーバーシュート型コミットメント」です。これは、「消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する」という強力なコミットメントです。人々の間に「物価は毎年2%くらい上がっていくものだ」という物価観が定着するためには、実際に2%を超える物価上昇を経験することが重要です。そこで日本銀行は、こうした姿が実現するまで、大規模な緩和を継続することを約束しました。

第2に、「長短金利操作」、いわゆる「イールドカーブ・コントロール」です。日本銀行は、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するために最も適切と考えられるイールドカーブの形成を促すよう、日々国債の買入れを実施しています。現在、わが国のイールドカーブは、短期政策金利を「-0.1%」、10年物国債金利の操作目標を「ゼロ%程度」とする金融市場調節方針と整合的な形で、円滑に形成されています。

日本銀行による金利コントロールのもとで、わが国の金利体系のベースとなる国債金利が低水準で安定していますから、それに一定の金利を上乗せした企業向け貸出金利やCP・社債の発行金利も、きわめて低い水準で推移しています(図表11)。銀行の貸出残高やCP・社債の発行残高もしっかりと増加しています。このように、「イールドカーブ・コントロール」によって生み出された現在のきわめて緩和的な金融環境は、金融面から、わが国の経済活動を強力にサポートしています。

もちろん、「展望レポート」でも述べているとおり、日本銀行は、低金利環境が続くもとで、金融機関収益の下押しが長期化すれば、金融仲介が停滞方向に向かうリスクがあることも認識しています。現時点では、金融機関が充実した資本基盤を備えていることなどから、そのリスクは大きくないと判断していますが、低金利の継続が金融仲介機能に与える影響については、今後とも注視していきたいと考えています。

本日お話ししたとおり、わが国の物価は、景気の改善度合いに比べて弱めの動きとなっており、2%の「物価安定の目標」の実現までには、なお距離があります。もっとも、先行き、マクロ的な需給ギャップが一段と改善していく中、企業の賃金・価格設定スタンスは次第に積極化していくと考えられるほか、実際に価格引き上げの動きが拡がるにつれて、人々の中長期的な予想物価上昇率も着実に上昇するとみています。こうした前向きの動きが息長く続くことで、2%の「物価安定の目標」実現に向けた歩みが着実に進んでいくと考えています。日本銀行としては、現在の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みのもとで、強力な金融緩和を粘り強く進めていく方針です。

5.おわりに

最後に改めて、東海地区の経済について触れたいと思います。先ほど申し上げたとおり、当地の景気は全国の先頭を切って拡大しています。その強さの源泉のひとつは、次世代自動車、リニア関連など長期的な視野に立った設備投資が続くと予想されることです。当地企業の皆様は、現状を踏まえつつも、その目は常に未来に向いていると感じます。「10年後、2つの巨大な経済圏が40分で結ばれるとき、何が起こり、そして何ができるのか」、「20年後、人と車の関係はどうなっているのか」、さらに「世界のモノ作りが、標準化・IoT化に向かう中で、日本の強みである現場の力をどう生かしていくのか」、こうした課題に対して、これまでもそうであったように、日々の積み重ねの中から、答えを見つけていかれるのだと思います。そして、言うまでもなく最大のチャレンジは、「人口が減少する中で、個々の企業や日本経済が、どうやって持続的に発展し続けることができるのか」ということです。団塊世代の方々が完全に引退されるまで、それほど時間は残されていません。これらの課題は、ひとつひとつが非常に重たいものですが、それぞれの課題を、しかも同時に解決していかなければなりません。当地の知恵と技術の蓄積を信じつつ、日本銀行としても、強力な金融緩和を粘り強く進め、わが国経済をしっかりとサポートしていくことをお約束して、私の挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。